説明

子癇前症のためのスクリーニング

後に子癇前症を発症する女性、又は胎児が後に子宮内発育遅延(IUGR)を発症する女性において非対称性のジメチルアルギニン(ADMA)のレベルが増大すること、及びADMAが母胎高血圧症の発症において鍵となる役割をはたすことが実証されている。それゆえに、妊娠女性におけるADMAのレベルを、妊娠女性が子癇前症を発症する危険があるか否か又は胎児がIUGRを発症する危険があるか否かを決定するために用いることができる。さらに、ADMA活性のアンタゴニストが、子癇前症の抑制又は予防或いはIUGRの抑制又は予防において有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、子癇前症及び子宮内発育遅延(IUGR)の発生に対する罹患性の診断並びにその予防に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
子癇前症は、ヒトの妊娠の3〜5%に影響を与え英国における医原性の出産の40%の原因になっている一般的な障害である。それは、子癇、潜在性の慢性本態性高血圧、腎疾患及び一過性の妊娠性高血圧症をも含む高血圧性疾患の群の一部である。該障害は、典型的には、妊娠前に正常血圧であった女性において妊娠期間20週後に発症する異常タンパク尿を伴う急性高血圧症として定義される(Davey DAら、Am J Obstet Gynecol 1988年; 158: 892〜8)。それはまた、典型的には、肺浮腫、チアノーゼ、障害のある肝機能、視覚的な又は大脳の障害、心窩部の領域又は右上の四分円部位の疼痛、減少した血小板数、子宮内発育遅延(IUGR)又は乏尿と関連がある。現在、子癇前症の病因は十分に理解されておらず、信頼される予測的試験又は効果的予防法の発展を限定している。
【発明の開示】
【0003】
発明の概要
非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)は、天然基質であるL-アルギニンの結合と競合する一酸化窒素合成酵素(NOS)の内在性抑制物質である。それは、タンパク質メチルトランスフェラーゼ(PRMT)によってタンパク質内のメチル化アルギニン残基から生成され、酵素であるジメチルアルギニンジメチルアミノヒドロラーゼ(DDAH)によって代謝される。ADMAは、大量のDDAH IIを含む胎児胎盤系で生成される。本発明者らは、ADMAレベルが増大する女性において、続いて子癇前症を発症するとともにその子供がIUGRを発症することを初めて示した。
【0004】
本発明によれば、妊娠女性が子癇前症を発症する危険があるか否か、又はその女性の胎児が子宮内発育遅延(IUGR)を発症する危険があるか否かを同定する方法であって、前記妊娠女性においてADMAを測定することと、それによってその女性が子癇前症を発症する危険があるか否かを決定すること又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があるか否かを決定することとを含む方法が提供される。
【0005】
本発明はさらに下記を提供する。
【0006】
- 女性が子癇前症を発症する危険があるか否かを決定するか、又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険であるか否かを決定するための手段を製造するためのADMA抗体の使用、
- 妊娠女性に有効量のADMA活性のアンタゴニストを投与することを含む、妊娠女性において子癇前症を抑制又は予防する或いはその女性の胎児においてIUGRを抑制又は予防する方法、
- 子癇前症を抑制又は予防する或いはIUGRを抑制又は予防するための医薬を製造するためのADMA活性のアンタゴニストの使用、
- ADMAの投与によって子癇前症が確定されている非ヒト妊娠雌性動物、
- ADMAの投与によって胎児のIUGRが確定されている非ヒト妊娠雌性動物、
- 胎児を妊娠している非ヒト雌性動物へのADMAの投与によってIUGRが確定されている非ヒト胎児、
- 非ヒト妊娠雌性動物において子癇前症を確定する又はその雌性動物の胎児においてIUGRを確定するための方法であって、子癇前症又はIUGRを引き起こすのに十分な量でADMAを前記動物に投与することを含む方法、
- 子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療する物質を同定する方法であって、子癇前症又はIUGRが確定されている動物に候補物質を投与することと、該候補物質が子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療するか否かを評価することとを含む方法、
- 子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療する物質を同定する方法であって、妊娠中のDDAH欠損動物に候補物質を投与することと、該候補物質が子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療するか否かを評価することとを含む方法、及び
- 子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療するための医薬を製造するための本発明の方法によって同定される物質の使用。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
発明の詳細な説明
診断
本発明は、妊娠女性が子癇前症を発症する危険があるか否か、又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があるか否かを同定する方法に関する。本発明は、したがって、子癇前症に対する妊娠女性の罹患性の診断及びIUGRに対する胎児の罹患性の診断に関する。該妊娠女性はヒトである。該胎児はヒトである。診断される女性又は胎児は、妊娠の第一、第二又は第三のトリメスターにあってもよい。典型的には、該女性又は胎児は、妊娠期間4〜25週の妊娠の段階にある。該女性又は胎児は、妊娠期間23〜25週の妊娠の段階にあってもよい。好ましくは、該女性又は胎児は、妊娠期間10〜25週、さらに好ましくは妊娠期間15〜25週の妊娠の段階にある。
【0008】
典型的には、該女性は、子癇前症に罹っていないか、又は子癇前症の症状を全く呈さない。しかしながら、本発明の方法は、子癇前症に罹っているがそのための試験をしていない女性に対して実行してもよい。該方法は、したがって、子癇前症の先行症状を呈する女性に対して実行してもよい。
【0009】
典型的には、該胎児は、IUGRに罹っていないか、又はIUGRの症状を全く呈さない。しかしながら、本発明の方法は、胎児がIUGRに罹っているがそのための試験はしていないところの女性に対して実行してもよい。該方法は、したがって、胎児がIUGRの先行症状を呈するところの女性に対して実行してもよい。
【0010】
本発明は、該女性においてADMAを測定することを伴う。典型的には、ADMAのレベル又は濃度を測定する。本発明によれば、正常な妊娠中のレベルと比べて増大したADMAのレベルは、その女性が子癇前症を発症し易い又はその危険がある或いはその女性の胎児がIUGRを発症し易い又はその危険があることを示す。正常な妊娠中のレベルは、典型的には、全妊娠期間中にわたって子癇前症の症状を全く呈さない女性、又は胎児がIUGRの症状を呈さないところの女性におけるADMAのレベルである。正常な妊娠中のレベルとは、典型的には、妊娠期間の相当する段階にある。
【0011】
正常な非妊娠の集団における平均血漿ADMA濃度は、典型的には、約0.82μmol/Lである。一般的に、正常な妊娠中のヒトにおける平均血漿ADMA濃度は、正常な非妊娠中の個体におけるそれよりも低く、妊娠を通して相対的に一定のままである。妊娠の4、10、15及び25週のヒトの正常な妊娠中のレベルは、典型的には、血漿中で約0.3〜0.6μmol/Lであり、例えば、0.52μmol/Lである。
【0012】
本発明において、子癇前症を発症する増大した罹患性又は危険或いはIUGRを発症する増大した罹患性又は危険に関連がある増大したADMAの血漿レベルは、典型的には、約1.45μmol/Lを超え、又は約1.5μmol/Lを超え、又は約2.0μmol/Lを超える。本発明によれば、該女性におけるADMAレベル/濃度は、正常な妊娠中のレベルに比べて好ましくは少なくとも3倍、典型的には少なくとも4倍増大している。ADMAレベル/濃度は、典型的には、正常な妊娠中のレベルに比べて3〜7倍に上げられる。本発明によれば、正常な妊娠中のレベルについての95%信頼区間を上回るADMAレベル又は濃度は、典型的には、子癇前症又はIUGR発症の増大した危険と関連がある。
【0013】
対称性ジメチルアルギニン(SDMA)は、ADMAの生物学的に不活性な立体異性体である。SDMAは、DDAHによって代謝されるのではなく、腎臓によって排出される。L-アルギニン/ADMA比は、典型的には、NOS抑制の指標として用いられる。ADMA/SDMA比は、典型的には、DDAH活性を反映する。本発明は、子癇前症を発症する危険を決定するためのADMA/SDMA比の評価を伴ってもよい。
【0014】
本発明によれば、正常な妊娠中の比と比べて増大したADMA/SDMA比は、女性が子癇前症を発症し易い又はその危険がある或いはその女性の胎児がIUGRを発症し易い又はその危険があることを示す。正常な妊娠中の比は、全妊娠期間中にわたって子癇前症の症状を全く呈さない女性、又は胎児がIUGRの症状を全く呈さないところの女性におけるADMA/SDMAの比である。正常なADMA/SDMA比は、典型的には、妊娠期間の相当する段階にある。
【0015】
妊娠期間4、10、15及び25週のヒトの正常な妊娠中の比は、典型的には、血漿中で約1:1〜1.3:1であり、例えば1.3:1である。本発明において、23〜25週での子癇前症又はIUGRの発症に対する増大した罹患性又は危険に関連した増大したADMA/SDMAの血漿中比は、典型的には約6.8:1である。本発明によれば、該女性におけるADMA/SDMA比は、好ましくは、例えば、妊娠期間の同じ段階における、正常な妊娠中のレベルに比べて好ましくは少なくとも5倍、より好ましくは少なくとも6倍増大している。ADMA/SDMA比は、典型的には、正常な妊娠中のレベルに比べて5〜8倍に増大している。本発明によれば、正常な妊娠中の比についての95%信頼区間を上回るADMA/SDMA比は、子癇前症又はIUGR発症の増大した危険と関連がある。
【0016】
本発明は、典型的には、上記女性から得た試料に対してin vitroで実施する。該試料は、典型的には、該女性の体液を含む。試料は、好ましくは、血液、血漿、血清又は尿試料であり、羊水であってもよい。試料は、典型的には、アッセイされる前に、例えば遠心分離によって処理される。試料は、典型的には、アッセイの前に、好ましくは-70℃未満で保存してもよい。
【0017】
当該分野で知られる標準的方法を、ADMAのレベルをアッセイするために用いてもよい。これらの方法は、典型的には、ADMAに結合することができる抗体に試料を接触させることを伴う。そのような方法は、ディップスティックアッセイと酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)を含む。典型的には、ディプスティックは、ADMAに特異的に結合する1つ又は複数の抗体又はタンパク質を含む。複数の抗体が存在する場合には、それら抗体は、好ましくは、それらがADMAに同時に結合できるように異なる非オーバーラップの決定基を有する。
【0018】
ELISAは、試薬の分離を必要とする異種固相アッセイである。ELISAは、典型的には、サンドイッチ手法又は競合手法を用いて実行される。サンドイッチ手法は、二つの抗体を必要とする。1つ目は、ADMAに特異的に結合するもので、固体支持体に結合される。第二の抗体は、マーカーに結合されるもので、典型的には、酵素コンジュゲートである。ADMA-抗体複合体を定量しこれによって試料中のADMAの量を定量するために、該酵素の基質を用いる。抗原競合的抑制アッセイもまた、典型的には、支持体に結合されたADMA特異的抗体を必要とする。ADMA-酵素コンジュゲートを、アッセイする(ADMAを含む)試料に加える。ADMA-酵素コンジュゲートと非標識ADMAとの間の競合的抑制が、試料中のADMA量の定量を可能にする。ELISA反応のための固体支持体は、好ましくはウェルを含む。
【0019】
本発明はまた、抗体を含まないADMA測定法を使用してもよい。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分離と蛍光検出は、ADMAレベルを決定する方法として好ましく用いられる。先に記述されたHPLC装置及び方法を用いてもよい(Tsikas Dら、J Chromatogr B Biomed Sci Appl 1998年; 705: 174〜6)。HPLC中における分離は、典型的には、大きさと電荷をもとに実行される。HPLCの前に、内在性のアミノ酸及び内部標準L-ホモアルギニンが、典型的には、アッセイ試料に加えられ、これらは、CBAカートリッジ上で抽出する相である(Varian, カリフォルニア州ハーバーシティー)。試料内のアミノ酸は、好ましくはo-フタルアルデヒド(OPA)で誘導体化される。本アッセイの正確さと精度は、好ましくは、全てのアミノ酸について品質コントロール試料内で決定される。
【0020】
本発明は、既に子癇前症を発症する素因を与えられているとして選ばれた又は危険があるとして疑われる女性において罹患性を確認するために用いてもよい。本発明はまた、既にIUGRを発症する素因を与えられているとして選ばれた又は危険があるとして疑われる胎児において罹患性を確認するために用いてもよい。子癇前症又はIUGRを発症する罹患性を増大させる危険因子は、典型的には、アフリカ系カリブ人の家系、未経産又はあるパートナーとの最初の妊娠、多胎妊娠、高血圧症、糖尿病、子癇前症又は子癇についての遺伝的素因又は家族歴、肥満、高コレステロール血症、及び喫煙を含む。本発明は、喫煙者における子癇前症の発症の罹患性を決定するために用いてもよい。本発明はまた、喫煙者の胎児のIUGR発症の罹患性を決定するために用いてもよい。
【0021】
本発明のいくつかの実施形態は、子癇前症又のIUGRに対する罹患性を決定するための追加的診断試験を含む。上腕動脈の流量介在拡張及び/又は子宮動脈のドップラー波形解析が、好ましく使用される。これらの診断上の試験は、典型的に、妊娠女性におけるADMAレベルの測定の前、同時又は後で実行される。
【0022】
上腕動脈の流量介在拡張(FMD)は、内皮依存血管拡張を評価する確立された非侵襲性方法である。それは、典型的には、高分解能超音波を用いて、増大した流量に対する上腕動脈の直径の変化を測定することを伴う。先に記述された超音波の装置及び方法を用いてもよい(Savvidou MDら、Ultrasound Obstet Gynecol 2000年; 15: 502〜7; Dorup Iら、Am J Physiol 1999年; 276: H821〜5)。該装置は、典型的には、直線アレイトランスデューサーを含む。該動脈の拡張終期の画像をデジタル形式で保存してもよい。動脈直径は、典型的には、半自動化エッジ検出アルゴリズムを用いて決定される。ベースライン血管直径は、典型的には、記録期間の最初の1分間の全ての測定値の平均として計算される。上腕動脈のFMDは、記録部位の末端側のカフを300mmHgまで5分間膨張させた後に急速に収縮させることで誘発される反応性充血の間の血管直径における増大百分率として定義される。流量変化(反応性の充血)、即ち、拡張のための流量刺激の指標は、典型的には、[(カフ収縮後15秒時の血流量 - ベースライン血流量)/ベースライン血流量]×100%として計算される。舌下の三硝酸グリセリン(GTN)に対する内皮非依存性の拡張をコントロールとして用いてもよい。
【0023】
上腕動脈のFMDは、典型的には、正常な妊娠ヒト女性において8.59±2.76%(n=43)である。本発明によれば、増大されたADMAレベルに加えて、FMDの有意の低減は、子癇前症を発症する罹患性又は危険を示すものである。上腕動脈のFMDは、好ましくは2倍又はさらに好ましくは少なくとも2倍低減されている。
【0024】
ドップラー解析は、子宮動脈の波形を評価するために用いられる日常的な方法である。該方法は、典型的には、該動脈波形において早期の拡張性ノッチ(notches)の存在又は非存在を同定するために用いられる。これらのノッチは、片側性又は両側性であってもよい。本発明によれば、増大したADMAレベルに加えて、片側性のノッチ又は両側性のノッチの存在は、子癇前症又はIUGRに対する罹患性を示すものである。
【0025】
本発明の診断法は、危険予測を洗練させるために他のアッセイや遺伝子試験と組み合わせて実行してもよい。
【0026】
本発明はさらに、女性においてADMAレベルを測定し、これによって該女性が子癇前症を発症する危険があるか又はその女性の胎児がIUGRに対して罹患性であるか否かを決定するための手段を含む診断用キットを提供する。該キットは、典型的には、ADMAに特異的に結合する1つ又は複数の抗体を含有する。例えば、該キットは、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、一本鎖抗体、キメラ抗体、CDR移植抗体、又はヒト化抗体を含んでもよい。該抗体は、無傷の免疫グロブリン分子、又はFab、F(ab')2又はFv断片のような該分子の断片であってもよい。複数の抗体が存在する場合には、それら抗体は、好ましくは、ADMAに同時に結合するように異なる非オーバーラップ決定基を有する。
【0027】
該キットはまた、上述した方法の実施形態のどれもが実施されることを可能にする1つ又は複数の試薬又は機器を含んでもよい。そのような試薬又は機器は、次に挙げるもののうち1つ又は複数を含む:適切な緩衝液(水溶液)、試料からADMAを単離するための手段、該女性から試料を得るための手段(管、又は針を含む機器)、又は定量的な反応を行うことが可能なウェルを含む支持体。該キットは、随意に、該キットが本発明の方法において用いられることを可能にする指示書、又はどの女性にその方法を実行してもよいかに関する詳細を含んでもよい。該キットは、随意に、ADMA活性のアンタゴニストを含んでもよい。該アンタゴニストは、好ましくはL-アルギニンである。
【0028】
治療
本発明はまた、子癇前症の抑制又は予防、及びIUGRの抑制又は予防に関する。本発明者たちは、後に子癇前症を発症する女性においてADMAレベルが増大すること、及びADMAは、内皮依存性緩和を弱めることで母体高血圧症の発症において鍵となる役割をはたすことを示した。本発明者たちはまた、胎児が後にIUGRを発症する妊娠女性においてADMAレベルが増大することを示した。子癇前症又はIUGRの発症は、したがって、ADMA活性のアンタゴニストを用いることによって予防又は抑制してもよい。
【0029】
子癇前症の抑制は、既に子癇前症に罹っている妊娠女性において子癇前症の症状を低減、予防又は遅延することを伴う。子癇前症の予防は、子癇前症に罹っていないがその状態を発症する危険がある妊娠女性において子癇前症を低減、予防又は遅延することを伴う。
【0030】
IUGRの抑制は、既にIUGRに罹っている胎児においてIUGRの症状を低減、予防又は遅延することを伴う。IUGRの予防は、IUGRに罹っていないがその状態を発症する危険がある胎児においてIUGRを低減、予防又は遅延することを含む。IUGRを発症する又はIUGRの症状を呈する危険がある胎児の状態は、したがって、IUGRの抑制又は予防において用いられる物質の投与によって改善されうる。好ましくは、IUGRの発症の抑制又は予防において用いられる物質の治療的有効量を、その胎児の母親に与える。
【0031】
本発明のもう1つの態様は、子癇前症を発症する危険があるとして本発明の方法によって同定される妊娠女性の治療である。このように、子癇前症の抑制又は予防において用いられる物質は、子癇前症を発症する危険があるとして本発明の方法によって同定された妊娠女性の治療における使用のための医薬の製造において用いてもよい。子癇前症を発症する危険があるとして本発明の方法によって同定された妊娠女性の状態は、したがって、子癇前症の抑制又は予防において用いられる物質の投与によって改善されうる。子癇前症の発症の抑制又は予防において用いられる物質の治療的有効量を、それを必要としているとして本発明の方法によって同定された女性に与えてもよい。
【0032】
本発明のもう1つの態様は、IUGRを発症する危険があるとして本発明の方法によって同定される胎児の治療である。このように、IUGR抑制又は予防において用いられる物質は、IUGRを発症する危険があるとして本発明の方法によって同定された胎児の治療における使用のための医薬の製造において用いてもよい。IUGRを発症する危険があるとして本発明の方法によって同定された胎児の状態は、したがって、IUGRの抑制又は予防において用いられる物質の投与によって改善されうる。好ましくは、IUGRの発症の抑制又は予防において用いられる物質の治療的有効量を、それを必要としているとして本発明の方法によって同定された胎児の母親に与える。
【0033】
子癇前症を発症する危険があると同定され、したがって治療を受けている女性は、妊娠の第一、第二又は第三のトリメスターにあってもよい。IUGRを発症する危険があると同定され、したがって治療を受けている胎児は、妊娠の第一、第二又は第三のトリメスターにあってもよい。典型的には、該女性又は胎児は、妊娠期間4〜25週の妊娠の段階にある。該女性又は胎児は、妊娠期間23〜25週の妊娠の段階にあってもよい。好ましくは、該女性又は胎児は、妊娠期間10〜25週、さらに好ましくは、妊娠期間15〜25週の妊娠の段階にある。
【0034】
完全に発症した子癇前症は、典型的には、胎児の出産によって治療される。子癇前症の発症は、好ましくは、ADMA活性のアンタゴニストを用いて予防する。IUGRの発症もまた、好ましくは、ADMA活性のアンタゴニストを用いて予防する。ADMA活性のアンタゴニストは、典型的には、ADMAの濃度又はレベルを低減し及び/又はその効果を抑制する。ADMA活性のアンタゴニストは、好ましくはL-アルギニンであり、これは一酸化窒素合成酵素の天然基質であり、ADMAと競合する。またADMA活性のアンタゴニストは、PRMTの抑制物質又はDDAHの刺激物質であってもよい。
【0035】
また子癇前症の抑制又は予防は、典型的には、抗高血圧治療を伴う。またIUGRの抑制又は予防も、抗高血圧治療を伴ってもよい。高血圧の治療は、薬理学的又は非薬理学的なものでもよい。好ましい非薬理学的な予防の方法は、入院すること、喫煙を止めること、及び/又は血圧、タンパク質レベル、血小板数、腎機能及び他の心血管機能の標準的指標を継続的に監視することを含む。予防及び/又は管理の好ましい薬理学的な方法は、硫酸マグネシウム、ヒダラジン(hydalazine)、ラベタロール又はアスピリンを該女性に投与することを含む。
【0036】
本発明において、子癇前症又はIUGRの抑制又は予防において用いられる物質は、多様な剤形で投与されてもよい。即ち、それらは、例えば、錠剤、トローチ、ロゼンジ、水性又は油性懸濁液、分散性の粉末又は顆粒として、経口的に投与することができる。それらはまた、皮下、静脈内、筋肉内、胸骨内、経皮的又は輸液手法のいずれかによって、非経口的に投与してもよい。それらはまた、座薬として投与してもよい。医師は、各特定の患者について必要な投与経路を決めることができるだろう。
【0037】
本発明による子癇前症又はIUGRの抑制又は予防において用いられる物質の処方は、正確なアンタゴニストの性質などのような要因に依存する。適当な物質を、同時併用、別個の使用、時系列的使用のために処方してもよい。
【0038】
本発明の子癇前症又はIUGRの抑制又は予防において用いられる物質は、典型的には、製薬的に容認可能なキャリア又は希釈剤とともに本発明における投与のために処方される。製薬的なキャリア又は希釈剤は、例えば等張液であってもよい。例えば、固形経口形態は、活性物質とともに、希釈剤、例えば、乳糖、ブドウ糖、ショ糖、セルロース、トウモロコシデンプン又はジャガイモデンプン;潤滑剤、例えば、シリカ、タルク、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム又はカルシウム、及び/又はポリエチレングリコール;結合剤、例えば、デンプン、アラビアゴム、ゼラチン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース又はポリビニルピロリドン;脱凝集剤、例えば、デンプン、アルギン酸、アルギネート又はデンプングリコール酸ナトリウム;飽和剤;染料;甘味剤;レシチン、ポリソルベート、ラウリル硫酸塩のような、湿潤剤;及び、一般的に、製薬的処方において用いられる非毒性で且つ薬理学的に不活性な物質、を含有してもよい。そのような薬理学的調製物は、既知の方法、例えば、混合、顆粒化、錠剤化、糖コーティング、フィルムコーティング処理によって製造してもよい。
【0039】
経口投与用の液体分散物は、シロップ、乳濁液又は懸濁液でもよい。シロップは、キャリアとして、例えば、ショ糖、又は、グリセリン及び/又はマンニトール及び/又はソルビトールとともにショ糖を含有してもよい。
【0040】
懸濁液及び乳濁液は、キャリアとして、例えば、天然ゴム、寒天、アルギン酸ナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、又はポリビニルアルコールを含有してもよい。筋肉内注射用の懸濁液又は溶液は、活性物質とともに、製薬的に容認可能なキャリア、例えば、無菌水、オリーブ油、オレイン酸エチル、グリコール、例えば、プロピレングリコール、及び所望により、適量の塩酸リドカインを含有してもよい。
【0041】
静脈内投与又は輸液用の溶液は、キャリアとして、例えば、無菌水を含有してもよく、又は好ましくはそれらは、無菌で、水性で、等張性の生理食塩水溶液の形態であってもよい。
【0042】
子癇前症又はIUGRの抑制又は予防において用いられる物質の治療的有効量を、本発明の方法にしたがって同定された患者に投与する。例えば、ADMAアンタゴニストの、用量は、種々のパラメータにしたがって決定されてもよく、特に、用いられている物質;治療される患者の年齢、体重と状態;投与の経路;必要とされる療法、にしたがって決定されてもよい。やはり、医師は、いかなる特定の患者についても、必要とされる投与の経路と用量を決定することができるだろう。典型的な一日用量は、特定のアンタゴニストの活性、治療される被験体の年齢、体重及び状態、及び投与の頻度と経路にしたがって、体重1kgあたり約0.1〜50mgである。好ましくは、一日用量レベルは5mg〜2gである。その用量は、単一用量として提供されてもよいし、複数回用量として提供されてもよく、例えば、規則的な間隔で、例えば、一日毎に投与される2、3又は4回の用量で、取ってもよい。
【0043】
動物モデル
本発明はまた、子癇前症が確立された動物と、そのような動物を作出する方法を提供する。本発明者たちは、ADMAが子癇前症の発症において鍵となる役割をはたすことを示した。ADMAは、したがって、子癇前症に罹っていると診断された妊娠女性が呈する症状と似た症状を呈する動物を作出するために用いられてもよい。本発明の動物は、子癇前症を研究するためのモデルとしての使用に適している。
【0044】
本発明はまた、その胎児においてIUGRが確立された妊娠動物と、そのような動物を作出する方法を提供する。本発明者たちは、ADMAがIUGRの発症において鍵となる役割をはたすことを示した。ADMAは、したがって、IUGRに罹っていると診断されたヒト胎児が呈する症状に似た症状を胎児が呈する動物を作出するために用いられてもよい。本発明の動物は、IUGRを研究するためのモデルとしての使用に適している。
【0045】
本発明はまた、IUGRが確立された動物胎児と、そのような動物を作出する方法を提供する。本発明者たちは、ADMAがIUGRの発症において鍵となる役割をはたすことを示した。ADMAは、したがって、IUGRに罹っていると診断されたヒト胎児が呈する症状に似た症状を呈する胎児を作出するために用いられてもよい。本発明の動物は、IUGRを研究するためのモデルとしての使用に適している。
【0046】
ADMAは、上記動物において子癇前症症状を引き起こし又は発生させるために、又は上記胎児においてIUGR症状を引き起こし又は発生させるために十分な量で投与される。上記十分な量は、典型的には、動物間で異なり、数多くの要因、例えば、血漿体積、及びADMAの正常な妊娠中レベルに依存するであろう。
【0047】
ADMAは、当該分野でよく知られた方法によって上記動物に投与されてもよい。ADMAは、例えば、錠剤、トローチ、ロゼンジ、水性又は油性懸濁液、分散性の粉末又は顆粒として、経口的に投与することができる。またADMAは、皮下、静脈内、筋肉内、胸骨内、経皮的又は輸液手法のいずれかによって、非経口的に投与してもよい。
【0048】
上記動物は非ヒトである。該非ヒト動物は、典型的には、生物医学研究において一般に用いられる種、例えば哺乳動物であり、好ましくは実験室系統である。好適な動物は、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、羊及び齧歯類を含む。該動物は、齧歯類、特に、マウス、ラット、モルモット、フェレット、アレチネズミ又はハムスターであることが好ましい。最も好ましくは、該動物はマウスである。
【0049】
該動物はまた、機能的なジメチルアルギニンジメチルアミノヒドロラーゼ(DDAH)(これはADMAを代謝する酵素である)を欠いていてもよい。DDAH欠損動物は、先にWO 00/44888(PCT/GB00/00226)に記述されている。DDAH欠損動物は、DDAH I及び/又はDDAH IIの活性型を発現することができない。DDAHの1つ又は複数のアイソフォームを発現することができない動物とは、少なくとも1つのDDAH mRNAの検出可能な発現を実質的に全く示さない動物である。DDAHの1つ又は複数のアイソフォームの活性型を発現することができない動物とは、DDAH活性を実質的に全く示さないDDAH関連ポリペプチドを少なくとも1つ発現する動物である。
【0050】
好適な動物は、DDAHコード遺伝子座からのポリヌクレオチド配列が欠失しているか又はもう1つの遺伝子座又はもう1つの生物体からのポリヌクレオチド配列と置換されている動物であってもよい。したがって、そのDDAH遺伝子座からは実質的に全くDDAH mRNAは発現されないかもしれない。或いは、DDAH遺伝子のコード配列を、発現されたポリペプチドが実質的に全くDDAH活性を示さないように改変してもよい。
【0051】
典型的には、好適な非ヒト動物の1つは、いわゆる「ノックアウト動物」である。用語「ノックアウト動物」は当業者にはよく知られている。典型的には、本発明の非ヒト動物、例えば、ノックアウト動物は、トランスジェニック動物であろう。
【0052】
ノックアウト動物は、いずれの好適な方法によっても生産することができる。一般的には、例えば、ゲノム配列が隣接されているマーカー遺伝子を含むポリヌクレオチド構築物が生産される。それらゲノム配列は、当該動物のDDAHコード遺伝子座のゲノム配列に対応する。したがって、該ポリヌクレオチド構築物が対象の動物のDDAHコード遺伝子座に接触されるならば、相同組換え事象により、該ポリヌクレオチド構築物に用いられているゲノム配列と隣接している染色体配列がマーカー遺伝子によって置換されうる。該マーカー遺伝子がコード配列又は制御配列、例えば、プロモーター配列を置換すると、遺伝子発現及び/又は活性が消失するかもしれない。
【0053】
該ポリヌクレオチド構築物は、典型的には、上述した接触が起こりうるように前核マイクロインジェクションによって受精卵内に移される。別のアプローチ、例えば、胚幹細胞又は生殖系列細胞内へのレトロウイルス介在遺伝子導入、を用いてもよい。どのアプローチが取られても、トランスジェニック動物がその後に作出される。例えば、マイクロインジェクションされた卵を、宿主雌体内に移植して、その子孫をマーカー遺伝子の発現でスクリーニングしてもよい。得られるファウンダー動物を繁殖させてもよい。
【0054】
好ましい動物は、したがって、DDAHI又はDDAHII遺伝子座の全て又は一部が欠失又は置換されているマウス、すなわち、DDAHI又はDDAHIIノックアウトマウスである。
【0055】
該動物は、ADMAの内在性合成又は活性に関与する酵素、例えば、PRMTを過剰発現してもよい。上述したトランスジェニック技術は、もちろん、あるタンパク質を過剰発現する非ヒト動物の生産にも同様に適用可能である。そのような場合、用いられる上記ポリヌクレオチド構築物が、ある内在性の遺伝子部分をマーカー遺伝子で置換することはない。むしろ、ある内在性の遺伝子を、コード配列に作用可能な状態で並ぶプロモーター、例えば高レベルの発現を駆動するプロモーター、を含むポリヌクレオチド構築物で置換してもよい。また代わりに、該構築物は、レポーター遺伝子に作用可能に連結された適切なプロモーター配列を含んでいてもよい。また、内在性の配列を置換しない構築物を生産することも可能である。そのような構築物の使用により、結果として、内在性の配列と該構築物による配列挿入物とを含有する動物が得られるであろう。
【0056】
上述したトランスジェニック非ヒト動物はまた、下述する子癇前症又はIUGRを予防又は治療する物質の同定のために独立して用いてもよい。
【0057】
該動物は妊娠している。該妊娠という用語は、ここに、該動物が、妊娠中であるかのように生理学的に振る舞い且つ薬理学的な治療に反応する状態として定義される。本発明は、したがって、例えば、偽妊娠のような、妊娠様状態にある動物を使用してもよい。
【0058】
治療物質のスクリーニング
本発明はさらに、子癇前症又はIUGRを予防又は治療する物質を同定するために動物の全体又は一部を使う方法を提供する。この方法は、典型的には、本発明の非ヒト妊娠動物又は本発明の非ヒト胎児を用いる。しかしながら、一実施形態では、上述したように、妊娠中のDDAH欠損動物を、先行ADMA投与無しで用いる。ADMAを代謝する酵素であるDDAHの欠如は、ADMAの内在性レベルにおける上昇を引き起こす。DDAH欠損動物は、好ましくはノックアウトマウスである。
【0059】
子癇前症を予防する物質は、子癇前症のいずれの症状の出現も低減、予防又は遅延する。子癇前症を治療する物質は、該状態であるとして診断された個体における子癇前症の症状を緩和するか又は消失させる。
【0060】
IUGRを予防する物質は、IUGRのいずれの症状の出現も低減、予防又は遅延する。IUGRを治療する物質は、該状態であるとして診断された胎児におけるIUGRの症状を緩和するか又は消失させる。
【0061】
物質を同定する方法は、典型的には、上記動物の妊娠中に子癇前症の症状が現れる前又は後に実行される。子癇前症を予防する物質を同定する方法は、典型的には、上記動物において子癇前症の症状が現れる前に実行される。子癇前症を治療する物質を同定する方法は、典型的には、上記動物において子癇前症の症状が現れた後に実行される。
【0062】
物質を同定する方法は、典型的には、上記胎児にIUGRの症状が現れる前又は後に実行される。IUGRを予防する物質を同定する方法は、典型的には、上記胎児においてIUGRの症状が現れる前に実行される。IUGRを治療する物質を同定する方法は、典型的には、上記動物においてIUGRの症状が現れた後に実行される。
【0063】
上記の方法において試験することができる好適な物質は、コンビナトリアルライブラリー、定義された化学的実体物、ペプチド及びペプチド模倣物、オリゴヌクレオチド、及び、ディスプレイ(例、ファージディスプレイライブラリー)及び抗体産物のような天然産物ライブラリーを含む。例えば、モノクローナル及びポリクローナル抗体、一本鎖抗体、キメラ抗体、CDR移植抗体及びヒト化抗体を用いてもよい。該抗体は、無傷の免疫グロブリン分子、又はFab、F(ab')2又はFv断片のような免疫グロブリン分子の断片であってもよい。
【0064】
典型的には、有機分子がスクリーニングされるが、好ましくは、50〜2500ダルトンの分子量を持つ小さい有機分子である。候補産物は、サッカライド、脂肪酸、ステロイド、プリン、ピリミジン、誘導体、構造類似体又はそれらの組合せを含む生体分子でもよい。候補薬剤は、合成又は天然物質のライブラリーを含む非常に多様な源から得られる。構造類似体を製造するために、既知の薬理学的な薬剤を、アシル化、アルキル化、エステル化、アミド化などのような、指向性の又はランダムな化学修飾に供してもよい。
【0065】
好ましい試験物質は、ADMA、NOS、NO、DDAH又はPRMTのレベル又は活性に影響を与える物質を含む。
【0066】
本発明はまた、子癇前症又はIUGRの予防又は治療において本発明のスクリーニング方法によって同定される物質の使用を提供する。それゆえ、同定された物質は、子癇前症又はIUGRの予防又は治療における使用のための医薬の製造において用いてもよい。
【0067】
以下の実施例は本発明を説明する。
【実施例】
【0068】
1.方法
研究参加者
日常的な出産前看護のためにキングズカレッジ病院に通院している全ての女性が、妊娠期間23-25週で子宮動脈の色ドップラー検査を受けた(Acuson Aspen、米国カリフォルニア州)。子宮動脈のドップラー波形は、先に記述されたようにして得られた(Albaiges Gら、Obstet Gynecol 2000年; 96: 559〜64頁)。3つの類似した連続波形が取得されたときに、早期拡張性ノッチの存在が認められ、二つの血管の平均拍動指標(PI)を計算した。連続して同定された異常な子宮動脈ドップラー波形(両側に早期拡張性ノッチの存在)を持つ43名の妊娠女性が、該ドップラー研究の際に集められたが、年齢、人種及び喫煙状況に関して、正常な子宮動脈ドップラー波形を持つ43名の妊娠女性と一致させた。開始時において、全ての女性は、単生児妊娠であり、健康であり、薬物治療を受けておらず、早発循環器病の個人歴も家族歴もなく、妊娠期間に照らして適正に成長した胎児を有していた。母体の年齢、人種、喫煙状況、経産、心拍数及びBPを記録した。BPは、移動式血圧モニターを用いて、被験者が着座した状態で右腕で測定した(SpaceLabs Medical 90207、米国ワシントン州)。3回測定して平均を取った。本研究は地域倫理委員会によって承認され、全ての被験者は書面のインフォームドコンセントを出した。
【0069】
母体の内皮機能の評価
右上腕動脈の超音波を、先に記述されたようにして、7MHz直線アレイトランスデューサーとAspen Acusonシステム(米国カリフォルニア州)を用いて、妊娠期間23〜25週に行った(Celermajer DSら、Lancet 1992年; 340: 1111〜5; Savvidou MDら、Obstet Gynecol 2000年; 15: 502〜7)。該動脈の拡張終期の画像を3秒ごとに取得し、デジタル形式で保存した。動脈直径を各画像について半自動化エッジ検出アルゴリズムを用いて決定した。ベースライン血管直径を、記録の最初の1分間における全ての測定値の平均として計算した。上腕動脈のFMDを、記録部位の末端側のカフを300mmHgまで5分間膨張させた後に急速に収縮させることで誘発される反応性の充血の間の血管直径における増大百分率として定義した。流量変化(反応性の充血)、即ち、拡張のための流量刺激の指標を、[(カフ収縮後15秒時の血流量 - ベースライン血流量)/ベースライン血流量]×100%として計算した。全ての測定は、経験を積んだオペレーターによって行われ、FMDデータは研究の24時間以内に解析された。我々の実験室では、FMDに関する観察者間のばらつきは、1.02±0.6%(95%一致限界: -1.7-2.4%)である(Savvidou MDら、Obstet Gynecol 2000年; 15: 502〜7)。妊娠という設定以外では、舌下の三硝酸グリセリン(GTN)に対する内皮非依存性の拡張がコントロールとして一般に使用されるが、本研究ではGTN使用は避けた。しかしながら、GTN誘導された拡張は、妊娠の結果として改変されないことを先行の研究が示した(Dorup Iら、Am J Physiol 1999年; 276: H821〜5)。
【0070】
血漿非対称性、対称性ジメチルアルギニン及びL-アルギニンの解析
ADMA、SDMA及びL-アルギニンの血漿中濃度の測定ための血管研究のときに、血液試料(5ml)をクエン酸試験管内に採取した。コントロール群からの38名の女性、及び両側性子宮動脈ノッチを有する40名の女性が、血液試料採取に同意した。遠心分離後に、血漿を-70℃でアッセイまで保存した。血漿試料(10μmol/L)の0.5mlアリコートに加えた内在性のアミノ酸及び内部標準L-ホモアルギニンを、CBAカートリッジ上で固相抽出し(Varian, カリフォルニア州ハーバーシティー)、o-フタルアルデヒド(OPA)で誘導化し、記述されているように(Tsikas Dら、J Chromatogr B Biomed Sci Appl 1998年; 705: 174〜6)、そのOPA誘導体をHPLCで分離し、蛍光検出で監視した。L-アルギニン、L-ホモアルギニン、SDMA及びADMAのOPA誘導体が、それぞれ8.8±0.1、10.9±0.1、14.8±0.2、及び16.3±0.2分(平均±SD、n=6)で溶出した。正確さと精度は、6個のともに処理した品質コントロール試料の組内において、全てのアミノ酸についてそれぞれ100%近く及び7.3%未満になるように決定した。
【0071】
臨床結果の定義
妊娠齢、出産の方法及び乳児出生時体重を含む妊娠のコースに関する情報を、研究された全ての女性について得た。本研究に参加した女性の臨床管理は、23〜25週の子宮動脈波形記録の結果を知っているが上腕動脈FMD及びメチルアルギニン測定の結果を知らない産科医が引き受けた。子癇前症は、妊娠中の高血圧症の研究のための国際学会(the International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy)の判定基準にしたがって定義された(Daveyら、Am J Obstet Gynecol 1988年;158: 892〜8)。この分類のもとで、子癇前症は、以前には正常血圧であった女性において妊娠期間20週後に発症するタンパク尿(24時間蓄尿中で総タンパク質量が300mg以上、又はこれが入手できなかった場合には、少なくとも4時間を隔てた二つの連続した時点でのディップスティックによるタンパク尿が2+)と組み合わさった高血圧(一回の拡張期血圧読取>110mmHg、又は少なくとも4時間隔てた二回の拡張期血圧読取>90mmHg)として定義された。IUGRは、新生児の性別及び妊娠期間における5パーセンタイル未満の出生時体重として定義された(Gardosi Jら、Lancet 1992年; 339: 283〜7)。
【0072】
統計解析
連続データの分布の正規性をシャピロ-ウィルク検定で調べた。非正規的分布データについて対数変換を行った。正規及び非正規分布データについて、記述データを平均値±SDとして又は中央値[四分位数間範囲]として表す。スチューデントのt‐検定を、両側ノッチを有する及び有しない女性の間での変数を比較するために用いた。多数の群の間での比較は、分散の一方向解析とその後のポストホックテスト(Tukey-Kramer)を用いて行われた。カイ二乗(χ2)検定を、群の間の分類変数を比較するために用いた。一変量の線形及び多変量の回帰分析を、適切な場合において行った。統計学的解析を、社会科学用の統計学的なパッケージ(第8版)を用いて行った。
【0073】
2.結果
研究参加者のベースライン的特徴
正常な子宮動脈ドップラー波形を有した女性のうちだれも子癇前症を発症せず、それら女性の全員が適正な大きさの乳児を出産した。23〜25週で子宮動脈の両側ノッチを有した女性(n=43)は、妊娠の結果にしたがって3つの群に分類された。合併症のなかった女性(n=19, 44.2%)、IUGRを発症した女性(n=14, 32.6%)、及びIUGRを有した4名を含むPEを発症した女性(n=10, 23.2%)。
【0074】
妊娠の結果にしたがって研究開始時に得られた人口統計学的及び臨床的特徴を、表1に表す。ベースラインの人口統計学的特徴に関して群の間で統計学的に有意な差はなかった。その後、子癇前症を発症した女性のうちのより大きな割合が喫煙者であったが、その差は統計学的に有意ではなかった(p=0.43)。収縮期及び拡張期のBPは、最終的に子癇前症を発症した女性において有意により高かったが、それでも正常な範囲内であった。子癇前症を発症した女性は、妊娠のいかなる合併症も無かった女性に比べて、子宮動脈の有意により高いPIを有し、より小さな胎児をより早期に出産した。
【0075】
妊娠の結果による母体FMD
FMDの記録は全ての女性から得られ、これを表2に妊娠の結果にしたがって表す。後に子癇前症を発症した女性は、ノッチを有さず正常な結果であった女性(8.59±2.76%, p<0.0001)及び両側ノッチを有したが正常な結果であった女性(8.15±4.32%, p=0.0001, 図1)よりも有意に低いFMD(3.58±2.76%)を有した。妊娠にIUGRが併発した女性はまた、ノッチを有さず正常な結果であった女性に比べてより低いFMDを有した(6.17±2.82%対8.59±2.76%, p=0.004)。正常な結果であった妊娠女性は、両側ノッチの非存在又は存在にかかわらず類似したFMDを有した(8.59±2.76%対8.15±4.32%, p=0.92)。多重回帰分析において、FMDの有意な前兆は、ベースラインの血管大きさ(p=0.002)と、妊娠結果によって定義される亜群状況(p<0.001)と、喫煙状況(p<0.001)であった。該群の間でのFMDの差は、喫煙状況についての調整の後でも有意のままであった。
【0076】
ジメチルアルギニンとL-アルギニンのレベル
両側ノッチの女性は、正常な子宮動脈ドップラー波形の女性に比べて有意により高いレベルのADMAを有していた(それぞれ2.4[1.97-3.14]μmol/L対0.81[0.49-1.08]μmol/L, p<0.0001, 図2)。後に子癇前症を発症した女性は、正常な妊娠であった女性に比べて有意により高いレベルのADMAを有していた(それぞれ2.7[2.21-3.21]μmol/L対0.81[0.49-1.08]μmol/L, p<0.0001, 表3)。後に子癇前症を発症する女性において見られるレベルで、ADMAは、競合的に、L-アルギニンからのNOの酵素的合成を抑制し、内皮依存性緩和を減弱する。ADMAは、子癇前症の発症のための機構を提供するとともに、増大した胎盤血管抵抗を全身性の母体内皮性機能障害の結果として起きる母体高血圧症に結びつける。対称性ジメチルアルギニン(SDMA; NO合成に何の効果も持たないADMAの立体異性体)のレベルは、全ての群において類似しており、ADMA/SDMAモル比は、両側ノッチ及び子癇前症を持つ女性において有意により高かった(表3)。L-アルギニン濃度及びL-アルギニン/ADMAモル比は、両側ノッチ及び子癇前症を持つ女性の全てにおいて、それらを有さない女性と比べたとき、僅かに、しかし有意により高かった。興味深いことに、PEを発症するにいたった女性は、最低のFMDを有したにもかかわらず、L-アルギニンにおいて最低ではなく最高のレベルを有した(表3)。
【0077】
内皮性機能に対するADMAの相関
ADMAのレベルは、正常なドップラー波形を持つ女性の群においてはFMDと有意に相関しなかった。しかしながら、両側性子宮動脈ノッチを持つ女性の群においてADMAの血漿中レベルとFMDの間には弱いが有意の逆相関があった(r=-0.35, p=0.02)。この関連性をさらに調査するために、本発明者等は、異なる妊娠結果によって区別される両側ノッチを持つ女性の三つの亜群においてADMAのレベルとFMDの間における一変量解析を行った。最終的に子癇前症を発症した妊娠女性の群においてのみ、ADMAとFMDの間に強い逆相関があった(r=-0.8, p=0.005, 図3)。
【表1】

【0078】
【表2】

【0079】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】図1は、両側ノッチの存在又は非存在に、及び妊娠の結果に依存する女性の異なる群での妊娠期間23〜25週での上腕動脈の流量介在拡張(FMD)を示す。横棒は各群の平均FMDを示す。
【図2】図2は、(子宮動脈ドップラー検査において両側ノッチが有った及び無かった)妊娠女性の二つの群におけるADMAの血漿中レベルを示す。横棒は各群の中央値ADMAレベルを示す。
【図3】図3は、妊娠期間23〜25週で子宮動脈の両側ノッチを有しており最終的に子癇前症を発症した妊娠女性の群における流量介在拡張とADMAの血漿中レベルとの間の関係を示す散布図を示す。有意の逆相関が見つかった(r=-0.8, p=0.005)。
【図4】図4は、タンパク質メチルアルギナーゼ(PRMT)によるタンパク質中のメチル化アルギニン残基からのADMAの合成と、ジメチルアルギニンジメチルジアミノヒドロラーゼIとII(DDAH IとII)の作用によるADMAのシトルリンへの代謝とを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
妊娠女性が子癇前症を発症する危険があるか否か、又はその女性の胎児が子宮内発育遅延(IUGR)を発症する危険があるか否かを同定する方法であって、前記妊娠女性において非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)を測定することと、それによってその女性が子癇前症を発症する危険があるか否かを決定すること又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があるか否かを決定することとを含む方法。
【請求項2】
ADMAが、前記女性から取られた液体試料において測定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記女性が子癇前症を発症する危険があるか否かを決定すること又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があるか否かを決定することが、前記ADMAが前記液体試料において1.5μmol/Lを超えるか否かを決定することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記妊娠女性が妊娠期間10〜25週の妊娠の段階にある、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記女性が妊娠期間15〜25週の妊娠の段階にある、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記女性が子癇前症を発症する危険があるか否かを決定すること又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があるか否かを決定することが、前記女性のADMAレベルが正常な妊娠中のレベルの少なくとも3倍であるか否かを決定することを含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記女性が子癇前症を発症する危険があるか否かを決定すること又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があるか否かを決定することが、前記女性がADMA/対称性ジメチルアルギニン(ADMA/SDMA)比において正常な妊娠中の比を超える増大を有するか否かを決定することを含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記ADMA/SDMA比が正常な妊娠中の比の少なくとも5倍を上回るか否かを決定することを含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記妊娠女性が子癇前症を発症する危険があると疑われる、又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があると疑われる、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記女性が喫煙者である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記女性において子宮動脈のドップラー波形解析及び/又は上腕動脈の流量介在拡張を実行することをさらに含む、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
女性が子癇前症を発症する危険があるか否かを決定するか、又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があるか否かを決定するための手段を製造するためのADMA抗体の使用。
【請求項13】
前記手段が緩衝液を含む、請求項12に記載の使用。
【請求項14】
妊娠女性に有効量のADMA活性のアンタゴニストを投与することを含む、妊娠女性において子癇前症を抑制又は予防する或いはその女性の胎児においてIUGRを抑制又は予防する方法。
【請求項15】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法によって、前記女性が子癇前症を発症する危険があると同定されているか、又はその女性の胎児がIUGRを発症する危険があると同定されている、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
子癇前症を抑制又は予防する或いはIUGRを抑制又は予防するための医薬を製造するためのADMA活性のアンタゴニストの使用。
【請求項17】
前記ADMA活性のアンタゴニストがL-アルギニンである、請求項14若しくは15に記載の方法又は請求項16に記載の使用。
【請求項18】
ADMAの投与によって子癇前症が確定されている非ヒト妊娠雌性動物。
【請求項19】
ADMAの投与によって胎児のIUGRが確定されている非ヒト妊娠雌性動物。
【請求項20】
胎児を妊娠している非ヒト雌性動物へのADMAの投与によってIUGRが確定されている非ヒト胎児。
【請求項21】
非ヒト妊娠雌性動物において子癇前症を確定する又はその雌性動物の胎児においてIUGRを確定するための方法であって、子癇前症又はIUGRを引き起こすのに十分な量でADMAを前記動物に投与することを含む方法。
【請求項22】
前記非ヒト妊娠雌性動物がジメチルアルギニンジメチルアミノヒドロラーゼ(DDAH)欠損動物である、請求項18若しくは19に記載の非ヒト妊娠雌性動物、又は請求項20に記載の非ヒト胎児、又は請求項21に記載の方法。
【請求項23】
子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療する物質を同定する方法であって、請求項18、19又は22のいずれか1項に規定の動物に候補物質を投与することと、該候補物質が子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療するか否かを評価することとを含む方法。
【請求項24】
子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療する物質を同定する方法であって、妊娠中のDDAH欠損動物に候補物質を投与することと、該候補物質が子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療するか否かを評価することとを含む方法。
【請求項25】
DDAH欠損動物がノックアウトマウスである、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
子癇前症を予防又は治療する或いはIUGRを予防又は治療するための医薬を製造するための請求項23〜25のいずれか1項に記載の方法によって同定された物質の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2006−524325(P2006−524325A)
【公表日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−506152(P2006−506152)
【出願日】平成16年4月19日(2004.4.19)
【国際出願番号】PCT/GB2004/001701
【国際公開番号】WO2004/095032
【国際公開日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(597013168)ユニバーシティ カレッジ ロンドン (5)
【Fターム(参考)】