説明

安全な多能性幹細胞の選択方法

本発明は、安全性の高い多能性幹細胞の選択方法を提供する。すなわち、本発明は、(1) 多能性幹細胞を分化誘導させる工程、(2) 該細胞を未分化維持条件で培養する工程、(3) 該培養による未分化細胞の発生を検出し、対照と比較する工程、および (4) 検出した値が、対照発生値以下である多能性幹細胞を選択する工程を含む、分化抵抗性を示さない多能性幹細胞の選択方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安全性の高い多能性幹細胞の選択方法に関する。より詳細には、本発明は、(1) 多能性幹細胞を分化誘導させる工程、(2) 該細胞を未分化維持条件で培養する工程、(3) 該培養による未分化細胞の発生を検出し、対照と比較する工程、および (4) 検出した値が、対照発生値以下である多能性幹細胞を選択する工程を含む、分化抵抗性を示さない多能性幹細胞の選択方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マウスおよびヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)が相次いで樹立された。Yamanakaらは、マウス由来の線維芽細胞に、Oct3/4, Sox2, Klf4及びc-Myc遺伝子を導入し強制発現させることによって、iPS細胞を誘導した(特許文献1, 非特許文献1)。その後、c-Myc遺伝子を除いた3因子によってもiPS細胞を作製できることが明らかとなった(非特許文献2)。さらに、Yamanakaらは、ヒトの皮膚由来線維芽細胞にマウスと同様の4遺伝子を導入することにより、iPS細胞を樹立することに成功した(特許文献1, 非特許文献3)。一方、Thomsonらのグループは、Klf4とc-Mycの代わりにNanogとLin28を使用してヒトiPS細胞を作製した(特許文献2, 非特許文献4)。このようにして得られるiPS細胞は、治療対象となる患者由来の細胞を用いて作製された後、各組織の細胞へと分化させることができるため、再生医学の領域において、拒絶反応のない移植材料として期待されている。
【0003】
しかし、iPS細胞から分化誘導した神経細胞をマウスの脳へ移植した際に、腫瘍の形成が確認されている(非特許文献5)。ただし、この時全てのiPS細胞由来の神経細胞において腫瘍が形成されるわけではない。ひとつの可能性として、iPS細胞樹立時の基となる細胞が大きな影響を与えることが示唆されているが、未だ、確実に腫瘍形成を起こさないiPS細胞の樹立方法は確立されていない。
【0004】
従って、樹立したiPS細胞の中から移植して腫瘍を形成しないであろうiPS細胞を選択する方法が求められているが、上記のように、移植により試験を行うことは、あまりに煩雑であり、その判定に時間を要する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO 2007/069666 A1
【特許文献2】WO 2008/118820 A2
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Takahashi, K. and Yamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006)
【非特許文献2】Nakagawa, M. et al., Nat. Biotethnol., 26: 101-106 (2008)
【非特許文献3】Takahashi, K. et al., Cell, 131: 861-872 (2007)
【非特許文献4】Yu, J. et al., Science, 318: 1917-1920 (2007)
【非特許文献5】Miura K. et al., Nat Biotechnol., 27: 743-745 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、臨床応用に適した安全な多能性幹細胞を効率よく選択することである。したがって、本発明の課題は、多能性幹細胞、特にヒト多能性幹細胞において分化誘導後も多能性を維持している分化抵抗性を示す多能性幹細胞を選択的に排除する手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、まず適度な条件により多能性幹細胞の分化誘導を行った後、再び未分化状態を維持する条件にて培養を行い、未分化な細胞が発生するか否かを観察した。すると、移植を行っても腫瘍形成が起きないことが確認されている多能性幹細胞である胚性幹細胞(ES細胞)には、再度未分化な細胞が発生する確率が低いことが確認されたが、腫瘍形成をすることが確認されていた分化抵抗性を示す人工多能性幹細胞(iPS細胞)では未分化な細胞が発生する確率が高いことが確認された。
【0009】
以上の結果から、本発明者らは、適度な条件により多能性幹細胞の分化誘導を行った後、再び未分化状態を維持する条件にて培養を行うことで発生する未分化な細胞を測定して、その値が低い多能性幹細胞を選択することで、分化抵抗性を示さない多能性幹細胞を選択することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 分化抵抗性を示さない多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程を含む方法
(1)多能性幹細胞を分化誘導させる工程、
(2)該細胞を未分化維持条件で培養する工程、
(3)該培養による未分化細胞の発生を検出し、対照と比較する工程、および
(4)検出した値が、対照発生値以下である多能性幹細胞を選択する工程。
[2] 前記の分化誘導させる工程が、レチノイン酸で処理することを含む、[1]に記載の方法。
[3] レチノイン酸の濃度が、300nM以上1000nM以下である、[2]に記載の方法。
[4] レチノイン酸の処理の期間が、4日間である、[2]に記載の方法。
[5] 前記の未分化維持条件で培養する工程が、フィーダー細胞上で培養することを含む、[1]に記載の方法。
[6] 多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞である、[1]に記載の方法。
[7] 対照が、胚性幹細胞である、[1]に記載の方法。
[8] 前記の未分化細胞の発生を検出する工程が、コロニーの形成数を測定することを含む、[1]に記載の方法。
[9] 300nM レチノイン酸処理により分化誘導させる場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が300コロニーである、[8]に記載の方法。
[10] 300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が250コロニーである、[8]に記載の方法。
[11] 300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が216コロニーである、[8]に記載の方法。
[12] 1000nM レチノイン酸処理により分化誘導させる場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が50コロニーである、[8]に記載の方法。
[13] 1000nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が20コロニーである、[8]に記載の方法。
[14] 1000nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が14コロニーである、[8]に記載の方法。
[15] 前記の未分化細胞の発生を検出する工程が、未分化状態のままで形成するコロニーの数に対する分化誘導した細胞から形成するコロニーの数の割合を測定することを含む、[1]に記載の方法。
[16] 300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、1%である、[15]に記載の方法。
[17] 300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、0.6%である、[15]に記載の方法。
[18] 300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、0.58%である、[15]に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明を用いることで、分化抵抗性を示さない、移植用の細胞・組織の分化誘導に適した多能性幹細胞が選択できる。このことより、多能性幹細胞、とくにiPS細胞の再生医療への応用において極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、実験プロトコルを示す。
【図2】図2は、ES細胞クローン1A2 (A)、並びに3つのiPS細胞クローン335D1 (B)、212C6 (C)および256D4 (D)の、レチノイン酸(RA)300nMによる分化誘導処理後(day 5)における細胞の写真を示す。
【図3】図3は、各ES細胞ならびにiPS細胞をRA300nMによる分化誘導後に、未分化維持条件で培養した後(day 12)の細胞の写真を示す。
【図4】図4は、RA300nMによる分化誘導後に、未分化維持条件で培養した後(day 12)の各細胞株で形成したコロニー数を測定した結果を示す。縦軸は、分化誘導した細胞200000個から形成されたコロニー数を示す。各細胞株で3回実験を行い、その全ての結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、多能性幹細胞を分化誘導後に未分化状態の維持条件へ戻し、未分化状態の細胞の残存を確認することで、分化抵抗性を示す多能性幹細胞と示さない多能性幹細胞とを選別する方法を提供する。ここで「分化抵抗性を示す多能性幹細胞」とは、幹細胞の二つの性質である「分化能」と「自己複製能」のうち「自己複製能」が異常に強く出てしまった多能性幹細胞、つまり、目的の細胞へ分化させた場合に、大多数の細胞が目的の細胞へ分化しているにも関わらず、一部の細胞が、自己複製により多能性を有したままであるがために、分化誘導した細胞を移植した際に腫瘍を形成するリスクの高い多能性幹細胞を意味する。具体的には、本発明における分化抵抗性を示す多能性幹細胞は、目的の細胞へ分化誘導し、宿主に移植した際に、正常な胚性幹細胞(ES細胞)において通常認められる程度を超えて、腫瘍を形成する可能性が高い多能性幹細胞である。
【0014】
I.多能性幹細胞
本発明において「多能性幹細胞」とは、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)に代表される未分化・多能性を維持する細胞を指す。本ES細胞は体細胞から核初期化されて生じたES細胞であっても良い。またES細胞以外では、始原生殖細胞に由来するEmbryonic Germ Cell(EG cell)、精巣から単離されたMultipotent germline stem cell (mGS cell)、骨髄から単離されるMultipotent adult progenitor cell (MAPC)などが挙げられる。これら多能性幹細胞の由来は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)の如何なる由来であっても良い。
【0015】
本発明における、iPS細胞の製造方法は以下に示す。
【0016】
II.iPS細胞の製造方法
(A) 体細胞ソース
iPS細胞作製のための出発材料として用いることのできる体細胞は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよく、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞(組織前駆細胞)等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞(体性幹細胞も含む)であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0017】
体細胞を採取するソースとなる哺乳動物個体は特に制限されないが、得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。たとえば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる(以下同じ)。また、ヒトに投与(移植)しない場合、例えば、患者の薬剤感受性や副作用の有無を評価するためのスクリーニング用の細胞のソースとしてiPS細胞を使用する場合には、同様に患者本人または薬剤感受性や副作用と相関する遺伝子多型が同一である他人から体細胞を採取することが望ましい。
【0018】
哺乳動物から分離した体細胞は、核初期化工程に供するに先立って、細胞の種類に応じてその培養に適した自体公知の培地で前培養することができる。そのような培地としては、例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地などが挙げられるが、それらに限定されない。核初期化物質及びp53の機能阻害物質(さらに必要に応じて、他のiPS細胞の樹立効率改善物質)との接触に際し、例えば、カチオニックリポソームなどの導入試薬を用いる場合には、導入効率の低下を防ぐため、無血清培地に交換しておくことが好ましい場合がある。
【0019】
(B) 核初期化物質
本発明において「核初期化物質」とは、体細胞からiPS細胞を誘導することができるタンパク性因子(群)またはそれをコードする核酸(ベクターに組み込まれた形態を含む)でありうる。本発明に用いられる核初期化物質は、WO 2007/069666に記載の遺伝子であってもよい。より詳細には、Oct3/4, Klf4, Klf1, Klf2, Klf5, Sox2, Sox1, Sox3, Sox15, Sox17, Sox18, c-Myc, L-Myc, N-Myc, TERT, SV40 Large T antigen, HPV16 E6, HPV16 E7, Bmil, Lin28, Lin28b, Nanog, EsrrbまたはEsrrgが例示される。これらの初期化物質は、iPS細胞樹立の際には、組み合わされて使用されてもよく、上記初期化物質を、少なくとも1つ、2つもしくは3つ含む組み合わせであり、好ましくは4つを含む組み合わせである。具体的には、以下の組み合わせが例示される(以下においては、タンパク性因子の名称のみを記載する)。
(1) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc(ここで、Sox2はSox1, Sox3, Sox15, Sox17またはSox18で置換可能である。Klf4はKlf1, Klf2またはKlf5で置換可能である。また、c-MycはL-MycまたはN-Mycで置換可能である。)
(2) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, TERT, SV40 Large T antigen(以下、SV40LT)
(3) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, TERT, HPV16 E6
(4) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, TERT, HPV16 E7
(5) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, TERT, HPV6 E6, HPV16 E7
(6) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, TERT, Bmil
(7) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, Lin28
(8) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, Lin28, SV40LT
(9) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, Lin28, TERT, SV40LT
(10) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc, SV40LT
(11) Oct3/4, Esrrb, Sox2, c-Myc (EsrrbはEsrrgで置換可能である。)
(12) Oct3/4, Klf4, Sox2
(13) Oct3/4, Klf4, Sox2, TERT, SV40LT
(14) Oct3/4, Klf4, Sox2, TERT, HPV16 E6
(15) Oct3/4, Klf4, Sox2, TERT, HPV16 E7
(16) Oct3/4, Klf4, Sox2, TERT, HPV6 E6, HPV16 E7
(17) Oct3/4, Klf4, Sox2, TERT, Bmil
(18) Oct3/4, Klf4, Sox2, Lin28
(19) Oct3/4, Klf4, Sox2, Lin28, SV40LT
(20) Oct3/4, Klf4, Sox2, Lin28, TERT, SV40LT
(21) Oct3/4, Klf4, Sox2, SV40LT
(22) Oct3/4, Esrrb, Sox2 (EsrrbはEsrrgで置換可能である。)
上記において、Lin28に代えてLin28bを用いることもできる。
また、上記(1)-(22)には該当しないが、それらのいずれかにおける構成要素をすべて含み、且つ任意の他の物質をさらに含む組み合わせも、本発明における「核初期化物質」の範疇に含まれ得る。また、核初期化の対象となる体細胞が上記(1)-(22)のいずれかにおける構成要素の一部を、核初期化のために十分なレベルで内在的に発現している条件下にあっては、当該構成要素を除いた残りの構成要素のみの組み合わせもまた、本発明における「核初期化物質」の範疇に含まれ得る。
【0020】
これらの組み合わせの中で、Oct3/4, Sox2, Klf4およびc-Mycの4因子並びにOct3/4, Sox2, およびKlf4の3因子が、好ましい核初期化物質の例として挙げられる。さらに上記4因子又は3因子にSV40 Large T antigenを加えた6因子または5因子も好ましい。
【0021】
上記の各核初期化物質のマウスおよびヒトcDNA配列情報は、WO 2007/069666に記載のNCBI accession numbersを参照することにより取得することができ(尚、L-Myc、Lin28、Lin28b、Esrrb、EsrrgのマウスおよびヒトcDNA配列情報は、それぞれ下記NCBI accession numbersを参照することにより取得できる。)、当業者は容易にこれらのcDNAを単離することができる。
遺伝子名 マウス ヒト
L-Myc NM_008506 NM_001033081
Lin28 NM_145833 NM_024674
Lin28b NM_001031772 NM_001004317
Esrrb NM_011934 NM_004452
Esrrg NM_011935 NM_001438
【0022】
核初期化物質としてタンパク性因子自体を用いる場合には、得られたcDNAを適当な発現ベクターに挿入して宿主細胞に導入し、該細胞を培養して得られる培養物から組換えタンパク性因子を回収することにより調製することができる。一方、核初期化物質としてタンパク性因子をコードする核酸を用いる場合、得られたcDNAを、ウイルスベクター、プラスミドベクター、エピソーマルベクター等に挿入して発現ベクターを構築し、核初期化工程に供される。
【0023】
(C) 核初期化物質の体細胞への導入方法
核初期化物質の体細胞への導入は、該物質がタンパク性因子である場合、自体公知の細胞へのタンパク質導入方法を用いて実施することができる。そのような方法としては、例えば、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)もしくは細胞透過性ペプチド(CPP)融合タンパク質を用いる方法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。タンパク質導入試薬としては、カチオン性脂質をベースとしたBioPOTER Protein Delivery Reagent(Gene Therapy Systmes)、Pro-JectTM Protein Transfection Reagent(PIERCE)及びProVectin(IMGENEX)、脂質をベースとしたProfect-1(Targeting Systems)、膜透過性ペプチドをベースとしたPenetrain Peptide(Q biogene)及びChariot Kit(Active Motif)、HVJエンベロープ(不活化センダイウイルス)を利用したGenomONE(石原産業)等が市販されている。導入はこれらの試薬に添付のプロトコルに従って行うことができるが、一般的な手順は以下の通りである。核初期化物質を適当な溶媒(例えば、PBS、HEPES等の緩衝液)に希釈し、導入試薬を加えて室温で5-15分程度インキュベートして複合体を形成させ、これを無血清培地に交換した細胞に添加して37℃で1ないし数時間インキュベートする。その後培地を除去して血清含有培地に交換する。
【0024】
PTDとしては、ショウジョウバエ由来のAntP、HIV由来のTAT (Frankel, A. et al, Cell 55, 1189-93 (1988); Green, M. & Loewenstein, P.M. Cell 55, 1179-88 (1988))、Penetratin (Derossi, D. et al, J. Biol. Chem. 269, 10444-50 (1994))、Buforin II (Park, C. B. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 97, 8245-50 (2000))、Transportan (Pooga, M. et al. FASEB J. 12, 67-77 (1998))、MAP (model amphipathic peptide) (Oehlke, J. et al. Biochim. Biophys. Acta. 1414, 127-39 (1998))、K-FGF (Lin, Y. Z. et al. J. Biol. Chem. 270, 14255-14258 (1995))、Ku70 (Sawada, M. et al. Nature Cell Biol. 5, 352-7 (2003))、Prion (Lundberg, P. et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 299, 85-90 (2002))、pVEC (Elmquist, A. et al. Exp. Cell Res. 269, 237-44 (2001))、Pep-1 (Morris, M. C. et al. Nature Biotechnol. 19, 1173-6 (2001))、Pep-7 (Gao, C. et al. Bioorg. Med. Chem. 10, 4057-65 (2002))、SynBl (Rousselle, C. et al. MoI. Pharmacol. 57, 679-86 (2000))、HN-I (Hong, F. D. & Clayman, G L. Cancer Res. 60, 6551-6 (2000))、HSV由来のVP22等のタンパク質の細胞通過ドメインを用いたものが開発されている。PTD由来のCPPとしては、11R (Cell Stem Cell, 4:381-384(2009)) や9R (Cell Stem Cell, 4:472-476(2009))等のポリアルギニンが挙げられる。
【0025】
核初期化物質のcDNAとPTDもしくはCPP配列とを組み込んだ融合タンパク質発現ベクターを作製して組換え発現させ、融合タンパク質を回収して導入に用いる。導入は、タンパク質導入試薬を添加しない以外は上記と同様にして行うことができる。
【0026】
マイクロインジェクションは、先端径1μm程度のガラス針にタンパク質溶液を入れ、細胞に穿刺導入する方法であり、確実に細胞内にタンパク質を導入することができる。
【0027】
タンパク質導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下等)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。導入操作を繰り返し行う場合の間隔としては、例えば6〜48時間、好ましくは12〜24時間が挙げられる。
【0028】
iPS細胞の樹立効率を重視するのであれば、核初期化物質を、タンパク性因子自体としてではなく、それをコードする核酸の形態で用いることが好ましい。該核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。好ましくは該核酸は二本鎖DNA、特にcDNAである。
【0029】
核初期化物質のcDNAは、宿主となる体細胞で機能し得るプロモーターを含む適当な発現ベクターに挿入される。発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。
【0030】
用いるベクターの種類は、得られるiPS細胞の用途に応じて適宜選択することができる。例えば、アデノウイルスベクター、プラスミドベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、エピソーマルベクターなどが使用され得る。
【0031】
発現ベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
【0032】
発現ベクターは、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0033】
核初期化物質である核酸(初期化遺伝子)は、各々別個の発現ベクター上に組み込んでもよいし、1つの発現ベクターに2種類以上、好ましくは2〜3種類の遺伝子を組み込んでもよい。遺伝子導入効率の高いレトロウイルスやレンチウイルスベクターを用いる場合は前者が、プラスミド、アデノウイルス、エピソーマルベクターなどを用いる場合は後者を選択することが好ましい。さらに、2種類以上の遺伝子を組み込んだ発現ベクターと、1遺伝子のみを組み込んだ発現ベクターとを併用することもできる。
【0034】
上記において複数の初期化遺伝子(例えば、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycから選択される2つ以上、好ましくは2〜3遺伝子)を1つの発現ベクターに組み込む場合、これら複数の遺伝子は、好ましくはポリシストロニック発現を可能にする配列を介して発現ベクターに組み込むことができる。ポリシストロニック発現を可能にする配列を用いることにより、1種類の発現ベクターに組み込まれている複数の遺伝子をより効率的に発現させることが可能になる。ポリシストロニック発現を可能にする配列としては、例えば、口蹄疫ウイルスの2A配列(PLoS ONE3, e2532, 2008、Stem Cells 25, 1707, 2007)、IRES配列(U.S. Patent No. 4,937,190)など、好ましくは2A配列を用いることができる。
【0035】
初期化遺伝子を含む発現ベクターは、ベクターの種類に応じて、自体公知の手法により細胞に導入することができる。例えば、ウイルスベクターの場合、該核酸を含むプラスミドを適当なパッケージング細胞(例、Plat-E細胞)や相補細胞株(例、293細胞)に導入して、培養上清中に産生されるウイルスベクターを回収し、各ウイルスベクターに応じた適切な方法により、該ベクターを細胞に感染させる。例えば、ベクターとしてレトロウイルスベクターを用いる具体的手段が WO2007/69666、Cell, 126, 663-676 (2006) 及び Cell, 131, 861-872 (2007) に開示されており、ベクターとしてレンチウイルスベクターを用いる場合については、Science, 318, 1917-1920 (2007) に開示がある。iPS細胞を再生医療のための細胞ソースとして利用する場合、初期化遺伝子の発現(再活性化)は、iPS細胞由来の分化細胞から再生された組織における発癌リスクを高める可能性があるので、初期化遺伝子は細胞の染色体に組み込まれず、一過的に発現することが好ましい。かかる観点からは、染色体への組込みが稀なアデノウイルスベクターの使用が好ましい。アデノウイルスベクターを用いる具体的手段は、Science, 322, 945-949 (2008)に開示されている。また、アデノ随伴ウイルスも染色体への組込み頻度が低く、アデノウイルスベクターと比べて細胞毒性や炎症惹起作用が低いので、別の好ましいベクターとして挙げられる。センダイウイルスベクターは染色体外で安定に存在することができ、必要に応じてsiRNAにより分解除去することができるので、同様に好ましく利用され得る。センダイウイルスベクターについては、J. Biol. Chem., 282, 27383-27391 (2007) や特許第3602058号に記載のものを用いることができる。
【0036】
レトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用いる場合は、いったん導入遺伝子のサイレンシングが起こったとしても、後に再活性化される可能性があるので、例えば、Cre/loxPシステムを用いて、不要となった時点で核初期化物質をコードする核酸を切り出す方法が好ましく用いられ得る。即ち、該核酸の両端にloxP配列を配置しておき、iPS細胞が誘導された後で、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞にCreリコンビナーゼを作用させ、loxP配列に挟まれた領域を切り出すことができる。また、LTR U3領域のエンハンサー−プロモーター配列は、挿入突然変異によって近傍の宿主遺伝子を上方制御する可能性があるので、当該配列を欠失、もしくはSV40などのポリアデニル化配列で置換した3’-自己不活性化(SIN)LTRを使用して、切り出されずゲノム中に残存するloxP配列より外側のLTRによる内因性遺伝子の発現制御を回避することがより好ましい。Cre-loxPシステムおよびSIN LTRを用いる具体的手段は、Chang et al., Stem Cells, 27: 1042-1049 (2009) に開示されている。
【0037】
一方、非ウイルスベクターであるプラスミドベクターの場合には、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。ベクターとしてプラスミドを用いる具体的手段は、例えばScience, 322, 949-953 (2008) 等に記載されている。
【0038】
プラスミドベクターやアデノウイルスベクター等を用いる場合、遺伝子導入は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下など)行うことができる。2種以上の発現ベクターを体細胞に導入する場合には、これらの全ての種類の発現ベクターを同時に体細胞に導入することが好ましいが、この場合においても、導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下など)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。
【0039】
尚、アデノウイルスやプラスミドを用いる場合でも、導入遺伝子が染色体に組み込まれることがあるので、結局はサザンブロットやPCRにより染色体への遺伝子挿入がないことを確認する必要がある。そのため、上記Cre-loxPシステムのように、いったん染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、該遺伝子を除去する手段を用いることは好都合であり得る。別の好ましい一実施態様においては、トランスポゾンを用いて染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞に転移酵素を作用させ、導入遺伝子を完全に染色体から除去する方法が用いられ得る。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる。piggyBacトランスポゾンを用いる具体的手段は、Kaji, K. et al., Nature, 458: 771-775 (2009)、Woltjen et al., Nature, 458: 766-770 (2009) に開示されている。
【0040】
別の好ましい非組込み型ベクターとして、染色体外で自律複製可能なエピソーマルベクターが挙げられる。エピソーマルベクターを用いる具体的手段は、Yu et al., Science, 324, 797-801 (2009)に開示されている。本発明の特に好ましい一実施態様においては、エピソーマルベクターの複製に必要なベクター要素の5’側および3’側にloxP配列を同方向に配置したエピソーマルベクターに初期化遺伝子を挿入した発現ベクターを構築し、これを体細胞に導入することにより、該ベクターを構成する外来核酸因子(初期化遺伝子を含む)が一過的にも細胞のゲノム中に組み込まれることなく、早い段階でエピソームとして存在する該ベクターがiPS細胞から脱落する。
【0041】
本発明に用いられるエピソーマルベクターとしては、例えば、EBV、SV40等に由来する自律複製に必要な配列をベクター要素として含むベクターが挙げられる。自律複製に必要なベクター要素としては、具体的には、複製開始点と、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば、EBVにあっては複製開始点oriPとEBNA-1遺伝子、SV40にあっては複製開始点oriとSV40 large T antigen遺伝子が挙げられる。
【0042】
また、エピソーマル発現ベクターは、初期化遺伝子の転写を制御するプロモーターを含む。該プロモーターとしては、前記と同様のプロモーターが用いられ得る。また、エピソーマル発現ベクターは、前記と同様に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子などをさらに含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0043】
エピソーマルベクターは、例えばリポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。具体的には、例えばScience, 324: 797-801 (2009)等に記載される方法を用いることができる。
【0044】
iPS細胞から初期化遺伝子の複製に必要なベクター要素が除去されたか否かの確認は、該ベクター要素内のヌクレオチド配列を含む核酸をプローブまたはプライマーとして用い、該iPS細胞から単離したエピソーム画分を鋳型としてサザンブロット分析またはPCR分析を行い、バンドの有無または検出バンドの長さを調べることにより実施することができる。エピソーム画分の調製は当該分野で周知の方法と用いて行えばよく、例えば、Science, 324: 797-801 (2009)等に記載される方法を用いることができる。
【0045】
(D) p53の機能阻害物質
本発明は、上記の核初期化物質に加えて、p53の機能阻害物質を接触させることがより好ましい。本明細書において「p53の機能阻害物質」とは、(a)p53タンパク質の機能もしくは(b)p53遺伝子の発現を阻害し得る限り、いかなる物質であってもよい。すなわち、p53タンパク質に直接作用してその機能を阻害する物質や、p53遺伝子に直接作用してその発現を阻害する物質のみならず、p53のシグナル伝達に関与する因子に作用することにより、結果的にp53タンパク質の機能やp53遺伝子の発現を阻害する物質も、本明細書における「p53の機能阻害物質」に含まれる。好ましくは、p53の機能阻害物質は、p53遺伝子の発現を阻害する物質であり、より好ましくはp53に対するsiRNAやshRNAをコードする発現ベクターである。
【0046】
p53タンパク質の機能を阻害する物質としては、例えば、p53の化学的阻害物質、p53のドミナントネガティブ変異体もしくはそれをコードする核酸、抗p53アンタゴニスト抗体もしくはそれをコードする核酸、p53応答エレメントのコンセンサス配列を含むデコイ核酸、p53経路を阻害する物質などが挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、p53の化学的阻害物質、p53のドミナントネガティブ変異体もしくはそれをコードする核酸、p53経路阻害物質が挙げられる。
【0047】
(D1) p53の化学的阻害物質
p53の化学的阻害物質としては、例えば、WO 00/44364に開示されるpifithrin(PFT)-α及び-βに代表されるp53阻害剤、Stormら(Nat. Chem. Biol. 2, 474 (2006))に開示されるPFT-μ、それらの類縁体及びそれらの塩(例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩等の酸付加塩など)等が挙げられるが、これらに限定されない。これらのうち、PFT-α及びその類縁体[2-(2-Imino-4,5,6,7-tetrahydrobenzothiazol-3-yl)-1-p-tolylethanone, HBr (製品名:Pifithrin-α)及び1-(4-Nitrophenyl)-2-(4,5,6,7-tetrahydro-2-imino-3(2H)-benzothiazolyl)ethanone, HBr(製品名:Pifithrin-α, p-Nitro)]、PFT-β及びその類縁体[2-(4-Methylphenyl)imidazo[2,1-b]-5,6,7,8-tetrahydrobenzothiazole, HBr(製品名:Pifithrin-α, Cyclic)及び2-(4-Nitrophenyl)imidazo[2,1-b]-5,6,7,8-tetrahydrobenzothiazole(製品名:Pifithrin-α, p-Nitro, Cyclic)]、PFT-μ[Phenylacetylenylsulfonamide(製品名:Pifithrin-μ)]は、Merck社より市販されている。
【0048】
体細胞へのp53の化学的阻害物質の接触は、該阻害物質を適当な濃度で水性もしくは非水性溶媒に溶解し、ヒトまたはマウスより単離した体細胞の培養に適した培地(例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地など)中に、阻害物質濃度がp53の機能阻害に十分で且つ細胞毒性がみられない範囲となるように該阻害物質溶液を添加して、細胞を一定期間培養することにより実施することができる。阻害物質濃度は用いる阻害物質の種類によって異なるが、約0.1nM〜約100nMの範囲で適宜選択される。接触期間は細胞の核初期化が達成されるのに十分な時間であれば特に制限はないが、通常は陽性コロニーが出現するまで培地に共存させておけばよい。
【0049】
p53遺伝子は癌抑制遺伝子として知られており、p53の恒常的な機能阻害は発癌のリスクを高める可能性がある。p53の化学的阻害物質は、培地に添加するだけで細胞への導入が可能であるという利点に加えて、iPS細胞の誘導後に該阻害物質を含む培地を除去することにより、容易かつ迅速にp53の機能阻害を解除できる点でも有用である。
【0050】
(D2) p53のドミナントネガティブ変異体
p53のドミナントネガティブ変異体としては、体細胞に内在する野生型p53タンパク質と競合的に作用して、その機能を阻害し得る限り特に制限はないが、例えば、マウスp53のDNA結合領域に位置する275位(ヒトの場合は278位)のプロリンをセリンに点変異させたp53P275S(de Vries, A., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 2948-2953 (2002))、マウスp53の14-301位(ヒトp53では11-304位に対応)のアミノ酸を欠失させたp53DD(Bowman, T., Genes Develop., 10, 826-835 (1996))などが挙げられる。その他にも、例えば、マウスp53の58位(ヒトの場合は61位)のセリンをアラニンに点変異させたp53S58A、ヒトp53の135位(マウスの場合は132位)のシステインをチロシンに点変異させたp53C135Y、マウスp53の135位(ヒトの場合は138位)のアラニンをバリンに点変異させたp53A135V、172位(ヒトの場合は175位)のアルギニンをヒスチジンに点変異させたp53R172H、270位(ヒトの場合は273位)のアルギニンをヒスチジンに点変異させたp53R270H、マウスp53の278位(ヒトの場合は281位)のアスパラギン酸をアスパラギンに点変異させたp53D278Nなどが知られており、同様に使用することができる。
【0051】
p53のドミナントネガティブ変異体は、例えば、以下の手法により得ることができる。まず、マウスまたはヒトのp53 cDNA配列情報に基づいて適当なオリゴヌクレオチドをプローブもしくはプライマーとして合成し、マウスまたはヒトの細胞・組織由来のmRNA、cDNAもしくはcDNAライブラリーから、ハイブリダイゼーション法や(RT-)PCR法を用いてマウスまたはヒトp53 cDNAをクローニングし、適当なプラスミドにサブクローニングする。変異を導入しようとする部位のコドンを所望の他のアミノ酸をコードするコドンに置換した形で、当該部位を含むプライマーを合成し、これを用いてp53 cDNAを挿入したプラスミドを鋳型とするインバースPCRを行うことにより、目的のドミナントネガティブ変異体をコードする核酸を取得する。p53DDのような欠失変異体の場合には、欠失させる部位の外側にプライマーを設計して、同様にインバースPCRを行えばよい。このようにして得られたドミナントネガティブ変異体をコードする核酸を宿主細胞に導入し、該細胞を培養して得られる培養物から組換えタンパク質を回収することにより、所望のドミナントネガティブ変異体を取得することができる。
【0052】
体細胞へのドミナントネガティブ変異体の接触は、上記タンパク性の核初期化物質の場合と同様に実施することができる。上述のように、p53の恒常的な機能阻害は発癌のリスクを高める可能性があるが、p53のドミナントネガティブ変異体は、導入された細胞内でプロテアーゼによる分解を受けて徐々に消失し、それに応じて細胞に内在するp53の機能が回復することから、該変異体タンパク質の使用は、得られるiPS細胞を治療用途で利用する場合のように、高度な安全性を要求される場合に好適であり得る。
【0053】
(D3) p53のドミナントネガティブ変異体をコードする核酸
本発明の別の好ましい実施態様において、p53機能阻害物質は、p53のドミナントネガティブ変異体をコードする核酸である。該核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、好ましくはDNAである。また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。p53のドミナントネガティブ変異体をコードするcDNAは、該変異体タンパク質の作製について上記した手法によりクローニングすることができる。
【0054】
単離されたcDNAは、前記核初期化物質である核酸(初期化遺伝子)の場合と同様に、適当な発現ベクターに挿入され、体細胞に導入され得る。
【0055】
(D4) p53経路阻害物質
ここでp53経路とは、p53を活性化し得るあらゆる上流のシグナルカスケードおよび活性化p53によって媒介されるあらゆる下流のシグナルカスケードを包含する意味で用いられる。したがって、p53経路阻害物質には、上記シグナル伝達経路のいずれかを阻害するいかなる物質も含まれるが、好ましい一実施態様においては、p53経路阻害物質はp53によりその転写が活性化されるp21の発現もしくは機能(Myc阻害活性)を阻害する物質であり、例えば、p21に対するsiRNA、shRNA、アンチセンス核酸、リボザイム等が挙げられる。p21の発現を阻害するこれらの核酸は、後記p53に対するsiRNA、shRNA、アンチセンス核酸、リボザイムと同様の方法により設計・合成し、体細胞に導入することができる。当該核酸は、それらを発現するベクターの形態で提供されてもよく、該ベクターは、後記p53に対するsiRNA、shRNA、アンチセンス核酸、リボザイムを発現するベクターと同様の方法により構築し、体細胞に導入することができる。
【0056】
別の好ましい一実施態様においては、p53経路阻害物質はARF-MDM2-p53経路を阻害する物質であり、例えば、ARF-MDM2-p53経路阻害物質として、p53に直接結合してその核外輸送やユビキチン化を促進するMDM2もしくはそれをコードする核酸、p53へのMDM2の作用を阻害するp19ARFやATM(ataxia-telangiectasia mutated)の発現もしくは機能を阻害する物質(例えば、これらの因子に対するsiRNAやshRNA)等が挙げられる。
【0057】
(D5) その他の物質
p53タンパク質の機能を阻害するその他の物質として、例えば、抗p53アンタゴニスト抗体もしくはそれをコードする核酸が挙げられる。抗p53アンタゴニスト抗体はポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の何れであってもよい。抗体のアイソタイプは特に限定されないが、好ましくはIgG、IgMまたはIgA、特に好ましくはIgGが挙げられる。また、該抗体は、完全抗体分子の他、例えばFab、Fab'、F(ab’)2等のフラグメント、scFv、scFv-Fc、ミニボディー、ダイアボディー等の遺伝子工学的に作製されたコンジュゲート分子、あるいはポリエチレングリコール(PEG)等の蛋白質安定化作用を有する分子等で修飾されたそれらの誘導体などであってもよい。抗p53アンタゴニスト抗体は、p53またはその部分ペプチドを抗原として用い、自体公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。また、公知の抗p53アンタゴニスト抗体として、例えば、PAb1801(Oncogene Science Ab-2)及びDO-1(Oncogene Science Ab-6)(Gire and Wynford-Thomas, Mol. Cell. Biol., 18, 1611-1621 (1998))等が挙げられる。抗p53アンタゴニスト抗体をコードする核酸は、抗p53モノクローナル抗体産生ハイブリドーマから常法により単離することができる。得られるH鎖及びL鎖遺伝子を連結して単鎖抗体をコードする核酸を作製することもできる。
【0058】
p53タンパク質の機能を阻害する別の物質として、抗p21アンタゴニスト抗体もしくはそれをコードする核酸が挙げられる。抗p21アンタゴニスト抗体及びそれをコードする核酸も、上記抗p53アンタゴニスト抗体及びそれをコードする核酸と同様にして作製することができる。
【0059】
p53タンパク質の機能を阻害するさらに別の物質は、p53応答エレメントのコンセンサス配列(例、Nat. Genet., 1(1): 45-49 (1992)を参照)を含むデコイ核酸である。このような核酸は上記ヌクレオチド配列情報に基づいてDNA/RNA自動合成機で合成することができる。あるいはそのようなデコイ核酸は市販されている(例、p53 transcription factor decoy (GeneDetect.com))。
【0060】
抗p53アンタゴニスト抗体又は抗p21アンタゴニスト抗体はp53のドミナントネガティブ変異体と同様に、また、該抗体をコードする核酸は該変異体をコードする核酸と同様にして、それぞれ細胞に導入することができる。また、上記デコイ核酸は、リポフェクション法などにより細胞に導入することができる。
【0061】
一方、p53遺伝子の発現を阻害する物質としては、例えば、p53に対するsiRNAもしくはshRNA、p53に対するsiRNAもしくはshRNAを発現するベクター、p53に対するアンチセンス核酸及びp53に対するリボザイム等が挙げられるが、好ましくはp53に対するsiRNA及びshRNA、並びにsiRNAもしくはshRNAを発現するベクターである。
【0062】
(D6) p53に対するsiRNA及びshRNA
p53に対するsiRNAは、マウスまたはヒトのp53 cDNA配列情報に基づいて、例えば、Elbashirら(Genes Dev., 15, 188-200 (2001))の提唱する規則に従って設計することができる。siRNAの標的配列としては、原則的にはAA+(N)19であるが、AA+(N)21もしくはNA+(N)21であってもよい。また、センス鎖の5’末端がAAである必要はない。標的配列の位置は特に制限されるわけではないが、5’-UTR及び開始コドンから約50塩基まで、並びに3’-UTR以外の領域から標的配列を選択することが望ましい。標的配列のGC含量も特に制限はないが、約30-約50%が好ましく、GC分布に偏りがなく繰り返しが少ない配列が望ましい。尚、siRNAもしくはshRNAを発現するベクターの設計において、プロモーターとしてpolIII系プロモーターを使用する場合、ポリメラーゼの転写が停止しないように、4塩基以上TまたはAが連続する配列は選択しないようにすべきである。
【0063】
上述の規則に基づいて選択された標的配列の候補群について、標的以外のmRNAにおいて16-17塩基の連続した配列に相同性がないかどうかを、BLAST(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)等のホモロジー検索ソフトを用いて調べ、選択した標的配列の特異性を確認する。特異性の確認された標的配列について、AA(もしくはNA)以降の19-21塩基にTTもしくはUUの3’末端オーバーハングを有するセンス鎖と、該19-21塩基に相補的な配列及びTTもしくはUUの3’末端オーバーハングを有するアンチセンス鎖とからなる2本鎖RNAをsiRNAとして設計する。また、shRNAは、ループ構造を形成しうる任意のリンカー配列(例えば、8-25塩基程度)を適宜選択し、上記センス鎖とアンチセンス鎖とを該リンカー配列を介して連結することにより設計することができる。
【0064】
siRNA及び/又はshRNAの配列は、種々のwebサイト上に無料で提供される検索ソフトを用いて検索が可能である。このようなサイトとしては、例えば、Ambionが提供するsiRNA Target Finder(http://www.ambion.com/jp/techlib/misc/siRNA_finder.html)及びpSilencerTM Expression Vector用 インサート デザインツール(http://www.ambion.com/jp/techlib/misc/psilencer_converter.html)、RNAi Codexが提供するGeneSeer(http://codex.cshl.edu/scripts/newsearchhairpin.cgi)がこれらに限定されず、QIAGEN、タカラバイオ、SiSearch、Dharmacon、Whitehead Institute、Invitrogen、Promega等のwebサイト上でも同様に検索が可能である。
【0065】
p53に対するsiRNAは、上記のようにして設計されたセンス鎖及びアンチセンス鎖オリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、例えば、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜約70℃で約1〜約8時間アニーリングさせることにより調製することができる。また、p53に対するshRNAは、上記のようにして設計されたshRNA配列を有するオリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機で合成し、上記と同様にしてセルフアニーリングさせることによって調製することができる。
【0066】
siRNA及びshRNAを構成するヌクレオチド分子は、天然型のRNAでもよいが、安定性(化学的および/または対酵素)や比活性(mRNAとの親和性)を向上させるために、種々の化学修飾を含むことができる。例えば、ヌクレアーゼなどの加水分解酵素による分解を防ぐために、アンチセンス核酸を構成する各ヌクレオチドのリン酸残基(ホスフェート)を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネートなどの化学修飾リン酸残基に置換することができる。また、各ヌクレオチドの糖(リボース)の2'位の水酸基を、-OR(Rは、例えばCH3(2'-O-Me)、CH2CH2OCH3(2'-O-MOE)、CH2CH2NHC(NH)NH2、CH2CONHCH3、CH2CH2CN等を示す)に置換してもよい。さらに、塩基部分(ピリミジン、プリン)に化学修飾を施してもよく、例えば、ピリミジン塩基の5位へのメチル基やカチオン性官能基の導入、あるいは2位のカルボニル基のチオカルボニルへの置換などが挙げられる。
【0067】
RNAの糖部のコンフォーメーションはC2'-endo(S型)とC3'-endo(N型)の2つが支配的であり、一本鎖RNAではこの両者の平衡として存在するが、二本鎖を形成するとN型に固定される。したがって、標的RNAに対して強い結合能を付与するために、2'酸素と4’炭素を架橋することにより、糖部のコンフォーメーションをN型に固定したRNA誘導体であるBNA(LNA)(Imanishi, T. et al., Chem. Commun., 1653-9, 2002; Jepsen, J.S. et al., Oligonucleotides, 14, 130-46, 2004)やENA(Morita, K. et al., Nucleosides Nucleotides Nucleic Acids, 22, 1619-21, 2003)もまた、好ましく用いられ得る。
【0068】
但し、天然型RNA中のすべてのリボヌクレオシド分子を修飾型で置換すると、RNAi活性が失われる場合があるので、RISC複合体が機能できる最小限の修飾ヌクレオシドの導入が必要である。
【0069】
p53に対するsiRNAは、例えば、Ambion(例、Ambion Cat# AM16708, siRNA ID# 69659, 69753, 69843, 187424, 187425, 187426)やSanta Cruz(例、Santa Cruz Cat# sc-29436, 44219)等から購入することもできる。
【0070】
また、ヒトp53に対するsiRNAおよびshRNAも、上記のいずれかの検索ソフトを用いて、Refseq. No.(NM_000546)として示されるヒトp53 cDNAの配列等をクエリーとして入力することにより設計し、合成することができ、あるいはAmbion等から購入することもできる。具体的には、Science, 296, 550-553 (2002) に記載されるp53に対するshRNAなどが例示される。
【0071】
p53に対するsiRNAもしくはshRNAの体細胞への接触は、プラスミドDNAの場合と同様に、リポソーム法、ポリアミン法、エレクトロポレーション法、ビーズ法等を用いて、該核酸を細胞内へ導入することにより実施することができる。カチオニックリポソームを用いた方法が最も一般的で、導入効率も高い。Lipofectamine2000やOligofectamine(Invitrogen)などの一般的な遺伝子導入試薬の他、例えば、GeneEraserTMsiRNA transfection reagent(Stratagene)等のsiRNA導入に適した導入試薬も市販されている。
【0072】
(D7) p53に対するsiRNAもしくはshRNAを発現するベクター
siRNAを発現するベクターには、タンデムタイプとステムループ(ヘアピン)タイプとがある。前者はsiRNAのセンス鎖の発現カセットとアンチセンス鎖の発現カセットをタンデムに連結したもので、細胞内で各鎖が発現してアニーリングすることにより2本鎖のsiRNA(dsRNA)を形成するというものである。一方、後者はshRNAの発現カセットをベクターに挿入したもので、細胞内でshRNAが発現しdicerによるプロセシングを受けてdsRNAを形成するというものである。プロモーターとしては、polII系プロモーター(例えば、CMV前初期プロモーター)を使用することもできるが、短いRNAの転写を正確に行わせるために、polIII系プロモーターを使用するのが一般的である。polIII系プロモーターとしては、マウスおよびヒトのU6-snRNAプロモーター、ヒトH1-RNase P RNAプロモーター、ヒトバリン-tRNAプロモーターなどが挙げられる。また、転写終結シグナルとして4個以上Tが連続した配列が用いられる。
【0073】
このようにして構築したsiRNAもしくはshRNA発現カセットを、次いでプラスミドベクターやウイルスベクターに挿入する。このようなベクターとしては、核初期化物質である核酸(初期化遺伝子)について上記したと同様のものが、好ましく利用され得る(レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクターや、動物細胞発現プラスミド、エピソーマルベクターなど)。使用するベクターは、初期化遺伝子の場合と同様、得られるiPS細胞の用途に応じて適宜選択され得る。あるいは、p53に対するshRNAをコードする発現ベクターとして、市販のプラスミド(例えば、Addgene社から市販されるpMKO.1-puro p53 shRNA2: #10672等)をもとに作製したレトロウイルス等のウイルスベクター、プラスミドベクター、エピソーマルベクターなどを使用することもできる。必要に応じて、上記Cre-loxPシステムやpiggyBacトランスポゾンシステムを利用することもできる。
【0074】
p53に対するsiRNAもしくはshRNAを発現するベクターの体細胞への接触は、上記のようにして調製されるプラスミドベクター、エピソーマルベクターもしくはウイルスベクターを細胞に導入することにより行われる。これらの遺伝子導入は、初期化遺伝子について上記したと同様の手法で行うことができる。
【0075】
(D8) その他の物質
p53遺伝子の発現を阻害する他の物質として、p53に対するアンチセンス核酸やリボザイムが挙げられる。
【0076】
アンチセンス核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。アンチセンス核酸がDNAの場合、標的RNAとアンチセンスDNAとによって形成されるRNA:DNAハイブリッドは、内在性RNase Hに認識されて標的RNAの選択的な分解を引き起こすことができる。したがって、RNase Hによる分解を指向するアンチセンスDNAの場合、標的配列は、p53 mRNA中の配列だけでなく、p53遺伝子の初期転写産物におけるイントロン領域の配列であってもよい。アンチセンス核酸の標的領域は、該アンチセンス核酸がハイブリダイズすることにより、結果としてp53蛋白質への翻訳が阻害されるものであればその長さに特に制限はなく、p53 mRNAの全配列であっても部分配列であってもよく、短いもので約15塩基程度、長いものでmRNAもしくは初期転写産物の全配列が挙げられる。合成の容易さや抗原性、細胞内移行性の問題等を考慮すれば、約15〜約40塩基、特に約18〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが好ましい。標的配列の位置としては、5’-及び3’-UTR、開始コドン近傍などが挙げられるが、それらに限定されない。
【0077】
リボザイムとは、狭義には、核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいうが、本明細書では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いるものとする。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。ハンマーヘッド型は約40塩基程度で酵素活性を発揮し、ハンマーヘッド構造をとる部分に隣接する両端の数塩基ずつ(合わせて約10塩基程度)をmRNAの所望の切断部位と相補的な配列にすることにより、標的mRNAのみを特異的に切断することが可能である。
【0078】
アンチセンス核酸やリボザイムはDNA/RNA自動合成機を用いて合成することができる。これらを構成するヌクレオチド分子もまた、安定性、比活性などを向上させるために、上記のsiRNAの場合と同様の修飾を受けていてもよい。
【0079】
あるいは、アンチセンス核酸やリボザイムは、siRNAの場合と同様に、それらをコードする核酸の形態で使用することもできる。
【0080】
p53の機能阻害物質は、体細胞の核初期化工程においてp53の機能を阻害するのに十分な様式で体細胞に接触させる必要がある。この条件が満たされる限り、核初期化物質とp53の機能阻害物質とは、同時に体細胞に接触させてもよいし、また、どちらかを先に接触させてもよい。一実施態様において、例えば、核初期化物質がタンパク性因子をコードする核酸であり、p53の機能阻害物質が化学的阻害物質である場合には、前者は遺伝子導入処理からタンパク性因子を大量発現するまでに一定期間のラグがあるのに対し、後者は速やかにp53の機能を阻害しうることから、遺伝子導入処理から一定期間細胞を培養した後に、p53の化学的阻害物質を培地に添加することができる。別の実施態様において、例えば、核初期化物質とp53の機能阻害物質とがいずれもウイルスベクター、プラスミドベクター、エピソーマルベクター等の形態で用いられる場合には、両者を同時に細胞に導入してもよい。
【0081】
(E) iPS細胞の樹立効率改善物質
上記の初期化因子等に加え、公知の他のiPS細胞樹立効率改善物質を体細胞に接触させることにより、iPS細胞の樹立効率をさらに高めることが期待できる。そのようなiPS細胞の樹立効率改善物質としては、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA SmartpoolO(Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294 (Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008))等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNAおよびshRNA(例、G9a siRNA(human) (Santa Cruz Biotechnology)等)等の核酸性発現阻害剤など]、L-calcium channel agonist (例えばBayk8644) (Cell Stem Cell, 3, 568-574 (2008))、UTF1(Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3, 132-135 (2008))、2i/LIF (2iはmitogen-activated protein kinase signallingおよびglycogen synthase kinase-3の阻害剤、PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))、ES細胞特異的miRNA(例えば、miR-302-367クラスター (Mol. Cell. Biol. doi:10.1128/MCB.00398-08、WO2009/075119)、miR-302 (RNA (2008) 14: 1-10)、miR-291-3p, miR-294およびmiR-295 (以上、Nat. Biotechnol. 27: 459-461 (2009)))等が挙げられるが、それらに限定されない。前記において核酸性の発現阻害剤はsiRNAもしくはshRNAをコードするDNAを含む発現ベクターの形態であってもよい。
【0082】
尚、前記核初期化物質の構成要素のうち、例えば、SV40 large T等は、体細胞の核初期化のために必須ではなく補助的な因子であるという点において、iPS細胞の樹立効率改善物質の範疇にも含まれ得る。核初期化の機序が明らかでない現状においては、核初期化に必須の因子以外の補助的な因子について、それらを核初期化物質として位置づけるか、あるいはiPS細胞の樹立効率改善物質として位置づけるかは便宜的であってもよい。即ち、体細胞の核初期化プロセスは、体細胞への核初期化物質およびiPS細胞の樹立効率改善物質の接触によって生じる全体的事象として捉えられるので、当業者にとって両者を必ずしも明確に区別する必要性はないであろう。
【0083】
これら他のiPS細胞樹立効率改善物質の体細胞への接触は、該物質が(a) タンパク性因子である場合、(b) 該タンパク性因子をコードする核酸である場合、あるいは(c) 低分子化合物である場合に応じて、p53の機能阻害物質についてそれぞれ上記したと同様の方法により、実施することができる。
【0084】
他のiPS細胞の樹立効率改善物質は、該物質の非存在下と比較して体細胞からのiPS細胞樹立効率が有意に改善される限り、核初期化物質と同時に体細胞に接触させてもよいし、また、どちらかを先に接触させてもよく、該物質の物性に応じて、p53の機能阻害物質について上記したと同様のタイミングで体細胞と接触させることができる。
【0085】
(F) 培養条件による樹立効率の改善
体細胞の核初期化工程において低酸素条件下で細胞を培養することにより、iPS細胞の樹立効率をさらに改善することができる。本明細書において「低酸素条件」とは、細胞を培養する際の雰囲気中の酸素濃度が、大気中のそれよりも有意に低いことを意味する。具体的には、通常の細胞培養で一般的に使用される5-10% CO2/95-90%大気の雰囲気中の酸素濃度よりも低い酸素濃度の条件が挙げられ、例えば雰囲気中の酸素濃度が18%以下の条件が該当する。好ましくは、雰囲気中の酸素濃度は15%以下(例、14%以下、13%以下、12%以下、11%以下など)、10%以下(例、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下など)、または5%以下(例、4%以下、3%以下、2%以下など)である。また、雰囲気中の酸素濃度は、好ましくは0.1%以上(例、0.2%以上、0.3%以上、0.4%以上など)、0.5%以上(例、0.6%以上、0.7%以上、0.8%以上、0.95以上など)、または1%以上(例、1.1%以上、1.2%以上、1.3%以上、1.4%以上など)である。
【0086】
細胞の環境において低酸素状態を創出する手法は特に制限されないが、酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーター内で細胞を培養する方法が最も容易であり、好適な例として挙げられる。酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーターは、種々の機器メーカーから販売されている(例えば、Thermo scientific社、池本理化学工業、十慈フィールド、和研薬株式会社などのメーカー製の低酸素培養用CO2インキュベーターを用いることができる)。
【0087】
低酸素条件下で細胞培養を開始する時期は、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、体細胞への核初期化物質の接触より前であっても、該接触と同時であっても、該接触より後であってもよいが、例えば、体細胞に核初期化物質を接触させた直後から、あるいは接触後一定期間(例えば、1ないし10(例、2,3,4,5,6,7,8または9)日)おいた後に低酸素条件下で培養することが好ましい。
【0088】
低酸素条件下で細胞を培養する期間も、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、例えば3日以上、5日以上、7日以上または10日以上で、50日以下、40日以下、35日以下または30日以下の期間等が挙げられるが、それらに限定されない。低酸素条件下での好ましい培養期間は、雰囲気中の酸素濃度によっても変動し、当業者は用いる酸素濃度に応じて適宜当該培養期間を調整することができる。また、一実施態様において、iPS細胞の候補コロニーの選択を、薬剤耐性を指標にして行う場合には、薬剤選択を開始する迄に低酸素条件から正常酸素濃度に戻すことが好ましい。
【0089】
さらに、低酸素条件下で細胞培養を開始する好ましい時期および好ましい培養期間は、用いられる核初期化物質の種類、iPS細胞樹立効率改善剤などによっても変動する。
【0090】
(G) 培養条件及びiPS細胞の最初の選択
核初期化物質および必要に応じてiPS細胞の樹立効率改善物質を接触させた後、細胞を、例えばES細胞の培養に適した条件下で培養することができる。マウス細胞の場合、通常の培地に分化抑制因子としてLeukemia Inhibitory Factor(LIF)を添加して培養を行う。一方、ヒト細胞の場合には、LIFの代わりに塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)および/または幹細胞因子(SCF)を添加することが望ましい。また通常、細胞は、フィーダー細胞として、放射線や抗生物質で処理して細胞分裂を停止させたマウス胎仔由来の線維芽細胞の共存下で培養される。マウス胎仔由来の線維芽細胞としては、通常STO細胞株(ATCC CRL-1503)等がフィーダーとしてよく使われるが、iPS細胞の誘導には、STO細胞にネオマイシン耐性遺伝子とLIF遺伝子を安定に組み込んだSNL細胞(SNL76/7 STO細胞; ECACC 07032801)(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))等がよく使われている。しかしながら、本発明においては、マウス胎仔由来の初代線維芽細胞(MEF)を用いた方がヒトiPS細胞の樹立効率がより改善されるので、MEFの使用がより好ましい。マイトマイシンC処理済のMEFは、ミリポア社やリプロセル社から市販されている。これらのフィーダー細胞との共培養は、核初期化物質の接触より前から開始してもよいし、該接触時から、あるいは該接触より後(例えば1-10日後)から開始してもよい。
【0091】
iPS細胞の候補コロニーの選択は、薬剤耐性とレポーター活性を指標とする方法と目視による形態観察による方法とが挙げられる。前者としては、例えば、分化多能性細胞において特異的に高発現する遺伝子(例えば、Fbx15、Nanog、Oct3/4など、好ましくはNanog又はOct3/4)の遺伝子座に、薬剤耐性遺伝子及び/又はレポーター遺伝子をターゲッティングした組換え体細胞を用い、薬剤耐性及び/又はレポーター活性陽性のコロニーを選択するというものである。そのような組換え体細胞としては、例えばFbx15遺伝子座にβgeo(β-ガラクトシダーゼとネオマイシンホスホトランスフェラーゼとの融合タンパク質をコードする)遺伝子をノックインしたマウス由来のMEF(Takahashi & Yamanaka, Cell, 126, 663-676 (2006))、あるいはNanog遺伝子座に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子とピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウス由来のMEF(Okita et al., Nature, 448, 313-317 (2007))等が挙げられる。一方、目視による形態観察で候補コロニーを選択する方法としては、例えばTakahashi et al., Cell, 131, 861-872 (2007)に記載の方法が挙げられる。レポーター細胞を用いる方法は簡便で効率的ではあるが、iPS細胞がヒトの治療用途を目的として作製される場合、安全性の観点から目視によるコロニー選択が望ましい。
【0092】
選択されたコロニーの細胞がiPS細胞であることの確認は、上記したNanog(もしくはOct3/4)レポーター陽性(ピューロマイシン耐性、GFP陽性など)および目視によるES細胞様コロニーの形成によっても行い得るが、より正確を期すために、アルカリフォスファターゼ染色や、各種ES細胞特異的遺伝子の発現を解析したり、選択された細胞をマウスに移植してテラトーマ形成を確認する等の試験を実施することもできる。
【0093】
III.分化誘導方法
本発明において「分化誘導」とは、特定の臓器細胞やその前駆細胞への分化だけでなく、内胚葉細胞、中胚葉細胞および外胚葉細胞などの多種類の細胞を含む細胞群への分化も含む。また、本発明が対象とする臓器は、皮膚、血管、角膜、腎臓、心臓、肝臓、臍帯、腸、神経、肺、胎盤、膵臓、脳、四肢末梢、網膜などが挙げられるがそれらに限定されない。この分化誘導方法は、当業者に周知の方法を用いることができ、特に限定されないが、例えば、神経幹細胞への分化誘導法としては、特開2002-291469、膵幹様細胞への分化誘導法としては、特開2004-121165、造血細胞への分化誘導法としては、特表2003-505006に記載される方法などがそれぞれ例示される。この他にも、胚葉体の形成による分化誘導法としては、特表2003-523766に記載の方法などが例示される。
【0094】
本発明において好ましい分化誘導方法は、レチノイン酸(RA)による分化誘導方法である。具体的には、RAを50nMから1000nMの濃度で多能性幹細胞用の培地へ加えて、培養する方法である。RAの濃度は、50nM以上(例えば、100nM、150nM、200nM、250nMまたは300nM)が好ましく、1000nM以下(例えば、900nM、800nM、700nM、600nM、500nMまたは400nM)が好ましい。より好ましくは、300nM又は1000nMである。また、培地としては、例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地またその組み合わせなどが挙げられるが、それらに限定されない。これらの培地には、適宜、非必須アミノ酸、ヌクレオシド、2−メルカプトエタノール等を加えてもよい。RAを加える前に、上記の培地で1日間、準備培養をしてもよい。分化に用いる多能性幹細胞の細胞密度は、100000〜250000個/10cm-dish(例えば、250000個/10cm-dish、200000個/10cm-dish、150000個/10cm-dishまたは100000個/10cm-dish)でよく、好ましくは、200000個/10cm-dishである。RA添加培地での培養期間は、特に限定されないが、2〜10日(例えば10日、8日、6日、4日、2日)が挙げられる。特に好ましくは、4日である。
【0095】
IV.未分化維持条件への変更
続いて分化抵抗性を検出するために、上記のように分化させた細胞を再び、未分化維持条件で培養を行う。本発明における、未分化維持条件とは、多能性幹細胞が多能性を維持したまま増殖ができる条件であり、例えば、フィーダー細胞とともに細胞を培養する条件である。培地は、限定されないが、非必須アミノ酸、ヌクレオシド、2−メルカプトエタノール等を加えた約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地もしくはこれらの組み合わせなどが挙げられる。この時、培地へは、適宜、LIFやbFGFなどのサイトカインや2i(mitogen-activated protein kinase signallingおよびglycogen synthase kinase-3の阻害剤、PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))などを加えてもよい。培地は、2日に1度、交換することが好ましい。
【0096】
分化条件から未分化条件へ変更する際は、dishから剥離させて蒔き直してもよく、この蒔き直しの際に、生細胞のみを選択してもよい。生細胞の選択は、特に限定されないが、ヨウ化プロピジウム(PI)を用いて染色し、染色されなった細胞をFACSなどで分離精製することで行うことができる。
【0097】
未分化条件での培養期間は、コロニーが観察できる期間であればよく、好ましくは10日、9日、8日、7日、6日または5日が挙げられる。より好ましくは、7日である。
【0098】
分化誘導細胞の培養する際の密度は、特に限定されないが、100000〜250000個/10cm-dish(例えば、250000個/10cm-dish、200000個/10cm-dish、150000個/10cm-dishまたは100000個/10cm-dish)でよく、好ましくは、200000個/10cm-dishである。
【0099】
この時、対照として分化誘導を行わず、未分化条件で培養し続けた多能性幹細胞の培養を行ってもよい。この場合、コロニーの過剰発生を避けるため、サンプルの多能性幹細胞の分化誘導後の細胞密度の1/15〜1/5(例えば、1/15、1/10、1/5)の細胞密度で播種してもよく、好ましくは1/10である。
【0100】
V. 未分化細胞の発生の検出方法
上記のように分化誘導後、再び未分化条件で培養した後の未分化細胞の発生は、未分化細胞に特異的な性質を利用して検出することができる。この特異的な性質として、コロニーの形成、未分化特異的抗原の発現、未分化特異的遺伝子の発現などが挙げられる。ここで、未分化特異的抗原は、限定されないが、SSEA-1、SSEA-3、SSEA-4、Tra1-60およびTra1-81からなる群より選択される。このときヒトでは未分化細胞においてSSEA-1は検出されないことから、SSEA-1に代えて、SSEA-3、SSEA-4、Tra1-60およびTra1-81が好適に用いられる。また、未分化特異的遺伝子は、WO2007/069666に挙げられる遺伝子が例示される。
【0101】
簡便で、かつ十分な感度および特異度を提供し得るという観点から、コロニーの形成を観察して未分化細胞の発生を検出することが好ましい。コロニーの測定は、特に限定されないが、例えば顕微鏡下で計数され、その数により評価される。この測定は、機械的に行われても、目視で行われてもよい。一方、未分化特異的抗原または遺伝子の発現している細胞は、FACSを用いてそれらの抗原または遺伝子を発現している細胞の数として評価することができる。
【0102】
VI. 多能性幹細胞の選別方法
(A)絶対的評価による選択方法
上記のように分化誘導後、再び未分化条件で培養した後に検出された未分化細胞は、培養開始時の細胞数に対する数として、評価されることが望ましい。ここで、評価される値としては、例えば、200000個の分化誘導した細胞に対するコロニーの形成数または未分化特異的抗原もしくは遺伝子を発現している細胞数が例示される。
【0103】
多能性幹細胞の分化抵抗性の選別に際しては、未分化細胞の検出値が、分化抵抗性を示すことが既知である対照多能性幹細胞における未分化細胞の発生値(対照発生値;以下、単に対照値と略記する)以下である多能性幹細胞を、分化抵抗性を示さない多能性幹細胞として選択する。ここで、対照値は、分化抵抗性の状態が知られている入手可能な任意の多能性幹細胞株の分化誘導後に未分化条件で培養した際の未分化細胞の発生値を調べて表1を作成し、表1に示す感度および/または特異性の値が0.9以上、好ましくは0.95以上、より好ましくは0.99以上になるように予め設定した値を用いてもよい。特に好ましくは、感度および特異性の値は、共に1である。ここで、感度および特異性が共に1を示すということは、偽陽性および偽陰性が全くない理想的な対照値である事を意味する。前記入手可能な任意の細胞株は、例えば、ES細胞株が例示される。
【0104】
【表1】

【0105】
ここで分化誘導がRAを300nMで行った場合、好ましい対照値として、分化誘導した細胞200000個に対して600コロニー以下(例えば、500、400、300、200または100コロニー)が例示される。より好ましくは、300コロニー、さらに好ましくは250コロニー、特に好ましくは216コロニーである。一方、分化誘導がRAを1000nMで行った場合、好ましい対照値として、分化誘導した細胞200000個に対して50コロニー以下(例えば、40、30、20、10または5コロニー)が例示される。より好ましくは、20コロニー、さらに好ましくは15コロニー、特に好ましくは12コロニーである。このように、対照値は、分化誘導条件によって、変動させることができる。
【0106】
(B)相対的評価による選択方法
多能性幹細胞を未分化状態のままで培養した時のコロニーの形成数または未分化細胞数に対する、該細胞を分化誘導後に未分化条件で培養した際のコロニーの形成数または未分化細胞数の割合を算出して、分化抵抗性を示さない多能性幹細胞の選択を行うことができる。例えば、上記の割合が、分化抵抗性を示すことが既知である対照多能性幹細胞における割合(以下、対照割合)以下である多能性幹細胞を、分化抵抗性を示さない多能性幹細胞として選択することができる。ここで、対照割合は、分化抵抗性の状態が知られている入手可能な任意の多能性幹細胞株における割合を調べて表2を作成し、表2に示す感度および/または特異性の値が0.9以上、好ましくは0.95以上、より好ましくは0.99以上になるように予め設定した値を用いてもよい。特に好ましくは、感度および特異性の値は、共に1である。ここで、感度および特異性が共に1を示すということは、偽陽性および偽陰性が全くない理想的な対照割合である事を意味する。前記入手可能な任意の細胞株は、例えば、ES細胞株が例示される。
【0107】
【表2】

【0108】
ここで分化誘導がRAを300nMで行った場合、好ましい対照割合として、5%以下(例えば、4%、3%、2%、1%、0.9%、0.8%、0.7%、0.6%、0.5%または0.4%)である。より好ましくは、1%、さらに好ましくは0.6%、特に好ましくは0.58%である。一方、分化誘導がRAを1000nMで行った場合、好ましい対照割合として、0.1%以下(例えば、0.09%、0.08%、0.07%、0.06%、0.05%、0.04%、0.03%、0.02%または0.01%)である。より好ましくは、0.06%、さらに好ましくは0.055%、特に好ましくは0.052%である。
【0109】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0110】
細胞
ES細胞(RF8、1A2)の培養および表3に示す試料iPS細胞の樹立および培養は、以下に記載の従来の方法で行った(Takahashi K and Yamanaka S, Cell 126 (4), 663, 2006、Okita K, et al., Nature 448 (7151), 313, 2007、Nakagawa M, et al., Nat Biotechnol 26 (1), 101, 2008およびAoi, T. et al., Science 321, 699-702, 2008)。尚、Miura K. et al., Nat Biotechnol., 27: 743-745 (2009)に記載の方法で、212C6を分化誘導してもなお、未分化状態特異的遺伝子であるNanogを発現していた細胞を株化した212C6 (undifferentiate clone)を、分化抵抗性を示す細胞株として用いた。
【0111】
【表3】

【0112】
培養方法ならびにコロニー形成測定
本実施例で用いた、方法の概要は図1へ示す。詳細には、各ES細胞ならびにiPS細胞、200000個を100mmのゼラチンコートしたdishへ播種し、LIFを含有しないES細胞用培地にて培養した(day 0)。1日後、以下の3種の培地(LIF含有培地、300nM RAを含有する培地および1000nM RAを含有する培地)にて培養した(day 1)。この2日後、同じ培地へ培地交換を行った(day 3)。さらに2日経過後の分化誘導した細胞(1A2、335D1、212C6および256D4)の代表的な写真を図2に示す。次に、細胞をdishより剥離させ、PI染色を行いFACS ariaにより生細胞を分離し、この生細胞のうち20000個(LIF含有培地の場合)または200000個(RA含有培地の場合)を、フィーダー細胞としてマイトマイシンC処理したSNL細胞が予め培養されていた100mm dishへ播種した。この時、培地はLIF含有培地を用いた(day 5)。翌日(day 6)、2日後(day 8)、さらに2日後(day 10)同じ培地へ培地交換を行った。最後の培地交換から2日後、コロニー形成数を測定した(day 12)。コロニー測定時の各細胞の写真を図3に示す。また、コロニー数の計測結果を表4および図4に示す。この結果から、試料iPS細胞株の9個(178B5、335D1、38C2、38D2、238C2、212B2、212C6、212D1および256D4)のうち、178B5のみが分化抵抗性を示さないiPS細胞であることが判明した。
【0113】
【表4−1】

【0114】
【表4−2】

【0115】
本発明を好ましい態様を強調して説明してきたが、好ましい態様が変更され得ることは当業者にとって自明であろう。本発明は、本発明が本明細書に詳細に記載された以外の方法で実施され得ることを意図する。したがって、本発明は添付の「請求の範囲」の精神および範囲に包含されるすべての変更を含むものである。
【0116】
さらに、ここで引用された特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここで参照することによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0117】
本願は、2009年9月2日に出願された米国仮特許出願第61/239,297号に基づいており、その内容は、ここで参照することにより本明細書に組み込まれるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分化抵抗性を示さない多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程を含む方法
(1)多能性幹細胞を分化誘導させる工程、
(2)該細胞を未分化維持条件で培養する工程、
(3)該培養による未分化細胞の発生を検出し、対照と比較する工程、および
(4)検出した値が、対照発生値以下である多能性幹細胞を選択する工程。
【請求項2】
前記の分化誘導させる工程が、レチノイン酸で処理することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
レチノイン酸の濃度が、300nM以上1000nM以下である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
レチノイン酸の処理の期間が、4日間である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記の未分化条件で培養する工程が、フィーダー細胞上で培養することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
対照が、胚性幹細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記の未分化細胞の発生を検出する工程が、コロニーの形成数を測定することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が300コロニーである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が250コロニーである、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が216コロニーである、請求項8に記載の方法。
【請求項12】
1000nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が50コロニーである、請求項8に記載の方法。
【請求項13】
1000nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が20コロニーである、請求項8に記載の方法。
【請求項14】
1000nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、分化誘導された細胞200000個に対して未分化細胞の発生が14コロニーである、請求項8に記載の方法。
【請求項15】
前記の未分化細胞の発生を検出する工程が、未分化状態のままで形成するコロニーの数に対する分化誘導した細胞から形成するコロニーの数の割合を測定することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、1%である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、0.6%である、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
300nM レチノイン酸処理により分化誘導する場合の対照発生値が、0.58%である、請求項15に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2013−503603(P2013−503603A)
【公表日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−512108(P2012−512108)
【出願日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際出願番号】PCT/JP2010/065453
【国際公開番号】WO2011/027908
【国際公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】