説明

安定なワクチン製剤

水性ワクチン組成物は、固形物に吸着したタンパク質および1つ以上の安定化剤を含み、1つ以上の該安定化剤はイオン性基タンパク質および水分子解離のイオン化生成物とプロトンを交換する能力のあるイオン性基を有し、該イオン性基は、プロトン化された場合にプラスに荷電し、脱プロトン化された場合には非荷電である第1の基、およびプロトン化された場合には非荷電で、脱プロトン化された場合にはマイナスに荷電する第2の基を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はタンパク質を含有する安定なワクチン製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
(発明の背景)
タンパク質の天然三次構造の欠損は、一般的に、生物活性の欠損に関連する。それ故に、活性タンパク質(例えば、ワクチン、治療用タンパク質、診断用タンパク質など)を、天然三次構造が維持される条件下で保存することが不可欠である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
短時間であっても、タンパク質の保存は安定性の問題を提示する。該三次構造の変動は温度に比例している。従って、タンパク質は一般的に低い温度ほどより安定である。通常、タンパク質は、それらの生物活性を保つために、凍結乾燥または凍結(約−20℃)で保存する必要がある。凍結乾燥または凍結で保存する場合、タンパク質をその使用前に復元する必要がある。タンパク質を短期保存する場合は、4℃の冷蔵で差し支えない。
【0004】
タンパク質は、20の異なる天然アミノ酸の配列を有する高分子である。これらのアミノ酸のうちの7つ(アスパラギン酸、グルタミン酸、ヒスチジン、システイン、チロシン、リジンおよびアルギニン)は、酸塩基平衡で結合する側鎖を含む。このことは、それらが、pHおよび溶液中に存在する他の化学種に応じて、プロトンの受容または提供のいずれかが可能であることを意味する。セリンおよびトレオニンもまた、周囲の分子とプロトンのやりとりをすることができる。しかしながら、これらのアミノ酸のpKa値は極めて高いので(>13.9)、それらの側鎖は実際には常にほぼ全体がプロトン化状態である。
【0005】
タンパク質ワクチンの免疫原活性は、キーとなるタンパク抗原の構造的同一性、特に立体構造エピトープ(抗体が、天然のフォールディングによって一緒になっているポリペプチド鎖の離れた領域に結合することが必要)に(大きく)依存する。不可逆的な構造変化および不可逆的な凝集はワクチンの不活化を引き起こす。同一の考察が、例えばアルミナ粒子といった粒子、または、各タンパク分子の実質的な領域が依然として溶媒水と完全に相互作用する他(非粒子状物質)の表面に吸着するタンパク質に当てはまる。このことは、現実的または論理的制限による部分、およびコストによる部分から、低温流通体系の維持が非常に困難または不可能な第三世界でのワクチン配布において特別重要である。
【0006】
WO2007/003936(優先日主張の後に公開)は、タンパク質および1つ以上の安定化剤を含み、
(i)1つ以上の安定化剤が、タンパク質および水分子解離(water dissociation)によるイオン化生成物(ionised product)をプロトンと交換する能力を有するイオン性基を持ち;
(ii)該イオン性基が、プロトン化されている場合はプラスに荷電し、脱プロトン化されている場合は非荷電である第1の基、および、プロトン化されている場合は非荷電であり、脱プロトン化されている場合はプラスに荷電する第2の基を含み;および、
(iii)該組成物のpHは、pHに関するタンパク質の最大安定性の少なくとも50%であるタンパク安定性の範囲内であるか、またはpHに関して組成物が有する最大安定性であるpH値の±0.5 pHの範囲内である、
ことを特徴とする水性系を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(発明の概要)
本発明によると、ワクチン組成物は、上記の少なくとも(i)および(ii)により特徴づけられるタンパク質および1つ以上の安定化剤を含み、該タンパク質は固形物に吸着している。
【0008】
該安定化タンパク質は微生物学的に無菌状態にあり、例えばバイアル、シリンジまたはカプセルなどの密閉で無菌の容器に入れられるか保存される。
【0009】
タンパク質を、適切なpH、または周囲に対するプロトン交換平衡状態が保存安定性に対して最適化されている値付近(通常は0.5 pH単位内、望ましくは0.4 pH単位内およびより望ましくは0.2 pH単位内)にすることにより、最適化されていない状態(通常はpH7で)におけるタンパク質の保存安定性と比較して、タンパク質の保存安定性(室温(約20℃)または高温において)が、可能な限り大幅に増大し得る。
【0010】
一般的に保存安定性は、H3O+ (pKaは13.99である)およびOH-(pKaは-1.74である)よりも極端でない(less extreme)pKa値でタンパク質とプロトンを交換する能力を有する、1つ以上の種を含有する、1つ以上の添加剤の使用により、さらに増大することができる。以下に、より詳しく述べるように、第1および第2の基を有する1つ以上の添加剤を用いることが望ましい。このことおよびさらなる考察がWO2007/003936に記載されており、その内容を参照によりここに援用する。
【0011】
添加剤は、その総濃度が1 mMから1 Mの範囲の量で存在していることが好ましく、望ましくは1 mMから200 mM、最も望ましくは5 mMから100 mMである。何らかの実用的応用、特に医学的応用においては、多くの場合、可能な限り低い濃度での添加剤の使用が望まれるであろう。
【0012】
本明細書に記載のように、本発明の基礎となる発見は実践から裏付けられる論理的基礎を有す。実際に、本明細書は、利用可能な情報に基づいて、いずれかのタンパク質についての安定化システムがどのように決定できるかを記載する。それでもなお、本発明の利点は、溶液中の全てのタンパク質に対して、他の添加剤の存在に依存して、安定性とpH間の関係が存在し、かつ該タンパク質が最適安定性を示すpHが存在するという理解のもとで、実験的な根拠からも得られる。本明細書に示す情報に基づいて、当業者は有用となりそうな添加剤を容易に見いだすことができ、さらに、それらが本発明に記載の基準を実際に満たすかどうかを容易に判断できる。
【0013】
従って、本発明は、水性環境でのタンパク質の保存安定性において、活性が顕著に損失されることなく室温で長期間保存でき、冷凍または冷蔵の必要がなくなるように改良することを可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(望ましい態様の説明)
本発明の、特定の望ましい特徴を従属項に記載する。
当然のことながら、本発明は、タンパク質の安定性、特に水性環境(例えば水溶液、水性ゲル形態など)、および遊離水または結合水が存在する固体の状態(または他の非液体状態)におけるタンパク質の安定性に関連し、また、タンパク質の保存安定性、すなわち室温(約20℃)および上記における安定性を含む経時的安定性に関する。本明細書中で用いる用語“タンパク質”は、単一のポリペプチドを有する分子または分子複合体、2つ以上のポリペプチドを有する分子または分子複合体、および1つ以上の非-ポリペプチド部分(例えば補欠分子族、補因子など)と一緒に1つ以上のポリペプチドを有する分子または分子複合体を包含する。
【0015】
本発明は、タンパク質の構造的特徴、特に二次、三次および四次構造の保持、およびタンパク質の機能的特徴、特に抗原または受容体結合の保持が重要性を持つ、いかなるシステムに対しても適用可能である。
本発明の適用は、タンパク質の不可逆的な構造変化および不可逆的な凝集、および結果として生じるタンパク質活性の喪失の確率を顕著に減らす。
本発明は、単離または発現、精製、輸送および貯蔵を含む全商品寿命を通して、タンパク質の安定化に適用可能である。
【0016】
分子サイズに関して、本発明は、少なくとも二次または三次構造の基本モチーフを形成し得る、少なくとも2000の相対分子量を有するポリペプチドに適用できる。本発明の適用を制限する相対分子量の上限はない。
二次構造に関して、本発明は、いかなる割合のαへリックス、βシートおよびランダムコイルを有するタンパク質に対しても適用できる。
三次構造に関して、本発明は、球状タンパク質および繊維状タンパク質の両方に対して適用できる。本発明は、三次構造が非共有結合性相互作用のみにより維持されているタンパク質、並びに、三次構造が非共有結合性相互作用および1つ以上のジスルフィド架橋の組み合わせにより維持されているタンパク質に対して適用できる。
四次構造に関して、本発明は、モノマータンパク質、並びに2、3、4またはそれ以上のサブユニットを有するタンパク質に対して適用できる。本発明はまた、タンパク複合体に対しても適用できる。
【0017】
非タンパク質構成成分に関して、本発明は、どんな非ペプチド成分も含まないタンパク質、並びに糖タンパク質、リポタンパク質、核タンパク質、金属タンパク質およびタンパク質が全質量の少なくとも10%に相当する複合体を含有する他のタンパク質に対して適用できる。本発明は、それらの機能のために補因子を必要としないタンパク質、並びに、それらの機能のために補酵素、補欠分子族または活性化因子を必要とするタンパク質に対して適用できる。
【0018】
本発明は、疎水性、イオンまたはリガンド交換相互作用によって固体基板(例えばワクチンアジュバントなど)に結合するタンパク質に対して適用できる。本発明はまた、水性ゲル形態で溶解したタンパク質、および乾燥または凍結乾燥により水溶液から水が部分的または完全に除去されたが、遊離水または結合水がまだ存在している固体状態のタンパク質に対しても適用できる。
【0019】
該タンパク質は、天然または組み換え、グリコシル化または非-グリコシル化、自己分解性または非-自己分解性であることができる。本発明は、特に、ポリペプチド鎖から成るキー抗原(key antigen)を供する組み換えタンパク質ワクチン、並びに弱毒化ウイルスまたは全細胞ワクチンに対して適用できる。例えば、そのようなワクチンには:
B型肝炎ワクチン
マラリアワクチン
ヒト・パピローマワクチン
A型髄膜炎ワクチン
C型髄膜炎ワクチン
百日咳ワクチン
ポリオワクチン
が含まれる。
【0020】
本発明において用いられるタンパク質は、実質的に天然の状態で維持できる。本明細書の目的上、用語“天然タンパク質”は、保持された三次構造を有するタンパク質のことを言い、ある程度の構造異常または変性を受けたタンパク質と区別するために用いられる。天然タンパク質は、物理的な修飾よりもむしろ、何らかの化学的な修飾(例えば脱アミド)を受ける。
タンパク質は、例えばアルミナなどの固体表面に吸着する。場合によっては、表面にタンパク質を吸着させる前に、固体表面(例えばアルミナ粒子など)を安定化処方でプレ-インキュベートすることが効果的である。このことは、結果としてタンパク質のより大きな安定性をもたらす。
【0021】
免疫原性タンパク質の特別な例については、例えばリンタンパク質(例:B型肝炎など)はワクチンとしての使用を意図しているので、吸着剤/アジュバント(例えばアルミナなど)と一緒に用いられ、リガンド交換が生じる特別な例については、リン酸塩が望ましい安定化剤である。リン酸塩は、例えば処方にリン酸アニオン(> 20 mM)を含む場合、さらなる望ましい特性を提供すると思われる。リン酸塩の重要性の背後にある要因は完全には明らかでないが、リン酸アニオンは、ワクチンをアルミナに適切に結合する役割を果たすと考えられている(例えばIyer S. ら: Vaccine 22 (2004) 1475-1479を参照)。実施例に記載のとおり、B型肝炎ワクチンをリン酸アニオン存在下で新規安定化技術に基づく処方において55℃で7週間保存した場合、>95%の抗原活性の回収が認められた。該ワクチンがアルミナアジュバントに強く吸着し、ワクチン/アルミナ粒子の沈降速度に変化が生じないことを確かにするために、更なる実験を行った。医薬製剤においてリン酸塩をpH緩衝剤として使用することは非常に一般的であるが、本発明におけるその利用は、該処方のpHが5.2(すなわちリン酸塩の緩衝能がほとんどない条件)であることから、独特である。
【0022】
タンパク分子を安定化するために、タンパク質表面でのプロトン交換の頻度およびエネルギーを最小にすることが必要である。本発明の態様において、プロトン交換の以下の3つのエネルギー関連態様が考えられる。:
(1)該表面でのプロトン交換の頻度を最小化することにより、タンパク質安定性を高めることができる。
(2)全てのプロトン化可能なアミノ酸側鎖の自由エネルギーは、脱プロトン化状態よりもプロトン化状態におけるほうが低いので、プロトン化状態において側鎖の比率をできるだけ高く維持することにより、タンパク質安定性を高めることができる。
(3)タンパク質の表面でのアミノ酸側鎖の酸塩基動的平衡はプロトンと周囲分子の連続的交換により維持されるため、および、そのようなプロトン交換の間に放出されるエネルギー量は、関与する種間のpKaの差違に依存するので、“活発な”プロトン交換(特に、H3O+およびOH-を含むもの)の代わりに“穏やかな”プロトン交換(極端でないpKa値を有する化学種を含む)を用いることがタンパク質安定性に有効である。このことは、H3O+およびOH-の濃度を最小化し、より極端でないpKa値でプロトンを交換できる種を取り入れることによって達成可能である。
【0023】
プロトン交換頻度
化合物のpKaは、その酸塩基挙動の指標である。該値は温度によって変化し、アミノ酸側鎖のpKa値は遊離アミノ酸のpKa値と同じである必要はない(その差が大きすぎてはいけないけれども)ことに注意すべきである。タンパク質アミノ酸の側鎖のpKa値は、所定のpHにおけるプロトン化と脱プロトン化状態の相対比を決定する。このことはWO2007/003936の図1に示される。
【0024】
アミノ酸側鎖と周囲の分子との間におけるプロトン交換の頻度(または比)はpH=アミノ酸のpKaのときに最大となり得る。このpHでは、側鎖のプロトン化および脱プロトン化状態の量が同じであるように、平衡が維持される。このことは結果的に、プロトン化/脱プロトン化サイクルの最大比をもたらす。該pHがアミノ酸のpKaから離れている場合、プロトン化状態(高いpHにおける)または脱プロトン化状態(低いpHにおける)のいずれかの比率が低いことにより、プロトン化/脱プロトン化サイクルの比が減少する。例えば、グルタミン酸の場合、最大プロトン交換頻度はpH4.15付近で生じ、ヒスチジンの場合はpH6付近で生じる、などである。7つのアミノ酸のプロトン交換の相対比は、WO2007/003936の図2にpHの関数として示される。該相対比は、アミノ酸側鎖のプロトン化(HA)および脱プロトン化(A)状態の濃度の積として表され、アミノ酸側鎖の合計の無次元濃度を任意に1と選択する。従って、プロトン交換の最大比に対応するy軸上の値は、0.5 × 0.5=0.25である。
【0025】
タンパク質安定性は、プロトン交換の全体頻度、すなわちタンパク質表面における全てのプロトン交換の合計を最小化することにより高めることができる。プロテアーゼ酵素パパインに関して、プロトン交換頻度の全体頻度の例がWO2007/003936の図3に示される。これは個々のアミノ酸のプロトン交換頻度を合計することにより算出され、一方、各アミノ酸の相対的寄与はパパイン配列におけるその相対的存在量により決定された。パパイン安定性のpH最適条件は5.8から6.2の間であることが実験的に見いだされた。これはプロトン交換比の最小値にほぼ一致する。
【0026】
しかしながら、プロトン交換の相対頻度はタンパク質安定性/不安定性の要因の一つでしかなく、他の要因と関連して考察しなくてはならない(以下参照)。このことは、プロトン交換の頻度がpH最適条件の良い指標である一方、プロトン交換頻度の分析結果の最小値において、最大安定性が正確に得られる必要はないことを意味する。
【0027】
側鎖の自由(ギブズ)エネルギーの最小化
全てのプロトン化可能なアミノ酸側鎖のギブズの自由エネルギーは、脱プロトン化状態におけるよりも、プロトン化状態における方が低い。これは、自由電子対(タンパク質が結合する)は、プロトン非存在下に比べてプロトン存在下におけるエネルギーが低いことが原因である。従って、アミノ酸側鎖へのプロトンの結合は、タンパク質全体の全自由エネルギーを減少させる。それ故に、該タンパク質安定性は、その表面におけるアミノ酸のプロトン化の最大化により増大され得る。
【0028】
2つのモデルタンパク質(グルコースオキシダーゼおよびパパイン)の表面における全プロトン化の割合が、pHの関数として、WO2007/003936の図4に示される。これは、2つのタンパク質の配列中のプロトン化可能な全アミノ酸のプロトン化状態の割合を合計することにより算出された。グルコースオキシダーゼは低い等電点(pI = ほぼ 4.4)を有するタンパク質の例である一方、パパインは非常に高い等電点(pI = ほぼ 8.7)を有する酵素である。このことは、プロトン化特性に反映される。中性pH(〜7)における側鎖プロトン化の割合は、グルコースオキシダーゼの場合よりもパパインの場合の方が顕著に高い。それ故に、パパインの場合よりもグルコースオキシダーゼの場合の方が、pH最適条件をより低いpHへ向けやすい傾向がある。
【0029】
酵素安定性についての実際のpH最適条件は、常に、プロトン交換頻度に基づいて算出された理論上のpH最適条件から、低いpHの方へ少なくともわずかに(またはより顕著に)離れていることが、実験的に見いだされた。プロトン化の度合いは、明らかに、プロトン交換頻度に基づいて算出される理論的なpH最適条件から、pH最適条件が低いpH方向にどのくらいシフトしているかを決定する重要な要素である。プロトン化の度合いは、タンパク質のpIと密接に関連しているので、この効果は以下のように要約することができる:高いpIを有するタンパク質は、実際のpH最適条件を低いpHの方へシフトする小さな傾向のみ有するが、低いpIを有するタンパク質は、pH最適条件を低いpHの方へシフトするより大きな傾向を有する。
【0030】
プロトン交換中に放出されるエネルギーの最小化
プロトン交換中に放出されるエネルギーの量は、関与する種の間におけるpKaの差違に依存する。それ故に、極端な(extreme)pKaの化合物(特に、H3O+およびOH-を含むもの)との連続的な相互作用の衝撃を最小化すること、およびこれらが、極端でないpKa値を有する化合物との相互作用により置き換えられるのを確実にすることは、タンパク質の安定性に対して有効である。
【0031】
水溶液において“極端なpKa値”を有する優性種(dominant species)はH3O+およびOH-である。化学種のpKa値がより極限であるほど、この種は、“高エネルギー”状態(すなわち、強酸の場合はプロトン化状態、または、強塩基の場合は脱プロトン化状態)において生じにくい。該種がタンパク質にとって有害であるほど、水溶液中で生じにくく、これはタンパク質を保護する有用なフィードバックメカニズムであると言われている。該フィードバックメカニズムはまた、H3O+およびOH-にも適用する。しかしながら、これら2つの種は水から生じ(プロトン化または脱プロトン化により)、水溶液中のその濃度は極めて高く(〜55.5 M)、言い替えれば、これら“高エネルギー”種の相対的存在量を増加させる。従って、H3O+およびOH-の極端なpKaが与えられれば、これらの種の濃度は常に非常に高いであろう(例えば、55.5mM濃度で存在する添加物由来の匹敵するpKaの他の種の濃度よりも3桁高い)。
【0032】
所定のpHの25℃における水溶液中のH3O+およびOH-の濃度がWO2007/003936の図6に示される。これは、H3O+およびOH-の総濃度が最小 (200 nM)pHであることから、タンパク質安定性の最適pHは7でなくてはならないといういくつかの論理が存在するようである。比較として、pH 6または8でのH3O+およびOH-の合計濃度は1.1 μM、pH 5または9では10.01 μM、など。それにもかかわらず、これは、H3O+およびOH-の濃度が破壊的なプロトン交換の確率を決定する唯一のパラメーターである場合のみであろう。上記のように、該確率は、所定のpHにおけるタンパク質のプロトン化状態にも依存する。さらに、それは、タンパク質の全アミノ酸組成物に依存し、タンパク質がH3O+ 攻撃または OH- 攻撃の影響を全体としてより受けやすいかどうかを決定する。従って、pH最適条件は7からかなり離れ得る。
【0033】
アミノ酸側鎖とH3O+またはOH-の間におけるプロトン交換のエネルギーインパクトを表1に示す。該インパクトは、衝突する化学種間におけるpKaの差違として表される(pKaの差違は、衝突中に放出されるエネルギーに比例している)。
【0034】
【表1】

【0035】
より酸性のアミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸およびヒスチジン)の場合は、より多くのエネルギー放出をもたらすOH-との相互作用である一方、よりアルカリ性のアミノ酸の場合は、より不安定化させるH3O+との相互作用である。
【0036】
タンパク質には、低エネルギーのプロトン化状態においてできるだけ多くのアミノ酸側鎖を維持するという傾向があることから、3つのアルカリ性側の側鎖(チロシン、リジンおよびアルギニン−全て pKa > 10を有する)は最適条件において実質的に完全にプロトン化されており、従って、プロトン交換におけるそれらの結合は最小であるだろうと予想することができる。この予想は実験結果に一致する:試験したモデルタンパク質のpH最適条件は4.8〜8.0の範囲であった。pH8.0においてでさえ、チロシン、リジンおよびアルギニンは、ほぼ完全にプロトン化されている。従って、H3O+またはOH-に対するタンパク質の感受性を決定することによりタンパク質安定性に対する最適条件を決定するのは、システイン、ヒスチジン、グルタミン酸およびアスパラギン酸の相対的存在量である。
【0037】
低いpIを有するタンパク質は、それらのpH最適条件をより低い値に押しやる傾向があるだろう。これは、低いpIのタンパク質はより高い割合の最も酸性のアミノ酸(アスパラギン酸およびグルタミン酸)を含み、OH-攻撃に対して特に感受性が高い(表1参照)からである。
【0038】
pHの調節が、タンパク質安定性を改善できる唯一の手段ではない。該安定性は、さらに、タンパク質のアミノ酸側鎖との“穏やかな”プロトン交換で結合することで、H3O+またはOH-との破壊的で “活発な”プロトン交換の確率をさらに減少させ得る化合物を添加することによっても改善できる。
【0039】
2つの酸-塩基官能基が組み込まれている場合に、最良の結果が得られることが実験的に見いだされた。望ましくは、第1の官能基は、pH最適条件よりも少なくとも1単位高いpKaを有し、該pH最適条件においてプラスに荷電している。このことは、プロトンを受容する間に基の電荷が中性からプラスに転換することを意味する(例えばアミノ基、プリン、TRISなど)。第2の官能基は望ましくはpH最適条件よりも少なくとも1単位低いpKaを有し、pH最適条件においてマイナスに荷電している。このことは、プロトンを受け入れる間に基の電荷がマイナスから中性に転換する(例えばカルボン酸基)ことを意味する。
【0040】
最適pHを維持するために、添加剤と一緒に少量の緩衝剤を用いることができるが、必須ではない。添加剤の配合は、タンパク質安定性のpH最適条件にわずかに影響を及ぼし得る(添加剤の性質および量に依存して、約0.5 pH単位以内)。
【0041】
第1の基(すなわちpH最適条件においてプラスに荷電している)の相対的過剰が、タンパク質安定性に対して有効であることもまた見いだされた。このことは、アスパラギン酸およびグルタミン酸のマイナスに荷電した側鎖とイオン結合を形成することにより、理論的に説明できる;これらの側鎖を大部分プロトン化するためには、該pH最適条件が4より大きく下回っていなくてはならないだろう。そのようなイオン結合は、プロトンの結合がそうであるように、これらの側鎖の自由電子対のギブスエネルギーを低下させ得るだろう。
【0042】
既知のタンパク質のアミノ酸配列およびその等電点に基づいてpH最適条件をうまく予測できるようにするために、ひとつのアルゴリズムが導き出された。全アミノ酸配列を用いることで予測可能であるが、タンパク質の表面に接近できるアミノ酸側鎖のみを考慮することを推奨する。全アミノ酸配列とタンパク質構造における個々のアミノ酸の接近可能性の両者を、Protein Data Bank 情報データベース(http://www.rcsb.org/pdb)を用いて見いだすことができる。アミノ酸の接近可能性の推定については、DEEP VIEW protein software (http://www.expasy.org/spdbvで入手可能)をダウンロードすることが必要である。
【0043】
該アルゴリズムは以下の3つの工程を含む。
工程 1: (これはMS-Excelで簡単にできる。)
プロトン交換頻度関数(P)を計算し、pHに対してプロットする:
【数1】

式中、]
【数2】

Mは、タンパク質単位の相対分子量であり、
Nは、タンパク質単位中の所定のアミノ酸側鎖の数であり(1=アスパラギン酸、2=グルタミン酸、3=ヒスチジンなど)、
[HA]は、所定のpHにおけるプロトン化状態のアミノ酸の割合であって、0 < [HA] < 1であり、
[A]は、所定のpHにおける脱プロトン化状態のアミノ酸の割合であって、0 < [A] < 1である。
pHに対してプロットした場合、該プロトン交換頻度の特性が得られる。;
工程 2:以下のように、pHシフトの大きさ(本明細書中ではXと示す)を計算する:
【数3】

式中、全アミノ酸組成物を用いる場合、A = -1.192 および B = 10.587;および、
タンパク質の表面で接近可能な(accessible)アミノ酸のみを用いる場合、A = -0.931 および B = 8.430である。
pH 4〜9の間において、工程1で得られた関数の最小値を見いだす。計算したpHシフト値を最小値に加えて値Yを得る:
【数4】

P対pHグラフにおいて値Yに対応するpHを読む。P対pHグラフにおける値Yに対応する2つのpH値が常に存在し得る(ひとつはPminimumより小さく、ひとつはPminimumより大きい)。該値はPminimumより小さい(すなわち、より低いpH値方向へ)ものを読むことが重要である。これが酵素の安定性に対して推定されるpH最適条件である。パラメーターX、YおよびPminimumの関係は、WO2007/003936の図7に示される。
工程 3: pH最適条件が選択されたら、1つ以上の以下の官能基を含む1つ以上の添加剤が選ばれる。
【0044】
官能基 1:
第1の官能基は、タンパク質安定性に対するpH最適条件(工程1 および 2において推定された)より高いpKaを有し、pH最適条件においてプラスに荷電している。このことは、プロトンを受容する間に、基の電荷が中性からプラスに転換することを意味する。
官能基のpKaは、タンパク質安定性に対するpH最適条件よりも高くなければならない。望ましくは、5 pH単位以内の範囲で、pH最適条件より大きいべきである。より望ましくは、0.5 - 4 pH単位以内の範囲で、pH最適条件より大きいべきである。最も望ましくは、1 - 3 pH単位以内の範囲で、酵素に対するpH最適条件より大きいべきである。
【0045】
官能基 2:
第2の官能基は、タンパク質安定性に対するpH最適条件(工程1 および 2において推定された)よりも少なくとも1単位低いpKaを有し、pH最適条件においてマイナスに荷電している。このことは、プロトンを受容する間に、基の電荷がマイナスから中性に転換することを意味する(例えば カルボン酸基)。
官能基のpKaは、タンパク質安定性に対するpH最適条件よりも低くなければならない。望ましくは、5 pH単位以内の範囲でpH最適条件よりも低いべきである。より望ましくは、0.5 - 4 pH単位以内の範囲でpH最適条件よりも低いべきである。最も望ましくは、1 - 3 pH単位以内の範囲で酵素に対するpH最適条件よりも低いべきである。
該処方は、第1の官能基(すなわちプラスに荷電しているもの)のみを含むことができる。望ましくは、該処方は、第1および第2の官能基を両方とも含む。
【0046】
該2つの官能基をひとつの化合物に含むことができる(例えばアミノ酸)。望ましくは、該2つの官能基は1つ以上の添加剤に位置する(例えば、ある添加剤は第1のマイナスに荷電した基を有し、他の添加剤は第2のプラスに荷電した基を有する)。処方に添加する2つのタイプの官能基の各々の数に制限はない。
場合によっては、マイナスに荷電した基の量に対してプラスに荷電した官能基を相対的に過剰に組み入れることが有効となり得る。
添加剤の緩衝能は、それらのpKaがpH最適条件から約1 pH単位のみの範囲において十分であることができる。該pKaがさらに離れると、それらの緩衝能は低下することがある。従って、必要とされるpHを維持するために、pH最適条件に近いpKaを有する緩衝剤を低濃度、用いることができる。
【0047】
安定化添加剤として有効に組み入れられる、2つの官能基の各々に対する基の種類のいくつかの例を、表2に示す。
【表2】

【0048】
可能な添加剤成分とpKa値の具体例のリストを表3に示す。
【表3】

【表4】

【表5】

【0049】
上記の物質は、例示目的のためだけに示す。当業者においては、特定のタンパク質に特有の態様が考慮されなければいけないことが、当然理解されるであろう。例えば、選択された添加剤がタンパク質活性を阻害しないことを確実とすることが重要である。また、タンパク質の熱安定性を改善するために用いられる化合物は、用いられる条件下においてそれ自体が安定であることを確実とすることも重要である。
【0050】
本発明は、タンパク質安定性に対する他の確立されたアプローチ法と合わせることができる。例えば、試料中に存在するプロテアーゼ活性によりタンパク質が徐々に分解されないように、プロテアーゼ阻害剤を該処方に組み入れることができる。
【0051】
用いることのできる別の添加剤には多価アルコールがある(例えば、少なくとも0.5%濃度、通常は最大5重量%までの濃度)。そのような化合物の例は、例えばイノシトール、ラクチトール、マンニトール、キシリトールおよびトレハロースなどといった糖類である。
【0052】
本発明の適用により安定化されたタンパク質製剤のイオン強度は、該製剤の使用目的(例えば、治療用の等張製剤)の要件を満たすように調節できる。重要なことには、原則的に室温でのタンパク質の安定性はより高い温度における場合を反映し、活性低下速度は、高温(例えば60℃)の場合と比べて室温の場合の方がかなり遅いことが、実験により繰り返し示されている。
【0053】
以下の実施例が本発明を説明する。
【実施例】
【0054】
実施例 - B型肝炎組み換えワクチン
B型肝炎ワクチンのin vitro 抗原活性を、AUSZYME monoclonal diagnostic kit (Abbott Laboratories; cat no. 1980-64)を用いて測定した。該抗原活性を、全細胞ワクチンおよび遠心分離後の上清(13,000 RPM、5分)の両方において測定した。各サンプルを3回測定した。該抗原活性は未処理の冷蔵保存ワクチンの測定値に対するパーセンテージで表した:
【数5】

式中:
Rは抗原活性の回収(%)であり、
NはネガティブコントロールのAUSZYME測定値であり、
C1、C2およびC3はコントロールサンプル(すなわち未処理の冷蔵保存ワクチン)であり、
S1、S2およびS3はテストサンプルの3回繰り返しのAUSZYME測定値である。
【0055】
B型肝炎ワクチンの残存抗原活性を、55℃で、2、4および7週間インキュベートした後に検査した。ヒスチジンおよびリン酸アニオンを有し、最適pHに調整した安定化処方は、7週間後において元の抗原活性の>95%を維持していた。対照的に、オリジナルのワクチン製剤(18 mMリン酸緩衝液、pH 6.9-7.1、132 mM塩化ナトリウム含有)の残存抗原活性はこの時点で < 10%であった。安定化処方の遠心後の上清において測定された抗原活性は、オリジナルサンプルの上清において測定されたものと同程度であったことから、該安定化処方はアルミナ-抗原結合に影響を及ぼさないと思われた。リン酸アニオンの存在が、ワクチンのアルミナへの最適な結合を確実にすると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固形物に吸着したタンパク質および1つ以上の安定化剤を含み、1つ以上の安定化剤がタンパク質および水分子解離のイオン化生成物とプロトンを交換する能力のあるイオン性基を有し、さらに該イオン性基が、プロトン化された場合にプラスに荷電し、脱プロトン化された場合には非荷電である第1の基、およびプロトン化された場合には非荷電で、脱プロトン化された場合にはマイナスに荷電する第2の基を含む、水性ワクチン組成物。
【請求項2】
該イオン性基を有する安定化剤を一つ含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
各々が該第1および第2のイオン性基を有する2つの安定化剤を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
組成物がpHに関して最大安定性を示すpHの±0.5 pH単位内のpHを有する、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
該第1および第2の基がそれぞれ、組成物のpHよりも高いおよび低いpKa値を有し、これらの基の少なくとも50%がイオン化されている、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
少なくとも80%の基がイオン化されており、望ましくは該基が実質的に完全にイオン化されている、請求項4に記載の組成物。
【請求項7】
各pKa値が、組成物のpHのそれぞれ0.5から4 pH単位内である、請求項5または6に記載の組成物。
【請求項8】
各pKa値が、組成物のpHのそれぞれ1から3 pH単位内である、請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
pHが4から9である、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項10】
さらに多価アルコールを含む、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項11】
少なくとも0.5重量%の多価アルコールを含む、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
少なくとも0.1重量%の1つ以上の安定化剤を含む、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項13】
少なくとも0.5重量%の1つ以上の安定化剤を含む、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
最大200 mMの安定化剤を含む、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項15】
最大100 mMの安定化剤を含む、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項16】
該タンパク質が天然状態である、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項17】
タンパク質安定性を、その機能的および/または構造的特徴の保持の観点から測定する、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項18】
該タンパク質が免疫原性である、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項19】
水溶液、懸濁液または分散液である、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項20】
該固形物が例えばアルミナといったワクチンアジュバントである、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項21】
さらにリン酸塩を含む、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項22】
ヒトまたは動物の治療のための、前述の請求項のいずれかに記載の組成物。
【請求項23】
前述の請求項のいずれかに記載の組成物を含有する密閉容器。
【請求項24】
請求項1から21に記載の組成物を乾燥させることにより得られ、再構成が可能である、実質的に乾燥した製剤。

【公表番号】特表2009−537623(P2009−537623A)
【公表日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−511573(P2009−511573)
【出願日】平成19年5月22日(2007.5.22)
【国際出願番号】PCT/GB2007/001898
【国際公開番号】WO2007/135425
【国際公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【出願人】(508002933)アレコー・リミテッド (5)
【氏名又は名称原語表記】ARECOR LIMITED
【Fターム(参考)】