説明

孔食深さ算出方法、孔食深さ算出装置、および孔食深さ算出システム

【課題】従来の手法では計測、算出することができないような、放射性廃棄物の廃棄物処分容器に生じる微小な孔食の深さを算出する孔食深さ算出方法、孔食深さ算出装置、および孔食深さ算出システムを提供することにある。
【解決手段】電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求める体積算出工程と、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求める面積算出工程と、前記孔食体積を前記孔食面積で除することにより、孔食の深さを算出する深さ算出工程と、を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料の孔食深さ算出方法、孔食深さ算出装置、および孔食深さ算出システムに関し、特に、原子力発電施設等から発生する放射性廃棄物の地下埋設処分を行う際に使用する廃棄物処分容器の孔食の深さを算出するための孔食深さ算出方法、孔食深さ算出装置、および孔食深さ算出システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ケミカルプラント等において、腐食が問題となる金属装置(反応器、貯槽等)に対して腐食モニタリングが様々な方法により行われている。例えば、一般的な腐食モニタリングの方法としては、金属材質の腐食測定法として広く知られている、質量減少測定法、分極抵抗測定法(直流分極抵抗法、交流分極抵抗法、インピーダンス法)、電気抵抗測定法等が存在する。
【0003】
また、金属材料の腐食の発生を検知する方法として、電気化学ノイズ法が知られている。例えば、この電気化学ノイズ法を用いた手段の一例として、特許文献1には、ケミカルプラント等のパイプや構造物に発生する腐食を検知することができる腐食測定装置が開示されている。
【0004】
ここで、測定対象となるのは、特許文献1に記載された発明が想定するようなケミカルプラント等のパイプや構造物だけでなく、放射性廃棄物の地下埋設処分を行う際に使用する廃棄物処分容器も考えられる。
この放射性廃棄物の廃棄物処分容器は、周辺環境への放射性廃棄物の流出の防止を考慮し、穴あきの原因となる孔食が発生しないように、不働態皮膜を形成し難い炭素鋼等を材料として用いるとともに、埋設する環境をアルカリ性にしないよう(炭素鋼は強アルカリで不働態皮膜を形成してしまう可能性があるため)十分な配慮のもと地下に埋設される。
【0005】
しかし、材料面や環境面について十分に配慮されている場合であっても、放射性廃棄物の廃棄物処分容器が地下に埋設される期間は超長期にわたることから、孔食が発生してしまう可能性はゼロではない。そして、このように制御された環境において発生する孔食は、通常、考慮する必要性がなく無視できるほど微小なものであるが、放射性廃棄物の廃棄物処分容器を対象とする場合は、周辺環境への放射性廃棄物の流出による影響を考慮すると、どれほど微小な孔食であっても見逃すことはできない。
【0006】
したがって、放射性廃棄物の廃棄物処分容器を対象とする場合は、いかなる微小な異変であっても検出し、その異変を評価する必要がある。特に、異変を評価するに際し、穴あきの進行状況を見積もるために孔食の深さを調べることは非常に重要である。
【0007】
ここで、孔食の深さを調べるために、一旦地中に埋設した放射性廃棄物の廃棄物処分容器をわざわざ掘り起こすのは、手間がかかり妥当な方法とは言えない。
そこで、現在、損傷部の貫通寿命を推定する方法として、アコースティックエミッション法が知られている。例えば、このアコースティックエミッション法を用いた手段の一例として、特許文献2には、地中に埋設したタンクの損傷部の貫通寿命を推定する腐食損傷評価システムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2009−544008号公報
【特許文献2】特開2006−250823号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1および特許文献2に係る技術は、測定対象としてケミカルプラント等のパイプや構造物、または地中に埋設したタンクを想定していることから、微小な孔食を正確に検知することができない。また、特許文献2に係る技術は、アコースティックエミッション法を用いていることから、クラック等のような短い間に損傷が起きる場合に有効な手段ではあるが、本願が対象とするような初期の孔食を検知できる程の精度のものではない。
したがって、特許文献1および特許文献2に係る技術では、当然、放射性廃棄物の廃棄物処分容器の孔食の深さについては算出することができない。
【0010】
本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その課題は、従来の手法では計測、算出することができないような、放射性廃棄物の廃棄物処分容器に生じる微小な孔食の深さを算出する孔食深さ算出方法、孔食深さ算出装置、および孔食深さ算出システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために、本発明に係る孔食深さ算出方法は、電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求める体積算出工程と、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求める面積算出工程と、前記孔食体積を前記孔食面積で除することにより、孔食の深さを算出する深さ算出工程と、を含むことを特徴とする。
【0012】
このように本発明に係る孔食深さ算出方法は、電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求めることから、クラック等のような短い間に損傷が起きる場合だけでなく、微小な初期の孔食が発生した場合であっても、その孔食の体積を求めることができる。よって、放射性廃棄物の廃棄物処分容器を対象とした場合には、当該廃棄物処分容器に生じる微小な孔食の体積を求めることができる。
そして、本発明に係る孔食深さ算出方法は、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求めることから、微小な孔食の面積を正確に求めることができる。
【0013】
そして、本発明に係る孔食深さ算出方法は、前記した孔食の体積と面積に基づき孔食の深さを求めることから、従来の手法では計測、算出することができないような、微小な孔食の深さを求めることができる。
【0014】
また、本発明に係る孔食深さ算出方法は、前記電流信号の測定間隔が0.1〜5秒であることが好ましい。
このように本発明に係る孔食深さ算出方法は、電流信号の測定間隔を所定時間に規定することにより、取得するデータ量を適当な量とすることができる。したがって、腐食測定装置、孔食深さ算出装置等の機器から発生する不要な電気ノイズが測定したデータに影響を与えるといった、取得するデータ量が多すぎることにより発生する事態を回避することができるとともに、孔食等の局部腐食の発生の検知や孔食体積の算出が困難となるといった、取得するデータが少なすぎることにより発生する事態も回避することができる。
【0015】
また、本発明に係る孔食深さ算出方法は、前記金属材料が地中に埋められたものであることが好ましい。さらに、前記金属材料が放射性廃棄物の廃棄物処分容器を構成していることが好ましい。
このように本発明に係る孔食深さ算出方法は、地中に埋められた放射性廃棄物の廃棄物処分容器に好適に適用することができる。
【0016】
また、本発明に係る孔食深さ算出装置は、電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求める体積算出手段と、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求める面積算出手段と、前記孔食体積を前記孔食面積で除することにより、孔食の深さを算出する深さ算出手段と、を備えることを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る孔食深さ算出システムは、電気化学ノイズ法によって金属材料の電流信号を経時的に測定するとともに、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料のインピーダンススペクトルを測定する腐食測定装置と、前記腐食測定装置によって得られた前記金属材料の電流信号から孔食体積を求める体積算出手段と、前記腐食測定装置によって得られた孔食発生前後の前記金属材料のインピーダンススペクトルから孔食面積を求める面積算出手段と、前記孔食体積を前記孔食面積で除することにより、孔食の深さを算出する深さ算出手段と、を含む孔食深さ算出装置と、を備えることを特徴とする。
【0018】
このように本発明に係る孔食深さ算出装置および孔食深さ算出システムは、電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求めるとともに、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求めることから、微小な孔食の体積と面積とを正確に求めることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る孔食深さ算出方法、孔食深さ算出装置、および孔食深さ算出システムによれば、電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求めるとともに、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求めることから、微小な孔食の体積と面積とを正確に求めることができる。そして、前記した孔食の体積と面積に基づき孔食の深さを求めることから、従来の手法では計測、算出することができないような、微小な孔食の深さを求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る孔食深さ算出方法が適用される腐食測定装置、孔食深さ算出装置および測定環境の全体の模式図である。
【図2】本発明に係る孔食深さ算出方法、孔食深さ算出装置、および孔食深さ算出システムが適用される測定環境の模式図である。
【図3】本発明に係る孔食深さ算出装置のブロック図である。
【図4】腐食測定装置により測定した電流値を示すグラフ(900〜1200秒の範囲)である。
【図5】腐食測定装置により測定した電流値を示すグラフ(0〜2000秒の範囲)である。
【図6】(a)は、横軸にインピーダンスの実数部、縦軸に虚数部をとって表示したベクトル軌跡線図であり、(b)は、縦軸にインピーダンスの絶対値と位相差、横軸に周波数をとって表示したボード線図である。
【図7】一般的な等価回路の回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る孔食深さ算出方法、孔食深さ算出装置、および孔食深さ算出システムを実施するための形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
【0022】
[孔食深さ算出システム]
まず、本発明に係る孔食深さ算出システムの実施の形態について、図1を参照して説明する。この孔食深さ算出システムSは、腐食測定装置8と、孔食深さ算出装置9と、を備え、腐食測定装置8から得られる金属材料の電流信号や電位信号等の測定データを、孔食深さ算出装置9により信号処理することにより孔食の深さを算出するシステムである。
【0023】
(孔食深さ算出装置)
図3に示すように、孔食深さ算出装置9は、少なくとも記憶手段と処理手段とを備えたパーソナルコンピュータなどにより具現され、詳細には、入力手段901と、第1記憶手段902と、判別手段903と、体積算出手段904と、深さ算出手段905と、時刻通知手段906と、信号出力手段907と、第2記憶手段908と、面積算出手段909と、出力手段910と、を備える。
【0024】
なお、記憶手段である第1記憶手段902、第2記憶手段908は、例えば、メモリまたはハードディスクなどの記憶装置から構成されている。そして、処理手段である判別手段903、体積算出手段904、深さ算出手段905、時刻通知手段906、面積算出手段909は、例えば、CPU(Central Processing Unit)により構成されている。そして、入力手段901、信号出力手段907、出力手段910は、所定の入力または出力インターフェースから構成されている。
また、孔食深さ算出装置9は、表示手段としてCRT(Cathode Ray Tube)またはLCD(Liquid Crystal Display)などの表示装置に接続される構成(または、含む構成)となっていてもよい。
【0025】
(孔食深さ算出装置の各手段の構成)
入力手段901には、腐食測定装置8から金属材料の電流信号や電位信号等の測定データが入力される。この入力手段901に入力された測定データは、第1記憶手段902および第2記憶手段908に出力される。
【0026】
第1記憶手段902は、入力手段901から入力された電流信号を記憶する手段である。
判別手段903は、第1記憶手段902に蓄積された電流信号が所定値(孔食が発生したとみなす値)を超えるか否かを判別する手段である。そして、判別手段903は、所定値を超えた時から、定常値(孔食等の腐食が発生していない定常状態において、金属材料を計測した場合に測定される電流値)になるまでの電流信号を体積算出手段904に出力する。
そして、判別手段903は、所定値を外部より設定できるようになっている。また、判別手段903は、定常値を外部より設定できるようになっていてもよいし、定常値を判別手段903自体により算出できるようになっていてもよい。
【0027】
体積算出手段904は、判別手段903から入力された電流信号に基づき孔食の体積を算出する手段である。そして、体積算出手段904は、算出した孔食の体積を深さ算出手段905に出力する。
【0028】
時刻通知手段906は、信号出力手段907と第2記憶手段908とに所定時刻となった時に、各処理を行う旨を通知する手段である。そして、時刻通知手段906は、所定時刻を外部より設定できるようになっている。
信号出力手段907は、時刻通知手段906から通知が入力された時に任意の周波数をもつ正弦波電位(または電流)信号を金属材料1に出力する手段である。
【0029】
第2記憶手段908は、入力手段901から入力された正弦波電流(または電位)信号を記憶する手段である。そして、第2記憶手段908は、時刻通知手段906から通知が入力されると、通知が入力された時から所定期間の正弦波電流(または電位)信号を面積算出手段909に出力する。
【0030】
面積算出手段909は、第2記憶手段908から出力された正弦波電流(または電位)信号に基づき孔食の面積を算出する手段である。そして、面積算出手段909は、算出した孔食の面積を深さ算出手段905に出力する。
【0031】
深さ算出手段905は、体積算出手段904から入力された孔食の体積を、面積算出手段909から入力された孔食の面積で除することにより、孔食の深さを算出する手段である。そして、深さ算出手段905は、算出した孔食の深さを出力手段910に出力する。
【0032】
出力手段910は、深さ算出手段905から入力された孔食の深さを外部に接続された(または、内部に設置された)表示手段等に出力する手段である。
ここで、表示手段は、算出した孔食の深さだけでなく、測定した電流信号、ベクトル軌跡線図、ボード線図等を表示するという構成であってもよい。
【0033】
孔食深さ算出装置9の構成は、前記構成に限定されず、例えば、入力手段901から入力された全ての電流信号に基づき孔食の体積を算出する場合は、第1記憶手段902、判別手段903を設ける必要は無く、入力手段901から電流信号を体積算出手段904に直接出力されるような構成とすればよい。なお、判別手段903を設けない場合は、体積算出手段904は、孔食の体積を算出する際に使用する定常値を外部より設定できるようになっているか、定常値を体積算出手段904自体により算出できるようになっている。
【0034】
また、時刻通知手段906を設けず、電流信号が所定値を超えたと判別手段903が判別したときから数分経過後に、判別手段903から信号出力手段907と第2記憶手段908とに、各処理を行う旨を通知するという構成であってもよい。
【0035】
また、時刻通知手段906(または、判別手段903)から第2記憶手段908ではなく入力手段901に通知が入力され、その通知が入力された時から所定期間の正弦波電流(または電位)信号を入力手段901から直接面積算出手段909に出力されるという構成であってもよい。この場合、第2記憶手段908を設ける必要はない。
【0036】
さらに、孔食深さ算出装置9とは別体として周波数応答解析装置(図示せず)を設けてもよい。この場合、周波数応答解析装置は、前記した孔食深さ算出装置9の時刻通知手段906と、信号出力手段907と、第2記憶手段908と、面積算出手段909とを備えるとともに、さらに、入力手段と出力手段とを備える。詳細には、腐食測定装置8から当該入力手段に正弦波電流(または電位)信号が入力され、孔食の面積を算出する処理を周波数応答解析装置内において行われた後、算出した孔食面積を当該出力手段により、孔食深さ算出装置9の深さ算出手段905に出力するというものである。この場合、孔食深さ算出装置9内に時刻通知手段906と、信号出力手段907と、第2記憶手段908と、面積算出手段909とを設ける必要はない。
【0037】
以上、孔食深さ算出装置9の各手段の構成を説明したが、孔食深さ算出装置9の各手段により行われる処理工程(体積算出工程、面積算出工程、深さ算出工程)の詳細については後記する。
【0038】
(腐食測定装置)
腐食測定装置8は、金属材料、特に、地中に埋められた放射性廃棄物の廃棄物処分容器の腐食モニタリングを行う装置であり、電気化学ノイズ法を適用する際に用いられる既存の測定装置をそのまま使用することができる。よって、本発明に係る孔食深さ算出方法によると、新たな測定装置を使用する必要がない。
そして、腐食測定装置8は、特に限定されるものではなく、例えば、無抵抗電流計(zero resistance ammeter)7と入力抵抗の高い電位計6を備えたポテンショスタット・ガルバノスタットを用いればよい。
【0039】
また、腐食測定装置8による測定環境としては、このポテンショスタット・ガルバノスタットにより、測定対象1(廃棄物処分容器)と対極2間の電流値、および、測定対象1と参照極3間の電位値を所定の測定間隔(時間)で測定し、孔食深さ算出装置9(または、孔食深さ算出装置9および周波数応答解析装置)に出力するようなものであればよい。また、放射性廃棄物の廃棄物処分容器の腐食モニタリングを想定する場合は、測定対象1、対極2、参照極3をベントナイト4で覆うとともに、これらを地下水等を想定した試験液5に浸漬させればよい。
さらに、実際に放射性廃棄物の廃棄物処分容器の腐食モニタリングを行う場合は、図2(a)に示すように、箱状を呈するオーバーパック11の全体または一部を測定対象1とし地中に埋設するとともに、オーバーパック11の近傍に対極2と参照極3とを設置すればよい。また、図2(b)に示すように、地中に埋設させたオーバーパック11と参照極3を囲むように筒状または箱状を呈する対極2を設置してもよい。
なお、図2のオーバーパック11は電位計6および電流計7に接続されているとともに、対極2は電流計7に、参照極3は電位計6に接続されている。
【0040】
対極2、参照極3としては、測定対象1と同じ金属、グラファイト、白金等の不活性金属等から構成されるものを用いればよい。また、対極2、参照極3の形状等については特に限定されないが、測定対象に対向する面の面積は大きい方が好ましい。また、対極2、参照極3は、測定対象との距離が近くなるように設置するのが好ましい。また、対極2、参照極3の数は、2つ以上であってもよい。
【0041】
[孔食深さ算出方法]
次に、本発明に係る孔食深さ算出方法の実施の形態について、図4、図5、図6を参照して説明する。
本実施形態に係る孔食深さ算出方法は、電気化学ノイズ法および交流インピーダンス法を用いた孔食深さ算出方法であって、体積算出工程と、面積算出工程と、深さ算出工程と、からなる。
【0042】
ここで、電気化学ノイズ法とは、測定対象から腐食時に発生する電流信号を測定して、その信号に基づき、腐食状況(孔食の体積等)を検知する方法である。なお、電流信号等の測定については、外部から電気的影響を与えない状況下(自然状態)で行われ、この電流信号とは測定対象1と対極2の間に流れる電流である(図1参照)。
また、交流インピーダンス法とは、測定対象に交流信号を印加し、印加後の応答信号を解析することにより、腐食状況(孔食の面積等)を検知する方法である。
【0043】
(体積算出工程)
体積算出工程とは、電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求める工程である。
【0044】
電気化学ノイズ法による電流信号の測定は、交流インピーダンス法による測定の間(測定と測定との間)も、絶えず経時的に行う。
電流信号の測定間隔は、等間隔であるとともに、0.1秒以上5秒以内であることが好ましい。測定間隔が0.1秒未満になると、腐食測定装置8、孔食深さ算出装置9等の機器が起因となる電気ノイズが過大となり、この電気ノイズが測定データに影響を与える可能性が大きくなってしまうからである。また、測定間隔が5秒を超えると、孔食発生の検知や体積の算出が困難になるからである。
【0045】
通常、金属材料に孔食が発生すると、電流信号において突出した大きな値が測定され、その後、徐々に元の定常値へと減衰していく(図4、5の1000〜1100秒の付近)。
測定グラフにおいて定常値を示す直線(例えば、図5の5.01×10−8を示す直線)と測定した電流信号の波形との間のなす面積が、孔食発生時に金属材料の溶出に要した電気量にあたる。なお、当該面積は積分により算出すればよい。
【0046】
ここで、金属材料として鉄を用いている場合は、Feが2価のイオンとして溶出する点、Feの原子量が55.845g/molである点、および、Feの密度が7.87g/cmである点を考慮することにより孔食の体積を算出することができる。具体的には、体積は、(算出された電気量[C])×(1/96485[mol/C])×(1/2)×55.845[g/mol]×(1/7.87[cm/g])で求めることができる。
なお、定常値とは、金属材料に孔食等の腐食が発生していない定常状態において、金属材料を計測した場合に測定される電流値であり、例えば、孔食発生前後5分間を除いた電流値の中央値である。
【0047】
ここで、測定グラフにおいて定常値を示す直線と測定した電流信号の波形との間のなす面積について、全ての面積から電気量を算出するという構成であってもよい。また、電流信号が所定値以上となった場合を孔食が発生した場合と判断し、その場合のみ、所定値以上となった時から定常値に戻るまでの期間の面積(定常値を示す直線と測定した電流信号の波形との間のなす面積)から電気量を算出するという構成であってもよい。このような構成とすることにより、孔食体積を算出する際の計算量を低減することができる。
なお、所定値は、特に限定されず、例えば、面積が3.14cmの測定対象を測定していた場合は、5.0×10−5Aである。また、所定値は、定常状態における電流値の標準偏差をσとした場合に3σとなる値とし、統計的に判断してもよい。
【0048】
この体積算出工程の処理は、前記のとおり、孔食深さ算出装置9の体積算出手段904によって行われてもよいし、人が行ってもよい。
【0049】
(面積算出工程)
面積算出工程とは、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求める工程である。
【0050】
金属材料に対し、交流インピーダンス法による測定を等間隔に実施する。例えば、1日ごと、1週間ごと、1ヶ月ごとなど、間隔を決めて測定を繰り返す。この測定については、孔食発生前後の金属材料を測定できればよいため、測定間隔は、孔食が起こる頻度、確率および全面の腐食量を検討して決定すればよい。
【0051】
なお、交流インピーダンス法による測定は、対象とする金属材料に電位(または電流)信号を微量ながらも印加する手法であるため、測定するたびに金属材料(測定対象)に負荷を与えてしまう。したがって、測定間隔はその間に孔食が1個程度発生すると予想できる範囲で極力長くするのがよい。
【0052】
また、交流インピーダンス法による測定は、体積算出工程において、孔食が発生したと検知したときから数分経過後に(例えば、電流値が所定値以上となったときから10分経過後に)行われるような構成にしてもよい。このような構成にすることにより、例えば、2ヶ月間、孔食が発生しなかった場合は、当該期間、交流インピーダンス法による測定が行われることが無いため、金属材料への測定に伴う負荷をできる限り低減することができる。また、測定環境の変化に伴い、1日ごとに頻繁に孔食が発生するような状態になってしまった場合であっても、孔食が発生したと検知するたびにインピーダンススペクトルの測定が行われるため、孔食の発生や進行を見逃すことなく検知することができる。
【0053】
しかし、放射性廃棄物の廃棄物処分容器の測定は長期間に及ぶため、孔食等のような局部腐食だけでなく、廃棄物処分容器(金属材料)全面が均一に腐食するという現象が生じる場合が想定される。したがって、交流インピーダンス法による測定の測定間隔は、全面が均一に腐食する量(全面腐食量)が無視できるほど小さくなるように設定する必要がある。これは、孔食深さ算出方法が、交流インピーダンス法による連続した2回の測定結果を比較して孔食面積を求める方法であるので、連続した2回の測定の間において孔食以外の要素が変化していないようにすることが重要なためである。
よって、測定間隔を等間隔とせず、孔食の発生を検知するごとにインピーダンススペクトルを測定する場合は、孔食の発生を検知しなくても所定期間経過(例えば、6ヶ月経過)した時に、インピーダンススペクトルを測定するような構成にすることが好ましい。
【0054】
次に、交流インピーダンス法による孔食の面積を算出する原理について説明する。
交流インピーダンス法による測定は前記のような非定常測定であり、金属材料に与えた外部信号(電位または電流信号)により定常状態から一旦ずらし、その後、定常状態に戻るまでの緩和過程における応答信号を解析することで素過程や反応中間体などの情報を得る事ができる。
【0055】
入力する外部信号は微小交流信号を用いるので、測定による金属材料(測定対象)へのダメージは一般的には無視してもよい程のレベルのものである。そして、この交流信号の周波数を変化させることでスペクトル解析を行うことができる。なお、高周波数域での測定においては速いプロセスである電荷移動、低周波数域では遅いプロセスである拡散などに分けたスペクトル解析ができる。
【0056】
正弦波をもつ電位信号を外部信号として入力した場合、その応答信号として角度θだけ位相がずれた正弦波の電流信号が発生する。そして、この電流信号はオイラーの公式より指数関数として表示でき、複素数表示された(複素)インピーダンスは、インピーダンスの絶対値と位相のズレθで特徴づけられる。
前記のようにして周波数ごとに算出されたインピーダンスについて、横軸にインピーダンスの実数部(Z´)、縦軸に虚数部(Z´´)をとることで、図6(a)に示すようなベクトル軌跡線図(またはコール−コールプロット)を得ることができる。また、縦軸にインピーダンスの絶対値(|Z|)と位相差(θ)、横軸にその時の周波数をとることで、図6(b)に示すようなボード線図を得ることができる。
【0057】
ここで、金属材料に発生する腐食反応を表す回路を、図7に示すような一般的な等価回路(溶液抵抗に対し、電荷移動抵抗とキャパシタとが並列で接続した素子が直列で接続した回路)であると想定した場合、この腐食反応を示す回路のインピーダンスZは、溶液抵抗Rsol、電荷移動抵抗Rct、電気二重層容量C、各周波数ω、虚数単位jとするとき、Z=Rsol+Rct/(1+jωRctC)で表すことができる。ベクトル軌跡線図およびボード線図に描いた測定結果によく合うように、各素子の特性値を任意に代入していきフィッティングさせて、各素子の特性値を求める。
【0058】
なお、このような電気化学インピーダンスの解析手法に関しては既に多くの公知文献があるが、例えば、春山 志郎、水流 徹、 阿南 正治著、「防食技術」Vol.27、(1978)、No.9、p.449〜456などに詳しい説明がある。
【0059】
この等価回路についてはあらかじめ想定される腐食反応を考え、文献や環境を模擬した予備実験等で検討しておくことが望ましい。なお、このとき用いる等価回路の素子はその電磁気学的定義により、例えば、キャパシタの場合、その容量CはεS/d(ε:電気二重層の誘電率,S:電気二重層の電極面積,d:電気二重層厚さ)で表され、抵抗Rはρd/S(ρ:電荷移動抵抗の抵抗率,S:電荷移動抵抗の電極面積,d:電荷移動抵抗の厚さ)で表される。
【0060】
連続した2回の交流インピーダンス法による測定において、その間に測定対象に孔食が起きていたとすると、測定対象の面積(S)のみが変化し、その他の誘電率(ε)、抵抗率(ρ)、厚さ(d)は変わらない。よって、当該連続した2回の交流インピーダンス法による測定の結果(インピーダンススペクトル)から求められる等価回路の各素子の特性値を比較することによって電極表面の孔食面積を求めることができる。
【0061】
つまり、測定対象全体の面積をSとし、孔食がSのx倍の面積を有するとすれば、孔食以外の面積は(1−x)Sとなる。よって、孔食発生後のキャパシタの容量は発生前の容量に対して(1−x)倍、抵抗は1/(1−x)倍となる。そして、このキャパシタの容量と抵抗の関係を用いて最もフィットする等価回路の各素子の特性値を求めて、抵抗とキャパシタについて連立の方程式を解くことによりx値を求めれば、孔食面積を算出することができる。
【0062】
ここで、想定する等価回路に多孔質電極のモデルでよく用いられる分布定数型等価回路(例えば、板垣 昌幸、田谷 彰大、石踊 大志、渡辺 邦洋著、「ZAIRYO−TO−KANKYO 材料と環境」Vol.50、No.1(2001)p.24〜29)を用いてフィッティングしても良い。この場合、孔質のひとつが孔食になったとみなして計算すれば、平均誤差5%以内のほぼ同じ結果になることを発明者らは確かめている。
この面積算出工程の処理は、前記のとおり、孔食深さ算出装置9または周波数応答解析装置の面積算出手段909によって行われてもよいし、人が行ってもよい。
【0063】
(深さ算出工程)
深さ算出工程とは、孔食体積を孔食面積で除することにより、孔食の深さを算出する工程である。前記の体積算出工程で算出した孔食の体積を、前記の面積算出工程で算出した孔食の面積で除することで、孔食の深さを求めることができる。
【0064】
なお、一般的には孔食面積が分かれば、孔食は金属材料に理想的な半球状を呈するように形成されていると仮定され、孔食の大きさ等を算出されることが多い。しかし、発明者らは孔食が理想的な半球状ではない例を観察している。また、金属材料表面に現れる孔食の断面の形状は円ではなく楕円であったり多角形であったりする例が多く存在した。よって、孔食の形状を楕円柱や多角柱であると考える本発明の孔食深さ算出方法によると、問題なく孔食の深さが算出できる。
【0065】
この深さ算出工程の処理は、前記のとおり、孔食深さ算出装置9の深さ算出手段905によって行われてもよいし、人が行ってもよい。
【0066】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態に限定されず、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜設計変更可能である。
例えば、面積算出工程において、交流インピーダンス法によって金属材料を測定している間は、電流信号が大きく変動してしまう。よって、当該期間は、電流信号に基づく孔食の体積の算出を行わないような構成としてもよい。
【実施例】
【0067】
次に、孔食深さ算出方法について、本発明の要件を満たす実施例により、発明の効果を奏することを確かめた。
[測定環境]
まず、実施例の測定環境を、図1を参照して説明する。
測定対象(試験極)1として、放射性廃棄物の廃棄処分容器の代わりに炭素鋼を使用した。また、対極2には白金を使用し、参照極3にはAg/AgCl参照電極を用いた。なお、試験極1は、直径2cmの円板状であり片面を腐食が発生しないように被覆していたため、測定対象の面積は3.14cmであった。
【0068】
実処分環境に地下水等が浸潤したことを想定し、前記試験極1、対極2、参照極3を、pH9、NaHCO−NaCO:10,000ppm、NaCl:19,000ppm、30℃、に調整された試験液5に大気開放のもと浸漬した。
【0069】
内部に電流計と電位計を備えたソーラトロン(Solartron)社製1287型ポテンショスタット・ガルバノスタットを用い、電気化学ノイズ法にて電流信号を測定し、接続したパーソナルコンピュータ(孔食深さ算出装置)に記録した。このときの電流信号を図4、5に示す。
なお、電流信号の測定間隔は1カウント/1秒である。
【0070】
交流インピーダンス法による測定は継続的に2日に1度実施した。当該測定は、ソーラトロン社製1255B型周波数応答解析装置を前記1287型ポテンショスタット・ガルバノスタットに接続、制御し、インピーダンススペクトルを求めるというものであった。なお、測定周波数範囲は10kHz〜1Hz、振幅は10mV以内として測定した。
【0071】
[測定方法]
測定開始より13日目に孔食が発生したと判断できる電流値の上昇が見られ、12日目と14日目のインピーダンススペクトルを用いて孔食面積を求めた。そして、孔食発生前後2時間の電気化学ノイズ測定による電流値(孔食発生前後5分間を除く)の中央値(5.01×10−8A)を定常値とし(図5)、孔食時の電流信号と定常値とがなす面積を積分により求めて孔食体積を算出した。
【0072】
本発明の孔食深さ算出方法による結果の精度を検証するため、14日目の交流インピーダンス法による測定が終了したあと、サンプルを取り出し、純水で洗い流し乾燥させ、孔食をキーエンス社製レーザー顕微鏡VK−9500/9510を用いて測定し孔食形状および深さを算出した。
【0073】
[算出結果]
測定グラフにおいて、孔食が発生した区間の電流信号の波形と定常値が示す直線とのなす面積を積分により算出し、孔食発生に要した電気量とした。孔食が発生していると判断できる区間は121秒間にわたり、電気量は4.91×10−2C(クーロン)であった。ファラデー定数を96485C/molとし、全てFeが2価で溶出したとすると、孔食が発生することにより溶出したFeは2.55×10−7molとなる。ここで、Feの原子量は55.845(g/mol)であるためFeは1.42×10−5g溶出したことがわかる。そして、Fe密度は7.87g/cmであるので1.80×10−6cmという体積の孔食が発生したことになる。
【0074】
一方、交流インピーダンスの等価回路として、溶液抵抗に対し、電荷移動抵抗とキャパシタとが並列で接続した素子が直列で接続した回路(図7)を想定し、フィッティングを行った。12日目と14日目に測定したインピーダンススペクトル(図6)をフィッティングさせると、孔食面積は全体の試験極面積(3.14cm)を6.7×10−5倍、つまり孔食面積を2.1×10−4cmとしたとき最も良くフィットした。
【0075】
これらより孔食深さは1.80×10−6cm÷2.1×10−4cm=86μmであると求められた。
このとき、レーザー顕微鏡にて実際に孔食を観察すると、形状は楕円柱状で、最大孔食深さは82.6μmであった。
【0076】
前記実施例に限らず、レーザー顕微鏡による実測値と比較すると、本発明による孔食の深さ算出値は誤差が5%以内となり、十分に信頼できるものであるということを確かめることができた。
【符号の説明】
【0077】
1 測定対象(金属材料)
2 対極
3 参照極
4 ベントナイト
5 試験液
6 電位計
7 電流計(無抵抗電流計)
8 腐食測定装置(ポテンショスタット・ガルバノスタット)
9 孔食深さ算出装置
11 オーバーパック
901 入力手段
902 第1記憶手段
903 判別手段
904 体積算出手段
905 深さ算出手段
906 時刻通知手段
907 信号出力手段
908 第2記憶手段
909 面積算出手段
910 出力手段
S 孔食深さ算出システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求める体積算出工程と、
交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求める面積算出工程と、
前記孔食体積を前記孔食面積で除することにより、孔食の深さを算出する深さ算出工程と、を含むことを特徴とする孔食深さ算出方法。
【請求項2】
前記電流信号の測定間隔が0.1〜5秒であることを特徴とする請求項1に記載の孔食深さ算出方法。
【請求項3】
前記金属材料が地中に埋められたものであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の孔食深さ算出方法。
【請求項4】
前記金属材料が放射性廃棄物の廃棄物処分容器を構成していることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の孔食深さ算出方法。
【請求項5】
電気化学ノイズ法によって金属材料を経時的に測定して得られた電流信号から孔食体積を求める体積算出手段と、
交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料を測定して得られたインピーダンススペクトルから孔食面積を求める面積算出手段と、
前記孔食体積を前記孔食面積で除することにより、孔食の深さを算出する深さ算出手段と、
を備えることを特徴とする孔食深さ算出装置。
【請求項6】
電気化学ノイズ法によって金属材料の電流信号を経時的に測定するとともに、交流インピーダンス法によって孔食発生前後の前記金属材料のインピーダンススペクトルを測定する腐食測定装置と、
前記腐食測定装置によって得られた前記金属材料の電流信号から孔食体積を求める体積算出手段と、前記腐食測定装置によって得られた孔食発生前後の前記金属材料のインピーダンススペクトルから孔食面積を求める面積算出手段と、前記孔食体積を前記孔食面積で除することにより、孔食の深さを算出する深さ算出手段と、を含む孔食深さ算出装置と、
を備えることを特徴とする孔食深さ算出システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−150070(P2012−150070A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10460(P2011−10460)
【出願日】平成23年1月21日(2011.1.21)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】