大規模ゲノム重複を保持する麹菌
【課題】遺伝子組換え技術を使用することなく、産業に応じた多種の酵素生産能を向上させた麹菌を育種すること。
【解決手段】アスペルギルス属に属する菌株であって、900kb以上の大規模なゲノム重複をもつ麹菌で、プロテアーゼ等の醤油製造における必要な多種の酵素群を高生産する菌株。
【解決手段】アスペルギルス属に属する菌株であって、900kb以上の大規模なゲノム重複をもつ麹菌で、プロテアーゼ等の醤油製造における必要な多種の酵素群を高生産する菌株。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、900kb以上の大規模なゲノム領域の重複を保持する麹菌等に関する。
【背景技術】
【0002】
麹菌が生産する酵素は様々な産業に利用されている。
例えば、日本の伝統食品である醤油製造においても、麹菌の生産する多様な酵素が利用されている。醤油製造では、麹菌を原料である大豆と小麦に生育させ、多様な酵素を生産させる。ここで麹菌が生産した多様な酵素は、大豆や小麦のタンパク質、糖質、脂質などを分解し、次工程の乳酸発酵、酵母発酵を促す。この過程で、麹菌が原料分解酵素を多量に生産すると、原料利用率や圧搾性が上がり生産性を大幅に向上させることができる。加えて、乳酸発酵、酵母発酵への基質が十分に供給されるため、発酵が適正に行なわれ、醤油の品質は大きく向上する。
【0003】
これらのことから、酵素生産性の高い麹菌を育種することは産業上極めて重要であり、これを目的とした育種が現在までに精力的に行なわれている。また、アスペルギルス・オリゼRIB40においてはその全ゲノム配列も決定され(非特許文献1)、育種に応用できるようになった。
【0004】
酵素高生産を目的とした麹菌の育種方法には、大きく分けて突然変異法と遺伝子組換え法がある。遺伝子組換え法は、形質転換を利用して目的の遺伝子を麹菌に取り込ませることにより育種する方法である。この方法で取り込ませる遺伝子のサイズは5〜6kbが通常であり、10kb以上を取り込ませようとするとその形質転換効率は著しく低下するため、成功させることは非常に困難である。また、取り込ませる領域には目的とする遺伝子のプロモーター領域、構造遺伝子領域、ターミネーター領域、場合によってはスクリーニング時のマーカーとなる遺伝子を入れる必要があるため、10kb以内に複数の目的遺伝子を入れることは難しい。そのため、酵素製造のような単独の酵素だけを高生産させればよい産業において遺伝子組換え手法は有効であるが、食品製造のように原料を分解するために複数の酵素を同時に高生産させる必要がある産業においては有効ではない。食品製造業の例として醤油製造業を挙げると、醸造に適した麹菌は、歩留まり向上のための各種原料分解酵素、圧搾性の向上のための各種酵素、旨味を造るための酵素など、多種多様な酵素を高生産する必要がある。これら多種多様な酵素を遺伝子組換え法にて同時に高生産させるには、形質転換を繰り返し行なう必要があり、そのために形質転換体のスクリーニングに用いるマーカーをリサイクルできるような系を構築しなければならないが、これは極めて困難である。仮に形質転換を繰り返して多種の酵素遺伝子を宿主のゲノムに挿入しても、遺伝子座や発現制御系の問題で挿入された遺伝子が十分に機能するとは限らない。また、麹菌の酵素生産機構は未知な部分が多いため、遺伝子を挿入しただけで目的の酵素生産性が上がる保証もない。
【0005】
更に、遺伝子組換え技術を利用した食品製造は日本の市場では未だ受け入れられていないため、実際の食品製造に使用することは問題がある。そのため、紫外線照射などの突然変異法による育種が行なわれているが、この方法は目的以外の付随変異が生じるため、目的の酵素生産性が高くなった変異株が得られても、生育が遅くなる、他の酵素生産性が低下するなどの問題が頻繁に起こる。
【0006】
又、麹菌の変異株は遺伝的に不安定な場合が多く、生育と共に親株の性質に戻ってしまう株がしばしば見られ(以下、「復帰変異」という)、産業利用において問題がある。
【0007】
このように、食品製造業のような多種類の酵素が同時に必要な産業では、多種の酵素が同時に高生産になる麹菌が要求されているが、上記の様な問題がある。
【0008】
尚、これまでに突然変異法を利用した酵素高生産麹菌の育種では、アスペルギルス・オリゼRIB128にN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(以下NTG)処理してフィターゼ高活性株を作製し、清酒中のフィチンの量を低減し生理活性物質であるイノシトールの量を増加させる方法(特許文献1)、アスペルギルス・オリゼAJ117281株にNTG処理して蛋白分解酵素高活性変異株を作製し、高窒素蛋白加水分解物の製造する方法(特許文献2)、アスペルギルス・オリゼAJ117290株(FERM P−14259)にNTG処理してグルタミナーゼ高活性変異株を作製し、グルタミン酸含有率の高い蛋白加水分解物を製造する方法(特許文献3)などがあり、突然変異の誘発に関しては、変異剤として上記のNTGだけではなく、ヒドロキシルアミン、エチルメチルスルホン酸等の一般的に用いられるその他の化学物質、または紫外線、放射線、X線等の照射を含んでいる。
また、突然変異法を利用したその他の育種では、アスペルギルス・オリゼO−1013株(FERM P−16528)にNTG変異処理して、デフェリフェリクリシンを高生産する変異株を得る方法(特許文献4)、アスペルギルス・ソーヤに紫外線処理して分生子が白色である白色麹変異株を作製し、色相が良好な味噌を得る方法(特許文献5)、アスペルギルス・オリゼにX線などの突然変異処理を施し、イソバレルアルデヒド低生産麹菌を作製し、清酒の劣化臭であるムレ香の発生を防止する方法(特許文献6)、紅麹菌(モナスカス菌)に重イオンビームを照射しコレステロール低下物質であるモナコリンKを高生産する麹菌株を作製する方法(特許文献7)、微生物に線エネルギー付与を有する鉄イオンビームを照射することによって1.0〜1.2kb程度の挿入変異及び欠失変異を導入する方法(特許文献8)、及び、重イオンビームを利用して黒麹菌の変異株を作出した例(非特許文献2)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平06−153896号公報
【特許文献2】特開平07−274944号公報
【特許文献3】特開平10−210967号公報
【特許文献4】特開2008−054580号公報
【特許文献5】特開平07−222584号公報
【特許文献6】特開平09−70287号公報
【特許文献7】特開2007−228849号公報
【特許文献8】特開2008−306991号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nature (2005) 438, 1157
【非特許文献2】Food Sci. Technol. Res. (1999) 5(2), 153-155
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、遺伝子組換え法を使用することなく、多種の酵素生産能を同時に向上させた麹菌を育種することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明者は、アスペルギルス属に属する菌株(例えばアスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼ)に突然変異処理を施し、目的遺伝子と目的遺伝子の近傍にある遺伝子の双方が同時に高活性になっている変異株をスクリーニングすることで、900kb以上の大規模なゲノム領域の重複をもつ麹菌を得ることに成功し、本発明を完成させた。
【0013】
即ち、本発明は以下の各態様にかかる。
[態様1]アスペルギルス属に属する菌株であって900kb以上の連続した遺伝子の重複をもつ菌株。
[態様2]900〜2,400kbのゲノム領域を重複して保持する、態様1記載の菌株。
[態様3]重複するゲノム領域中にアルカリプロテアーゼ遺伝子を含む、態様1又は2記載の菌株。
[態様4]重複するゲノム領域中にα-アミラーゼ遺伝子を含む、態様1〜3のいずれか一項に記載の菌株。
[態様5]重複するゲノム領域がアスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)における第2染色体上のSC003領域に由来する、態様1〜4のいずれか一項に記載の菌株。
[態様6]復帰変異しない株である、態様1〜5のいずれか一項に記載の菌株。
[態様7]プロテアーゼ活性が親株と比較して2倍以上増加している、態様1〜6のいずれか一項に記載の菌株。
[態様8]α−アミラーゼの生産が親株と比較して2倍以上増加している、態様1〜6のいずれか一項に記載の菌株。
[態様9]アスペルギルス属に属する菌株がアスペルギルス・オリゼまたはアスペルギルス・ソーヤに属する菌株である、態様1〜10のいずれか一項に記載の菌株。
[態様10]菌株がNITE P−733又はNITE P−734である、態様9に記載の菌株。
[態様11]アスペルギルス属に属する菌株に突然変異処理を施して得られたものである、態様1〜10のいずれか一項に記載の菌株。
[態様12]態様1〜11のいずれか一項に記載の菌株を用いて製造される醤油麹。
[態様13]態様12記載の醤油麹を用いて製造される醤油。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって、多種の酵素を同時に高生産する麹菌を得ることに成功した。本麹菌は、多種の酵素が同時に高生産である点から産業上極めて有用であることに加え、遺伝子組換え法を使用していないため食品製造に利用しやすい。特に、醤油製造において必要なプロテアーゼ等の各種原料分解酵素が高生産になったことにより、原料利用率を飛躍的に向上させることができた。
また、麹菌の変異株はしばしば復帰変異を起こすことが知られているが、ゲノムの大規模な重複をもつ本発明の麹菌株は、点変異のような小さな変異でないため遺伝的に安定で復帰変異を起こしにくい。これにより、従来より格段に歩留まりを上げることができた。特に復帰変異を起こさない効果は、醤油製造における原料利用率の向上のみならず種麹管理労力を大きく軽減するため生産性向上に大きく寄与し、産業利用において優位である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明菌S1−1株のふすま麹におけるプロテアーゼ活性測定結果を示す。
【図2】本発明菌S1−1株のふすま麹におけるα−アミラーゼ活性測定結果を示す。
【図3】本発明菌R40−1株のふすま麹におけるプロテアーゼ活性測定結果を示す。
【図4】本発明菌R40−1株のふすま麹におけるα−アミラーゼ活性測定結果を示す。
【図5】本発明菌株のふすま麹による継代試験でのプロテアーゼ活性測定結果を示す。各菌株について左から右に順に継代試験における1代目〜10代目を示す。
【図6】本発明菌株の醤油麹でのプロテアーゼ活性測定結果を示す。
【図7】本発明菌株の醤油麹での麹消化度測定結果を示す。
【図8】S1−1株のマイクロアレイを用いた比較ゲノムハイブリダイゼーション法(以下aCGH法)による解析結果を示す。
【図9】R40−1株のaCGH法による解析結果を示す。
【図10】S1−1株の定量PCR法による遺伝子コピー数バリデーション解析結果を示す。
【図11】S1−1株のふすま麹での重複領域に該当する酵素と該当しない酵素の活性測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
アスペルギルス属に属する菌株としては、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・アワモリ等の任意の菌株が挙げられるが、そのうちアスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼに属する菌株が好ましい。
【0017】
このような菌株としては、例えば、アスペルギルス・ソーヤ 262(FERM P−2188)、アスペルギルス・ソーヤ 2165(FERM P−7280)、アスペルギルス・ソーヤ (ATCC42251)、アスペルギルス・オリゼ(IAM2638)、及びアスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)等の公的寄託機関で保存されており当業者には容易に入手可能であるような各菌株等を挙げることができる。
【0018】
本発明の菌株は900kb以上、好ましくは、900〜2,400kbの大規模なゲノム領域を重複して少なくとも2コピー以上保持することを特徴とする。このような重複するゲノム領域は同じ染色体上に並ぶか、あるいは、異なる染色体に離れて存在している。
【0019】
醤油製造においては、タンパク質を分解し、呈味成分であるアミノ酸をつくるプロテアーゼと、乳酸発酵・酵母発酵の基質となるグルコースをつくるアミラーゼを同時に高生産する麹菌が望ましい。また、これらの遺伝子はアスペルギルス・オリゼRIB40のゲノム情報から、同一染色体のセントロメアを挟まない位置に存在することが明らかになっている。これら酵素の活性が同時に高く、かつ大規模なゲノム領域を重複する麹菌を得るには、まずプロテアーゼ生産能が2倍以上になった変異株を選抜し、さらにその中からアミラーゼ活性が2倍以上になった株を選ぶことで、効率よく性質の安定な目的株を得ることができる。ここではプロテアーゼとアミラーゼを例にとったが、これらの遺伝子の組み合わせはその遺伝子同士が同一染色体上でかつセントロメアを挟まない位置に存在する遺伝子の組み合わせであれば、どのような組み合わせでも可能である。
【0020】
従って、このような重複する大規模なゲノム領域の代表的例としては、アルカリプロテアーゼ遺伝子及び/又はα-アミラーゼ遺伝子が含まれており、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)Biological Resource Center (又は、独立行政法人酒類総合研究所)に保存されているアスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)における第2染色体上のSC003領域に由来(相当)するものを挙げることができる。尚、「SC003領域」とは、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)のゲノム解析データベースであるDOGAN(Database Of the Genomes Analyzed at NITE)で特定される(http://www.bio.nite.go.jp/dogan/GeneMap?GENOME_ID=ao__G2)。
或いは、重複する大規模なゲノム領域の代表的例として、以下の実施例に示されるような第2染色体上の各領域、即ち、アルカリプロテアーゼ遺伝子とα−アミラーゼ遺伝子を含むアスペルギルス・ソーヤ由来の、約900kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003000925〜AO090003001259の領域に相当)の領域、約1,500kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003001003〜AO090003001556の領域に相当)、及び、2,400kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003000654〜AO090003001556の領域に相当)、更には、アスペルギルス・オリゼ由来の2,100kbの領域(AO090003000759〜AO090003001258)を挙げることができる。
【0021】
更に、本発明の菌株としては、継代培養において起こる復帰変異の有無に制限されないが、復帰変異しない菌株が好適である。ここでいう復帰変異とはゲノム大規模重複の脱落を意味する。復帰変異が起こっているか否かの判定は以下のように行なう。ふすま麹で4日間培養した菌株の重複に含まれる各酵素遺伝子の活性(ここではプロテアーゼ活性やアミラーゼ等)あるいは発現量が親株と比較して2倍以上の増加を維持していれば復帰変異は起こしていない。親株と比較して同等あるいはそれ以下になっている場合は復帰変異を起こしているという判定基準である。また、復帰変異を起こす菌株か否かの判定は以下のように行なう。ふすま麹による定法の継代培養試験において、少なくとも10代目まで復帰変異を起こさないものは、「復帰変異しない菌株」、少なくとも10代目までに復帰変異するものは「復帰変異する菌株」とする。
【0022】
本発明の菌株は、NTG処理、紫外線、及び、X線照射等の従来公知である任意の突然変異処理方法によって作出することが可能である。
【0023】
例えば、紫外線を照射するには、上記菌株の分生子をカゼイン培地(ミルクカゼイン0.4%、カザミノ酸0.05%、リン酸1カリウム0.36%、リン酸2ナトリウム1.43%、硫酸マグネシウム0.5%、硫酸第二鉄0.002%、寒天2% pH6.5)(%はw/w%を意味する)に106程度塗布し、クリーンベンチ内で同プレートに5〜10分を目安に紫外線を照射する。
【0024】
変異の生じた菌を選択する場合の例としては、プロテアーゼ生産能の高い変異株を選択する方法が挙げられる。この方法は、カゼイン培地に、照射した麹菌株を接種し、麹菌の生育適温にて適当時間培養し、培養後、コロニーの周りにできるクリアゾーンの大きい株を選択し、その株について醸造特性を調べ、プロテアーゼ生産能の高い変異株をスクリーニングする方法で行われる。
【0025】
紫外線照射後は、同プレートで30℃で3〜5日間培養して分生子を着生させ、この時点でクリアゾーンの大きい株を選択的に回収し、モノコロにて純化を行なう。そうでない株は全分生子を回収し、滅菌水にて適当に希釈した後、カゼインプレートに塗布する。30℃で3〜5日間培養後、クリアゾーンの大きな株を選択的に回収し、モノコロにて純化を行なう。
【0026】
本発明のアスペルギルス属に属する菌株の一例として、実施例1に記載されているS1−1株及び実施例2に記載されているR40−1株を、平成21年4月6日付けにて、千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8所在の独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターへ寄託し、夫々、受領番号:NITE AP−733、及び、受領番号:NITE AP−734を得ている。
【0027】
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0028】
(ふすま麹の作製法)
麹菌の酵素活性評価法は定法に従って行なった。すなわち、80%散水した小麦ふすま5gを150ml容三角フラスコに入れ、121℃、50分滅菌した後、麹菌を2白金耳程度接種し30℃、4日間培養する。培養後、滅菌水を100ml入れてゴム栓をして十分に振とうし4時間室温にて静置し、NO.2の濾紙(アドバンテック社製)で濾過して得られた抽出液を酵素サンプルとした。
【0029】
(プロテアーゼ活性の測定法)
得られた酵素サンプルを適宜希釈し、「しょうゆ試験法」(財団法人 日本醤油研究所 昭和60年、287ページ)に記載の方法に従って測定した。プロテアーゼ活性は、ふすま麹1g当り1分間に1μモルのチロシンを生成する活性を1U(ユニット又は単位)として示した。
【0030】
(α−アミラーゼ活性の測定法)
得られた酵素サンプルを適宜希釈し、α−アミラーゼ測定キット(キッコーマン醸造分析キット、コード60213)を用い、キットのプロトコルに従って測定した。α−アミラーゼ活性は、ふすま麹1g当り1分間に1μモルの2−クロロ−4−ニトロフェノールを遊離する力価を1U(ユニット又は単位)として示した。
【0031】
(CMCase 活性の測定法)
基質をカルボキシルメチルセルロース (CMC)、検出をジニトロサリチル酸(DNS)法で行なった。基質1.0gを60mlの蒸留水に溶解し、0.4M酢酸でpH4.8に調整後、0.4M酢酸緩衝液(pH4.8)25mlを加え蒸留水で100mlとしたものを1%基質溶液とした。この1%基質溶液と等量の酵素サンプルを加え、40℃、1時間反応を行った。100℃、10分で反応を停止させた後、反応液0.75mlを試験管に取り、DNS試薬0.75mlを加えてよく混合し、ガラス玉で栓をして7分間煮沸した。冷却後、蒸留水3mlを加えて、535nmの吸光度を測定し、1分間にグルコース1mgに相当する還元等を遊離する酵素量を1U(ユニット又は単位)として示した。
【実施例1】
【0032】
アスペルギルス・ソーヤに属する菌株であるS1株(キッコーマン株式会社所有)の分生子に上記に示した方法で紫外線を照射等による突然変異処理を施した後、この分生子をカゼイン培地に塗布し、クリアゾーンの大きさでスクリーニングを行った。クリアゾーンの大きさが親株と比較して1.5倍以上大きい株は、ふすま麹にて30℃、4日間培養して前記の測定法に従いプロテアーゼ活性を測定した。測定の結果、S1−1、S1−2、S1−3はいずれも親株と比較して2倍以上のプロテアーゼ活性とα-アミラーゼ活性を示した。
【0033】
各種変異株のふすま麹におけるプロテアーゼ活性測定結果は図1に記した。
【0034】
各種変異株のふすま麹におけるα-アミラーゼ活性測定結果は図2に記した。
【実施例2】
【0035】
アスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)の分生子に同様の方法で紫外線を照射による突然変異処理を施した後、実施例1と同様にカゼイン培地に塗布し、クリアゾーンの大きさでスクリーニングを行った。クリアゾーンの大きさが親株と比較して1.5倍以上大きい株は、ふすま麹にて30℃、4日間培養して前記の測定法に従いプロテアーゼ活性を測定した。測定の結果、R40−1株は親株と比較して2倍以上のプロテアーゼ活性とα-アミラーゼ活性を示した。
【0036】
得られた変異株のふすま麹におけるプロテアーゼ活性測定結果は図3に記した。
【0037】
得られた変異株のふすま麹におけるα-アミラーゼ活性測定結果は図4に記した。
【実施例3】
【0038】
更に、得られた変異株について、ふすま麹による継代試験を行い、前記の測定法に従いプロテアーゼ活性を測定した(図5)。図5から明らかなように、得られた変異株はすべて親株に対して高いプロテアーゼ活性(2倍以上に達する)を10代目まで安定して示し、復帰変異を起こさない株であることがわかった。
【実施例4】
【0039】
(醤油麹の製造)
更に、これらの菌株について、蒸煮した脱脂大豆と炒熬割砕小麦を50:50の割合で混合し、ここに種麹として0.1%(w/w)加え、3日麹で製麹し、得られた醤油麹のプロテアーゼ活性を前記の測定法に従い測定した(図6)。図6から明らかなように、S1−1、S1−2、S1−3のいずれの株も、親株より2倍以上高いプロテアーゼ活性を示した。
【実施例5】
【0040】
前記した醤油麹の麹消化度を「しょうゆ試験法」(財団法人 日本醤油研究所 昭和60年、104ページ)に記載の方法に従って測定した(図7)。図7から明らかなように、S1−1、S1−2、S1−3のいずれの株も、親株であるS1株より高い麹消化度を示した。麹消化度の向上は醤油製造における原料利用率の向上に直結する。
【実施例6】
【0041】
(マイクロアレイを用いた比較ゲノムハイブリダイゼーション法(aCGH法)による解析)
マイクロアレイ(アジレントテクノロジーズ社)を用い、aCGH法によりS1−1株の遺伝子コピー数変化を網羅的に解析した結果、アルカリプロテアーゼ遺伝子とα−アミラーゼ遺伝子を含む約900kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003000925〜AO090003001259の領域に相当)に存在する遺伝子が、親株と比較して2倍以上に増加していた。このことから、S1−1株は大規模なゲノム重複をもつことが分かった。同様に、他のプロテアーゼ高生産株もaCGH解析した結果、S1−2は約1,500kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003001003〜AO090003001556の領域に相当)、S1−3は2,400kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003000654〜AO090003001556の領域に相当)のいずれもアルカリプロテアーゼ遺伝子とα−アミラーゼ遺伝子を含む大規模なゲノム重複をもつことが分かった(図8)。
【0042】
実施例2にて得られたR40−1株について、上記と同様にaCGH解析した結果、この株もS1−1株と同様にアルカリプロテアーゼ遺伝子とα−アミラーゼ遺伝子を含む2,100kbの領域(AO090003000759〜AO090003001258)の大規模なゲノム重複をもつことが分かった(図9)。
【実施例7】
【0043】
(定量PCR法によるアルカリプロテアーゼ遺伝子コピー数バリデーション解析)
S1−1株の重複領域中の各種遺伝子コピー数を、定量PCR法によって定量し、親株であるS1株と比較した(Mx3000P、ストラタジーン社)(図10)。PCR条件は95℃−10秒、60℃−20秒、72℃−15秒を40サイクルとした。コントロール遺伝子には、第1染色体に存在するbrlA遺伝子、第3染色体に存在するflbA遺伝子、第4染色体に存在するpceB遺伝子を用いた。図10から明らかなように、S1−1株は第2染色体中のaCGH法で重複を確認した約900kbの領域中の遺伝子である、アルカリプロテアーゼ遺伝子(alp)、アミラーゼ遺伝子(amy)、pceA遺伝子をS1株の2倍持っており、これはaCGH法による解析結果が正しいことを確証する。使用したプライマー塩基配列は以下に記す(表1)。
【0044】
【表1】
【実施例8】
【0045】
S1−1株についてふすま麹を作製し、上記した通りに各種酵素活性を測定した。その結果、ゲノム重複領域に含まれる遺伝子にコードされる酵素(プロテアーゼ及びα−アミラーゼ)の活性は親株と比較して2倍以上と有意に増加しているのに対して、該領域に含まれていない酵素(カルボキシメチルセルラーゼ)の活性には有意な変化は認められなかった(図11)。このことから、プロテアーゼやα-アミラーゼの活性の上昇は重複に依存していることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のアスペルギルス属に属する菌株を醤油麹原料に接種培養することによって、多種の酵素生産能が向上した固体麹又は液体麹が得られ、この麹を用いて仕込みを行なうことで醤油を製造する。又、本発明の菌株を米原料に接種培養することでみりん、みりん類、酒を製造することが出来る。更に、本発明の菌株を液体培養することによって、グルテン分解した調味液を製造することもできる。従って、本発明は、このような各製造方法及びそれによって製造される醤油等の各種食品にも係るものである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、900kb以上の大規模なゲノム領域の重複を保持する麹菌等に関する。
【背景技術】
【0002】
麹菌が生産する酵素は様々な産業に利用されている。
例えば、日本の伝統食品である醤油製造においても、麹菌の生産する多様な酵素が利用されている。醤油製造では、麹菌を原料である大豆と小麦に生育させ、多様な酵素を生産させる。ここで麹菌が生産した多様な酵素は、大豆や小麦のタンパク質、糖質、脂質などを分解し、次工程の乳酸発酵、酵母発酵を促す。この過程で、麹菌が原料分解酵素を多量に生産すると、原料利用率や圧搾性が上がり生産性を大幅に向上させることができる。加えて、乳酸発酵、酵母発酵への基質が十分に供給されるため、発酵が適正に行なわれ、醤油の品質は大きく向上する。
【0003】
これらのことから、酵素生産性の高い麹菌を育種することは産業上極めて重要であり、これを目的とした育種が現在までに精力的に行なわれている。また、アスペルギルス・オリゼRIB40においてはその全ゲノム配列も決定され(非特許文献1)、育種に応用できるようになった。
【0004】
酵素高生産を目的とした麹菌の育種方法には、大きく分けて突然変異法と遺伝子組換え法がある。遺伝子組換え法は、形質転換を利用して目的の遺伝子を麹菌に取り込ませることにより育種する方法である。この方法で取り込ませる遺伝子のサイズは5〜6kbが通常であり、10kb以上を取り込ませようとするとその形質転換効率は著しく低下するため、成功させることは非常に困難である。また、取り込ませる領域には目的とする遺伝子のプロモーター領域、構造遺伝子領域、ターミネーター領域、場合によってはスクリーニング時のマーカーとなる遺伝子を入れる必要があるため、10kb以内に複数の目的遺伝子を入れることは難しい。そのため、酵素製造のような単独の酵素だけを高生産させればよい産業において遺伝子組換え手法は有効であるが、食品製造のように原料を分解するために複数の酵素を同時に高生産させる必要がある産業においては有効ではない。食品製造業の例として醤油製造業を挙げると、醸造に適した麹菌は、歩留まり向上のための各種原料分解酵素、圧搾性の向上のための各種酵素、旨味を造るための酵素など、多種多様な酵素を高生産する必要がある。これら多種多様な酵素を遺伝子組換え法にて同時に高生産させるには、形質転換を繰り返し行なう必要があり、そのために形質転換体のスクリーニングに用いるマーカーをリサイクルできるような系を構築しなければならないが、これは極めて困難である。仮に形質転換を繰り返して多種の酵素遺伝子を宿主のゲノムに挿入しても、遺伝子座や発現制御系の問題で挿入された遺伝子が十分に機能するとは限らない。また、麹菌の酵素生産機構は未知な部分が多いため、遺伝子を挿入しただけで目的の酵素生産性が上がる保証もない。
【0005】
更に、遺伝子組換え技術を利用した食品製造は日本の市場では未だ受け入れられていないため、実際の食品製造に使用することは問題がある。そのため、紫外線照射などの突然変異法による育種が行なわれているが、この方法は目的以外の付随変異が生じるため、目的の酵素生産性が高くなった変異株が得られても、生育が遅くなる、他の酵素生産性が低下するなどの問題が頻繁に起こる。
【0006】
又、麹菌の変異株は遺伝的に不安定な場合が多く、生育と共に親株の性質に戻ってしまう株がしばしば見られ(以下、「復帰変異」という)、産業利用において問題がある。
【0007】
このように、食品製造業のような多種類の酵素が同時に必要な産業では、多種の酵素が同時に高生産になる麹菌が要求されているが、上記の様な問題がある。
【0008】
尚、これまでに突然変異法を利用した酵素高生産麹菌の育種では、アスペルギルス・オリゼRIB128にN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(以下NTG)処理してフィターゼ高活性株を作製し、清酒中のフィチンの量を低減し生理活性物質であるイノシトールの量を増加させる方法(特許文献1)、アスペルギルス・オリゼAJ117281株にNTG処理して蛋白分解酵素高活性変異株を作製し、高窒素蛋白加水分解物の製造する方法(特許文献2)、アスペルギルス・オリゼAJ117290株(FERM P−14259)にNTG処理してグルタミナーゼ高活性変異株を作製し、グルタミン酸含有率の高い蛋白加水分解物を製造する方法(特許文献3)などがあり、突然変異の誘発に関しては、変異剤として上記のNTGだけではなく、ヒドロキシルアミン、エチルメチルスルホン酸等の一般的に用いられるその他の化学物質、または紫外線、放射線、X線等の照射を含んでいる。
また、突然変異法を利用したその他の育種では、アスペルギルス・オリゼO−1013株(FERM P−16528)にNTG変異処理して、デフェリフェリクリシンを高生産する変異株を得る方法(特許文献4)、アスペルギルス・ソーヤに紫外線処理して分生子が白色である白色麹変異株を作製し、色相が良好な味噌を得る方法(特許文献5)、アスペルギルス・オリゼにX線などの突然変異処理を施し、イソバレルアルデヒド低生産麹菌を作製し、清酒の劣化臭であるムレ香の発生を防止する方法(特許文献6)、紅麹菌(モナスカス菌)に重イオンビームを照射しコレステロール低下物質であるモナコリンKを高生産する麹菌株を作製する方法(特許文献7)、微生物に線エネルギー付与を有する鉄イオンビームを照射することによって1.0〜1.2kb程度の挿入変異及び欠失変異を導入する方法(特許文献8)、及び、重イオンビームを利用して黒麹菌の変異株を作出した例(非特許文献2)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平06−153896号公報
【特許文献2】特開平07−274944号公報
【特許文献3】特開平10−210967号公報
【特許文献4】特開2008−054580号公報
【特許文献5】特開平07−222584号公報
【特許文献6】特開平09−70287号公報
【特許文献7】特開2007−228849号公報
【特許文献8】特開2008−306991号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nature (2005) 438, 1157
【非特許文献2】Food Sci. Technol. Res. (1999) 5(2), 153-155
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、遺伝子組換え法を使用することなく、多種の酵素生産能を同時に向上させた麹菌を育種することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明者は、アスペルギルス属に属する菌株(例えばアスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼ)に突然変異処理を施し、目的遺伝子と目的遺伝子の近傍にある遺伝子の双方が同時に高活性になっている変異株をスクリーニングすることで、900kb以上の大規模なゲノム領域の重複をもつ麹菌を得ることに成功し、本発明を完成させた。
【0013】
即ち、本発明は以下の各態様にかかる。
[態様1]アスペルギルス属に属する菌株であって900kb以上の連続した遺伝子の重複をもつ菌株。
[態様2]900〜2,400kbのゲノム領域を重複して保持する、態様1記載の菌株。
[態様3]重複するゲノム領域中にアルカリプロテアーゼ遺伝子を含む、態様1又は2記載の菌株。
[態様4]重複するゲノム領域中にα-アミラーゼ遺伝子を含む、態様1〜3のいずれか一項に記載の菌株。
[態様5]重複するゲノム領域がアスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)における第2染色体上のSC003領域に由来する、態様1〜4のいずれか一項に記載の菌株。
[態様6]復帰変異しない株である、態様1〜5のいずれか一項に記載の菌株。
[態様7]プロテアーゼ活性が親株と比較して2倍以上増加している、態様1〜6のいずれか一項に記載の菌株。
[態様8]α−アミラーゼの生産が親株と比較して2倍以上増加している、態様1〜6のいずれか一項に記載の菌株。
[態様9]アスペルギルス属に属する菌株がアスペルギルス・オリゼまたはアスペルギルス・ソーヤに属する菌株である、態様1〜10のいずれか一項に記載の菌株。
[態様10]菌株がNITE P−733又はNITE P−734である、態様9に記載の菌株。
[態様11]アスペルギルス属に属する菌株に突然変異処理を施して得られたものである、態様1〜10のいずれか一項に記載の菌株。
[態様12]態様1〜11のいずれか一項に記載の菌株を用いて製造される醤油麹。
[態様13]態様12記載の醤油麹を用いて製造される醤油。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって、多種の酵素を同時に高生産する麹菌を得ることに成功した。本麹菌は、多種の酵素が同時に高生産である点から産業上極めて有用であることに加え、遺伝子組換え法を使用していないため食品製造に利用しやすい。特に、醤油製造において必要なプロテアーゼ等の各種原料分解酵素が高生産になったことにより、原料利用率を飛躍的に向上させることができた。
また、麹菌の変異株はしばしば復帰変異を起こすことが知られているが、ゲノムの大規模な重複をもつ本発明の麹菌株は、点変異のような小さな変異でないため遺伝的に安定で復帰変異を起こしにくい。これにより、従来より格段に歩留まりを上げることができた。特に復帰変異を起こさない効果は、醤油製造における原料利用率の向上のみならず種麹管理労力を大きく軽減するため生産性向上に大きく寄与し、産業利用において優位である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明菌S1−1株のふすま麹におけるプロテアーゼ活性測定結果を示す。
【図2】本発明菌S1−1株のふすま麹におけるα−アミラーゼ活性測定結果を示す。
【図3】本発明菌R40−1株のふすま麹におけるプロテアーゼ活性測定結果を示す。
【図4】本発明菌R40−1株のふすま麹におけるα−アミラーゼ活性測定結果を示す。
【図5】本発明菌株のふすま麹による継代試験でのプロテアーゼ活性測定結果を示す。各菌株について左から右に順に継代試験における1代目〜10代目を示す。
【図6】本発明菌株の醤油麹でのプロテアーゼ活性測定結果を示す。
【図7】本発明菌株の醤油麹での麹消化度測定結果を示す。
【図8】S1−1株のマイクロアレイを用いた比較ゲノムハイブリダイゼーション法(以下aCGH法)による解析結果を示す。
【図9】R40−1株のaCGH法による解析結果を示す。
【図10】S1−1株の定量PCR法による遺伝子コピー数バリデーション解析結果を示す。
【図11】S1−1株のふすま麹での重複領域に該当する酵素と該当しない酵素の活性測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
アスペルギルス属に属する菌株としては、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・アワモリ等の任意の菌株が挙げられるが、そのうちアスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼに属する菌株が好ましい。
【0017】
このような菌株としては、例えば、アスペルギルス・ソーヤ 262(FERM P−2188)、アスペルギルス・ソーヤ 2165(FERM P−7280)、アスペルギルス・ソーヤ (ATCC42251)、アスペルギルス・オリゼ(IAM2638)、及びアスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)等の公的寄託機関で保存されており当業者には容易に入手可能であるような各菌株等を挙げることができる。
【0018】
本発明の菌株は900kb以上、好ましくは、900〜2,400kbの大規模なゲノム領域を重複して少なくとも2コピー以上保持することを特徴とする。このような重複するゲノム領域は同じ染色体上に並ぶか、あるいは、異なる染色体に離れて存在している。
【0019】
醤油製造においては、タンパク質を分解し、呈味成分であるアミノ酸をつくるプロテアーゼと、乳酸発酵・酵母発酵の基質となるグルコースをつくるアミラーゼを同時に高生産する麹菌が望ましい。また、これらの遺伝子はアスペルギルス・オリゼRIB40のゲノム情報から、同一染色体のセントロメアを挟まない位置に存在することが明らかになっている。これら酵素の活性が同時に高く、かつ大規模なゲノム領域を重複する麹菌を得るには、まずプロテアーゼ生産能が2倍以上になった変異株を選抜し、さらにその中からアミラーゼ活性が2倍以上になった株を選ぶことで、効率よく性質の安定な目的株を得ることができる。ここではプロテアーゼとアミラーゼを例にとったが、これらの遺伝子の組み合わせはその遺伝子同士が同一染色体上でかつセントロメアを挟まない位置に存在する遺伝子の組み合わせであれば、どのような組み合わせでも可能である。
【0020】
従って、このような重複する大規模なゲノム領域の代表的例としては、アルカリプロテアーゼ遺伝子及び/又はα-アミラーゼ遺伝子が含まれており、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)Biological Resource Center (又は、独立行政法人酒類総合研究所)に保存されているアスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)における第2染色体上のSC003領域に由来(相当)するものを挙げることができる。尚、「SC003領域」とは、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)のゲノム解析データベースであるDOGAN(Database Of the Genomes Analyzed at NITE)で特定される(http://www.bio.nite.go.jp/dogan/GeneMap?GENOME_ID=ao__G2)。
或いは、重複する大規模なゲノム領域の代表的例として、以下の実施例に示されるような第2染色体上の各領域、即ち、アルカリプロテアーゼ遺伝子とα−アミラーゼ遺伝子を含むアスペルギルス・ソーヤ由来の、約900kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003000925〜AO090003001259の領域に相当)の領域、約1,500kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003001003〜AO090003001556の領域に相当)、及び、2,400kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003000654〜AO090003001556の領域に相当)、更には、アスペルギルス・オリゼ由来の2,100kbの領域(AO090003000759〜AO090003001258)を挙げることができる。
【0021】
更に、本発明の菌株としては、継代培養において起こる復帰変異の有無に制限されないが、復帰変異しない菌株が好適である。ここでいう復帰変異とはゲノム大規模重複の脱落を意味する。復帰変異が起こっているか否かの判定は以下のように行なう。ふすま麹で4日間培養した菌株の重複に含まれる各酵素遺伝子の活性(ここではプロテアーゼ活性やアミラーゼ等)あるいは発現量が親株と比較して2倍以上の増加を維持していれば復帰変異は起こしていない。親株と比較して同等あるいはそれ以下になっている場合は復帰変異を起こしているという判定基準である。また、復帰変異を起こす菌株か否かの判定は以下のように行なう。ふすま麹による定法の継代培養試験において、少なくとも10代目まで復帰変異を起こさないものは、「復帰変異しない菌株」、少なくとも10代目までに復帰変異するものは「復帰変異する菌株」とする。
【0022】
本発明の菌株は、NTG処理、紫外線、及び、X線照射等の従来公知である任意の突然変異処理方法によって作出することが可能である。
【0023】
例えば、紫外線を照射するには、上記菌株の分生子をカゼイン培地(ミルクカゼイン0.4%、カザミノ酸0.05%、リン酸1カリウム0.36%、リン酸2ナトリウム1.43%、硫酸マグネシウム0.5%、硫酸第二鉄0.002%、寒天2% pH6.5)(%はw/w%を意味する)に106程度塗布し、クリーンベンチ内で同プレートに5〜10分を目安に紫外線を照射する。
【0024】
変異の生じた菌を選択する場合の例としては、プロテアーゼ生産能の高い変異株を選択する方法が挙げられる。この方法は、カゼイン培地に、照射した麹菌株を接種し、麹菌の生育適温にて適当時間培養し、培養後、コロニーの周りにできるクリアゾーンの大きい株を選択し、その株について醸造特性を調べ、プロテアーゼ生産能の高い変異株をスクリーニングする方法で行われる。
【0025】
紫外線照射後は、同プレートで30℃で3〜5日間培養して分生子を着生させ、この時点でクリアゾーンの大きい株を選択的に回収し、モノコロにて純化を行なう。そうでない株は全分生子を回収し、滅菌水にて適当に希釈した後、カゼインプレートに塗布する。30℃で3〜5日間培養後、クリアゾーンの大きな株を選択的に回収し、モノコロにて純化を行なう。
【0026】
本発明のアスペルギルス属に属する菌株の一例として、実施例1に記載されているS1−1株及び実施例2に記載されているR40−1株を、平成21年4月6日付けにて、千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8所在の独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターへ寄託し、夫々、受領番号:NITE AP−733、及び、受領番号:NITE AP−734を得ている。
【0027】
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0028】
(ふすま麹の作製法)
麹菌の酵素活性評価法は定法に従って行なった。すなわち、80%散水した小麦ふすま5gを150ml容三角フラスコに入れ、121℃、50分滅菌した後、麹菌を2白金耳程度接種し30℃、4日間培養する。培養後、滅菌水を100ml入れてゴム栓をして十分に振とうし4時間室温にて静置し、NO.2の濾紙(アドバンテック社製)で濾過して得られた抽出液を酵素サンプルとした。
【0029】
(プロテアーゼ活性の測定法)
得られた酵素サンプルを適宜希釈し、「しょうゆ試験法」(財団法人 日本醤油研究所 昭和60年、287ページ)に記載の方法に従って測定した。プロテアーゼ活性は、ふすま麹1g当り1分間に1μモルのチロシンを生成する活性を1U(ユニット又は単位)として示した。
【0030】
(α−アミラーゼ活性の測定法)
得られた酵素サンプルを適宜希釈し、α−アミラーゼ測定キット(キッコーマン醸造分析キット、コード60213)を用い、キットのプロトコルに従って測定した。α−アミラーゼ活性は、ふすま麹1g当り1分間に1μモルの2−クロロ−4−ニトロフェノールを遊離する力価を1U(ユニット又は単位)として示した。
【0031】
(CMCase 活性の測定法)
基質をカルボキシルメチルセルロース (CMC)、検出をジニトロサリチル酸(DNS)法で行なった。基質1.0gを60mlの蒸留水に溶解し、0.4M酢酸でpH4.8に調整後、0.4M酢酸緩衝液(pH4.8)25mlを加え蒸留水で100mlとしたものを1%基質溶液とした。この1%基質溶液と等量の酵素サンプルを加え、40℃、1時間反応を行った。100℃、10分で反応を停止させた後、反応液0.75mlを試験管に取り、DNS試薬0.75mlを加えてよく混合し、ガラス玉で栓をして7分間煮沸した。冷却後、蒸留水3mlを加えて、535nmの吸光度を測定し、1分間にグルコース1mgに相当する還元等を遊離する酵素量を1U(ユニット又は単位)として示した。
【実施例1】
【0032】
アスペルギルス・ソーヤに属する菌株であるS1株(キッコーマン株式会社所有)の分生子に上記に示した方法で紫外線を照射等による突然変異処理を施した後、この分生子をカゼイン培地に塗布し、クリアゾーンの大きさでスクリーニングを行った。クリアゾーンの大きさが親株と比較して1.5倍以上大きい株は、ふすま麹にて30℃、4日間培養して前記の測定法に従いプロテアーゼ活性を測定した。測定の結果、S1−1、S1−2、S1−3はいずれも親株と比較して2倍以上のプロテアーゼ活性とα-アミラーゼ活性を示した。
【0033】
各種変異株のふすま麹におけるプロテアーゼ活性測定結果は図1に記した。
【0034】
各種変異株のふすま麹におけるα-アミラーゼ活性測定結果は図2に記した。
【実施例2】
【0035】
アスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)の分生子に同様の方法で紫外線を照射による突然変異処理を施した後、実施例1と同様にカゼイン培地に塗布し、クリアゾーンの大きさでスクリーニングを行った。クリアゾーンの大きさが親株と比較して1.5倍以上大きい株は、ふすま麹にて30℃、4日間培養して前記の測定法に従いプロテアーゼ活性を測定した。測定の結果、R40−1株は親株と比較して2倍以上のプロテアーゼ活性とα-アミラーゼ活性を示した。
【0036】
得られた変異株のふすま麹におけるプロテアーゼ活性測定結果は図3に記した。
【0037】
得られた変異株のふすま麹におけるα-アミラーゼ活性測定結果は図4に記した。
【実施例3】
【0038】
更に、得られた変異株について、ふすま麹による継代試験を行い、前記の測定法に従いプロテアーゼ活性を測定した(図5)。図5から明らかなように、得られた変異株はすべて親株に対して高いプロテアーゼ活性(2倍以上に達する)を10代目まで安定して示し、復帰変異を起こさない株であることがわかった。
【実施例4】
【0039】
(醤油麹の製造)
更に、これらの菌株について、蒸煮した脱脂大豆と炒熬割砕小麦を50:50の割合で混合し、ここに種麹として0.1%(w/w)加え、3日麹で製麹し、得られた醤油麹のプロテアーゼ活性を前記の測定法に従い測定した(図6)。図6から明らかなように、S1−1、S1−2、S1−3のいずれの株も、親株より2倍以上高いプロテアーゼ活性を示した。
【実施例5】
【0040】
前記した醤油麹の麹消化度を「しょうゆ試験法」(財団法人 日本醤油研究所 昭和60年、104ページ)に記載の方法に従って測定した(図7)。図7から明らかなように、S1−1、S1−2、S1−3のいずれの株も、親株であるS1株より高い麹消化度を示した。麹消化度の向上は醤油製造における原料利用率の向上に直結する。
【実施例6】
【0041】
(マイクロアレイを用いた比較ゲノムハイブリダイゼーション法(aCGH法)による解析)
マイクロアレイ(アジレントテクノロジーズ社)を用い、aCGH法によりS1−1株の遺伝子コピー数変化を網羅的に解析した結果、アルカリプロテアーゼ遺伝子とα−アミラーゼ遺伝子を含む約900kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003000925〜AO090003001259の領域に相当)に存在する遺伝子が、親株と比較して2倍以上に増加していた。このことから、S1−1株は大規模なゲノム重複をもつことが分かった。同様に、他のプロテアーゼ高生産株もaCGH解析した結果、S1−2は約1,500kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003001003〜AO090003001556の領域に相当)、S1−3は2,400kbの領域(アスペルギルス・オリゼRIB40におけるAO090003000654〜AO090003001556の領域に相当)のいずれもアルカリプロテアーゼ遺伝子とα−アミラーゼ遺伝子を含む大規模なゲノム重複をもつことが分かった(図8)。
【0042】
実施例2にて得られたR40−1株について、上記と同様にaCGH解析した結果、この株もS1−1株と同様にアルカリプロテアーゼ遺伝子とα−アミラーゼ遺伝子を含む2,100kbの領域(AO090003000759〜AO090003001258)の大規模なゲノム重複をもつことが分かった(図9)。
【実施例7】
【0043】
(定量PCR法によるアルカリプロテアーゼ遺伝子コピー数バリデーション解析)
S1−1株の重複領域中の各種遺伝子コピー数を、定量PCR法によって定量し、親株であるS1株と比較した(Mx3000P、ストラタジーン社)(図10)。PCR条件は95℃−10秒、60℃−20秒、72℃−15秒を40サイクルとした。コントロール遺伝子には、第1染色体に存在するbrlA遺伝子、第3染色体に存在するflbA遺伝子、第4染色体に存在するpceB遺伝子を用いた。図10から明らかなように、S1−1株は第2染色体中のaCGH法で重複を確認した約900kbの領域中の遺伝子である、アルカリプロテアーゼ遺伝子(alp)、アミラーゼ遺伝子(amy)、pceA遺伝子をS1株の2倍持っており、これはaCGH法による解析結果が正しいことを確証する。使用したプライマー塩基配列は以下に記す(表1)。
【0044】
【表1】
【実施例8】
【0045】
S1−1株についてふすま麹を作製し、上記した通りに各種酵素活性を測定した。その結果、ゲノム重複領域に含まれる遺伝子にコードされる酵素(プロテアーゼ及びα−アミラーゼ)の活性は親株と比較して2倍以上と有意に増加しているのに対して、該領域に含まれていない酵素(カルボキシメチルセルラーゼ)の活性には有意な変化は認められなかった(図11)。このことから、プロテアーゼやα-アミラーゼの活性の上昇は重複に依存していることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のアスペルギルス属に属する菌株を醤油麹原料に接種培養することによって、多種の酵素生産能が向上した固体麹又は液体麹が得られ、この麹を用いて仕込みを行なうことで醤油を製造する。又、本発明の菌株を米原料に接種培養することでみりん、みりん類、酒を製造することが出来る。更に、本発明の菌株を液体培養することによって、グルテン分解した調味液を製造することもできる。従って、本発明は、このような各製造方法及びそれによって製造される醤油等の各種食品にも係るものである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスペルギルス属に属する菌株であって900kb以上の連続した遺伝子の重複をもつ菌株。
【請求項2】
900〜2,400kbのゲノム領域を重複して保持する、請求項1記載の菌株。
【請求項3】
重複するゲノム領域中にアルカリプロテアーゼ遺伝子を含む、請求項1又は2記載の菌株。
【請求項4】
重複するゲノム領域中にα-アミラーゼ遺伝子を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項5】
重複するゲノム領域がアスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)における第2染色体上のSC003領域に由来する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項6】
復帰変異しない株である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項7】
プロテアーゼ活性が親株と比較して2倍以上増加している、請求項1〜6のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項8】
α-アミラーゼの生産が親株と比較して2倍以上増加している、請求項1〜6のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項9】
アスペルギルス属に属する菌株がアスペルギルス・オリゼまたはアスペルギルス・ソーヤに属する菌株である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項10】
菌株がNITE P−733又はNITE P−734である、請求項9に記載の菌株。
【請求項11】
アスペルギルス属に属する菌株に突然変異処理を施して得られたものである、請求項1〜10のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか一項に記載の菌株を用いて製造される醤油麹。
【請求項13】
請求項12記載の醤油麹を用いて製造される醤油。
【請求項1】
アスペルギルス属に属する菌株であって900kb以上の連続した遺伝子の重複をもつ菌株。
【請求項2】
900〜2,400kbのゲノム領域を重複して保持する、請求項1記載の菌株。
【請求項3】
重複するゲノム領域中にアルカリプロテアーゼ遺伝子を含む、請求項1又は2記載の菌株。
【請求項4】
重複するゲノム領域中にα-アミラーゼ遺伝子を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項5】
重複するゲノム領域がアスペルギルス・オリゼRIB40(NBRC100959)における第2染色体上のSC003領域に由来する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項6】
復帰変異しない株である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項7】
プロテアーゼ活性が親株と比較して2倍以上増加している、請求項1〜6のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項8】
α-アミラーゼの生産が親株と比較して2倍以上増加している、請求項1〜6のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項9】
アスペルギルス属に属する菌株がアスペルギルス・オリゼまたはアスペルギルス・ソーヤに属する菌株である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項10】
菌株がNITE P−733又はNITE P−734である、請求項9に記載の菌株。
【請求項11】
アスペルギルス属に属する菌株に突然変異処理を施して得られたものである、請求項1〜10のいずれか一項に記載の菌株。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか一項に記載の菌株を用いて製造される醤油麹。
【請求項13】
請求項12記載の醤油麹を用いて製造される醤油。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−246481(P2010−246481A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−100645(P2009−100645)
【出願日】平成21年4月17日(2009.4.17)
【特許番号】特許第4469014号(P4469014)
【特許公報発行日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年4月17日(2009.4.17)
【特許番号】特許第4469014号(P4469014)
【特許公報発行日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】
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