説明

嫌気性発酵抑制剤

【課題】 乳糖を含有する食品摂取に伴う腸内嫌気性発酵を抑制し、そのガス産生に随伴する腹痛、腹部膨満感、放屁、下痢などの腹部症状を消失または低減させる。具体的には、乳糖不耐性を有する人に対して、哺乳類の生乳、例えば牛乳またはそれを加工した乳製品摂取に際して、腹部症状を消失または軽減させる解決手段を提供する。
【解決手段】 乳製品摂取時に伴う腸内嫌気性発酵を抑制するためのものであって、クルクミンを主成分とする嫌気性発酵抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嫌気性発酵抑制剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
腸内の嫌気性発酵は、種々の原因で発生するが、乳糖不耐性の人間が乳糖を摂取したときに生ずるものが最も頻度が高い。ラクターゼ(乳糖分解酵素)を持たない人は、乳糖が未消化のまま大腸に達し、その乳糖が大腸で嫌気性発酵するのである。
【0003】
この腸内嫌気性発酵に伴う腸内ガス産生亢進のため、腹痛、腹部膨満感、下痢・軟便、放屁などの自覚症状が出現する。この乳糖不耐性は成人においてはきわめて頻度が高く、人種差は大きいものの世界人口の70%、日本人成人の90%に達する。大部分は原発性成人型ラクターゼ欠乏症で、乳幼児を過ぎる頃から小腸のラクターゼ活性が低下してくることから、牛乳などの乳製品を摂取すると上記の症状が出現する。
【0004】
乳糖不耐症に対する対処法・治療法として、従来、牛乳を摂取する場合、あらかじめ乳糖を分解した牛乳(日本ミルクコミュニティ社製アカディ(登録商標)など)にする、チラクターゼなどの乳糖分解酵素薬剤を服用する等がある。
【0005】
しかし、乳糖を加水分解する方法ではブドウ糖とガラクトースが生成するために牛乳の甘みが増強し(例えば、特許文献1)、牛乳本来の風味を損なう問題点があった。甘みの増強を抑える配合技術も開示されているが(例えば、特許文献2)、簡便な方法ではない。
【0006】
また、このような腸内嫌気性発酵を検出するための優れた方法としては呼気ガス水素濃度測定があり、医学的にその有用性が確立している。呼気水素の由来は大腸における未消化炭水化合物の嫌気性代謝発酵によるものである。そこで、呼気水素計測は主に小腸通過時間、腸内異常発酵、小腸内細菌叢の存在、過敏性腸症候群などの消化器疾患の診断に用いられている。呼気水素濃度は上述の消化管疾患に伴う他、食事(牛乳、乳製品、大豆食品、食物繊維など)や運動、心理的ストレス、薬剤(αグルコシダーゼ阻害剤)などで上昇する。さらに早朝空腹時のベースライン値は年齢に依存して低下する。また、大豆食品を含む日本食では高齢者より若年者で呼気中水素の上昇幅が大きいことが報告されている。
【0007】
これとは別に、最近、発明者等はカレースパイス成分であるターメリックが食物の消化管輸送や腸内細菌の嫌気的代謝を活性化し、呼気中の水素濃度を高めることを報告した(非特許文献1)。この報告ではターメリックを含む4種類のスパイスによる標準的カレーとターメリックを除去したカレーを作成した。無作為交叉の実験デザインにより健康成人の被験者8名は12時間以上の絶食状態で定量の米飯と合わせたカレーライスを15分で摂食後、15分間隔で6時間にわたり終末呼気の水素濃度をモニターした。なお、実験は1週間以上空けた状態でカレーライス摂取を無作為交叉により実施した。カレー摂取後の呼気水素の変動パターンには個体差が認められた。
【0008】
ターメリックなしのカレーでは呼気水素の上昇は顕著ではなかったが、ターメリックありカレーでは呼気水素は食直後〜90分と300分を中心に全般的に上昇し、呼気水素濃度の曲線下面積を有意に増加させた。また、小腸通過時間を有意に短縮した。即ち、腸内水素産生細菌の代謝活性のみならず、消化管輸送も亢進させることが示唆された。このことから、嫌気性腸内発酵の原因物質としてターメリックの主成分であるクルクミンであることが有力視された。
【0009】
また、クルクミンには抗酸化ストレス作用、抗炎症作用、抗動脈硬化作用、抗がん作用、抗血小板作用など種々の健康作用が認められており(非特許文献2)、クルクミンまたはクルクミンを含むターメリック(ウコン)は健康食品または医薬品として用いられるにいたっており、広く市場に普及している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭57−022696号
【0011】
【特許文献2】特許第4015134号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Shimouchi A, Nose K, Takaoka M, HayashiH, Kondo T. Effect of dietary turmeric on breath hydrogen. Dig Dis Sci, 2008 Nov 26. Epub ahead of print.
【0013】
【非特許文献2】Aggarwal BB, Surth YJ, Shishoda S. The molecular targets and therapeuticuses of curcumin in health and diseases. In: Aggarwal BB, Surth YJ, Shishoda S,eds. Advances in Experimental Medicine and Biology. Vol 595. USA: Springer;2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
以上のような現状に鑑み、上記した乳糖不耐性の人の腸内嫌気性発酵に伴う腹痛、腹部膨満感、下痢・軟便、放屁などを解消、軽減する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は鋭意研究の結果本発明嫌気性発酵抑制剤を完成したものであり、その特徴とするところは、乳製品摂取時に伴う腸内嫌気性発酵を抑制するためのものであって、クルクミンを主成分とする点にある。
【0016】
前記したカレーでの実験によって、クルクミンは嫌気性腸内発酵を促進すると予想されていたが、発明者等の種々の研究、実験によってクルクミンは逆に嫌気性腸内発酵を抑えることを見いだした。
結局、嫌気性腸内発酵を促進するのは、ターメリックの中のクルクミン以外の成分であるということがわかった。
【0017】
ここで本発明嫌気性発酵抑制剤としては、クルクミンを主成分とすればよく、その形態や摂取法は問題ではない。
クルクミンの形態はどのようなものでもよい。例えば、粉末、顆粒、錠剤、ソフトカプセル、液状その他でよい。それらはクルクミン単独でも他の基材と混合されたものでもよい。クルクミンは単独摂取しても、他の食品に混合して摂取してもよい。例えば、牛乳に予め本発明抑制剤を混合しておく等である。
【0018】
本発明抑制剤の服用の時期は、乳糖を含有する食品の摂食前、摂食中、摂食後でよい。
【0019】
また、服用量は、20mg〜180mg程度である。勿論、摂取する乳糖の量、摂取する人等によって変わる。通常は、20mgで充分な効果が得られ、効果が出にくければ180mgまで服用可能である。しかも、安全性は保証されている。
【発明の効果】
【0020】
乳糖は牛乳や人乳を問わず哺乳類の乳汁に含まれている。特に食品としては、牛乳(無調整,低脂肪乳,無脂肪乳など)、牛乳を原料とする規定された乳製品(脱脂粉乳、バターなどから製造し、無脂乳固形分8%以上のもの、低脂肪乳、無脂肪乳と濃厚タイプがある)や乳飲料(乳製品を主原料とした飲料で、乳固形分3%以上、カルシウムなどを加えた栄養強化タイプや、いわゆるコーヒー牛乳、フルーツ牛乳など)がある。これらの中には乳糖が含まれており、腸内発酵を亢進させる可能性がある。
これらの牛乳やそれを原料とした乳製品などと共に、本発明抑制剤を服用することにより、乳糖由来の上記症状を抑えることが可能になる。
【0021】
乳糖由来の上記症状を抑えることができるため、豊富な栄養分が含まれている牛乳をはじめとする乳製品を十分摂取することができるようになる。他方、クルクミンには抗がん作用、抗炎症作用、抗アルツハイマー作用などの種々の健康作用があることが知られており、栄養豊富な牛乳との同時摂取により両者による健康維持増進機能が期待できる。
【0022】
さらに牛乳中にはCa分が豊富であるため、高齢者の骨粗しょう症に対するCa補充療法として牛乳飲用を進める場合が多い。しかし、高齢者には牛乳不耐性が多く、この主症状を取り除くことができるクルクミンを併用することはCa補充のみならずクルクミンのもつ種々の相加作用も発揮することが考えられる。本発明は健康の維持増進に有用であることが考えられる。
【0023】
FAO/WHOでは食品添加物の許容摂取基準を定期的に設け、クルクミンの1日摂取許容量を0〜3mg/kg体重としている。これは日本人標準体重60kgとした場合には180mgがクルクミンの1日許容摂取量となる。ヒト対象の臨床試験では主に下部消化管がんに対する抵抗がん剤として行われた臨床試験が大部分であるが、がん治療目的で使用されるクルクミンはg単位である。クルクミン投与に関する臨床報告されたもの199人中、記載のあった連日投与による副作用は嘔気・酸味1例、下痢1例、軟便1例などの消化器症状のみである。その結果、クルクミン8gまでの長期連続投与では慢性毒性は認められないと結論付けられている。他方、日本人が摂取する通常のカレー1食分にはクルクミンが10mg含まれている。したがって、牛乳にクルクミン20mg程度を添加して飲用するのは医学的に問題ない程度の低レベルである。この程度の量で牛乳・乳製品中に含まれる未消化乳糖が引き起こす嫌気性腸内発酵を抑制できることは注目すべき生理作用であり、これは従来の医学文献にも記載されていない新規効能である。特に乳糖不耐症の治療にも新規な治療法として活用できる可能性がある。
【0024】
クルクミンには、殺菌作用があることが知られている。クルクミン自体は芳香族化合物であるため甘い香りを持ち、さらに牛乳の風味を損なわないため、優れた保存料となることが期待される。実際に市販牛乳(生乳)を購入し、牛乳50ml単独群と牛乳50ml+クルクミン5mg混合群(実験と同様な比率で)を4℃冷蔵としたところ、1週間の4℃冷蔵保存でもクルクミンは牛乳固形成分を分離させず、風味にも影響を与えなかった。牛乳の保存料としても有用であることが考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】牛乳摂取と牛乳+クルクミン(20mg)の摂取による呼気水素濃度を対比したグラフである。
【図2】牛乳摂取と牛乳+クルクミン(20mg)の摂取に伴う呼気水素濃度曲線下面積(呼気水素排気量=腸内嫌気性発酵に相当)の変化を示したグラフである。
【図3】クルクミン投与量に対する呼気水素濃度曲線下面積の変化を示したグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下実施例に基づいて、本発明をより詳細に説明する。
【実施例1】
【0027】
ただし、実施例は本発明を限定するものではない。
腸内嫌気的発酵の程度を示す指標としては、呼気水素濃度を用いた。嫌気的発酵は食物が大腸に到達するまでの時間と腸内残留糞便由来の食物摂取の履歴の影響を受ける。そこで牛乳摂取に伴うクルクミンの効能をみるため、以下のデザインで実験を実施した.
【0028】
クルクミンは脂溶性物質で消化管での吸収率が低いが、レシチン含有食品を併用するとクルクミンの吸収率が向上するという報告がある。そこで、被験者はクルクミンを含む食品(カレー、タクアンなど)を避け、クルクミン非摂取期間を1週間以上置いた後、早朝空腹の状態で牛乳200mlを摂取し、投与前15分から投与後6時間後までの呼気を15分毎に採取し、呼気水素濃度の経時変化を追跡した。
【0029】
上記実験から1週間期間をあけ、同じように摂取実験を行った。違いは、牛乳摂取時に20mgのクルクミンを同時に摂取したことである。
【0030】
この結果を図1に示す。牛乳のものは白丸で、クルクミンを同時に摂取したものを黒丸で示す。データは全て平均値で表示した。このグラフから、クルクミンを同時に摂取すると、呼気水素濃度の上昇が、牛乳のみの場合と比較して抑えられているのが分かる。
【0031】
図2は、図1における被験者毎の曲線下面積を、牛乳単独の場合とクルクミンを併用した場合とで比較したグラフである。全員が明白に下降を示している。
有意確率p=0.006となり、クルクミン投与により牛乳摂取に伴う呼気水素濃度が有意に低下したといえる。
【0032】
上記の被験者の中から1名を対象に牛乳200ml+クルクミン(20mg)を摂取し同一の実験を行い、牛乳摂取に伴うクルクミンの容量負荷試験を行った。その結果、クルクミン投与量に依存して、呼気水素濃度曲線下面積が有意に低下する傾向にあった。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳製品摂取時に伴う腸内嫌気性発酵を抑制するためのものであって、クルクミンを主成分とすることを特徴とする嫌気性発酵抑制剤。
【請求項2】
該クルクミンの形状が、粉末、顆粒、錠剤、ソフトカプセル、液状のいずれかである請求項1記載の嫌気性発酵抑制剤。
【請求項3】
該腸内嫌気性発酵が、乳糖不耐症により生じる腹痛、腹部膨満感、下痢・軟便、放屁のいずれかを含む症状である請求項1記載の嫌気性発酵抑制剤。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−265223(P2010−265223A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−118745(P2009−118745)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(305059871)株式会社タイヨウ (4)
【Fターム(参考)】