説明

大豆アレルギー免疫寛容誘導剤

【課題】免疫寛容を誘導できるT細胞反応性を有し、ヒトにおいて大豆アレルギーの治療および予防に供することのできる免疫寛容誘導剤を提供する
【解決手段】本発明に開示される免疫寛容誘導剤は、ダイズの種子成分を含有する発酵原料を納豆菌によって発酵して得られるペプチド画分を有効成分として含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大豆アレルギーの治療及び予防に有効な免疫寛容誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生体には、外来の異物(抗原)を排除するための免疫反応が備わっており、病原菌の進入などから生体を保護している。免疫反応は、環境や遺伝、過剰な暴露に起因して特定の抗原に過剰に反応してアレルギー反応を引き起こすことがあり、こうしたアレルギー反応を引き起こす抗原はアレルゲンと呼ばれている。重度のアレルギー反応は、アナフィラキシーショックを引き起こし、死に至る場合もある。一方、異物であっても免疫反応を示さない場合があり、これを免疫寛容と呼んでいる。特に、口から摂取して腸管から吸収された抗原に関しては、アレルギー反応性が著しく低下することが知られており、これを経口免疫寛容と呼んでいる。経口免疫寛容は、リンパ球中のT細胞が抗原の一部に反応し、T細胞がアポトーシスを起こしてリンパ球が幼若化するとともに、IgE抗体を生産するリンパ球中のB細胞の反応性が低下することで誘導されることが知られている。
【0003】
近年、小児において、大豆や牛乳に対する食物アレルギーの発症例が増加傾向にある。そこで、経口免疫寛容を利用して、小児における大豆アレルギーや牛乳アレルギーの治療及び予防する方法が提案されている(非特許文献1)。また、特許文献1には、牛乳アレルギーの主たるアレルゲンであるβ−ラクトグロブリンのアミノ酸配列を網羅した合成ペプチドを用いて、免疫寛容を誘導する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−195618号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】森田秀行、金子英雄、大西秀典、近藤應、松井永子、深尾敏幸、近藤直実,日本小児アレルギー学会誌,2008年,第22巻2号,233〜238頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願発明者らは、小児における牛乳アレルギーと大豆アレルギーの治療と予防を供するために、免疫寛容を誘導する組成物(免疫寛容誘導剤)を得るため、鋭意研究開発に励んでいる。上述したように、免疫寛容を誘導するには、T細胞と抗原を反応させてリンパ球を幼若化する必要がある。一方で、アレルギー患者に、このような抗原をそのまま口から摂取させると、アレルギー反応を発症し、アナフィラキシー等の重篤な症状を引き起こす可能性がある。そのため、T細胞反応性を有しながら、アレルギー反応性のない免疫寛容誘導剤が求められている。
しかし、非特許文献1では、大豆の主たるアレルゲンであるP34タンパク質の中核となる抗原の一部(エプトープ)が解析されたものの、アレルギー反応を引き起こさずにT細胞反応性を有する組成物を得るには至っていない。さらに、小児を対象に経口免疫寛容を誘導する場合に、薬品や化学合成したペプチドを用いることに対しては安全性に問題があるうえに非常に高価になってしまうという欠点がある。また、特許文献1には、牛乳アレルギーに対する免疫寛容誘導剤が得られたものの、大豆アレルギーの治療および予防に有効な組成物は得られていない。また、同様の方法で大豆アレルギーに有効な組成物が得られるわけでもない。そこで、大豆アレルギーに対してT細胞反応性を有し、かつアレルギー反応性がなく、経口免疫寛容を誘導できる免疫寛容誘導剤の開発が望まれていた。
【0007】
本明細書の開示は、上記した実情に鑑みてなされたものであり、免疫寛容を誘導できるT細胞反応性を有するとともにアレルギー反応性を有しない、ヒトにおいて大豆アレルギーの治療および予防に供することのできる免疫寛容誘導剤を提供することを目的とする。また、本明細書の開示の他の一つの目的は、小児が経口摂取可能な免疫寛容誘導食品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、納豆、すなわち、水熱処理した大豆を納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)で発酵した発酵産物がT細胞反応性を有することを見出した。また、納豆は、大豆アレルギー反応性を有しないことがわかっている。本発明者らは、これらの知見に基づき、本発明を完成した。本明細書の開示によれば、以下の手段が提供される。
【0009】
本明細書の開示によれば、ダイズの種子成分を含有する発酵原料を納豆菌によって発酵して得られるペプチド画分を有効成分として含有する、大豆アレルギー免疫寛容誘導剤が提供される。前記ペプチド画分は、10kD以下の分子量のペプチド画分を主成分とするものであってもよい。また、前記発酵原料は、水熱処理されたダイズの種子であることが好ましい。さらに、前記発酵原料を前記納豆菌で発酵して得られる発酵産物の乾燥粉末を有効成分としてもよい。
【0010】
また、本明細書の開示によれば、上記の大豆アレルギー免疫寛容誘導剤を含有するフィリングと、前記フィリングの少なくとも一部を覆う外皮と、を備える、大豆アレルギー寛容誘導経口製剤が提供される。
【0011】
さらに、本明細書の開示によれば、上記の大豆アレルギー免疫寛容誘導剤の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の組成物のタンパク質成分を示す図である。
【図2】本発明の組成物とP34抗体のウェスタンブロッティングの結果を示す図である。
【図3】本発明の組成物のアレルギー反応性を示す図である。
【図4】本発明の組成物のT細胞反応性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の開示は、大豆アレルギーの治療及び予防に有効な免疫寛容誘導剤及び当該誘導剤を含む経口製剤に関する。本発明に開示される大豆アレルギー免疫寛容誘導剤は、ダイズの種子成分を含む発酵原料の納豆菌による発酵産物に含まれるペプチド画分を有効成分として含有する。これにより、B細胞反応性を消失又は低減されつつ、T細胞反応性を発揮できる。このペプチド画分を大豆アレルギー患者に投与することで、大豆アレルギー患者において、アレルギー反応を生じさせることなく免疫寛容応答を誘導することができる。また、本明細書に開示される大豆アレルギー免疫寛容誘導剤は、食用であるダイズの種子成分を含有する発酵原料と納豆菌とを用いて得られる、日本古来の発酵食品を利用するものであるため、安全に経口摂取することができる。
【0014】
さらに、本明細書に開示される大豆アレルギー免疫寛容誘導剤を含有するフィリングと、前記フィリングの少なくとも一部を覆う外皮とを備える疫寛容誘導経口製剤によれば、当該経口製剤を摂取することによって、大豆アレルギーに対する免疫寛容を誘導することができる。さらに、本経口製剤によれば、免疫寛容誘導剤は外皮でその少なくとも一部が覆われるフィリングに含まれているため、納豆由来の風味や粘り気を低減させることができる。したがって、本明細書に開示される経口製剤は、納豆特有の粘り気や風味が苦手な患者や小児でも、嗜好性がよくなり、苦痛なく摂取することができる。
【0015】
また、本発明の開示は、大豆アレルギーの治療及び予防に有効な免疫寛容誘導剤の製造方法に関する。本発明に開示される大豆アレルギー免疫寛容誘導剤の製造方法は、ダイズの種子成分を含む発酵原料の納豆菌による発酵工程を有している。この発酵工程によって、ダイズの種子成分を含む発酵原料から、免疫寛容応答を誘導することができるペプチド画分を得ることができる。さらに、本製造方法は、化学薬品等の薬剤を用いずにペプチド画分を製造することができるため、安全に経口摂取可能な免疫寛容誘導剤を製造することができる。
【0016】
以下、本発明の実施形態につき、詳細に説明する。
【0017】
(大豆アレルギー免疫寛容誘導剤)
本明細書に開示される大豆アレルギー免疫寛容誘導剤は、ダイズの種子成分を含有する発酵原料を納豆菌によって発酵して得られるペプチド画分を有効成分として含有することができる。発酵原料は、マメ科の一年草であるダイズ(Glycine max)の種子の成分を含有している。種子は、成熟種子でも未熟種子でもよいが、好ましくは成熟種子である。ダイズの種子成分としては、少なくともそのタンパク質画分を含むことが好ましい。タンパク質が納豆菌による発酵により加水分解されて有効成分の少なくとも一部を構成するからである。
【0018】
発酵原料としては、納豆菌による発酵により、B細胞反応性が消失又は低減され、T細胞反応性を発揮できる産物が得られればよく、特に限定されない。例えば、生の種子及びその粉末(乾燥)、乾燥種子及びその粉末、炒り豆及びその粉末(きな粉)、いわゆる煮豆又は蒸豆などの水熱処理された種子、水に浸漬処理された種子、いわゆる豆乳である水熱処理種子由来の液状体等が挙げられる。発酵原料としては、好ましくは、水熱処理されていることが好ましい。水熱処理されることで、納豆菌が増殖しやすく、また、タンパク質の加水分解も進行しやすくなっているからである。また、発酵原料の前処理工程、発酵工程、発酵後の加工工程等を考慮すると、水熱処理されているが粉砕や固液分離などされていないで種子の原型あるいは荒く粉砕した形態を備えた状態で種子を含有することが好ましい。典型的には、水熱処理された種子(好ましくは成熟種子)を発酵原料とする。
【0019】
納豆菌は、Bacillus subtilis var. nattoに属するものであればよく、特に限定されない。納豆菌としては、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0020】
発酵原料を納豆菌によって発酵するには、発酵原料に納豆菌を供給し、用いる納豆菌に適度な酸素、温度、水分等の増殖条件を付与すればよい。用いる発酵原料の種類によっても相違するが、例えば、水熱処理された成熟種子を発酵原料として用いる場合には、納豆菌を供給し、酸素供給下、35℃〜45℃程度で、20時間〜30時間程度でいわゆる発酵産物としての納豆を得ることができる。
【0021】
もっとも典型的な発酵産物はいわゆる納豆である。食品として生産される納豆には各種存在し、特にその発酵原料であるダイズ種子の大きさが異なる。本明細書に開示される免疫寛容誘導剤は、こうした種子の大きさに関わらず納豆を有効成分又は有効成分源として用いることができる。
【0022】
本明細書に開示される免疫寛容誘導剤の有効成分は、発酵原料を納豆菌で発酵して得られるペプチド画分である。有効成分は、後述するような分画を得られ、かつB細胞反応性が消失又は低減されており、T細胞反応性を発揮できる限り、発酵原料を納豆菌由来のプロテアーゼ組成物と反応させることによって得られたペプチド画分であってもよい。このペプチド画分は発酵産物に含まれている。発酵産物は、発酵原料の形態によって異なる、水熱処理された種子を発酵原料とした場合には、固形種子を含み、豆乳等を利用した場合には液状体となる。ペプチド画分としては、こうした発酵産物をそのまま、あるいは必要に応じて加工して用いることができる。通常は、粉砕、乾燥等を処理が行われる。好ましくは、納豆などの発酵産物をそのまま有効成分とする場合には、乾燥及び粉砕を行って粉末とすることが好ましい。乾燥工程や粉砕工程は、公知の手法を適用することができる。こうした粉末は、納豆特有の粘り気や匂いが低減されており、経口摂取に適したものとなっている。
【0023】
有効成分たるペプチド画分は、発酵産物から当該画分を抽出して取得されたものであってもよい。ペプチド画分の抽出にあたっては、当業者において公知のタンパク質の精製法を採用することができる。ペプチド画分としては、30kDa以下のペプチド画分を主体とすることができる。大豆アレルギーの原因となる34kDaのタンパク質が除去されることになるため、確実に、B細胞反応性を消失又は低減させることができる。また、こうした画分においては、B細胞反応性が低減又は抑制される一方、T細胞反応性を発揮しやすいからである。なお、本明細書において、低分子化されたタンパク質を単にペプチドと呼ぶが、分子量は特に限定されない。好ましくは、20kDa以下のペプチド画分を主体とすることができる。通常の納豆において得られる可溶性タンパク質は20kDa以下の画分に含まれている。より好ましくは、10kDa以下のペプチド画分を主体とする。こうしたサイズ分画は、ゲルろ過クロマトグラフィー等を用いて行うことができる。また、好ましくは、精製した発酵産物中に含まれる10kDa以下のペプチド画分は、60%以上とすることができる。より好ましくは、精製した発酵産物中に含まれる10kDa以下のペプチド画分は、80%以上とすることができる。
【0024】
こうして得られた有効成分につき、B細胞反応性が消失又は低減されていること及びT細胞反応性を発揮できることは、本明細書の実施例において開示される方法等で確認することができる。
【0025】
以上説明したように、本明細書に開示される大豆アレルギー免疫寛容誘導剤は、B細胞反応性が消失又は低減されていること及びT細胞反応性を発揮する有効成分を含有することができる。したがって、本明細書の開示によれば、安全でかつ有効な大豆アレルギー免寛容誘導剤を提供することができる。
【0026】
本明細書に開示される免疫寛容誘導剤は、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、粉剤、溶液剤など所望する剤型に製剤化して経口投与剤として経口免疫寛容誘導及び/またはそのための補助的処置として用いることができる。本発明に係る分解ペプチド組成物は、本来食品として用いることができるものであるため安全性に問題は無く、その用量も適宜で良い。
【0027】
(大豆アレルギー免疫寛容誘導経口製剤)
本明細書に開示される大豆アレルギー免疫寛容誘導経口製剤は、本明細書に開示される大豆アレルギー免疫寛容誘導剤を含有するフィリングと、前記フィリングの少なくとも一部を覆う外皮と、を備える、ことができる。本明細書に開示される経口製剤は、フィリングと外皮とを構成要素とする簡易なものとすることができる。好ましくは、カプセル剤のような製剤ではなく、口腔内で咀嚼し嚥下することを意図した製剤として構成される。また、幼児や小児への適用を考慮して、例えば、彼らの手によって把持し取り扱い容易な程度の大きさとすることが好ましい。例えば、幼児用の菓子を模した大きさ及び形態を備えていることが好ましい。そして、必要な投与量を確保するための形態も特に問わない。咀嚼及び嚥下を前提とする場合、必要量を複数の製剤でまかなってもよいが、比較的大きな製剤として繰り返しの口腔内に投入し、咀嚼・嚥下を繰り返して必要量をまかなってもよい。したがって、本経口製剤は、フィリングを有するクッキー、ビスケット、マシュマロ、パイ、パン、ケーキ、せんべい、大福、もなかを模したあるいはこれらに類した形態を取ることができる。
【0028】
フィリングは、免疫寛容誘導剤を含有する組成物として調製される。幼児や小児への適用を考慮すると、フィリングは固形でかつ適度な柔らかさを有することが好ましい。こうしたフィリングとしては、例えば、クッキー、ビスケット、マシュマロ、パイ、パン、ケーキ、せんべい、大福、もなか等において用いられる菓子のフィリングのようなクリーム状組成物が挙げられる。こうしたクリーム状組成物であれば、幼児や小児も容易に摂取できる。クリーム状のフィリングは、適当な油脂、小麦粉、餅米粉、米粉等の穀粉、乳成分や卵由来のタンパク質、多糖類、糖類等を必要に応じて混合して調製することができる。なお、いずれも、免疫寛容誘導剤として許容できる成分が用いられる。すなわち、少なくとも大豆アレルギーを引き起こす成分が実質的に含まれていないように調製される。免疫寛容誘導剤がフィリングに含有されていることで、特有の風味を免疫寛容誘導剤が有する場合であっても、効果的にその風味がマスキングされる。特に、納豆粉末等を有効成分に有効である。
【0029】
外皮は、免疫寛容誘導剤として許容できる成分で構成されていれば足り、その形状や大きさ、フィリングの被覆形態は特に限定されない。好ましくは、クリーム状のフィリングを覆いやすいものである。典型的には、フィリングを有するクッキー、ビスケット、マシュマロ、パイ、パン、ケーキ、せんべい、大福、もなか等における外皮状部分を外皮として用いることができる。
【0030】
外皮は、フィリングの少なくとも一部を覆っていればよい。外皮の存在により、免疫寛容誘導剤の風味のマスキングや良好な取り扱い性を確保できる。外皮は、好ましくは、フィリングの外表面の半分以上を覆っている。こうすることで、マスキング効果や経口摂取性も向上される。より好ましくは、フィリングの外表面のおおよそ全体が外皮によって覆われている。こうすることで、一層マスキング効果と経口摂取性を向上させることができる。
【0031】
本経口製剤は、免疫寛容誘導剤として許容できる限り、食塩、甘味料、着色料等の調味料を含んでもよい。こうした各種の調味料を含む画分は当業者であれば適宜公知技術を参照して取得することができる。
【0032】
本明細書に開示される免疫寛容誘導経口製剤は、このほか、清涼飲料水、ミネラルウォーター、茶などの各種飲料、または育児用調製粉乳、ゼリー、口腔清涼菓子などの食品とともに自由に使用することができる。さらに、本免疫寛容誘導剤は、ペプチドであるために耐熱性等の加工特性に優れている。したがって、製剤の調製にあたり加熱処理を伴う経口製剤にも適用することができる。
【実施例1】
【0033】
(市販の納豆から抽出して得られた納豆抽出物におけるアレルギー反応性及び免疫寛容誘導性の評価)
【0034】
(1)タンパク質の組成の確認
まず、納豆から可溶性タンパク質を抽出し、この抽出物中のタンパク質の成分(分子サイズ)を、ウェスタンブロッティングを用いて分析した。納豆の可溶性タンパク質の抽出方法として、まず納豆をすり鉢ですりつぶしたものを、4%−SDSと、20mM-メルカプトエタノールを含んだ125mM−リン酸バッファ(pH6.8)に溶解した。この溶解液を、ガーゼを通して濾過したのち、濾過液を20000×gで30分遠心し、上清のみを抽出した。さらにこの上清をリン酸バッファで透析してSDSを除去し、納豆抽出物を得た。また、タンパク質成分の比較対象として、納豆の原料である大豆と、大豆から作られている豆腐のそれぞれからタンパク質を抽出したものを用いて、同様にウェスタンブロッティングを用いて分析した。結果を図1(a)に示す。図1(a)に示すように、大豆抽出物と豆腐抽出物からP34タンパク質が検出された。一方、納豆抽出物の可溶性タンパク質は10kDa以下のバンドに局在して検出されたが、P34タンパク質は検出されなかった。すなわち、納豆では大豆アレルギーの原因となるP34タンパク質がもはや存在せず、10kDa以下に低分子化されていることが示された。
【0035】
また、納豆の種類ごとにタンパク質成分の違いがみられるかどうかを検証した。市販の納豆から、極小粒納豆と、大粒納豆、2種類の中粒納豆の、4種類を選択し、これらにつき、可溶性タンパク質を抽出し、ウェスタンブロッティングを用いて分析した。結果を図1(b)に示す。図1(b)に示すように、いずれの納豆抽出物においても10kDa以下にバンドが検出され、P34タンパク質は検出されなかった。このことから、納豆の種類によってタンパク質組成に大きな違いは認められないことがわかった。
【0036】
(2)B細胞反応性の評価
次いで、納豆抽出物が、大豆の主要なアレルギータンパク質であるP34の抗体であるP34抗体(抗P34モノクローナル抗体)との反応性を示すかどうかを、ウェスタンブロッティングを用いて検証した。比較対象として、納豆の原料である大豆と、大豆から作られている豆腐、味噌、醤油を用いた。結果を図2に示す。図2に示すように、大豆と豆腐はP34抗体と反応し、味噌と醤油と納豆はP34抗体とは反応しなかった。すなわち、納豆を摂取しても、P34タンパク質に起因した大豆アレルギーが引き起こされないことが期待される。
【0037】
さらに、納豆抽出物が、大豆アレルギー患者に摂取可能かを判断するために、大豆アレルギー患者の血清IgEに対して反応性を示すかどうかをIgEウェスタンブロッティング用いて検証した。結果を図3に示す。図3に示すように、健常者と大豆アレルギー疾患者から採取した血清IgEに対して、納豆抽出物を投与したところ、いずれのヒトの血清IgEにも反応は見られなかった。このことから、納豆抽出物は、大豆アレルギー患者にもアレルギー反応を引き起こすことなく摂取することができると認められた。
【0038】
(3)T細胞反応性の評価
納豆抽出物が、大豆アレルギー患者のT細胞に反応性を示すかどうかを検証した。大豆アレルギーが以前あったが、すでに寛解している患者3名(Outgrow)と、現在大豆アレルギー症状がある患者4名(Patient)の計7名の大豆アレルギー疾患者の血清から樹立したT細胞クローンを用いて、各患者由来のT細胞の細胞反応性を観察した。まず、各患者由来のT細胞を有するリンパ球に、それぞれトリチウムサイミジンを取り込ませた後、納豆抽出物、又は、P34による刺激を与えて、各患者由来のT細胞の細胞増殖を観察した。結果を図4に示す。縦軸は、納豆抽出物、又は、P34の、投与前と投与後における細胞増殖の比Stimulation Index(SI)を表す。SIの値が大きいほど、T細胞反応性が高いことを示す。図4に示すように、2名の患者由来のT細胞に対して反応性を示した。これにより、納豆抽出物がT細胞反応性を有することが示された。
【0039】
以上の分析結果によれば、本発明の免疫寛容誘導剤は、大豆アレルギー患者に対してアレルギー反応を示すことなく摂取させることができる。さらに、本発明の免疫寛容誘導剤は、大豆アレルギー患者に対してT細胞反応性を有する。こうした免疫寛容誘導剤を摂取することによって、T細胞が反応性してアポトーシスを起こし、リンパ球を幼若化することができる。これにより、大豆アレルギーに対して免疫寛容を誘導することができる。
【実施例2】
【0040】
(免疫寛容誘導経口製剤の作製)
本発明の免疫寛容誘導食品は、例えば、以下の方法で製造することができた。本発明の免疫寛容誘導食品は、免疫寛容誘導剤として納豆を乾燥して粉末状にした市販の納豆パウダーを用いた。まず、アレルギーフリーの食用硬化油(やし油、パーム油、パーム核油等)2000g中に納豆パウダー600gと、タピオカ2400gを投入した。次いで、この食用硬化油を練り、クリーム状にした。一方で、蒸かしたもち米をついて生地にした後、この生地を薄くのばして椀状に型取りした。この生地を高温で焼き、米菓台(椀の直径60mm、高さ5mm)をつくった。焼かれた2つの米菓台にクリーム状になった食用硬化油を挟み、これにより、モナカ状の免疫寛容誘導食品が得られた。
【0041】
上記の免疫寛容誘導食品は、アレルギーフリーのもち米、タピオカ、食用硬化油を用いることで、食物アレルギー反応を引き起こすことなく摂取することができる。また、納豆パウダーは、大豆アレルギーの原因となるP34タンパクが低分子化されているために、大豆アレルギー患者であってもアレルギー反応を引き起こすことなく摂取することができる。また、納豆パウダーに含まれるペプチドが有効成分となって、大豆アレルギーに対する免疫寛容を誘導することができる。さらに、納豆パウダーをタピオカと食用硬化油中に混ぜてクリーム状に練るために、納豆特有の粘り気が気にならなくなる。また、納豆パウダーを含んだクリームは米菓に挟まれているために、納豆特有のにおいが抑えられる。すなわち、納豆の風味が苦手なヒトや小児でも摂取を容易にすることができる。
【0042】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例をさまざまに変形、変更したものが含まれる。
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイズの種子成分を含有する発酵原料を納豆菌によって発酵して得られるペプチド画分を有効成分として含有する、大豆アレルギー免疫寛容誘導剤。
【請求項2】
前記ペプチド画分は、10kD以下の分子量のペプチド画分を主体とする、請求項1に記載の免疫寛容誘導剤。
【請求項3】
前記発酵原料は、ダイズの種子の水熱処理物である、請求項1又は2に記載の免疫寛容誘導剤。
【請求項4】
前記発酵原料を前記納豆菌で発酵して得られる発酵産物の乾燥粉末を前記有効成分として含有する、請求項1〜3のいずれかに記載の免疫寛容誘導剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の大豆アレルギー免疫寛容誘導剤を含有するフィリングと、
前記フィリングの少なくとも一部を覆う外皮と、
を備える、大豆アレルギー免疫寛容誘導経口製剤。
【請求項6】
ダイズの種子成分を含有する発酵原料を納豆菌によって発酵する工程を有する、大豆アレルギー免疫寛容誘導剤の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−162474(P2011−162474A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−26557(P2010−26557)
【出願日】平成22年2月9日(2010.2.9)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【Fターム(参考)】