説明

宇宙機測位システム

【課題】 複数配置されたビーコン発信機からの信号を利用して、GPS信号を受信できない宇宙空間で、より精度の高い位置や速度の同定を行なうことのできる宇宙機測位システムを得ることを目的とする。
【解決手段】 着陸目標地点の周囲に4機配置され、軌道データと基準時刻を含めたビーコン信号を発信するビーコン発信機と、宇宙機に搭載され、ビーコン発信機の電波を受信する送信アンテナと、送信アンテナにより受信した少なくとも4機のビーコン発信機からのビーコン信号に基づいて、自身の位置座標および速度を計算する演算処理装置とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、宇宙機の測位を行なう宇宙機測位システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、GPS衛星を利用した航法測位により、地球を周回する人工衛星や宇宙ステーションにドッキングする宇宙機の測位を行なう測位システムが知られている(例えば、特許文献1参照)。しかし、月面に向かって航行する宇宙機では、GPS信号の受信が困難であり、GPS衛星を利用した航法測位を行なうことができない。
【0003】
【特許文献1】特開平11−118875号公報
【0004】
一方、従来、航空機での着陸航法システムとして、マーカービーコンにより、コースの直上に向けて電波を発射して航空機に上空通過を確認させ、滑走路の着陸進入端までの距離を取得する測位システムが知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献2】特開2002−92799号公報
【0006】
この種の測位システムでは、マーカービーコンを滑走路端から滑走路の手前に既知の間隔で2ないし3ヶ所、例えば約300メートル、1000メートル、7000メートルの地点に配置しておく必要がある。このため、着陸コースを外れた場合や、マーカービーコンの設置が困難な着陸地点では、マーカービーコンを利用した測位システムが利用できない。このため、例えば、月面のようなマーカービーコンの設置が難しい着陸地点では、マーカービーコンを利用した測位システムを構築することが難しい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
GPS信号を受信することができない月面では、GPS衛星を利用した航法測位を行なうこと自体ができないという問題があった。
【0008】
また、特許文献2に示された従来のビーコンを利用した測位システムでは、ある直線方向に対して既知の間隔で設置したビーコン発信機からのビーコン信号を用いた測距であるため、月面に着陸する宇宙機の着陸航法システムに適用する場合、マーカービーコンの設置が難しく、なおかつ航行軌道が制限されてしまうという問題があった。
【0009】
そこで、本発明は係る課題を解決するためになされたものであり、複数配置されたビーコン発信機からの信号を利用して、GPS信号を受信できない宇宙空間で、より精度の高い位置や速度の同定を行なうことのできる宇宙機測位システムを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明に係る宇宙機測位システムは、着陸目標地点の周囲に少なくとも4機配置され、自身の軌道データと基準時刻を含めたビーコン信号を発信するビーコン発信機と、上記ビーコン発信機の電波を受信するための送信アンテナと、上記送信アンテナにより受信した少なくとも4機のビーコン発信機からのビーコン信号に基づいて、自身の位置座標および速度を計算する演算処理装置とを有し、上記着陸目標地点に向かう宇宙機とを具備したものである。
【0011】
また、ビーコン発信機は月の周回軌道に配置されるものであっても良い。
【発明の効果】
【0012】
この発明に係る宇宙機測位システムによれば、軌道位置が推測可能な位置に複数配置されたビーコン発信機からの信号を利用することで、宇宙機について、より精度の高い自己位置や速度の同定を行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
実施の形態1.
図1は、この発明に係る実施の形態1における宇宙機測位システムの構成の一例を示す図である。図において、宇宙機測位システムは、宇宙機2と、宇宙機2の着陸目標地点9の周囲に少なくとも4機配置されたビーコン発信機1から構成される。ビーコン発信機1は、送信アンテナ11と、送信装置12と、時計装置13とから成る。宇宙機2は、受信アンテナ21と、受信装置22と、演算処理装置23と、時計装置24とから成る。図の例では、1つの宇宙機2しか記載していないが、さらに複数の宇宙機2を有していても良い。
【0014】
送信アンテナ11は、ビーコン発信機1の外部に突出して設けられ、宇宙機2に向けてビーコン信号を放射できる位置に配置される。時計装置13は、ビーコン発信機1の内部に設置され、自身のビーコン発信機における基準時刻情報を生成する。送信装置12は、内部のメモリに予め設定された既知のビーコン発信機の軌道データを所持している。また、送信装置12は、時計装置13からの基準時刻情報と、送信装置12の有するビーコン発信機の軌道データとから、ビーコン信号を生成する。送信装置12は、生成したビーコン信号を、送信アンテナ11の介在により周囲に送信する。
【0015】
受信アンテナ21は、宇宙機2の外部に突出して設けられ、ビーコン発信機1からのビーコン信号を受信できる位置に配置される。受信装置22は、受信アンテナ21により受信したビーコン信号から、各ビーコン発信機の軌道データおよび基準時刻情報を抽出し、演算処理装置23へ伝達する。時計装置24は宇宙機2の内部に設置され、宇宙機の基準時刻情報を生成する。演算処理装置23は、各ビーコン発信機から受信し抽出した軌道データおよび基準時刻情報と、宇宙機の基準時刻情報に基づいて、宇宙機2自身の位置および速度を計算する。
【0016】
次に、ビーコン発信機1の配置例について説明する。
図2は、少なくとも4機のビーコン発信機1の配置例を示す図である。図中、月5は地球3を周回する衛星である。図中、4機のビーコン発信機1として、3機のビーコン発信機1aと1機のビーコン発信機1bを示している。
図2において、3機のビーコン発信機1aは、月5の周囲を周回する既知の月周回軌道6上に配置される。3機のビーコン発信機1aは、宇宙機2が航行する前に地球3からロケットで打ち上げられ、月周回軌道6上に事前に軌道投入される。この軌道への投入は、月面上にビーコンの設置位置を正確に設定するのに比べて、容易に実現できる。
【0017】
また、ビーコン発信機1bは、地球3の地表上における慣性空間座標系における既知の位置に設置される。このように、少なくとも4つのビーコン発信機1が地球3と月5の周囲に配置され、何れのビーコン発信機1も自身の既知の軌道データを所持している。
【0018】
宇宙機2は、地球3から月5に向かって航行し、月5に着陸するための月着陸軌道7を通って、月5に着陸する。月着陸軌道7は、宇宙機2の月5への着陸位置によって複数存在するが、各ビーコン発信機1aの月周回軌道6の内側における所定の着陸時通過領域8内を通ることとなる。このため、月5を周回する各ビーコン発信機1aは、姿勢制御装置(図示せず)による自身の姿勢制御によって、自身の送信アンテナ11が常に着陸時通過領域に対してビーコン信号を放射できるように、送信アンテナ11の指向方向が設定される。
地球3に設置されたビーコン発信機1bは、アンテナ駆動制御装置(図示せず)によりアンテナの指向方向が揺動制御されて、常に着陸時通過領域8を指向するように送信アンテナ11の指向方向が設定される。
なお、ビーコン発信機1aはコマンド受信装置(図示せず)を有し、地球からのコマンド送信によって、適宜送信装置12の所持するビーコン発信機の軌道データを書き換えすることができる。
【0019】
また、宇宙機2が地球3から見て月陰部を航行する場合は、地球3のビーコン発信機1bからのビーコン信号が受信できない。このため、例えば月5の中心をひとつの焦点とする周回軌道に配置された、他のビーコン発信機1からの信号を用いることも可能である。
図3は、少なくとも4機のビーコン発信機1の他の配置例を示す図である。図中、図2と同一符号のものは同一相当のものを示す。
【0020】
図3において、4機のビーコン発信機1は、月5の周囲を周回する既知の月周回軌道6上に配置される。4つのビーコン発信機1が月5の周囲に配置され、何れのビーコン発信機1も自身の既知の軌道データを所持している。4機のビーコン発信機1aは、宇宙機2が航行する前に地球3からロケットで打ち上げられ、月周回軌道6上に事前に軌道投入される。この軌道への投入は、月面上にビーコンの設置位置を正確に設定するのに比べて、容易に実現できる。
【0021】
宇宙機2は、地球3から月5に向かって航行し、月5に着陸するための月着陸軌道7を通って、月5に着陸する。月着陸軌道7は、宇宙機2の月5への着陸位置によって複数存在するが、各ビーコン発信機1の月周回軌道6の内側における所定の着陸時通過領域8内を通ることとなる。このため、月5を周回する各ビーコン発信機1は、姿勢制御装置(図示せず)による自身の姿勢制御によって、自身の送信アンテナ11が常に着陸時通過領域に対してビーコン信号を放射できるように、送信アンテナ11の指向方向が設定される。
なお、ビーコン発信機1はコマンド受信装置(図示せず)を有し、地球からのコマンド送信によって、適宜送信装置12の所持するビーコン発信機の軌道データを書き換えすることができる。
【0022】
次に、実施の形態1による宇宙機測位システムの測位動作について説明する。
宇宙機2は、地球3から月5に向かって月着陸軌道7上を航行し、月面に接近する。
演算処理装置23は、予め予定された時間または月着陸軌道7の軌道データと現在時刻に基づいて、宇宙機2が着陸時通過領域8に到達しているか否かを判断する。
演算処理装置23は、宇宙機2が着陸時通過領域8に到達していると判断されると、実施の形態1による宇宙機測位システムを用いた測位を開始し、月面の着陸目標地点9への着陸に向けて、着陸誘導制御を行う。
【0023】
着陸誘導が開始されると、まず、宇宙機2の受信装置22は、複数のビーコン発信機1のうち、j番目(j=1〜4の整数)の発信機からのビーコン信号を受信する。演算処理装置23は、受信装置22の受信したビーコン信号に含まれる、時刻情報と自己の持つ時計の時刻情報とに基づいて、ビーコン発信機1と宇宙機2との間の信号伝達時間を測定する。
この信号伝達時間により、宇宙機2からビーコン発信機1までの擬似距離Lj を求める。
【0024】
さらに、演算処理装置23は、ビーコン信号に含まれるビーコン発信機1の軌道データを解析して、このj番目のビーコン発信機1の三次元座標(Pj,Qj,Rj)を求める。
ここで、宇宙機2に設けられた受信アンテナ21の三次元座標を(x,y,z)とすると、以下に示されるような方程式が成り立つ。
【0025】
【数1】

【0026】
式(1)において、Er はビーコン発信機が持っている時計装置13と宇宙機2の時計装置24との時刻誤差に起因する未知のパラメータであり、知ろうとする宇宙機2の三次元座標(x,y,z)と、この時刻誤差によるEr とを合わせて未知パラメータが4個になる。このため、少なくとも4個のビーコン発信機1からビーコン信号を受信し、(1)式と同様の方程式をたてて、これらを連立させて解くことで、宇宙機2の三次元座標(x,y,z)が求められる。
【0027】
かくして、演算処理装置23は、宇宙機2の三次元座標を精度良く求めることで、求めた三次元座標を用いて、予め設定された月面の着陸目標地点9との相対距離、宇宙機3の移動速度や、予め予定された月着陸軌道7からの宇宙機航行位置の軌道位置ずれを求める。
演算処理装置23は、求めた上記相対距離、移動速度や軌道位置ずれを確認しながら、月面の着陸目標地点9へ向けて宇宙機2を自律的に誘導する。
【0028】
次に、月5を周回するビーコン発信機1(1aも同様)の軌道データの例を示す。
ビーコン発信機1は、例えば月の中心をひとつの焦点とする周回軌道に配置される。
この場合のビーコン発信機1の軌道データは、月中心から宇宙機までの距離をrとして、以下の式で表される。
【0029】
【数2】

【0030】
ここで、ビーコン発信機1の角運動量をH、全エネルギーをEとして、
【0031】
【数3】

【0032】
次に、軌道データを解析して三次元座標(Pj,Qj,Rj)を求める例を示す。
ビーコン発信機1(1aも同様)の三次元座標(Pj,Qj,Rj)は、上記式(2)により得られる軌道データについて、周回軌道の6要素をもとに、以下の式(5)で求めることができる。
【0033】
【数4】

【0034】
ここに、軌道傾角をi、近地点引数をω、真近点角をθ、昇交点赤経をΩとして、
【0035】
【数5】

【0036】
なお、ビーコン発信機1bの軌道データとして予め設定された慣性空間座標系における既知の位置座標を設定し、ビーコン発信機1bの三次元座標(Pj ,Qj ,Rj )を、上記式(2)、(5)によらず、予め設定された慣性空間座標系における既知の位置座標から求めても良い。
【0037】
以上説明したとおり、この実施の形態1による宇宙機測位システムは、宇宙機2の向かう着陸目標地点の周囲に少なくとも4機配置され、自身の軌道データと基準時刻を含めたビーコン信号を発信するビーコン発信機1と、ビーコン発信機1の電波を受信するための送信アンテナ11と、送信アンテナ11により受信した少なくとも4機のビーコン発信機1からのビーコン信号に基づいて、自身の位置座標および速度を計算する演算処理装置23とを有した宇宙機2を備えたことを特徴とする。この際、ビーコン発信機1は月の周回軌道に配置される。また、演算処理装置23は、宇宙機2が月5の周回軌道内の着陸時通過領域8に到達した後、ビーコン発信機1の電波を用いて自身の位置座標および速度を計算する。
【0038】
この構成により、より精度の高い位置や速度の同定、および基準時刻の獲得が求められるような、地表面や月面への着陸航法システムに適用可能な宇宙機測位システムを得ることができる。
【0039】
また、複数配置されたビーコン発信機1からの信号を利用することで、地球に対して月面の裏側となる月面周囲の広範囲に渡り、宇宙機2の航行軌道を拡張することができる。
【0040】
さらに、ビーコン信号を受信する受信装置22を搭載した宇宙機2を、月面に向かって着陸させる際、着陸中に着陸目標地点周辺に複数配置させたビーコン発信機1からのビーコン信号を受けることで、演算処理装置23によりリアルタイムで宇宙機自身の位置と速度を自律的に求めることができ、より正確な宇宙機2の着陸誘導制御を行なうことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】この発明の実施の形態1による宇宙機測位システムの構成の一例を示す図である。
【図2】この発明の実施の形態1によるビーコン発信機の配置例を示す図である。
【図3】この発明の実施の形態1によるビーコン発信機の他の配置例を示す図である。
【符号の説明】
【0042】
1 ビーコン発信機、2 宇宙機、3 地球、5 月、9 着陸目標地点、11 送信アンテナ、12 送信装置、13 時計装置、21 受信アンテナ、22 受信装置、23 演算処理装置、24 時計装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
着陸目標地点の周囲に少なくとも4機配置され、自身の軌道データと基準時刻を含めたビーコン信号を発信するビーコン発信機と、
上記ビーコン発信機の電波を受信するための送信アンテナと、上記送信アンテナにより受信した少なくとも4機のビーコン発信機からのビーコン信号に基づいて、自身の位置座標および速度を計算する演算処理装置とを有し、上記着陸目標地点に向かう宇宙機と、
を備えた宇宙機測位システム。
【請求項2】
上記ビーコン発信機は月の周回軌道に配置されることを特徴とした請求項1記載の宇宙機測位システム。
【請求項3】
上記演算処理装置は、上記宇宙機が月の周回軌道内の所定領域に到達した後、上記ビーコン発信機の電波を用いて自身の位置座標および速度を計算することを特徴とした請求項2記載の宇宙機測位システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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