説明

大規模並列核酸分析方法

【課題】核酸の分析において、相補鎖結合能力が低いホモポリマー配列に起因する問題を解決する手段又は方法を提供すること。
【解決手段】試料からターゲット核酸を調製する工程、該ターゲット核酸に、該ターゲット核酸が有する共通配列と相補鎖結合する第1のプローブを結合させる工程、及び第1のプローブをプライマーとして用いて該ターゲット核酸の相補鎖合成反応を行い、第1の伸長鎖を生成する工程を含み、第1のプローブの配列が、該ターゲット核酸が有する共通配列に対して完全に相補的ではなく、かつ1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計されていることを特徴とする、試料中のターゲット核酸を分析する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中のターゲット核酸の分析方法に関する。具体的には、本発明は、ミスマッチ塩基を含むプローブを用いてターゲット核酸の相補鎖合成反応を行う工程を含む方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子の発現量をモニターすることは、遺伝子の機能を調べたり、薬の効果を調べたり、あるいは疾患の診断を行ったりなど幅広く使用されている。これには細胞からmRNAを取り出し、その相補鎖であるcDNAを合成して計測する技術が用いられる。より詳細な解析を行うには、細胞の数をできる限り細分化する必要があり、単一細胞レベルでの解析の必要もある。しかし、使用する細胞数が少ない場合には、測定装置の精度及び検出感度の問題等からcDNAを増幅して遺伝子の発現量を計測する必要が生じる。
【0003】
増幅方法として一般的な方法はポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法である。以下現在用いられている技術を紹介する。まず、ターゲットとなる核酸を捕獲するには、そのターゲットの一部と相補的な塩基配列を含む数十塩基長からなるプローブを用いて、ターゲットとプローブとを相補鎖結合させることで捕獲する。mRNAを捕獲し、その逆転写産物であるcDNAを生成するには、いくつかの方法がある。
【0004】
第1は、mRNAの3'末端に存在するポリA配列(数十から数百塩基長)をポリT配列(通常20〜30塩基長)からなるオリゴ(dT)DNAプローブとの相補鎖結合反応により捕獲し、次いでmRNAを鋳型としてオリゴ(dT)プローブを伸長しcDNA鎖を得る方法である。この方法の場合、mRNAの3'末端からcDNAを合成するため、3'末端部を含むcDNA鎖を確実に取得できる。また、ポリA鎖と捕獲プローブポリT鎖はスライドしてハイブリダイズするので捕獲効率が高いことが知られている。この方法を利用して全長cDNAを得ることが可能ではあるが、mRNAが長鎖(5〜10k塩基長程度以上)の場合、mRNAが高次構造をとるために末端まで伸長反応が進まず、5'末端の情報が欠落したcDNAライブラリーしか構築できないこともある。
【0005】
第2の方法は、ランダムプライマーと呼ばれる6〜9塩基程度の種々の配列からなる混合プライマーのセットを用意し、このランダムプライマーをmRNAの複数個所で相補鎖結合させ伸長させることでcDNA鎖を得るものである。この方法の場合、mRNAの鎖長に関わらず全ての領域を網羅したcDNA鎖を得ることができる。しかし、ある1つのランダムプライマーの伸長反応は次のランダムプライマーが相補鎖結合した部位で止まってしまうため、cDNAの鎖長が短いことが多く、この方法で全長cDNAを得ることはほぼ不可能である。
【0006】
また、上記2つの方法の長所を生かし、オリゴ(dT)プローブとランダムプライマーを混合して使用する方法も知られている。
【0007】
細胞若しくは組織中に発現する遺伝子の網羅的解析を目的とする場合、全長、若しくはある決まった部位、特に遺伝子の特異的情報が多いとされる3'末端部(非特許文献1)を確実に取得できる方法が望ましく、オリゴ(dT)プローブを用いる方法が用いられる。
【0008】
一方、細胞や組織レベルでの網羅的遺伝子解析、特に最近注目されている単一細胞から抽出したmRNAを用いた遺伝子発現解析を実現するためには、mRNAから得られるcDNAを一括して増幅することが必須となる。一般的な増幅方法には増幅対象領域をはさんだ2箇所にプライマーを相補鎖結合させ、対象領域を繰り返し相補鎖合成することで増幅させるPCRや、増幅対象領域をライゲーションによりリング状のDNAとし、このリングの一部と相補的な配列を有するプライマーを用いて相補鎖合成をリングに沿って何周にもわたって行い、目的領域を増幅するRCA(Rolling Circle Amplification)などが知られている。
【0009】
単一細胞レベルのcDNAライブラリー中に存在する全てのcDNAを網羅的に増幅する代表的な方法としては、非特許文献2に記載の方法がある。この方法では、mRNAの3'末端のpoly(A)塩基と相補的なpoly(T)(24塩基のT配列からなる)配列を有し、更に5'末端に20塩基長程度の固有の配列(i)が連結したプローブ(1)をmRNAに相補鎖結合させ、mRNAから第一鎖cDNAを合成する。続いて、合成された第一鎖cDNAの3'末端にpoly(A)塩基を導入する。このpoly(A)塩基と相補的なpoly(T)(24塩基のT配列からなる)配列を有し、更に5'末端にプローブ(1)とは異なる20塩基長程度の固有の配列(ii)が連結したプローブ(2)を用意し、第一鎖cDNAを鋳型とし、固有配列とpoly(T)配列からなるプローブ(1)とプローブ(2)を用いてPCRにより増幅した結果得られる産物を解析の対象としている。
【0010】
オリゴ(dT)DNAプローブを利用してcDNAを調製した場合、必ずその末端にポリT/ポリAの相補鎖結合からなるホモポリマー部位が挿入される。ホモポリマー配列は、相補鎖結合力が弱いため、増幅工程においてプライマーが相補鎖結合しにくく、また、途中に存在する場合にはそこで伸長反応がしばしばストップするなどポリメラーゼ反応に好ましい配列ではない。増幅対象となるDNAの中にホモポリマー(同一塩基が複数連続)が存在すると、ポリメラーゼがこのホモポリマー部の鎖長を間違えて合成してしまい、本来長さが同一であるべき増幅産物の長さが不均一となってしまうことが知られている(非特許文献3)。
【0011】
また、増幅後に配列決定を行なう場合には、ホモポリマー部で伸長反応がとまってしまい配列決定できない事象が観察される。ホモポリマー部にプライマーを相補鎖結合しようとすると、同一塩基なためプライマーが少しずつずれて相補鎖結合する可能性もある(一般にスリッピングと呼ばれる事象である)(非特許文献4)。このように、ホモポリマーが原因でポリメラーゼによる伸長反応で望むべき結果を得られないことが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Birnstiel, M.L. et al., Cell Vol.41, pp.349-359 (1985)
【非特許文献2】Kurimoto, K. et al., Nucleic Acids Research Vol.34, e42 (2006)
【非特許文献3】Clarke, L.A. et al., J Clin. Pathol: Mol. Pathol. Vol.54, pp.351-353 (2001)
【非特許文献4】Levinson, G. et al., Mol. Biol. Evol. Vol.4, pp.203-221 (1987)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、遺伝子の網羅的な解析のためには、遺伝子情報として重要なmRNAの3'末端部からcDNAを作製することが望ましいが、この際に、ホモポリマー配列を含まないcDNAを生成することも望まれている。このような課題を解決するための手法が依然として必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
例えば遺伝子解析時のプローブが相補鎖結合する部分をホモポリマーではない塩基配列とすることで、増幅反応におけるプライミングサイトとして利用でき、正確にしかも安定にプローブをターゲットに相補鎖結合させて精度よく増幅することができる。また、既知配列からなるアダプター配列を5'末端に有するオリゴ(dT)DNAプローブを利用してcDNAを作製し、アダプター配列部分をプライミングサイトとして利用してポリメラーゼ増幅反応(PCR)を行う場合にも、ホモポリマー部分の塩基が別の塩基に置換されていれば、安定度が低いために相補鎖合成が停止してしまうという問題も解決できる。
【0015】
従って、本発明者は、上記課題を解決するための鋭意検討を行った結果、ターゲット核酸から最初の相補鎖合成を行う際に用いるプローブ(例えばmRNA捕獲用プローブ)として、完全に相補的なホモポリマーではない配列を有するプローブを用いて相補鎖合成反応を行うことで、得られる伸長鎖がホモポリマー配列とは異なる配列となることを見出した。すなわち、ターゲット核酸がmRNAである場合には、mRNAの3'末端に配置されるポリA配列を捕獲するためのプローブに、相補鎖合成に支障のない程度にミスマッチ塩基を含んだプローブを用意し、相補鎖結合及び合成反応を行う。得られたプローブの伸長鎖は、ホモポリマー部分(ポリA配列)の塩基が異なる塩基に置換される。このように、伸長鎖におけるホモポリマー部分がなくなることで、以後のターゲット核酸の分析(PCR増幅や配列決定)における問題点、すなわちホモポリマーの相補鎖結合が不安定であることや、スリッピング等の問題点を克服することができる。
【0016】
従って、本発明は、以下の[1]〜[22]である。
[1]試料からターゲット核酸を調製する工程、
該ターゲット核酸に、該ターゲット核酸が有する共通配列と相補鎖結合する第1のプローブを結合させる工程、及び
第1のプローブをプライマーとして用いて該ターゲット核酸の相補鎖合成反応を行い、第1の伸長鎖を生成する工程
を含み、第1のプローブの配列が、該ターゲット核酸が有する共通配列に対して完全に相補的ではなく、かつ1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計されていることを特徴とする、試料中のターゲット核酸を分析する方法。
[2]ターゲット核酸が、その3'末端に、ポリA配列からなるホモポリマー配列を有するmRNA、又は同じ種類の塩基が少なくとも6塩基連続した配列からなるホモポリマー配列を有するDNA若しくはRNAであり、第1のプローブが、共通配列としての該ホモポリマー配列に対して完全に相補的ではなく、かつ1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計されている、[1]に記載の方法。
[3]ターゲット核酸がmRNAであり、第1のプローブが、少なくとも2〜4塩基の連続するT塩基と、A若しくはG若しくはC塩基との組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のmRNA捕獲用プローブである、[2]に記載の方法。
[4]ターゲット核酸がmRNAであり、第1のプローブが、少なくとも5〜7塩基の連続するT塩基と、A若しくはG若しくはC塩基との組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のmRNA捕獲用プローブである、[2]に記載の方法。
[5]ターゲット核酸がmRNAであり、第1のプローブが、少なくとも8〜10塩基の連続するT塩基と、A若しくはG若しくはC塩基との組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のmRNA捕獲用プローブである、[2]に記載の方法。
[6]第1の伸長鎖を鋳型として第2のプローブをプライマーとして用いる相補鎖合成反応を行い、第2の伸長鎖を生成する工程をさらに含む、[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]第2の伸長鎖を鋳型として第3のプローブをプライマーとして用いる相補鎖合成反応を行い、第3の伸長鎖を生成する工程をさらに含む、[6]に記載の方法。
[8]第3のプローブが、第1のプローブと同じものである、[7]に記載の方法。
[9]第3のプローブが、第2の伸長鎖における第1のプローブの相補配列部分と相補鎖結合するものであり、かつ第1のプローブの相補配列部分に対して1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計されている、[7]に記載の方法。
[10]プローブに含まれる少なくとも1塩基が人工核酸である、[1]〜[9]のいずれかに記載の方法。
【0017】
[11]ミスマッチ塩基を有するプローブが、その3'末端にVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有する、[1]〜[10]のいずれかに記載の方法。
[12]ミスマッチ塩基を有するプローブが、その3'末端にVVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有する、[1]〜[10]のいずれかに記載の方法。
[13]ミスマッチ塩基を有するプローブが、その3'末端にVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有するプローブと、その3'末端にVVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有するプローブとの混合物である、[1]〜[10]のいずれかに記載の方法。
[14]ミスマッチ塩基を有するプローブが、その5'末端に既知配列からなるアダプター配列を有する、[1]〜[13]のいずれかに記載の方法。
[15]アダプター配列が、クラスIISタイプの制限酵素認識配列を含む、[14]に記載の方法。
[16]プローブの配列の融解温度(Tm)が上昇するようにプローブが設計される、[1]〜[15]のいずれかに記載の方法。
[17]融解温度(Tm)が核酸増幅反応に適した温度となるようにプローブが設計される、[1]〜[16]のいずれかに記載の方法。
[18]融解温度(Tm)が核酸の配列決定反応に適した温度となるようにプローブが設計される、[1]〜[16]のいずれかに記載の方法。
[19]伸長鎖に制限酵素認識配列が導入されるようにプローブが設計される、[1]〜[18]のいずれかに記載の方法。
[20]第1のプローブが固相担体に固定化されている、[1]〜[19]のいずれかに記載の方法。
[21]得られた伸長鎖を用いて、核酸増幅反応、配列決定反応、又はcDNAライブラリの調製を行う工程をさらに含む、[1]〜[20]のいずれかに記載の方法。
[22]第1のプローブ及び第2のプローブを混合して、又は第1のプローブ及び第2のプローブ及び第3のプローブを混合して、ターゲット核酸の核酸増幅反応を行う、[21]に記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、試料中のターゲット核酸の分析方法が提供される。本発明の方法では、ターゲット核酸に含まれるホモポリマー配列を塩基置換することによって、ホモポリマー配列に起因する問題を解決することができる。また、生成される伸長鎖の融解温度Tmの上昇を実現し、続いて行う核酸増幅反応や配列決定反応において、安定した相補鎖結合を行うことができるプライマー結合部位が提供される。従って、本発明により、核酸を高効率、迅速かつ正確に分析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の反応工程の概略を示す。
【図2−1】実施例において使用したプローブの配列と、そのプローブを用いたcDNA合成反応効率を示すグラフである。
【図2−2】実施例において使用したプローブの配列と、そのプローブを用いたcDNA合成反応効率を示すグラフである。
【図2−3】実施例において使用したプローブの配列と、そのプローブを用いたcDNA合成反応効率を示すグラフである。
【図3】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【図4】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【図5】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【図6】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【図7】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【図8】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【図9】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【図10】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【図11】本発明の反応工程の一実施形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0021】
本発明は、試料中のターゲット核酸を分析する方法に関する。すなわち、試料中からターゲット核酸を増幅したり、ターゲット核酸の配列決定を行ったり、ターゲット核酸からcDNAライブラリを構築するために、試料からターゲット核酸を迅速、効率的かつ確実に捕捉し、処理する。
【0022】
具体的には、本発明の方法は、以下の工程を含む:
試料からターゲット核酸を調製する工程、
該ターゲット核酸に、該ターゲット核酸が有する共通配列と相補鎖結合する第1のプローブを結合させる工程、及び
第1のプローブをプライマーとして用いて該ターゲット核酸の相補鎖合成反応を行い、第1の伸長鎖を生成する工程。
【0023】
まず、試料からターゲット核酸を調製する。試料は、核酸を含む試料であれば特に限定されるものではなく、生体由来試料(例えば細胞試料、組織試料、液体試料など)、及び合成試料(例えばcDNAライブラリなどの核酸ライブラリなど)の任意の試料を用いることができる。生体由来試料の場合、試料の由来となる生体も特に限定されるものではなく、脊椎動物(例えば哺乳類、鳥類、爬虫類、魚類、両生類など)、無脊椎動物(例えば昆虫、線虫、甲殻類など)、原生生物、植物、真菌、細菌、ウイルスなどの任意の生体に由来する試料を用いることができる。
【0024】
ターゲット核酸は、分析しようとする配列を含む核酸であれば特に限定されるものではなく、デオキシリボ核酸(DNA)、例えばcDNA、及びリボ核酸(RNA)、例えばメッセンジャーRNA(mRNA)、並びにそれらの断片及びハイブリッド核酸などである。本発明においては、ターゲット核酸として、その3'末端にポリA配列からなるホモポリマー配列を有するmRNA、又は同じ種類の塩基が少なくとも6塩基連続した配列からなるホモポリマー配列を有するDNA若しくはRNAを使用することが好ましい。ここで「ホモポリマー配列」とは、同じ種類の塩基が連続して存在する配列を意味し、例えばポリA配列(A塩基が連続して存在する)がよく知られている。本発明では、「ホモポリマー配列」は、同じ種類の塩基が少なくとも6塩基、好ましくは少なくとも8塩基連続して存在する。
【0025】
試料からの核酸の調製は、当技術分野で公知の方法により行うことができる。例えば、細胞からターゲット核酸を調製する場合には、Proteinase Kのようなタンパク質分解酵素、チオシアン酸グアニジン・グアニジン塩酸といったカオトロピック塩、Tween及びSDSといった界面活性剤、あるいは市販の細胞溶解用試薬を用いて、細胞を溶解し、それに含まれる核酸、すなわちDNA及びRNAを溶出することができる。RNAを調製する場合には、上記の細胞溶解により溶出された核酸のうち、DNAをDNA分解酵素(DNase)により分解し、核酸としてRNAのみを含む試料が得られる。mRNAを調製する場合には、mRNAはポリA配列を含むことから、上記のように調製したRNA試料から、ポリT配列を含むDNAプローブを用いてmRNAのみを捕捉することができる。このような核酸の調製を行うために、多数のメーカーからキットが販売されており、目的とする核酸を簡便に精製することが可能である。
【0026】
上述のように調製したターゲット核酸に、該ターゲット核酸が有する共通配列と相補鎖結合する第1のプローブを結合させる。ターゲット核酸が有する共通配列とは、分析しようとする複数種のターゲット核酸に共通して含まれる配列を意味し、そのような共通配列としては、例えばmRNAにおけるポリA配列、特定の繰り返し配列、ライゲーション等により前工程で導入された化学合成オリゴDNA部、又は、前工程でプラスミドに挿入されている場合のプラスミド部の配列などがある。
【0027】
本発明において、第1のプローブは、ターゲット核酸が有する共通配列に対して完全に相補的ではなく、1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計される。すなわち、第1のプローブは、ターゲット核酸の共通配列に対して相補的な配列において1若しくは数個の塩基が相補的ではない塩基を含む配列を有する。本発明では、そのような相補的ではない塩基を「ミスマッチ(塩基)」と呼び、一方、相補的な塩基を「マッチ(塩基)」と呼ぶ。当技術分野では、プローブ又はプライマーは、鋳型核酸に対して数個のミスマッチ塩基を含む場合でも、鋳型核酸と相補鎖結合することが知られている。
【0028】
プローブは、公知のオリゴヌクレオチド合成方法により作製することができ、プローブに含まれる塩基は、天然の塩基(アデニンA、グリシンG、シトシンC、チミンT、ウラシルU、イノシンIなど)であってもよいし、あるいは人工核酸(例えばペプチド核酸PNA)であってもよい。あるいは、プローブは、天然の塩基と人工核酸との混合物であってもよく、少なくとも1塩基を人工核酸とすることが可能である。
【0029】
プローブの設計は、ターゲット核酸が有する共通配列、配列の長さや融解温度(Tm)などを考慮して行う。融解温度(Tm:Melting Temperature)とは、プローブとターゲット核酸の50%が相補鎖を形成する温度であり、相補鎖形成安定性の指標である。プローブ(又はプライマー)としての機能を有する配列の長さとしては、10塩基以上が好ましく、より好ましくは15塩基以上であり、さらに好ましくは18塩基以上である。例えば、プローブの長さは、10〜50塩基、15〜50塩基、15〜30塩基、又は20〜50塩基とすることができる。
【0030】
ターゲット核酸がmRNAであり、共通配列がポリA配列である場合について詳細に説明する。ポリA配列を有するmRNAを捕獲するためのプローブ(mRNA捕獲用プローブ)として、一般的に5'-TTTTTTTTTTTTTTTTTTTTVN-3'(配列番号1)(配列中、V=A、C及びGの混合塩基、N=A、C、G及びTの混合塩基)の配列を有するプローブが使用されている。これは、mRNAの3'末端のポリA配列と、それに続く遺伝子特異配列部分の境界部分に相補鎖結合するプローブである。なお、このプローブの融解温度Tmは52.6℃である(Integrated DNA technologies社 Oligo Analyzer3.1で計算)。また、プローブは、その3'末端にVVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有するものであってもよい。本発明の方法においては、その3'末端にVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有するプローブと、その3'末端にVVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有するプローブとの混合物を用いることも可能である。
【0031】
第1のプローブの設計において、上記のポリA配列に対して相補的な配列に、1若しくは数個のミスマッチ塩基を挿入する。上記配列(配列番号1)において、20塩基連続するT配列のうち1塩基をGに置換するだけで、Tmは1.6〜1.9℃上昇する。一方でミスマッチ塩基が1塩基存在すると、Tmが約1℃低下するとされる。このことから、プローブに1塩基のミスマッチ塩基を挿入することは、反応にはほとんど影響を与えないことがわかる。一般的に使用されるmRNAをcDNAに逆転写(相補鎖合成)するための酵素(Reverse Transcriptase)は42〜50℃が至適温度であるため、この範囲より高いTmを有するプローブは、Tmより低い温度での反応条件下ではほとんどが相補鎖を形成していると考えられる。このことから、配列番号1のプローブのTm(=52.6℃)より10℃近く温度が下がっても逆転写反応の至適温度においては相補鎖を形成することが可能である。例えば、実施例1に記載のように、ミスマッチ塩基を挿入する前のプローブのTm、及び設計したプローブのTmを計算し、両者を比較して、設計したプローブのTmが目的の範囲内(例えば使用する逆転写酵素の至適温度範囲)であるか否かを確認することができる。
【0032】
本発明においては、融解温度(Tm)が上昇するようにプローブを設計することが好ましい。具体的には、手動で又は公知のプログラムを用いて、設計したプライマー/プローブの配列の組成及び塩基長から融解温度Tmを計算し、そのTmが目的とする温度範囲であるかどうかを確認する。
【0033】
ミスマッチ塩基はその数が増えるほどTmが劇的に下がり、3塩基挿入されると約10℃低下する(Primer解析ソフトウエアOligo ver6.71で計算)。従って、mRNA捕獲用プローブの場合、全長20塩基のT塩基からなるホモポリマーのうち3塩基程度まではミスマッチ塩基の挿入が可能となる。但し、ミスマッチ塩基の挿入の頻度については、逆転写酵素の種類や、使用するミスマッチ塩基の塩基種によっても相補鎖結合能が異なることから、3塩基までに限定されるものではない。例えば、20塩基からなるプローブの場合には、1〜10個、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個のミスマッチ塩基を挿入することができ、当業者であれば、公知のプローブ/プライマー設計用のプログラムを使用してTmを計算したり、あるいは都度実験を実際に行って、至適条件を決定することが可能である。また、ミスマッチ塩基として挿入される塩基種は同一であってもよいし、あるいは異なる塩基種の組合せであってもよい。ミスマッチ塩基の挿入頻度も同一である必要はなく、ミスマッチ塩基が挿入される間隔が異なっていても可能である。
【0034】
例えば、mRNA捕獲用プローブ(第1のプローブ)は、少なくとも2〜4塩基の連続するT塩基と、T以外のA若しくはG若しくはC塩基の組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のプローブとすることができる。また例えば、mRNA捕獲用プローブ(第1のプローブ)は、少なくとも5〜7塩基の連続するT塩基と、T以外のA若しくはG若しくはC塩基の組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のプローブとすることができる。あるいは、mRNA捕獲用プローブ(第1のプローブ)は、少なくとも8〜10塩基の連続するT塩基と、T以外のA若しくはG若しくはC塩基の組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のプローブとすることができる。本発明に従って使用することができるプローブ配列の具体例を配列番号2〜16に示す。
【0035】
前述のプローブ(配列番号1)に3塩基のミスマッチ塩基を導入したプローブは、例えば5'-TTCTTTTTCTTTTTCTTTTTVN-3'(配列番号12)となる。配列中、Cの部分がターゲット核酸に含まれるポリA配列に対してミスマッチ塩基となる。このミスマッチ塩基を有するプローブを用いて伸長した伸長鎖において、Tが5塩基連なっている部分が最長であり、もはやホモポリマー配列ではなくなっている。
【0036】
更に、3塩基がC塩基に置換されることで、Tmが52.6℃から59.6℃へと7℃も上昇する。これは、伸長鎖生成後に、このミスマッチ塩基を含むプローブに対応する領域をPCR用のプライマープライミングサイトとして使用する際に非常に有利に働く。PCR反応は、逆転写反応とは異なり高い温度で反応するほど産物の特異性における精度を向上させることが可能である。プライマーのTmが低いと、相補鎖結合のステップにおいて反応温度を低く設定せざるをえず、結果的に目的とは異なる部位にミスマッチで相補鎖結合する確率が高くなりPCR増幅後に副産物として増幅されてしまう。上述したようにミスマッチ塩基を含むプローブを使用することで、mRNAの3'末端部のポリA塩基のホモポリマー配列の塩基置換を効率的に行なうことができ、これによって続く増幅の工程では塩基置換によってTm値が上昇したプライミングサイトを確保することが可能となる。
【0037】
このように、本発明においては、得られる伸長鎖における融解温度(Tm)が後に行う分析に適した温度となるように設計することが好ましい。すなわち、本発明に従ってプローブ(第1のプローブ及び/又は後述する第2若しくは第3のプローブなど)を設計することによって、生成される伸長鎖の融解温度Tmを、後に行うターゲット核酸の分析に適した温度に制御することが可能である。例えば核酸増幅反応を行う場合には、伸長鎖における核酸増幅用プライマーの結合する領域の融解温度(Tm)が、核酸増幅反応に使用するポリメラーゼの至適温度範囲内となるように、プローブを設計する。あるいは配列決定反応を行う場合には、伸長鎖における配列決定用プライマーの結合する領域の融解温度(Tm)が、45〜70℃であり、好ましくは50〜68℃であり、より好ましくは、55〜65℃となるように、プローブを設計する。
【0038】
またプローブ(第1のプローブ及び/又は後述する第2若しくは第3のプローブなど)は、その5'末端に既知配列からなるアダプター配列を有していてもよい。アダプター配列は、核酸の分析のための反応、例えばmRNAの捕獲、核酸増幅反応、配列決定反応などに影響を及ぼすことのない配列であれば、任意の長さの任意の組成の配列とすることができる。
【0039】
アダプター配列を有するプローブを用いて相補鎖合成反応を行った場合、得られる伸長鎖には、アダプター配列として既知の配列が導入される。そのため、その既知の配列をプライミングサイトとして利用して核酸増幅反応により網羅的にターゲット核酸を並列増幅することも可能である。また、アダプター配列の既知配列をプライミングサイトとして利用した配列決定も可能となる。また、アダプター配列にクローニング用のベクターに合わせた制限酵素認識配列を配置し、ベクターに挿入することでクローニングによる増幅も可能となる。
【0040】
アダプター配列は、例えば制限酵素認識配列を含む配列とすることができる。制限酵素認識配列としては、限定されるものではないが、4塩基認識制限酵素MseI(T↓TAA)、MboI(↓GATC)、BfaI(C↓TAG)、FatI(↓CATG)の認識配列;6塩基認識制限酵素PsiI(TTA↓TAA)、SspI(AAT↓ATT)、HindIII(A↓AGCTT)の認識配列;クラスIISタイプの制限酵素認識配列、例えばGsuI(CTGGAG若しくはGACCTC)(認識配列から16塩基(上流鎖)若しくは14塩基(下流鎖)離れた部位を切断する)、BbrI、HgaI(特開2000-197493号公報)の認識配列が挙げられる。
【0041】
プローブ(第1のプローブ及び/又は後述する第2若しくは第3のプローブなど)は、生成される伸長鎖に制限酵素認識配列が導入されるように設計してもよい。例えば、上述したように、制限酵素認識配列を含むアダプター配列を5'末端に付加してもよいし、あるいはプローブ自体の配列にミスマッチ塩基を利用して制限酵素認識配列を挿入してもよい(すなわち、ミスマッチ塩基による置換によって、本来ターゲット核酸が有していない制限酵素認識配列を作為的に挿入することが可能となる)。
【0042】
第1のプローブは、遊離状態であってもよいし、又は5'末端側が固相担体に固定化されていてもよい。第1のプローブを固相担体に固定化することによって、固相担体にターゲット核酸を捕捉することができる。使用する固相担体は、核酸の操作に一般的に使用される固相担体であれば特に限定されるものではない。具体的には、水不溶性で、加熱変性時に溶融しない固相担体であることが好ましい。その材料としては、例えば、金、銀、銅、アルミニウム、タングステン、モリブデン、クロム、白金、チタン、ニッケル等の金属;ステンレス、ハステロイ、インコネル、モネル、ジュラルミン等の合金;シリコン;ガラス、石英ガラス、溶融石英、合成石英、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト及び感光性ガラス等のガラス材料;ポリエステル樹脂、ポリスチレン、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂(Acrylonitrile Butadiene Styrene 樹脂)、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂及び塩化ビニル樹脂等のプラスチック;アガロース、デキストラン、セルロース、ポリビニルアルコール、ニトロセルロース、キチン、キトサンが挙げられる。また、固相担体の形状についても、特に限定はなく、平面により形成されるもの(例えばタイタープレート、多孔質若しくは細孔アレーなど)、平板、フィルム、チューブ及び粒子等が挙げられる。さらに、粒子として磁化された又は磁化可能な磁気ビーズを用いることによって、分離処理等について、自動化、効率化又は迅速化することができる。また固相担体として粒子を用いる場合、粒子の径は、通常50μm以下、例えば1.0μm〜3.0μmである。
【0043】
第1のプローブなどのオリゴヌクレオチド又は核酸を固相担体に固定化する方法は、特に限定されないが、例えば、共有結合、イオン結合、物理吸着、生物学的結合(例えば、ビオチンとアビジン又はストレプトアビジンとの結合、抗原と抗体との結合など)によって固定化する方法などを例示することができる。第1のプローブは、スペーサー配列、例えば1〜10個の炭素原子を含む炭化水素基を介して、固相担体に固定してもよい。あるいは、例えばT塩基やTC配列等を連続的に配置し、スペーサー配列として使用することも可能であり、各オリゴ合成メーカーが推奨するスペーサー配列であれば任意のスペーサー配列を使用することができる。
【0044】
共有結合を介したプローブの固相担体への固定化は、例えば、プローブに官能基を導入しかつ該官能基と反応性の官能基を固相担体に導入して両者を反応させることにより実施できる。例えば、プローブにアミノ基を導入し、固相担体に活性エステル基、エポキシ基、アルデヒド基、カルボジイミド基、イソチオシアネート基又はイソシアネート基を導入することにより共有結合を形成できる。また、プローブにメルカプト基を導入し、固相担体に活性エステル基、マレイミド基又はジスルフィド基を導入してもよい。活性エステル基としては、例えば、p-ニトロフェニル基、N-ヒドロキシスクシンイミド基、コハク酸イミド基、フタル酸イミド基、5-ノルボルネン-2、3-ジカルボキシイミド基等が挙げられる。
【0045】
官能基を固相担体に導入する方法の一つとしては、所望の官能基を有するシランカップリング剤によって固体表面を処理する方法が挙げられる。カップリング剤の例としては、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-β-(アミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-β-(アミノエチル)-β-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、あるいはγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン等を用いることができる。結合部位となる官能基を固相担体に導入する別の方法としては、プラズマ処理が挙げられる。このようなプラズマ処理により、固相担体に、水酸基やアミノ基等の官能基を導入することができる。プラズマ処理は、当業者には既知の装置を用いて行うことができる。
【0046】
物理吸着によってプローブを固相担体に固定する方法としては、ポリ陽イオン(ポリリシン、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン等)で表面処理した固相担体に、核酸の荷電を利用して静電結合させる方法などが挙げられる。続いて、ターゲット核酸に第1のプローブを結合させた後、第1のプローブをプライマーとして用いて該ターゲット核酸の相補鎖合成反応を行う。本発明の方法において、相補鎖合成は、当技術分野で公知の方法に従って、例えば基質となる塩基(dNTPなど)の存在下で適当な逆転写酵素又はポリメラーゼを用いることにより行うことができる。
【0047】
ターゲット核酸がmRNAであり、その第1の伸長鎖としてcDNAを生成する場合には、逆転写酵素を用いた逆転写反応によって相補鎖合成することができる。ターゲット核酸がDNAであり、その第1の伸長鎖としてDNAを生成する場合には、例えばポリメラーゼを用いた複製反応によって伸長鎖を生成することができる。
【0048】
逆転写酵素は、RNAを鋳型として、プライマーの3'末端の水酸基に新たな塩基(ヌクレオチド)を付加し、プライマーを5'から3'方向へ伸長させる活性を有する酵素であり、例えば一般的なものとしてはM-MLV RTやAMV-RT(共にほとんど全ての試薬メーカーから供給)、また高温での反応可能なものとしては、Super Script III RT(Invitrogen社)や、MonsterScript (Epicentre社)などが市販されている。また相補鎖合成に使用するポリメラーゼは、DNAを鋳型として、プライマーの3'末端の水酸基に新たな塩基(ヌクレオチド)を付加し、プライマーを5'から3'方向へ伸長させる活性を有する酵素であり、例えば大腸菌DNAポリメラーゼ、DNA polymeraseやKlenow Polymerase(ほとんど全ての試薬メーカーから供給)、鎖置換機能を有するDNAポリメラーゼであるφ29 DNAポリメラーゼ、Bst DNAポリメラーゼ(Fermentase社、New England Biolabs社等)を用いることができる。
【0049】
また、本発明の方法では、生成された第1の伸長鎖を鋳型として第2のプローブをプライマーとして用いて相補鎖合成反応を行い、第2の伸長鎖を生成してもよい。さらに、第2の伸長鎖を鋳型として第3のプローブをプライマーとして用いて相補鎖合成反応を行い、第3の伸長鎖を生成してもよい。この場合の相補鎖合成も、上記と同様に行うことができる。
【0050】
第2のプローブは、第1の伸長鎖を鋳型として相補鎖合成を行うことができる任意の配列を有するプローブとすることができる。その後の分析(例えば核酸増幅反応、配列決定反応、cDNAライブラリ作製)に応じて、適当な長さを有しかつ必要な領域を含む第2の伸長鎖が生成されるように、当業者であれば技術常識に基づいて適当なプローブを設計することができる。
【0051】
第3のプローブは、第1のプローブと同じものであってもよいし、異なるものであってもよい。第1のプローブを第3のプローブとして使用する場合には、第2の伸長鎖における第1のプローブの相補配列部分と完全に相補鎖結合(マッチ)する。第1のプローブと異なる場合には、第3のプローブは、第2の伸長鎖における第1のプローブの相補配列部分と相補鎖結合するが、第1のプローブの相補配列部分に対して1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計されることが好ましい。ここで「第1のプローブの相補配列部分」とは、第2の伸長鎖が生成される際に、鋳型となる第1の伸長鎖における、第1のプローブの部分に対して相補鎖合成されて生じる第1のプローブに対して相補的な配列を有する部分を意味する。第3のプローブは、第1のプローブの設計について上述したのと同様に設計することができる。
【0052】
また、ミスマッチ塩基を含むプローブを複数種使用することにより、ターゲット核酸から生じる伸長鎖の塩基を順次置換することが可能であり、後に行う核酸の分析反応に適した配列とすることができる。例えば上述したように、制限酵素認識配列を順次挿入することができる。また、ターゲット核酸において塩基置換しようとする塩基数が多い場合には、第1のプローブ、第3のプローブ、及び必要な場合にはさらなるプローブにおいてミスマッチ塩基を1〜数個挿入して相補鎖合成を行い、その合成反応の過程で徐々に塩基を置換することが可能である。
【0053】
上記のように複数のプローブを使用する場合には、それらのプローブを混合して、ターゲット核酸の増幅反応を行うことができる。例えば、第1のプローブ及び第2のプローブを混合して、又は第1のプローブ及び第2のプローブ及び第3のプローブを混合して、ターゲット核酸の核酸増幅反応を行うことができる。最終的に必要とする配列を有する伸長鎖を生成するためのプライマーの濃度が一番高くなるように、プローブ(増幅用プライマーの)の混合比を調整することが好ましい。
【0054】
上記のようにして生成された伸長鎖は、さらなる核酸分析に供することができる。そのような核酸の分析としては、限定されるものではないが、核酸増幅反応(PCR、RCA等)、配列決定反応、cDNAライブラリの調製、クローニングなどが挙げられる。本発明の方法に従って生成された伸長鎖は、核酸増幅反応や配列決定反応に使用するプライマーの結合部位(プライミングサイト)の融解温度(Tm)が制御されており、そのような反応に好適である。
【0055】
従って、本発明の方法は、得られた伸長鎖を用いて、核酸増幅反応、配列決定反応、又はcDNAライブラリの調製を行う工程をさらに含んでもよい。このような核酸分析の方法は、当技術分野で公知であり、当業者であれば適当な方法を選択して、実施することができる。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、以下の実施例は、本発明を限定するものではない。
【0057】
[実施例1]
ミスマッチmRNA捕獲用プローブを用いてRNA試料の逆転写反応を行ない、ホモポリマー配列を解消し、mRNAのポリA配列に続く遺伝子特異的配列を有する2本鎖cDNAの調製を行なう方法の詳細について説明する(図1〜2)。
【0058】
細胞や組織からTotal RNAの抽出を行なった。本実施例においては、RNeasy Plus Mini Kit(QIAGEN社)を用いて解析対象細胞からTotal RNA抽出を行なった。mRNA捕獲用プローブとして下記の配列を有するオリゴヌクレオチドを用意した。
【0059】
【表1】

【0060】
本実施例においては、mRNA捕獲用プローブに22塩基長のものを使用した。なお、塩基長はこれに限定されず、なかでもTm値(Melting Temperature;50%の鎖について相補鎖が形成される温度であり、相補鎖結合の安定性の目安となる)を考慮して15〜30塩基長が適当である。また、5'末端部にmRNA捕獲には寄与しない配列部(アダプター)を挿入することも可能で、その場合はさらに塩基長が長くなる。また、ミスマッチ部に作為的に挿入する塩基種も同一である必要はなく、T以外のA、C若しくはGの塩基で構成されていればよい。ミスマッチの挿入頻度も同一である必要はなく、ミスマッチの間隔が異なっていても実現可能である。
【0061】
上記工程で調製されたTotal RNA 20 ngに対してmRNA捕獲用プローブ(1 pmol)を加え滅菌水で4μLとし、70℃5分のインキュベーションの後、4℃まで冷却した。これにより、mRNA捕獲用プローブ(101)とTotal RNA中のmRNA(102)の3'末端ポリA配列(103)が相補鎖結合した。図1においては、3箇所のミスマッチ(110)を含んでいるプローブ13を例に示している。上記mRNA捕獲用プローブ(101)の配列におけるV(104)は、T以外のA、C若しくはGの3塩基の混合塩基を意味し、N(105)は、A、C、G若しくはTの4種混合塩基を意味する。VN配列を3'末端に配置することによりT以外の配列が現れるポリA配列との境界部でしか相補鎖を結合できないmRNA捕獲用プローブとなる。なお、3'末端部に配置するのはVN配列に限らず、VVN配列、又はVN配列とVNN配列との混合物でも目的を達成することが可能である。続いて、5×RT buffer 2μL、0.1 M Dithiothreitol(DTT)、0.5μL、RNaseOUTTM(40 units/μL、Invitrogen社)0.25μL、10 mM dNTP mixture 1μL、Super Script III RT(200 units/μL、Invitrogen社)1μL及び滅菌水1μLを加え、ピペッティングにより混合した後、50℃で一時間反応させた。反応終了後、85℃90秒間の熱処理を行い酵素の失活を行った。この反応により、mRNA捕獲用プローブ(101)がmRNA(102)を鋳型として伸長し、mRNAから逆転写された1st strand cDNA(106)が合成された。
【0062】
続いて、2nd strand cDNAの合成を行った。上記1st strand cDNA反応溶液に、5×second strand buffer(100 mM Tris-Cl(pH6.9)、23 mM MgCl2、450 mM KCl、0.75 mM β-NAD+、50 mM (NH4)2SO4)20μL、10 mM dNTP 2μL、E Coli. DNA Ligease(1 units/μL、Invitrogen社)1μL、E Coli. DNA Polymerase(4 units/μL、Invitrogen社)2μL、E Coli. RnaseH(0.2 units/μL、Invitrogen社)1μLを添加し、滅菌水64μLを加え全量を100μLとした。ピペッティングにより溶液を混合した後、16℃で2時間反応させた。反応終了後、2.5mM EDTAを1μL加え、65℃10分間の熱処理を行い、酵素を失活させた。mRNA(102)とmRNA捕獲用プローブ(101)の間の相補鎖結合はミスマッチ(110)を含んでいたが、2nd strand cDNA(111)は1st strand cDNA(106)及びそれに続くmRNA捕獲用プローブ(101)を鋳型として伸長するため、生成される2本鎖cDNAにはミスマッチ部がなく、全てが正確にマッチ(相補鎖結合)(112)している。
【0063】
図2-1、図2-2及び図2-3に、表1に示すミスマッチmRNA捕獲用プローブを用いた場合のcDNA合成効率の結果を示す。プローブ1はミスマッチを含まないスタンダードプローブであり、このプローブを用いた場合のcDNA合成産物量を1とし、合成効率を算出した。尚、合成産物量の定量は、ABI7900HT(Applied Biosystems社)を用いたqPCRにより計測した。
【0064】
プローブ2〜6(図2-1)は1塩基のGをミスマッチとして配置したプローブであり、プローブ7〜11(図2-2)は1塩基のCをミスマッチとして配置したプローブである。それぞれ3'末端から3、4、5、6又は7塩基目にミスマッチを配置し合成効率への影響を検討した。またプローブ12〜15(図2-3)は、それぞれ6塩基ごと、5塩基ごと、4塩基ごと又は3塩基ごとにミスマッチを配置し、ミスマッチ頻度の合成効率への影響を検討した。
【0065】
また、逆転写酵素として使用したSuper Script III RTのメーカー推奨のプロトコールにおける反応至適温度50℃、及びそれより2℃低い48℃でそれぞれ検討を行なった。
【0066】
その結果、1塩基のミスマッチを配置した場合では、50℃では反応効率が低下するが、2℃反応温度を下げることでミスマッチを配置しても概ね80%以上の効率でcDNAが合成できることを確認した(図2-1〜2-3)。また、若干ではあるがミスマッチがCの場合もGの場合も、伸長末端である3'末端直近である3塩基目にミスマッチを配置するよりも、3'末端から5塩基程度に配置する方が影響の少ないことが確認できた。更には、ミスマッチの塩基としてはCよりGのほうが、反応効率への影響が少ないことを確認した。プローブ12〜15を使用した場合の結果(図2-3)からは、ミスマッチの頻度が高くなるほど反応効率の低下が顕著であることを確認した。また、ミスマッチを1塩基挿入した場合と同様に、反応温度を至適温度から2℃さげた48℃の方が効率を改善できることも確認した。プローブ14はミスマッチが4塩基ごとに配置され、全長22塩基中4塩基はミスマッチとなる。このようなプローブを用いた場合も、完全マッチのプローブ1と比較して50%の効率でcDNAが合成されている。一方で、表1に示すようにプローブ1のTmが52.6℃なのに対し、プローブ13のTmは62.0℃であり、約10℃もTm値が上昇する。ミスマッチmRNA捕獲用プローブ部分の相補鎖である2nd strand cDNA合成後は、このプローブ部分が非常に安定性の高いプライミングサイトとなる。また、ホモポリマーが解消していることからプライマーが少しずつずれて相補鎖結合スリッピングも起きないため、PCRや配列決定のためのプライミングサイトとしての利用が可能となる。
【0067】
本実施例では、プローブ12〜15ではミスマッチを等間隔で配置したが、ミスマッチの配置方法はこれに限定されるものではない。図2-1〜2-3に示されるように、反応効率は、ミスマッチの塩基種、3'末端部からの距離、そして頻度と、複数の要素によって決定されるものであり、都度最適化を行ない、必要条件を満たすミスマッチmRNA捕獲用プローブを使用することが可能である。また、PNA(ペプチド核酸)等に代表される人工核酸は、DNAやRNAとの結合力が増大することが知られており、プローブの途中数塩基程度を人工核酸に置換することで、ミスマッチで低下する相補鎖結合の結合力を上げることも可能である。
【0068】
以上に示す本実施例により、mRNAのポリA配列由来のホモポリマー配列部がmRNA捕獲用プローブに作為的に配置されたT以外の配列とのミスマッチを含む相補鎖結合及び伸長反応により、塩基が置き換えられ、mRNAのポリA配列由来のホモポリマーが解消された2本鎖cDNA産物を得ることが可能となった。これにより、ポリA由来の配列部分は、塩基置換によりTm値が上昇し、安定したプライミングサイトとして、続くPCR反応や配列決定反応に使用可能となった。
【0069】
[実施例2]
ミスマッチmRNA捕獲用プローブを使用してmRNA由来のポリA配列部分に制限酵素認識配列を導入する方法について本実施例で詳細を説明する(図3〜5)。
【0070】
実施例1に示すのと同様の方法で2本鎖cDNAを合成するが、その際に使用するmRNA捕獲用プローブを工夫することで、後に続く反応に使用可能な制限酵素認識配列を導入することが可能となる。すなわち、本実施例では、下記ミスマッチmRNA捕獲用プローブを使用して1st strand cDNAの合成を行なった:
5'- TTTTTTTTTTTTTAATTTTCTTTTTGTTVN -3' (配列番号16)
配列中、下線で示す部分がミスマッチとなる。
【0071】
上記ミスマッチmRNA捕獲用プローブ(151)は、5'末端がビオチン2分子で修飾され、続いてカーボン6つがスペーサーとして挿入されたものを用意し、表面にストレプトアビジン基が修飾された磁気ビーズ粒子(203)(直径2.8μm、Dynal BIOTECH社)に固定化した(図3)。メーカー添付の方法に従いビーズ当り106分子のmRNA捕獲用プローブ(151)を固定化した。
【0072】
なお、固相担体の材料としては、水不溶性であれば特に限定されるものではなく、例えば、金、銀、銅、アルミニウム、白金、チタン、ニッケル等の金属、ステンレスやジュラルミンなどの合金、シリコン、ガラス、石英ガラス、セラミクス等のガラス材料、ポリエステル樹脂、ポリスチレン、ポリプロピレン樹脂、ナイロン、エポキシ樹脂、及び塩化ビニル樹脂等のプラスチック、アガロース、デキストラン、セルロース、ポリビニルアルコール、キトサン等でもよい。また、担体の形状についても特に限定はなく、平面で形成されるものや、複数の孔が開いた形状のものでもよい。また、プローブの固相担体上への固定方法は特に限定されず、共有結合やイオン結合、物理吸着、生物学的結合(例えばビオチンとアビジン、又はストレプトアビジンとの結合、抗原と抗体との結合など)等による方法でも同様の効果が得られる。
【0073】
続いて、mRNA捕獲用プローブ固定化磁気ビーズ(203)を10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%Tween20溶液に懸濁して(1×106ビーズ/μL)、実施例1と同様の方法で2nd strand cDNA(111)の合成反応までを行い、2本鎖cDNAを得た。得られた2本鎖はミスマッチが解消されており、mRNAのポリA配列由来のホモポリマー配列部が、mRNA捕獲用プローブに作為的に配置されたT以外の配列に置き換えられている。更には、この置換により得られた配列の一部TTAAは制限酵素MseI(T↓TAA)の認識部位であり、ミスマッチmRNA捕獲用プローブによりmRNAのポリA配列部に従来存在しなかった制限酵素認識配列を挿入することができた(図3)。
【0074】
続いて、この2本鎖を4塩基認識制限酵素MboI(↓GATC)で切断した(301)(図3及び4)。この制限酵素の認識配列は、概ね44=256塩基に1回の頻度で存在するため、得られる切断断片長も概ね256塩基長程度となる。すなわち、上記2nd strand cDNA(111)調製後の5μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20で再懸濁されたビーズ溶液に、10×NEB buffer 4(New England BioLabs社)を1μL、MboI(5 units/μL; New England BioLabs社)を1μL、及び滅菌水を3μL加え撹拌の後、37℃で1時間反応させた。反応後に上清を除去した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄し、4μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。本反応により、mRNAの3'側のMboI切断断片(161)のみがビーズ上に固定化された状態で精製された(図4)。
【0075】
続いて、上記制限酵素切断末端へ既知配列を有するアダプターB(152及び153)をライゲーション反応により導入した(図4)。用意したアダプターは、cDNAの末端にホスホジエステル結合により結合するオリゴB(153)(5'- GATCGGTATTGTTGGAGGGCAGGTGGCTACACTAGATGGTTTAGGGTTG -3':配列番号17)、及びこのオリゴと相補的な配列を有するオリゴB'(152)(5'- CCAACCCTAAACCATCTAGTGTAGCCACCTGCCCTCCAACAATACC -3':配列番号18)からなる。オリゴB(153)は、5'末端がリン酸基で修飾されており、MboI切断断片の末端とホスホジエステル結合が可能となっている。また、オリゴB(153)はオリゴB'(152)より3'末端側が一塩基短い。これはアダプター同士間での結合を防ぐ機能となる。以上2種類のオリゴ溶液(それぞれ10 pmol/μL)を2μLずつ混合し、72℃で2分間インキュベーションの後、0.1℃/secの割合で温度を4℃まで下げ、オリゴB(153)とオリゴB'(152)を相補鎖結合させ、2本鎖のアダプターB(152及び153)を調製した。先に調製されたビーズ懸濁液に2本鎖のアダプターB(152及び153)を1μL、及びLigation High(TOYOBO社)を2.5μL加え混合したのち、16℃で30分間反応させた。反応後に上清を除去した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄し、10μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。以上の反応により、cDNA末端にはライゲーションによりアダプターB(152及び153)が挿入された(図4)。
【0076】
続いて、制限酵素MseI(T↓TAA)での切断処理(162)を行なった(図4)。すなわち、上記ライゲーション後の、10μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20で再懸濁されたビーズ溶液に、10×NEB buffer 2(New England BioLabs社)を2μL、MseI(10 units/μL; New England BioLabs社)を1μL、10mg/mL BSAを0.2μL及び滅菌水を6.8μL加え撹拌の後、37℃で1時間反応させた。反応後に上清を除去した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄し、10μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。この処理により、ビーズ上に固定化されたmRNAの3'末端側のMboI切断断片がビーズ上から切断された。ビーズ側のMseI認識配列は、前述のミスマッチmRNA捕獲用プローブを使用した伸長反応により導入されたものである。本実施例では、ミスマッチプローブで導入する制限酵素としてMseIとしたが、これに限定されることはなく、PsiI(TTA↓TAA)、SspI(AAT↓ATT)、BfaI(C↓TAG)、FatI(↓CATG)などでも同様の効果が得られる。
【0077】
得られた断片はmRNAのポリA配列に続く3'末端断片であるが、ポリA配列を有さないため、この断片をPCRにより容易に増幅することが可能である(図5)。さらには、サンプル中に含まれる全てのcDNAの制限酵素断片の両末端に、mRNAポリA配列由来の塩基置換された部位とアダプターBとの同じ配列が挿入されているため、この部分をプライミングサイトとして利用した網羅的並列増幅が可能となる。この際に使用するプライマー/プローブの一方は、ミスマッチにより塩基置換された配列部分の一部を3'側に含む配列(154)からなり、反対側のプライマー/プローブは、アダプターB'の配列部分と同じか若しくは一部を3'側に含む配列(155)からなる(図5)。この際、プライマー/プローブの一部にミスマッチを再度挿入することで(図5におけるプライマー/プローブ154の配列下線部)、PCR産物はさらに塩基置換されることになる。本実施例に示すプライマー/プローブ154を用いた結果得られる置換配列は、制限酵素HindIII(A↓AGCTT)の認識配列である。このように、異なる種類のミスマッチプローブを複数回使用することで、塩基を置換していくことが可能であり、続く反応に望ましい(例えばクローニング等)制限酵素認識配列を都度挿入していくことも可能となる。また、当初の配列から塩基置換したい塩基数が多い場合は、PCRの際に少しずつ塩基を変化させたミスマッチプローブを2種以上混合し、サイクル反応の際にサイクルの度に徐々に塩基を置換していくことも可能である。この場合は、最終的に必要とする配列を有するプライマーの濃度が一番高くなるようプローブ(PCRプライマーの意味)の混合比を調整すればよい。ミスマッチプローブを用いた塩基置換により、より安定度の高い、すなわちTm値の高いプライミングサイトを獲得することが可能となる。
【0078】
本実施例により、mRNAのポリA配列由来のホモポリマー配列部が、mRNA捕獲用プローブに作為的に配置されたT以外の配列に置き換えられ、mRNAのポリA配列由来のホモポリマーが解消され、かつ両側末端に既知配列が挿入された2本鎖cDNAの制限酵素断片(156)を得ることができた(図5)。さらに、この産物は、遺伝子特異的情報を多く持つとされるmRNAの3'末端の配列情報を持ち、かつ、制限酵素処理によりcDNA間での断片長がある程度揃えられたものとなる。このため、上記最終工程のPCRによる増幅をおこなう際のサンプル間バイアスを最小限に抑えることが可能となり、より精度の高い遺伝子網羅的並列増幅が可能となった。また、ミスマッチプローブを用いて塩基置換を行なうことで、本来の配列が有さない配列を挿入することが可能であり、プライミングサイトのTm値もポリTだけからなる場合47.6℃であるのに対し、プライマー/プローブ154のTm値は54.9℃であり、7℃以上上昇しているため相補鎖結合の安定性を増すことができ、より精度の高いPCR増幅が可能となった。更には、塩基置換により制限酵素認識配列などを挿入できるようになることで、後の反応に効果的に使用することが可能となった。
【0079】
本産物を得るために、制限酵素としてMboIを用いたが同様の効果が得られる制限酵素であればMboIに限定されず、また認識塩基長も4塩基に限定されない。さらに、本実施例において用いたいずれのアダプターの配列も限定されるものではなく、後の目的(PCR、クローニングや配列決定)に用いる際に最適な効果が得られる配列であれば適宜設計することができる。更には、プライマー又はプローブの塩基長も都度変更することが可能である。
【0080】
[実施例3]
ミスマッチmRNA捕獲用プローブの5'末端部にmRNA捕獲には寄与しない配列部(アダプター)を挿入したプローブを用いて、網羅的遺伝子増幅用のサンプル調製を行う方法について本実施例で詳細を説明する(図6)。
【0081】
実施例1に記載の方法を用いて2本鎖cDNAを合成するが、本実施例においてはミスマッチmRNA捕獲用プローブ(201)として5'末端にアダプター配列A(配列下線部)(202)を有する下記配列を用いた:
5'-GATCATCATAAGCAATGACGGCAGCTGAAGTATCTTTCTTTTCTTTTCTTTTVN -3'(配列番号19)。
【0082】
上記ミスマッチmRNA捕獲用プローブ(201)は、5'末端がビオチン2分子で修飾され、続いてカーボン6つがスペーサーとして挿入されたものを用意し、表面にストレプトアビジン基が修飾された磁気ビーズ(203)(直径2.8μm、Dynal BIOTECH社)に固定化した(図6)。本実施例においては、固相担体表面とプローブとの間にカーボンスペーサーを配した。なお、スペースの確保はこれには限定されず、各オリゴ合成メーカーが推奨するスペーサーであれば同様の効果が期待でき、また例えばT塩基やTC配列等を連続的に配置しスペーサーとして使用する方法も可能である。
【0083】
メーカー添付の方法に従いビーズ当り106分子のmRNA捕獲用プローブ(201)を固定化した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1% Tween20溶液に懸濁し(1×106ビーズ/μL)、反応に使用した。実施例1に示すミスマッチmRNA捕獲用プローブ(1 pmol)にかえて上記ミスマッチmRNA捕獲用プローブ固定化ビーズ(203)を1×106ビーズ=1μL使用して、2nd strand cDNA(111)の合成反応までを行い、2本鎖cDNAを得た。
【0084】
続いて、2本鎖cDNAのビーズ(203)に固定化されたのとは反対側の末端の平滑化処理を行った。本実施例の反応によれば、合成された2本鎖cDNAの末端は必ずしも平滑ではなく、1st strand cDNA(106)の3'末端側が突出しているものも複数存在すると考えられ、またこの場合、突出している部分の度合い(塩基数)は不明である。このため続くアダプターのライゲーションを全cDNAに対してバイアスなく行うため、末端部の平滑化(同一条件の末端を有するように処理する)が必要となる。そのため、上記1×106ビーズを8μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1% Tween20溶液に懸濁した溶液に、10×Blunting buffer(1.2 M Tris-Cl(pH8.0)、15 mM MgCl2、100 mM KCl、60 mM (NH4)2SO4、2 mM dNTP、1%TritonX-100、0.01% BSA)1μL、及びT4 DNA polymerase(3 units/μL、New England BioLabs社)1μLを添加し、ピペッティングにより溶液を混合した後、37℃で30分反応させ、続いて75℃で20分間の処理により酵素を失活させ氷上に移した。反応後に上清を除去した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄し、5μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。平滑末端化に使用する酵素は、T4 DNA polymeraseに限定されるものでなく、同様の効果が得られるKOD DNA polymerase(TOYOBO社)などで置き換えることが可能である。
【0085】
続いて、上記平滑末端化処理済の2本鎖cDNAの末端に既知配列を有するアダプターDをライゲーション反応により導入した。用意したアダプターは、cDNAの末端にホスホジエステル結合により結合するオリゴD(215)(5'- CCAACCCTAAACCATCTAGTGTAGCCACCTGCCCTCCAACAATACC -3':配列番号20)、及びこのオリゴと相補的な配列を有するオリゴD'(216)(5'- GGTATTGTTGGAGGGCAGGTGGCTACACTAGATGGTTTAGGGTTG -3':配列番号21)からなる。オリゴD'は、5'末端がリン酸基で修飾されており、ホスホジエステル結合が可能となっている。また、オリゴD'(216)はオリゴD(215)より3'末端側が一塩基短い。これはアダプター同士間での結合を防ぐ機能となる。以上2種類のオリゴ溶液(それぞれ10 pmol/μL)を2μLずつ混合し、72℃で2分間インキュベーションの後、0.1℃/secの割合で温度を4℃まで下げ、オリゴD(215)とオリゴD'(216)を相補鎖結合させ、2本鎖のアダプターD(215及び216)を調製した。先に調製されたビーズ懸濁液に2本鎖のアダプターDを1μL、及び10×T4 DNA Ligase bufferを1μL、T4 DNA Ligase(New England BioLabs社)1μL、滅菌水を3μLを加え、16℃で1時間反応させた。反応後に上清を除去し、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄した後、10μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。以上の反応により、磁気ビーズ(203)と固定化された側にはmRNA捕獲用プローブ由来のアダプターA(202)の配列が、反対側のcDNA末端にはライゲーションによりアダプターD(215及び216)が挿入された。すなわち、本実施例により、mRNAのポリA配列由来のホモポリマー配列部が、mRNA捕獲用プローブに作為的に配置されたT以外の配列に置き換えられ、mRNAのポリA配列由来のホモポリマーが解消され、かつ両側末端に既知配列が挿入された2本鎖cDNA産物を得ることができた(図6)。
【0086】
アダプターA(202)及びアダプターD(215)の配列をプライミングサイトとして利用してPCR反応により網羅的にcDNAを並列増幅することも可能であるし、アダプターにクローニング用のベクターに合わせた制限酵素認識配列を配置し、ベクターに挿入することでクローニングによる増幅も可能となる。また、アダプター配列をプライミングサイトとして利用した配列決定も可能となる。
【0087】
本実施例は次の方法により、さらに効果的な応用が可能となる(図7)。すなわち、アダプターA及びアダプターDが挿入された産物の並列増幅に当たっては、できる限りターゲットの塩基長がそろっている方が増幅効率のバイアスが少なくて済む(一般に塩基長が短い方が増幅効率は良い)。一方でcDNAのサイズは様々で数百塩基長のものから5,000塩基長を超えるものまで様々である。そこで、本実施例のように2本鎖cDNA(106及び111)を調製したのち、4塩基認識制限酵素MboI(↓GATC)で切断した(301)。この制限酵素の認識配列は、概ね44=256塩基に1回の頻度で存在するため、切断断片長も概ね256塩基長程度となる。すなわち、上記2nd strand cDNA(111)調製後の5μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20で再懸濁されたビーズ溶液に、10×NEB buffer 4(New England BioLabs社)を1μL、MboI(5 units/μL; New England BioLabs社)を1μL、及び滅菌水を3μL加え撹拌の後、37℃で1時間反応させた。反応後上清を除去した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄し、4μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。
【0088】
続いて、上記制限酵素切断末端へ既知配列を有するアダプターC(302及び303)をライゲーション反応により導入した。用意したアダプターは、cDNAの末端にホスホジエステル結合により結合するオリゴC'(303)(5'- GATCGGTATTGTTGGAGGGCAGGTGGCTACACTAGATGGTTTAGGGTTG-3':配列番号22)、及びこのオリゴと相補的な配列を有するオリゴC(302)(5'- CCAACCCTAAACCATCTAGTGTAGCCACCTGCCCTCCAACAATACC -3':配列番号23)からなる。オリゴC'(303)は、5'末端がリン酸基で修飾されており、ホスホジエステル結合が可能となっている。また、オリゴC'(303)はオリゴC(302)より3'末端側が一塩基短い。これはアダプター同士間での結合を防ぐ機能となる。以上2種類のオリゴ溶液(それぞれ10 pmol/μL)を2μLずつ混合し、72℃で2分間インキュベーションの後、0.1℃/secの割合で温度を4℃まで下げ、オリゴC(302)とオリゴC'(303)を相補鎖結合させ、2本鎖のアダプターC(302及び303)を調製した。先に調製されたビーズ懸濁液に2本鎖のアダプターC(302及び303)を1μL、及びLigation High(TOYOBO社)を2.5μL加え混合したのち、16℃で30分間反応させた。反応後上清を除去した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄し、10μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。以上の反応により、磁気ビーズ(203)と固定化された側にはmRNA捕獲用プローブ由来のアダプターA(202)の配列が、反対側のcDNA末端にはライゲーションによりアダプターC(302及び303)が挿入された。
【0089】
すなわち、本実施例により、mRNAのポリA配列由来のホモポリマー配列部がmRNA捕獲用オリゴDNAに作為的に配置されたT以外の配列に置き換えられ、mRNAのポリA配列由来のホモポリマーが解消され、かつ両側末端に既知配列が挿入された2本鎖cDNAの制限酵素断片を得ることができた。この産物は、遺伝子特異的情報を多く持つとされるmRNAの3'末端の配列情報を持ち、かつ、制限酵素処理によりcDNA間での断片長がある程度揃えられたものとなる。このため、アダプターA(202)及びアダプターC(302)をプライミングサイトとしてPCRによる増幅をおこなう際のサンプル間バイアスを最小限に抑えることが可能となり、より精度の高い遺伝子網羅的並列増幅が可能となった。
【0090】
本産物を得るために、制限酵素としてMboIを用いたが同様の効果が得られる制限酵素であればMboIに限定されず、また認識塩基長も4塩基に限定されない。さらに、本実施例において用いたいずれのアダプターの配列も限定されるものではなく、後の目的(PCR、クローニングや配列決定)に用いる際に最適な効果が得られる配列であれば適宜設計することができる。更には、プライマー又はプローブの塩基長も都度変更することが可能である。
【0091】
[実施例4]
ミスマッチを含むmRNA捕獲用プローブの5'末端側に任意の既知配列をあらかじめ配置し、この既知配列部分に認識部位の外に切断部位を有する制限酵素認識配列を配置し、2本鎖cDNA調製後にこの制限酵素を作用させ、mRNA捕獲用オリゴDNAの一部若しくは全部を切断除去することが可能である。一部を切断除去し、ローリングサークル増幅(RCA)法によりcDNAを増幅する方法について本実施例で詳細を説明する(図8)。
【0092】
認識部位の外に切断部位を有する制限酵素としてClassIIS制限酵素が知られている。本実施例では、GsuIを用いた。この酵素の認識部位は以下の通りである:
5'-CTGGAGNNNNNNNNNNNNNNNN-3'(配列番号24)
3'-GACCTCNNNNNNNNNNNNNN -5'(配列番号25)。
【0093】
すなわち、6塩基の認識配列(下線部)を有し、そこから16塩基(上流鎖)若しくは14塩基(下流鎖)離れたところを切断する。Nに示される部分はA、C、G若しくはTのいずれの塩基種でもよい。本実施例においては、mRNA捕獲用プローブ(401)として、アダプター配列F(411)を有する5'- GATCATCATAAGCAATGACGGCAGCTGGAGTCTTTTCTTTTCTTTTCTTTTTVN-3'(配列番号26)を使用した。実施例2に記載の方法に従い、固相担体上に固定化した上記mRNA捕獲用プローブ(401)を用いて、2本鎖cDNA(402及び403)の調製を行ない、続いて4塩基認識制限酵素であるMboIで切断処理を行なった。切断断片へのアダプターのライゲーション反応も実施例2に記載の方法と同様の方法をとったが、アダプターは、オリゴE(404)(5'- TACCTCGAAGCCCCTG -3':配列番号27)、及びこのオリゴと相補的な配列を有するオリゴE'(405)(5'- GATCGCAGGGGCTTCGAGGTAC -3':配列番号28)からなるアダプターEを用いた。またオリゴE(404)及びオリゴE'(405)の5'末端にはリン酸基修飾を施したものを使用した。
【0094】
ライゲーション反応後に上清を除去した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄し、10μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。続いて、GsuIによる切断処理(406)を行ない、アダプターE(404及び405)挿入産物をビーズ(203)から切り離した。さらに5'末端にリン酸基修飾のある鎖を特異的に分解する酵素であるLambda exonucleaseを用いて、この産物の5'末端にリン酸基修飾(407)のある下流鎖(408)を分解し一本鎖化を行なった。すなわち、上記ライゲーション産物が固定化されたビーズ懸濁液に10×buffer B(Fermentas社)(100mM Tris-HCl(pH7.5)、100mM MgCl2及び1mg/ml BSA)を1μL、GsuI(5 units/μL; Fermentas社)を1μL、及び滅菌水を3μL加え撹拌の後、30℃で1時間反応させた。
【0095】
制限酵素GsuIでの切断(406)にあたって、所望(固相担体上固定化プローブの認識配列)の認識配列以外のcDNA内在の認識配列で切断されるのを防ぐため、cDNAの伸長鎖に化学修飾を施すことができる。化学修飾の方法としては、メチル化による修飾が挙げられる。すなわち、伸長反応の際にメチル化された基質、例えば5-methyl dCTPを用いることで逆転写の際の伸長鎖のメチル化が可能である(この方法は、タカラバイオ株式会社より発売のcDNA Library construction Kitでも採用されている一般的な方法である)。尚、この方法が有効に働くのは、メチル化感受性制限酵素を用いた場合であり、本実施例で使用したGsuI以外にもBbrIやHgaI等がメチル化感受性のClassII制限酵素として知られている(特開2000-197493号公報)。
【0096】
反応後に上清を除去した後、10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20溶液でビーズを洗浄し、5μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。続いて、10×buffer(New England Biolabs社)(670mM Glycine-KOH、25mM MgCl2、500μg/ml BSA(pH 9.4))を1μL、Lambda Exonuclease(5 units/μL; New England Biolabs社)を1μL及び滅菌水を3μL加え撹拌の後、37℃で1時間反応させた。反応後75℃で10分間の熱失活処理を行ない、上記と同様にビーズを洗浄し、5μLの10 mM Tris-Cl(pH7.5)、0.1%(w/v) Tween20でビーズを再度懸濁した。これにより、mRNAの3'末端由来の制限酵素断片であって、ポリA由来のホモポリマー配列を有さず、両末端にそれぞれCTTTTTVN(409)及びアダプターE'(405)の既知配列をもつ一本鎖DNA(503)を得ることができた。
【0097】
この断片の網羅的増幅をRCAにより実現することも可能である(図9)。あらかじめ固相担体(501)上にRCA用オリゴ(502)(5'-NBAAAAAGGTACCTCGAAGCCCCTGCGATC-3':配列番号29)の5'末端を固定化したものを用いる。固相担体の材料及び形状は特に限定されない。また、RCA用オリゴの5'末端側に、カーボンなどから構成されるスペーサーを配置し、固相担体表面部から塩基までの距離をとることで、相補鎖結合能を上げることができる。オリゴDNAの固相担体上への固定方法は特に限定されず、共有結合やイオン結合、物理吸着、生物学的結合(例えばビオチンとアビジン、又はストレプトアビジンとの結合、抗原と抗体との結合など)等による方法が挙げられる。この固定化されたRCA用オリゴを鋳型とし、上記一本鎖DNA(503)を環状に配置することで相補鎖結合することが可能であり、環状DNAのニック部分(511)をライゲーション反応により結合させ、RCA増幅用鋳型となる環状DNA(503)を得た。ライゲーション反応には、T4 Ligase DNAや、Ampligase(Epicentre社)など、上記目的を達成できるものであれば酵素種に限定はない。
【0098】
ライゲーション反応に続いて、鎖置換機能を持つDNA polymeraseであるφ29DNA polymeraseや、Bst DNA polymerase(Fermentase社やNew England Biolabs社等)を用いて、RCA反応(504)を行なうことにより、mRNAの3'末端由来の制限酵素断片であって、ポリA由来のホモポリマー配列を有さず、両末端にそれぞれCTTTTTVN(409)及びアダプターE'(405)の既知配列をもつ一本鎖DNA(503)の増幅反応(504)を実現することが可能となった(図9)。RCAに使用する酵素は、上記酵素以外にも鎖置換作用を持つものであれば特に限定はされない。
【0099】
本実施例を達成するために使用する反応容器の形状として、例えば図10に示すように、多数の微細な孔があいた容器(612)を用意し、それぞれの孔(611)の中の壁面にmRNA捕獲用プローブ(601)を固定化し、底面にはRCA用オリゴDNA(602)を固定化することで、一つの孔の中で効果的に増幅産物を得ることが可能となる。RCA反応後の産物は底面部に固定化されており、遺伝子特異的な配列を有する蛍光プローブを投入し相補鎖を形成させることで、遺伝子発現解析が可能となる。また、リアルタイムPCR技術により、定量的に遺伝子発現解析を行なうことも可能となる。
【0100】
さらには、図11に示すように、反応容器(703)の孔(711)の底をメンブレン等の溶液が流出可能な材料(701)とし、反応中は溶液を孔中で保持し、反応後には吸引等で溶液を抜き(702)、更に次の反応の溶液を加えるというような形態をとることも可能である。この場合も、mRNA捕獲用プローブ(601)及び固定化RCA用オリゴDNA(602)を壁面に固定化することで達成可能である。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明により、試料中のターゲット核酸の分析方法が提供される。本発明の方法では、ターゲット核酸に含まれるホモポリマー配列を塩基置換することによって、ホモポリマー配列に起因する問題を解決することができる。また、生成される伸長鎖の融解温度Tmの上昇を実現し、続いて行う核酸増幅反応や配列決定反応において、安定した相補鎖結合を行うことができるプライマー結合部位が提供される。従って、本発明により、核酸を高効率、迅速かつ正確に分析することが可能となる。
【符号の説明】
【0102】
101 mRNA捕獲用プローブ
102 mRNA
103 3'末端ポリA配列
104 V=T以外のA、C若しくはGの3塩基の混合塩基
105 N=A、C、G若しくはTの4種混合塩基
106 1st strand cDNA
110 ミスマッチ
111 2nd strand cDNA
112 マッチ(相補鎖結合)
151 mRNA捕獲用プローブ
152 アダプターB(オリゴB)
153 アダプターB(オリゴB')
154 プライマー/プローブ
155 プライマー/プローブ
156 2本鎖cDNAの制限酵素断片
161 MboI切断断片
162 制限酵素MseI(T↓TAA)による切断

201 mRNA捕獲用プローブ
202 アダプター配列A
203 磁気ビーズ
215 アダプターD(オリゴD)
216 アダプターD(オリゴD')

301 4塩基認識制限酵素MboI(↓GATC)による切断
302 アダプターC(オリゴC)
303 アダプターC(オリゴC')

401 mRNA捕獲用プローブ
402 1st strand cDNA
403 2nd strand cDNA
404 アダプターE(オリゴE)
405 アダプターE(オリゴE')
406 GsuIによる切断処理
407 リン酸基修飾
408 下流鎖
409 CTTTTTVN配列
411 アダプター配列F

501 固相担体
502 RCA用オリゴ
503 一本鎖DNA又は環状DNA
504 増幅反応
511 環状DNAのニック部分

601 mRNA捕獲用プローブ
602 RCA用オリゴDNA
611 孔
612 容器
701 溶液が流出可能な材料
702 吸引等による溶液の抜きとり
703 反応容器
711 孔
【配列表フリーテキスト】
【0103】
配列番号1〜29:Artificial(合成オリゴヌクレオチド)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料からターゲット核酸を調製する工程、
該ターゲット核酸に、該ターゲット核酸が有する共通配列と相補鎖結合する第1のプローブを結合させる工程、及び
第1のプローブをプライマーとして用いて該ターゲット核酸の相補鎖合成反応を行い、第1の伸長鎖を生成する工程
を含み、第1のプローブの配列が、該ターゲット核酸が有する共通配列に対して完全に相補的ではなく、かつ1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計されていることを特徴とする、試料中のターゲット核酸を分析する方法。
【請求項2】
ターゲット核酸が、その3'末端に、ポリA配列からなるホモポリマー配列を有するmRNA、又は同じ種類の塩基が少なくとも6塩基連続した配列からなるホモポリマー配列を有するDNA若しくはRNAであり、第1のプローブが、共通配列としての該ホモポリマー配列に対して完全に相補的ではなく、かつ1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計されている、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ターゲット核酸がmRNAであり、第1のプローブが、少なくとも2〜4塩基の連続するT塩基と、A若しくはG若しくはC塩基との組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のmRNA捕獲用プローブである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ターゲット核酸がmRNAであり、第1のプローブが、少なくとも5〜7塩基の連続するT塩基と、A若しくはG若しくはC塩基との組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のmRNA捕獲用プローブである、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
ターゲット核酸がmRNAであり、第1のプローブが、少なくとも8〜10塩基の連続するT塩基と、A若しくはG若しくはC塩基との組み合わせからなる配列を含む少なくとも15塩基のmRNA捕獲用プローブである、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
第1の伸長鎖を鋳型として第2のプローブをプライマーとして用いる相補鎖合成反応を行い、第2の伸長鎖を生成する工程をさらに含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
第2の伸長鎖を鋳型として第3のプローブをプライマーとして用いる相補鎖合成反応を行い、第3の伸長鎖を生成する工程をさらに含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
第3のプローブが、第1のプローブと同じものである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
第3のプローブが、第2の伸長鎖における第1のプローブの相補配列部分と相補鎖結合するものであり、かつ第1のプローブの相補配列部分に対して1若しくは数個のミスマッチ塩基を有するように設計されている、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
プローブに含まれる少なくとも1塩基が人工核酸である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
ミスマッチ塩基を有するプローブが、その3'末端にVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有する、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
ミスマッチ塩基を有するプローブが、その3'末端にVVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有する、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
ミスマッチ塩基を有するプローブが、その3'末端にVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有するプローブと、その3'末端にVVN配列(VはA、C若しくはG塩基を表し、NはA、C、G若しくはT塩基を表す)を有するプローブとの混合物である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
ミスマッチ塩基を有するプローブが、その5'末端に既知配列からなるアダプター配列を有する、請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
アダプター配列が、クラスIISタイプの制限酵素認識配列を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
プローブの配列の融解温度(Tm)が上昇するようにプローブが設計される、請求項1〜15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
融解温度(Tm)が核酸増幅反応に適した温度となるようにプローブが設計される、請求項1〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
融解温度(Tm)が核酸の配列決定反応に適した温度となるようにプローブが設計される、請求項1〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
伸長鎖に制限酵素認識配列が導入されるようにプローブが設計される、請求項1〜18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
第1のプローブが固相担体に固定化されている、請求項1〜19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
得られた伸長鎖を用いて、核酸増幅反応、配列決定反応、又はcDNAライブラリの調製を行う工程をさらに含む、請求項1〜20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
第1のプローブ及び第2のプローブを混合して、又は第1のプローブ及び第2のプローブ及び第3のプローブを混合して、ターゲット核酸の核酸増幅反応を行う、請求項21に記載の方法。


【図1】
image rotate

【図2−1】
image rotate

【図2−2】
image rotate

【図2−3】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2012−44(P2012−44A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−137073(P2010−137073)
【出願日】平成22年6月16日(2010.6.16)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】