説明

大豆蛋白質の物理特性の分析方法

【課題】簡便で迅速に大豆蛋白質の物理特性を分析する方法を提供する。
【解決手段】フードプロセッサー型混合機を用いて大豆蛋白質を含むドウを形成する工程に於いて、該ドウを形成する過程で得られる混合記録データのうち、トルクのピークの高さのデータ、あるいはトルクのピークまでの時間のデータから物理特性を算出することにより、簡便で迅速に大豆蛋白質の物理特性を分析することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大豆蛋白質の新規でかつ簡便な物理特性の分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大豆蛋白質はゲル化、乳化、保水などの機能特性に優れており、その経済性から様々な食品に用いられている。大豆蛋白質の物理特性の測定には種々の方法が考案されている。たとえば、溶解性を測定するためには Nitrogen Solubility Index (NSI;AOCS Official Method Ba11-65)に代表されるように、大豆蛋白質粉体に水もしくは塩・糖類など決められた水溶液を加え、一定のせん断を加えた後に遠心分離などにより不溶物を除去し、上清の蛋白質量を測定する方法がよく用いられる(非特許文献1)。ゲル化性を測定するためには分離大豆蛋白粉体と一定倍率の水をワーリンブレンダー等により均一なペーストとし、一定温度・時間の加熱後に冷却して得られたゲルをカードメーター(飯尾電子工業製)等で破断強度測定によって数値化する方法が用いられる(特許文献1)。これらの方法は操作が煩雑であり、結果が得られるまでに時間がかかるという問題があり、品質管理のための人件費が多くかかるばかりでなく、結果を速やかにフィードバックして安定生産につなげることが困難であった。
【0003】
一方、小麦粉をはじめとする澱粉素材にはその品質を評価するための物性測定機器が古くから考案されており、ファリノグラフ、エキソテンソグラフ、ミキソグラフ、アミログラフなどがある(非特許文献2)。これらのうち、粉に水を加えて混合し、ドウを形成する過程を分析する混合記録式の物性測定装置としてファリノグラフやミキソグラフがある。ファリノグラフは平行する2本のスクリュー状撹拌羽根によってドウを混練し、ミキソグラフは固定されたピンの間をミキサーピンを流星運動させることによってドウを混練する。ドウの物性が最終製品の品質に大きく左右する製パン工程を中心に、これらの混合記録式物性測定装置は簡便で有効な手法として今日まで用いられてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9-220057号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】OFFICIAL METHODS AND RECOMMENDED PRACTICES OF THE AMERICAN OIL CHEMISTS' SOCIETY 5th Edition、AOCS、Champain Illinois、1998年
【非特許文献2】食品のレオロジー−食の物性評価−、p.78-123、磯直道、水野治夫、小川廣男、成山堂書店、1992年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、大豆蛋白質をファリノグラフやミキソグラフといった物性測定装置を用いて物理特性を分析しようとしても、うまくドウを形成することができない問題があるため、未だ従来の煩雑な方法で分析せざるを得ないのが現状である。
本発明は、上記問題に鑑み、簡便で迅速に大豆蛋白質の物理特性を分析する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は鋭意検討した結果、フードプロセッサー型混合機を用いて大豆蛋白質を含むドウを形成する工程に於いて、該ドウを形成する過程で得られる混合記録データのうち、トルクのピークの高さ、あるいはトルクのピークまでの時間から物理特性を算出することにより、大豆蛋白質の物理特性を迅速かつ簡便に分析できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は
(1)フードプロセッサー型混合機を用いて大豆蛋白質を含むドウを形成する工程に於いて、該ドウを形成する過程で得られる混合記録データのうち、トルクのピークの高さ、またはトルクのピークまでの時間から物理特性を算出することを特徴とする、大豆蛋白質の物理特性の分析方法。
(2)電流値または電力値をトルクとする、(1)に記載の分析方法。
(3)大豆蛋白質が分離大豆蛋白質である、(1)乃至(2)に記載の分析方法。
(4)大豆蛋白質の物理特性が、ゲル化性、溶解性または油揚げの伸び率である、(1)乃至(3)に記載の分析方法。
(5)トルクのピークの高さからゲル化性または油揚げの伸び率を算出する、(4)に記載の分析方法。
(6)トルクのピークまでの時間から溶解性を算出する、(4)に記載の分析方法。
である。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、大豆蛋白質の物理特性を簡便で迅速に、分析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】大豆蛋白質を含むドウを混合する過程で得られる、混合記録データを示す図である。
【図2】大豆蛋白質を含むドウを混合する過程で得られる、トルクのピークの高さと大豆蛋白質のゲル強度の関係を示す図である。
【図3】大豆蛋白質を含むドウを混合する過程で得られる、トルクのピークまでの時間と溶解率の関係を示す図である。
【図4】大豆蛋白質を含むドウを混合する過程で得られる、トルクのピークまでの時間とNSIとの関係を示す図である。
【図5】大豆蛋白質を含むドウを混合する過程で得られる、トルクのピークの高さと油揚げの伸び率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(大豆蛋白質)
本発明における大豆蛋白質とは、大豆もしくは脱脂大豆を主たる原料として粉砕、抽出、分離、乾燥などの操作により粉末化されたものであり、大豆粉、脱脂大豆粉、豆乳粉末、濃縮大豆蛋白質、分離大豆蛋白質、7Sグロブリンや11Sグロブリン等の分子種に分画された精製大豆蛋白質などが例示できる。脱脂大豆を水抽出した後に、蛋白質を等電点沈殿により回収し中和したものである分離大豆蛋白質は、特に物理特性が重視される用途に多く用いられるため、本発明の分析方法が有効である。
粉末の粒子径としては特に限定されないが、通常は数μm〜数100μmのものを言う。速やかに水溶化できるのであれば数mmであっても良い。
【0012】
本発明の大豆蛋白質の物理特性とは、ゲル化性、溶解性、油揚げの伸び率等をいう。
本発明においては、ゲル化性の指標として、ゲル強度を用い、溶解性の指標として、溶解率あるいはNSI(Nitrogen Solubility Index)を用いる。
【0013】
(フードプロセッサー型混合機)
本発明に用いるフードプロセッサー型混合機とは、鋭利な刃を回転させることによって食材を切り刻む調理器具のことであり、大豆蛋白質を水もしくは緩衝液等の溶媒と混合することによりドウを形成することができる装置である。フードプロセッサー型混合機として、フードプロセッサー、ミキサー、ジューサー、フードチョッパー、フードカッター、サイレントカッター、スピードカッター、ホモゲナイザー等が例示できる。フードプロセッサー型混合機は、100g程度のドウを混合できる家庭用のものから、100kgを超えるドウを混合できる工業用のものまで多々あるが、いずれも本発明の用途で使用できる。刃の大きさ(長さ、太さ、厚み)や鋭さ、回転速度に特に制限はないが、大豆蛋白質粉体と水もしくは緩衝液等の溶媒を混合してドウが形成されることが必要である。ただし、分析値を安定に取得するためにはこれらの条件は常に一定にしておく必要がある。どの程度一定にするかは求める分析精度によって異なるため一概には言えないが、市販のフードプロセッサーを用いる場合には正常に作動する同じ型式のものを同じ条件で使用していれば多くの場合問題はない。
【0014】
(ドウ)
ドウとは通常は小麦粉を練った生地のことであり、パン生地や麺生地のような伸展性のある生地のことを言うことが多いが、本発明においてはゲルもしくはゾルのことを広くドウと定義する。ドウの形成は大豆蛋白質と、水や緩衝液等の溶媒や塩類、糖類、乳化剤、酸化還元剤等をフードプロセッサー型混合機にて混合することにより行う。
大豆蛋白質と、水や緩衝液等の溶媒との混合比率はドウを形成できる範囲内であることが必要である。大豆蛋白質に対して溶媒の比率が小さすぎる場合は粉状もしくはそぼろ状となりドウを形成できない。多い分にはドウの形成には何ら問題はないものの、フードプロセッサー型混合機のトルクが小さくなり分析精度が劣ることになる。混合比率(重量比)は、例えば大豆蛋白質1に対して溶媒3〜5の範囲で使用できる。ただし、大豆蛋白質の種類や添加剤の種類と濃度、温度、フードプロセッサー型混合機の性能などの条件に依存するため、適切に設定する必要がある。
通常、混合記録データの取得は大豆蛋白質と水のみで十分行うことができ、他の成分は加えない方が簡略で好ましいが、後述のように混合記録データの取得が困難であった場合、特定の条件における大豆蛋白質の物理特性を分析したい場合、および、より精度を高くする場合には他の成分を加えてもよい。
【0015】
(フードプロセッサー型混合機のトルクの検出方法及び混合記録データの取得方法)
本発明における混合記録データとは、フードプロセッサー型混合機により、大豆蛋白質を含むドウを形成し、その過程で得られるモーターのトルクを検出し、記録したものをいう。
フードプロセッサー型混合機のトルクの検出方法には特に指定はなく、電流値または電力値などをトルクとしてモーターの挙動をモニタリングする方法や、モーターの反動や容器の回転など、ドウを介して伝わる力を直接検出する方法などがある。
このうち、電流値または電力値などをトルクとしてモーターの挙動をモニタリングする方法では、市販の測定機器を接続することでモーターの電流値または電力値を容易に測定できるため簡便性の点で優れている。一方、モーターの反動や容器の回転などのドウを介して伝わる力を直接検出する方法は回転粘度計や従来の混合記録機器で採用されており、安定的にデータを取得できるという点で優れているが、市販のフードプロセッサー型混合機に適用するのは困難であり改造するか新規に組み立てる必要がある。いずれの方法でも検出したトルクは随時チャートレコーダーなどの記録機器に出力し、データ化することが望ましい。
フードプロセッサー型混合機のトルクはドウの粘度に相関し、粘度が高いほどトルクは大きくなる。横軸を時間、縦軸をトルクとして、大豆蛋白質の混合記録データを取得した場合、ピークを有するチャートが得られる。このピークデータから、大豆蛋白質の有する物理特性を算出することができる。
【0016】
大豆蛋白質の物理特性は雰囲気条件によって異なり、溶媒の種類や温度、pH、イオン強度等の溶媒条件や、塩類、糖類、乳化剤、酸化還元剤等の添加剤の有無、種類、濃度等の配合条件など、種々の測定条件の設定によりこれらが大豆蛋白質の物理特性に与える影響を調べることができる。したがって測定条件は情報を得たい条件に適切に設定することが必要である。大豆蛋白質がドウを形成でき、なおかつピークを検出できる範囲内であれば自由に測定条件を設定し混合記録データを得ることができる。ドウを形成できなかった場合は加水量を見直すことにより、改善することが可能である。
【0017】
大豆蛋白質の溶解が速すぎる場合と遅すぎる場合、ドウの粘度が高すぎる場合と低すぎる場合にはピークは検出できず混合記録データは得られない。ピークを検出できなかった場合は、適切な測定条件に変更することによって混合記録データを得ることが可能である。
【0018】
大豆蛋白質の溶解が速すぎる場合や遅すぎる場合はフードプロセッサー型混合機の回転数、溶媒や添加剤等の条件を見直すことにより調整すると良い。
大豆蛋白質の種類や状態によって異なるため一概には言えないものの、大豆蛋白質の溶解が速すぎる場合、測定温度を低く、イオン強度を高く、pHを等電点である4〜5に近づけるようにすると、多くの場合溶解を遅くすることができる。また、大豆蛋白質の溶解が遅すぎる場合は上記の逆、すなわち測定温度を高く、イオン強度を低く、pHを等電点である4〜5から遠ざけるようにすると、多くの場合溶解を速くすることができる。
【0019】
ドウの粘度が高すぎる場合はフードプロセッサー型混合機を変更し定格容量の大きなものを使用するか、検出器の感度を小さくする、もしくは加水量を大きくすると良い。粘度が低すぎる場合はこれらの逆、すなわちフードプロセッサー型混合機を変更し定格容量の小さなものを使用するか、検出器の感度を大きくする、もしくは加水量を小さくすると良い。
【0020】
大豆蛋白質と混合する溶媒としては水のほか、リン酸、クエン酸、酢酸、酒石酸、炭酸等の緩衝液を使用することができる。緩衝液はpHを一定に保ち分析値を再現性良く得ることに寄与し、この目的ではイオン強度0.01〜0.2程度の濃度で使用するのが好ましい。ただし、緩衝液自体も大豆蛋白質の物理特性に影響を与えるため、情報を得たい条件から大きくはずれないように適切に設定することが必要である。多くの有機溶媒は水を含まない限り大豆蛋白質が溶解せず、ドウを形成できないため使用できない。例えばアルコール類やカルボニル化合物は0〜10重量%程度の水溶液であれば使用可能な場合があり、これらの大豆蛋白質の物理特性に対する影響を分析する場合に使用できる。
【0021】
温度やpHも特に制限はなく情報を得たい条件に自由に設定できる。例えば6.5〜8.0のpHが使用できる。大豆蛋白質の等電点に近い酸性pHではドウを形成できないことがある。温度は溶媒が液体である範囲ならば使用できるが、4℃〜50℃程度が作業性の点から好ましい。また、溶媒には、塩類、糖類、乳化剤、酸化還元剤等の添加剤を予め添加することができる。
塩類、糖類、乳化剤、酸化還元剤等の添加剤は大豆蛋白質の物理特性に対するこれらの影響を調べる目的で種類、量を問わず自由に添加できる。
【0022】
(大豆蛋白質の物理特性の分析)
得られた大豆蛋白質の混合記録データと大豆蛋白質の物理特性との関係を見ると、フードプロセッサー型混合機のトルクのピークまでの時間と、大豆蛋白質の溶解性との間には負の相関関係が得られ、時間が大きいほど溶解性は小さくなり、また、トルクのピークの高さと大豆蛋白質のゲル化性あるいは油揚げの伸び率との間には正の相関関係が得られ、高さが大きいほどゲル化性あるいは油揚げの伸び率は大きくなる。
従って、例えば、物性値の異なる大豆蛋白質について、混合記録データのうち、トルクのピークの高さあるいはトルクのピークまでの時間と、溶解性、ゲル化性、油揚げの伸び率等の物理特性の関係式についてデータベース化しておけば、未知の物理特性を有する大豆蛋白質について、本発明の方法でトルクのピークの高さあるいはトルクのピークまでの時間のデータを取得することで、各物理特性の値を算出することができ、簡便に物理特性を分析することが可能となる。
【0023】
(溶解性)
本発明における溶解性とは、大豆蛋白質粉体の水への溶け易さを示す指標である。具体的には、大豆蛋白質粉体に水もしくは塩・糖類など決められた水溶液を加え、一定のせん断を加えた後に遠心分離などにより不溶物を除去し、上清の蛋白質量を測定する方法等が使用でき、後述する溶解率、または、後述するNitrogen Solubility Index (NSI;AOCS Official Method Ba11-65)などが挙げられる。
【0024】
(ゲル化性)
本発明におけるゲル化性とは、大豆蛋白質粉体から調製されるゲルについて、そのゲル強度を示す指標である。具体的には、大豆蛋白粉体と一定倍率の水をワーリンブレンダー等により均一なペーストとし、一定温度・時間の加熱後に冷却して得られたゲルをカードメーター等で破断強度として測定する方法等が挙げられる。
【0025】
(油揚げの伸び率)
本発明における油揚げの伸び率とは、大豆蛋白生地を油ちょうする際の、生地の伸長を示す指標である。具体的には、大豆蛋白質粉体の分離大豆蛋白粉体と一定倍率の水をワーリンブレンダー等により均一なペーストとし、成型後に一定温度・時間油ちょうし、油ちょう前後の面積比を比較することで測定する方法等が挙げられる。
【実施例】
【0026】
以下に本発明の実施例を記載する。なお、例中の%は特に断りのない限り、重量基準を意味するものとする。
【0027】
(実施例1)
市販の分離大豆蛋白質粉体Aについて、市販のフードプロセッサー型混合機(象印マホービン製、フードチョッパーBFA-N04型)、クランプメータ、チャートレコーダーを接続したシステムにより混合記録データを取得した。フードプロセッサー型混合機の空転時のトルクを0mAとして補正した。分離大豆蛋白質粉体Aを20gと2.5%NaClを含む35mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)80gを4分間混合した(スタートから30秒経過した時点で一旦停止し、壁面についたサンプルをゴムベラで掻き落とした)。混合が進むにつれて徐々に電流値が上がっていき、ピークを迎えたのち徐々に下がっていくという混合記録データを得た(図1)。トルクのピークの高さは255mA、トルクのピークまでの時間は65秒であった。これらの値は再現性良く得ることができた。
【0028】
(比較例1〜3)
市販の分離大豆蛋白質粉体Aについて、ファリノグラフによる混合記録データの取得を試みた。分離大豆蛋白質粉体A 300gに対して200gの水を滴下したところ生地はそぼろ状となってトルクがかからず、混合記録データを取得できなかった(比較例1)。分離大豆蛋白質粉体A 100gに対して400gの水を滴下したところ生地はペースト状になったが、粉体の固まり(ダマ)が無数にできたうえ、柔らかさのため十分なトルクがかからず混合記録データを取得できなかった(比較例2)。分離大豆蛋白質粉体A 100gに対して2.5%NaClを含む35mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)400gを滴下したが生地が柔らかく、十分なトルクがかからず混合記録データを取得できなかった(比較例3)。
【0029】
(比較例4)
市販の分離大豆蛋白質粉体Aについて、ミキソグラフによる混合記録データの取得を試みた。分離大豆蛋白質粉体A 10gに対して2.5%NaClを含む35mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)40gを混合したが生地が柔らかく、十分なトルクがかからず混合記録データを取得できなかった。
【0030】
(比較例5)
市販の分離大豆蛋白質粉体Aについて、ラピッドビスコアナライザー(Newport Scientific Pty. Ltd.)による混合記録データの取得を試みた。分離大豆蛋白質粉体A 5gに対して水25gを加え、25℃,960rpmで混合したところ、ピークは得られたもののダマが多く再現性は得られなかった。
【0031】
(実施例2)
工業的に生産され、生産ロットの異なる分離大豆蛋白質粉体のブレンドされていないもの(分離大豆蛋白質粉体B〜J)を工程中からサンプリングし、実験に供した。市販のフードプロセッサー型混合機(象印マホービン製、フードチョッパーBFA-N04型)、クランプメータ、チャートレコーダーを接続した記録混合システムにより分析を行った。フードプロセッサー型混合機の空転時のトルクを0mAとして補正した。分離大豆蛋白質粉体20gと2.5%NaClを含む35mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)80gを混合したところ、混合が進むにつれて徐々に電流値が上がっていき、ピークを迎えたのち徐々に下がっていくという混合記録データを得ることができた。各分離大豆蛋白質粉体を使用した場合のトルクのピークの高さ(ピーク高さ)、トルクのピークまでの時間(ピーク時間) のデータを表1に示した。
【0032】
トルクのピークの高さあるいはトルクのピークまでの時間と、物理特性の関係について調べるために、各大豆蛋白質のゲル化性及び溶解性を既知の測定方法で測定した。
ゲル化性の測定は、まず、分離大豆蛋白質粉体3.6gと2.5%NaClを含む35mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)26.4gをホモゲナイザー(日本精機製作所製、モデルDX-8、100mlカップ使用)で3分間混合溶解し、真空脱気した後に遠心管に移し、さらに1000×g,5分間の遠心分離により完全に脱気した。次に、泡をかまないようにスパテラで沈殿物を分散混合したのち、直径20mm×高さ10mmのガラスリングに詰めて上下を密閉し、80℃の湯浴中で30分間加熱した。加熱後ただちに流水中で冷却し、4℃で一晩放置して平衡化した。室温に戻したのち、クリープメータRE33005((株)山電製)を用いて破断強度を測定した。直径5mm円柱プランジャーを用いて1mm/secで測定を行い、破断点の荷重をゲル強度とし、ゲル化性の指標とした。
分離大豆蛋白質B〜Jについて、ゲル強度を分析した結果を表1に示した。
【0033】
溶解性の指標のひとつとして溶解率を用いた。溶解率の測定は、まず、分離大豆蛋白質粉体3.6gと2.5%NaClを含む35mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)26.4gをホモゲナイザーで3分間混合溶解したペースト約0.1gを1.5ml遠心チューブにとり、同緩衝液で12倍に希釈してvoltexミキサーで混合した。この混合液を室温に1時間放置後、8,000×gで10分間遠心分離し、上清の蛋白質量をビウレット法で定量し、全蛋白質量に対する割合を溶解率(%)として算出し、溶解率とした。
分離大豆蛋白質B〜Jについて、溶解率を分析した結果を表1に示した。
【0034】
実施例2から得られたトルクのピークの高さ(ピーク高さ)とゲル強度(表1)の関係をみると正の相関関係にあり、相関係数(R2)は0.977と高い相関性があったことから、得られた近似式を用いてトルクのピークの高さからゲル強度を算出できることがわかった(図2)。
また、実施例2から得られたトルクのピークまでの時間(ピーク時間)と溶解率(表1)の関係をみると負の相関関係にあり、相関係数(R2)は0.930と高い相関性があったことから、得られた近似式を用いてトルクのピークまでの時間から溶解率を算出できることがわかった(図3)。
【0035】
実施例2ではピークを得るまでに必要な時間は最大で5分程度であり、緩衝液作成の時間を除けば1サンプルあたり数分以内で測定を終了した。従来のゲル化性の測定方法では1サンプルあたり1日を要し、加熱や平衡化などの放置時間を除いても作業時間は1サンプルあたり正味40分程度必要であった。また、従来の溶解性測定方法では1サンプルあたり2時間を要し、放置時間を除いても作業時間は1サンプルあたり正味30分程度必要であった。これらのことから、本発明の分析方法により、従来のゲル化性の測定方法や溶解性測定方法と比べ格段に短時間で、ゲル化性や溶解性のデータを得ることができることがわかった。
【0036】
(表1)

【0037】
(実施例3)
市販の分離大豆蛋白質粉体Kをアルミ袋に密閉し、50℃または60℃で24時間エージングを行ったもの、及び未加熱の分離大豆蛋白質Kについて、フードプロセッサー型混合機(象印マホービン製、フードチョッパーBFA-N04型)、クランプメータ、チャートレコーダーを接続したシステムにより、各条件で調製した分離大豆蛋白質粉体サンプル20gと水80gを混合して混合記録データを取得した。フードプロセッサー型混合機の空転時のトルクを0mAとして補正した。トルクのピークまでの時間(ピーク時間)のデータを表2に示した。
【0038】
トルクのピークの高さあるいはトルクのピークまでの時間と、物理特性の関係について調べるために、各大豆蛋白質のNSIをAOCS Official Method Ba11-65に基づき測定し、溶解性の指標とした(表2)。
【0039】
実施例3から得られたトルクのピークまでの時間(ピーク時間)とNSIの関係をみると負の相関関係にあり、相関係数(R2)が0.999と高い相関関係にあったことから、得られた近似式を用いてトルクのピークまでの時間からNSIを算出できることがわかった(図4)。
実施例3では正味5分以内で測定を終了したが、従来のNSIの測定方法では抽出時間やケルダール法による蛋白定量を含めると数時間を要し、正味の作業時間でも2時間は必要であった。これらのことから、本発明の分析方法により、従来のNSIの測定方法と比べ格段に短時間で、NSIのデータを得ることができ、簡便に溶解性のデータを得ることができることがわかった。
【0040】
(表2)

【0041】
(実施例4)
工業的に生産され、生産ロットの異なる分離大豆蛋白質粉体のブレンドされていないもの(分離大豆蛋白質粉体L〜T)を工程中からサンプリングし、実験に供した。市販のフードプロセッサー型混合機(松下電器製、スピードカッターMK-K72型)、クランプメータ、チャートレコーダーを接続した記録混合システムにより、分離大豆蛋白質22重量部、ナタネ油6.6重量部、水70重量部、硫酸カルシウム0.5重量部、食塩0.2重量部の配合、全量400gにて4分間混合した際の混合記録データを取得した。フードプロセッサー型混合機の空転時のトルクを0Aとして補正した。(表3)。
【0042】
トルクのピークの高さあるいはトルクのピークまでの時間と、物理特性の関係について調べるために、油揚げの伸び率(%)を測定した(表3)。
すなわち、混合記録測定終了後の生地をビニール袋に入れてもみほぐし、直径22mmのケーシングチューブに詰めて5分程度静置することにより成型を行った。ケーシングチューブから取り出し、厚さ6mmに切断した。ナタネ油にて70℃,4分、110℃,1分30秒、175℃,3分30秒の順でフライし、油揚げを調製した。フライ後の油揚げの直径を計測して面積を求め、フライ前の面積で除算して伸び率(%)とした。
【0043】
混合記録からピークまでの時間が45秒を超えるものを混合不十分として除き、混合記録データと油揚げ伸び率の関係をみたところ、トルクのピークの高さ(ピーク高さ)と油揚げ伸び率には正の相関があり、相関係数(R2)が0.963と高い相関関係にあったことから、得られた近似式を用いてトルクのピークの高さから油揚げの伸び率を算出できることがわかった(図5)。ピークまでの時間が45秒を超えたデータを除かずに計算した場合は相関係数(R2)が0.631であり、除いた場合に比べて精度は劣るものの十分実用に耐える近似式が得られた。
実施例4では計量時間を除けば1サンプルあたり混合時間の4分のみで測定を終了したが、従来の油揚げの伸び率の測定方法ではさらに成型、フライ、計測などの操作が必要であり、1サンプルあたり1時間程度必要であった。これらのことから、本発明の分析方法により、フライすることが必要であった従来の油揚げの伸び率の測定法に比べ格段に短時間で、フライすることなく油揚げの伸び率のデータ得ることができることがわかった。
【0044】
(表3)

【産業上の利用可能性】
【0045】
小麦粉の混合記録においてもピークが得られることが古くからわかっているが、小麦粉にはグルテンという特徴的な伸展性を持った物質が存在しており、このグルテンゆえの性質と考えられてきた。それゆえ、混合記録の概念において分析されてきたのは小麦粉もしくは近縁種のグルテン様粘弾性を有するドウのみであり、大豆蛋白質のような水溶性物質においては他の蛋白質や多糖類を含めても報告例がない。
さらに、得られたピークが溶解性やゲル化性といった物理特性と相関するという知見は小麦粉の混合記録でさえも報告されていない新しい発見であり、特にゲル化性という本来加熱後に発現される物理特性が加熱前の混合記録におけるトルクのピークの高さから分析できることは、分析の簡略化という意味で実用的な価値も高い。
【0046】
本発明において得られる混合記録からは、トルクのピークに関する情報以外にも時間ごとの粘度がわかり、一定時間における粘度を測定できる点でも有用である。しかしながら一定時間における粘度は従来の回転粘度計でも測定することが可能であり、回転刃を使用することにより高せん断で測定する点で違いがあるものの大きな違いではない。一定時間における粘度やその積算値は本発明の分析方法の副次的な効果として有用である。
【0047】
このように、従来大豆蛋白質の物理特性、例えば、ゲル化性の指標となるゲル強度の測定には、24時間程度、溶解性の指標となる溶解率の測定には2時間程度、NSIの測定には数時間程度、油揚げの伸び率の測定には1時間程度要していたのが、本発明の分析方法により、数分程度でこれらの物理特性のデータを取得することが可能となり、簡便で迅速な分析が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フードプロセッサー型混合機を用いて大豆蛋白質を含むドウを形成する工程に於いて、該ドウを形成する過程で得られる混合記録データのうち、トルクのピークの高さ、またはトルクのピークまでの時間から物理特性を算出することを特徴とする、大豆蛋白質の物理特性の分析方法。
【請求項2】
電流値または電力値をトルクとする、請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
大豆蛋白質が分離大豆蛋白質である、請求項1乃至2に記載の分析方法。
【請求項4】
大豆蛋白質の物理特性が、ゲル化性、溶解性または油揚げの伸び率である、請求項1乃至3に記載の分析方法。
【請求項5】
トルクのピークの高さからゲル化性または油揚げの伸び率を算出する、請求項4に記載の分析方法。
【請求項6】
トルクのピークまでの時間から溶解性を算出する、請求項4に記載の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−53951(P2013−53951A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−192925(P2011−192925)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)