説明

天然バニラ香料の製造方法

【課題】天然品ならではの芳醇な香気と高い品質とを有する天然バニラ香料を衛生的かつ安定に提供可能な天然バニラ香料の製造方法を提供する。
【解決手段】天然バニラ香料の製造方法は、バニラ属植物又はその交配種の果実に含まれる酵素のうち、少なくとも果実中の香気成分の前駆体を分解し香気成分を生成する作用を有するものを失活させない条件下で果実を殺菌する第1工程と、少なくとも一部が開閉可能な通気性の容器に第1工程において殺菌した果実を入れ、温度条件及び光照射条件を制御した無菌環境下でキュアリングする第2工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然バニラ香料の製造方法に関し、より具体的にはバニラ属の植物の果実をキュアリングする方法を含む天然バニラ香料の製造方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
バニラ(バニラ香料)はラン科バニラ属の蔓性植物の果実(莢果、青莢、種子鞘、バニラビーンズ等とも呼ばれる。)から抽出される香料で、主成分であるバニリン(4−ヒドロキシ−3−メトキシベンズアルデヒド)を始めとする多くの香気成分(バニリン酸、4−ヒドロキシベンズアルデヒド、4−ヒドロキシ安息香酸等)を含有しており、それらの香りが複雑に絡み合った独特の甘い芳香を有する。そのため、天然バニラ香料は非常に高価であるものの、オイゲロールやグアイヤコール等を原料とする化学合成やリグニンの発酵等により製造される安価な合成バニリンでは得られない芳香を必要とする高級菓子、香粧品等に広く用いられている。
【0003】
収穫直後のバニラの生果実(バニラビーンズ)において、バニリン等の香気成分はグルコバニリン等の無臭の前駆体の形で存在している。そのため、バニラの生果実は特有の芳香を有しておらず、通常、バニラの果実に含まれる酵素の作用により香気成分の前駆体を分解し、香気成分を生成させるキュアリングという工程を経て、はじめてバニラの芳香が認められるようになる。キュアリングの方法はバニラビーンズの各生産地において異なり、その違いがバニラ香料の品質の違いや産地特有の香りに影響する一因となっている。典型的なキュアリングは、以下のような手順で行われる。まず、未熟な状態で採取した生果実を熱湯に数十秒から数分間浸漬後、温かい内に布で巻いて保温した状態で数日間木箱に詰めておく。その後、昼間は天日で乾燥させ、夜間は布で巻いて保温した状態で熟成させるという工程を数週間から数ヶ月間繰り返す。このような乾燥及び熟成工程の間に酵素反応によりグルコシド結合の切断等の分解反応が起こり、バニリンを始めとするバニラ様香気成分が遊離し、芳香が生じる。
【0004】
上記のような従来のキュアリング方法では、天日乾燥の際に混入した雑菌が熟成工程の間に増殖を起こしやすい。そのため、天然バニラ香料の使用時には加熱殺菌を行う必要があるため、揮発性を有する香気成分が失われ、風味や香気が損なわれるという問題があった。バニラの栽培は、マダガスカル、メキシコ、グアテマラ、ブラジル、パラグアイ、インドネシア等の地域でプランテーション等の形態で大規模に行われているが、このような生産条件下では、雑菌の混入を防ぐための無菌環境下での乾燥手法の導入は、コスト上の制約等から困難である。また、長期間にわたるキュアリングの進行は天候や気温等に大きく左右されるため、生産されるバニラ香料における安定した品質の確保が困難であるという問題もあった。
【0005】
近年の各地域における平均気温の上昇に伴い、バニラの栽培可能地域は温帯にも拡大しつつあり、我が国においてもバニラの栽培が本格化しつつある。しかし、我が国のような多湿地域においては、従来のキュアリング方法はカビの発生を招くおそれが高いため適用できない。そのため、新たなキュアリング方法が求められている。例えば、特許文献1では、バニラ青莢をグルコシダ−ゼ活性を有する酵素系で処理することにより、バニリンの前駆体である無臭のグルコバニリンからバニリンへの変換時間を実質的に短縮できるバニラ香料の製造方法が提案されている。また、特許文献2では、バニラ莢またはその粉砕物に、バニラに含まれる香料成分の前駆体を分解する作用を有する酵母、細菌、かびから選ばれる微生物を作用させることを特徴とする天然バニラ香料の製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表平6−502685号公報
【特許文献2】特開平9−111285号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1記載のバニラ香料の製造方法では、酵素を生体から抽出精製するには、種々の操作工程が必要であると共に、酵素を生体外に取り出すと環境の変化により不安定となるため、その取扱に十分注意を払わねばならない。また、酵素のなかには高価なものもあり、繰り返し使用ができないため、コストが高くなるという問題点があった。更に、得られた香料は天然のバニラを原料としているにもかかわらず画一化されたバニラ香料であって、微妙に異なる香質を有する差別化されたバニラ香料が得られなかった。
【0008】
また、特許文献2記載の天然バニラ香料の製造方法では、香気成分の前駆体の分解のために添加した酵母、細菌、かび等の微生物を除去又は加熱により死滅させる工程が必要である。そのため、香気成分が失われるおそれが大きいという問題があった。
【0009】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、天然品ならではの芳醇な香気と高い品質とを有する天然バニラ香料を衛生的かつ安定に提供可能な天然バニラ香料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的に沿う本発明は、バニラ属植物又はその交配種の果実に含まれる酵素のうち、少なくとも該果実中の香気成分の前駆体を分解し香気成分を生成する作用を有するものを失活させない条件下で該果実を殺菌する第1工程と、少なくとも一部が開閉可能な通気性の容器に前記第1工程において殺菌した前記果実を入れ、温度条件及び光照射条件を制御した無菌環境下でキュアリングする第2工程とを有することを特徴とする天然バニラ香料の製造方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
なお、本発明において「キュアリング」とは、バニラ属植物又はその交配種の果実に含まれる酵素の作用により、果実に含まれる香気成分の前駆体を分解し、香気成分を生成させることを意味する。
【0011】
バニラ属植物又はその交配種の果実(以下、単に「果実」と略称する場合がある。)を第1工程において殺菌後、第2工程において無菌環境下でキュアリングさせるため、天然バニラ香料の製造時の雑菌の混入及び繁殖を抑制できる。したがって、得られる天然バニラ香料は安全性が高く、使用に際し殺菌処理を要しない。そのため、本発明により提供される天然バニラ香料は、殺菌処理に伴う香気成分の損耗がなく豊かな芳香を有するバニラ香料として安全に使用できる。
また、温度条件及び光照射条件を制御することにより、キュアリングに要する期間を制御できるため、果実の収穫時期に関わりなく天然バニラ香料の出荷時期を適宜調整できる。
【0012】
本発明に係る天然バニラ香料の製造方法において、前記第1工程における前記果実の殺菌を、低温殺菌法、火炎滅菌法、紫外線殺菌法及びマイクロ波殺菌法のいずれか1又は複数を用いて行ってもよい。
これらの殺菌方法は食品製造等の現場で広く用いられており、低コストで実施できると共に、薬品の残留等のおそれもない。そのため、天然バニラ香料の製造コストを低減できると共に、安全に果実の殺菌を行うことができる。
【0013】
本発明に係る天然バニラ香料の製造方法において、前記第2工程におけるキュアリングを5℃以上40℃以下の一定の温度に保持した状態で行うことが好ましい。
上記の温度域で果実の温度を一定に保持することにより、香気物質の前駆体の分解反応を触媒する酵素が活性を示すため、果実中の酵素の作用により香気成分を生成させることができる。そのため、外在性の酵素や微生物の添加が不要になると共に、天然バニラ香料独特の芳醇な芳香を有する天然バニラ香料を提供できる。
【0014】
本発明に係る天然バニラ香料の製造方法において、前記第2工程で、前記容器を閉じた状態で暗所中に静置する静置工程、及び前記通気性の容器の少なくとも一部分を開放した状態で紫外線照射下所定時間放置して換気を行う換気工程を所定回数反復することが好ましい。
果実の熟成を暗所で行うことにより、光や熱による香気成分の分解や揮発を抑制できると共に、十分に乾燥させることもできるため、不十分な乾燥に起因する品質の低下も抑制できる。
【発明の効果】
【0015】
以上述べたように、本発明の天然バニラ香料の製造方法によると製造時の雑菌の混入及び繁殖が抑制されるため、芳香を損なう原因となる使用前の殺菌処理が殆ど不要な天然バニラ香料を提供できる。また、本発明の天然バニラ香料の方法によると、キュアリングの条件を最適に制御できるため、品質の安定した天然バニラ香料を提供できると共に収穫時期の制約を受けずに年間を通して天然バニラ香料の安定供給が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態に係る天然バニラ香料の製造方法の工程を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
【0018】
図1に示すように、本発明の一実施の形態に係る天然バニラ香料の製造方法は、バニラ属植物又はその交配種(図1では「バニラ」と略称している。)の果実(以下、単に「果実」と略称する場合もある。)中の香気成分の前駆体を分解し香気成分を生成させる作用を有する果実中の酵素が失活しない条件下で果実を殺菌する第1工程と、少なくとも一部が開閉可能な通気性の容器に第1工程において殺菌した果実を入れ、温度条件及び光照射条件を制御した無菌環境下でキュアリングする第2工程とを有する。以下、各工程についてより詳細に説明する。
【0019】
天然バニラ香料の製造に用いることができるバニラ属植物又は交配種としては、ラン科バニラ属に属する植物及びその交配種で、その果実のキュアリング処理によりバニリン等の香気成分を生成する任意のものであるが、具体例としては、バニラ・プラニフォリア(Vanilla planifolia)、バニラ・タヒテンシス(Vanilla
tahitensis)、バニラ・ポンポーナ(Vanilla pompona)、及びこれらの種を片親又は両親とする交配種等が挙げられる。栽培地について特に制限はないが、栽培条件の管理、果実の鮮度及びトレーサビリティー等の観点から、日本国内又は日本の国内規格に準ずる栽培管理が行われている地域で栽培されたものが好ましく用いられる。果実は、緑色又はやや黄色みがかった状態で十分な大きさ(例えば16センチ以上)を有するものが好ましく、雑菌の繁殖を抑制するために無傷のものがより好ましく用いられる。
【0020】
必要に応じて果実の洗浄等の前処理を行った後、果実に含まれる酵素のうち、少なくとも果実中の香気成分の前駆体を分解し香気成分を生成する作用を有するものを失活させない条件下で果実を殺菌する。殺菌の方法としては、農産加工及び食品製造の分野で用いられる殺菌方法のうち、上記の条件を満たす任意のものを用いることができ、これらの方法のうち任意のものを単独で、或いは任意の2以上を任意の順序で組み合わせて用いることができる。殺菌方法の具体例としては、加熱殺菌(熱湯、水蒸気又はオートクレーブを用いた高温殺菌法、低温殺菌法、赤外線又はマイクロ波照射による加熱殺菌法等)、放射線殺菌法(γ線及びX線)、紫外殺菌法及びガス殺菌法(エチレンオキシド又はオゾン等)が挙げられ、低温殺菌法、火炎滅菌法、紫外線殺菌法及びマイクロ波殺菌法が好ましい。
【0021】
殺菌後の生菌数は、キュアリングの間に有害病原菌が繁殖するのを抑制できる程度であればよく、キュアリングの条件(温度、光照射条件等)に依存するため一義的に決定することは困難であるが、例えば、一般食品における生菌数の許容限度である1.0×10cfu/g以下である。なお、「cfu/g」は、果実1gあたりのコロニー形成単位である。
【0022】
殺菌後の果実は、少なくとも一部が開閉可能な通気性の容器に入れられる。容器は、通気性を有し少なくともその一部が開閉可能であれば材質、形状及び大きさに特に制限はない。容器の材質としては、綿、麻、合成繊維、不織布等の繊維、紙、木、合成樹脂、金属等が挙げられ、容器の形状としては、袋、箱、かご等が挙げられる。少なくとも一部を開閉可能にするために、フラップ、窓、スリット、ファスナー等を設けてもよいが、特別の機構を設けずに、単にフタの開閉や袋状の容器の口を折り返す等の方法で開閉するようにしてもよい。好ましい容器の例としては、透明又は半透明の合成樹脂(高圧ポリエチレン、ポリプロピレン等)からなる市販の食品保存、調理用のフタ付き容器が挙げられる。これらの容器は、種々の材質、形状及び大きさのものが安価に入手可能であり、加圧滅菌が可能であると共に内容物の視認性にも優れている。通気性を確保するためにフタに孔を設けてもよいが、予めフタに穴が設けられた容器を用いてもよい。このような容器の例としては、パスタの保存及び電子レンジによる調理に用いるための市販の容器が挙げられる。孔からの雑菌の侵入を防止するために、滅菌用フィルターを貼り付けて使用することが好ましい。
【0023】
上記のような容器に入れた果実を無菌環境に置き、温度条件及び光照射条件を制御した状態でキュアリングする。無菌環境としては、室内全体を無菌状態にするクリーンルームであってもよく、クリーンブース、クリーンベンチ等を用いて室内の一部を無菌環境としてもよい。クリーンブース又はクリーンベンチを用いる場合には、外部からの雑菌の侵入を防ぐために陽圧にするのが好ましい。また、光照射条件を制御するために、クリーンブース又はクリーンベンチは、暗幕等の遮光性の部材と外界と区画するのが好ましい。無菌環境の清浄度は、ISOクラス7(米国連邦(FED)規格209D(FED−STD−209D)クラス10000)以下である必要があり。好ましくはISOクラス6(クラス1000)以下、より好ましくはISOクラス5(クラス100)以下である。
【0024】
キュアリングの温度は、5℃以上40℃以下である必要がある。温度が5℃を下回ると、酵素活性の低下によりグルコバニリン等の香気成分の前駆体の分解が遅くなるため、芳香が発現する前に果実の劣化が起こる。逆に温度が40℃を上回ると、果実に含まれる酵素が失活し、キュアリングが進行しなくなる。好ましい温度は25℃以上40℃以下で、より好ましくは28℃以上38℃以下である。この温度域では酵素反応による香気成分の生成が円滑に進行するため、短期間で高品質の天然バニラ香料を得ることができる。温度はキュアリングの全期間を通して一定に保持してもよいが、所定の温度プロファイルで変化させてもよい。温度を一定に保持する場合、温度の変動幅が±5℃、好ましくは±3℃、より好ましくは±1℃の範囲内となるように温度を制御する。特に温度がキュアリングの下限及び上限である5℃付近及び40℃付近では、温度の変動幅が小さくなるように制御し、5℃以上40℃以下の温度域を逸脱しないようにすることが望ましい。
【0025】
果実に含まれる酵素による香気成分の前駆体の分解反応(キュアリング)速度は温度に依存し、通常の化学反応同様温度が高くなるほど反応速度は大きくなる。したがって、温度によりキュアリングの進行速度を調節できる。それにより、キュアリングの開始から天然バニラ香料が得られるまでの期間をある程度コントロールできるため、1年のうち特定の時期に限られたバニラ属の植物の収穫時期に制約を受けることなく、年間を通して天然バニラ香料を供給することが可能になる。また、需要に応じた生産計画が可能になる。
【0026】
従来のキュアリングでは、天日干しによる果実の乾燥と、保温のために布で巻いた状態での暗所での熟成とを繰り返して香気成分を生成させる。バニリン等の生成機構には未知の部分が多いが、温度のみならず光照射の条件もキュアリングの進行に影響を与えていると考えられる。本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、果実を入れた通気性の容器を閉じた状態で暗所中に静置する静置工程、及び通気性の容器の少なくとも一部分を開放した状態で紫外線照射下所定時間放置して換気を行う換気工程を所定回数反復することにより、高品質な天然バニラ香料を高い再現性で製造できることを見いだした。静置工程と換気工程とからなる1サイクルの長さは特に制限されないが、例えば、12時間以上48時間以下であり、好ましくは24時間である。換気工程の長さは、15分以上1時間以下程度でよく、例えば、1日のうちの決まった時刻に30分間程度とするのが好ましい。換気工程の時間が短すぎると果実の乾燥が不十分となるおそれがあり、逆に長すぎると、果実が過乾燥となるおそれがある。
【0027】
静置工程及び換気工程からなるサイクルの反復回数は、果実の乾燥の度合い及び香気成分の生成状況等に応じて適宜決定されるが、例えば、10回以上25回以下である。サイクルの長さは、常に一定としてもよいが、反復を重ねるごとに規則的又はランダムに変化させてもよい。また、
【0028】
換気工程は、通気性の容器の少なくとも一部を開放した状態で、紫外光の照射下で行われる。紫外光と同時に可視光及び赤外光の一方又は双方を照射してもよい。紫外光の照射により、果実の表面を殺菌できると共に、紫外光源から熱が放射される場合には、併せて果実の乾燥を行うことができる。
用いることができる紫外光源としては、殺菌灯、ブラックライト、水銀灯、キセノンランプ、タングステンランプ等が挙げられる。或いは、これらの紫外光源と共に蛍光灯、白熱電球、発光ダイオード、EL素子等の可視光源を併用してもよい。
【0029】
その他、必要に応じて、温度及び光条件以外の条件(例えば、湿度等)を適当な範囲内に制御してもよい。また、包装等の後処理についても無菌条件下で行うようにしてもよい。
【0030】
このようにして得られる天然バニラ香料は、従来のものと全く同様の用途に同様の形態で用いることができる。利用の形態としては、褐変した乾燥果実(いわゆるバニラビーンズ)として、砂糖にバニラビーンズの芳香を吸着させたバニラシュガー、香気成分を水、エタノール及び油脂等の溶媒で抽出したバニラエッセンス、バニラオイル等が挙げられる。中でも、特に好ましい形態はいわゆるバニラビーンズである。本実施の形態に係る天然バニラ香料は無菌状態で製造されているため加熱殺菌が不要であり、本来の芳醇な香気を残したままの状態で使用できるためである。
天然バニラ香料の用途としては、アイスクリーム、生クリーム、カスタードクリーム、カスタードプディング等の洋菓子、スコッチウィスキー、リキュール等の洋酒類、タバコ、香水等の香粧品等が挙げられる。
【実施例】
【0031】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
実施例1:バニラビーンズの製造
国内産のバニラの生果実のうち、長さが16cm以上で無傷のものを選別した。これをクリーンベンチに移し(以下の操作は、全てクリーンベンチ中で行った。)、42℃で30分間加熱後、火炎滅菌処理を行った。ポリプロピレン製の通気性の容器(市販のパスタの保存及び電子レンジでの調理用容器で、フタの孔に滅菌フィルターを貼り付けたもの)に滅菌処理後のバニラの生果実を入れた。クリーンベンチ内を20〜38℃の一定の温度に保ち、最初の2週間は、1日のうち30分間のみ紫外光を照射した状態で容器のフタを開け、それ以外の時間帯については暗黒下で容器のフタを閉じた状態で、その後は終日暗黒下で容器のフタを閉じた状態でバニラの果実を静置し、キュアリングを行った。キュアリング開始後4週間経過後から、2週間おきに一定数のバニラ果実をサンプリングし、外観の目視及び香気についての官能試験の結果から、バニラの果実の発酵(キュアリング)状態を「秀」、「良」、「不可」の3段階で評価した。
【0032】
上記の実験より得られた、クリーンベンチ内の温度が20℃、28℃、及び38℃の場合におけるキュアリング時間と発酵状態との関係を下記の表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
いずれの温度においても、バニラの果実に含まれている酵素の作用で香気成分の前駆体の分解が進行していることがわかる。また、40℃以下の温度においては、温度が高いほどキュアリングが速く進行していることがわかる。上記の実験条件においては、温度を38℃から20℃に低下させるとキュアリングの進行速度が約1/2程度に低下することが確認された。この結果より、キュアリング時のクリーンベンチ内の温度によりキュアリングの進行速度を調節でき、ひいてはバニラビーンズの出荷時期を調節できることが確認された。
【0035】
実施例2:官能試験(1)
実施例1において製造したバニラビーンズ、従来法により製造されたバニラビーンズ(マダガスカル産、タヒチ産及びバリ産)及びバニラエッセンスについて、複数のパネラーによる官能試験を行った。まず、香りの強さについての441名のパネラーによる試験結果は、下記の表2に示すとおりである。
【0036】
【表2】

【0037】
実施例1において製造されたバニラビーンズの香りの強さについての試験結果は、マダガスカル産のバニラビーンズと同様であった。
【0038】
実施例1において製造されたバニラビーンズの香りの複雑さに関する127名のパネラーによる試験結果は、単純と回答したのが3名、複雑と回答したのが124名であり、これは他のバニラビーンズと同様の結果であった。一方、バニラエッセンスについては、全員が単純であると回答した。同じパネラーによる香りの良さに関する試験結果は、下記の表3に示すとおりである。
【0039】
【表3】

【0040】
実施例1において製造されたバニラビーンズ香りの強さについての試験結果も、他のバニラビーンズと同様であった。「よくない」、「その他」と評価したパネラー(26名)によるコメントは、「きな臭い」が7名、「甘ったるい」が16名であり、他のバニラビーンズについてもほぼ同様なコメントが寄せられた。一方、バニラビーンズについては、「アルコール臭がする」(20名)、「香りがきつすぎる」(16名)、「工業製品の香りがする」(10名)というコメントが寄せられた。
【0041】
実施例1において製造されたバニラビーンズの香りについて、89名のパネラー中28名が「好みの香りである」と回答した。この結果は、バリ産を除く他のバニラビーンズと同様であり、バニラエッセンス(「好みの香りである」と回答したパネラー数は3名)に比べ顕著に高い結果であった。
【0042】
実施例3:官能試験(2)
実施例1で製造したバニラビーンズ、従来法により製造されたバニラビーンズ(マダガスカル産、タヒチ産及びバリ産)及びバニラエッセンスを用いてバニラアイスクリームを製造し、実施例2と同様に官能試験を行った。
まず、香りの強さについての113名のパネラーによる試験結果は、下記の表4に示すとおりである。
【0043】
【表4】

【0044】
バニラビーンズ自体の場合に比べ、実施例1で製造したバニラビーンズを用いたバニラアイスクリームは、マダガスカル産のバニラビーンズを用いたものに比べ全体的に強い香りがすると評価された。
【0045】
アイスクリームの味の好みに関する複数のパネラーによる試験結果は、用いたバニラ香料を知らせなかった場合(113名)、知らせた場合(109名)について、それぞれ下記の表5及び表6に示すとおりである。
【0046】
【表5】

【0047】
【表6】

【0048】
試験結果は、心理的な要因(バニラ香料に対する予断の有無)に大きく影響されるが、実施例1で製造したバニラビーンズを用いたバニラアイスクリームは、マダガスカル産のバニラビーンズを用いたものよりもわずかながら高い評価が得られた。
【0049】
アイスクリームの製造業者5名に意見をきいたところ、実施例1で製造したバニラビーンズは、従来法により製造されたものに比べ、(1)複雑な香りがしておいしそうである、(2)他のバニラビーンズに比べ少量で十分な香りがする、(3)香りがマイルドである、(4)乾燥の程度がよく、1本当たりの量が多い、(5)バニラエッセンスとは全く別物の芳醇な香りがする、等の意見が得られた。マダガスカル産のバニラビーンズとの比較で、どちらがより優れているかについて、おいしさ、扱いやすさ、及び製造コスト(バニラビーンズの単位重量当たり価格を同じと仮定)について評価を求めたところ、それぞれ、5名中3名、4名、及び4名が、実施例1で製造したバニラビーンズの方が優れていると回答した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バニラ属植物又はその交配種の果実に含まれる酵素のうち、少なくとも該果実中の香気成分の前駆体を分解し香気成分を生成する作用を有するものを失活させない条件下で該果実を殺菌する第1工程と、少なくとも一部が開閉可能な通気性の容器に前記第1工程において殺菌した前記果実を入れ、温度条件及び光照射条件を制御した無菌環境下でキュアリングする第2工程とを有することを特徴とする天然バニラ香料の製造方法。
【請求項2】
前記第1工程において、低温殺菌法、火炎滅菌法、紫外線殺菌法及びマイクロ波殺菌法のいずれか1又は複数により前記果実の殺菌を行うことを特徴とする請求項1記載の天然バニラ香料の製造方法。
【請求項3】
前記第2工程において、5℃以上40℃以下の一定の温度に保持した状態でキュアリングを行うことを特徴とする請求項1及び2のいずれか1項記載の天然バニラ香料の製造方法。
【請求項4】
前記第2工程において、前記容器を閉じた状態で暗所中に静置する静置工程、及び前記通気性の容器の少なくとも一部分を開放した状態で紫外線照射下所定時間放置して換気を行う換気工程を所定回数反復することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の天然バニラ香料の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−26431(P2011−26431A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−172882(P2009−172882)
【出願日】平成21年7月24日(2009.7.24)
【出願人】(509210036)有限会社金子植物苑 (1)
【Fターム(参考)】