説明

始動性予測装置

【課題】車載バッテリがエンジンのスタータを始動させることができるか否かを正確に予測することが可能な始動性予測装置の提供。
【解決手段】計測した電圧値及び電流値に基づき、車載バッテリ1の電圧電流特性式を算出する算出手段15と、エンジンの始動装置10の電圧電流特性を記憶する記憶手段13と、車載バッテリの電圧電流特性式、及び始動装置10の電圧電流特性に基づき、エンジンが始動可能であるか否かを予測する予測手段14とを備える始動性予測装置。車載バッテリ1が充電中であるか否かを判定する手段15と、判定する手段15が充電中でないと判定したときに、車載バッテリ1をパルス放電させる放電手段4と、車載バッテリ1をパルス放電させる為の負荷5とを備え、放電手段4が車載バッテリ1をパルス放電させているときに、車載バッテリ1の電圧値及び電流値を計測する構成である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車載バッテリの計測した電圧値及び電流値に基づき、車載バッテリの電圧電流特性を算出し、算出した車載バッテリの電圧電流特性、及び始動装置の電圧電流特性に基づき、エンジンが始動可能であるか否かを予測する始動性予測装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両に搭載されたエンジンは、自らは始動できないので、始動用の電動モータ(スタータ、セルモータ、始動装置)を備えている。一般的には、イグニッションスイッチでエンジンの点火装置をオンにした状態で、更にイグニッションスイッチを回すことにより、車載バッテリから電力が供給され、スタータが駆動する。その際、スタータには数百アンペアの始動電流(突入電流)が瞬間的に流れて収束した直後のスタータの最低印加電圧が低過ぎると、スタータが止まってしまい、所謂エンスト状態となる。
【0003】
特許文献1には、アイドルストップ・スタート機能を有する車両に搭載されたバッテリの残容量を、エンジン始動時に算出されるバッテリの内部抵抗と、バッテリに流れる積算電流との組合せにより推定するバッテリ残容量推定方法が開示されている。
【特許文献1】特開2004−42799号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように、スタータを始動させることが車載バッテリの重要な機能であり、エンジンを停止させたときに、スタータを再始動させることができるか否かは最重要な情報である。スタータを始動させることができるか否かは、車載バッテリの残容量に関係するが、車載バッテリの残容量は、バッテリ液の分極の影響により正確な測定が困難である為、車載バッテリがスタータを始動させることができるか否かを正確に予測するのは難しいという問題がある。
本発明は、上述したような事情に鑑みてなされたものであり、車載バッテリがエンジンのスタータを始動させることができるか否かを正確に予測することが可能な始動性予測装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
第1発明に係る始動性予測装置は、車載バッテリの電圧値及び電流値を計測する計測手段と、該計測手段が計測した電圧値及び電流値に基づき、前記車載バッテリの電圧電流特性式を算出する算出手段と、エンジンの始動装置の電圧電流特性を記憶する記憶手段と、前記算出手段が算出した車載バッテリの電圧電流特性式、及び前記記憶手段が記憶する始動装置の電圧電流特性に基づき、前記エンジンが始動可能であるか否かを予測する予測手段とを備える始動性予測装置であって、前記計測手段は、前記車載バッテリが充電中であるか否かを判定する手段と、該手段が充電中でないと判定したときに、前記車載バッテリをパルス放電させる放電手段と、該車載バッテリをパルス放電させる為の負荷とを備え、前記放電手段が車載バッテリをパルス放電させているときに、前記車載バッテリの電圧値及び電流値を計測するように構成してあることを特徴とする。
【0006】
この始動性予測装置では、車載バッテリの電圧値及び電流値を計測し、計測した電圧値及び電流値に基づき、車載バッテリの電圧電流特性式を算出する。エンジンの始動装置の電圧電流特性を記憶しておき、算出した車載バッテリの電圧電流特性式、及び記憶する始動装置の電圧電流特性に基づき、エンジンが始動可能であるか否かを予測する。車載バッテリの電圧値及び電流値を計測する際は、車載バッテリが充電中であるか否かを判定し、充電中でないと判定したときに、車載バッテリを所定の負荷でパルス放電させ、そのパルス放電させているときに、車載バッテリの電圧値及び電流値を計測する。
【0007】
第2発明に係る始動性予測装置は、前記記憶手段が記憶する始動装置の電圧電流特性は、該始動装置及びエンジンの回転部の慣性モーメント、並びに該始動装置が発生させるトルクの関係を示す運動方程式と、前記始動装置の印加電圧、通流電流及び逆起電圧の関係を示す回路方程式とに基づき算出された電圧電流の関係式であり、前記予測手段は、前記算出手段が算出した車載バッテリの電圧電流特性式及び前記関係式から算出された前記始動装置の印加電圧が、所定値以上であるか否かを判定する手段を有し、該手段が所定値以上であると判定したときに、前記エンジンは始動可能であると判定するように構成してあることを特徴とする。
【0008】
この始動性予測装置では、記憶する始動装置の電圧電流特性は、始動装置及びエンジンの回転部の慣性モーメント、並びに始動装置が発生させるトルクの関係を示す運動方程式と、始動装置の印加電圧、通流電流及び逆起電圧の関係を示す回路方程式とに基づき算出された電圧電流の関係式である。算出した車載バッテリの電圧電流特性式と、始動装置の電圧電流の関係式とから算出された始動装置の印加電圧が、所定値以上であるか否かを判定し、所定値以上であると判定したときに、エンジンは始動可能であると判定する。
【発明の効果】
【0009】
第1発明に係る始動性予測装置によれば、車載バッテリがエンジンの始動装置を始動させるときにより近い状態での計測値で、車載バッテリの電圧電流特性を算出するので、車載バッテリが始動装置を始動させることができるか否かを正確に予測することが可能な始動性予測装置を実現することができる。
【0010】
第2発明に係る始動性予測装置によれば、車載バッテリの電圧電流特性式とエンジンの始動装置の特性式とから算出した始動装置の印加電圧により、始動装置を始動させることができるか否かを判定するので、車載バッテリが始動装置を始動させることができるか否かを正確に予測することが可能な始動性予測装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明をその実施の形態を示す図面に基づき説明する。
図1は、本発明に係る始動性予測装置の実施の形態の概略構成を示すブロック図である。
この始動性予測装置は、マイクロコンピュータを有する電源制御部12に内蔵されたパラメータ記憶部13(記憶手段)、始動性判定部14(予測手段)及びバッテリモデル推定部15(算出手段)を備えている。電流センサ2が、バッテリ1(車載バッテリ)の入出力電流値を検出して、バッテリモデル推定部15に与え、電圧センサ3が、バッテリ1の出力電圧値を検出して、バッテリモデル推定部15に与える。
車両のオルタネータ16(交流発電機)が発電し、電圧調整及び整流した電力が、電流センサ2を通じてバッテリ1に与えられる。
【0012】
バッテリ1が出力する電力、及びオルタネータ16が発電した電力は、始動スイッチ7を通じてスタータ10(始動装置、セルモータ)に、イグニッションスイッチ8を通じて点火装置11に、アクセサリスイッチ9を通じてラジオ及びデフォッガ等の負荷5,6・・・にそれぞれ与えられる。アクセサリスイッチ9、イグニッションスイッチ8及び始動スイッチ7は、イグニッションキーが操作されることにより順次オンされる。
また、リレー4(放電手段)が、バッテリモデル推定部15から制御されて、バッテリ1を負荷5(例えばデフォッガ)にパルス放電させる。
【0013】
バッテリモデル推定部15は、バッテリ1が充電中でないときに、バッテリ1にパルス放電させて、その電流I及び電圧Vを計測する。次いで、1回前の計測電圧Vn-1 、今回の計測電流In 、及び1回前の計測電流In-1 を説明変数として、式(1)の係数x,y,z,wを最小二乗法により求めて、バッテリモデルを推定する。
n =x・Vn-1 +y・In +z・In-1 +w (1)
【0014】
ところで、図2に示す、内部抵抗Rb 、及び内部抵抗Rb に直列接続された内部抵抗Rk と容量Ck との並列回路を備えるバッテリモデルを想定し、開放電圧をVO 、内部抵抗Rk と容量Ck との並列回路にかかる電圧e1 、出力電流I、出力電圧Vとすると、式(2)(3)の関係が成り立つ。
V=VO −Rb ・I−e1 (2)
I=e1 /Rk −Ck ・de1 /dt (3)
【0015】
式(2)より、
1 =VO −V−Rb ・I
de1 /dt=dVO /dt−dV/dt−Rb ・dI/dt
これらを式(3)に代入して、
I=(VO −V−Rb ・I)/Rk
+Ck (dVO /dt−dV/dt−Rb ・dI/dt)
=−V/Rk +VO /Rk −Rb ・I/Rk
+Ck (−dV/dt−Rb ・dI/dt)
次に、これを差分化する。
【0016】
【数1】

【0017】
式(1)と式(4)との係数比較により、バッテリモデルの開放電圧VO 、内部抵抗Rb ,Rk 、容量Ck が、最小二乗法により求めた式(1)の係数x,y,z,wにより下記のように求められる。
O =w/(1−x)
b =z/x
k =−(xy+z)/x(1−x)
k =−x2 ・Δt/(xy+z)
【0018】
また、スタータ10の運動方程式は、式(5)のように表される。
Jd2 θ/dt2 +λdθ/dt+TO =TS =KS ・I (5)
但し、J;スタータ10及びエンジンの回転部の慣性モーメント
θ;回転角度
λdθ/dt;摩擦による制動トルク
O ;その他の制動トルク
S ・I;スタータ10の電流によるトルク
式(5)をスタータ10の角速度dθ/dt=ωで書き直して、
Jdω/dt+λ・ω+TO =TS =KS ・I (6)
式(6)で、定常状態(dω/dt=0)のとき、
λ・ω+TO =KS ・I (7)
【0019】
一方、スタータ10の回路方程式は、式(8)のように表される。
V=LdI/dt+RS ・I+V
=LdI/dt+RS ・I+K・ω (8)
但し、L;スタータ10のインダクタンス
S ;スタータ10の抵抗
,K・ω;逆起電圧
式(8)で、定常状態(dI/dt=0)のとき、
V=RS ・I+K・ω (9)
【0020】
式(9)をωについて解くと、
ω=(V−RS ・I)/K (10)
ωを式(7)に代入して、
λ(V−RS ・I)/K+TO =KS ・I (11)
(KS +λ・RS /K)・I=TO +λV/K (12)
α・I=TO +β・V (13)
但し、α=KS +λ・RS /K
β=λ/K
【0021】
式(13)より、スタータ10は、定常状態では、図3(b)に示すような、切片TO /α、傾きβ/αの電圧電流特性を有していることが分かる。
スタータ10の始動時の端子電圧は、図3(a)に示すように、突入電流により瞬間的に大きく低下し、突入電流が収束した後は、定常状態に移っていく。この場合、回転の初動段階では、回転速度の増加に伴い、逆起電力が増大していくので、電流は減少していくが、突入電流が収束した直後の最も電流が流れたときの電圧が、所定電圧以上でないと、スタータ10は、エンジンのクランクを回し続けることができない。以下では、この所定電圧をクランキング電圧と記す。
【0022】
尚、スタータ10の電圧電流特性は、実験的に実測により、供給電圧を変えながら、クランキングを行わせ(エンジンは点火させない)、クランキング始動時の電流値を測定して求めても良い。
また、車両の実際の始動時に、常時、電圧及び電流を測定して、スタータ10の電圧電流特性を求め、移動平均等の演算を施して更新記録して行けば、経年変化に対応していくことができる。
【0023】
ここで、上記で求めたバッテリ1のモデル(図2)(開放電圧VO 、内部抵抗Rb ,Rk 、容量Ck )の電圧電流特性から上記クランキング電圧を推定する。
図2より、バッテリ1の定常時の電流I、そのときの出力電圧Vとすると、
I=(VO −V)/(Rb +Rk ) (14)
式(14)をスタータ10の電圧電流特性式(13)に代入し、変形して、
α(VO −V)/(Rb +Rk )=TO+β・V (15)
V=(VO −TO (Rb +Rk )/α)/((Rb +Rk )β/α+1)
(16)
【0024】
式(16)により、バッテリ1の上記で求めたモデルの場合の推定クランキング電圧VC を算出できる。これにより、算出した推定クランキング電圧VC が、図4に示すように、実測により求めたクランキング電圧(所定値)以上であるか否かを判定することにより、上記のモデルを推定したときのバッテリ1が、エンジンを始動させることができるか否かを判定することができる。
【0025】
以下に、このような構成の始動性予測装置の動作を、それを示す図5のフローチャートを参照しながら説明する。
電源制御部12のバッテリモデル推定部15は、先ず、バッテリ1の状態が変化するのに充分な所定時間が経過したか否かを判定し(S1)、経過していれば、電流センサ2が検出した電流値Iを読込む(S3)。次いで、読込んだ電流値Iが、バッテリ1が充電中でないことを示す0以下であるか否かを判定し(S5)、電流値Iが0以下でなく充電中であれば、所定時間待機し(S1)、電流値Iを読込む(S3)。
【0026】
バッテリモデル推定部15は、電流値Iが0以下であり、バッテリ1が充電中でなければ(S5)、リレー4に負荷5(例えばデフォッガ)へパルス放電させ、そのときの電流センサ2の検出電流値、及び電圧センサ3の検出電圧値を計測する(S7)。
バッテリモデル推定部15は、次に、電流値及び電圧値の計測数を計数し(S9)、計測数が所定数(例えば12)以上であるか否かを判定し(S11)、所定数以上でなければ、所定時間待機し(S1)、電流値Iを読込む(S3)。
【0027】
バッテリモデル推定部15は、計測数が所定数以上であれば(S11)、計測数をリセットする(S13)。次いで、計測した電流値及び電圧値(S7)を使用して、式(1)の係数x,y,z,wを最小二乗法により求めて、バッテリモデル(開放電圧VO 、内部抵抗Rb ,Rk 、容量Ck )を推定する(S15)。
【0028】
電源制御部12の始動性判定部14は、次に、バッテリモデル推定部15が推定したバッテリモデル(開放電圧VO 、内部抵抗Rb ,Rk 、容量Ck )(S15)を使用して、パラメータ記憶部13に記憶してある式(16)により、クランキング電圧を推定する(S17)。次いで、推定したクランキング電圧が、実測により求めパラメータ記憶部13に記憶してあるクランキング電圧(所定値)以上であるか否かを判定し、現在のバッテリ1の状態で、エンジンを停止させた場合に、エンジンを再始動させることができるか否かを判定する(S19)
【0029】
始動性判定部14は、エンジンを再始動させることができると判定した(S21)ときは、所定時間待機し(S1)、電流値Iを読込む(S3)。エンジンを再始動させることができないと判定した(S21)ときは、例えば、図示しない表示装置により、バッテリ1の残容量が少ない為、エンジンを再始動させることができない旨を表示した(S23)後、所定時間待機し(S1)、電流値Iを読込む(S3)。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明に係る始動性予測装置の実施の形態の概略構成を示すブロック図である。
【図2】バッテリモデルの例を示す回路図である。
【図3】スタータの電圧特性(a)及び電圧電流特性(b)を示す特性図である。
【図4】本発明に係る始動性予測装置の実施の形態の動作を説明する為の説明図である。
【図5】本発明に係る始動性予測装置の実施の形態の動作を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0031】
1 バッテリ(車載バッテリ)
2 電流センサ
3 電圧センサ
4 リレー(放電手段)
5,6 負荷
7 始動スイッチ
8 イグニッションスイッチ
9 アクセサリスイッチ
10 スタータ(始動装置、セルモータ)
11 点火装置
12 電源制御部
13 パラメータ記憶部(記憶手段)
14 始動性判定部(予測手段)
15 バッテリモデル推定部(算出手段)
16 オルタネータ(交流発電機)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車載バッテリの電圧値及び電流値を計測する計測手段と、該計測手段が計測した電圧値及び電流値に基づき、前記車載バッテリの電圧電流特性式を算出する算出手段と、エンジンの始動装置の電圧電流特性を記憶する記憶手段と、前記算出手段が算出した車載バッテリの電圧電流特性式、及び前記記憶手段が記憶する始動装置の電圧電流特性に基づき、前記エンジンが始動可能であるか否かを予測する予測手段とを備える始動性予測装置であって、
前記計測手段は、前記車載バッテリが充電中であるか否かを判定する手段と、該手段が充電中でないと判定したときに、前記車載バッテリをパルス放電させる放電手段と、該車載バッテリをパルス放電させる為の負荷とを備え、前記放電手段が車載バッテリをパルス放電させているときに、前記車載バッテリの電圧値及び電流値を計測するように構成してあることを特徴とする始動性予測装置。
【請求項2】
前記記憶手段が記憶する始動装置の電圧電流特性は、該始動装置及びエンジンの回転部の慣性モーメント、並びに該始動装置が発生させるトルクの関係を示す運動方程式と、前記始動装置の印加電圧、通流電流及び逆起電圧の関係を示す回路方程式とに基づき算出された電圧電流の関係式であり、前記予測手段は、前記算出手段が算出した車載バッテリの電圧電流特性式及び前記関係式から算出された前記始動装置の印加電圧が、所定値以上であるか否かを判定する手段を有し、該手段が所定値以上であると判定したときに、前記エンジンは始動可能であると判定するように構成してある請求項1記載の始動性予測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−232038(P2008−232038A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−73779(P2007−73779)
【出願日】平成19年3月21日(2007.3.21)
【出願人】(395011665)株式会社オートネットワーク技術研究所 (2,668)
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】