説明

大麦粉の製造方法

【課題】小麦粉を製造するものと同様のロール式製粉機を用いて、大麦粉を製造する方法及び大麦粉を提供する。
【解決手段】裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦の穀粒を、ロール式製粉機で製粉する工程を含む、大麦粉の製造方法及びこの製造方法により製造された大麦粉。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大麦粉の製造方法及び大麦粉に関する。
【背景技術】
【0002】
大麦は、世界中の温暖地から寒地までの幅広い地域で栽培されている穀物である。小麦が食用として広範に利用されているのに対し、大麦は食用としての利用は少なく、アルコール醸造用の麦芽原料や家畜の飼料として利用されることが多い。小麦は通常、ロール式製粉機により製粉されている。これに対し、大麦はロール式製粉機による製粉が困難であるため、商業的にロール式製粉により製粉されている大麦粉は存在しない。大麦の製粉方法としては、精麦製粉、衝撃式粉砕機や微細粉砕機による製粉などが知られている(例えば特許文献1、2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭61−199751号公報
【特許文献2】特開2005−151880号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
大麦には皮麦と裸麦が存在する。皮麦は、頴(「ふ」ともいう。)と果皮が接着しているため、通常のロール式製粉機で製粉することは非常に困難である。これに対し、裸麦は、頴と果皮を容易に分離することができるため、ロール式製粉機で製粉することが可能である。しかしながら、裸麦をロール式製粉機で製粉すると、粉となるべき胚乳の大部分が、篩によって、ふすま画分に分別されてしまい、粉の回収率(製粉歩留)が低いという問題があった。ふすまとは、小麦や大麦をひいて粉にするときに残る皮のくずのことである。
【0005】
大麦の食用としての利用が少ない理由の1つとして、小麦がロール式製粉機によって容易に粉に加工できるのに対し、大麦は、上記のようにロール式製粉機による製粉で良質の粉を得ることが困難なことがあげられる。
そこで本発明は、小麦粉を製造するものと同様のロール式製粉機を用いて、大麦粉を製造する方法を提供することを目的とする。本発明の別の目的は、上記の製造方法により製造された大麦粉を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦の穀粒を、ロール式製粉機で製粉する工程を含む、大麦粉の製造方法を提供する。
発明者らは、裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦の穀粒を、ロール式製粉機で製粉すると、小麦と同等の高い製粉歩留が得られることを初めて見出した。具体的には、通常の裸麦をロール式製粉機で製粉した場合の製粉歩留が30〜40%程度であるのに対し、50%以上、より好ましくは60%以上の製粉歩留で製粉することが可能である。この方法によれば、既存の小麦用の製粉設備を用いて、生産性よく大麦粉を製造することができる。これにより、大麦の食用としての価値を大きく高めることができる。
【0007】
本発明はまた、上記の製造方法により製造された、大麦粉を提供する。この大麦粉はβ−グルカン含有量が1質量%以下、より好ましくは0.5質量%以下、最も好ましくは0.1質量%以下である。
β−グルカン含有量が低い大麦粉は、これまでに存在しなかったものであるため、新たな食材として利用されることが期待できる。また、既存の製粉設備を利用して供給する事が可能であるため、比較的低コストに製造することが可能であり、粉食としての大麦加工品の製造が可能となる。また、β−グルカンを欠失する大麦は、β−グルカンとともに機能性多糖として知られるアラビノキシランをやや多く含むことが知られている。このため、本発明の大麦粉は、アラビノキシランに特化した機能性食品の開発においても有用である。
【0008】
大麦は2倍体植物であり、小麦よりもゲノム解析が進んでいるため、ゲノム情報や遺伝子組換えを利用して、生産性の向上や、耕作不適地での栽培を可能にするなどの、食糧増産のための品種改良が進むことが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1の結果を示すグラフである。
【図2】実施例2の結果を示すグラフである。
【図3】実施例3の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
大麦には皮麦と裸麦が存在する。皮麦は、頴と果皮が接着している。これに対し、裸麦は、頴と果皮を容易に分離することができる。本明細書において、裸麦のことを裸性の大麦という場合がある。裸性の大麦としては、赤神力、四国裸92号、四国裸84号、四国裸97号、マンネンボシ、イチバンボシ、トヨノカゼ、ユメサキボシ、ダイシモチ、ヒノデハダカ、サヌキハダカ、御島裸などが知られている。
【0011】
本明細書において、β−グルカンとは、(1,3)(1,4)−β−D−グルカンを意味する。β−グルカンは、大麦の子実中の細胞壁を構成する多糖類の一種である。β−グルカン欠失性の大麦は、その子実中のβ−グルカンが欠失している。β−グルカン欠失性の大麦(以下、OUM系統という場合がある。)は、自然界には見出されておらず、岡山大学資源生物科学研究所で突然変異により作出された系統である。β−グルカンを欠失する大麦は、β−グルカンとともに機能性多糖として知られるアラビノキシランをやや多く含む。
【0012】
本発明の大麦粉の製造方法では、裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦の穀粒を材料に用いる。裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦としては、赤神力、四国裸92号、四国裸84号及び四国裸97号の各OUM系統、OUM並、OUM渦などが存在する。裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦は、例えば岡山大学資源生物科学研究所大麦・野生植物資源研究センターから入手することが可能である。
【0013】
β−グルカン欠失性となる、大麦のHvCslF6遺伝子の変異が同定されている(Tonookaら、Breeding Science、59、47−54、2009年)。そこで、次のような方法によって、裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦を得ることも可能である。
例えば野生型の大麦を、メタンスルホン酸エチル(EMS)などの変異誘発剤で処理して変異体を得る。続いて、得られた変異体からゲノムDNAを抽出して、CAPS(cleaved amplified polymorphic sequence)解析などによる解析を行ない、HvCslF6遺伝子にβ−グルカン欠失性となる変異を持つものを選別する。β−グルカン欠失性であるか否かは、酵素法によるグルコース定量試薬の発色の有無や、種子のカルコフロアー(Calcofluor)染色の有無によっても判別することが可能である。
このようにして育種されたβ−グルカン欠失性の大麦を、裸性の大麦と交配し、その子孫から、裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦を選別する。あるいは、裸性の大麦を変異誘発剤で処理し、その子孫からβ−グルカン欠失性の個体を選別することによっても、裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦を得ることができる。
【0014】
裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦の穀粒を材料とすれば、現在世界中で広く使用されているロール式製粉機を用いて、小麦粉を製粉する場合と同様の手順で効率よく大麦粉を製造することが可能である。使用可能なロール式製粉機には特に制限はなく、小麦や蕎麦、米などの製粉に利用されているものであれば使用可能である。
【実施例】
【0015】
以下、本発明の実施例を示して、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
【0016】
(実施例1)
ロール式製粉機の1つである、Quadrumat Junior試験製粉機(ブラベンダー社)を用いて製粉試験を行った。この製粉機は3回のロール粉砕工程を経た後、篩によって粉砕物を粉とふすまに分別する機能を持つ。
裸麦品種である赤神力と、赤神力のβ−グルカン欠失系統(OUM系統)の穀粒をQuadrumat Junior試験製粉機で製粉し、製粉歩留を求めた。製粉歩留は、粉の回収率を表す数値であり、以下の式(1)により求めることができる。

製粉歩留[%]=粉の質量/(粉の質量+ふすまの質量)×100…(1)

結果を図1に示す。赤神力の製粉歩留が約30%であったのに対し、赤神力のOUM系統の製粉歩留は、60%以上であった。
【0017】
(実施例2)
裸麦品種である、四国裸92号、四国裸84号、四国裸97号、及び、それぞれこれらの裸麦品種のβ−グルカン欠失系統である、四国裸92号OUM(BC2)、四国裸84号OUM(BC2)、四国裸97号OUM(BC3)、並びに小麦品種である、ふくほのかの穀粒を、実施例1と同様にしてQuadrumat Junior試験製粉機(ブラベンダー社)で製粉し、製粉歩留を求めた。
結果を図2に示す。通常の裸麦の製粉歩留が30〜40%であったのに対し、β−グルカン欠失系統の製粉歩留は60%以上と高く、小麦品種である、ふくほのかと同等の製粉歩留が得られた。
【0018】
(実施例3)
ロール式製粉機の1つである、ビューラー式テストミル(ビューラー社)を用いて、実施例1と同様に製粉試験を行った。ビューラー式テストミルは、3対のブレーキロールと3対のミドリングロールに、篩を組み合わせて、6種類の小麦粉と、大ふすま、小ふすまの8つの画分に分別する製粉機であり、より実用レベルに近いとされる。試料として、裸麦品種である、マンネンボシ、赤神力、四国裸97号、及び裸性でβ−グルカン欠失系統である、OUM並、OUM渦、四国裸97号OUM(BC3F3)並びに小麦品種である、ふくほのかの穀粒を用いた。
製粉条件は次の通りであった。まず、製粉前に加水(テンパリング)を行った。裸麦品種及び裸性でβ−グルカン欠失系統については、含水量が15質量%となるように加水し、小麦品種であるふくほのかについては、含水量が14質量%となるように加水した。ビューラー式テストミルのロール間隙は、ブレーキで0.10−0.06mmに設定し、ミドリングで0.05−0.02mmに設定した。試料のフィード速度は6kg/時間に設定した。篩目は、ブレーキロール側を、それぞれ40w−40w−45w及び10xx−10xx−11xxに設定し、ミドリングロール側を、それぞれ60W−70W、10xx−10xx−11xx及び10xx−10xx−11xxに設定した。
結果を図3に示す。通常の裸麦の製粉歩留が20〜30%であったのに対し、β−グルカン欠失系統の製粉歩留は60%以上と高く、小麦品種である、ふくほのかと同等の製粉歩留が得られた。
【0019】
(実施例4)
実施例3で試験した各穀粒の全粒粉のβ−グルカン含有量を測定した。β−グルカン含有量は、Mixed linkage β−グルカン アッセイキット(Megazyme International、アイルランド)を用いて酵素学的な方法(McCleary及びCodd、J.Sci.Food Agric.55、303−312、1991年)により測定した。β−グルカン含有量の測定前に、80%エタノール処理によって、試料中の遊離低分子糖を除去した。
結果を表1に示す。通常の裸麦のβ−グルカン含有量が約5質量%であったのに対し、β−グルカン欠失系統のβ−グルカン含有量は0.1質量%未満であり、小麦品種であるふくほのかの含有量よりも低かった。
【0020】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明の大麦粉の製造方法により、小麦と同様の製粉手順で、小麦と同等の製粉歩留でβ−グルカンをほとんど含有しない大麦粉を得ることが可能となる。これにより、ロール式製粉機による大麦粉の効率的な製造が可能となり、粉食としての大麦加工品の製造が可能となる。また、本発明により、これまでに存在しなかった、β−グルカン含有量が低い大麦粉が提供される。この大麦粉は、アラビノキシランをやや多く含むため、アラビノキシランに特化した機能性食品の開発に利用することも可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
裸性で、且つβ−グルカン欠失性の大麦の穀粒を、ロール式製粉機で製粉する工程を含む、大麦粉の製造方法。
【請求項2】
請求項1の製造方法により製造された、大麦粉。
【請求項3】
β−グルカン含有量が1質量%以下である、請求項2に記載の大麦粉。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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