説明

安定なナトリウム利尿ペプチド組成物

【課題】 容器への吸着を防止し、かつ、セリンプロテアーゼによる分解についても防止した、新規な安定なナトリウム利尿ペプチドの組成物を提供する。
【解決手段】 ベンズアミジン誘導体を共存させることによって安定化された、ナトリウム利尿ペプチドにより、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定化されたナトリウム利尿ペプチドの組成物及び安定化されたナトリウム利尿ペプチドの組成物の製造方法に関する。更に詳細には、本発明はベンズアミジン誘導体を共存させることによって安定化されたナトリウム利尿ペプチドの組成物及びベンズアミジン誘導体を共存させることからなる安定化されたナトリウム利尿ペプチドの組成物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ナトリウム利尿ペプチドに属するB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、A型ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)を測定対象とする診断薬が開発され、利用されている。中でもBNPは、心不全の診断薬として極めて有用であり、広く一般に使用されている。
【0003】
上記のナトリウム利尿ペプチドの測定に当たっては、当該ペプチドの一部のアミノ酸配列を認識する抗体を用いたイムノアッセイが開発され、一般的に利用されている。イムノアッセイでは、測定対象の定量のため、測定対象となっているペプチドそのものを標準物質として測定する必要がある。具体的には、BNP等のナトリウム利尿ペプチドの測定では、標準物質として測定対象となっているナトリウム利尿ペプチドの組成物を用いることになる。ところがBNPに代表されるナトリウム利尿ペプチドには、他の測定対象ペプチドと比較した場合にセリンプロテアーゼにより分解され易く、また更にそのアミノ酸一次配列中に塩基性アミノ酸が多いため、保持容器への吸着が発生し易いという特徴がある。そのため、長期にわたって安定的に保存する、即ちイムノアッセイによって検出される値に変動を与えることなく保存することは困難である。このような困難性は、BNP等のナトリウム利尿ペプチドを標準物質として提供する場合以外にも、例えば被験者から得た血液試料中に存在するBNP等のナトリウム利尿ペプチドを実際のイムノアッセイによって測定する直前まで、安定的に保存する場合にも存在する。
【0004】
ナトリウム利尿ペプチド以外のペプチドについて、吸着や分解の問題を解消する方法として、マンニトールやスクロース等を共存させて当該ペプチドの保持容器への吸着を防止する方法や、セリンプロテアーゼインヒビターであるアプロチニン、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、ベンズアミジンを共存させて当該ペプチドの分解を抑制する方法が提案されている(特許文献1)。しかしながら、長期にわたってイムノアッセイによって検出される値に変動を与えることなくBNP等のナトリウム利尿ペプチドを保存する方法としては十分ではなく、更なる改良の余地が残されていた。
【0005】
一つの改良として、その吸着が発生し易いガラス製容器を避け、樹脂製容器を用いてBNP等のナトリウム利尿ペプチドを保存する方法が提案されている(特許文献2)。
【0006】
【特許文献1】特許第3457324号公報
【特許文献2】特許第3302376号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2では、BNP等のナトリウム利尿ペプチドの保持容器への吸着をポリスチレンやポロプロピレン等のプラスチック製容器を使用することによって防止している。しかし、イムノアッセイ用製品や血液試料の容器としてプラスチック製容器を使用することが前提となることに加えて、セリンプロテアーゼによる分解については対処できないという課題がある。特許文献1では、ナトリウム利尿ペプチドのセリンプロテアーゼによる分解をセリンプロテアーゼインヒビターの共存によって防止している。しかし、ナトリウム利尿ペプチドの保持容器への吸着については対処し得るかどうかについては不明である。従って、従来知られた方法によってナトリウム利尿ペプチドの吸着防止と分解防止を行う場合には、上記2つの対処法を別個に実施する必要がある。
【0008】
そこで本発明の目的は、プラスチック製容器及びガラス製容器のいずれについてもBNP等のナトリウム利尿ペプチドの吸着を防止し、かつ、セリンプロテアーゼによる分解についても防止した、新規な安定なナトリウム利尿ペプチドの組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するためになされた本発明は、ベンズアミジン誘導体を共存させることによって安定化された、ナトリウム利尿ペプチドである。また本発明は、ベンズアミジン誘導体を共存させることからなる、安定化されたナトリウム利尿ペプチドの製造方法である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
ベンズアミジンは、特許文献1において、セリンプロテアーゼインヒビターとして開示された化合物である。しかし、ベンズアミジンがBNP等のナトリウム利尿ペプチドについて有する効果、即ちその容器への吸着防止効果については特許文献2には何ら開示されていない。本発明は、ベンズアミジン誘導体が、後述するように、BNP等のナトリウム利尿ペプチドのガラス製容器への吸着をも防止するという全く新しい知見に基づいて成されたものであり、その効果は、所定量のベンズアミジン誘導体をBNP等のナトリウム利尿ペプチドと共存させるという極めて単純な操作により、長期にわたってイムノアッセイによって検出される値に変動を与えることなく保存することが可能なナトリウム利尿ペプチド等を提供するものである。
【0011】
本発明が提供する、安定化されたナトリウム利尿ペプチドは、例えばイムノアッセイにおける標準品やコントロールとして使用されるものであり、また例えば、被験者から取得された、イムノアッセイに供される以前の血液試料である。本発明で使用するベンズアミジン誘導体は、式1で表されるものであり、例えばベンズアミジン塩酸塩を具体的なベンズアミジン誘導体として例示することができる。
【0012】
【化1】

ベンズアミジン誘導体は、BNP等のナトリウム利尿ペプチドと共存させることによって当該ナトリウム利尿ペプチドの保持容器への吸着を防止すると同時に、セリンプロテアーゼによる分解をも防止するものである。保持容器への吸着の防止に関しては、保持容器の材質がナトリウム利尿ペプチドの吸着し易いとされるガラス製容器であるか、ガラス製容器と比較してその吸着が少ないとされるポリスチレンやポリプロピレン製であるかを問わず、十分な効果を奏する。容器の形状はチューブ状、バイアル状等、いかなるなる形状であっても良く、ベンズアミジン誘導体を共存させた状態で凍結、凍結乾燥してもその効果が失われることはない。
【0013】
本発明により安定化が可能なナトリウム利尿ペプチドとしては、実施例に具体的に示したBNPの他、構造や一次構造における各アミノ酸残基の含有比率が類似しているANPやCNPを例示できる。これらナトリウム利尿ペプチドは、必ずしもヒトに由来するものである必要はなく、例えばラット、ブタ、イヌ、ウナギ来の他、−S−S−結合により形成されるリング部位を有する誘導体等であっても良い。また更に、ナトリウム利尿ペプチドは、生体組織由来の抽出精製物のほか、化学合成物、遺伝子組換え技術による製造物等のものであっても良い。
【0014】
共存させるベンズアミジン誘導体の量は、安定化させるナトリウム利尿ペプチドの濃度に対して一定の割合となるようにするのが好ましい。しかし、ナトリウム利尿ペプチドの濃度が不明な場合等もあり、また実際の使用量はpg/mLになることが大半であるため、溶液の終濃度で1から100mMとなるようにBNP等のナトリウム利尿ペプチドの水溶液に共存させれば、十分にその効果を得ることができる。
【0015】
本発明では、ベンズアミジン誘導体の他、目的に応じて保剤(例えばウシ血清アルブミン等)、抗酸化剤(例えばアスコルビン酸やビタミンE等)、結合剤(例えばカルボキシメチルセルロース等)、湿潤剤(例えばセルロース、ポリエチレングリコール等)、着色剤(例えば合成食用色素等)、懸濁化剤(例えばポリビニルピロリドン等)、乳化剤(例えばアルキルスルホン酸等)、溶解補助剤(例えばグリセリン等)、緩衝剤(例えばリン酸塩やトリスヒドロキシルアミン塩酸塩等)、等張化剤(例えばD−ソルビトールや塩化ナトリウム等)、界面活性剤(例えばTritonX−100やTween20等)等を共存させても、ベンズアミジン誘導体の効果が妨げられることはない。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ベンズアミジン誘導体を共存することにより、BNP等のナトリウム利尿ペプチドを安定に保存する、即ちイムノアッセイによって検出される値に変動を与えることなく保存することが可能となる。ベンズアミジン誘導体を共存させる効果は、ベンズアミジンについて既に知られたセリンプロテアーゼインヒビターとしての効果を超えて、ナトリウム利尿ペプチドが吸着しやすいとされるガラス容器への吸着防止効果をも同時に奏するものである。従って、従来のベンズアミジンに関する知見を超えて、本発明によれば、ナトリウム利尿ペプチドを保存する容器の材質について特別に注意しなくとも、ベンズアミジン誘導体を添加するのみで、保存容器への吸着とセリンプロテアーゼによる分解の両方を同時に防止することが可能である。
【0017】
本発明の具体的な実施の態様を実施例により説明する。しかし本発明は、これら実施例に限定されるものではない。なお実施例においては、本発明が提供するナトリウム利尿ペプチド溶液を酵素免疫測定法(EIA)用の試料として測定した例を示したが、放射免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)又は発光免疫測定法(LIA)等すべての方法に適用することができ、また、試料のみならず、安定化されたナトリウム利尿ペプチドを含むコントロール等にも適用することが可能である。
【実施例1】
【0018】
1wt%牛血清アルブミン加えた20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に、最終濃度600pg/mLになるようにBNP(ペプチド研究所製)を添加したBNP溶液(溶液A)を調整した。この溶液Aに対し、最終濃度がそれぞれ5、10、20、50、100mMになるようにベンズアミジン塩酸塩を添加したBNP溶液(それぞれ溶液B、溶液C、溶液D、溶液E、溶液F)を調整した。なお以上の操作は、ポリプロピレン製容器にて行った。
【0019】
上記調整後、各溶液の各1mLをガラス製容器に分注した。また比較のため、溶液AとFについてはその各1mLをポリプロピレン製容器に分注し、各溶液G及びHとした。
【0020】
その後、ガラス製容器に分注された溶液AからFとポリプロピレン製容器に分注した溶液G及びHを凍結乾燥し、蒸留水1mLを加えて溶解した後、4℃で保存し、保存開始から7日目と30日目のそれぞれの時点でBNP濃度を測定した。BNP濃度の測定には市販のBNP測定試薬(シオノリアBNPキット、商品名、塩野義製薬(株)製)を用いた。結果を表1(7日目)及び表2(30日目)に示す。
【0021】
表1及び表2中の「濃度百分率」は、以下の式に基づいて計算したものである。
濃度百分率=((4℃で7日目あるいは30日保存した時点のBNP濃度)/(溶解直後のBNP濃度))×100
表1、表2から明らかなように、ベンズアミジン塩酸塩を共存させていない溶液Aでは、7日又は30日間の保存により濃度百分率が大幅に減少していたが、溶液BからFでは、ベンズアミジン塩酸塩を共存させたことにより、30日経過した時点でも濃度百分率は93%以上を示していた。これらの結果は保持容器への吸着が発生し易いといわれているガラス製容器における結果であり、ポリプロピレン製容器での結果(溶液G及びH)では実に96%以上を示していた。
【0022】
以上の結果から、ベンズアミジン誘導体の共存により、BNPの保持容器への吸着及びセリンプロテアーゼによる分解が防止され、長期にわたってイムノアッセイによって検出される値が変動しないナトリウム利尿ペプチドが提供できることが示された。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベンズアミジン誘導体を共存させることによって安定化された、ナトリウム利尿ペプチド。
【請求項2】
ガラス又は樹脂製容器に保持されていることを特徴とする請求項1のナトリウム利尿ペプチド。
【請求項3】
ベンズアミジン誘導体を共存させることからなる、安定化されたナトリウム利尿ペプチドの製造方法。