説明

好塩菌による高効率なポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)等の産生方法

【課題】有望なPHAs生産菌であるハロモナス族の菌株の高効率な培養には、高価なグルタミン酸ナトリウム等のアミノ酸等の培地への添加が必須であったが、アミノ酸などを用いず、他の細菌が混入しても安定してPHAsを低コストで生産できる、より安価で効率的なポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)の生産方法の提供。
【解決手段】好塩菌をアミノ酸などの複合有機物を含まず、無機塩と単一もしくは複数の単一有機炭素源からなるpH8.8〜11の培地で増殖することにより、乾燥菌体重量に対して85重量%以上のPHAsを産生した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、好塩菌による高効率な生分解性プラスチックであるポリヒドロキシアルカノエート(polyhydroxyalkanoates)(PHAs)等の産生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生分解性プラスチックは、微生物などの作用により例えば土壌中に埋めた状態で分解されるため、環境破壊を防止する観点から注目されている。生分解性プラスチックは、通常の難分解性プラスチックよりも価格が高く、性能の点で劣っていたが、これらの欠点についても解消されて実用化の段階に入っており、使用量の増大に合わせて生分解性プラスチックの量産技術が求められている。
【0003】
生分解性プラスチックの一種であるポリヒドロキシアルカノエートは、ラルストニア属水素細菌、ラン藻、メタン資化細菌等広範囲の細菌により、ある種の栄養源(窒素やリンなど)が欠乏した条件で産生される。
【0004】
一方、好塩菌は、グルコースなどを主な炭素源とし、ペプトンや酵母エキスを少量含むpH7.5〜8.56の培地で菌体内に著量のPHBを蓄積することが報告されている(例えば、非特許文献1、2参照)。
【0005】
本発明者らは、好塩菌によるポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)産生方法及び好塩菌に関する発明(特許文献1、2)を提出し、アルカリ性条件下で、グリセロール等を炭素源として著量のPHAsを蓄積する生産方法及び好塩菌を発明し、出願した。また、木材糖化液を用いて著量のPHAsを蓄積する方法を認め、好塩菌による木材糖化液を用いたポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)等の産生方法として、出願した。(特許文献3)
本発明者らは、上記特許文献1、2において、pH8.8以上のアルカリ性、高濃度のナト
リウムを含む培地で良好に生育する好塩菌を分離、同定し、各種の炭素源を用いて菌体を培養し、PHAsの生産量を調べたところ著量のPHAsの蓄積を行うことが認めた。
【0006】
各種の炭素源とは、六炭糖(グルコース、フラクトース)、五炭糖(キシロース、アラビ
ノース)、二糖(スクロース)、糖アルコール(マンニトール、ソルビトール)、酢酸、酢酸
ナトリウム、エタノール、グリセロール、可溶性デンプン、n-プロパノール、プロピオン酸等であったことを申請している。
【0007】
一方、既知の文献において、多くの微生物において、グルコースが培地にあると他の糖が存在してもグルコースを優先的に代謝すること(グルコース代謝抑制)が知られているが(例えば、非特許文献3参照)、ハロモナス菌においては、キシロースに対するグルコース代謝抑制が認められないデータが特許文献1、2の中に示されている。
【0008】
本ハロモナスにおいても、木材糖化液について生育阻害がないだけでなく、成長促進、PHBの蓄積促進が生じることを認め、発明を提出している。(特許文献3)
他のハロモナス菌においては、アミノ酸であるMonosodium Glutamate(グルタミン酸ナト
リウム)を培地に加え、培地を入れ替えながら培養する半回分培養を行った場合には、同81.0 wt.%、44.0 g/l、35.4 g/l、1.10 g/lhであることが報告されている(非特許文献4
参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特願2007-248651
【特許文献2】WO/2009/041531
【特許文献3】特願2009-203364
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Quillaguaman J.; Munoz M.; Mattiasson B.; Hatti-Kaul R. Appl Microbiol Biotechnol 2007 ; 74 ( 5 ) : 981-986
【非特許文献2】Quillaguaman J.; Hashim S.; Bento F.; Mattiasson B.; Hatti-Kaul R. J Appl Microbiol 2005 ; 99 ( 1 ) : 151-157
【非特許文献3】Voet著 Biochemistry 3rd edition pp1239-1242
【非特許文献4】Poly(3-hydroxybutyrate) production by Halomonas boliviensis in fed-batch culture Jorge Quillaguaman , Thuoc Doan-Van1, Hector Guzman, Daniel Guzman, Javier Martin, Akaraonye Everest and Rajni Hatti-Kaul Appl. Environ. Microbiol. 2008 78(2): 227-232
【非特許文献5】Fanny Monteil-Riveraa; Aimesther Betancourta; Huu Van Trab; Abdessalem Yezzaa; Jalal Hawaria: “Use of headspace solid-phase microextraction for the quantification of poly(3-hydroxybutyrate) in microbial cells” Journal of Chromatography A 2007;1154(1-2):34-41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
有望なPHAs生産菌であるハロモナス族の菌株において、その高効率な培養には、高価なグルタミン酸ナトリウム等のアミノ酸等の培地への添加が必須であり、より安価に効率的にポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)を生産することが問題であった。そこで本発明は、アミノ酸などを用いず、他の細菌が混入しても安定してPHAsを低コストで生産できる、PHAsの産生方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、商業的な屋外培養でコンタミがほとんどないことが知られている微細藻類スピルリナの効率的な培養方法を検討していたところ、ある種の条件下で好塩菌が唯一のコンタミ菌として生育するのを認めた。
【0013】
この好塩菌は、pH8.8以上のアルカリ性、高濃度のナトリウムを含む培地で良好に生育
するため他のバクテリア等のコンタミが極めて起こりにくいことが推定された。そこで各種の炭素源の資化性を調べるためにこの菌体を培養し、PHAsの生産量を調べたところ著量のPHAsの蓄積を行うことが認められた。
【0014】
各種の炭素源とは、単糖(グルコース、フラクトース)、二糖(スクロース)、酢酸、酢酸ナトリウム、エタノール、グリセロール、可溶性デンプン、n-プロパノール、プロピオン酸等であった。
【0015】
既知の文献において、好塩菌の培養に用いられる培地には、ペプトンや酵母エキスが必ず含まれており、主要な炭素源に加えて、これらを少量用いることがPHAsの蓄積を向上させることが示されている(非特許文献1、2)。
【0016】
しかるに、無機塩から構成されるスピルリナ培地に、上記の各種炭素源を加えた本好塩菌の培養において、ペプトンや酵母エキスは用いることなく、無機塩と単純な有機炭素源を加えた低コストの培地で培養可能であることを本発明者は確認した。従って、本発明の方法および好塩菌は実際の商業培養において有利であると言える。
【0017】
また、地球に優しい燃料として利用がすすんでいるバイオディーゼルフュエル(BDF)の
生産では、水酸化ナトリウム等のアルカリ触媒を用いて、植物、動物油脂から脂肪酸メチルエステル(BDFの主体)を作製する方法が主流なため、この手法によるアルカリを多く含
んだ廃グリセロールの処理が問題となっている。これらの廃グリセロールからメタノール除去等をおこなえば、この好塩菌が炭素源として利用し、PHAsを生産することができる。
【0018】
本発明の好塩菌ハロモナス・エスピー(Halomonas sp.) KM-1株は、16SリボゾームRNA配列による分析で、ハロモナス属ハロモナス・ニトリトフィルス(Halomonas nitritophilus)と特に相同性が高く、また、ハロモナス・ダキンゲンシス(Halomonas daqingensis)、ハロモナス・サリナ(Halomonas salina)、ハロモナス・アリメンタリア(Halomonas alimentaria)、ハロモナス・カンピサリス(Halomonas campisalis)、ハロモナス・デシデ
ラタ(Halomonas desiderata)等との相同性も示された。
【0019】
本好塩菌は、高アルカリ条件でかつ高塩濃度条件の他のバクテリアが生育し難い条件で生育するため、他のバクテリアのコンタミネーションが抑制され、効率的にPHAsを生産することが可能である。(特許文献1、2)
一方、他のハロモナス菌においては、アミノ酸であるMonosodium Glutamate(グルタミン酸ナトリウム)を培地に加え、半回分培養を行った場合には、PHA量81.0 wt.%、乾燥菌体重量44.0 g/l、PHA量 35.4 g/l、容積単位時間収率1.10g/lhであることが報告されている(非特許文献4参照)。そこで、本菌体においても、同様にグルタミン酸ナトリウムを添加し、培養したところ生育が促進され、PHAsの蓄積も向上することが認められた。しかしながら、グルタミン酸ナトリウムは培地に使用するには高価であることから、より安価な培地組成等を精査した。
【0020】
本発明者らは、単一の有機炭素源を基質とする場合において、好塩菌の増殖を中心とする工程と、PHAs蓄積を中心とする工程を、自動的、連続的に行い、高価な複数種の有機炭素・窒素源を含む、アミノ酸、ペプトンや酵母エキス等を与えなくても、無機窒素、無機リンのバランスを変更することで容易に著量のPHAsが蓄積されることを見出した。本発明は、以下のPHAsの産生方法を提供するものである。
【0021】
項1
ハロモナス属に属する好塩菌を用いたポリヒドロキシアルカノエート(polyhydroxyalkanoates)(PHAs)製造方法であって、好塩菌を無機塩と単一もしくは複数の単一有機炭素
源を含むpH8.8〜11の培地で培養し、乾燥菌体当たり85%以上のPHAsを生産するPHAs製造方法。
【0022】
項2
培地1L当り15g以上のPHAsを生産する項1に記載の方法。
【0023】
項3
好塩菌を回分培養する項1に記載の方法。
【0024】
項4
前記の無機塩が、リン酸塩及び/又は硝酸塩を含むことを特徴とする項1に記載の方法。
【0025】
項5
前記の無機塩が、リン酸水素カリウム及び/又は硝酸ナトリウムである項1に記載の方法。
【0026】
項6
前記の硝酸塩が、培地100mL当り、375mg以上含まれる項4に記載の方法。
【0027】
項7
前記ポリヒドロキシアルカノエートがポリヒドロキシブチレート(polyhydroxybutyrate)(PHB)である、項1に記載の方法。
【0028】
項8
前記有機炭素源がn-プロパノール、プロピオン酸及びその塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含み、前記ポリヒドロキシアルカノエートがヒドロキシブチレートとヒドロキシバレレート(polyhydroxyvalerate)(PHV)のコポリマーである、項1に記載の方法。
【0029】
項9
前記好塩菌がハロモナス・エスピー(Halomonas sp.)KM-1株(FERM BP-10995)である、項1に記載の方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明の好塩菌によるポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)等の産生方法によれば、PHAs生産に際し従来のようにアミノ酸、ペプトンや酵母エキス等の高価な有機炭素・窒素源を用いず、単独もしくは他の炭素源に、無機窒素、無機リンバランスを変更することで、PHAsの蓄積を一段階の培養で、他のバクテリアのコンタミが起こりにくい環境で行うことができる。
【0031】
本発明において、好塩菌は、アミノ酸、ペプトンや酵母エキス等の複数の有機炭素・窒素源を含む培地を用いることが生育に必須ではないため、例えば、安価な栄養塩に加え、バイオディーゼル生産に副生する廃グリセロールや、エタノール発酵などの過程で生産される木材糖化液を単独もしくは他の炭素源に追加して用いることや、酵母によるエタノール発酵において利用が難しい問題を有する五炭糖のキシロース、アラビノース等を有効に利用できる。従って、現状の遺伝子組換えをしていない酵母で木材糖化液をエタノール発酵した残渣(主にキシロールやアラビノースを含む)を利用して、PHAs等の生産を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】好塩菌ハロモナス・エスピー KM-1株を、グリセロールを用い35℃にて培養したときの菌体濁度OD600と培養時間を調べたグラフである。凡例に示す「%」はすべて、「w/v%」を示す(図2〜7においても同じ)。
【図2】好塩菌ハロモナス・エスピー KM-1株を、グリセロールを用い35℃にて培養したときに蓄積されたPHBの割合(PHB/乾燥菌体)と培養時間を示したグラフである。
【図3】好塩菌ハロモナス・エスピー KM-1株を、グリセロールを用い、35℃にて培養したときに蓄積されたPHBの総量(g/L:PHB/培養液)と培養時間を示したグラフである。
【図4】好塩菌ハロモナス・エスピー KM-1株を、グリセロールを用い、33℃にて培養したときの菌体濁度OD600と培養時間を調べたグラフである。
【図5】好塩菌ハロモナス・エスピー KM-1株を、グリセロールを用い33℃にて培養したときに蓄積されたPHBの割合(PHB/乾燥菌体)と培養時間を示したグラフである。
【図6】好塩菌ハロモナス・エスピー KM-1株を、グリセロールを用い、33℃にて培養したときに蓄積されたPHBの総量(g/L:PHB/培養液)と培養時間を示したグラフである。
【図7】好塩菌ハロモナス・エスピー KM-1株を、グリセロールを5%炭素源に添加し、窒素源としてのNaNO3の量を、培地100mLあたり250mg、375mg、500mg、1000mg加え、33℃にて培養したときの菌体濁度OD600と培養時間を調べたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
好塩菌
本発明は、アミノ酸などの複合有機物を含まず無機塩と単一もしくは複数の単一有機炭素源に初期pH8.8〜11の培地で増殖並びに乾燥菌体重量に対して85重量%以上のPHAsを産生することができる、ハロモナス属に属する用いることが出来る。
【0034】
当該ハロモナス属に属する好塩菌は、前記培地中で乾燥菌体重量に対して、好ましくは85重量%以上より好ましくは、90%以上のPHAsを産生することができる。
【0035】
ハロモナス属とは、0.2M以上1.0M程度までの塩濃度を適とする好塩性有し、時には塩を含まない培地においても生育する細菌である。
【0036】
当該ハロモナス属に属する好塩菌は、0.2M以上1.0M程度までの塩濃度を適とする好塩性を示す細菌である。当該ハロモナス属に属する好塩菌としては、ペプトンや酵母エキス等の複数の有機炭素・窒素源を培養に必要としないものであり、pHが8.8以上、好ましくは8.8〜11で生育可能なものであって、前記培地中で乾燥菌体重量に対して85重量%以上のPHAsを産生することができるものであれば特に限定されないが、好ましくはハロモナス・エ
スピー(Halomonas sp.) KM-1株である。当該ハロモナス・エスピー KM-1株は、アミノ酸
などの複合有機物を含まず無機塩と単一もしくは複数の単一有機炭素源からなり、pHが8.8以上、好ましくは8.8〜11の培地で培養でき、当該培地中で乾燥菌体重量に対して85重量%以上より好ましくは、90%以上のPHAsを産生することを特徴とする。
【0037】
当該ハロモナス・エスピー KM-1株は、平成19年7月10日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566茨城県つくば市東1-1-1中央第6)に受託番号FERM P-21316として寄託されている。また、この菌株は、現在国際寄託に移管されており、その受託番号はFERM BP-10995である。
【0038】
ハロモナス・エスピー KM-1株以外の当該好塩菌の具体例としては、例えば16SリボゾームRNA配列による分析から、ハロモナス・ニトリトフィルス、ハロモナス・アリメンタリ
アなどが挙げられる。
【0039】
尚、上述した細菌と同様の性質を有するハロモナス属に属する好塩菌であれば、ハロモナス・ニトリトフィルスや、ハロモナス・エスピー KM-1等に限らず、本発明の好塩菌に
よるPHAs産生方法を適用できる。
【0040】
PHAs産生方法
(a)培地
本発明における、好塩菌の培養は、アミノ酸などの複合有機物を含まず無機塩と単一もしくは複数の単一有機炭素源に追加した初期pH8.8〜11の培地で行う。
【0041】
当該無機塩としては、リン酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、及びナトリウム、マグネシウム、カリウム、マンガン、鉄、亜鉛、銅、コバルト等の金属塩が挙げられる。ナトリウムを含む培地成分としては、NaCl、NaNO3、NaHCO3等が挙げられる。当該無機塩は複数で
あってもよく、菌体における窒素源やリン源となるものが含まれることが好ましい。
【0042】
窒素源としては硝酸塩があげられ、リン源としてはリン酸塩があげられる。硝酸塩の代わりに亜硝酸塩や、培養条件を調節してアンモニウム塩などを用いることもできる。リン
酸塩の代わりにリン酸一水素塩やリン酸二水素塩を用いることもできる。より好ましい窒素源の例としてはNaNO3があげられ、より好ましいリン酸源の例としては、K2HPOがあげられる。
【0043】
硝酸塩の培地への添加量は、菌体の生育に影響を及ぼすことなく、本発明における乾燥菌体および培地あたりのPHAs生育量の目的が達成される範囲において、設定することができる。具体的には培地100mLあたり、375mg以上とすることができ、より好ましくは500mg
以上、更に好ましくは1000mg以上である。
【0044】
リン酸塩の添加量も、菌体の生育に影響を及ぼすことなく、乾燥菌体あたり、および培地あたりのPHAs生育量の目的が達成される範囲において設定することができる。具体的には培地100mLあたり、50〜400mgとすることができ、より好ましくは100〜200mgである。
【0045】
その他の無機塩の濃度は、総量で0.2〜2.5M、好ましくは0.2〜1.0M、より好ましくは0.2〜0.5 M程度である。当該培地のpHは、5以上、菌種により好ましくは8.8以上、特に8.8
〜11であればよい。
【0046】
有機炭素源としては、六炭糖(グルコース、フラクトース)、五炭糖(キシロース、アラ
ビノース)、二糖(スクロース)、糖アルコール(マンニトール、ソルビトール)、酢酸、酢
酸ナトリウム、エタノール、グリセロール、可溶性デンプン、n-プロパノール、プロピオン酸等が挙げられ、好ましくは、酢酸ナトリウム、エタノール、n-プロパノール、プロピオン酸、グルコース、キシロース、グリセロール、スクロースである。より好ましくは、グリセロール、グルコースである。
【0047】
本発明の方法は、アルカリ条件かつ塩濃度の高い条件の培地で、好塩菌を培養するため、他のバクテリアのコンタミネーションの恐れがほとんどなく、また有機炭素源として安価な木材糖化液や、その残渣、廃グリセロール等を用いて培養が行えるため、低コストでの培養が可能となる。
【0048】
グリセロールを炭素源として用いる際において、培養の時間が約50時間以上と長いときには、培地中のグリセロール濃度が8〜15%と濃くなるほうが望ましく、逆に培養時間が短いときのグリセロール濃度は2〜5%と薄いほうが望ましい。
【0049】
(b)培養方法
本発明の好塩菌を培養する方法としては、乾燥菌体あたり、および培地あたり所望する量で、PHAsが生産される方法であれば特に制限されないが、培養の例を以下に挙げる。
【0050】
本発明の好塩菌を用いた、PHAsの産生において、菌の培養環境は好気条件下が望ましい。
【0051】
ハロモナス・エスピー KM-1株を含むハロモナス属に属する好塩菌は、5 ml程度の培地
に植菌し、30〜37℃程度、攪拌速度120〜180rpmで1晩振盪前培養される。
【0052】
前培養した菌体を、三角フラスコ、発酵槽等に入った培地中に100倍程度に希釈し本培
養する。本培養は20〜45℃で可能であるが、好ましくは30〜37℃で行う。
【0053】
本発明の培養方法は、回分培養であっても半回分培養であっても良い。ジャーファーメンターなどの特別な装置を必要とせず、乾燥菌体あたり、および培地あたり十分な量のPHAsを製造することができる点で、回分培養のほうが望ましい。
【0054】
必要な培養時間は、培地の条件により異なるが、培地の条件により最適な培養時間を適宜設定すれば、乾燥菌体重量あたり85重量%以上、より好ましくは90%以上のPHAsを
生産できる。同様に、最適な培養時間を設定することによって、培地1L当り15g以上、
より好ましくは20g以上のPHAsを産生させることが可能である。
【0055】
(c)PHAs
本発明で産生されるPHAsの含有量は乾燥菌体に対し85重量%以上、より好ましくは9
0%以上である。また、収量は培地1L当り15g以上、より好ましくは20g以上である

本発明により生産されるPHAsは、ヒドロキシアルカノエート単位からなるポリマーであり、ヒドロキシアルカノエートの具体例としては、ヒドロキシブチレート、ヒドロキシバレレート等が挙げられる。また、グリセロール、グルコース、木材糖化液等を単独で用いて作成したPHAsは、すべて同じヒドロキシブチレートから構成されるホモポリマーであることが多い。
【0056】
n-プロパノール、プロピオン酸又はその塩を有機炭素源として培養することで、ヒドロキシブチレートとヒドロキシバレレートからなるPHAsコポリマーを産生できる。PHAsコポリマーに含まれるヒドロキシバレレートの含有量は、0.5〜13重量%であり、好ましくは5〜13重量%である。
【0057】
菌体中に蓄積されたPHAsは、例えば菌体を破砕後、トリクロロエチレンで抽出するなどの常法に従い回収することができる。具体的には、非特許文献5に記載された方法が挙げられる。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を実施例に基づいてより詳細に説明する。なお、本発明が実施例に限定されないことは言うまでも無い。
【0059】
本実施例では、木材糖化液を用いて、微生物により産生される脂肪族ポリエステル系生分解性プラスチックであるポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)を産生する方法について詳述する。
【0060】
使用した培地として、表1に示すSOT改4(Spirulina platensis Medium改)を用いた。この培地は、Spirulina platensis Medium(国立環境研究所のHP)より、pH調整のために、NaHCO3、Na2CO3の量を調整し、窒素源NaNO3、リン源K2HPO4をそれぞれ従来の4倍に増加させて調整した。下記の培地調整後のpHは、9.4±0.1となり、オートクレーブなどの滅菌操作なしに用いた。培養の際には、これらに炭素源を適宜追加して用いた。
【0061】
また、図7の場合には、表1のNaNO3の量を、通常の1000mgにかえて、500mg、375mg、250mgに変化させ、その成長を検討した。
【0062】
【表1】

【0063】
<PHAs蓄積率測定>
菌体内に蓄積されたPHAsの蓄積量を測定するため、非特許文献5に記載の手法を用い以下の実験を行った。
【0064】
上記培養した培養液を遠心分離して菌体のみ採取し、蒸留水で数回洗浄したのち乾燥させた。この乾燥菌体1〜3 mgに、3vol%のH2SO4を含むメタノール0.5 mlを加え105℃で2時
間加熱した。その後、室温まで冷却した後、クロロホルム0.5 ml、蒸留水0.25 mlを加え
、激しく攪拌した。1分間遠心分離したのち、クロロホルム層を2 μl分取し、ガスクロマトグラフ装置を用いて、PHAsを分析した。ヒドロキシブチレートの標品を乾燥菌体と同様に処理、分析し、これを基準として乾燥菌体あたりのPHAs蓄積率(PHAs(g)/乾燥菌体重量(g))を求めた。
<PHAs産生菌ハロモナス・エスピー KM-1株のプレ培養>
プレート培養より、16.5 mm径の試験管に5mlの上記SOT4改培地(グルコース等の炭素源
を1 w/v%を含む)を加え、37℃で1晩振盪培養した。
<PHAs産生菌ハロモナス・エスピー KM-1株の培養、サンプルの回収など>
プレ培養した菌体0.2 mlを、100 ml容の三角フラスコに入れた上記SOT改4培地20 mlに
混合して植菌し、シリコセンをした。これを、33℃もしくは35℃で振盪培養し、12時間後より、およそ12時間おきに培養液を1 ml回収して、OD600、乾燥菌体重量、及びPHB含有量を測定した。培養液は、再度シリコセンをし、33℃で振盪培養を継続し、回分培養した。結果を以下に示す。
【0065】
図1、2,3では、35℃において、グリセロールを炭素源に培養した場合、今まで培養効率の観点から、実験を中止していた48時間以降に、ODの増加はさほどではないものの、PHB含有率、含有量が著しく増加する場合があることが認められた。また、炭素源を2回に分け、初発時と24時間経過後とに5%ずつ添加した場合と、初発時に10%加えた場合を比較
した場合、殆どその差がないことが認められ、いずれも培養開始後84時間時、PHB含有率90%、PHB蓄積量25g/Lに達し、今までのバッチ培養に比べ蓄積量は倍以上となった。
【0066】
図4,5,6では、33℃において、グリセロールを炭素源に経時的に添加した場合の比較を行っているが、初発時のみ、初発時に加えて12時間後、または24時間後に添加し、総
量10%とした場合に、いずれの場合も70時間程度でPHB含有率90%、PHB蓄積量25g/Lに達し
、初発時と経時的に添加することの差が殆どないことが認められた。
【0067】
図7では、35℃において、グリセロールを5%炭素源に添加し、窒素源として培地100mLあたりのNaNO3の量を、通常より少ない250 mg、375 mg、500mg、1000mg加えた場合の成長曲線を示している。500 mg、1000 mgの際の結果が、他の濃度より成長が良いことを示し
ている。
【0068】
上記結果からグリセロールを含む初期pHが8.8以上の培地で回分培養することにより、
ハロモナス・エスピー KM-1株による乾燥菌体あたり90%以上のPHBの産生が確認された。
また、培地1L当り15g以上の収率でPHBを産生させることに成功した。そのため、アミノ酸を含まない低コストで高効率に、さらに他のバクテリアのコンタミネーションが起こりにくい環境でPHBの生産を行うことができる。本発明の方法では、PHBの産生が一連の菌体増殖の中で行われるため、ジャーファーメンターなどの特別な装置が必要な半回分培養ではなく、一段階の回分培養で高効率にPHBの産生させることが可能であることも分かった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の好塩菌による木材糖化液を用いたポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)等の産生方法は、プラスチック原料のバイオベース化において工業的なPHAsの産生に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロモナス属に属する好塩菌を用いたポリヒドロキシアルカノエート(polyhydroxyalkanoates)(PHAs)製造方法であって、好塩菌を無機塩と単一もしくは複数の単一有機炭素
源を含むpH8.8〜11の培地で培養し、乾燥菌体当たり85%以上のPHAsを生産するPHAs製造方法。
【請求項2】
培地1L当り15g以上のPHAsを生産する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
好塩菌を回分培養する請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記の無機塩が、リン酸塩及び/又は硝酸塩を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記の無機塩が、リン酸水素カリウム及び/又は硝酸ナトリウムである請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記の硝酸塩が、培地100mL当り、375mg以上含まれる請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記ポリヒドロキシアルカノエートがポリヒドロキシブチレート(polyhydroxybutyrate)(PHB)である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記有機炭素源がn-プロパノール、プロピオン酸及びその塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含み、前記ポリヒドロキシアルカノエートがヒドロキシブチレートとヒドロキシバレレート(polyhydroxyvalerate)(PHV)のコポリマーである、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記好塩菌がハロモナス・エスピー(Halomonas sp.)KM-1株(FERM BP-10995)である、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−83204(P2011−83204A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−236838(P2009−236838)
【出願日】平成21年10月14日(2009.10.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】