説明

大豆たん白含有溶液乃至ゲル

溶解した大豆たん白を高濃度に含有し、且つ安定剤の添加やたん白の分解をせずとも、長期の安定性に優れた、たん白を含む酸性の極性溶媒を提供することを課題とする。また、アルコール飲料やアルコールゼリーといったゲル状のたん白含有食品の提供を課題とする。
酸性可溶の大豆たん白を、極性溶媒に溶解状態で含有させることで、大豆たん白が安定剤等の添加によって分散状態にあるのではなく、安定に溶解状態にある溶液乃至ゲル状の極性溶媒が提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸性可溶大豆たん白を溶解状態で極性溶媒中に含有してなる溶液乃至ゲルまたはその乾燥物である。
【背景技術】
【0002】
近年、糖質、プリン体やカロリーを低減したビールや発泡酒類が市場に見られるが、これらはアルコール摂取による健康への悪影響を最小限に抑えたいという消費者の要望に応えたものである。たん白は、肝細胞の再生を促進しアルコール代謝酵素の活性を高めると云われており、飲酒の際に高たん白のおかずを共に摂取することが、悪酔いを避けるのに推奨されている。たん白の供給源としては肉類、乳製品の様な動物性のものと、植物性のものがあるが、代表的植物性たん白である大豆たん白は「畑の肉」とも呼ばれるほど良質のたん白源であり、また血中のコレステロールを低減する効果もある。
【0003】
こうした栄養、健康の面から、たん白を含むアルコール飲料が研究されており、具体的には特許文献1乃至3に開示されている。特許文献1(特開昭55−34034号)では乳酒を作るものとして、特許文献2(特開昭61−177976号)や特許文献3(特開昭61−70970号)では乳たん白を含むアルコール飲料を作るものが記載されている。しかし、これらは動物性の乳たん白を利用したものであり、いずれも白濁しており透明感はない。また、これらの製造工程中でたん白にプロテアーゼを反応させるために苦みが生じやすい欠点もあった。
【0004】
一方、大豆たん白を利用したアルコール飲料としては、特許文献4乃至6に開示されている。特許文献4(特開昭62−15507号)では豆乳発酵酒を作るものが、特許文献5(特開昭61−47178号)には豆乳入りのアルコール飲料を作るものが記載されている。これらは、たん白の溶解性を上げるためにプロテアーゼで分解する必要があり、工程が煩雑であるばかりか苦みが生じてしまう。また、分解をしない場合も酸性でのたん白の沈殿を抑制するために、安定剤を必須とし、飲み口が重く爽快感に乏しい。また、たん白濃度やアルコール濃度が低いものしか得られない。特許文献6(特開2000−139442号)では、安定剤として水溶性ヘミセルロースを使用することで、比較的高アルコール濃度でも安定な酸性の豆乳を含むアルコール飲料が記載されているが、やはり安定剤使用による飲み口の重みが感じられる。このようにこれら豆乳入りのアルコール飲料は、白濁しており透明感はないか、また安定剤を使用しているため喉越しが悪く、爽快感に乏しいものであった。
これら従来の技術は、いずれもたん白自体の極性溶媒中での溶解性を改善するものではないため、白濁したものであり、爽快感乃至爽快感のある透明なアルコール飲料には程遠いものであった。また、これらは安定剤を使用しても長期の安定性に劣り、使用可能なたん白濃度、pH,アルコール含量等が制限されてしまうという問題があった。
【0005】
特許文献7(特開平11−308969)には、酸性の極性溶媒中で大豆たん白を処理することで、たん白の二次構造が変化し、熱可逆性などの新規な機能を発現することが示されている。しかしながら、これは大豆たん白として、分離大豆たん白から7S大豆たん白を調製し、さらにそのβサブユニットを原料として選択する、等実験室的方法にとどまっており、また食品としては多量すぎる酸の量を使用していて、酸味が強すぎ風味を損なっている。
以上のように、透明感があり、安定剤を含まずとも長期の保存にも安定であり、また喉越しの爽やかな、爽快感あるたん白入りのアルコール飲料やアルコール食品などは得られていない。
【0006】
ところで種子貯蔵タンパク質は、古くから溶解性に基づいて、グルテリン、グロブリン、プロラミン、アルブミンの4つに大別される。大豆たん白特に主要な貯蔵大豆たん白はこの分類法によれば、塩水溶液に溶解するグロブリンに属する。この分類で水溶性アルコールに溶解するたん白質はプロラミンと称され、これに属するたん白は、麦類に含まれるグリアジン、ゼイン、ホルディン等が代表的である。これらプロラミンは、アルコールに溶解して、シェラック、ロジン、コーパル、ダンマル、キリンケツなど天然樹脂と同様原料としてエタノール可溶性の可食性ビヒクル層に用いられたり、ワニスなどの塗工用原料として、或いは成形用素材として利用しうる(例えば非特許文献1)が、アルコール濃度の低い水溶液では、白濁する問題があり、また穀物臭味が強い、プロラミンはたん白質としては比較的低分子なので粘性ある溶液を得るには高いたん白質濃度で用いる必要がある、などの使用上の制約があった。
【0007】
【特許文献1】特開昭55−34034号
【特許文献2】特開昭61−177976号
【特許文献3】特開昭61−70970号
【特許文献4】特開昭62−15507号
【特許文献5】特開昭61−47178号
【特許文献6】特開2000−139442号
【特許文献7】特開平11−308969号
【非特許文献1】実開平6−35165号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、大豆たん白を溶解された状態で含むアルコールなどの極性溶媒の溶液またはゲルを得ることを課題とする。副次的には、アルコールなど極性溶媒の共存下、たん白が白濁せず透明感を呈することができること、安定剤不要で喉越し良好、苦味がすくなく、爽快感のあるアルコール性飲食品を得ること、を課題とする。また本発明のゲルは所望により熱可逆性の、あるいはヒートセット性のものを調製するという別の課題をも有する。また、元来グロブリンに属する大豆たん白を、元来極性溶媒に溶けるプロラミンと同様の分野例えば、塗工用や成形用素材に供するという他の副次的課題も有する。プロラミンを用いる場合に比べて、風味がすぐれていること、広いたん白質濃度や広い極性溶媒の濃度で使用できる(使用可能なたん白濃度、pH,アルコール含量等の制限が少ない)こと、従来に比べ容易により厚さが薄く、かつ可撓性に富む素材を得ること、乾燥した脱アルコール品も保存性が優れているなど、本発明によるその他の効果乃至課題は以下の説明の中においても明らかにされる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題に鑑み、酸性可溶の大豆たん白を用いることにより、大豆たん白が安定剤等の添加によって分散状態にあるのではなく、極性溶媒中に溶解状態にある溶液乃至ゲルを得られることを見出した。すなわち本発明は、
1.酸性可溶大豆たん白を用いこれを溶解状態で極性溶媒中に含有してなる溶液乃至ゲル、
2.pHが2.5〜4.8である項1に記載の溶液乃至ゲル、
3.酸性可溶大豆たん白の含有量が0.5〜20重量%である項1に記載の溶液乃至ゲル、
4.飲食品または、塗工用若しくは成形用素材である項1に記載の溶液乃至ゲル、
5.項1に記載の溶液乃至ゲルの乾燥物、
6.塗工品、または成形品である項5に記載の乾燥物。
7.酸性可溶大豆たん白の水溶液を調製し、これを、極性溶媒と混合することを特徴とする酸性可溶大豆たん白含有溶液乃至ゲルの製造法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、大豆たん白を極性溶媒中広い濃度範囲で溶解せしめた状態で含有しうる溶液乃至ゲルを提供するものである。極性溶媒が食用のアルコールである場合、アルコール飲料やアルコールゼリーといったゲル状食品の提供も可能となる。また、本発明は安定剤の添加やたん白の分解をせずとも、長期の安定性に優れた、たん白を含む酸性の溶液、ゲル、またはその乾燥物が提供できる。副次的には安定剤を加えないことにより、喉ごしの爽やかな爽快感のある飲食品が調製できる。また、従来不可能であった、弱酸性域において安定な大豆たん白を含む極性溶媒の作製が可能となり、化粧料、プラスチックなどの工業製品への応用が可能である。更に、高濃度のアルコールやたん白をゲル状で携行できるので、登山等のアウトドアライフに重宝できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明で使用する酸性可溶大豆たん白は、酸性pH領域において溶解率(後述)が55%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは65%以上、さらに好ましくは80%以上のものがよい。またたん白は一般にその等電点より酸性側ではより等電点に近づくほど溶解度が低下するところ、pH4.0のような等電点に近い酸性領域でも上記溶解率を示すものが好適に使用できる。あるいは、0.01〜1%濃度という広範囲ないかなるクエン酸水溶液に対しても溶液に対して1%のたん白質量に相当する大豆たん白を加えて溶解する性質を有するものが好適に用いることができる。
*溶解度:試料1重量%の水溶液を測定pHに調整し、水溶液中の全たん白量と8,000Gで5分間の遠心分離後の上清画分のたん白量をケルダール法で求め、水溶液中の全たん白量に対する上清画分のたん白量の割合として算出した。
【0012】
酸性可溶大豆たん白の製造法は上記性質を有するものなら特に問わないが、例えば大豆たん白質を含む溶液を、該たん白質の等電点のpHより酸性域で、100℃を越える温度で加熱処理することで、pH4.0以下での溶解率が60%以上の酸性可溶大豆たん白を得ることができる。また、WO2002/67690号公報に公開されている製造法は本発明に好適に利用できる。特に、大豆たん白質を含む溶液について、酸性域における大豆たん白質粒子のプラスの表面電荷を増加させる処理、すなわち詳細には(A)該溶液中の原料たん白質由来のフィチン酸のようなポリアニオン物質を除去するか不活性化する処理、例えば大豆中のフィチン酸をフィターゼ等で分解する処理、(B)該溶液中にキトサンのようなポリカチオン物質を添加する処理、あるいは(A)又は(B)両方の処理を行うことが推奨される。かかる処理により、大豆たん白質の酸性下における溶解率を高め、酸性下における凝集を防ぐことができ、保存中における沈殿も抑制することができる。このプラスの表面電荷増加処理を行った後に該たん白質の等電点のpHより酸性域で、100℃を越える温度で該たん白質溶液を加熱処理するとなお好ましい。これにより、より酸性下での溶解率および透明性が高く、保存中の沈殿の少ない酸性可溶大豆たん白を得ることができ、ひいては酸性の極性溶媒中での溶解性に優れた原料として使用できるのである。
【0013】
ここで酸性可溶大豆たん白の原料である大豆たん白は、豆乳(全脂、脱脂を問わない。以下同じ。)、豆乳を酸性で沈殿させて得たカード状物、分離大豆たん白、大豆粉、または大豆磨砕物等、を必要により加水して適宜選択して用いることができるが、溶液乃至ゲルの透明性の点では脱脂された原料であるのがより好ましい。
【0014】
本発明における極性溶媒は水に混和するものであればいずれであっても構わない。例として、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、ブタノールなどのアルコール類、或いはビール、清酒、焼酎、ワイン、蒸留酒などの食用アルコール、アセトン、アセトニトリルなどの非アルコール性極性溶媒を使用することが出来る。但し、食品に使用する場合は風味への影響や食品衛生・安全などの点からエタノールや上記食用アルコール類が好ましい。
【0015】
たん白が安定に溶解することのできる極性溶媒の濃度範囲は、極性溶媒の親水性によって多少異なり一律には規定できないが、概ね1〜90重量%の範囲内で用いられ、従い通常含水の極性溶媒として使用される。含水溶液中の極性溶媒の濃度が1%に満たない場合には、本発明の意味がなくなってしまう。また、極性溶媒の濃度が高すぎるとたん白が凝集、沈殿してしまうので好ましくない。エタノールの様に比較的親水性の高いものでは、たん白濃度にも依るが総じて濃度は上述の広い範囲で使用することができる。エタノールを例にとると、濃度が1〜90%の含水エタノールで用いることができ,この範囲は透明性があり且つたん白が凝集沈殿を起こしにくいので好ましい。一方、ブタノールのように親水性の低いものであれば、概ね1〜30重量%の濃度範囲の含水ブタノールでの使用が可能である。
【0016】
市販のビール、清酒、焼酎、ワイン、蒸留酒などは、アルコール以外にポリフェノールや塩類、タンニン等の微量成分が含まれるが、これらは酸性可溶大豆たん白と反応し極性溶媒のゲル化を促進する。しかしこれら食用アルコールもたん白濃度、pH等を調整することで、希釈せずとも用いることができ、形態も溶液乃至ゲル状まで調整可能である。
【0017】
酸性可溶大豆たん白の極性溶媒溶液乃至ゲル中の濃度は、極性溶媒の種類や濃度、pH、さらには目的とする形態に応じて、0.1〜30重量%の範囲内で最適化される。通常0.5〜20重量%、より好ましくは1〜15重量%の範囲が、極性溶媒溶液乃至ゲルを調製する際の増粘が抑えられ作業性がよく、大豆たん白含有の目的に適う。ところで大豆たん白はプロラミンに比べて概して高分子であり、したがってより小さい濃度すなわち溶液中数%以下でもプロラミン10から20%と同程度の粘度にすることができるので、例えば可食性ビヒクル層の粘度調整剤として親水性微粉末の分散を容易に保つことができ、薄くかつボイドなく塗工乃至製膜するのに適性がある。
【0018】
本発明における極性溶媒のpHは、食品用途の場合はpH2.0〜4.8、好ましくはpH2.5〜4.5、より好ましくはpH2.5〜4.3の範囲であれば、pH調整が容易であり、且つ酸による刺激が強すぎず好ましい。ただし、非食品用途の場合にはこの限りではない。また、pHの調整に使用する酸としては特に制限はなく、塩酸、りん酸、硫酸などの鉱酸や、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸などの各種有機酸が例示されるが、食品用途の場合にはりん酸や有機酸の使用が好ましい。
【0019】
本発明における酸性可溶大豆たん白を含む極性溶媒の溶液乃至ゲルは、酸性可溶大豆たん白を最終的に溶解状態にできれば、特にその製造法は問わない。極性溶媒と粉末状の酸性可溶大豆たん白を直接混合してもよい(ただし、極性溶媒のpHを予め酸性にしておくとたん白が溶解し易く作業性が良い。)し、極性溶媒を予め調製した大豆たん白の酸性水性溶液とを混合してもよい。しかし水溶液中の極性溶媒の濃度が高い場合、酸性可溶大豆たん白といえども、溶解しにくい場合があるので大豆たん白の水性溶液を予め調製してから高濃度の極性溶媒と混合するのが概して好ましい。ここで水性溶液は、たん白が溶解できる限りはその種類を問わず、単なる水であってもまたすでに酸性に調整した水であってもよいし、果汁、野菜汁等であってもよい。
【0020】
本発明における酸性可溶大豆たん白を含む極性溶媒の溶液乃至ゲルは、アルコール飲料やアルコールゼリーといった用途の他に、たん白の被膜性を利用した各種フィルムやコーティングにも使用できる。すなわち飲食品であるにとどまらず、塗工用、または成形用素材であることができる。
ここで、本発明における酸性大豆たん白を含む極性溶媒の溶液乃至ゲルは、極性溶媒の濃度がある程度以上であることにより自体素材としての保存性に優れている(エタノールの場合その10%以上の水溶液にするとよい)ほか、単に酸性大豆たん白を水に溶解した水溶液の場合よりも、塗布する際の展延性が良く、また塗布後の乾燥時間が短縮できる等のメリットがある。逆に極性溶媒の濃度がある程度より少なくすることにより、生産現場の安全性を高めることができる(例えば、エタノール濃度60%未満にすると消防法の危険物としての取扱いも厳しさが緩和される)が、かかる低いエタノール濃度であっても、酸性可溶大豆たん白は溶解状態を保つことができる。また低いアルコール濃度で蛋白質が溶解性を保てることはアルコール飲料を果汁などの割り剤で自由に割れる利点がある。
【0021】
飲食品であるときは、極性溶媒溶液中に、上述の酸性可溶大豆たん白及び極性溶媒以外にも、目的に応じて、油脂、各種ビタミン、ミネラル類、香料、色素、更には炭酸ガス等、任意の食品素材を含むことができる。また酸性可溶大豆たん白が喫食時に呈しうる渋味を防ぐのに、水溶性多糖類、塩基性塩類、塩基性単糖又は塩基性オリゴ糖類から選択された塩類や糖類を含むことができる。水溶性多糖類は、例を挙げれば、水溶性大豆多糖類、アラビアガム、トラガントガム、ローカストビーンガム、グアーガム、グルコマンナン、サイリウムシードガム、タマリンド種子ガム、タラガム、アルギン酸、カラギーナン、寒天、ファーセルラン、ペクチン、カードラン、キサンタンガム、ジェランガム、プルラン、ポリデキストロース、難消化性デキストリン、グアーガム分解物、サイリウム種皮、低分子アルギン酸ナトリウム、イヌリン、或いはエステル化、酵素変性、酸化・酸処理、アルファー化等で化工された食品用途で用いられる化工澱粉等がある。これら水溶性多糖類は、増粘剤、安定剤、或いは食物繊維等として食品に使用されている公知のものを用いることができ、植物系、動物系、微生物系、化学修飾されたもの等のいずれであってもよい。
【0022】
これら酸性可溶大豆たん白を含む極性溶媒を塗工用、または成形用素材として用い、フィルム・コーティング物・プラスチック様成形物を製造する場合には、それらに公知の物質と共存させることができる。例えば従来大豆たん白フィルムを製造するのに公知の、可塑剤乃至湿潤剤、油脂、糖類、乳化剤、色素、調味料、他種たん白等の公知の原料の他、ビヒクルの材料として公知のシェラック、ロジン、コーパル、ダンマル、キリンケツといった天然樹脂、グリアジン、ゼイン、ホルディン等のプロラミン、さらには、各種セルロース類や、重合した高分子物、たとえば、アセチルセルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリ酢酸ビニル等も極性溶媒中に共存して含むことができる。またビヒクルとして共用される可食性色素、発色剤、香料、調味料、保存料などと共存させることができる。塗工または成形は、公知の方法で行うことができ、通常乾燥工程を経て、塗工品、または成形品を得ることができる。この塗工品、または成形品は、天然由来の大豆たん白が原料なので、生分解性や可食性などをフィルム・コーティング物・プラスチック様成形物に容易に付与することができる。
【0023】
本発明における酸性可溶大豆たん白を含む極性溶媒は、その形態がゲルのとき、熱可逆性を有するものが得られる。たん白粒子が相互作用によりネットワークを形成した構造物であるゲルに熱が加わると、そのネットワークが壊れ、溶液乃至ゾル状に変化し、これを冷却すると再びゲルに戻る。しかし本発明における極性溶媒は、酸性可溶大豆たん白を用いることで、たん白濃度を高くすることができ、たん白濃度が高い場合、たん白粒子どうしが疎水的結合で強固なネットワークを作り、熱可逆性が抑制される場合もある。pHや極性溶媒の濃度等によっても変わるが、たん白濃度が高くなると、熱可逆性が抑制され加熱耐性のあるゲルとなる。概ね8重量%以上のたん白濃度のゲルは、加熱耐性が顕著である。
【0024】
以下、この発明の実施例を示すが、本発明がこれらによってその技術範囲が限定されるものではない。また、特に断りのない限り%は重量%を指す。
【0025】
<製造例>
大豆を圧扁し、n-ヘキサンを抽出溶媒として油を抽出分離除去して得られた低変性脱脂大豆(窒素可溶指数(NSI):91)5kgに35kgの水を加え、希水酸化ナトリウム溶液でpH7に調整し、室温で1時間攪拌しながら抽出後、4,000Gで遠心分離しオカラおよび不溶分を分離し、脱脂豆乳を得た。この脱脂豆乳をリン酸にてpH4.5に調整後、連続式遠心分離機(デカンター)を用い2,000Gで遠心分離し、不溶性画分(酸沈殿カード)および可溶性画分(ホエー)を得た。酸沈殿カードを固形分10重量%になるように加水し酸沈殿カードスラリーを得た。これをクエン酸でpH4.0に調整後、40℃になるように加温した。この溶液に固形分あたり8unit相当のフィターゼ(NOVO社製)を加え、30分間酵素作用を行った(フィチン酸含量0.04重量%/固形分、TCA可溶化率は実質的に変化なし)。反応後、pH3.5に調整して連続式直接加熱殺菌装置にて120℃7秒間加熱した。これを噴霧乾燥し酸性可溶大豆たん白粉末1.5kgを得た。このたん白の溶解率はpH4.0で90%であった。また、0.01〜1%濃度という広範囲ないかなるクエン酸水溶液に対しても溶液に対して1%のたん白質量に相当する大豆たん白を加えて溶解する性質を有していた。
【0026】
<比較製造例>
大豆を圧扁し、n-ヘキサンを抽出溶媒として油を抽出分離除去して得られた低変性脱脂大豆(窒素可溶指数(NSI):91)5kgに35kgの水を加え、希水酸化ナトリウム溶液でpH7に調整し、室温で1時間攪拌しながら抽出後、4,000Gで遠心分離しオカラおよび不溶分を分離し、脱脂豆乳を得た。この脱脂豆乳をリン酸にてpH4.5に調整後、連続式遠心分離機(デカンター)を用い2,000Gで遠心分離し、不溶性画分(酸沈殿カード)および可溶性画分(ホエー)を得た。酸沈殿カードを固形分10重量%になるように加水し酸沈殿カードスラリーを得た。これを再度水に分散しpHを7.0に調整して連続式直接加熱殺菌装置にて120℃7秒間加熱した。これを噴霧乾燥し分離大豆たん白1.5kgを得た。このたん白の溶解率はpH4.0で5%であった。また、約0.1%濃度のクエン酸水溶液に対しても1%のたん白質量に相当する大豆たん白を加えると凝集を生じた。
【実施例1】
【0027】
製造例で得た酸性可溶大豆たん白を、たん白濃度2%、各pHで濃度の異なるエタノール水溶液と混合した結果を表1に示す。表に示す様にpH4.5以下で透明感を有する、アルコール濃度20〜90重量%の広い範囲において、凝集物の認められないたん白含有アルコールを調製することができた。また、pH、アルコール濃度の条件によって、たん白含有の溶液乃至ゲル状のアルコールを得ることができた。表中の記号の意味は、○:溶解、●:ゲル化、×:不溶、である(以下同じ)。
【0028】
<表1>

【実施例2】
【0029】
製造例で得た酸性可溶大豆たん白を、pH3.2で各たん白濃度、種々のエタノール水溶液と混合した結果を表2に示す。表に示すように、たん白濃度2〜14重量%、アルコール濃度10〜60重量%の広い範囲において、凝集物の認められないたん白含有アルコールを調製することができた。また、pH、アルコール濃度の条件によって、たん白含有の溶液乃至ゲル状のアルコールを得ることができた。
【0030】
<表2>

【実施例3】
【0031】
実施例1のエタノールをアセトンに変更した他は、同じ方法にてたん白を含有した極性溶媒を調製した。結果を表3に示す。
【0032】
<表3>

<比較例>
【0033】
酸性可溶大豆たん白を、比較製造例で得られた分離大豆たん白に変更した他は、実施例1と同じ方法にてたん白含有アルコールを調製した。結果を表4に示す。表に示すように通常の分離大豆たん白を使用した場合は、pHをかなり低くしないとたん白が溶解せず、酸性可溶大豆たん白では溶解している条件であっても、凝集していた。
【0034】
<表4>

【実施例4】
【0035】
大豆たん白含有ワイン飲料
市販の白ワインに20%となるようにグラニュー糖を添加し、これに製造例の酸性可溶大豆たん白を5%となるように添加した。このときのpHは3.1であった。これを加熱殺菌して大豆たん白含有ワイン飲料を得た。得られた大豆たん白含有ワイン飲料は、透明感があり、爽快な飲み口であった。
【実施例5】
【0036】
大豆たん白含有バーボンゼリー
市販のバーボンに20%となるようにグラニュー糖を添加し、これに製造例の酸性可溶大豆たん白を5%となるように添加した。更に、クエン酸でpHを3.2に調整し、これを加熱殺菌して、放冷することにより、大豆たん白含有バーボンゼリーを得た。得られた大豆たん白含有バーボンゼリーは、透明感ある食感及び風味の良好なゼリーであった。
【実施例6】
【0037】
大豆たん白入りブランデーゼリー含有チョコレート
市販のブランデーに23%となるようにグラニュー糖を添加し、これに製造例の酸性可溶大豆たん白を9%となるように添加した。これをクエン酸でpHを3.0に調整し、これを加熱して、大豆たん白含有ブランデーゼリーを得た。更に、このゼリーを溶解したチョコレート液でコーティングし、大豆たん白入りブランデーゼリー含有チョコレートを作製した。得られたチョコレートは、固いチョコレート層の内部に柔らかな食感のゼリー層を含んだ、風味良好な新規な食感のチョコレートであった。
【実施例7】
【0038】
製造例で得た酸性可溶大豆たん白3%、エタノール濃度50%、pH3.5である極性溶媒水溶液Aを調製した。別途ゼイン(「昭和ツェインDP」)3%、エタノール濃度50%、pH3.5である極性溶媒水溶液Bを調製した。極性溶媒水溶液Aと極性溶媒水溶液Bとは、両者を1:9〜9:1の任意の比率で混合したが、両液中のたん白は溶解状態を保っており、両たん白は相溶性があった。
【0039】
製造例で得た酸性可溶大豆たん白1、2、3または4%、エタノール濃度50%、pH3.5である極性溶媒水溶液を調製したところ粘度は7mPas,12mPas,65mPas,750mPasであった。別途ゼイン(「昭和ツェインDP」)10または20%、エタノール濃度50%、pH3.5である極性溶媒水溶液も調製したところ粘度は15mPas,53mPasであった。酸性可溶大豆たん白3%の溶液の粘度はゼイン20%の粘度にほぼ匹敵した。なお、粘度はエー・アンド・デイ社製の振動式粘度計「CJV−5000」で常温にて測定した。
また酸性可溶大豆たん白4%、エタノール濃度50%、pH3.5である極性溶媒水溶液については70℃に昇温したところゾル化しその温度での粘度は35mPasであった。このゾルを5℃に冷却したところゲル化し1000mPas以上となった。
【0040】
製造例で得た酸性可溶大豆たん白3%、エタノール濃度50%、pH3.5である極性溶媒水溶液を、1辺1cmの立方体のチョコレートに刷毛で塗布したところ、ボイドなく塗布できた。また、製造例で得た酸性可溶大豆たん白1%、エタノール濃度87.5%、pH3.0である極性溶媒水溶液を、同じく1cmの立方体のチョコレートに刷毛で塗布したところ、ボイドなく塗布でき、かつ常温で短時間の内に乾燥し、やはりボイドのない皮膜が形成された。別途ゼイン(「昭和ツェインDP」)20%、エタノール濃度70%、pH3.5である極性溶媒水溶液をも調製したところ同じチョコレートに塗布したが、上記酸性可溶大豆たん白を塗布した厚さより厚いものであった。
【実施例8】
【0041】
製造例の酸性可溶大豆たん白100部、グリセリン40部、及び20%エタノール560部をサイレントカッターで混合し、次いで真空脱泡した後、「テフロン」(登録商標)シート上に塗布し、110℃の乾燥機中で乾燥した後、テフロンシートから皮膜を剥離し、皮膜Aを得た。20%エタノールを水に変更した他は同じ方法にて皮膜Bを作製した。皮膜A調製における、乾燥時間は短時間で済み、かつ可撓性に富むものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性可溶大豆たん白を用いこれを溶解状態で極性溶媒中に含有してなる溶液乃至ゲル。
【請求項2】
pHが2.5〜4.8である請求項1に記載の溶液乃至ゲル。
【請求項3】
酸性可溶大豆たん白の含有量が0.5〜20重量%である請求項1に記載の溶液乃至ゲル。
【請求項4】
飲食品、または塗工用若しくは成形用素材である請求項1に記載の溶液乃至ゲル。
【請求項5】
請求項1に記載の溶液乃至ゲルの乾燥物。
【請求項6】
塗工品、または成形品である請求項5に記載の乾燥物。
【請求項7】
酸性可溶大豆たん白の水溶液を調製し、これを、極性溶媒と混合することを特徴とする酸性可溶大豆たん白含有溶液乃至ゲルの製造法。


【国際公開番号】WO2005/082156
【国際公開日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【発行日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−510506(P2006−510506)
【国際出願番号】PCT/JP2005/003332
【国際出願日】平成17年2月28日(2005.2.28)
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)
【Fターム(参考)】