説明

太陽電池用スパッタリングターゲット

【課題】スパッタ初期のスパッタレートが高く、かつスパッタレートの経時的な低下が小さく、さらに均質な膜が形成できる太陽電池用スパッタリングターゲットを提供する。
【解決手段】インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行って該鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にすることにより得られたターゲット材とバッキングプレートとを、インジウム-スズまたはインジウム-ガリウム合金製のボンディング材により接合することにより形成されたことを特徴とする太陽電池用スパッタリングターゲット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽電池用スパッタリングターゲットに関し、さらに詳しくは、ライフエンドまでスパッタレートが一定であり、均一な成膜が可能な太陽電池用スパッタリングターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
薄膜太陽電池の光吸収層として使用されるインジウム薄膜は、一般にインジウム製のスパッタリングターゲット(以下、インジウムターゲットともいう)をスパッタすることにより成膜されている。インジウムは軟質材料であり、融点が156.4℃と低融点金属であるので、インジウムターゲットは鋳造および圧延により製造されることが多い。
【0003】
特許文献1には、バッキングプレートにインジウム等の薄膜を形成した後、その薄膜の上にインジウム等の溶湯を流し込み、バッキングプレートとターゲット材とを一体に形成するターゲットの製造方法が開示されている。この方法は、ターゲット材を鋳造等により製造した後に、ターゲット材をバッキングプレートにボンディングする間接鋳造法に対して直接鋳造法と呼ばれる方法であり、ターゲット材とバッキングプレートとを隙間なく接合できるので、スパッタ時に熱的なムラが生じず、均一な膜が形成されるとされている。
【0004】
特許文献2には、インジウム原料を複数回に分けて鋳型に投入し、その都度生成した溶湯表面の酸化インジウムを除去し、その後、冷却して得られたインゴットを表面研削して得ることを特徴とする太陽電池用インジウムターゲットの製造方法が開示されている。この製造方法も直接鋳造法を用いた方法であり、この方法により得られたターゲットは、溶湯の酸化インジウムの巻き込み量が少ないので、光吸収層の光透過率低下が防止されると報告されている。
【0005】
しかし、これらの製造方法で製造された従来のインジウムターゲットは、スパッタレートが十分には高くなく、効率的な成膜が困難であった。スパッタリングターゲットにおいては、初期スパッタレートが高く、ライフエンドまで高スパッタレートであることが望まれる。また、従来のインジウムターゲットにてスパッタを行うと、特にスパッタがある程度進行した時点において、得られる膜の均質性が低下するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭63−44820号公報
【特許文献2】特開2010−24474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情の下になされたものであり、スパッタ初期のスパッタレートが高く、かつスパッタレートの経時的な低下が小さく、さらに均質な膜が形成できる太陽電池用スパッタリングターゲットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成する本発明は、インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行って該鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にすることにより得られた加工材から製造されたターゲット材、バッキングプレート、および前記ターゲット材とバッキングプレートとを接合するインジウム-スズまたはインジウム-ガリウム合金製のボンディング材からなることを特徴とする太陽電池用スパッタリングターゲットである。
【0009】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、前記ターゲット材は、インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行って該鋳塊の厚みを元の厚みの50%以下にすることにより得られた加工材から製造されたターゲット材であることが好ましい。
【0010】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、前記インジウム-スズおよびインジウム-ガリウム合金は、その融点が140℃以下であることが好ましい。
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、前記インジウム-スズおよびインジウム-ガリウム合金は、その融点が130℃以下であることが好ましい。
【0011】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、前記物理的応力を加える加工が圧延であることが好ましい。
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、前記物理的応力を加える加工が鍛造であることが好ましい。
【0012】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、その使用比率10%以上である時に形成されたエロージョンの最深部において100μmピッチで設定された、インジウムの結晶粒の粒界を挟む2点の測定箇所におけるエロージョンの深さを測定し、その差の平均が100μm以下であることが好ましい。
【0013】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、その使用比率10%以上である時に形成されたエロージョンの最深部において100μmピッチで設定された、インジウムの結晶粒の粒界を挟む2点の測定箇所におけるエロージョンの深さを測定し、その差の平均が60μm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットは、スパッタ初期のスパッタレートが高く、かつスパッタレートの経時的な低下が小さく、さらに均質なインジウム膜を形成することができる。つまり、ライフエンドに至るまで高レートで均質な膜を形成することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、使用比率が10%以上である時のターゲット材の上面図の一例を示す。
【図2】図2は、実施例3のインジウムターゲットを用いてスパッタを行ったときに得られたインジウム膜表面の顕微鏡写真である。
【図3】図3は、実施例6のインジウムターゲットを用いてスパッタを行ったときに得られたインジウム膜表面の顕微鏡写真である。
【図4】図4は、比較例1のインジウムターゲットを用いてスパッタを行ったときに得られたインジウム膜表面の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットは、インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行って該鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にすることにより得られた加工材から製造されたターゲット材、バッキングプレート、および前記ターゲット材とバッキングプレートとを接合するインジウム-スズまたはインジウム-ガリウム合金製のボンディング材からなることを特徴とする。
【0017】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおけるターゲット材は、インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行って該鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にすることにより得られた加工材から製造されたターゲット材である。
【0018】
鋳塊に物理的応力を加えず、鋳塊からターゲット材を製造した場合、高いスパッタレートを得ることができない。一方、鋳塊に物理的応力を加えて加工材とし、その加工材からターゲット材を製造した場合には、高いスパッタレートを得ることができる。この理由は明らかではないが、たとえば以下のような理由が考えられる。
【0019】
インジウム製の鋳塊においては、その鋳塊を形成する結晶粒子の表面に酸化物層が形成されていたり、不純物が偏在していたりすると考えられる。この鋳塊をそのままターゲット材に使用した場合、これら偏在した不純物等が原因となって、ターゲット材を構成するインジウムの結晶粒同士の接触抵抗が大きくなる。その結果、出力一定時において、スパッタ時の電圧上昇および電流値の減少が生じ、スパッタレートが小さくなると考えられる。また、このような偏在した不純物等は、アーキングや電流損失の原因にもなると考えられる。
【0020】
一方、インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行うと、鋳塊の結晶粒子表面に偏在していた酸化物層や不純物は分断または分散されると考えられる。その結果、ターゲット材を構成するインジウムの結晶粒同士の接触抵抗が小さくなり、出力一定時において、スパッタ時の電圧降下および電流値の増大が得られ、スパッタレートが大きくなると考えられる。また、このような不純物等の分断または分散により、アーキングや電流損失の発生を抑制することができる。
【0021】
物理的応力を加える加工としては、材料に大きな力を加えて材料を変形させる塑性加工であれば特に制限はなく、たとえば圧延、鍛造、押出し成形、プレス等を挙げることができる。これらのうち、圧延および鍛造が、加工操作が容易である点、酸化物層や不純物の分断または分散を確実に行うことができる点等において好ましい。
【0022】
前記圧延の方法は、前記条件を満たす限り特に制限はなく、従来インジウム製の鋳塊等に対して行われている圧延法と同じで差し支えない。前記鍛造の方法も、前記条件を満たす限り特に制限はなく、従来インジウム製の鋳塊等に対して行われている鍛造法と同じで差し支えない。物理的応力を加える加工が圧延である場合には、圧延によって得られた圧延板等が前記加工材となる。物理的応力を加える加工が鍛造である場合には、鍛造によって得られた鍛造板等が前記加工材となる。
【0023】
物理的応力を加える加工の程度は、鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にする程度であり、好ましくは60%にする程度、より好ましくは50%にする程度、さらに好ましくは40%以下にする程度である。物理的応力を加える加工により鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にすると、酸化物層や不純物の分断または分散を十分に行うことができ、均一なスパッタレートの確保および均質な膜の形成が可能になる。
【0024】
インジウム製の鋳塊の製造方法は、従来行われている鋳造法で差し支えない。たとえば、インゴッド状、ボール状または粒状等のインジウム材料を170〜200℃に加熱して溶解し、得られた溶湯を金型に流し込み、これを冷却して鋳塊が得られる。
【0025】
インジウム材料の純度は99.99%以上が好ましく、99.995%以上がより好ましい。インジウム材料の純度が99.99%以上であると、鋳塊に前記物理的応力を加える加工を行うことにより、不純物の分散が十分になりやすい。また、不純物が太陽電池効率に与える影響が小さい。
【0026】
鋳塊の形状および大きさには特に制限はなく、目的とするターゲット材の形状および大きさに合わせて適宜決定される。
鋳塊に物理的応力を加える加工を行って得られた加工材からターゲット材を製造する方法には特に制限はなく、本発明の効果を阻害しない限り、切削加工、研磨等を適宜行うことができる。前記加工材に加工を加えず、加工材をそのままターゲット材として使用してもよい。
【0027】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおけるボンディング材は、インジウム-スズ合金製またはインジウム-ガリウム合金製である。インジウム-スズ合金製またはインジウム-ガリウム合金製のボンディング材を使用すると、前記物理的応力を加える加工により得られた高スパッタレートをスパッタ開始後長期にわたり維持することができる。
【0028】
これらのボンディング材は、ターゲット材の材料であるインジウムよりも融点が低いので、ボンディング時にインジウムの融点よりも低い温度で融解させ、ボンディングすることができる。ターゲット材の材料であるインジウムの融点よりも低い温度でボンディングすることにより、前記物理的応力を加える加工により分断または分散された酸化物層や不純物が再び凝集するのを防止することができる。このため、インジウム-スズ合金製またはインジウム-ガリウム合金製のボンディング材を使用すると、前記物理的応力を加える加工により得られた高スパッタレートを維持できると考えられる。
【0029】
これに対し、ボンディング材の融点がインジウムの融点と同等である場合には、ボンディング時にインジウムの融点と同等以上の温度で融解させ、ボンディングすることが必要になる。ターゲット材の材料であるインジウムの融点と同等以上の温度でボンディングを行うと、ボンディング時にターゲット材の一部の結晶粒が成長あるいは融解する。そうすると、前記物理的応力を加える加工により分断または分散された酸化物層や不純物が再び凝集し、偏在することになる。その結果、高スパッタレートをスパッタ開始後長期にわたり維持することが困難になる。
【0030】
前記インジウム-スズおよびインジウム-ガリウム合金は、その融点が140℃以下であることが好ましく、より好ましくは130℃以下であり、さらに好ましくは125℃以下である。インジウム-スズおよびインジウム-ガリウム合金の融点が140℃以下であると、インジウムの融点(156.4℃)より十分低いので、インジウムの融点よりも低い温度でのボンディングが容易であり、前記物理的応力を加える加工により分断または分散された酸化物層や不純物の再凝集を確実に防止することができる。
【0031】
インジウム-スズおよびインジウム-ガリウム合金の融点の下限は特に制限はないが、取り扱いおよびスパッタ条件等を考慮すると、その融点は65℃以上であることが好ましい。
【0032】
インジウム-スズ合金における組成と融点との関係としては、たとえば融点が140℃以下の場合インジウム含有比率は44〜83質量%程度であり、融点が130℃以下の場合インジウム含有比率は47〜73質量%程度である。
【0033】
インジウム-ガリウム合金おける組成と融点との関係としては、たとえば融点が140℃以下の場合インジウム含有比率は約97質量%以下であり、融点が130℃以下の場合インジウム含有比率は約95質量%以下であり、融点が65℃以上の場合インジウム含有比率は約60質量%以上である。
【0034】
ターゲット材とバッキングプレートとの接合に用いられるボンディング材の量は、ターゲット材とバッキングプレートとの十分な接合が可能な限り特に制限はなく、ターゲット材およびバッキングプレートの大きさ、バッキングプレートの材料等に応じて適宜決定することができる。
【0035】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおけるバッキングプレートは、前記ターゲット材を前記ボンディング材により接合でき、バッキングプレート所定の機能を有する限り特に制限はなく、たとえば銅製等のバッキングプレートを使用することができる。
【0036】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットは、前記ターゲット材とバッキングプレートとを前記ボンディング材により公知の方法により接合することにより製造することができる。たとえば、前記ターゲット材およびバッキングプレートを、ボンディング材が溶解する温度で、インジウムの融点よりも低い温度、たとえば120〜150℃に加熱して溶解させ、バッキングプレートのボンディング面に溶解したボンディング材を塗布し、それぞれのボンディング面を貼り合わせて両者を圧着した後、冷却する。あるいは、ターゲット材およびバッキングプレートのそれぞれのボンディング面にボンディング剤を塗布し、それぞれのボンディング面を貼り合わせて、スパッタリングターゲットおよびバッキングプレートをボンディング材が溶解する温度で、インジウムの融点よりも低い温度、たとえば120〜150℃に加熱した後、冷却する。
【0037】
あるいは、前記ターゲット材をインジウムの融点よりもわずかに低い温度、たとえば120〜150℃加熱し、バッキングプレートをインジウムの融点よりも高い温度、たとえば170〜200℃に加熱する。バッキングプレートのボンディング面に溶解したボンディング材を塗布し、ターゲット材とバッキングプレートとのボンディング面を貼り合わせて、両者を圧着した後、冷却する。
【0038】
また、本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットは、ターゲット材の前駆体とバッキングプレートとを前記ボンディング材により接合した後、その前駆体部分に加工を施すことによりその前駆体をターゲット材にして製造してもよい。ターゲット材の前駆体とは、鋳塊に物理的応力を加える加工を行って得られた前記加工材、またはこの加工材に切削加工、研磨等の加工施して得られる材料である。
【0039】
なお、本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットは、間接鋳造法により製造されたスパッタリングターゲットである。
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットは、従来のインジウムターゲットと同様の条件でスパッタすることができる。
【0040】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、その使用比率10%以上である時に形成されたエロージョンの最深部において100μmピッチで設定された、インジウムの結晶粒の粒界を挟む2点の測定箇所におけるエロージョンの深さの差の平均(以下、平均段差ともいう)が100μm以下であることが好ましく、60μm以下であることがより好ましく、50μm以下であることがさらに好ましい。以下、このことについて説明する。
【0041】
使用比率とは、スパッタにより減少したターゲット材の質量の、スパッタをする前のターゲット材の質量に対する比率である。
図1に、使用比率が10%以上である時のターゲット材の上面図の一例を示す。直径4インチの円盤状のターゲット材1には、その表面4のスパッタ部に、スパッタにより掘れた部分であるエロージョン2がリング状に形成されている。エロージョン2はそのリングの中央部に向かって深く形成される。そのリングのほぼ中央部に最深部5が円状に形成されている。
【0042】
最深部とは、エロージョン部において最も深く形成された部分を含む部分であって、たとえばエロージョンの最大の深さに対して90〜100%の深さを有する部分である。エロージョンの深さとは、ターゲット材1の表面4からエロージョン部表面までの、表面4に対して直角方向の長さである。
【0043】
その最深部を含むエロージョン部表面を電子顕微鏡で観察し、その最深部において、たとえば、図1に示したようにほぼ均等に間隔を置いて3箇所以上の測定部位3を設定し、各測定部位3において長さ10mmの線分を3本以上想定する。その各線分上に、100μmのピッチで、インジウムの結晶粒の粒界を挟む2つの測定点を設定する。各測定点においてエロージョンの深さを測定し、各線分ごとにその線分上の2つの測定点間のエロージョンの深さの差(粒界差)を求める。全線分の粒界差の平均を算出し、その平均を平均段差とする。
【0044】
前記エロージョンの深さは、たとえば、表面粗さ測定装置により求めることができる。具体的な測定方法については下記実施例において詳述する。
ターゲット材を構成する結晶粒の大きさとの関係から、100μmのピッチで、インジウムの結晶粒の粒界を挟む2点の測定箇所を設定すると、その2点の測定箇所は、相互に隣接する2つのインジウムの結晶粒上に1ヵ所ずつ設定される。エロージョンの深さは、スパッタレートが大きいほど大きくなる。したがって、前記各組の2点の測定箇所におけるエロージョンの深さの差は、相互に隣接する2つのインジウム結晶粒におけるスパッタレートの差を意味する。
【0045】
つまり、前記平均段差が大きいことは、相互に隣接する結晶粒において、一方の結晶粒のスパッタレートと他方の結晶粒のスパッタレートとが大きく異なることを意味し、前記平均段差が小さいことは、相互に隣接する結晶粒において、一方の結晶粒のスパッタレートと他方の結晶粒のスパッタレートとが大きく異ならないことを意味する。
【0046】
前記平均段差が100μm以下であると、相互に隣接する結晶粒間においてスパッタレートが大きく異ならないので、ターゲット材のスパッタ部全面にわたって均一なスタッパレートが得られ、その結果、スパッタにより均質な膜を形成することができる。これに対し、前記平均段差が100μmより大きいと、相互に隣接する結晶粒間においてスパッタレートが大きく異なるので、ターゲット材のスパッタ部全面にわたって均一なスタッパレートが得られず、その結果、スパッタにより均質な膜を形成することが困難になる。
【0047】
本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットにおいては、インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行うことにより、その鋳塊を形成する結晶粒の表面に偏在する酸化物層や不純物が分断または分散され、さらにインジウム-スズ合金製のボンディング材等により接合されているので、分断または分散された状態が維持されている。このため、隣接する結晶粒間においてスパッタレートが大きく異なることはなく、前記平均段差が100μm以下になりやすい。その結果、本発明の太陽電池用スパッタリングターゲットを用いると、スパッタにより均質な膜を形成することができる。
【0048】
一方、インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行っていない場合、または前記加工を行っても、インジウム-スズ合金製のボンディング材等により接合されていない場合には、結晶粒の表面に酸化物層や不純物が分断または分散されず、偏在する状態になっている。このため、隣接する結晶粒間においてスパッタレートが大きく異なり、前記平均段差が100μm以下になりにくい。その結果、従来の太陽電池用スパッタリングターゲットを用いると、スパッタにより均質な膜を形成することが困難である。
【0049】
前記平均段差は、スパッタが進行した段階および部位において現れやすい。たとえば使用比率が10%以上の場合に、また前記エロージョンの最深部において顕著に現れる。
【実施例】
【0050】
実施例および比較例で使用した測定方法を記す。
(バルク抵抗、電流および電圧)
バルク抵抗は、三菱化学ロレスターHP MCP-T410(直列4探針プローブ TYPE ESP )を用いて、AUTO RANGEモードでインジウムターゲットのターゲット材表面にプローブをあてて測定した。電圧および電流値は、スパッタ中にスパッタ装置の電源メーターから読み取った。
【0051】
(使用比率)
作製されたインジウムターゲットを用いてスパッタを行い、スパッタ実施後のインジウムターゲットの質量を測定した。スパッタ実施前のインジウムターゲットの質量をM1、スパッタ実施後のインジウムターゲットの質量をM2、スパッタ実施前のターゲット材の質量をM3として、使用比率を下式により求めた。下式において、(M1−M2)は、スパッタにより減少したターゲット材の質量を意味する。
【0052】
【数1】

(スパッタレート)
作製されたインジウムターゲットを用いて以下の条件でスパッタを行った。
【0053】
装置名 ハイレートスパッタ装置 真空器械工業株式会社EX-3013M
到達真空度 3.0×10-4〜8.3×10-5Pa
O2フロー量 0sccm
Arフロー量 49sccm
スパッタ圧力 6.5×10-1Pa
出力 154W
基板温度 室温
使用ガラス 縦40mm、横40mm、厚さ0.8mm、 コーニング#1737
【0054】
一定時間ごとにスパッタにより形成された膜の厚み(Å)および使用比率を測定した。横軸にスパッタ時間、縦軸に膜厚をとり、曲線を作成した。スパッタ開始時における前記曲線の接線の傾きを初期レートとした。使用比率が15%を超えた時間における前記曲線の接線の傾きを使用比率15%超時レートとした。
【0055】
初期レートをR0、使用比率15%超時レートをR15として、スパッタレート低下率を次式により求めた。
【0056】
【数2】

(平均段差)
上記スパッタレートの測定方法で示したスパッタを行ったインジウムターゲットにおいて、使用比率10%以上である時に形成されたリング状のエロージョンの最深部において、ほぼ均等に間隔を置いて3箇所の測定部位を設定し、各測定部位において長さ10mmの線分を3本想定し、その各線分上に100μmピッチで2つの測定点を設定した。各測定点におけるエロージョンの深さ、つまりターゲット材の表面から各測定箇所までの、前記表面に対して直角方向の長さを、下記条件により測定した。前記9本の線分ごとにその線分上の2つの測定点におけるエロージョンの深さの差(粒界差)を求め、それらの平均を平均段差とした。エロージョンの最深部は、エロージョンの最大の深さに対して90〜100%の深さを有する部分とした。
【0057】
装置名 表面粗さ測定システム 日本真空技術株式会社、DEKTAK 6M
Scan length 100μm
Scan type Standard Scan
Stylus type Radius12.5μm
Stylus force 15mg
Meas Range 2620KÅ
【0058】
(膜の表面粗さRa)
上記スパッタレートの測定方法で示したスパッタを行って得られたインジウム膜の、膜厚5000Åの時の表面粗さRa(μm)を、KEYENCE製 COLOR3D Laser Scanning Microscope VK-8710を用いて下記条件で測定した。
【0059】
[測定条件]
フィルタ:光量1%
Z測定ピッチ:0.01μm
測定モード:表面形状
測定エリア:面
測定品質:高精細
【0060】
[実施例1]
In(純度99.99%以上)を180℃で溶解し、得られた溶湯を金型に注入して、縦100mm、横100mm、厚さ15mmの平板状の鋳塊を鋳造した。得られた鋳塊に対して、日本クロス圧延製圧延機を用いて、常温にて、圧下量1mm/passの条件で圧延を行い、厚さ9mmの圧延板を得た。得られた圧延板を直径102mmの円盤状に切り出し、両面を各1mmフライスを用いて切削して平滑面とした。この圧延円板(ターゲット材)および直径110mmの円盤状の無酸素銅製バッキングプレートを、それぞれのボンディング面を上にしてホットプレート上で130℃になるように加熱した。In(純度99.99%以上)50質量%とSn(純度99.99%以上)50質量%とからなる合金(融点125℃)をボンディング材として用い、この合金の130℃の溶湯を前記バッキングプレートのボンディング面に、コテを用いて薄く引き延ばしながら付着させた。この上に加熱していた前記圧延円板を乗せ、動かないように重りを圧延円板の上に乗せたまま冷却し、ボンディングを行った。この後、圧延円板部分を旋盤にて直径101mm、厚さ6mmのサイズに加工することによりインジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表1に示した。
【0061】
[実施例2]
圧延円板およびバッキングプレートの加熱温度を120℃としたこと、およびボンディング材として、In(純度99.99%以上)90質量%とGa(純度99.99%以上)10質量%とからなる合金(融点115℃)を用い、この合金の溶湯温度を120℃にしたこと以外は実施例1と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表1に示した。
【0062】
[実施例3]
平板状の鋳塊の厚さを18mmとしたこと以外は実施例1と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表1に示した。
【0063】
また、このインジウムターゲットを用いて上記スパッタレート測定を行ったときにそのスパッタによって得られたインジウム膜の、膜厚5000Åの時の表面をKEYENCE製 COLOR3D Laser Scanning Microscope VK-8710を用いて観察した。得られた画像を図2に示した。
【0064】
[実施例4]
平板状の鋳塊の厚さを18mmとしたこと、圧延円板およびバッキングプレートの加熱温度を120℃としたこと、およびボンディング材として、In(純度99.99%以上)90質量%とGa(純度99.99%以上)10質量%とからなる合金(融点115℃)を用い、この合金の溶湯温度を120℃にしたこと以外は実施例1と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表1に示した。
【0065】
[実施例5]
平板状の鋳塊の厚さを18mmとしたこと、圧延円板およびバッキングプレートの加熱温度を100℃としたこと、およびボンディング材として、In(純度99.99%以上)80質量%とGa(純度99.99%以上)20質量%とからなる合金(融点90℃)を用い、この合金の溶湯温度を100℃にしたこと以外は実施例1と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表1に示した。
【0066】
[実施例6]
平板状の鋳塊の厚さを22.5mmとしたこと以外は実施例1と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表1に示した。
【0067】
また、このインジウムターゲットを用いて上記スパッタレート測定を行ったときにそのスパッタによって得られたインジウム膜の、膜厚5000Åの時の表面を実施例3と同様の条件で観察した。得られた画像を図3に示した。
【0068】
[実施例7]
平板状の鋳塊の厚さを18mmとしたこと、およびこの鋳塊に対して圧延を行う代わりに、この鋳塊全面を、手でハンマーを用いて叩いて鍛造を行い、鋳塊の厚さを9mmにしたこと以外は実施例1と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表1に示した。
【0069】
[比較例1]
直径110mmの円盤状の無酸素銅バッキングプレートに内径が102mmのステンレス製の円筒金型を、その中心線を前記バッキングプレートの中心線に合わせて装着し、金型が動かないようにクランプで固定した。これをホットプレート上で180℃(Inの融点以上)となるよう加熱した。このバッキングプレート上にIn(純度99.99%以上)を、溶解後の厚さが7mmとなるように投入し、溶解させた後表面の酸化物を除去し、冷却することでIn溶湯を凝固させた。この凝固体を、旋盤を用いて直径101mm、厚さ6mmの円盤状に加工し、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表2に示した。
【0070】
また、このインジウムターゲットを用いて上記スパッタレート測定を行ったときにそのスパッタによって得られたインジウム膜の、膜厚5000Åの時の表面を実施例3と同様の条件で観察した。得られた画像を図4に示した。
【0071】
[比較例2]
平板状の鋳塊の厚さを9mmとしたこと、およびこの鋳塊に圧延を行わず、そのままこの鋳塊を直径102mmの円盤状に切り出し、両面を各1mmフライスを用いて切削し平滑面としたこと以外は実施例1と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表2に示した。
【0072】
[比較例3]
平板状の鋳塊の厚さを11mmとしたこと以外は実施例1と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表2に示した。
【0073】
[比較例4]
In(純度99.99%以上)を180℃で溶解し、得られた溶湯を金型に注入して、縦100mm、横100mm、厚さ15mmの平板状の鋳塊を鋳造した。得られた鋳塊に対して、日本クロス圧延製圧延機を用いて、常温にて、圧下量1mm/passの条件で圧延を行い、鋳塊の厚さを9mmにした。得られた圧延板を直径102mmの円盤状に切り出し、両面を各1mmフライスを用いて切削して平滑面とした。この圧延円板および直径110mmの円盤状の無酸素銅製バッキングプレートを、それぞれのボンディング面を上にしてホットプレート上に乗せ、圧延円板が140℃、バッキングプレートが180℃になるように加熱した。In(純度99.99%以上)金属(融点156.4℃)をボンディング材として用い、このIn金属の180℃の溶湯を前記バッキングプレートのボンディング面に、コテを用いて薄く引き延ばしながら付着させた。この上に加熱していた前記圧延円板を乗せ、動かないように重りを圧延円板の上に乗せたまま冷却し、ボンディングを行った。この後、圧延円板部分を旋盤にて直径101mm、厚さ6mmのサイズに加工することによりインジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表2に示した。
【0074】
[比較例5]
平板状の鋳塊の厚さを18mmとしたこと以外は比較例4と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表2に示した。
【0075】
[比較例6]
鋳塊の厚さを10.5mmにしたこと以外は実施例7と同様に行い、インジウムターゲットを作製した。このインジウムターゲットに対して、上記測定方法にて各種評価を行った。結果を表1に示した。
【0076】
【表1】

【0077】
【表2】

表1における実施例1、3および6と比較例2および3との比較から、鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にする圧延を行うことにより、得られるスパッタリングターゲットの初期レートが高くなり、このスパッタリングターゲットをスパッタして得られるIn膜の表面粗さが小さくなることがわかる。図2および図3と図4との比較からも、鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にする圧延を行うことにより得られたスパッタリングターゲットをスパッタして得られるIn膜は、表面粗さが小さいことがわかる。また、表1における実施例7と比較例6との比較から、鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にする鍛造を行うことによっても圧延の場合と同様の効果が得られることがわかる。
【0078】
また、実施例2と比較例4との比較および実施例3〜5と比較例5との比較から、たとえ鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にする圧延を行って初期レートの高いスパッタリングターゲットを得たとしても、インジウム-スズおよびインジウム-ガリウム合金製のボンディング材以外のボンディング材を使用してターゲット材とバッキングプレートとを接合すると、スパッタの進行に従ってスパッタレートが大きく低下することがわかる。これに対して、鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にする圧延を行い、さらにインジウム-スズまたはインジウム-ガリウム合金製のボンディング材を使用してターゲット材とバッキングプレートとを接合すると、初期レートが高く、さらにスパッタが進行してもスパッタレートの低下が小さいことがわかる。
【符号の説明】
【0079】
1 ターゲット材
2 エロージョン
3 測定部位
4 表面
5 最深部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行って該鋳塊の厚みを元の厚みの70%以下にすることにより得られた加工材から製造されたターゲット材、バッキングプレート、および前記ターゲット材とバッキングプレートとを接合するインジウム-スズまたはインジウム-ガリウム合金製のボンディング材からなることを特徴とする太陽電池用スパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記ターゲット材は、インジウム製の鋳塊に物理的応力を加える加工を行って該鋳塊の厚みを元の厚みの50%以下にすることにより得られた加工材から製造されたターゲット材であることを特徴とする請求項1に記載の太陽電池用スパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記インジウム-スズおよびインジウム-ガリウム合金は、その融点が140℃以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の太陽電池用スパッタリングターゲット。
【請求項4】
前記インジウム-スズおよびインジウム-ガリウム合金は、その融点が130℃以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の太陽電池用スパッタリングターゲット。
【請求項5】
前記物理的応力を加える加工が圧延であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の太陽電池用スパッタリングターゲット。
【請求項6】
前記物理的応力を加える加工が鍛造であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の太陽電池用スパッタリングターゲット。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の太陽電池用スパッタリングターゲットであって、その使用比率10%以上である時に形成されたエロージョンの最深部において100μmピッチで設定された、インジウムの結晶粒の粒界を挟む2点の測定箇所におけるエロージョンの深さを測定し、その差の平均が100μm以下であることを特徴とする太陽電池用スパッタリングターゲット。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の太陽電池用スパッタリングターゲットであって、その使用比率10%以上である時に形成されたエロージョンの最深部において100μmピッチで設定された、インジウムの結晶粒の粒界を挟む2点の測定箇所におけるエロージョンの深さを測定し、その差の平均が60μm以下であることを特徴とする太陽電池用スパッタリングターゲット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−251174(P2012−251174A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−91415(P2011−91415)
【出願日】平成23年4月15日(2011.4.15)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】