天然香料の製造方法
【課題】 自然状態において香気の弱い植物素材から質・量ともに優れた香気成分を採取することのできる天然香料の製造方法、さらには従来の方法では得られなかった新しい香りを有する天然香料の製造方法を提供する。
【解決手段】 香料原料となる植物素材に対して破砕処理を基本とする各種処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程と、前記処理後の植物素材から香気成分を採取する香気成分採取工程と、を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【解決手段】 香料原料となる植物素材に対して破砕処理を基本とする各種処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程と、前記処理後の植物素材から香気成分を採取する香気成分採取工程と、を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は天然香料の製造方法、特に香料原料として用いる植物素材の香気成分の改質に関するものである。
【背景技術】
【0002】
香料は、天然に存在する植物あるいは動物から採取して得られる天然香料と、化学合成によって得られる合成香料とに大きく分けられる。このうち、植物より得られる天然香料は、通常、原料植物の摘みたての花や果実、葉等から、水蒸気蒸留法、溶媒抽出法等の方法によって、その香気成分を採取して得られるものである。このような天然香料は、一般的には、香料原料として用いる花や果実、葉等の植物素材が自然状態で発している香気成分の組成をできるだけ崩さぬよう、そのままの組成で採取することが望まれている。
【0003】
しかしながら、天然の植物素材には、自然状態で発せられる香気の弱いものも多数存在しており、このような香気の弱い植物素材から香気成分を採取しようとしても、香気成分の採取効率が非常に悪く、工業的な生産は非常に困難であった。このため、天然香料の原料としては、自然状態である程度の強い香気を発している植物素材が用いられるのが一般的であった。
【0004】
また一方、香料の調香工程においては、通常の場合、天然香料あるいは合成香料を各種選択して、特定の比率で混合することによって、従来に無い嗜好性の高い香りを得ることが試みられている。しかしながら、公知の天然香料、合成香料の組み合わせのみでは、調合されて出来上がる香りの種類に限りがあるため、全く新しい種類の香りを創り出すということは非常に難しい。このため、従来の天然香料あるいは合成香料とは全く異質の新しい香りを有する香料原料の発見・開発が期待されていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような従来技術の課題に鑑み行なわれたものであり、その目的は、自然状態において香気の弱い植物素材から香気成分を採取することのできる天然香料の製造方法、さらには従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する天然香料の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前述の課題に鑑み、本発明者らが鋭意研究を行なった結果、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施すことによって、該植物素材から発せられる香気成分組成が著しく改質されることを見出した。そしてこの結果、香気の弱い植物素材からも香気成分を採取することが可能となり、さらには、従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する天然香料を得ることが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明にかかる天然香料の製造方法は、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程と、前記処理後の植物素材から香気成分を採取する香気成分採取工程と、を備えることを特徴とする。
また、前記天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材が平均粒子径0.01〜5mmとなるように破砕処理を施すことが好適である。
【0008】
また、前記天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに有機溶媒浸漬処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることが好適である。また、前記天然香料の製造方法において、有機溶媒浸漬処理を12時間以上行なうことが好適である。
【0009】
また、前記天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに乾燥処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることが好適である。また、前記天然香料の製造方法において、乾燥処理を6時間以上行なうことが好適である。
【0010】
また、前記天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることが好適である。また、前記天然香料の製造方法において、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を3時間以上行なうことが好適である。
【0011】
また、前記天然香料の製造方法において、採取直後の香気成分含有量が乾燥重量100g中2.0ml以下の植物素材を香料原料として用いることが好適である。
【発明の効果】
【0012】
本発明にかかる天然香料の製造方法によれば、従来、香料原料として用いることのできなかった香気の弱い植物素材からも香気成分を採取することが可能となり、さらには、従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する天然香料を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明にかかる天然香料の製造方法について説明する。
本発明にかかる天然香料の製造方法は、香料原料となる植物素材に対して破砕処理、さらには有機溶媒浸漬処理、乾燥処理、あるいは酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施すことによって、予め当該植物素材の香気成分組成を改質させ、処理後の当該植物素材について、例えば、有機溶媒抽出法等の公知の方法によって香気成分を採取し、これを天然香料とするものである。
そして、このようにして植物素材から香気成分を採取することによって、従来、香料原料として用いることのできなかった香気の弱い植物素材からも香気成分を採取することが可能となり、さらには、従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する天然香料を得ることが可能となる。
【0014】
植物素材
本発明にかかる天然香料の製造方法において香料原料として用い得る植物素材としては、例えば、野菜、果実、海藻、薬草等、香料の原料となり得る植物素材であれば特に限定されるものではなく、どのようなものを用いても構わない。また、花、葉、茎、果実、果皮、根等の部位についても、特に限定することなく用いることができる。
【0015】
本発明に用い得る植物素材としては、具体的には、例えば、イリス、ナツメグ、パチュリ、バニラ、オークモス、クローブ、コスタス、ウインターグリーン、カスカリラ、カモミル、カルダモン、キャラウェー、キャロット、グアヤック、クミン、シトロネラ、シナモン、スターアニス、スペアミント、セイボリー、セージ、ゼラニウム、タイム、パセリシード、ブチュ、ベルガモット、ホップ、ユーカリ、ヨモギ、ローレル等の公知の香料原料が挙げられる。
本発明において、これら公知の植物素材を用いた場合には、該植物素材の発する香気成分の組成が著しく改質されることによって、従来の方法により得られていた天然香料とは全く異質の新しい香りを有する天然香料を得ることが可能となる。
【0016】
また、本発明においては、従来、香料原料として用いることのできなかったような香気の弱い植物素材を用いることもできる。例えば、イチョウ、イヌマキ、コウヨウザン、アオトウヒ、ヒマラヤスギ、カラマツ、ダイオウショウ、イヌカラマツ、アカマツ、キャラボク、イチイ、シロダモ、シロモジ、アセビ、ノリウツギ、クヌギ、シラカシ、スダジイ、ブナ、ミズナラ等の樹木の葉は、乾燥量100g当たりの香気成分含有量が0.5ml未満であり、一般に香気が弱いことが知られている。
本発明において、これら香気の弱い植物素材を用いた場合には、該植物素材の発する香気成分の組成が改質され、採取可能な香気成分の量が増大するため、通常の採取方法により十分な量の香気成分を採取することが可能となる。このため、本発明においては、香気の弱い植物素材、具体的には、例えば採取直後の香気成分含有量が乾燥重量100g中2.0ml以下の植物素材を用いた場合に特に有用である。
【0017】
香気成分改質処理工程
破砕処理
本発明にかかる天然香料の製造方法は、香料原料として用いる植物素材に対して破砕処理を施すことによって、当該植物素材の香気成分組成を改質させるものである。
本発明において行なわれる破砕処理としては、従来公知の破砕装置あるいは破砕器具を用いて行なえばよく、特に限定されるものではない。例えば、ジョークラッシャー、コーンクラッシャー、カッターミル、ハンマークラッシャー、ロールミル、ケージミル、スタンプミル、ハンマーミル、ピンミル、ディスクミル、ローラーミル、ボールミル、コロイドミル、媒体攪拌ミル等の公知の破砕装置を用いてもよく、より簡便には市販のコーヒーミル等の破砕器具を用いて破砕処理を行なってもよい。
より具体的には、これらの破砕装置あるいは破砕器具を用いて、植物素材を平均粒径0.01〜5mm、さらに0.1〜3mm程度に破砕することが好適である。
【0018】
有機溶媒浸漬処理
また、本発明においては、植物素材に対して前記破砕処理を施した後、さらに有機溶媒浸漬処理を行なうことが好適である。破砕処理に加えて、有機溶媒浸漬処理を行なうことにより、植物素材の香気成分組成をさらに改質させることができる。本発明において用いられる有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、ヘキサン、ベンゼン、エーテル、クロロホルム、メタノール、エタノール、アセトン、ジクロロメタン等が挙げられる。また、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、グリセリン、クエン酸エステル等の水溶性有機溶媒を用いてもよい。これらの有機溶媒の中でも、特にヘキサン、アセトンを好適に用いることができる。なお、本発明における有機溶媒浸漬処理とは、植物素材を有機溶媒中に少なくとも3時間以上浸漬させることを意味し、一般的な有機溶媒抽出法とは区別されるものである。本発明においては、このような有機溶媒浸漬処理を12時間以上行なうことが特に好適である。
【0019】
乾燥処理
また、本発明においては、植物素材に対して前記破砕処理を施した後、さらに乾燥処理を行なうことが好適である。破砕処理に加えて、乾燥処理を行なうことにより、植物素材の香気成分組成をさらに改質させることができる。乾燥処理は、通常の方法で行なえばよく、特に限定されるものではないが、例えば、1〜35℃程度の温度条件で、1〜48時間程度、空気中に放置すればよい。なお、本発明においては、前記破砕処理を施した後、6時間以上乾燥処理することが特に好適である。
【0020】
酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理
また、本発明においては、植物素材に対して前記した破砕処理を施した後、さらに酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を行なうことが好適である。破砕処理に加えて、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を行なうことにより、植物素材の香気成分組成をさらに改質させることができる。本発明において用いられる、酸水溶液又は塩水溶液としては、特に限定されるものではないが、例えば、無機塩の水溶液、有機塩の水溶液、無機酸の水溶液、有機酸の水溶液等が挙げられ、より具体的には、例えば、食塩水、クエン酸水溶液等を好適に用いることができる。なお、本発明においては、このような水溶液浸漬処理を3時間以上行なうことが特に好適である。
【0021】
本発明の香気成分改質処理工程において、植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに有機溶媒浸漬処理、乾燥処理、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理のうち2つ以上を組み合わせてもよく、例えば、以下のような手順で香気成分改質処理を行なうこともできる。
・香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、乾燥処理を施し、さらに有機溶媒浸漬処理を施す。
・香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施し、さらに有機溶媒浸漬処理を施す。
・香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、乾燥処理を施し、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施し、さらに有機溶媒浸漬処理を施す。
【0022】
香気成分の採取方法
本発明にかかる天然香料の製造方法においては、前記香気成分改質処理を施した後の植物素材について、従来公知の採取方法を用いて香気成分を採取することにより、所望の天然香料を得ることができる。
香気成分の採取方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、水蒸気蒸留法、熱水蒸留法等の蒸留法、有機溶媒抽出法、油脂吸着抽出法、超臨界流体抽出法等の抽出法、海綿法、エキュエル法、ローラー法、機械搾油法等の圧搾法等の採取方法が挙げられる。
【0023】
なお、本発明の香気成分改質処理工程において、前述の有機溶媒浸漬処理を行なう場合には、一定時間有機溶媒に浸漬した後、有機溶媒を除去することによって香気成分を採取することも可能である。
また、本発明により得られる天然香料は、従来の製造方法により得られる天然香料と同様に、単独あるいは他の香料と組み合わせて、香粧品類、医薬品類、飲食品類等に配合することが可能である。
【実施例1】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明について更に詳しく説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
破砕処理による香気成分組成の変化
・サクラの花
本発明者らは、まず最初に植物素材としてサクラの花を用い、未処理(破砕処理なし;従来法に相当、植物体から摘み取った花)の試料と、破砕処理を行なった試料について香気成分を分析し、それぞれの比較を行なった。
【0025】
比較例1−1[サクラの花:未処理(破砕処理なし)]
サクラ(ソメイヨシノ)の花(花弁及びガク)を2〜3g採取し、ヘッドスペースサンプル管(アジレント社製)に入れ、香気を16時間にわたって固相マイクロ抽出用ファイバーアセンブリーCAR/PDMSタイプ(SPMEファイバー:スペルコ社製)に捕集し、ガスクロマトグラフィー−質量分析計(以下、GC−MSと記載)[5973:アジレント社製]に直接導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図1(A)に示す。
【0026】
実施例1−1[サクラの花:破砕処理]
上記比較例1−1において用いたサクラ(ソメイヨシノ)の花弁及びガクを採取し、コーヒーミル(MK−61M:松下電器産業社製)を用いて、平均粒子径約3mm程度まで破砕した。その後、破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を16時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図1(B)に示す。
【0027】
図1(A),(B)に示されるように、サクラの花が摘花された状態で発している香気を示す比較例1−1と、破砕処理を施した後のサクラの花が発している香気を示す実施例1−1とでは、その香気成分の組成が大きく異なっていることがわかる。具体的には、サクラの花に破砕処理を施すことによって、アセチルベンゾイル、β−イオノン、アニスアルデヒド、シンナミックアルデヒド、クマリンといった未処理(破砕処理なし)のサクラの花においては得られない香気成分が新たに生成していることがわかった。以上の結果より、サクラの花に対して破砕処理を行なうことによって、その香気成分組成が質・量ともに著しく改質されることが明らかとなった。
【実施例2】
【0028】
・サクラの葉
次に本発明者らは、植物素材としてサクラ(ソメイヨシノ)の葉を用い、前記試験と同様に未処理(破砕処理なし)の試料と破砕処理を行なった試料について香気成分を分析し、それぞれの比較を行なった。
【0029】
比較例2−1[サクラの葉:未処理(破砕処理なし)]
葉柄カットされたサクラの葉を3枚(約3g)採り、透明広口ガラス瓶(150ml)に入れて香気を24時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図2(A)に示す。
【0030】
実施例2−1[サクラの葉:破砕処理]
葉柄カットされたサクラ(ソメイヨシノ)の葉をコーヒーミル(前述)により、平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐに破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を24時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図2(B)に示す。
【0031】
図2(A),(B)より、サクラの葉においても、採取直後の香気を示す比較例2−1と破砕処理を施した後の香気を示す実施例2−1との間で、香気成分の組成が大きく変化していることが明らかとなった。具体的には、サクラの葉に破砕処理を施すことによって、2,4−ヘキサジエナール、メチルサリシレート、α−イオノン、β−イオノン、クマリンといった香気成分が新たに生成していることがわかった。
【0032】
以上のように、植物素材に対して破砕処理を行なうことは、当該植物素材の香気成分を改質させる手段として非常に有効であることがわかる。したがって、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した場合には、従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する香料を得ることができると考えられる。
【実施例3】
【0033】
破砕処理+乾燥処理,破砕処理+有機溶媒浸漬処理
つづいて、本発明者らは、前記試験と同様にして、サクラの葉について破砕処理を行い、破砕処理直後の香気成分、破砕処理後にさらに乾燥処理を行なった場合の香気成分、及び破砕処理後にさらに有機溶媒浸漬処理を行なった場合の香気成分を分析し、それぞれの比較を行なった。
【0034】
実施例3−1[サクラの葉:破砕処理直後]
上記試験において用いたサクラ(ソメイヨシノ)の葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐにヘキサンを用いて破砕物(2g)から香気成分を抽出した(抽出時間3分)。抽出液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(A)に示す。
【0035】
実施例3−2[サクラの葉:破砕処理+乾燥処理]
上記試験において用いたサクラ(ソメイヨシノ)の葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、さらに室温にて24時間乾燥した後、ヘキサンを用いて破砕物(2g)から香気成分を抽出した(抽出時間3分)。抽出液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(B)に示す。
【0036】
実施例3−3[サクラの葉:破砕処理+有機溶媒浸漬処理]
上記試験において用いたサクラ(ソメイヨシノ)の葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後(破砕物2g)、さらにヘキサン(8g)中に24時間浸漬した。溶媒浸漬液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(C)に示す。なお、図3(A)〜(C)の各ガスクロマトグラムの感度は同じ(縦軸目盛は同一)である。
【0037】
図3(A)に示されるように、サクラの葉を破砕した直後の香気成分を示す実施例3−1において、主な香気成分はベンズアルデヒド、クマリンであった。これに対して、図3(B)より、破砕処理の後さらに24時間の室温乾燥処理を行なった実施例3−2では、ベンズアルデヒドの量は大きく変化していないが、クマリンは顕著に増加していた。このことから、破砕処理に加えて乾燥処理を施すことによって、クマリンを代表とする香気成分が顕著に変化するということがわかった。
また、図3(C)より、破砕処理の後さらに24時間のヘキサン浸漬処理を行なった実施例3−3においても、ベンズアルデヒドの量は大きく変化していないが、クマリンが顕著に増加していたことから、ヘキサン浸漬処理を行なうことによっても、香気成分が顕著に変化することが明らかとなった。なお、実施例3−1においてもヘキサンにより抽出した試料についての分析を行なっていることから、実施例3−1と実施例3−3における香気成分の違いは、ヘキサン抽出の影響によるものではなく、ヘキサン浸漬処理によるものであることは明らかである。
【0038】
破砕処理+酸水溶液,塩水溶液浸漬処理
また、本発明者らは、前記試験と同様にして、サクラの葉について破砕処理を行なった後に、さらに酸水溶液あるいは塩水溶液による浸漬処理を行なった場合の香気成分を分析し、検討を行なった。
【0039】
実施例3−4[サクラの葉:破砕処理+塩水溶液浸漬処理]
上記試験において用いたサクラの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)に4M食塩水(8g)を加え24時間浸漬した。浸漬液にジエチルエーテルを8g加えて溶媒抽出した後、エーテル抽出液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(D)に示す。
【0040】
実施例3−5[サクラの葉:破砕処理+酸水溶液浸漬処理]
上記試験において用いたサクラの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)に1%クエン酸水溶液(8g)を加え24時間浸漬した。浸漬液にジエチルエーテルを8g加えて溶媒抽出した後、エーテル抽出液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(E)に示す。
【0041】
図3(A)に示されているように、サクラの葉を破砕した直後の香気成分を示す実施例3−1において、主な香気成分はベンズアルデヒドが64%、クマリンが7%である。これに対して、図3(D),(E)より、破砕処理後さらに24時間の4M食塩水浸漬処理を行なった実施例3−4では、ベンズアルデヒドが69%、クマリンが24%であり、また、1%クエン酸水溶液浸漬処理を行なった実施例3−5では、ベンズアルデヒドが44%、クマリンが45%であった。このことから、破砕処理に加えて塩水溶液、あるいは酸水溶液への浸漬処理を施すことによって、クマリンを代表とする香気成分が顕著に増加していることは明らかである。
【0042】
以上のように、植物素材に対して、破砕処理に加えて、さらに乾燥処理、有機溶媒浸漬処理、あるいは酸水溶液又は塩水溶液による浸漬処理を行なうことは、当該植物素材の香気成分を改質させる手段として非常に有効であることは明らかである。そして、このことから、香料原料となる植物素材に対して、これらの処理を施した場合には、従来の方法では得ることのできなかった新しい香りを有する天然香料を得ることができると考えられる。
【実施例4】
【0043】
香気成分含有量の少ない植物素材
つづいて、本発明者らは、一般に香気成分含有量が少ないものとして知られているブナ、ミズナラ、カラマツの葉を用い、未処理の試料と破砕処理を行なった試料について香気成分を分析し、それぞれの比較を行なった。なお、採取直後のブナ、ミズナラの葉の香気成分含有量はほぼゼロであり、カラマツの葉の香気成分含有量は乾燥重量100g中約0.3mlであることが知られている。
【0044】
・ブナの葉
比較例4−1[ブナの葉:未処理(破砕処理なし)]
葉柄カットされたブナの葉を10枚(約3g)採り、透明広口ガラス瓶(150ml)に入れて香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(A)に示す。
【0045】
実施例4−1[ブナの葉:破砕処理]
葉柄カットされたブナの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐに破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(B)に示す。
【0046】
・ミズナラの葉
比較例4−2[ミズナラの葉:未処理(破砕処理なし)]
葉柄カットされたミズナラの葉を2枚(約5g)採り、透明広口ガラス瓶(150ml)に入れて香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(C)に示す。
【0047】
実施例4−2[ミズナラの葉:破砕処理]
葉柄カットされたミズナラの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐに破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(D)に示す。
【0048】
・カラマツの葉
比較例4−3[カラマツの葉:未処理(破砕処理なし)]
葉柄カットされたカラマツの葉をヘッドスペースサンプル管(前述)に2g採り、香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(E)に示す。
【0049】
実施例4−3[カラマツの葉:破砕処理]
葉柄カットされたカラマツの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐに破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(F)に示す。
【0050】
ブナの葉においては、図4(A),同(B)に示されるように、未処理(破砕処理なし)では香りが弱い炭化水素が多く単調な青臭い香調であるが、破砕処理による香調は香気成分が豊富で幅のあるグリーンノートを持っていた。ミズナラの葉においては、図4(C),同(D)に示されるように、未処理(破砕処理なし)では青葉アルコール(シス−3−ヘキセノール)の量が多く単調な青臭い香調であるが、破砕処理による香調は香気成分が豊富で深みのあるグリーンノートを持っていた。カラマツの葉においては、図4(E),同(F)に示されるように、未処理(破砕処理なし)では単調な森林調の香りであるが、破砕処理による香調は森林の代表的成分であるα−ピネンが豊富で香りの幅およびボリュームの両方を兼ね備えていた。上記結果をまとめると、破砕処理を行なうことによって、シス−3−ヘキセニルエステル類(緑の香り系の成分)、モノテルペノイド類、芳香族化合物、セスキテルペン類といった香気成分が新たに生成されることが明らかとなった。
【0051】
以上の結果より、香気の弱い植物素材に対して破砕処理を行なうことによって、当該植物素材の発する香気成分の質および量を顕著に豊富にするものであることが明らかとなった。そして、このことから、従来では香料原料として用いることのできなかったような香気の弱い植物素材においても、破砕処理を施して香気成分の質および量を増大させることによって、香料素材として扱うことが可能となる。
【実施例5】
【0052】
つぎに本発明者らは、ブナ、ミズナラ、カラマツの葉について、破砕処理直後に有機溶媒浸漬処理を行なった後の香気成分を分析し、未処理(破砕処理なし)香気成分との比較を行なった。
【0053】
・ブナの葉
実施例5−1[ブナの葉:破砕処理+有機溶媒浸漬処理]
上記試験において用いたブナの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)にヘキサン(8g)を加え1週間浸漬した。浸漬液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図5(A)に示す。
【0054】
図5(A)と図4(A)とを比較すると、図4(A)においては香気成分が少ないが、図5(A)では、シス−3−ヘキセニルエステル類(緑の香り系の成分)、ゲラニオール等のテルペノイド類、ベンジルアルコール、オイゲノール等の芳香族化合物といった香気成分が新たに生成されており、発せられる香気成分量が著しく増大していることが明らかとなった。なお、実施例5−1で得られた香気成分の香調は、グリーン−干草−ティー(畳表様)であり、従来の方法ではブナの葉からでは得ることのできない新しい香調であった。
【0055】
・ミズナラの葉
実施例5−2[ミズナラの葉:破砕処理+有機溶媒浸漬処理]
上記試験において用いたミズナラの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)にヘキサン(8g)を加え1週間浸漬した。浸漬液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図5(B)に示す。
【0056】
図5(B)と図4(C)とを比較すると、図4(C)においては香気成分が少ないが、図5(B)では、トランス−2−ヘキセナール(緑の香りの成分)、ベンジルアルコール、メチルサリシレート、オイゲノール等の芳香族化合物といった香気成分が新たに生成されており、発せられる香気成分量が著しく増大していることが明らかとなった。なお、実施例5−2で得られた香気成分の香調は、ウッディ−ドライ−スパイシー(乾いた醤油樽様)であり、従来の方法ではミズナラの葉からでは得ることのできない新しい香調であった。
【0057】
・カラマツの葉
実施例5−3[カラマツの葉:破砕処理+有機溶媒浸漬処理]
上記試験において用いたカラマツの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)にヘキサン(8g)を加え1週間浸漬した。浸漬液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図5(C)に示す。
【0058】
図5(C)と図4(E)とを比較すると、図4(E)においては香気成分が少ないが、図5(C)では、α−ピネン、ボルニルアセテート等のモノテルペノイド類といった香気成分が生成されており、発せられる香気成分量が著しく増大していることが明らかとなった。なお、実施例5−3で得られた香気成分の香調は、香りに幅のある森林調であり、従来の方法ではカラマツの葉からでは得ることのできない新しい香調であった。
【0059】
以上の結果より、香気の弱い植物素材に対して破砕処理及び有機溶媒浸漬処理を行なうことにより、当該植物素材の発する香気成分の質・量を顕著に豊富にするものであることが明らかとなった。これらのことから、従来香料原料として用いることのできなかったような香気の弱い植物素材に対して、破砕処理及び有機溶媒浸漬処理を施した場合には、採取可能な香気成分の質・量が著しく増大させることができ、天然香料を得るための植物素材として扱うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1(A)】本発明にかかる比較例1−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である
【図1(B)】本発明にかかる実施例1−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図2(A)】本発明にかかる比較例2−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図2(B)】本発明にかかる実施例2−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(A)】本発明にかかる実施例3−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(B)】本発明にかかる実施例3−2についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(C)】本発明にかかる実施例3−3についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(D)】本発明にかかる実施例3−4についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(E)】本発明にかかる実施例3−5についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(A)】本発明にかかる比較例4−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(B)】本発明にかかる実施例4−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(C)】本発明にかかる比較例4−2についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(D)】本発明にかかる実施例4−2についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(E)】本発明にかかる比較例4−3についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(F)】本発明にかかる実施例4−3についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図5(A)】本発明にかかる実施例5−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図5(B)】本発明にかかる実施例5−2についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図5(C)】本発明にかかる実施例5−3についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【技術分野】
【0001】
本発明は天然香料の製造方法、特に香料原料として用いる植物素材の香気成分の改質に関するものである。
【背景技術】
【0002】
香料は、天然に存在する植物あるいは動物から採取して得られる天然香料と、化学合成によって得られる合成香料とに大きく分けられる。このうち、植物より得られる天然香料は、通常、原料植物の摘みたての花や果実、葉等から、水蒸気蒸留法、溶媒抽出法等の方法によって、その香気成分を採取して得られるものである。このような天然香料は、一般的には、香料原料として用いる花や果実、葉等の植物素材が自然状態で発している香気成分の組成をできるだけ崩さぬよう、そのままの組成で採取することが望まれている。
【0003】
しかしながら、天然の植物素材には、自然状態で発せられる香気の弱いものも多数存在しており、このような香気の弱い植物素材から香気成分を採取しようとしても、香気成分の採取効率が非常に悪く、工業的な生産は非常に困難であった。このため、天然香料の原料としては、自然状態である程度の強い香気を発している植物素材が用いられるのが一般的であった。
【0004】
また一方、香料の調香工程においては、通常の場合、天然香料あるいは合成香料を各種選択して、特定の比率で混合することによって、従来に無い嗜好性の高い香りを得ることが試みられている。しかしながら、公知の天然香料、合成香料の組み合わせのみでは、調合されて出来上がる香りの種類に限りがあるため、全く新しい種類の香りを創り出すということは非常に難しい。このため、従来の天然香料あるいは合成香料とは全く異質の新しい香りを有する香料原料の発見・開発が期待されていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような従来技術の課題に鑑み行なわれたものであり、その目的は、自然状態において香気の弱い植物素材から香気成分を採取することのできる天然香料の製造方法、さらには従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する天然香料の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前述の課題に鑑み、本発明者らが鋭意研究を行なった結果、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施すことによって、該植物素材から発せられる香気成分組成が著しく改質されることを見出した。そしてこの結果、香気の弱い植物素材からも香気成分を採取することが可能となり、さらには、従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する天然香料を得ることが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明にかかる天然香料の製造方法は、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程と、前記処理後の植物素材から香気成分を採取する香気成分採取工程と、を備えることを特徴とする。
また、前記天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材が平均粒子径0.01〜5mmとなるように破砕処理を施すことが好適である。
【0008】
また、前記天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに有機溶媒浸漬処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることが好適である。また、前記天然香料の製造方法において、有機溶媒浸漬処理を12時間以上行なうことが好適である。
【0009】
また、前記天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに乾燥処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることが好適である。また、前記天然香料の製造方法において、乾燥処理を6時間以上行なうことが好適である。
【0010】
また、前記天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることが好適である。また、前記天然香料の製造方法において、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を3時間以上行なうことが好適である。
【0011】
また、前記天然香料の製造方法において、採取直後の香気成分含有量が乾燥重量100g中2.0ml以下の植物素材を香料原料として用いることが好適である。
【発明の効果】
【0012】
本発明にかかる天然香料の製造方法によれば、従来、香料原料として用いることのできなかった香気の弱い植物素材からも香気成分を採取することが可能となり、さらには、従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する天然香料を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明にかかる天然香料の製造方法について説明する。
本発明にかかる天然香料の製造方法は、香料原料となる植物素材に対して破砕処理、さらには有機溶媒浸漬処理、乾燥処理、あるいは酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施すことによって、予め当該植物素材の香気成分組成を改質させ、処理後の当該植物素材について、例えば、有機溶媒抽出法等の公知の方法によって香気成分を採取し、これを天然香料とするものである。
そして、このようにして植物素材から香気成分を採取することによって、従来、香料原料として用いることのできなかった香気の弱い植物素材からも香気成分を採取することが可能となり、さらには、従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する天然香料を得ることが可能となる。
【0014】
植物素材
本発明にかかる天然香料の製造方法において香料原料として用い得る植物素材としては、例えば、野菜、果実、海藻、薬草等、香料の原料となり得る植物素材であれば特に限定されるものではなく、どのようなものを用いても構わない。また、花、葉、茎、果実、果皮、根等の部位についても、特に限定することなく用いることができる。
【0015】
本発明に用い得る植物素材としては、具体的には、例えば、イリス、ナツメグ、パチュリ、バニラ、オークモス、クローブ、コスタス、ウインターグリーン、カスカリラ、カモミル、カルダモン、キャラウェー、キャロット、グアヤック、クミン、シトロネラ、シナモン、スターアニス、スペアミント、セイボリー、セージ、ゼラニウム、タイム、パセリシード、ブチュ、ベルガモット、ホップ、ユーカリ、ヨモギ、ローレル等の公知の香料原料が挙げられる。
本発明において、これら公知の植物素材を用いた場合には、該植物素材の発する香気成分の組成が著しく改質されることによって、従来の方法により得られていた天然香料とは全く異質の新しい香りを有する天然香料を得ることが可能となる。
【0016】
また、本発明においては、従来、香料原料として用いることのできなかったような香気の弱い植物素材を用いることもできる。例えば、イチョウ、イヌマキ、コウヨウザン、アオトウヒ、ヒマラヤスギ、カラマツ、ダイオウショウ、イヌカラマツ、アカマツ、キャラボク、イチイ、シロダモ、シロモジ、アセビ、ノリウツギ、クヌギ、シラカシ、スダジイ、ブナ、ミズナラ等の樹木の葉は、乾燥量100g当たりの香気成分含有量が0.5ml未満であり、一般に香気が弱いことが知られている。
本発明において、これら香気の弱い植物素材を用いた場合には、該植物素材の発する香気成分の組成が改質され、採取可能な香気成分の量が増大するため、通常の採取方法により十分な量の香気成分を採取することが可能となる。このため、本発明においては、香気の弱い植物素材、具体的には、例えば採取直後の香気成分含有量が乾燥重量100g中2.0ml以下の植物素材を用いた場合に特に有用である。
【0017】
香気成分改質処理工程
破砕処理
本発明にかかる天然香料の製造方法は、香料原料として用いる植物素材に対して破砕処理を施すことによって、当該植物素材の香気成分組成を改質させるものである。
本発明において行なわれる破砕処理としては、従来公知の破砕装置あるいは破砕器具を用いて行なえばよく、特に限定されるものではない。例えば、ジョークラッシャー、コーンクラッシャー、カッターミル、ハンマークラッシャー、ロールミル、ケージミル、スタンプミル、ハンマーミル、ピンミル、ディスクミル、ローラーミル、ボールミル、コロイドミル、媒体攪拌ミル等の公知の破砕装置を用いてもよく、より簡便には市販のコーヒーミル等の破砕器具を用いて破砕処理を行なってもよい。
より具体的には、これらの破砕装置あるいは破砕器具を用いて、植物素材を平均粒径0.01〜5mm、さらに0.1〜3mm程度に破砕することが好適である。
【0018】
有機溶媒浸漬処理
また、本発明においては、植物素材に対して前記破砕処理を施した後、さらに有機溶媒浸漬処理を行なうことが好適である。破砕処理に加えて、有機溶媒浸漬処理を行なうことにより、植物素材の香気成分組成をさらに改質させることができる。本発明において用いられる有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、ヘキサン、ベンゼン、エーテル、クロロホルム、メタノール、エタノール、アセトン、ジクロロメタン等が挙げられる。また、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、グリセリン、クエン酸エステル等の水溶性有機溶媒を用いてもよい。これらの有機溶媒の中でも、特にヘキサン、アセトンを好適に用いることができる。なお、本発明における有機溶媒浸漬処理とは、植物素材を有機溶媒中に少なくとも3時間以上浸漬させることを意味し、一般的な有機溶媒抽出法とは区別されるものである。本発明においては、このような有機溶媒浸漬処理を12時間以上行なうことが特に好適である。
【0019】
乾燥処理
また、本発明においては、植物素材に対して前記破砕処理を施した後、さらに乾燥処理を行なうことが好適である。破砕処理に加えて、乾燥処理を行なうことにより、植物素材の香気成分組成をさらに改質させることができる。乾燥処理は、通常の方法で行なえばよく、特に限定されるものではないが、例えば、1〜35℃程度の温度条件で、1〜48時間程度、空気中に放置すればよい。なお、本発明においては、前記破砕処理を施した後、6時間以上乾燥処理することが特に好適である。
【0020】
酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理
また、本発明においては、植物素材に対して前記した破砕処理を施した後、さらに酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を行なうことが好適である。破砕処理に加えて、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を行なうことにより、植物素材の香気成分組成をさらに改質させることができる。本発明において用いられる、酸水溶液又は塩水溶液としては、特に限定されるものではないが、例えば、無機塩の水溶液、有機塩の水溶液、無機酸の水溶液、有機酸の水溶液等が挙げられ、より具体的には、例えば、食塩水、クエン酸水溶液等を好適に用いることができる。なお、本発明においては、このような水溶液浸漬処理を3時間以上行なうことが特に好適である。
【0021】
本発明の香気成分改質処理工程において、植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに有機溶媒浸漬処理、乾燥処理、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理のうち2つ以上を組み合わせてもよく、例えば、以下のような手順で香気成分改質処理を行なうこともできる。
・香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、乾燥処理を施し、さらに有機溶媒浸漬処理を施す。
・香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施し、さらに有機溶媒浸漬処理を施す。
・香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、乾燥処理を施し、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施し、さらに有機溶媒浸漬処理を施す。
【0022】
香気成分の採取方法
本発明にかかる天然香料の製造方法においては、前記香気成分改質処理を施した後の植物素材について、従来公知の採取方法を用いて香気成分を採取することにより、所望の天然香料を得ることができる。
香気成分の採取方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、水蒸気蒸留法、熱水蒸留法等の蒸留法、有機溶媒抽出法、油脂吸着抽出法、超臨界流体抽出法等の抽出法、海綿法、エキュエル法、ローラー法、機械搾油法等の圧搾法等の採取方法が挙げられる。
【0023】
なお、本発明の香気成分改質処理工程において、前述の有機溶媒浸漬処理を行なう場合には、一定時間有機溶媒に浸漬した後、有機溶媒を除去することによって香気成分を採取することも可能である。
また、本発明により得られる天然香料は、従来の製造方法により得られる天然香料と同様に、単独あるいは他の香料と組み合わせて、香粧品類、医薬品類、飲食品類等に配合することが可能である。
【実施例1】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明について更に詳しく説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
破砕処理による香気成分組成の変化
・サクラの花
本発明者らは、まず最初に植物素材としてサクラの花を用い、未処理(破砕処理なし;従来法に相当、植物体から摘み取った花)の試料と、破砕処理を行なった試料について香気成分を分析し、それぞれの比較を行なった。
【0025】
比較例1−1[サクラの花:未処理(破砕処理なし)]
サクラ(ソメイヨシノ)の花(花弁及びガク)を2〜3g採取し、ヘッドスペースサンプル管(アジレント社製)に入れ、香気を16時間にわたって固相マイクロ抽出用ファイバーアセンブリーCAR/PDMSタイプ(SPMEファイバー:スペルコ社製)に捕集し、ガスクロマトグラフィー−質量分析計(以下、GC−MSと記載)[5973:アジレント社製]に直接導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図1(A)に示す。
【0026】
実施例1−1[サクラの花:破砕処理]
上記比較例1−1において用いたサクラ(ソメイヨシノ)の花弁及びガクを採取し、コーヒーミル(MK−61M:松下電器産業社製)を用いて、平均粒子径約3mm程度まで破砕した。その後、破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を16時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図1(B)に示す。
【0027】
図1(A),(B)に示されるように、サクラの花が摘花された状態で発している香気を示す比較例1−1と、破砕処理を施した後のサクラの花が発している香気を示す実施例1−1とでは、その香気成分の組成が大きく異なっていることがわかる。具体的には、サクラの花に破砕処理を施すことによって、アセチルベンゾイル、β−イオノン、アニスアルデヒド、シンナミックアルデヒド、クマリンといった未処理(破砕処理なし)のサクラの花においては得られない香気成分が新たに生成していることがわかった。以上の結果より、サクラの花に対して破砕処理を行なうことによって、その香気成分組成が質・量ともに著しく改質されることが明らかとなった。
【実施例2】
【0028】
・サクラの葉
次に本発明者らは、植物素材としてサクラ(ソメイヨシノ)の葉を用い、前記試験と同様に未処理(破砕処理なし)の試料と破砕処理を行なった試料について香気成分を分析し、それぞれの比較を行なった。
【0029】
比較例2−1[サクラの葉:未処理(破砕処理なし)]
葉柄カットされたサクラの葉を3枚(約3g)採り、透明広口ガラス瓶(150ml)に入れて香気を24時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図2(A)に示す。
【0030】
実施例2−1[サクラの葉:破砕処理]
葉柄カットされたサクラ(ソメイヨシノ)の葉をコーヒーミル(前述)により、平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐに破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を24時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図2(B)に示す。
【0031】
図2(A),(B)より、サクラの葉においても、採取直後の香気を示す比較例2−1と破砕処理を施した後の香気を示す実施例2−1との間で、香気成分の組成が大きく変化していることが明らかとなった。具体的には、サクラの葉に破砕処理を施すことによって、2,4−ヘキサジエナール、メチルサリシレート、α−イオノン、β−イオノン、クマリンといった香気成分が新たに生成していることがわかった。
【0032】
以上のように、植物素材に対して破砕処理を行なうことは、当該植物素材の香気成分を改質させる手段として非常に有効であることがわかる。したがって、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した場合には、従来の方法では得ることのできない新しい香りを有する香料を得ることができると考えられる。
【実施例3】
【0033】
破砕処理+乾燥処理,破砕処理+有機溶媒浸漬処理
つづいて、本発明者らは、前記試験と同様にして、サクラの葉について破砕処理を行い、破砕処理直後の香気成分、破砕処理後にさらに乾燥処理を行なった場合の香気成分、及び破砕処理後にさらに有機溶媒浸漬処理を行なった場合の香気成分を分析し、それぞれの比較を行なった。
【0034】
実施例3−1[サクラの葉:破砕処理直後]
上記試験において用いたサクラ(ソメイヨシノ)の葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐにヘキサンを用いて破砕物(2g)から香気成分を抽出した(抽出時間3分)。抽出液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(A)に示す。
【0035】
実施例3−2[サクラの葉:破砕処理+乾燥処理]
上記試験において用いたサクラ(ソメイヨシノ)の葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、さらに室温にて24時間乾燥した後、ヘキサンを用いて破砕物(2g)から香気成分を抽出した(抽出時間3分)。抽出液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(B)に示す。
【0036】
実施例3−3[サクラの葉:破砕処理+有機溶媒浸漬処理]
上記試験において用いたサクラ(ソメイヨシノ)の葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後(破砕物2g)、さらにヘキサン(8g)中に24時間浸漬した。溶媒浸漬液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(C)に示す。なお、図3(A)〜(C)の各ガスクロマトグラムの感度は同じ(縦軸目盛は同一)である。
【0037】
図3(A)に示されるように、サクラの葉を破砕した直後の香気成分を示す実施例3−1において、主な香気成分はベンズアルデヒド、クマリンであった。これに対して、図3(B)より、破砕処理の後さらに24時間の室温乾燥処理を行なった実施例3−2では、ベンズアルデヒドの量は大きく変化していないが、クマリンは顕著に増加していた。このことから、破砕処理に加えて乾燥処理を施すことによって、クマリンを代表とする香気成分が顕著に変化するということがわかった。
また、図3(C)より、破砕処理の後さらに24時間のヘキサン浸漬処理を行なった実施例3−3においても、ベンズアルデヒドの量は大きく変化していないが、クマリンが顕著に増加していたことから、ヘキサン浸漬処理を行なうことによっても、香気成分が顕著に変化することが明らかとなった。なお、実施例3−1においてもヘキサンにより抽出した試料についての分析を行なっていることから、実施例3−1と実施例3−3における香気成分の違いは、ヘキサン抽出の影響によるものではなく、ヘキサン浸漬処理によるものであることは明らかである。
【0038】
破砕処理+酸水溶液,塩水溶液浸漬処理
また、本発明者らは、前記試験と同様にして、サクラの葉について破砕処理を行なった後に、さらに酸水溶液あるいは塩水溶液による浸漬処理を行なった場合の香気成分を分析し、検討を行なった。
【0039】
実施例3−4[サクラの葉:破砕処理+塩水溶液浸漬処理]
上記試験において用いたサクラの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)に4M食塩水(8g)を加え24時間浸漬した。浸漬液にジエチルエーテルを8g加えて溶媒抽出した後、エーテル抽出液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(D)に示す。
【0040】
実施例3−5[サクラの葉:破砕処理+酸水溶液浸漬処理]
上記試験において用いたサクラの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)に1%クエン酸水溶液(8g)を加え24時間浸漬した。浸漬液にジエチルエーテルを8g加えて溶媒抽出した後、エーテル抽出液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図3(E)に示す。
【0041】
図3(A)に示されているように、サクラの葉を破砕した直後の香気成分を示す実施例3−1において、主な香気成分はベンズアルデヒドが64%、クマリンが7%である。これに対して、図3(D),(E)より、破砕処理後さらに24時間の4M食塩水浸漬処理を行なった実施例3−4では、ベンズアルデヒドが69%、クマリンが24%であり、また、1%クエン酸水溶液浸漬処理を行なった実施例3−5では、ベンズアルデヒドが44%、クマリンが45%であった。このことから、破砕処理に加えて塩水溶液、あるいは酸水溶液への浸漬処理を施すことによって、クマリンを代表とする香気成分が顕著に増加していることは明らかである。
【0042】
以上のように、植物素材に対して、破砕処理に加えて、さらに乾燥処理、有機溶媒浸漬処理、あるいは酸水溶液又は塩水溶液による浸漬処理を行なうことは、当該植物素材の香気成分を改質させる手段として非常に有効であることは明らかである。そして、このことから、香料原料となる植物素材に対して、これらの処理を施した場合には、従来の方法では得ることのできなかった新しい香りを有する天然香料を得ることができると考えられる。
【実施例4】
【0043】
香気成分含有量の少ない植物素材
つづいて、本発明者らは、一般に香気成分含有量が少ないものとして知られているブナ、ミズナラ、カラマツの葉を用い、未処理の試料と破砕処理を行なった試料について香気成分を分析し、それぞれの比較を行なった。なお、採取直後のブナ、ミズナラの葉の香気成分含有量はほぼゼロであり、カラマツの葉の香気成分含有量は乾燥重量100g中約0.3mlであることが知られている。
【0044】
・ブナの葉
比較例4−1[ブナの葉:未処理(破砕処理なし)]
葉柄カットされたブナの葉を10枚(約3g)採り、透明広口ガラス瓶(150ml)に入れて香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(A)に示す。
【0045】
実施例4−1[ブナの葉:破砕処理]
葉柄カットされたブナの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐに破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(B)に示す。
【0046】
・ミズナラの葉
比較例4−2[ミズナラの葉:未処理(破砕処理なし)]
葉柄カットされたミズナラの葉を2枚(約5g)採り、透明広口ガラス瓶(150ml)に入れて香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(C)に示す。
【0047】
実施例4−2[ミズナラの葉:破砕処理]
葉柄カットされたミズナラの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐに破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(D)に示す。
【0048】
・カラマツの葉
比較例4−3[カラマツの葉:未処理(破砕処理なし)]
葉柄カットされたカラマツの葉をヘッドスペースサンプル管(前述)に2g採り、香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(E)に示す。
【0049】
実施例4−3[カラマツの葉:破砕処理]
葉柄カットされたカラマツの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、すぐに破砕物2gをヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ、香気を48時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図4(F)に示す。
【0050】
ブナの葉においては、図4(A),同(B)に示されるように、未処理(破砕処理なし)では香りが弱い炭化水素が多く単調な青臭い香調であるが、破砕処理による香調は香気成分が豊富で幅のあるグリーンノートを持っていた。ミズナラの葉においては、図4(C),同(D)に示されるように、未処理(破砕処理なし)では青葉アルコール(シス−3−ヘキセノール)の量が多く単調な青臭い香調であるが、破砕処理による香調は香気成分が豊富で深みのあるグリーンノートを持っていた。カラマツの葉においては、図4(E),同(F)に示されるように、未処理(破砕処理なし)では単調な森林調の香りであるが、破砕処理による香調は森林の代表的成分であるα−ピネンが豊富で香りの幅およびボリュームの両方を兼ね備えていた。上記結果をまとめると、破砕処理を行なうことによって、シス−3−ヘキセニルエステル類(緑の香り系の成分)、モノテルペノイド類、芳香族化合物、セスキテルペン類といった香気成分が新たに生成されることが明らかとなった。
【0051】
以上の結果より、香気の弱い植物素材に対して破砕処理を行なうことによって、当該植物素材の発する香気成分の質および量を顕著に豊富にするものであることが明らかとなった。そして、このことから、従来では香料原料として用いることのできなかったような香気の弱い植物素材においても、破砕処理を施して香気成分の質および量を増大させることによって、香料素材として扱うことが可能となる。
【実施例5】
【0052】
つぎに本発明者らは、ブナ、ミズナラ、カラマツの葉について、破砕処理直後に有機溶媒浸漬処理を行なった後の香気成分を分析し、未処理(破砕処理なし)香気成分との比較を行なった。
【0053】
・ブナの葉
実施例5−1[ブナの葉:破砕処理+有機溶媒浸漬処理]
上記試験において用いたブナの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)にヘキサン(8g)を加え1週間浸漬した。浸漬液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図5(A)に示す。
【0054】
図5(A)と図4(A)とを比較すると、図4(A)においては香気成分が少ないが、図5(A)では、シス−3−ヘキセニルエステル類(緑の香り系の成分)、ゲラニオール等のテルペノイド類、ベンジルアルコール、オイゲノール等の芳香族化合物といった香気成分が新たに生成されており、発せられる香気成分量が著しく増大していることが明らかとなった。なお、実施例5−1で得られた香気成分の香調は、グリーン−干草−ティー(畳表様)であり、従来の方法ではブナの葉からでは得ることのできない新しい香調であった。
【0055】
・ミズナラの葉
実施例5−2[ミズナラの葉:破砕処理+有機溶媒浸漬処理]
上記試験において用いたミズナラの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)にヘキサン(8g)を加え1週間浸漬した。浸漬液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図5(B)に示す。
【0056】
図5(B)と図4(C)とを比較すると、図4(C)においては香気成分が少ないが、図5(B)では、トランス−2−ヘキセナール(緑の香りの成分)、ベンジルアルコール、メチルサリシレート、オイゲノール等の芳香族化合物といった香気成分が新たに生成されており、発せられる香気成分量が著しく増大していることが明らかとなった。なお、実施例5−2で得られた香気成分の香調は、ウッディ−ドライ−スパイシー(乾いた醤油樽様)であり、従来の方法ではミズナラの葉からでは得ることのできない新しい香調であった。
【0057】
・カラマツの葉
実施例5−3[カラマツの葉:破砕処理+有機溶媒浸漬処理]
上記試験において用いたカラマツの葉をコーヒーミル(前述)により平均粒子径約3mm程度まで破砕した後、破砕物(2g)にヘキサン(8g)を加え1週間浸漬した。浸漬液をヘッドスペースサンプル管(前述)に入れ溶媒を除去した後、香気を10時間にわたってSPMEファイバーに捕集し、GC−MS(前述)に導入して、香気成分を分析した。得られたガスクロマトグラムを図5(C)に示す。
【0058】
図5(C)と図4(E)とを比較すると、図4(E)においては香気成分が少ないが、図5(C)では、α−ピネン、ボルニルアセテート等のモノテルペノイド類といった香気成分が生成されており、発せられる香気成分量が著しく増大していることが明らかとなった。なお、実施例5−3で得られた香気成分の香調は、香りに幅のある森林調であり、従来の方法ではカラマツの葉からでは得ることのできない新しい香調であった。
【0059】
以上の結果より、香気の弱い植物素材に対して破砕処理及び有機溶媒浸漬処理を行なうことにより、当該植物素材の発する香気成分の質・量を顕著に豊富にするものであることが明らかとなった。これらのことから、従来香料原料として用いることのできなかったような香気の弱い植物素材に対して、破砕処理及び有機溶媒浸漬処理を施した場合には、採取可能な香気成分の質・量が著しく増大させることができ、天然香料を得るための植物素材として扱うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1(A)】本発明にかかる比較例1−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である
【図1(B)】本発明にかかる実施例1−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図2(A)】本発明にかかる比較例2−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図2(B)】本発明にかかる実施例2−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(A)】本発明にかかる実施例3−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(B)】本発明にかかる実施例3−2についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(C)】本発明にかかる実施例3−3についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(D)】本発明にかかる実施例3−4についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図3(E)】本発明にかかる実施例3−5についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(A)】本発明にかかる比較例4−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(B)】本発明にかかる実施例4−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(C)】本発明にかかる比較例4−2についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(D)】本発明にかかる実施例4−2についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(E)】本発明にかかる比較例4−3についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図4(F)】本発明にかかる実施例4−3についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図5(A)】本発明にかかる実施例5−1についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図5(B)】本発明にかかる実施例5−2についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【図5(C)】本発明にかかる実施例5−3についてのガスクロマトグラフィー/質量分析計による香気成分組成の分析結果である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程と、前記処理後の植物素材から香気成分を採取する香気成分採取工程と、を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材が平均粒子径0.01〜5mmとなるように破砕処理を施すことを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに有機溶媒浸漬処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の天然香料の製造方法において、有機溶媒浸漬処理を12時間以上行なうことを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項5】
請求項1から4に記載の天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに乾燥処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の天然香料の製造方法において、乾燥処理を6時間以上行なうことを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項7】
請求項1から6に記載の天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の天然香料の製造方法において、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を3時間以上行なうことを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項9】
請求項1から8に記載の天然香料の製造方法において、採取直後の香気成分含有量が乾燥重量100g中2.0ml以下の植物素材を香料原料として用いることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項1】
香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程と、前記処理後の植物素材から香気成分を採取する香気成分採取工程と、を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材が平均粒子径0.01〜5mmとなるように破砕処理を施すことを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに有機溶媒浸漬処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の天然香料の製造方法において、有機溶媒浸漬処理を12時間以上行なうことを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項5】
請求項1から4に記載の天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに乾燥処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の天然香料の製造方法において、乾燥処理を6時間以上行なうことを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項7】
請求項1から6に記載の天然香料の製造方法において、香料原料となる植物素材に対して破砕処理を施した後、さらに酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を施すことによって香気成分組成を改質させる香気成分改質処理工程を備えることを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の天然香料の製造方法において、酸水溶液又は塩水溶液への浸漬処理を3時間以上行なうことを特徴とする天然香料の製造方法。
【請求項9】
請求項1から8に記載の天然香料の製造方法において、採取直後の香気成分含有量が乾燥重量100g中2.0ml以下の植物素材を香料原料として用いることを特徴とする天然香料の製造方法。
【図1(A)】
【図1(B)】
【図2(A)】
【図2(B)】
【図3(A)】
【図3(B)】
【図3(C)】
【図3(D)】
【図3(E)】
【図4(A)】
【図4(B)】
【図4(C)】
【図4(D)】
【図4(E)】
【図4(F)】
【図5(A)】
【図5(B)】
【図5(C)】
【図1(B)】
【図2(A)】
【図2(B)】
【図3(A)】
【図3(B)】
【図3(C)】
【図3(D)】
【図3(E)】
【図4(A)】
【図4(B)】
【図4(C)】
【図4(D)】
【図4(E)】
【図4(F)】
【図5(A)】
【図5(B)】
【図5(C)】
【公開番号】特開2006−89543(P2006−89543A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−274524(P2004−274524)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】
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