説明

大腸菌群検査用培地、該培地の製造方法及び大腸菌群の判定方法

【課題】 沈殿が発生せず、保存安定性に優れた大腸菌群検査用の濃縮培地を提供することを主たる目的とする。
【解決手段】 (A)塩化ナトリウム7.5〜11.0%(w/v),(B)硝酸カリウム1.5〜2.2%(w/v),(C)リン酸二水素カリウム1.5〜2.2%(w/v),(D)リン酸水素二カリウム6.0〜8.8%(w/v),(E)ペプトン7.5〜11.0%(w/v),(F)5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド0.15〜0.22%(w/v),(G)イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド0.15〜0.22%(w/v),(H)ピルビン酸ナトリウム1.5〜2.2%(w/v),(I)プロピレングリコール20〜30%(w/v)及び(J)水を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品等の被検体中に大腸菌群が存在するか否かを判定するための大腸菌群検査用培地、該培地の製造方法及び大腸菌群の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲料水,食品等の衛生管理においては、これらの被検体中における大腸菌群の存否を判定する検査が必要不可欠となっている。大腸菌群の迅速検査方法としては、発色基質を添加した培地を用いる方法が知られている(例えば、特許文献1〜3参照)。また、社団法人日本水道協会発行の「上水試験方法 解説編 2001年度版」には、上記方法を特定酵素基質培地法と規定しており、発色基質としてXGal(5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド)を添加した大腸菌群検査用培地として、XGal−MUG培地とピルビン酸添加XGal−MUG培地が収載されている。
【0003】
しかし、上述のような発色基質を添加した培地を用いた大腸菌群の検査は、経験を積んだ検定者の手作業により実施され、作業が煩雑である。そこで、被検体中の大腸菌群の存否を自動的に判定する大腸菌群判定装置の開発も行われている(例えば、特許文献4,5参照)
【0004】
特許文献4,5に記載された大腸菌群判定装置は、上述した特定酵素基質培地法における各工程を自動化して行う手段を備えており、例えば、被検体を貯留するための容器、上記被検体の温度を調節するための温度調節装置、大腸菌群検査用培地の保存タンク、上記培地を上記容器へ供給するための供給装置及び透過率測定手段等を備えており、上記各手段を用いて被検体の培養を行い、培養後の上記培地の透過率を測定して被検体中の大腸菌群の存否を判定するように構成されている。
【0005】
特許文献4では、大腸菌群検査用培地としてピルビン酸添加XGal−MUG培地を用いており、上記培地の保存中における雑菌の繁殖を抑制することで、大腸菌群判定装置による判定結果の信頼性を確保するため、上記培地の標準規定濃度の少なくとも2倍〜11倍に設定された濃縮培地を保存タンクに保存し、使用時に所定量を上記容器へ供給して標準規定濃度に希釈して用いることが好ましい旨記載されている。
【0006】
【特許文献1】特開平6−46891号公報
【特許文献2】特開平8−317787号公報
【特許文献3】特開2005−176640号公報
【特許文献4】特開2003−189844号公報
【特許文献5】特開2004−229655号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、本発明者がXGal−MUG培地を規定濃度より11倍高く設定した濃縮培地を用いて検討したところ、培地の作製後直ちに使用すれば何ら問題が生じないものの、室温で1日保存すると沈殿が発生し、商品価値が低下してしまうことが分かった。
【0008】
したがって、本発明の主たる目的は、上記のような沈殿が発生せず、保存安定性に優れた大腸菌群検査用の濃縮培地を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、プロピレングリコールを含む培地を用いれば、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
〔1〕 (A)塩化ナトリウム7.5〜11.0%(w/v),(B)硝酸カリウム1.5〜2.2%(w/v),(C)リン酸二水素カリウム1.5〜2.2%(w/v),(D)リン酸水素二カリウム6.0〜8.8%(w/v),(E)ペプトン7.5〜11.0%(w/v),(F)5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド0.15〜0.22%(w/v),(G)イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド0.15〜0.22%(w/v),(H)ピルビン酸ナトリウム1.5〜2.2%(w/v),(I)プロピレングリコール20〜30%(w/v)及び(J)水を含有することを特徴とする、大腸菌群検査用培地、
〔2〕 (C)成分1.5〜2.2%(w/v)と(D)成分6.0〜8.8%(w/v)に代えて、(C)成分0.1〜0.8%(w/v)と(D)成分0.4〜3.2%(w/v)を含有する、前記〔1〕記載の大腸菌群検査用培地、
〔3〕 (K)成分として(F)成分がβ−ガラクトシダーゼと反応して生成する発色物質の示す波長領域に吸収ピークを示さない色素をさらに含有する、前記〔1〕又は〔2〕記載の大腸菌群検査用培地、
〔4〕 (A)〜(E)成分,(G)成分,(H)成分及び(J)成分が混合されてなる組成物と、(F)成分,(I)成分及び(L)成分としてpH約8のpH緩衝液が混合されてなる組成物と、を室温で混合することを特徴とする、前記〔1〕又は〔2〕記載の大腸菌群検査用培地の製造方法、
〔5〕 (A)〜(E)成分,(G)成分,(H)成分,(J)成分及び(K)成分が混合されてなる組成物と、(F)成分,(I)成分及び(L)成分としてpH約8のpH緩衝液が混合されてなる組成物と、を室温で混合することを特徴とする、前記〔3〕記載の大腸菌群検査用培地の製造方法、
〔6〕 培養手段及び透過率測定手段を備えた装置を用いて、前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の培地を水で15〜22倍希釈して得られる標準濃度培地に被検体を加えて培養し、培養後の前記培地の透過率を検出することで、前記培地の発色の有無を判定することを特徴とする大腸菌群の判定方法。
【発明の効果】
【0011】
上記〔1〕記載の培地によれば、長期間室温で保存した場合でも、沈殿を生じることなく安定して保存することができる。上記〔2〕記載の培地によれば、長期間低温で保存した場合でも、沈殿を生じることなく安定して保存することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の大腸菌群検査用培地は、(A)塩化ナトリウム7.5〜11.0%(w/v),(B)硝酸カリウム1.5〜2.2%(w/v),(C)リン酸二水素カリウム1.5〜2.2%(w/v),(D)リン酸水素二カリウム6.0〜8.8%(w/v),(E)ペプトン7.5〜11.0%(w/v),(F)5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド0.15〜0.22%(w/v),(G)イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド0.15〜0.22%(w/v),(H)ピルビン酸ナトリウム1.5〜2.2%(w/v),(I)プロピレングリコール20〜30%(w/v)及び(J)水を含有することを特徴とする。
【0013】
本発明において、(A)成分は塩化ナトリウム,(B)成分は硝酸カリウム,(C)成分はリン酸二水素カリウム,(D)成分はリン酸水素二カリウム,(E)成分はペプトン,(F)成分は5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド(XGal),(G)成分はイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG),(H)成分はピルビン酸ナトリウム、(I)成分はプロピレングリコール,(J)成分は水であり、これらはいずれも必須成分である。
【0014】
本発明では、(A)〜(I)の各成分濃度を特定範囲に設定することにより、室温で4ヶ月程度は沈殿が発生せず、保存安定性に優れた液体培地とすることができる。ここで、本明細書において「室温」とは、具体的には、1〜30℃をいい、通常は20℃前後をいう。
【0015】
すなわち、培地中の(A)成分の濃度は、好ましくは7.5〜11.0%(w/v)であり、より好ましくは7.5〜10.0%(w/v)である。培地中の(B)成分の濃度は、好ましくは1.5〜2.2%(w/v)であり、より好ましくは1.5〜2.0%(w/v)である。培地中の(C)成分の濃度は、好ましくは1.5〜2.2%(w/v)であり、より好ましくは1.5〜2.0%(w/v)である。培地中の(D)成分の濃度は、好ましくは6.0〜8.8%(w/v)であり、より好ましくは6.0〜8.0%(w/v)である。培地中の(E)成分の濃度は、好ましくは7.5〜11.0%(w/v)であり、より好ましくは7.5〜10.0%(w/v)である。培地中の(F)成分の濃度は、好ましくは0.15〜0.22%(w/v)であり、より好ましくは0.15〜0.20%(w/v)である。培地中の(G)成分の濃度は、好ましくは0.15〜0.22%(w/v)であり、より好ましくは0.15〜0.20%(w/v)である。培地中の(H)成分の濃度は、好ましくは1.5〜2.2%(w/v)であり、より好ましくは1.5〜2.0%(w/v)である。培地中の(I)成分の濃度は、好ましくは20〜30%(w/v)であり、より好ましくは20〜25%(w/v)である。
【0016】
上記(A)〜(H)の各成分濃度は、それぞれ標準規定濃度に比べて、好ましくは15〜22倍高濃度に設定されており、より好ましくは15〜20倍高濃度に設定されている。ここで、本明細書において「標準規定濃度」とは、表1のピルビン酸添加XGal−MUG培地に含まれる上記(A)〜(H)の各成分について規定された濃度をいう。すなわち、上記(A)〜(H)成分については、濃縮倍率として15〜22倍が好ましく、15〜20倍がより好ましい。
【0017】
本発明において(J)成分は水であり、上述した培地成分の溶剤としての役割を有する。本発明に使用される水の種類は、液体培地用に通常用いられるものであれば特に限定されず、例えば、イオン交換水、蒸留水などの精製水等を使用することができる。
【0018】
本発明の培地は、好ましくは、(A)〜(E)成分,(G)成分及び(H)成分を水(J)中に溶解させた組成物Aと、(F)成分を(I)成分中に溶解させた組成物Bとを混合し、これを高温(例えば、90℃程度)で加温溶解させ、次いで室温に戻すことにより作製することができる。すなわち、XGalは水溶性が低いため水に溶けにくいので、XGalの溶剤としてプロピレングリコールを使用している。また、上記のように組成物Aと組成物Bとを混合して培地を作製すると、室温保存中における培地の着色を抑制することができる。
【0019】
また、組成物Bに代えて、(L)成分としてpH約8のpH緩衝液と(I)成分からなる組成物に(F)成分を溶解させた組成物Cを用いるようにすれば、上記組成物Aと該組成物Cとは室温で溶解させることができるので、本発明に係る培地を容易に製造することができる。(I)成分であるpH約8のpH緩衝液としては特に限定されないが、例えば、Tris−HCl緩衝液を例示することができる。上記培地中における(L)成分の濃度は特に限定されないが、通常1%(w/v)程度である。
【0020】
本発明による大腸菌群の判定方法を実施するには、本発明の培地のうち、所定量を水で15〜22倍希釈した標準濃度培地を作製し、この標準濃度培地に所定量の被検体を加えて30〜40℃で数時間〜40時間培養し、培養後の培地の透過率を調べて、被検体中の大腸菌群の存否を判定する。すなわち、被検体中に大腸菌群が存在すると、これが産生するβ−ガラクトシダーゼの作用によってXGalが分解され、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルを遊離し、これが酸化反応を経て青〜青緑色に呈色するインジゴを生成するので、培地の呈色を検出することにより被検体中に大腸菌群が存在することを判定することができる。
【0021】
本発明の培地は、大腸菌群の検出選択性についてピルビン酸添加XGal−MUG培地(表1を参照)と同等以上である。また、被検体中に酸消費量(pH4.8)が多く含まれている場合でも、大腸菌群の検出選択性は影響を受けない。
【0022】
また、本発明の培地は、上記(A)〜(J)成分(さらに必要に応じて(L)成分)のうち、(C)成分と(D)成分の含有量を特定範囲に設定することにより、低温で2ヶ月程度は沈殿が発生せず、保存安定性に優れた液体培地とすることができる。ここで、本明細書において「低温」とは、−5〜0℃をいう。低温での保存安定性に優れた培地を得るにあたっては、(C)成分の濃度は0.1〜0.8%(w/v)が好ましく、0.1〜0.6%(w/v)がより好ましい。また、(D)成分の濃度は0.4〜3.2%(w/v)が好ましく、0.4〜2.4%(w/v)がより好ましい。すなわち、上述した標準規定濃度を基準にした場合、(C)成分については、濃縮倍率として1〜8倍が好ましく、1〜6倍がより好ましい。また、(D)成分については、濃縮倍率として1〜8倍が好ましく、1〜6倍がより好ましい。
【0023】
本発明による大腸菌群検査用培地及び該培地を用いた大腸菌群の判定方法は、被検体中の大腸菌群の存否を自動的に判定するように設計された大腸菌群判定装置に適用される。
大腸菌群判定装置の構成としては、上述した特許文献4,5に記載されたものを挙げることができるが、大腸菌群の存否を自動的に判定できる装置として供され、少なくとも培養手段(例えば、被検体を貯留するための容器,温度調節装置等)及び透過率測定手段を備えた装置であれば適用可能である。
【0024】
上記装置を用いて大腸菌群の判定を行う場合、本発明の培地のうち所定量が被検体に添加される。このため、所定量の培地が添加されたことを判定するため、(K)成分として(F)成分がβ−ガラクトシダーゼと反応して生成する発色物質の示す波長領域に吸収ピークを示さない色素をさらに含有させるようにしてもよい。(F)成分としての色素は、緑色光の透過率が低下するように被検体を着色させることができるものであり、かつ青〜青緑色の波長領域(600〜700nm)に吸収ピークを示さないものが好ましい。このような色素としては、例えば、520nm付近に極大吸収ピークを示す赤色の色素を用いることができる。該赤色の色素としては、例えばエオシンY等を挙げることができる。
【0025】
(K)成分を用いる場合において、室温で本発明の培地を作製するときは、上述した組成物Cに(K)成分を含有させるようにすればよい。
【実施例】
【0026】
以下、試験例などにより本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらによりなんら限定されるものではない。
【0027】
表1は、公定法として定められている特定酵素基質培地法のうち、発色基質としてXGalを用いたXGal−MUG培地とピルビン酸添加XGal−MUG培地の成分組成を示したものである。ここで、表1に示された各成分の濃度は、公定法で定められた標準規定濃度である。以下では、XGal−MUG培地を用いて大腸菌群を検出する方法を「公定法I」といい、ピルビン酸添加XGal−MUG培地を用いて大腸菌群を検出する方法を「公定法II」という。また、後述する培地の濃縮倍率は、上記標準規定濃度を基準とした値である。以後、濃縮倍率をいう場合、単に「(×濃縮倍率)」と表示する場合がある。
【0028】
【表1】

【0029】
(参考例1:培地A(×11)の作製)
まず、表2に示すように、表1に記載した2種類の培地のうち、XGal−MUG培地の各成分濃度よりも11倍高くなるように、室温で各成分に水を添加・混合し、90℃で加温溶解を行い、次いで室温に戻すことで培地A(100ミリリットル)を作製した。そして、培地Aを20℃で1日間保存し、沈殿が生じるか否かを調べた。この結果、沈殿として、SDS,リン酸二水素カリウム及びリン酸水素二カリウムが生じることが確認された。
【0030】
【表2】

【0031】
(参考例2:培地B(×11)の作製)
沈殿成分の一つであるSDS及び大腸菌検出用の発色基質であるMUGを配合成分から除いた培地Bを用いて保存試験を行った。すなわち、表3に示すように、表2の培地成分のうち、SDSとMUGを除いた各成分について、各成分濃度が標準規定濃度の11倍高くなるように、室温で各成分に水を添加・混合し、90℃で加温溶解を行い、次いで室温に戻すことで培地B(100ミリリットル)を作製した。そして、培地Bを20℃で保存した場合、何日後に沈殿が生じるかを調べた。この結果、4〜7日後に沈殿を生じることが確認された。
【0032】
【表3】

【0033】
(参考例3:培地1〜4(×11)の作製)
表4に示すように、上記「参考例2」で用いた培地Bを基準として、トリプトースとXGalのうち、いずれか一の成分または両成分を除いた培地1〜4を作製し(いずれも100ミリリットル)、20℃で保存した場合、7日後,30日後及び60日後に各培地の状態を調べた。また、培地1と培地4は、DMF(ジメチルホルムアミド)にXGalを溶解させた組成物と、水に上記以外の成分を溶解させた組成物とを混合し、90℃で加温溶解を行い、次いで室温に戻すことで作製した。これはXGalの水溶性が低いためである。この結果、培地1と培地3はそれぞれ30日後に沈殿を生じること、培地4は60日後でも沈殿を生じないが7日後に着色すること、培地2は60日後でも沈殿を生じず、かつ着色もしないことが確認された。培地1〜培地3の結果から、沈殿の原因はトリプトースとXGalであることが分かる。また、培地1と培地4の結果から、DMFを増量すると沈殿は抑制されるが、着色が激しくなることが確認された。したがって、XGalを11倍濃度溶解させる場合、他の溶剤を用いる必要があることが分かった。
【0034】
【表4】

【0035】
(参考例4:培地5(×11)と培地6(×22)の作製)
表5に示すように、上記「参考例2」で用いた培地Bを基準として、栄養源をソルビトール,トリプトース及びトリプトファンに代えてピルビン酸添加XGal−MUG培地で配合されるペプトンを使用するとともに、XGalを配合成分から除いた培地5(×11)と培地6(×22)を作製し(いずれも100ミリリットル)、20℃で保存して、1日後,7日後,30日後及び60日後に各培地の状態を調べた。この結果、培地5は、60日後でも沈殿を生じず、かつ着色もしないことが確認された。一方、培地6は、60日後に沈殿を生じることが確認された。
【0036】
【表5】

【0037】
(参考例5:XGalの着色を抑制する溶剤の検討)
表5に示すように、DMF,PG(プロピレングリコール)及び1MTris−HCl(pH8.0)緩衝液のうち一種以上を溶剤としてXGalを溶解させた溶液7〜10を作製し(いずれも100ミリリットル)、20℃で保存して、1日後,7日後,30日後及び60日後に各溶液の状態を調べた。この結果、表5から明らかなように、XGalの着色を抑制するには、溶剤としてDMFよりPGの方が適していること、及びTris−HCl緩衝液を添加して溶液のpHを上昇させることが好ましいことが分かった。
【0038】
(実施例1:ピルビン酸添加XGal−MUG培地を基準とした配合処方の検討)
表1に記載したピルビン酸添加XGal−MUG培地の配合成分のうち、SDSとMUGを除くとともに、PGとTris−HCl緩衝液(pH8.0)を配合し、濃縮倍率を11〜25倍,PG濃度を20〜40%(w/v)に設定した培地7〜16を作製し(いずれも100ミリリットル)、20℃で保存して、30日後,60日後及び120日後に各培地の状態を調べた(表6参照)。上記各培地は、塩化ナトリウム,硝酸カリウム,リン酸二水素カリウム,リン酸水素二カリウム,ペプトン,IPTG及びピルビン酸ナトリウムを水に溶解させた組成物と、XGalをPGと1M Tris−HCl緩衝液の混液に溶解させた組成物とを20℃で混合して作製した。この結果、PG濃度が20%(w/v)及び30%(w/v)で、濃縮倍率11〜20倍の培地では、120日後でも沈殿を生じないことが確認された。
【0039】
【表6】

【0040】
(実施例2:低温での保存安定性に優れた培地処方の検討)
表6のうち、濃縮倍率が20倍,PG濃度が20%(w/v)の培地11の配合処方を基準として、リン酸二水素カリウムとリン酸水素二カリウムの濃縮倍率を20倍,10倍及び5倍に設定した培地17〜19(培地17は培地11と同一の成分組成である)を作製し(いずれも100ミリリットル)、−5℃で保存して、60日後に各培地の状態を調べた(表7参照)。この結果、培地19(上記リン酸塩の濃縮倍率:5倍)は60日後でも沈殿を生じなかったのに対し、培地17(上記リン酸塩の濃縮倍率:20倍)及び培地18(上記リン酸塩の濃縮倍率:10倍)は60日後に沈殿を生じることが確認された。したがって、低温における保存安定性を高めるには、リン酸塩の濃縮倍率を5倍程度に設定することが好ましいといえる。
【0041】
【表7】

【0042】
(実施例3:標準濃度培地Aの選択性、発色性の検討)
表7に示した培地のうち、低温保存性に優れる培地19を水で20倍希釈した標準濃度培地Aを用いて表8に示す各種菌株A〜Lを培養した(なお、菌株Lは水のみからなるブランクである)。具体的には、水7ミリリットルに培地19を350マイクロリットル添加し、オートクレーブ(121℃,15分)した後、A〜L溶液を添加し(菌数は10個で、これは溶液の添加量にてコントロールした)、36℃で38時間培養し、20時間後,24時間後及び38時間後における各培地の発色の程度を目視観察した。対照として、表1に記載のピルビン酸添加XGal−MUG培地を用い、該培地7ミリリットルをオートクレーブ(121℃,15分)した後、A〜L溶液を添加し(菌数は10個で、これは溶液の添加量にてコントロールした)、36℃で38時間培養し、20時間後,24時間後及び38時間後における各培地の発色の程度を目視観察した。表9に結果を示す。
【0043】
【表8】

【0044】
【表9】

【0045】
表9から明らかなとおり、菌株F(K.pneumoniae)を除く全ての菌株について、標準濃度培地Aはピルビン酸添加XGal−MUG培地と同じ選択性を示した。菌株Fは大腸菌群であるが、ピルビン酸添加XGal−MUG培地では偽陰性を示す一方、標準濃度培地Aでは陽性を示した。このことから、標準濃度培地Aは大腸菌群に対する選択性に優れていることがいえる。また、培養時間毎の発色性についても標準濃度培地Aはピルビン酸添加XGal−MUG培地と同等だった。
【0046】
(実施例4:雑菌が存在する場合の選択性評価)
標準濃度培地Aには、ピルビン酸添加XGal−MUG培地に添加されているSDS(グラム陽性菌の抑制剤)が配合されていない。そこで、グラム陽性菌等の雑菌が過剰量存在する場合でも、標準濃度培地Aがピルビン酸添加XGal−MUG培地と同程度に大腸菌群を検出できるか否か調べた。具体的には、上記菌株A〜Lのうち、菌株G(P.aeruginosa;グラム陰性菌)と菌株I(S.aureus;グラム陽性菌)を雑菌とし、菌株Gと菌株Iをそれぞれ10000個、及び上記菌株A〜F,H及びJ〜Lのうち1種を10個共存させ、上記「実施例3」と同様に培養した。表10に結果を示す。
【0047】
【表10】

【0048】
表10から、培養時間20時間では多少の相違はあるものの、24時間及び38時間では、菌株Fを含む雑菌を培養した場合を除き、標準濃度培地Aとピルビン酸添加XGal−MUG培地は同等の選択性、発色性を示した。
【0049】
(実施例5:酸消費量(pH4.8)の影響)
表7に示す培地19について、大腸菌群の検出選択性に及ぼす酸消費量(pH4.8)の影響を調べるため、培地19を水で20倍希釈した標準濃度培地Aと培地19を酸消費量(pH4.8)が250mg/リットルの水溶液で20倍希釈した標準濃度培地Bを作製し、添加時の菌数が20個であること以外は上記「実施例3」と同様に菌株A〜F,H,J,K及びLを培養した。表11に結果を示す。上述した酸消費量(pH4.8)が250mg/リットルの水溶液は、炭酸水素ナトリウム(NaHCO)に水を加えて調製したものである。表11から、標準濃度培地Aを用いた場合と標準濃度培地Bを用いた場合とを対比すると、本試験に供した菌株の全てについて培養38時間後の発色性に両者間で有意差は認められなかった。したがって、培地19は、被検体中に酸消費量(pH4.8)が多く含まれている場合でも、大腸菌群の検出選択性は影響されないことが分かった。
【0050】
【表11】

【0051】
(実施例6:エオシンY配合培地の作製)
培地19を基準として、さらにエオシンYを配合した培地20を作製し(表12参照)、実施例3と同様の方法で培地20を用いて表8に示す菌株E(E.coli;大腸菌)を36℃で22時間培養した。そして、得られた培地のうち、10ミリリットルを分光光度計用セルに移し、このセルを分光光度計(株式会社日立製作所製U−2010,石英セル長:25mm)にセットし、室温下、波長400〜800nmの吸収スペクトルを測定した。図1に得られた吸収スペクトルを示す。また、対照として、培地19を上記と同様の方法で培養し、得られた培地の吸収スペクトルを測定した。さらに、図1には、培地20中のエオシンYと同濃度になるように、エオシンYを純水に溶解させたエオシンY溶解液の吸収スペクトルも併せて示した。
【0052】
【表12】

【0053】
図1から、培養後の培地20の吸収スペクトルのうち、エオシンYの吸収ピーク(450〜560nm)は、培地20に含まれるXGalがβ−ガラクトシダーゼと反応して生成した青〜青緑色の発色物質の吸収ピーク(600〜700nm)と重ならないことが確認された。したがって、大腸菌群判定装置に本発明の培地を適用する場合、培地20のようにエオシンYを含有させたものを用いるようにすれば、培養前に所定量の培地が添加されたか否かを確実に判定することができるとともに、大腸菌群の判定結果にも影響を与えないことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、被検体中の大腸菌群の有無を自動的に判定する装置に適用される大腸菌群検査用濃縮培地、該培地の製造方法及び大腸菌群の判定方法として広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】エオシンYを含有する培地を用いて、大腸菌群の判定結果に与えるエオシンYの影響を調べた吸収スペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)塩化ナトリウム7.5〜11.0%(w/v),(B)硝酸カリウム1.5〜2.2%(w/v),(C)リン酸二水素カリウム1.5〜2.2%(w/v),(D)リン酸水素二カリウム6.0〜8.8%(w/v),(E)ペプトン7.5〜11.0%(w/v),(F)5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド0.15〜0.22%(w/v),(G)イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド0.15〜0.22%(w/v),(H)ピルビン酸ナトリウム1.5〜2.2%(w/v),(I)プロピレングリコール20〜30%(w/v)及び(J)水を含有することを特徴とする、大腸菌群検査用培地。
【請求項2】
(C)成分1.5〜2.2%(w/v)と(D)成分6.0〜8.8%(w/v)に代えて、(C)成分0.1〜0.8%(w/v)と(D)成分0.4〜3.2%(w/v)を含有する、請求項1記載の大腸菌群検査用培地。
【請求項3】
(K)成分として(F)成分がβ−ガラクトシダーゼと反応して生成する発色物質の示す波長領域に吸収ピークを示さない色素をさらに含有する、請求項1又は2記載の大腸菌群検査用培地。
【請求項4】
(A)〜(E)成分,(G)成分,(H)成分及び(J)成分が混合されてなる組成物と、(F)成分,(I)成分及び(L)成分としてpH約8のpH緩衝液が混合されてなる組成物と、を室温で混合することを特徴とする、請求項1又は2記載の大腸菌群検査用培地の製造方法。
【請求項5】
(A)〜(E)成分,(G)成分,(H)成分,(J)成分及び(K)成分が混合されてなる組成物と、(F)成分,(I)成分及び(L)成分としてpH約8のpH緩衝液が混合されてなる組成物と、を室温で混合することを特徴とする、請求項3記載の大腸菌群検査用培地の製造方法。
【請求項6】
培養手段及び透過率測定手段を備えた装置を用いて、請求項1〜3のいずれかに記載の培地を水で15〜22倍希釈して得られる標準濃度培地に被検体を加えて培養し、培養後の前記培地の透過率を検出することで、前記培地の発色の有無を判定することを特徴とする大腸菌群の判定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−306930(P2008−306930A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−137402(P2007−137402)
【出願日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【出願人】(000175272)三浦工業株式会社 (1,055)
【出願人】(504143522)株式会社三浦プロテック (488)
【Fターム(参考)】