説明

子宮内膜症上皮細胞の形質を保持した子宮内膜症上皮不死化細胞の樹立

【課題】子宮内膜症上皮細胞の特性を保持している、子宮内膜症上皮不死化細胞の提供。
【解決手段】子宮内膜症組織から子宮内膜症上皮細胞を間質細胞が混入しないように分離し、分離した子宮内膜症上皮細胞に外因性の不死化遺伝子を導入し不死化された、不死化されていない子宮内膜症上皮細胞の形質を保持している、子宮内膜症上皮不死化細胞。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子宮内膜症上皮の不死化細胞であって、子宮内膜症上皮細胞の機能を保持した不死化細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
子宮内膜症は、子宮内膜が子宮外で異所性に増殖する疾患である。子宮内膜症においては、子宮内膜上皮細胞や間質細胞が正常な筋組織や結合組織の間に浸潤する。子宮内膜症の組織においては、本来の子宮内膜と同様に周期的な増殖と崩壊を経て、周期的月経困難症、性交疼痛症、骨盤痛、および月経時血尿等の症状が現れる。子宮内膜症は、原因が解明されておらず、月経血の逆流により子宮内膜細胞が子宮外に生着したために起こるという説(移植説)、子宮外の上皮細胞がホルモン等の影響により子宮内膜に化生したとする説(化生説)等、種々の原因が提案されている。
【0003】
従来、子宮内膜症の研究のため、子宮内膜間質細胞が子宮内膜症細胞として分離培養され、子宮内膜症の発症機序の研究等の種々の研究のために用いられていた。しかしながら、子宮内膜症は、間質細胞だけでなく子宮内膜上皮細胞の浸潤も見られ、上皮細胞が癌細胞に進展することを考慮すると、むしろ子宮内膜症間質細胞よりも子宮内膜症上皮細胞が子宮内膜症の本体であり、子宮内膜症上皮細胞に注目することが望ましい。
【0004】
しかしながら、子宮内膜症上皮細胞を分離培養することは困難であり、子宮内膜症上皮細胞についての検討はされていなかった。
【0005】
不死化細胞とは、半永久的に分裂増殖するようになった細胞をいい、テロメレース活性及び細胞周期に関与する遺伝子の操作により人為的に細胞を不死化させることができることが知られ、種々の上皮細胞由来の不死化細胞が作製されていた。例えば、正常の子宮内膜腺上皮細胞に不死化遺伝子を導入して不死化する方法(特許文献1を参照)やヒト羊膜由来間葉系細胞に不死化遺伝子を導入して不死化する方法(特許文献2を参照)等が報告されていた。
【0006】
しかしながら、正常の子宮内膜上皮細胞とは形質が異なる、子宮内膜症の上皮細胞については、細胞の分離培養が困難なこともあり、不死化細胞を得ることは困難であると考えられていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-46117号公報
【特許文献2】特開2010-46019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、子宮内膜症上皮細胞の特性を保持している、子宮内膜症上皮不死化細胞を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、子宮内膜症の発症機序の検討や治療薬のスクリーニングのためには、子宮内膜症間質細胞の検討ではなく、子宮内膜症上皮細胞を検討する必要があると考えた。しかしながら、従来子宮内膜症間質細胞を分離培養する方法については知られていたが、子宮内膜症上皮細胞を分離培養する方法についての報告はなく、分離培養は極めて困難であると認識されており、子宮内膜症上皮不死化細胞を得られるとは考えられていなかった。
【0010】
本願発明者は、鋭意検討の結果、従来から知られていた上皮細胞の分離培養法に修飾を加え子宮内膜症上皮細胞を間質細胞を混入させないように分離培養することができ、さらに分離培養した子宮内膜症細胞に所謂不死化遺伝子を導入することにより子宮内膜症上皮不死化細胞を確立し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 子宮内膜症組織から子宮内膜症上皮細胞を間質細胞が混入しないように分離し、分離した子宮内膜症上皮細胞に外因性の不死化遺伝子を導入し不死化された、不死化されていない子宮内膜症上皮細胞の形質を保持している、子宮内膜症上皮不死化細胞。
[2] 外因性の不死化遺伝子が、細胞周期の負の調節因子であるRbタンパク質を不活化する遺伝子及びテロメレース活性を誘導する遺伝子である、[1]の子宮内膜症上皮不死化細胞。
[3] 細胞周期の負の調節因子であるRbタンパク質を不活化する遺伝子がCDK4遺伝子及びサイクリンD1遺伝子であり、テロメレース活性を誘導する遺伝子がhTERTである、[2]の子宮内膜症上皮不死化細胞。
[4] 不死化されていない子宮内膜症上皮細胞の形質が以下の形質である、[1]〜[3]のいずれかの子宮内膜症上皮不死化細胞:
(i) 浸潤性が大きい;
(ii) 転移しやすい;
(iii) 癌化しやすい;
(iv) Pan-cytokeratin及びE-cadherinが発現している;
(v) 内膜症間質マーカーであるFSP及びCD10が発現していない;
(vi) プロゲステロンレセプターを有しており、プロゲステロンやその誘導体と反応し増殖抑制が引き起こされる;
(vii) 免疫不全マウスに移植しても造腫瘍能を有しない;及び
(viii) 軟寒天培地上でのコロニー形成能を有しない。
[5] 子宮内膜症組織から子宮内膜症上皮細胞を間質細胞が混入しないように分離する工程、及び分離した子宮内膜症上皮細胞に外因性の不死化遺伝子を導入する工程を含む、子宮内膜症上皮不死化細胞の作製方法。
[6] 子宮内膜症組織から子宮内膜症上皮細胞を間質細胞が混入しないように分離する工程が、子宮内膜症患者より、内膜症性嚢胞の組織を摘出し、摘出した内膜症性嚢胞の組織を細切し、細切した組織にコラゲナーゼを添加し、インキュベーションし、その後、100μmの孔サイズのフィルターを用いて濾過し、濾過分画をさらに、40μmの孔サイズのフィルターを用いて濾過し、該40μmフィルターを洗浄することにより、内膜上皮細胞を回収することを含む
、[5]の子宮内膜症上皮不死化細胞の作製方法。
[7] 外因性の不死化遺伝子が、細胞周期の負の調節因子であるRbタンパク質を不活化する遺伝子及びテロメレース活性を誘導する遺伝子である、[5]又は[6]の子宮内膜症上皮不死化細胞の作製方法。
[8] 細胞周期の負の調節因子であるRbタンパク質を不活化する遺伝子がCDK4遺伝子及びサイクリンD1遺伝子であり、テロメレース活性を誘導する遺伝子がhTERTである、[7]の子宮内膜症上皮不死化細胞の作製方法。
[9] [1]〜[3]のいずれかの子宮内膜症上皮不死化細胞を子宮内膜症治療候補薬剤と接触し、子宮内膜症上皮不死化細胞の増殖を測定することを含み、子宮内膜症上皮不死化細胞の増殖が抑制された場合に前記薬剤が子宮内膜症の治療に用い得ると評価する、子宮内膜症の治療薬のスクリーニング方法。
[10] 子宮内膜症治療薬候補が、プロゲステロン又はその誘導体である、[9]のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、従来得ることが困難であると考えられていた子宮内膜症上皮不死化細胞を提供することができる。従来は、子宮内膜症の研究には専ら子宮内膜症間質細胞が用いられていたが、本発明の細胞を用いることにより、子宮内膜症において重要な上皮細胞を用いて子宮内膜症を研究することができる。本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞は、従来解明されていなかった子宮内膜症の発症メカニズムや子宮内膜症からの癌化メカニズムの解明のための研究に用いることができる。さらに、子宮内膜症治療のための薬剤の評価やスクリーニングに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】子宮内膜症患者より単離した腺構造を呈する上皮細胞塊の状態を示す図である。
【図2】種々の遺伝子を導入した子宮内膜症上皮細胞HMOsis-EC1の増殖曲線を示す図である。
【図3】種々の遺伝子を導入した子宮内膜症上皮細胞HMOsis-EC3の増殖曲線を示す図である。
【図4】子宮内膜症上皮不死化細胞における上皮細胞マーカーであるPan-cytokeratinの発現を示す図である。
【図5】子宮内膜症上皮不死化細胞におけるSA-β-gal(Senescence-associated-β-ガラクトシダーゼ)染色の結果を示す図である。
【図6】子宮内膜症上皮不死化細胞におけるプロゲステロン反応性を示す図である。
【図7】子宮内膜症上皮不死化細胞におけるプロゲステロンレセプターの発現を示す図である。
【図8】子宮内膜症上皮不死化細胞の浸潤能の浸潤能を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞は、子宮内膜症の上皮細胞を不死化した細胞であり、子宮内膜症の間質細胞とは区別される。本発明の子宮内膜症上皮細胞は、不死化していない元々の正所性の子宮内膜症上皮細胞の特性を保持している。
【0016】
本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞は、子宮内膜症組織より、子宮内膜症上皮細胞を分離培養し、該培養細胞を不死化することにより得られる。
【0017】
子宮内膜症組織には上皮細胞だけでなく、間質細胞も豊富に含まれている、通常の細胞培養条件下では、間質細胞が上皮細胞よりも優位に増殖する。従って、子宮内膜症上皮細胞を分離培養するためには、間質細胞が混入しないように行う必要がある。例えば、以下に記載の方法により、子宮内膜症間質細胞を混入させないで、子宮内膜症上皮細胞を高度に分離することができる。
【0018】
まず、子宮内膜症患者より、卵巣子宮内膜症組織を摘出する。摘出した組織(チョコレート組織又はチョコレート嚢腫)を細切し、コラゲナーゼを添加し、数十分〜数時間、30〜45℃でシェイキングする。コラゲナーゼ処理した組織をフィルターで濾過する。この際、孔径100μmのフィルター及び40μmのフィルターをこの順で用いるのが好ましい。フィルター通過画分に間質細胞が含まれている。40μmフィルターで濾過されなかった画分を洗浄し、回収する。得られた画分には子宮内膜症上皮細胞が濃縮されているが、一部に間質細胞も混入している。そのため、この画分をプラスティックシャーレに展開し、倒立顕微鏡下に腺房構造をとる細胞集団を直接ピックアップする。これにより100%に近い効率で子宮内膜症上皮細胞を純化できる。
【0019】
子宮内膜症上皮細胞中には、90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは99%以上、特に好ましくは100%の子宮内膜症上皮細胞が含まれる。
【0020】
子宮内膜症上皮細胞の不死化のためには、2段階の障壁を乗り越える必要がある。最初の障壁は、培養初期に認められる細胞周期の負の調節因子であるRb(Retinoblastoma)タンパク質依存性の早期増殖停止(シネッセンス:senescence)であり、その後に訪れる障壁はテロメア依存性の停止であり、染色体末端構造であるテロメアが細胞分裂のたびに短縮し、極度に短縮した結果生じる。最初のRbタンパク質による障壁を乗り越えるためにはRbタンパク質を不活化すればよい。Rbタンパク質の不活化には、細胞周期調節遺伝子を不活化する遺伝子を導入すればよく、例えばHPV(ヒトパピローマウイルス)のE6とE7遺伝子を組合せて細胞に導入するか、あるいはCDK4(cyclin-dependent kinase 4)等のサイクリン依存性キナーゼをコードする遺伝子とサイクリンD1等のサイクリンをコードする遺伝子を組合せて細胞に導入すればよい。
【0021】
このうち、ウイルス由来の遺伝子は、細胞に悪影響を及ぼし、染色体の破壊等を招くおそれがあるので、好ましくはヒト由来のサイクリン依存性キナーゼをコードする遺伝子とサイクリンをコードする遺伝子を組合せて細胞に導入する。好ましくはCDK4をコードする遺伝子とサイクリンD1をコードする遺伝子を導入する。CDK4をコードする遺伝子としては、p16INK4aと結合しない変異体であるCDK4R24C(Wolfel T. et al., Science 1995;269:1281-4、Zuo L. et al., Nat Genet 1996;12:97-99)を用いることが好ましい。CDK4R24Cを用いた場合、p16INK4a発現下でもキナーゼ活性が抑制されることがない。テロメア依存性の停止を乗り越えるためには、テロメア伸張酵素であるテロメレースを活性化すればよい。テロメレースの活性化のためには、テロメレース活性を誘導する遺伝子を細胞に導入すればよい。テロメレース活性を誘導する遺伝子としては、テロメレースの酵素活性を有する部分、例えば、テロメレース触媒のサブユニット遺伝子TERT(telomerase reverse transcriptase)遺伝子、好ましくはヒト由来のhTERT遺伝子を細胞に導入すればよい。本発明において、上記のRbタンパク質依存性の早期増殖停止を阻止する遺伝子及びテロメア依存性の停止を阻止する遺伝子を不死化遺伝子と呼ぶ。すなわち、本発明の不死化細胞は細胞に外因性の不死化遺伝子を導入することにより得ることができる。
【0022】
遺伝子の導入は公知の方法で行うことができ、例えばエレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法、リン酸-カルシウム共沈法、DEAE-デキストラン法、遺伝子銃法、レトロウイルスベクターやアデノウイルスベクター等のウイルスベクターを用いた方法によって、導入することができる。導入は、最初にRbタンパク質依存性の早期増殖停止を阻止する遺伝子を導入し、次いでテロメア依存性の停止を阻止する遺伝子を導入するのが好ましい。遺伝子が適切に導入された細胞の選択は、例えば、用いるベクターに選択マーカーを挿入しておき、該選択マーカーを用いて遺伝子が導入された細胞を選択することにより行うことができる。
【0023】
さらに、選択された細胞が子宮内膜症上皮細胞由来であるかどうかは、子宮内膜症上皮細胞に発現するタンパク質をマーカーとして、これらのマーカーの発現の有無を調べることにより知ることができる。例えば、上皮細胞のマーカーとして、Pan-cytokeratin、E-cadherinなどが挙げられる。内膜症間質マーカーであるFSP(fibroblast specific protein)及びCD10が発現していないことでも上皮細胞由来であることを確認可能である。マーカーの発現の有無は、RT-PCRや免疫細胞染色等の方法を用いて調べることができる。さらに、子宮内膜症上皮細胞は、プロゲステロンレセプターを有しており、プロゲステロンやその誘導体が結合すると増殖抑制が引き起こされる。従って、得られた細胞をプロゲステロン又はその誘導体と接触させ、増殖が抑制されるか否かを調べることによっても、得られた細胞が子宮内膜症上皮不死化細胞か否かを決定することができる。
【0024】
また、不死化しているかどうかは、継代培養を繰り返しても細胞がシネッセンス(senescence)に陥らないことにより確認することができ、シネッセンスに陥ったか否かは例えばβ-gal染色により染色されないことを指標に確認することができる。
【0025】
不死化細胞を作製するための、不死化遺伝子の導入方法は、例えば、特開2005-46117号公報や特開2010-46019号公報に記載されている。
【0026】
上記の方法により、本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞を得ることができる。本発明において、子宮内膜症上皮不死化細胞とは、個々の子宮内膜症上皮不死化細胞も子宮内膜症上皮不死化細胞を少なくとも一定量含む細胞集団も含まれる。該細胞集団中の子宮内膜症上皮不死化細胞の割合は、90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは99%以上、特に好ましくは100%である。このようにして得られた子宮内膜症上皮細胞は、永久に又は半永久的に分裂し、従って、永久に又は半永久的に継代培養を行うことができる。また、不死化されていない元々の正所性の子宮内膜症上皮細胞の形質を保持している。さらに、本発明の不死化細胞は癌化しておらず、非癌細胞の形質を有している。さらに、本発明は高度に純化した子宮内膜症上皮細胞を不死化した細胞であり、子宮内膜症間質細胞は実質的に混入していない。ここで、実質的に混入していないとは、子宮内膜症上皮不死化細胞集団中の間質細胞の混入割合が5%以下、好ましくは3%以下、さらに好ましくは1%以下、特に好ましくは0%であることをいう。従って、本発明の不死化細胞及び不死化細胞集団は間質細胞の形質を有することはない。
【0027】
半永久的な継代培養とは、細胞を少なくとも40代、好ましくは少なくとも50代、さらに好ましくは少なくとも60代、さらに好ましくは少なくとも80代、特に好ましくは少なくとも100代継代培養できることをいう。ここで、継代とは、不死化細胞のコンフルエントな培養物の一定量を取り、新鮮な培地を添加し、再度コンフルエントな状態になるまで、不死化細胞を培養することをいう。
【0028】
本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞が保持する元々の正所性の子宮内膜症上皮細胞が有する形質として以下のものが挙げられる。
【0029】
(i) 浸潤性が大きい。すなわち、本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞は内膜腺上皮細胞と比較して高い浸潤能を有する。
(ii) 転移しやすい。
(iii) 癌化しやすい。
(iv) Pan-cytokeratin及びE-cadherinが発現している。
(v) 内膜症間質マーカーであるFSP(fibroblast specific protein)及びCD10が発現していない。
(vi) プロゲステロンレセプターを有しており、プロゲステロンやその誘導体と反応し増殖抑制が引き起こされる。
(vii) SA-β-gal(Senescence-associated-β-ガラクトシダーゼ)を発現しない。
【0030】
非癌細胞としての形質として以下の形質が挙げられる。
(viii) Scidマウスやヌードマウス等の免疫不全マウスに移植しても造腫瘍能を有しない。
(ix) 培養時に足場依存性を示し、浮遊寒天培養を行っても増殖せず、軟寒天培地上でのコロニー形成能を有しない。
【0031】
本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞は、現在までに明確化されていない、子宮内膜症の発症メカニズムや子宮内膜症の癌化のメカニズムの研究に用いることができる。また、子宮内膜症の治療薬剤のスクリーニング及び評価に用いることができる。子宮内膜症細胞は、プロゲステロンレセプターを発現しており、プロゲステロン又はその誘導体を候補薬剤として、子宮内膜症上皮不死化細胞と接触させ培養し、子宮内膜症上皮不死化細胞の増殖が抑制される場合、前記候補薬剤は子宮内膜症治療薬として有用である可能性があると評価することができ、新たな有用な子宮内膜症治療薬をスクリーニングすることができる。
【0032】
従来、子宮内膜症の研究のため、子宮内膜症間質細胞や子宮内膜症ではない正常な子宮内膜細胞の不死化細胞等が用いられていた。また、薬剤の評価には、プロゲステロンレセプターを有する内膜細胞や乳腺細胞が代用的に用いられていたが、子宮内膜症上皮細胞とは性質や薬剤反応性が同一ではないので、正しい結果を得ることはできなかった。本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞を用いることにより、子宮内膜症の発症メカニズムや子宮内膜症の癌化メカニズムについての正確な知見を得ることでき、さらに子宮内膜症の治療に有用な薬剤を評価し、スクリーニングすることが可能になる。
【実施例】
【0033】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0034】
実施例1 子宮内膜症上皮細胞の分離
子宮内膜症患者より、手術により内膜症性嚢胞の組織を摘出し、摘出した内膜症性嚢胞の組織を出来るだけ細かく(1〜2mm以下のサイズとなるように)細切した。
【0035】
細切した組織にコラゲナーゼを添加し、37℃で1時間シェイキングしてインキュベーションした。その後、100μmの孔サイズのフィルター(BD Bioscienses社のBD Falconを使用)を用いて濾過し、濾過分画をさらに、40μmの孔サイズのフィルター(BD Bioscienses社のBD Falconを使用)を用いて濾過した。フィルターを逆流洗浄し、細胞分画を内膜上皮細胞を含む分画として得た。一方、40μmフィルターの濾過分画は内膜症間質細胞を含む分画であった。
【0036】
得られた内膜上皮細胞分画をダルベッコ変法イーグル培地(high glucose)+10%FBSを入れたシャーレに展開し、倒立顕微鏡下に直接腺構造を呈する細胞塊をピックアップし単離(純化)した。このようにして2系統の子宮内膜症上皮細胞を単離し、それぞれHMOsis-EC1及びHMOsis-EC3と名付けた。
【0037】
図1に倒立顕微鏡下に採取した腺構造を呈する上皮細胞塊の写真を示す。図に示すように、典型的な腺構造を呈していた。
【0038】
実施例2 子宮内膜症上皮細胞の不死化
実施例1で単離した子宮内膜症上皮細胞に、種々の遺伝子を組合せて導入した。遺伝子導入は、レトロウイルス発現ベクター又はレンチウイルス発現ベクターを用いて行った。
【0039】
レトロウイルス発現ベクター及びレンチウイルス発現ベクターの調製及びウイルスの内膜上皮細胞への導入は以下の用法で行った。
【0040】
レトロウイルス発現ベクターについては、Naviauxらの方法(Naviaux,R.K., et al., J.Virol. 70(8):5701-5)に基づき、10Alenvelopeを持つウイルスを調製した。タイターはヒーラ(Hela)細胞に対する薬事耐性コロニー形成能で調べ、105cfu/ml以上のものを用いた。また、レンチウイルス発現ベクターについては、三好らの方法(Miyoshi et al., Methods in Molecular Biology(HUMAN PRESS) Vol.246: 429-438 (2004)]により、VSV-Gシュードタイプレンチウイルスを作製した。
【0041】
8μg/ml polybrene(シグマ社製)の存在下に、ダルベッコ変法イーグル培地(high glucose)+10%FBSで培養していた子宮内膜症上皮細胞に各遺伝子を導入したウイルス液を加え、一晩インキュベートすることにより、子宮内膜症上皮細胞へウイルスを感染させた。
【0042】
導入した遺伝子は、p16INK4aと結合しない変異を持つCDK4(cyclin-dependent kinase 4)(CDK4R24C)遺伝子(Wolfel T. et al., Science 1995;269:1281-4、Zuo L. et al., Nat Genet 1996;12:97-99)、CycD1(サイクリンD1)遺伝子、テロメレース触媒のサブユニット遺伝子TERT遺伝子、p53のドミナントネガティブ変異体であるDNp53遺伝子、HPV(ヒトパピローマウイルス)のE6遺伝子とE7遺伝子であった。
【0043】
2系統の単離子宮内膜症上皮細胞HMOsis-EC1及びHMOsis-EC3に導入した遺伝子の組合せは以下のとおりであった。導入した遺伝子の組合せ及び用いたウイルスベクターを示す。
【0044】
HMOsis-EC1
(1)E6+E7+TERT(レトロウイルスベクター)
(2)TERT(レトロウイルスベクター)
(3)CDK4R24C+CycD1+DNp53+TERT(レンチウイルスベクター)
(4)CDK4R24C+CycD1+TERT(レンチウイルスベクター)
(5)CDK4R24C+TERT(レンチウイルスベクター)
(6)TERT(レンチウイルスベクター)
上記(1)〜(6)は、図2中の()で囲んだ数字に対応している。
【0045】
HMOsis-EC3
(1)E6+E7+TERT(レトロウイルスベクター)
(2)CDK4R24C+CycD1+TERT(レンチウイルスベクター)
(3)CDK4R24C+TERT(レンチウイルスベクター)
(4)TERT(レンチウイルスベクター)
上記(1)〜(4)は、図3中の()で囲んだ数字に対応している。
【0046】
図2に各遺伝子を導入した子宮内膜症上皮細胞HMOsis-EC1の増殖曲線を示す。また、図3に各遺伝子を導入した子宮内膜症上皮細胞HMOsis-EC3の増殖曲線を示す。図2及び3に示すように上記の遺伝子の組合せのうちE6+E7+TERT及びCDK4R24C+CycD1+TERTの組合せにおいて、細胞が死滅することなく70〜100の継代が可能であった。この結果より、E6+E7+TERT及びCDK4R24C+CycD1+TERTの組合せで遺伝子を導入した場合に、細胞が不死化することが判明した。
【0047】
実施例3 子宮内膜症上皮不死化細胞の特徴づけ
実施例2の方法により、CDK4R24C+CycD1+TERTの組合せで遺伝子を導入することにより不死化した細胞、すなわち非ウイルス遺伝子により不死化した細胞について、特性を検討した。
【0048】
上皮細胞マーカーの発現
上皮細胞マーカーであるPan-cytokeratinの発現を、抗Pan-cytokeratinを用いた免疫組織染色により調べた。結果を図4に示す。図4に示すように、不死化HMOsis-EC1及び不死化HMOsis-EC3のいずれにおいても、Pan-cytokeratinの発現が認められた。
【0049】
β-gal染色
TERTのみを導入した不死化していないHMOsis-EC1(15継代したもの)及びCDK4R24C+CycD1+TERTの組合せで遺伝子を導入し不死化したHMOsis-EC3(37継代したもの)について、SA-β-gal(Senescence-associated-β-ガラクトシダーゼ)染色を行った。染色結果を図5に示す。図5に示すように、不死化していない細胞では染色されたが、不死化した細胞では染色されなかった。この結果は、不死化していない細胞がシネッセンスに陥ったこと、子宮内膜症上皮不死化細胞は細胞老化が進んでいないことを示す。
【0050】
子宮内膜症上皮不死化細胞のプロゲステロン反応性
プロゲステロン投与による細胞増殖抑制を検討した。
【0051】
CDK4R24C+CycD1+TERTの組合せで遺伝子を導入し不死化したHMOsis-EC1(30継代したもの及び75継代したもの)に、プロゲステロンを10nM又は100nMの濃度で添加し、添加後3日目まで増殖を調べた。
【0052】
結果を図6に示す。図6に示すように、プロゲステロンの投与により細胞増殖が抑制された。この結果は、子宮内膜症上皮不死化細胞がプロゲステロンに反応性であることを示している。
【0053】
プロゲステロンレセプターの発現
ウエスタンブロッティングにより子宮内膜症上皮不死化細胞におけるプロゲステロンレセプターA(PRA)及びプロゲステロンレセプターB(PRB)の発現を調べた。細胞としては、CDK4R24C+CycD1+TERTの組合せで遺伝子を導入し不死化したHMOsis-EC1(75継代したもの)を用いた。PRA発現の陽性コントロールとして、E6、E7、TERT及びPRA遺伝子を導入した子宮内膜上皮細胞を用い、PRB発現の陽性コントロールとして、E6、E7、TERT及びPRB遺伝子を導入した子宮内膜上皮細胞を用いた。ここれらの細胞より全細胞抽出液(Whole cell extract)を回収し、電気泳動後にメンブレンに転写してPRAあるいはPRB抗体と反応させてウエスタンブロットを行った。
【0054】
結果を図7に示す。図7に示すように、CDK4R24C+CycD1+TERTの組合せで遺伝子を導入し不死化したHMOsis-EC1において、PRBのバンドが認められ、プロゲステロンレセプターBが発現していることがわかった。
【0055】
このことより、子宮内膜症上皮不死化細胞がプロゲステロンレセプター(特にPRB)を発現し、その発現を介してプロゲステロン反応性を保持していることが判明した。
【0056】
子宮内膜症上皮不死化細胞の浸潤能の評価
invasion assayにより、子宮内膜症上皮不死化細胞の浸潤能を評価した。invasion assayはBD BioCoat マトリゲルインベージョンチャンバー(BD Biosciences社)を用いて行った。
【0057】
子宮内膜症上皮不死化細胞としては、CDK4R24C+CycD1+TERTの組合せで遺伝子を導入し不死化したHMOsis-EC1及びCDK4R24C+CycD1+TERTの組合せで遺伝子を導入し不死化したHMOsis-EC3を用いた。浸潤性の高い陽性コントロールとしては、内膜がん細胞で浸潤能の高いMFE296細胞及びIshikawa細胞を用いた。また、陰性コントロールとしては、正常線維芽細胞で浸潤能を有しないBJ細胞を用いた。
【0058】
結果を図8に示す。図8に示すように、子宮内膜症上皮不死化細胞の浸潤能はBJ細胞に比べ高く、MFE296細胞やIshikawa細胞に匹敵した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の子宮内膜症上皮不死化細胞は、子宮内膜症発症メカニズムや子宮内膜症からの癌化メカニズムの研究に用いることができ、さらに子宮内膜症の治療のための薬剤の評価及びスクリーニングに利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
子宮内膜症組織から子宮内膜症上皮細胞を間質細胞が混入しないように分離し、分離した子宮内膜症上皮細胞に外因性の不死化遺伝子を導入し不死化された、不死化されていない子宮内膜症上皮細胞の形質を保持している、子宮内膜症上皮不死化細胞。
【請求項2】
外因性の不死化遺伝子が、細胞周期の負の調節因子であるRbタンパク質を不活化する遺伝子及びテロメレース活性を誘導する遺伝子である、請求項1記載の子宮内膜症上皮不死化細胞。
【請求項3】
細胞周期の負の調節因子であるRbタンパク質を不活化する遺伝子がCDK4遺伝子及びサイクリンD1遺伝子であり、テロメレース活性を誘導する遺伝子がhTERTである、請求項2記載の子宮内膜症上皮不死化細胞。
【請求項4】
不死化されていない子宮内膜症上皮細胞の形質が以下の形質である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の子宮内膜症上皮不死化細胞:
(i) 浸潤性が大きい;
(ii) 転移しやすい;
(iii) 癌化しやすい;
(iv) Pan-cytokeratin及びE-cadherinが発現している;
(v) 内膜症間質マーカーであるFSP及びCD10が発現していない;
(vi) プロゲステロンレセプターを有しており、プロゲステロンやその誘導体と反応し増殖抑制が引き起こされる;
(vii) SA-β-gal(Senescence-associated-β-ガラクトシダーゼ)を発現しない;
(viii) 免疫不全マウスに移植しても造腫瘍能を有しない;及び
(ix) 軟寒天培地上でのコロニー形成能を有しない。
【請求項5】
子宮内膜症組織から子宮内膜症上皮細胞を間質細胞が混入しないように分離する工程、及び分離した子宮内膜症上皮細胞に外因性の不死化遺伝子を導入する工程を含む、子宮内膜症上皮不死化細胞の作製方法。
【請求項6】
子宮内膜症組織から子宮内膜症上皮細胞を間質細胞が混入しないように分離する工程が、子宮内膜症患者より、内膜症性嚢胞の組織を摘出し、摘出した内膜症性嚢胞の組織を細切し、細切した組織にコラゲナーゼを添加し、インキュベーションし、その後、100μmの孔サイズのフィルターを用いて濾過し、濾過分画をさらに、40μmの孔サイズのフィルターを用いて濾過し、該40μmフィルターを洗浄することにより、内膜上皮細胞を回収することを含む、請求項5記載の子宮内膜症上皮不死化細胞の作製方法。
【請求項7】
外因性の不死化遺伝子が、細胞周期の負の調節因子であるRbタンパク質を不活化する遺伝子及びテロメレース活性を誘導する遺伝子である、請求項5又は6に記載の子宮内膜症上皮不死化細胞の作製方法。
【請求項8】
細胞周期の負の調節因子であるRbタンパク質を不活化する遺伝子がCDK4遺伝子及びサイクリンD1遺伝子であり、テロメレース活性を誘導する遺伝子がhTERTである、請求項7記載の子宮内膜症上皮不死化細胞の作製方法。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の子宮内膜症上皮不死化細胞を子宮内膜症治療候補薬剤と接触し、子宮内膜症上皮不死化細胞の増殖を測定することを含み、子宮内膜症上皮不死化細胞の増殖が抑制された場合に前記薬剤が子宮内膜症の治療に用い得ると評価する、子宮内膜症の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項10】
子宮内膜症治療候補薬剤が、プロゲステロン又はその誘導体である、請求項9記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−39946(P2012−39946A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184161(P2010−184161)
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】