説明

大腸癌の診断方法および大腸癌診断用キット

【課題】非侵襲的であり、検査負担も低く、信頼性の高い診断結果を得られる大腸癌の診断方法および該方法に用いられるキットの提供
【解決手段】(a−1)大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とに共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する回収用抗体がリンカーを介して結合された固相担体を、糞便試料に添加して混合し、大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を形成する工程と、(a−2)形成された前記複合体を回収する工程と、(a−3)回収された前記複合体中の大腸癌細胞を、固相担体から分離する工程と、(a−4)得られた大腸癌細胞を、細胞観察用容器中に固定し、大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体を用いて染色する工程と、(b)染色された大腸癌細胞の顕微鏡画像を取得し、画像解析することにより、大腸癌細胞を検出する工程とを有し、前記リンカーがプロテインG、プロテインA、またはDNAからなる大腸癌の診断方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自然排泄便中に大腸癌細胞が含まれているか否かにより大腸癌を診断する方法であって、少ない作業工程で簡便に行うことができる診断方法、および該診断方法に用いられるキットに関する。
【背景技術】
【0002】
大腸は、内腔側から順に粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層および漿膜の5層構造を形成しており、下部直腸では漿膜および漿膜下層を欠いた3層構造を形成している。大腸癌は粘膜から発生し、癌の進行とともに深層へ浸潤する。このうち、癌の浸潤が粘膜下層までのものを早期癌と呼ぶ。
【0003】
日本における大腸癌は、近年増加傾向にあり、毎年約10万人が罹患し、約4万1千人が死亡しているという報告がある。特に、女性における大腸癌は、罹患者数および死亡者数ともに全悪性腫瘍の中で第1位である。年齢的には、5〜10%の頻度で30歳代、40歳代にも発生し、60歳代がピークで70歳代、50歳代と続いている。
【0004】
現在、大腸癌のスクリーニング検査法として世界中で広く用いられている方法として、便潜血反応検査がある。この検査方法は、ヒトヘモグロビンに反応するモノクローナル抗体を利用して、便中に存在する人間の血液の有無を調べる方法であり、簡便・安価で非侵襲的検査である。この方法は、癌からの微量の出血を対象としたものであり、潜血反応が検出されなかった場合が陰性(−)、検出された場合が陽性(+)になる。
その他、大腸癌のスクリーニング検査法として、CT(Computed Tomography)を用いたCT大腸内視鏡検査が検討されているが、マススクリーニングの基本である簡便・安価・非侵襲という観点からは不向きである
【0005】
近年、非侵襲な大腸癌検査方法として、自然排泄便に含まれている大腸癌細胞由来の核酸等の生体成分を調べることにより、大腸癌を検査する方法の研究開発が盛んに行われている。例えば、便に含まれているDNAやRNAを用いて、大腸癌に特徴的な癌遺伝子や癌抑制遺伝子の変異解析や、大腸癌に高発現している遺伝子の発現量解析を行うことにより、大腸癌を診断しようとする研究も盛んに行われている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0006】
また、便から癌の候補となる細胞を分取し、免疫染色法により癌特異的な細胞を染色し、大腸癌を診断する方法もある。免疫染色された細胞は、通常、蛍光顕微鏡下による人間(病理医や細胞診技師などの専門員)の目により、一つ一つの細胞が癌細胞か正常細胞かが判断される。その他、顕微鏡観察よりも容易に行える方法として、フローサイトメータを用いた方法がある。フローサイトメータは、細胞を流しながら細胞がもつ個々の蛍光強度を測定するものであり、該測定結果に基づき、一つ一つの細胞が癌細胞か正常細胞かを判断する。
【非特許文献1】マツシタ(Matsushita, H)、外14名、ガストロエンテロロジー(GASTROENTEROLOGY)、2005年、第129巻、第1918〜1927ページ。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
便潜血反応検査による方法では、大腸癌だけではなく、良性の大腸ポリープや大腸炎、痔核等の消化管等における出血を伴う疾患の場合も陽性であると判断される。一方で、顕著な出血を伴わない大腸癌は検出することができず、陰性と判断されてしまう。また、偽陰性も多く、固有筋層以深に浸潤した進行癌でさえ約15%で、早期癌においては50%以上の症例で陰性であると報告されている。さらに、偽陽性も5%と多く、このため、的中率としては2%程度であるとされている。このように、便潜血反応検査による方法は、「出血」という癌の間接的現象を捉えた検査であって、間欠的でしかも不安定であると言わざるを得ない。
例えば、便潜血反応検査において、その潜血の原因が痔由来であるのか、大腸癌由来であるのか区別をつけることは困難である。このため、陽性であると判断された場合には、通常、大腸内視鏡で検査をすることになる。しかしながら、痔罹患者の中には、潜血の原因は痔にあると、勝手に自己解釈をし、内視鏡検査を受けないことが少なくない。また、そのために、実際に大腸癌であった場合に手遅れになるケースも少なくないと報告されている。
一方で、痔罹患者など実際には大腸癌でない患者が、大腸内視鏡検査を受ける場合、内視鏡検査には高度な専門技術が要求されるため、内視鏡医師が少ない現状においては、検査のために順番待ちをすることになり、本当に重要な大腸癌患者を早急に診ることができない。さらに、本来必要のない人までも対象とした大腸内視鏡検査の費用もかなりかさむことになる。
【0008】
上記の遺伝子解析を利用した方法では、一般的に、サンプル全体からDNAやRNAを抽出するために、たとえ癌細胞に特異的な遺伝子の解析を行っても、正常細胞等を含んでいるために平均化されてしまい、癌細胞の特徴が隠されてしまうという問題がある。
また、遺伝子解析を利用した方法では、DNAやRNA等の核酸を抽出するステップが煩雑であるという問題がある。便中には大量の核酸分解酵素が含まれているため、便の採取から核酸抽出までの各ステップにおいて、便中に含まれていた核酸が分解される可能性が極めて高い。これにより、自宅での便採取、検査機関への輸送における工夫、短時間に効率よく核酸を抽出する必要性等の改良すべき点が多い。加えて、遺伝子解析までの作業工程が多ければ多いほど、検査を実行する人によって誤差の生じる可能性が高くなる。特にRNAの場合には、DNAよりも分解されやすいという問題に加えて、抽出後にも、RNAからまずDNAへと変換するRT−PCRのステップを踏まなければならない場合が多く、DNA変異の検査に比べて、さらに工程の多い検査となる。
さらに、直接シークエンス法で行う遺伝子変異の解析は、手技が煩雑である上に高額であるという問題もある。
【0009】
一方、免疫染色された細胞を顕微鏡観察する場合には、1つでも陽性と診断される細胞がサンプル中に存在している場合、かなり高い確率で大腸癌であると診断されるため、1つの細胞の見逃しも許されないことになる。したがって、細胞診技師等にかかる肉体的および精神的負担というものは計り知れない。また、長時間蛍光顕微鏡で観察していると、その蛍光色素による褪色を回避することができない。マニュアル的に顕微鏡写真をとっていく方法をとらざるを得ない。1つの細胞の見逃しもなく、マニュアル的に撮像工程を踏むことは、非常に大変な作業である。さらに、再度、元のサンプルを顕微鏡下で探すことは容易なことではない。
【0010】
また、フローサイトメータを用いた診断方法では、個々の細胞がばらばらになっていることが測定の際の必要条件となってくる。しかしながら、便から分取された細胞サンプルは基本的にはあまりきれいではなく、細胞以外のごみ等のデブリスや上皮細胞が結合組織につながれているものを含むことが少なくない。このように細胞が個々になっていない試料をフローサイトメータで解析する場合、データを読み取ることができないばかりでなく、フローの流路を塞いでしまう可能性が高い。さらに、細胞以外のごみ等のデブリスの自家蛍光を拾ってしまい、データ結果に誤りをもたらす可能性がある。加えて、一度流してしまったサンプルを、再度顕微鏡下で探すことは不可能である。そのため、このようなフローサイトメータによる解析では、測定解析後に示される蛍光強度データだけに基づく臨床診断を下さなければならず、十分に信頼できる結果を得ることが困難な場合も多い。また、形態が不定形である細胞、特に脱核している細胞等は、細胞として認識されず、診断上見落とされる可能性があり非常に危険である。
【0011】
上述したように、現在行われている大腸癌の診断方法では、被験者への負担、検査技師等の検査負担、診断結果の信頼性等のいずれをも満足する方法はない。
したがって、本発明は、大腸癌細胞を直接測定および解析する細胞ベースのスクリーニング方法であって、非侵襲的であり、検査負担も低く、かつ信頼性の高い診断結果を得られる大腸癌の診断方法および該診断方法に用いられるキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、糞便試料中の細胞を、大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する回収用抗体がリンカーを介して結合された固相担体を用いて回収した後、該固相担体から分離した細胞に対して、免疫染色後顕微鏡画像を取得し、画像解析を行うことにより、簡便かつ迅速に大腸癌を診断し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は、
(1) 糞便試料中に大腸癌細胞が含まれているか否かにより大腸癌を診断する方法であって、(a−1)大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する回収用抗体がリンカーを介して結合された固相担体を、糞便試料に添加して混合し、大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を形成する工程と、(a−2)前記工程(a−1)において形成された大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を回収する工程と、(a−3)前記工程(a−2)において回収された大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体中の大腸癌細胞を、固相担体から分離する工程と、(a−4)前記工程(a−3)において得られた大腸癌細胞を、細胞観察用容器中に固定し、大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体を用いて免疫染色する工程と、(b)前記工程(a−4)において染色された大腸癌細胞の顕微鏡画像を取得し、画像解析することにより、大腸癌細胞を検出する工程と、を有し、前記リンカーが、プロテインG、プロテインA、またはDNAからなることを特徴とする、大腸癌の診断方法、
(2) 前記検出用抗体が抗ヒトCD44v6抗体であることを特徴とする前記(1)記載の大腸癌の診断方法、
(3) 前記回収用抗体が抗ヒトEpCAM抗体であることを特徴とする前記(1)または(2)記載の大腸癌の診断方法、
(4) 前記検出用抗体が蛍光物質により標識された抗体であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか記載の大腸癌の診断方法、
(5) 前記検出用抗体がリガンドにより標識された抗体であり、大腸癌細胞の染色を、当該リガンドと、予め蛍光物質により標識された当該リガンドと特異的に結合し得る受容体との相互作用を利用した蛍光染色により行うことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか記載の大腸癌の診断方法、
(6) 前記検出用抗体がビオチンにより標識された抗体であり、大腸癌細胞の染色を、西洋わさびパーオキシダーゼにより標識されたストレプトアビジンまたはアビジンと、蛍光物質により標識されたチラミド(Tyramide)を用いた蛍光染色により行うことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか記載の大腸癌の診断方法、
(7) 前記固相担体が、平均粒子径0.05〜6μmの磁気ビーズであることを特徴とする前記(1)〜(6)のいずれか記載の大腸癌の診断方法、
(8) 前記細胞観察用容器が、スライドガラスまたはマルチウェルプレートであることを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれか記載の大腸癌の診断方法、
(9) 大腸癌細胞の染色において、核染色を併用することを特徴とする前記(1)〜(8)のいずれか記載の大腸癌の診断方法、
(10) 顕微鏡画像の取得および画像解析を、イメージングサイトメータを用いて行うことを特徴とする前記(1)〜(9)のいずれか記載の大腸癌の診断方法、
(11) 前記画像解析が、取得された顕微鏡画像に基づいて、各細胞の面積および蛍光強度を解析し、1細胞の解析結果を1ドットとして、細胞の面積と蛍光強度をパラメータとしたヒストグラムまたはドットプロットにより表示した後、所定の閾値に基づき標的細胞を同定することを特徴とする前記(10)記載の大腸癌の診断方法、
(12) 前記イメージングサイトメータが、前記ヒストグラムまたはドットプロット上に、ドットとして表示された細胞の面積の解析データまたは蛍光強度の解析データから、顕微鏡画像の画像データを呼び出す手段を有することを特徴とする前記(11)記載の大腸癌の診断方法、
(13) 自然排泄便を回収する保存液含有回収用容器と、回収用抗体をリンカーを介して結合させた固相担体と、大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体と、細胞観察用容器とを有し、前記回収用抗体が大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合し得る抗体であり、前記リンカーが、プロテインG、プロテインA、またはDNAからなることを特徴とする大腸癌診断用キット、
(14) 前記回収用抗体が抗ヒトEpCAM抗体であり、前記検出用抗体が抗ヒトCD44v6抗体であることを特徴とする前記(13)記載の大腸癌診断用キット、
(15) 前記リンカーがDNAからなるものであり、さらに、DNA切断酵素を有することを特徴とする前記(13)または(14)記載の大腸癌検出用キット、
(16) 前記リンカーがプロテインGまたはプロテインAであり、さらに、非特異的抗体またはpH調製剤を有することを特徴とする前記(13)または(14)記載の大腸癌診断用キット、
(17) 前記固相担体が磁気ビーズであることを特徴とする前記(13)〜(16)のいずれか記載の大腸癌診断用キット、
(18) さらに磁気ビーズ回収用磁気基盤を有することを特徴とする前記(17)記載の大腸癌診断用キット、
(19) 前記検出用抗体が、蛍光分子により標識されていることを特徴とする前記(13)〜(18)のいずれか記載の大腸癌診断用キット、
(20) 前記検出用抗体がリガンドにより標識されており、さらに、当該リガンドと特異的に結合し得る受容体を有し、前記受容体が蛍光物質により標識されていることを特徴とする前記(13)〜(18)のいずれか記載の大腸癌診断用キット、
(21) さらに核染色剤を有することを特徴とする前記(13)〜(20)のいずれか記載の大腸癌診断用キット、
(22) 前記細胞観察用容器がスライドガラスまたはマルチウェルタイププレートであることを特徴とする前記(13)〜(21)のいずれか記載の大腸癌診断用キット、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の大腸癌の診断方法においては、糞便試料から細胞を、大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する回収用抗体がリンカーを介して結合された固相担体を用いて回収するため、回収した細胞と固相担体とを分離することができ、固相担体による影響を受けることなく、画像解析により大腸癌を検出することができる。このように、本発明の大腸癌の診断方法は、免疫染色された細胞の顕微鏡画像を取得し、画像解析を行うため、細胞技師等による顕微鏡下の目視観察を行う従来の方法よりも、簡便かつ迅速であり、検査負担を顕著に軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の大腸癌の診断方法に供される糞便試料は、自然排泄便を保存液に混合し懸濁させた試料である。保存液には、糞便の一箇所から採取したものを懸濁させてもよく、複数箇所から採取したものを懸濁させてもよい。糞便には多種多様な成分が不均一に存在しており、前半、中半、後半で異なるともいわれている。このため、各部位の便をサンプルとして採取することにより、細胞の局在の影響を抑えることができる。
【0016】
糞便試料の調製に用いられる糞便は、排泄直後のものであってもよく、排泄後保存されたものであってもよい。糞便の保存における温度は、10℃以下の低温であることが好ましく、4℃以下であることがより好ましい。低温環境下において保存することにより、糞便に含有されている細胞に対する影響をより抑えることができるためである。排便した場所と糞便試料を調製し、本発明の大腸癌の診断方法を行う場所が離れている場合には、輸送時の温度を低温に保つことが好ましい。例えば、適当な大きさのプラスチックトレーに排便し、厚手のビニール袋等で適当に包んだものを、保冷剤で上下から挟んだ状態で輸送することにより、温度制御装置を有さない場合であっても、低温に保存した状態で糞便を輸送することができる。
【0017】
糞便を懸濁させる保存液としては、細胞に負担がかからず、細胞を安定的に保存し得る溶液であれば、特に限定されるものではなく、通常、細胞試料の処理に用いられる緩衝液等から適宜選択して用いることができる。中でも、リン酸緩衝液(PBS)や25mMHEPES含有ハンクス液等であることが好ましい。これらの緩衝液に、BSA(Bovine serum albumin)等のタンパク質や、FBS(Fetal Bovine Serum)等の血清を、0.1%〜10%となるように添加した溶液であることがより好ましい。また、該保存液には、細胞に負担をかけず、かつ後の工程に影響を及ぼさない限り、界面活性剤や有機溶剤を添加してもよい。
【0018】
糞便試料を調製するための糞便量および保存液量は、大腸癌細胞の検出のために十分な量であれば、特に限定されるものではなく、糞便の状態や保存液の種類、回収容器の容量等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、10mg〜10g、好ましくは2〜5gの糞便を、10〜100mL、好ましくは40〜100mLの保存液に懸濁させることにより、糞便試料を調製することができる。
【0019】
糞便を保存液に混合し懸濁させる方法は、特に限定されるものではなく、例えば、保存液を含有させた回収用容器に、自然排泄便から採取・回収した糞便を添加した後、蓋等により密閉した該回収用容器を手で上下に振ることにより糞便を保存液に混合し懸濁させてもよい。このとき、回収用容器に、予め攪拌用の粒子を入れておくことにより、より十分かつ迅速に糞便を保存液に懸濁させることができる。また、糞便と保存液を、Stomacher(登録商標) Lab Blender bagのような滅菌済ポリビニルバックに入れ、Stomacher(登録商標)(Seward社製)等の破砕・攪拌装置を用いて懸濁することにより、糞便試料を調製することもできる。その他、ボルテックッスミキサー等の攪拌機を用いて攪拌して懸濁させてもよい。なお、糞便試料は、予めフィルター等を用いて大きな夾雑物を除去しておくことが好ましい。フィルターとしては、孔径が512μmのナイロンフィルターを用いることが好ましい。
【0020】
糞便試料は、予め保存液を含有させた回収用容器に採取された糞便を添加することにより、簡便に調製することができる。このような保存液含有回収用容器の形態や大きさ等は特に限定されるものではなく、保存液を含有し得る公知の採便容器を用いることもできる。
【0021】
糞便試料を保存する場合の温度は、室温以下であって凍結しない程度であればよく、保存液の種類や保存時間等を考慮して適宜決定することができるが、低温環境下で保存されることが好ましい。室温で保存する場合よりも、細胞に対する影響を抑えることができるためである。特に、4℃以下の凍結しない程度の温度で保存されることが好ましい。輸送の際も4℃以下を保って検査場まで運ばれることが好ましい。また、一般的には、4℃で3日間程度保存する場合には、回収細胞数に大きな違いはないが、可能な限り速やかに輸送し、検査を行うことが好ましい。例えば、健康診断等の臨床検査においては、検査場との連携を保つためにインターネット上もしくは電話回線上で、指定番号等を入力し、発送期日、到着期日等を自動で振り分け、適切な日時に発送し検査し得るように連携をとることが望ましい。
【0022】
本発明の大腸癌の診断方法は、糞便試料中に大腸癌細胞が含まれているか否かにより大腸癌を診断する方法であって、(a−1)大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する回収用抗体がリンカーを介して結合された固相担体を、糞便試料に添加して混合し、大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を形成する工程と、(a−2)前記工程(a−1)において形成された大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を回収する工程と、(a−3)前記工程(a−2)において回収された大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体中の大腸癌細胞を、固相担体から分離する工程と、(a−4)前記工程(a−3)において得られた大腸癌細胞を、細胞観察用容器中に固定し、大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体を用いて免疫染色する工程と、(b)前記工程(a−4)において染色された大腸癌細胞の顕微鏡画像を取得し、画像解析することにより、大腸癌細胞を検出する工程と、を有し、前記リンカーが、プロテインG、プロテインA、またはDNAからなることを特徴とする。一般的に用いられる固相担体には、自家蛍光を有するものも多く、回収された細胞を、検出用抗体を用いて免疫染色し、顕微鏡観察により検出する場合には、細胞から固相担体を切り離す(リリース)することが必要となる。本発明においては、糞便試料から細胞を回収する場合に、回収用抗体と結合している細胞にダメージを与えることなく細胞と固相担体を分離し得るリンカーを介して結合された固相担体を用いるため、回収された細胞から、固相担体を簡便に分離することができる。
【0023】
なお、本発明において、「特異的に結合する」とは、結合する対象である物質の検出や精製等に通常用いることができる程度に特異的に結合し得ることを意味し、大腸癌の診断に影響を及ぼさないような他の物質と交差するものであってもよい。
また、本発明において用いられる抗体は、モノクローナル抗体であってもよく、ポリクローナル抗体であってもよい。また、このような抗体は、市販の抗体を用いてもよく、抗原をマウス等の実験動物に免疫し、常法により作製した抗体を用いてもよい。
【0024】
本発明の大腸癌の診断方法においては、糞便試料から細胞を回収する回収用抗体として、大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する抗体を用いる。大腸癌細胞よりも比較的多く含まれている大腸粘膜由来正常細胞と同時に回収することにより、糞便中に極微量含まれているであろう大腸癌細胞を効率よく回収することができるためである。また、大腸癌細胞を含む哺乳細胞を選択的に回収し、糞便中に大量に含まれている腸内細菌等を予め除くことにより、細胞検出時のノイズを低下させ、大腸癌細胞の検出感度を向上させることができる。
【0025】
本発明において用いられる回収用抗体としては、大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する抗体であれば、特に限定されるものではない。本発明において用いられる回収用抗体としては、EpCAMを抗原とする抗ヒトEpCAM抗体であることが好ましい。抗ヒトEpCAM抗体としては、具体的には、市販されているクローンVU−1D9{例えば、AbD serotec社(カタログNo.4240−4009)から入手可能}やクローンBer−EP4{例えば、Dako社(カタログNo.M0804)から入手可能}、クローンB8−4(国立がんセンター樹立)等がある。
【0026】
本発明の大腸癌の診断方法においては、まず、工程(a−1)として、大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する回収用抗体がリンカーを介して結合された固相担体を、糞便試料に添加して混合し、大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を形成させた後、工程(a−2)として、形成された大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を回収する。糞便試料に添加する固相担体の量は、特に限定されるものではないが、例えば、40〜100mLの糞便試料に対して、3%w/vのビーズ溶液10〜240μLを添加することが好ましい。大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体は、例えば、遠心分離処理等を行うことにより、固相担体を沈澱させた後、上清を除去することにより回収することができる。
【0027】
固相担体としては、例えば、シリカ、ガラス、セラミックス、プラスチック、ラテックス等からなる粒子、磁気ビーズ、金、アルミニウム、ニッケル、アルミナ、チタニア、ジルコニア等からなる金属粒子、アガロースレジン、セファロースレジン等が挙げられる。磁場を利用することにより、大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体の回収を簡便になし得るため、本発明においては、固相担体として磁気ビーズを用いることが好ましい。
【0028】
本発明において、磁気ビーズは、磁性を帯びている粒子であれば、特に限定されるものではない。該磁気ビーズとして、例えば、四三酸化鉄(Fe3 4 )、三二酸化鉄(γ−Fe2 3 )、各種フェライト、鉄、マンガン、ニッケル、コバルト、クロム等の金属からなる粒子や、コバルト、ニッケル、マンガン等を含む合金からなる粒子等がある。また、該磁気ビーズは、磁性体のみからなる粒子であってもよく、ラテックス粒子等の非磁性体粒子の内部に磁性体の微粒子を含有させた粒子であってもよい。
【0029】
本発明において、固相担体として用いられる分散性微粒子の平均粒子径は、特に限定されるものではなく、例えば、0.05〜100μm程度の、分子生物学や生化学の分野において通常用いられている大きさのものを用いることができる。固相担体として磁気ビーズを用いる場合には、平均粒子径0.05〜6μmの磁気ビーズであることが好ましい。
【0030】
その後、工程(a−3)として、工程(a−2)において回収された大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体中の大腸癌細胞を、固相担体から分離する。なお、本発明において、固相担体と回収用抗体をつなぐリンカーは、プロテインG、プロテインA、またはDNAからなるリンカーである。このようなリンカーであれば、回収された細胞を固相担体から簡便に分離することができるためである。なお、リンカーの長さは、回収用抗体と大腸癌細胞との結合を、固相担体が阻害しない長さであれば特に限定されるものではなく、例えばリンカーがDNAからなる場合には、10〜1000塩基対長程度の長さとすることが好ましい。
【0031】
回収用抗体と固相担体をつなぐリンカーがDNAからなる場合には、DNase等のDNA切断酵素を用いた酵素処理を行うことにより、細胞と結合した回収用抗体と固相担体を切り離すことができる。また、該リンカーが制限酵素認識配列を有するポリヌクレオチドである場合には、制限酵素処理を行うことにより、細胞と結合した回収用抗体と固相担体を切り離す(リリース)ことができる。なお、効率よく細胞を回収するために、リリース工程は2回以上行うことが好ましい。
【0032】
回収用抗体と固相担体をつなぐリンカーがプロテインGまたはプロテインAである場合には、大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体に大量の非特異的抗体を添加し混合することにより、回収用抗体と非特異的抗体との競合反応により、大腸癌細胞と結合した回収用抗体を固相担体から分離することができる。その他、大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を含む溶液のpHを酸性にすることにより、固相担体と結合したプロテインGやプロテインAから、大腸癌細胞と結合した回収用抗体を分離することができる。
【0033】
さらに、工程(a−4)として、工程(a−3)において得られた大腸癌細胞を、細胞観察用容器中に固定し、大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体を用いて免疫染色する。具体的には、工程(a−3)において固相担体から分離された細胞を、細胞観察用容器中に固定し、検出用抗体と結合させる。その後、顕微鏡観察等を用いて、該検出用抗体を検出することにより、大腸癌細胞を検出することができる。免疫染色としては、蛍光物質や酵素等で標識した検出用抗体を用いて細胞を染色する直接法であってもよく、検出用抗体に対する抗体である二次抗体を用いて染色する間接法であってもよい。
【0034】
本発明において検出用抗体とは、大腸粘膜由来正常細胞を認識せず、大腸癌細胞を特異的に認識し得る抗体である。本発明においては、特に、大腸粘膜由来正常細胞の細胞表面抗原と結合せず、大腸癌細胞の細胞表面抗原と特異的に結合し得る抗体であることが好ましい。本発明において用いられる回収用抗体としては、CD44v6を抗原とする抗ヒトCD44v6抗体であることが特に好ましい。抗ヒトCD44v6抗体としては、具体的には、市販されているクローンVFF18{例えば、Chemicon社(カタログNo.MAB4073)から入手可能}等がある。
【0035】
検出用抗体として、予め蛍光物質により標識された抗体を用いた場合には、レーザ顕微鏡等を用いて、細胞に、該蛍光物質の蛍光特性に適した波長の励起光を照射し、該蛍光物質から発された蛍光を検出することにより、高感度に検出用抗体と結合した細胞を検出することができる。抗体を標識する蛍光物質としては、一般的にタンパク質等の生体分子の標識に用いられる蛍光物質であれば、特に限定されるものではなく、公知の蛍光物質の中から適宜選択して用いることができる。該蛍光物質として、例えば、FITC(フルオレセインイソチオシアナート)、フルオレセイン、ローダミン(Rhodamin)、TAMRA、NBD、TMR(テトラメチルローダミン)等が挙げられる。
【0036】
また、検出用抗体としてリガンドにより標識された抗体を用いて、検出用抗体と大腸癌細胞を結合させた後、当該リガンドと特異的に結合し得る受容体を二次抗体として用いることにより、大腸癌細胞を検出することもできる。該受容体を予め蛍光物質により標識しておくことにより、高感度に検出用抗体と結合した細胞を検出することができる。なお、本発明においてリガンドとは、抗体の標識に用いられる蛍光物質以外の物質であり、受容体とは、該リガンドと特異的に結合し得る物質を意味する。リガンドとしては、通常タンパク質等の標識に用いられるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、ビオチン(biotin)、グルタチオン(Glutathione)、DNP(dinitorophenol)、ジゴキシゲニン(digoxigenin)、ジゴキシン(digoxin)、2以上の糖からなる糖鎖、6以上のアミノ酸からなるポリペプチド、オーキシン、ジベレリン、ステロイド、タンパク質、および、それらの類縁体等がある。一方、受容体としては、該リガンドの抗体や該リガンドの検出等に通常用いられている化合物等が挙げられる。ここで、リガンドの検出等に通常用いられている化合物とは、例えば、リガンドがビオチンの場合にはアビジンやストレプトアビジンであり、リガンドがグルタチオンの場合にはGST(グルタチオン−S−トランスフェラーゼ)、リガンドがマルトース等のアミロースの場合にはMBP(マルトース結合タンパク質)等である。
【0037】
本発明においては、蛍光ではなく、酵素反応を利用した免疫染色法であってもよい。例えば、HRP(西洋わさびペルオキシダーゼ)やAP(アルカリフォスファターゼ)等の酵素を用いて標識した検出用抗体を、大腸癌細胞と結合させた後、該酵素の基質となる色素を添加して酵素反応を生じさせることにより、大腸癌細胞を染色し、検出することもできる。
【0038】
その他、免疫染色において一般的に用いられるシグナル増幅法を用いてもよい。例えば、細胞観察用容器中に固定された細胞に、ビオチンにより標識された検出用抗体を添加して結合させた後、HRPにより標識されたストレプトアビジンまたはアビジンを添加してビオチンと結合させ、さらに蛍光物質により標識されたチラミド(Tyramide)を添加する。チラミドは、過酸化水素の存在下において、HRPの触媒作用によりラジカル化され、その近傍にある芳香属化合物と非特異的に共有結合する。この結果、検出用抗体付近にのみ、蛍光標識されたチラミドが集積するため、高感度に検出用抗体と結合した大腸癌細胞を検出することができる。
【0039】
なお、細胞観察用容器への細胞の固定方法は、特に限定されるものではなく、常法により行うことができる。例えば、自然乾燥させてもよく、ホルムアルデヒドやパラホルムアルデヒド、メタノール等の細胞固定架橋剤を呈することにより、細胞観察用容器へ細胞を固定することができる。固定処理後、細胞固定架橋剤を除去するため、PBS等で洗浄する。洗浄処理後、すぐに免疫染色を行わない場合は、細胞観察用容器をPBS等のバッファーを満たし、乾燥防止のフィルムを貼付して4℃で保存することもできる。また、検出用抗体と反応させる前に、細胞を固定した細胞観察用容器を、スキムミルク含有PBS等を用いてブロッキングすることも好ましい。
【0040】
その後、工程(b)として、工程(a−4)において染色された大腸癌細胞の顕微鏡画像を取得し、画像解析することにより、大腸癌細胞を検出する。免疫染色された細胞の顕微鏡画像を取得し、画像解析を行うことにより、細胞技師等による顕微鏡下の目視観察を行う従来の方法よりも、簡便かつ迅速であり、検査負担を顕著に軽減することができる。さらに、細胞観察用容器として、スライドガラスまたはマルチウェルプレートを用いて、イメージングサイトメータ等を用いることにより、多数の検体も迅速かつ簡便に処理することが可能となる。
【0041】
本発明においてイメージングサイトメータとは、自動的に染色画像の取得と得られた染色画像の解析を行うことができる画像解析装置を意味する。例えば、スライドガラス上の細胞集団に対して、レーザを収束させたスポットで走査し、この細胞集団の個々の細胞が発する蛍光を検出し、走査画像データを画像処理することにより、個々の細胞のデータを抽出して測定するレーザ走査型サイトメータ(例えば、特開平3−255365号公報参照。)やこれを適宜改良したサイトメータ等が挙げられる。
【0042】
特に、取得された顕微鏡画像に基づき得られた解析データから、顕微鏡画像の画像データを呼び出す手段を有するイメージングサイトメータを用いることが好ましい。各解析データに対して画像データを迅速に確認することができるため、より信頼性の高い診断結果を得ることができるためである。また、解析結果をヒストグラムやドットプロットにより表示する手段を有していることが好ましい。本発明においては、ドットプロット表示がより望ましい。ドットプロット表示では、個々の細胞が1つ1つのドットとして表示されるため、解析結果をドットプロット表示することにより、個々の細胞情報を画像とともに瞬時に確認できる利点がある。
【0043】
なお、画像解析を行う場合には、取得された染色画像中の細胞認識を容易にするために、検出用抗体を用いた免疫染色と、核染色を併用することが好ましい。核染色を行うための核染色剤は、大腸癌細胞を標識した蛍光物質(例えば、検出用抗体を標識した蛍光物質)とは蛍光特性の異なる公知の核染色剤の中から適宜選択して用いることができる。公知の核染色剤として、例えば、インタカレーターであるDAPI、PI、DRAQ5、Sytox、YOYO等が挙げられる。なお、本発明において、蛍光特性が異なるとは、FITCとローダミンのように、励起光照射により発される蛍光の波長が、区別して検出し得るほど異なることを意味する。
【0044】
画像解析は、公知の画像解析プログラム等を用いて常法により行うことができる。図1のフローチャートは、本発明における画像解析の一態様を示したものである。該方法は、核染色を併用して得られた染色画像の解析を行っている。まず、ステップaとして、蛍光染色された細胞の染色画像を取得する。それぞれ蛍光特性の異なる蛍光物質を用いて染色した細胞の画像を、蛍光ごとに別個に取得する。すなわち、検出用抗体により蛍光染色された画像と核染色画像とを、1ショット(1顕微鏡視野)ごとに取得し、蓄積する。
ステップbとして、取得された核染色画像に基づき、核をメインオブジェクト(主物体)として認識し、輪郭をトレースする。ステップcとして、蛍光強度データおよびその物体の面積の最小(ミニマム)と最大(マキシマム)から、1の核として認識させる範囲を決定する。核の面積の最小(ミニマム)と最大(マキシマム)は、予め正常上皮細胞または大腸癌細胞の染色像から決定しておく。
【0045】
細胞核(メインオブジェクト)を、面積(Area)と他の形状の記述ファクターとにより集団を特定して、デブリスを排除し、細胞を含む領域を選択する。形状の記述ファクターとしては、例えば、サーキュラリティーファクター、円周ペリメータ、MAXフェレット、エロンゲーションファクター等がある。図2は、メインオブジェクトとして認識した核を、面積データとサーキュラリティーファクターデータをパラメータとして、ドットプロット(スキャッターグラム)により表示したものである。1ドットが1核(すなわち1細胞)を示している。なお、ドットプロットに換えてヒストグラムにより表示してもよい。図2のドットプロットから、解析対象とする細胞を含む領域と、細胞以外を含む領域に分け、細胞を含む領域に含まれるメインオブジェクト(細胞)に対して、以降の大腸癌細胞の検出工程を行う。より詳細な解析が必要であれば、2つの細胞等を認識してしまうものを削除しないため、細胞1個を1メインオブジェクトとして認識している可能性が高い領域(図中の実線で囲われた領域)、細胞1個または2〜3個を1メインオブジェクトとして認識している可能性が高い領域(図中の破線で囲われた領域)、細胞2個以上を1メインオブジェクトとして認識している可能性が高い領域の3つの領域(図中の二点鎖線で囲われた領域)を設定することが好ましい。各領域の決定(ゲーティング)は、予め決定された所定の閾値を用いて決定してもよく、各ドットを選択(クリック)して、各ドットが示す細胞の染色画像データを呼び出し、染色画像を確認しながら行ってもよい。
【0046】
その後、ステップdとして、核周辺あるいは細胞表面領域をサブオブジェクトとして認識する。認識されたサブオブジェクトとメインオブジェクトは親子関係にある。細胞核を中心に周辺にマスキングを行ってもよく、細胞核および周辺領域を含むようにマスキングを行ってもよい。検出用抗体蛍光染色画像に基づき、認識されたサブオブジェクトにおける蛍光強度データから、大腸癌細胞を同定する(ステップe)。図3は、核周辺領域(サブオブジェクト)を、面積データと平均蛍光強度データをパラメータとして、ドットプロットにより表示したものである。なお、図2と同様に、1ドットが1サブオブジェクト(すなわち1細胞)を示しており、ドットプロットに換えてヒストグラムにより表示してもよい。図3のドットプロットから、検出用抗体により細胞表面が染色された細胞を含む領域(ポジティブ領域、図中の実線で囲われた領域)、検出用抗体により細胞表面が染色されなかった細胞を含む領域(ネガティブ領域、二点鎖線で囲われた領域)、検出用抗体により非特異的に細胞表面が染色されている可能性が高い細胞を含む領域(擬陽性グレー領域、図中の破線で囲われた領域)に分類することができる。
【0047】
なお、それぞれの蛍光量における境界、すなわち、染色されているか否かの境界値は、検出用抗体とは結合しないことが判明している細胞群をネガティブコントロール群、大腸癌細胞であることが判明している細胞群をポジティブコントロール群とし、ネガティブコントロール群の蛍光強度とポジティブコントロール群の蛍光強度とから決定することができる。
【0048】
個々の細胞が、検出用抗体により特異的に染色されているのか否か、すなわち、陽性か否かの判断は、上記手法のほかにも、細胞染色において一般的に用いられている判断手法により行うことができる。たとえば、大腸癌細胞と結合しない非特異的抗体を用いた二重染色法を利用して行ってもよい。なお、該非特異的抗体としては、大腸癌細胞と結合しない抗体であれば特に限定されるものではなく、例えば、mouseIgG1kappa(ベクトンディッキンソン社製、カタログ番号:557273)等の、ヒトに対するエピトープのないIgGやIgM等の中から適宜選択して用いることができる。
【0049】
具体的には、前記工程(a−4)の後、又は工程(a−4)における検出用抗体による染色と同時に、細胞観察用容器中に固定された細胞を、非特異的抗体を用いて免疫染色する。非特異的抗体を、検出用抗体を標識した蛍光物質とは蛍光特性の異なる蛍光物質により標識する等により、工程(b)において、非特異的抗体により蛍光染色された画像(非特異的抗体蛍光染色画像)を、検出用抗体蛍光染色画像とは別個に、1ショット(1顕微鏡視野)ごとに取得し、蓄積する。次に、非特異的抗体蛍光染色画像から得られる1細胞当たりの蛍光強度(Intensity per cell:IPC)から、蓄積された全非特異的抗体蛍光染色画像の平均IPC(全細胞のIPCの総和/細胞数:MIPC)を算出する。さらに、非特異的抗体蛍光染色における検出用抗体蛍光染色のratio(検出用抗体蛍光染色画像中の細胞のIPC/全非特異的抗体蛍光染色画像のMIPC)を求め、該ratioを基準として、陽性か陰性かを判断する。なお、MIPCに換えて、蓄積された全非特異的抗体蛍光染色画像のIPCのピーク値、中央値(Median)、ピークからの10%から100%(正規)分布範囲等を用いてもよい。なお、IPCは、1細胞あたりにおけるマスクエリアの合計蛍光強度データ(累積)でもいいし、1ピクセルあたりにおける平均の蛍光強度データでもよい。
【0050】
ここで、ポジティブ領域に1ドット(1細胞)でも存在している場合には、大腸癌を発症していると診断することができる。また、判定がつきにくい擬陽性グレー領域に存在している場合には、各ドットが示す細胞の染色画像データを呼び出し、染色画像を確認することや、核中のDNA量等の他のパラメータのデータから、該細胞が大腸癌細胞か否かを判断することができる。その他、ポリメーラーゼチェインリアクション(PCR)等の遺伝子解析を行うことにより、より詳細な判定を下すこともできる。
【0051】
このような画像解析は、CELAVIEW RS100(オリンパス社製)等の公知の解析ソフトウェアを用いて行うことができる。データ解析は、例えば以下の手順で行うことができる。なお、図4に、CELAVIEW RS100を用いた画像解析において、測定領域の具体的な設定方法を模式的に示す。
【0052】
図4(a)は1つの細胞を模式的に示した図である。図中、エリア101は核(細胞核)を、エリア102は細胞質を、それぞれ示している。まず、画像解析において、細胞一つ一つを自動的に識別するために、DAPIで染色されたこのエリア101、すなわち細胞核エリア103をメインオブジェクトとして認識するような領域を設定する{図4(b)}。また、その際、DAPIにより染色された部分の面積の最大値と最小値および蛍光強度の閾値により、核領域を設定する。
さらに、細胞密度が高く、細胞が込み合っているような場合がある場合は、領域分割を行う手法の一つとして知られているウォーターシェッド(Watershed)アルゴリズム手法を用いることが好ましい。該手法は、マークと呼ばれる領域の中心を隣接画素へと広げていくことによって領域を得るものであり、この機能を同時に使用することにより、個々の細胞を認識するよう設定する{図4(c)}。図4(c)に示すように、2つの重なり合う細胞を、ウォーターシェッド機能を用いることで2つの細胞核として認識できるようになる{図4(c―b)}。一方で、ウォーターシェッド機能を用いない場合では、1つの細胞核として認識される{図4(c―a)}。細胞核の認識は、他にも、エッジ認識や隣接する細胞のくびれを認識されることによっても同様に行うことができる。
【0053】
次に、認識されたメインオブジェクト(個々の細胞核)を中心とし、サブオブジェクトとして、等間隔に存在するドーナツ型のエリア104を作成する。ドーナツエリアの作成においては、核最外線からのドーナツの最内線開始地点とドーナツ最外線である終点を自由に設定することができるが、表面抗原(CD44v6およびEpCAM)を測定対象とする際には、図4(d)に示すように、少なくともエリア内に細胞膜105がすべて含まれる状態となるようなエリア104を設定し、細胞内がもれなく測定対象となるドーナツエリアになるように設定する。
【0054】
解析時には、画像処理の一つの方法としてローリングボールを使ったバックグランド補正を行ってもよい。さらに、核の誤認識を排除するため、細胞核エリア103と、例えばサーキュラリティーファクターをはじめとする細胞核の形状を記述ファクター(その他、前述した円周ペリメータ、MAXフェレット、エロンゲーションファクター等)により、細胞集団を特定するような領域106を選択し、ノイズを排除して解析を行ってもよい{図4(e)}。
【0055】
次に、各々のドーナツエリア104内におけるCD44v6、EpCAMの平均蛍光強度(ドーナツエリア内の1ピクセルあたりの平均蛍光強度)もしくは最大蛍光強度(ドーナツエリア内の1ピクセルあたりで最大の蛍光強度)により、1細胞あたりのそれぞれの蛍光強度を解析する{図4(f)}。
ここで、非癌罹患者由来の生体試料を用いて同様に取得されたデータに基づき、蛍光強度の閾値107を決定し、当該閾値107により表面抗原ポジティブ領域を決定しゲーティングを行う。なお、閾値107は、予め決定されたものであってもよい。その他、表面抗原ポジティブ領域を決定するために、前述のように、非癌罹患者由来の生体試料を用いて取得された蛍光染色画像の、平均IPC(MIPC)、IPCのピーク値、中央値(Median)、ピークからの10%から100%(正規)分布範囲等を用いてもよい。
【0056】
さらには、DAPI等の核染色剤を用いて得られた核染色画像の核内におけるトータル蛍光強度または最大蛍光強度(核内の1ピクセルあたりで最大の蛍光強度)のデータに基づき、閾値108を決定し、当該閾値108によりターゲット領域を決定しゲーティングを行う{図4(g)}。なお、核内におけるトータル蛍光強度または最大蛍光強度のデータから1細胞あたりのそれぞれの蛍光強度を解析し、1細胞のDNA量を算出してもよい。この算出された1細胞当たりのDNA量のデータに基づき、閾値107と同様に、閾値108を作成することができる。
【0057】
癌細胞では、脱核が生じている場合もあるが、核染色画像に基づき細胞を認識している場合には、脱核した細胞は認識されないため、大腸癌細胞が見逃されてしまう可能性がある。また、細胞の凝集が酷い場合にも、核染色画像からは細胞として認識されず、大腸癌細胞が見逃されてしまう可能性がある。このため、例えば、上記のポジティブ領域に含まれる細胞がなかった場合には、念のため、核染色画像では細胞と認識されなかった(染色されなかった)領域(ネガティブ領域)にあるオブジェクトに対して、改めて大腸癌細胞か否かを判断することが好ましい。
具体的には、まず、ステップfとして、1ショットの検出用抗体染色画像の総蛍光強度が一定値以上である検出用抗体蛍光染色画像を選抜し、該画像に基づき、一定値以上の蛍光強度を有する領域(細胞表面領域)をメインオブジェクトとして認識する。この場合、例えば、検出用抗体として第1検出用抗体と第2検出用抗体の2の抗体を用いた場合には、両抗体による蛍光強度の和が一定以上の蛍光強度を有する検出用抗体染色画像を選抜することが好ましい。さらにステップgとして、認識されたメインオブジェクト(細胞)のうち、所定の閾値以上の蛍光強度を有する細胞の染色画像を確認し、該細胞が大腸癌細胞か否かを判断する。図5は、ステップfで認識されたメインオブジェクト(細胞)を、蛍光強度データをパラメータとして作成したヒストグラムである。このヒストグラムから、解析対象とする細胞を含む領域を設定し、該領域内の個々の細胞の染色画像データをギャラリー表示で確認して、検出用抗体で染色されているか否か、すなわち、大腸癌細胞か否かを診断することができる。これらのステップを加えることにより、診断上の陽性可能性の見落としを効果的に防止することができる。
【0058】
このような画像解析の結果、検出用抗体が陽性である(検出用抗体で染色される)場合には、該細胞は大腸体癌に罹患していると診断することができる。さらに、解析された全ての細胞において、いずれの検出用抗体も陰性であった場合には、大腸癌に罹患していない可能性が高いと判断することができる。
【0059】
このように、本発明の大腸癌の診断方法においては、検出用抗体を用いた免疫染色により染色された細胞は、顕微鏡観察を用いて観察され、個々の細胞ごとに大腸癌細胞か正常細胞かを判断される。これにより、細胞同士が接着している場合や、細胞に細胞以外の組織片等が付着している場合であっても、個々の細胞について、大腸癌細胞か否かを判断することができる。すなわち、本発明の大腸癌の診断方法は、フローサイトメータを用いる解析方法とは異なり、個々の細胞が必ずしも分離されていない生体試料中の細胞に対しても、解析を行うことができるという利点も有する。
【0060】
さらに、本発明の大腸癌の診断方法は、便潜血反応検査や作業工程の多い遺伝子変異解析・遺伝子発現解析等による検査方法ではなく、大腸癌細胞を直接測定および解析する方法であるため、大腸癌細胞を高精度かつ簡便に検出することができ、大腸癌の診断において信頼性の高い結果を得ることができる。このため、本発明の大腸癌の診断方法を用いることにより、大腸癌の可能性が高い被験者を選別し、優先的に大腸内視鏡検査へと導き得ることが期待される。
【0061】
本発明の大腸癌の診断方法に用いられる検出用抗体等の試薬をキット化することにより、より簡便に大腸癌の診断を行うことができる。このような大腸癌診断用キットとしては、例えば、自然排泄便を回収する保存液含有回収用容器と、回収用抗体をリンカーを介して結合させた固相担体と、大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体と、細胞観察用容器とを有しており、該回収用抗体が大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合し得る抗体であり、該リンカーが、プロテインG、プロテインA、またはDNAからなるものであることが好ましい。
【0062】
本発明においては、これらのキットは、さらに核染色剤を有していても好ましい。また、固相担体が磁気ビーズである場合には、さらに、マグネチックシート等の磁気ビーズ回収用磁気基盤を有していても好ましい。
【0063】
なお、該保存液含有回収用容器としては、例えば、保存液を含有し得る公知の採便容器、Stomacher(登録商標) Lab Blender bagのような滅菌済ポリビニルバック等であってもよい。また、これらのキットが含有することができる回収用抗体、回収用抗体がリンカーを介して結合された固相担体、細胞観察用容器、保存液等は、上述したものから適宜選択して用いることができる。
【0064】
特に、固相担体と回収用抗体をつなぐリンカーがDNAからなるものである場合には、さらに、DNA切断酵素を有するキットであることが好ましい。一方、当該リンカーがプロテインGまたはプロテインAである場合には、さらに、非特異的抗体またはpH調製剤を有するキットであることが好ましい。
【実施例】
【0065】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
[実施例1]
本発明の大腸癌の診断方法により、模擬大腸癌患者由来糞便を用いて大腸癌細胞を検出した。模擬大腸癌患者由来糞便としては、自然排泄便に大腸癌由来培養細胞HT−29を予め混入させたものを用いた。なお、HT−29細胞は常法により培養したものを用いた。
<検出用抗体および回収用抗体>
大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体として、抗ヒトCD44v6抗体(クローンID:VFF18、Chemicon社から購入)を用い、大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合し得る回収用抗体として、抗ヒトEpCAM抗体(クローンID:Ber−EP4)を用いた。
【0067】
<回収用ビーズ>
回収用抗体を固相担体に結合させた回収用ビーズとして、抗ヒトEpCAM抗体をオリゴヌクレオチドからなるDNAリンカーを介して直径(平均粒子径)4.5μmの磁気ビーズに結合させてある磁気ビーズ(CELLection Epithelial Enrich、Dynal社製)を用いた。この回収用ビーズを、最終的に3%w/vスラリーとなるように、0.1%BSAおよび2mM EDTA添加リン酸緩衝液(PBS)を用いて調製した。
【0068】
<糞便試料の調製>
模擬大腸癌患者由来糞便2gを、20mlの保存液(0.1%BSAおよび2mM EDTA添加PBS)を含有させた保存液含有回収用容器に採取し、保存液に糞便を懸濁させ、ろ液回収用チューブにフィルターろ過した糞便試料(ポジティブ検体)を調製した。なお、該保存液含有回収用容器に設置されたフィルターとしては、孔径が512μmのナイロンフィルターを用いた。また、対照として、模擬大腸癌患者由来糞便に換えて、HT−29細胞を混入させていない糞便を用いて同様に調製し、この糞便試料をネガティブ検体とした。
【0069】
<糞便試料からの細胞の回収>
得られた糞便試料に保存液(0.1%BSAおよび2mM EDTA添加PBS)を添加し、40ml量とした後、3%w/vスラリーの回収用ビーズを80μL添加した。室温にて、ミキサーで15回転/分の条件の下、30分間のインキュベーションを行った。
その後、サンプルの入った50mlチューブを、Dynal MPC−1(50mlチューブ対応のマグネット台)に置いた。軽く揺らしながら、室温で15分間反応させた後、
上清をとり、ハンクス液を1ml加えた。回収用ビーズ懸濁液を新しい1.5mlチューブに移し、糞便試料中に含まれていた細胞を回収した。
【0070】
<固相担体から細胞の分離>
回収用ビーズ懸濁液にDNase(200Unit)を添加し、室温で15分間反応させることにより、ビーズと回収用抗体との間のDNAからなるリンカー部分を切断した。P−200のピペットを用いてピペッティング作業を行った後、チューブをMPC−S(1.5mlチューブ対応のマグネット台)に置き、室温で5分間反応させた。リリースされたビーズはマグネットに吸着されているため、細胞が存在する上清を回収することにより、細胞とビーズを分離した。効率よく細胞を回収するために、リリース工程は2回行った。
【0071】
<細胞の固定操作>
回収された細胞を含む上清を、マルチウェルプレートにアプライした後、3.7%ホルムアルデヒド溶液を用いて各ウェルの底面に細胞を固定した。PBSで洗浄後、PBSを満たして乾燥防止のフィルムを貼付し、4℃で保存した。
【0072】
<細胞の免疫染色>
5%スキムミルク含有PBSで10分間ブロッキングした後、蛍光物質(ALEXA647)で標識された抗ヒトCD44v6抗体を添加して、60分間室温で反応させた。反応後、十分に洗浄した後、DAPIを用いて核染色を行った。
なお、ビオチン標識された抗ヒトCD44v6抗体等を用いた場合には、蛍光標識された(ストレプト)アビジンを使用して核染色を行ってもよく、HRP標識された(ストレプト)アビジンを使用した場合は蛍光標識されたTyramideを30分間反応させる。十分に洗浄した後、核染色を行うこともできる。
【0073】
免疫染色後、マルチウェルプレートをCELAVIEW(登録商標)(オリンパス社製)に設置し、図1に示すフローチャートに従い、画像解析を行った。まず、顕微鏡の視野ごとにALEXA647染色画像(検出用抗体蛍光染色画像)とDAPI染色画像(核染色画像)を取得した(ステップa)。次に、取得されたDAPI染色画像に基づき、核をメインオブジェクトとして認識した後(ステップb)、蛍光強度データおよびその物体の面積の最小と最大から、核として認識させる範囲を決定し(ステップc)、細胞表面をサブオブジェクトとして認識した(ステップd)。その後、ALEXA647染色画像に基づき、認識されたサブオブジェクトにおける蛍光強度データから、大腸癌細胞を同定した(ステップe)。
【0074】
図6に画像解析の結果を示す。図6(a)はネガティブ検体の結果を、(b)はポジティブ検体の結果を、それぞれ示す。この結果、ネガティブ検体ではDAPIとALEXA647の両方で染色された細胞は検出されなかったが、ポジティブ検体ではDAPIとALEXA647の両方で染色された細胞が検出された。また、DAPIとALEXA647の両方で染色された細胞の1細胞当たりの平均蛍光強度は3290(実測値)であり、DAPIのみで染色された細胞の1細胞当たりの平均蛍光強度は29.9(実測値)であった。
【0075】
以上の結果から、本発明の大腸癌の診断方法により、糞便試料に含まれる大腸癌細胞を高精度かつ簡便に検出し得ることが明らかである。
【0076】
[参考例1]
大腸の非腫瘍部位から作製した組織切片と、大腸の腫瘍部位から作製した組織切片とに対して、免疫染色を行った。具体的には、実施例1において用いた抗ヒトCD44v6抗体を一次抗体とし、HRP標識された抗マウスIgG抗体であるEnVision+ mouse/HRP(Dako社製、カタログ番号:K4000)を二次抗体とし、DAB+(Dako社製、カタログ番号:K3467,Liquid)を用いて、DAB染色を行った。
【0077】
得られた染色図を図7に示す。(a)が大腸非腫瘍部位の染色図であり、(b)が大腸腫瘍部位の染色図である。大腸非腫瘍部位では、染色された細胞はほとんど存在していなかったが、大腸腫瘍部位では非常に多くの部位が色濃く染色された。これらの組織染色の結果からも、抗ヒトCD44v6抗体が、正常な大腸粘膜細胞とは結合せず、大腸癌細胞と特異的に結合することが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明の大腸癌の診断方法は、非侵襲的であり、検査負担が軽く、かつ信頼性の高い結果を得ることができる大腸癌診断方法であるため、大腸癌検診等の臨床検査等の分野において利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明における画像解析の一態様を示したフローチャートである。
【図2】メインオブジェクトとして認識した核を、面積データとサーキュラリティーファクターデータをパラメータとして、ドットプロット(スキャッターグラム)により表示したものである。
【図3】核周辺領域(サブオブジェクト)を、面積データと平均蛍光強度データをパラメータとして、ドットプロットにより表示したものである。
【図4】CELAVIEWの解析ソフトウェアを用いた画像解析において、測定領域の具体的な設定方法を模式的に示した図である。
【図5】ステップfで認識されたメインオブジェクト(細胞)を、蛍光強度データをパラメータとして作成したヒストグラムである。
【図6】実施例1において、画像解析の結果を示した図である。
【図7】参考例1において、大腸の組織切片の染色図である。(a)が大腸非腫瘍部位の染色図であり、(b)が大腸腫瘍部位の染色図である。
【符号の説明】
【0080】
101…核、102…細胞質、103…メインオブジェクトとして認識されるエリア、104…サブオブジェクトとして認識されるエリア、105…細胞膜、106…選択される細胞集団の領域、107…閾値、108…閾値。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糞便試料中に大腸癌細胞が含まれているか否かにより大腸癌を診断する方法であって、
(a−1)大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合する回収用抗体がリンカーを介して結合された固相担体を、糞便試料に添加して混合し、大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を形成する工程と、
(a−2)前記工程(a−1)において形成された大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体を回収する工程と、
(a−3)前記工程(a−2)において回収された大腸癌細胞−回収用抗体−固相担体複合体中の大腸癌細胞を、固相担体から分離する工程と、
(a−4)前記工程(a−3)において得られた大腸癌細胞を、細胞観察用容器中に固定し、大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体を用いて免疫染色する工程と、
(b)前記工程(a−4)において染色された大腸癌細胞の顕微鏡画像を取得し、画像解析することにより、大腸癌細胞を検出する工程と、
を有し、前記リンカーが、プロテインG、プロテインA、またはDNAからなることを特徴とする、大腸癌の診断方法。
【請求項2】
前記検出用抗体が抗ヒトCD44v6抗体であることを特徴とする請求項1記載の大腸癌の診断方法。
【請求項3】
前記回収用抗体が抗ヒトEpCAM抗体であることを特徴とする請求項1または2記載の大腸癌の診断方法。
【請求項4】
前記検出用抗体が蛍光物質により標識された抗体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の大腸癌の診断方法。
【請求項5】
前記検出用抗体がリガンドにより標識された抗体であり、大腸癌細胞の染色を、当該リガンドと、予め蛍光物質により標識された当該リガンドと特異的に結合し得る受容体との相互作用を利用した蛍光染色により行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の大腸癌の診断方法。
【請求項6】
前記検出用抗体がビオチンにより標識された抗体であり、大腸癌細胞の染色を、西洋わさびパーオキシダーゼにより標識されたストレプトアビジンまたはアビジンと、蛍光物質により標識されたチラミド(Tyramide)を用いた蛍光染色により行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の大腸癌の診断方法。
【請求項7】
前記固相担体が、平均粒子径0.05〜6μmの磁気ビーズであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか記載の大腸癌の診断方法。
【請求項8】
前記細胞観察用容器が、スライドガラスまたはマルチウェルプレートであることを特徴とする請求項1〜7のいずれか記載の大腸癌の診断方法。
【請求項9】
大腸癌細胞の染色において、核染色を併用することを特徴とする請求項1〜8のいずれか記載の大腸癌の診断方法。
【請求項10】
顕微鏡画像の取得および画像解析を、イメージングサイトメータを用いて行うことを特徴とする請求項1〜9のいずれか記載の大腸癌の診断方法。
【請求項11】
前記画像解析が、取得された顕微鏡画像に基づいて、各細胞の面積および蛍光強度を解析し、1細胞の解析結果を1ドットとして、細胞の面積と蛍光強度をパラメータとしたヒストグラムまたはドットプロットにより表示した後、所定の閾値に基づき標的細胞を同定することを特徴とする請求項10記載の大腸癌の診断方法。
【請求項12】
前記イメージングサイトメータが、前記ヒストグラムまたはドットプロット上に、ドットとして表示された細胞の面積の解析データ又は蛍光強度の解析データから、顕微鏡画像の画像データを呼び出す手段を有することを特徴とする請求項11記載の大腸癌の診断方法。
【請求項13】
自然排泄便を回収する保存液含有回収用容器と、回収用抗体をリンカーを介して結合させた固相担体と、大腸癌細胞と特異的に結合し得る検出用抗体と、細胞観察用容器とを有し、前記回収用抗体が大腸粘膜由来正常細胞と大腸癌細胞とにおいて共通して発現している細胞表面抗原と特異的に結合し得る抗体であり、前記リンカーが、プロテインG、プロテインA、またはDNAからなることを特徴とする大腸癌診断用キット。
【請求項14】
前記回収用抗体が抗ヒトEpCAM抗体であり、前記検出用抗体が抗ヒトCD44v6抗体であることを特徴とする請求項13記載の大腸癌診断用キット。
【請求項15】
前記リンカーがDNAからなるものであり、さらに、DNA切断酵素を有することを特徴とする請求項13または14記載の大腸癌検出用キット。
【請求項16】
前記リンカーがプロテインGまたはプロテインAであり、さらに、非特異的抗体またはpH調製剤を有することを特徴とする請求項13または14記載の大腸癌診断用キット。
【請求項17】
前記固相担体が磁気ビーズであることを特徴とする請求項13〜16のいずれか記載の大腸癌診断用キット。
【請求項18】
さらに磁気ビーズ回収用磁気基盤を有することを特徴とする請求項17記載の大腸癌診断用キット。
【請求項19】
前記検出用抗体が、蛍光分子により標識されていることを特徴とする請求項13〜18のいずれか記載の大腸癌診断用キット。
【請求項20】
前記検出用抗体がリガンドにより標識されており、さらに、当該リガンドと特異的に結合し得る受容体を有し、前記受容体が蛍光物質により標識されていることを特徴とする請求項13〜18のいずれか記載の大腸癌診断用キット。
【請求項21】
さらに核染色剤を有することを特徴とする請求項13〜20のいずれか記載の大腸癌診断用キット。
【請求項22】
前記細胞観察用容器がスライドガラスまたはマルチウェルタイププレートであることを特徴とする請求項13〜21のいずれか記載の大腸癌診断用キット。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−151678(P2010−151678A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−331274(P2008−331274)
【出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人応用物理学会、第55回応用物理学関係連合講演会講演予稿集、平成20年3月27日
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(590001452)国立がんセンター総長 (80)
【Fターム(参考)】