説明

安定な抗体の水溶液製剤

【課題】抗体を含有するpH6.00〜7.00である水溶液製剤、特に長期保存した後も抗体が安定である水溶液製剤の提供。
【解決手段】緩衝剤、界面活性剤、抗酸化剤、等張化剤および抗体を含むpH6.00〜7.00である水溶液製剤。ここで界面活性剤がポリソルベート、より好ましくはポリソルベート80であり、抗酸化剤がメチオニンであり、等張化剤が糖またはソルビトールであり、緩衝剤の濃度が10〜20mM、界面活性剤がポリソルベート80であってその濃度が0.5〜1.0mg/mL、抗酸化剤のメチオニンの濃度が10〜15mMである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗体を含有するpH6.00〜7.00である水溶液製剤に関し、特に長期保存した後も抗体が安定である水溶液製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の生物工学の進展に伴って、組み換えDNA技術を駆使し、医療用途のタンパク質を大量に純度よく作り出すことが可能となった。それゆえ、タンパク質を含有する注射用製剤が多数市場に供給されており、長期保存した後も活性成分の損失が少ない、安定化されたタンパク質含有製剤とするための種々の工夫がなされている。タンパク質が伝統的な有機薬物および無機薬物よりも大型で複雑な(すなわち、複雑な三次元構造に加えて多数の官能基を有する)ことから、当該タンパク質の製剤は特別な問題を提起する。タンパク質が生物学的に活性のままであるためには、そのタンパク質のアミノ酸の少なくともコア配列のコンフォメーションが損なわれないような状態を保ち、かつ、そのタンパク質の多数の官能基を分解から保護しなければならない。
【0003】
タンパク質の活性成分が失われる原因としては、その化学的不安定性(結合の形成または開裂によるタンパク質の改変等に繋がる)または物理的不安定性(タンパク質の高次構造の変化等に繋がる)が挙げられる。タンパク質の化学的不安定性により、脱アミド化、ラセミ化、加水分解、酸化、β−脱離またはジスルフィド交換等が生じる。物理的不安定性により、変性、凝集、沈殿または吸着等が生じる(Clelandら、Critical Reviews in Therapeutic Drug Carrier Systems 10(4): 307-377 (1993))。タンパク質の化学的不安定性および物理的不安定性による活性成分の減少を防ぐため、タンパク質を含有する製剤は、タンパク質と種々の添加剤、例えば希釈剤、溶解補助剤、賦形剤、無痛化剤、緩衝剤、含硫還元剤、酸化防止剤、安定化剤、界面活性剤等を緩衝液に溶解して製造される。
【0004】
一般に、タンパク質を高濃度溶液にて保存する場合、不溶性凝集体の生成を始めとする劣化現象が問題となり、それを防止する必要がある。高濃度溶液とするタンパク質としては、例えば抗体が挙げられる。抗体は不安定なタンパク質であり、精製工程において実施するウイルス除去のための濾過ストレスの他、濃縮ストレス、熱ストレス等によって物理的あるいは化学的変化を生じやすい。このような化学的、物理的変化を抑制するために、安定化剤としてヒト血清アルブミンあるいは精製ゼラチン等のタンパク質、或いはポリオール類、アミノ酸および界面活性剤等といった低分子類を添加することが知られている。しかしながら、生体由来のタンパク質を安定化剤として添加することは、それに由来するウイルス等のコンタミを除去するために非常に煩雑な工程を必要とする等の問題があった。また、ウイルスの不活性化を目的として加熱処理を行う際、熱ストレスによる凝集等の問題を生じることがあった。これまでに、タンパク質の劣化を抑制し安定に保存する方法の一つとして、凍結乾燥による安定化が広く用いられているが、凍結乾燥は非常に時間がかかり、かつエネルギーを消費するので、結果としてコストがかかる。また、凍結乾燥製剤は溶解させてから投与しなければならないため、医療従事者にとって作業負担となるため、溶液状態において安定なタンパク質製剤が望ましい。
【0005】
溶液状態で安定なタンパク質製剤に関して以下の文献がある。
欧州特許第0073371号(特許文献1)では、静脈内に投与でき、pHが3.5〜5.0である免疫グロブリン組成物が開示されている。しかし、このような低いpH値は、注射部位で望ましくない不耐性反応をもたらす。
【0006】
米国特許第6,171,586号(特許文献2)では、pH4.5〜6.0、界面活性剤およびポリオールを含有する抗体製剤が開示されている。しかし、抗酸化剤を適宜使用可能との開示があるに留まりその効果については不明である。
【0007】
国際公開第WO2001/047554号(特許文献3)には、リン酸を緩衝剤とするpH5.5〜7.0の抗体を含む製剤が開示されている。しかし、抗酸化剤の使用についての開示はない。
【0008】
特表2006−511457号(特許文献4)には、クエン酸及び/又はリン酸を緩衝剤とするpH4〜8の抗体を含む製剤が開示されている。しかし、pHの範囲は非常に広く、また抗酸化剤を適宜使用可能との開示があるに留まりその効果については不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】欧州特許第0073371号明細書
【特許文献2】米国特許第6,171,586号明細書
【特許文献3】国際公開第WO2001/047554号
【特許文献4】特表2006−511457号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、抗体を含有するpH6.00〜7.00である水溶液製剤、特に長期保存した後も抗体が安定である水溶液製剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、抗酸化剤を含まず、界面活性剤を含むpH6.00〜7.00である抗体含有水溶液製剤は、長期保存した後に抗体が安定でないことを見出した。そして、それに対し抗酸化剤および界面活性剤を含むpH6.00〜7.00である抗体含有水溶液製剤を作製し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 緩衝剤、界面活性剤、抗酸化剤、等張化剤および抗体を含むpH6.00〜7.00である水溶液製剤。
[2] 抗体がモノクローナル抗体である、[1]に記載の水溶液製剤。
[3] モノクローナル抗体が全長抗体である、[2]に記載の水溶液製剤。
[4] 全長抗体の重鎖定常領域のクラスがIgGである、[3]に記載の水溶液製剤。
[5] IgGのサブクラスがIgG1である、[4]に記載の水溶液製剤。
[6] 抗体がヒト抗体である、[1]〜[5]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[7] 抗体がヒト型化抗体である、[1]〜[5]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[8] 抗体の濃度が0.1〜200mg/mLである、[3]〜[7]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[9] 抗体の濃度が2〜20mg/mLである、[8]に記載の水溶液製剤。
[10] 界面活性剤がポリソルベートである、[1]〜[9]のいずれかに記載の水溶性製剤。
[11] ポリソルベートがポリソルベート80である、[10]に記載の水溶性製剤。
[12] ポリソルベート80の濃度が0.01〜10mg/mLである、[11]に記載の水溶液製剤。
[13] ポリソルベート80の濃度が0.5〜1.0mg/mLである、[12]に記載の水溶液製剤。
[14] 抗酸化剤がメチオニンである、[1]〜[13]のいずれかに記載の水溶性製剤。
[15] メチオニンの濃度が0.1〜1000mMである[14]に記載の水溶液製剤。
[16] メチオニンの濃度が10〜15mMである[15]に記載の水溶液製剤。
[17] 等張化剤が糖である、[1]〜[16]のいずれかに記載の水溶性製剤。
[18] 糖が非還元糖である、[17]に記載の水溶性製剤。
[19] 非還元糖がソルビトールである、[18]に記載の水溶性製剤。
[20] 緩衝剤の濃度が1〜200mMである、[1]〜[19]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[21] 緩衝剤の濃度が10〜20mMである、[20]に記載の水溶液製剤。
[22] pHが6.00〜6.50である、[1]〜[21]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[23] pHが6.20〜6.30である、[22]に記載の水溶液製剤。
[24] 緩衝剤の濃度が10〜20mM、界面活性剤がポリソルベート80であってその濃度が0.5〜1.0mg/mL、抗酸化剤がメチオニンであってその濃度が10〜15mM、等張化剤がソルビトール、抗体がモノクローナル全長抗体かつその重鎖定常領域のクラスがIgGであってその濃度が2〜20mg/mL、およびpHが6.00〜6.50である、[1]に記載の水溶液製剤。
[25] 緩衝剤の濃度が10〜20mM、界面活性剤がポリソルベート80であってその濃度が0.5〜1.0mg/mL、抗酸化剤がメチオニンであってその濃度がM/P値5〜50から算出される濃度であって、等張化剤がソルビトール、抗体がモノクローナル全長抗体かつその重鎖定常領域のクラスがIgGであってその濃度が2〜20mg/mL、およびpHが6.00〜6.50である、[1]に記載の水溶液製剤。
[26] M/P値が10〜30である、[25]に記載の水溶液製剤。
[27] 緩衝剤の濃度が10〜20mM、抗酸化剤がメチオニンであってその濃度が10〜15mM、界面活性剤がポリソルベート80であってその濃度がM/P値5〜50から算出される濃度であって、等張化剤がソルビトール、抗体がモノクローナル全長抗体かつその重鎖定常領域のクラスがIgGであってその濃度が2〜20mg/mL、およびpHが6.00〜6.50である、[1]に記載の水溶液製剤。
[28] M/P値が10〜30である、[27]に記載の水溶液製剤。
[29] pHが6.20〜6.30である、[24]〜[28]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[30] IgGのサブクラスがIgG1である、[24]〜[29]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[31] 抗体がヒト抗体である、[24]〜[30]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[32] 抗体がヒト型化抗体である、[24]〜[30]のいずれかに記載の水溶液製剤。
[33] 緩衝剤がリン酸、グリシン、ヒスチジン、クエン酸、マレイン酸または酢酸である、[1]〜[32]のいずれかに記載の水溶液製。
【発明の効果】
【0013】
実施例に示すように、緩衝剤、界面活性剤、抗酸化剤、等張化剤および抗体を含むpH6.00〜7.00である水溶液製剤は、25℃で3箇月間あるいは40℃で1箇月間保存しても、保存期間中抗体が安定である。従って、本発明の水溶液製剤は、長期間保存した後も抗体が安定であるため抗体含有医薬製剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】モノクローナル全長抗体であってかつその重鎖定常領域のサブクラスがIgG1であるヒト抗体(以下、ヒトIgG1抗体)を含む各水溶液製剤を25℃で3箇月または40℃で1箇月保存したときの酸化体の量を示す図である。酸化体の量は疎水HPLC検定(HIC)により評価した。
【図2】ヒトIgG1抗体を含む各水溶液製剤を25℃で3箇月または40℃で1箇月保存したときの酸化体の量を示す図である。酸化体の量は疎水HPLC検定(HIC)により評価した。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の抗体を含む水溶液製剤(水性製剤)は、治療効果を有する抗体が水溶液に溶解した形態を有する水溶液医薬製剤であり、該製剤中には緩衝剤、界面活性剤、抗酸化剤、等張化剤が含まれ、水溶液製剤のpHは6.00〜7.00であり、製剤中に含まれる抗体が安定に保持される。以下、本発明の水溶液製剤に含まれる物質について説明する。
【0016】
(1)「抗体」
本発明の水溶液製剤に使用する抗体は、最も広い意味で使用され、所望の抗原と結合する等の所望の生物学的活性を示す限りはモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、および抗体フラグメント(抗原結合部位を含み、例えばFab, Fab', F(ab'),Fv、一本鎖抗体が挙げられる)を含む。この中でも本発明の抗体はモノクローナル全長抗体であることが好ましい。本発明のモノクローナル抗体とは、単一クローンの抗体産生細胞が分泌する抗体であり、ただ一つのエピトープ(抗原決定基ともいう)を認識し、モノクローナル抗体を構成するアミノ酸配列(1次構造)が均一である。モノクローナル抗体はいかなる方法で製造されたものでもよいが、例えば抗体遺伝子を含む発現ベクターで形質転換した形質転換体により生産される遺伝子組換え抗体、および以下に述べるハイブリドーマが産生する抗体をあげることができる。
【0017】
例えば、モノクローナル抗体は、基本的には公知技術を使用し、感作抗原を通常の免疫方法にしたがって免疫し、得られる免疫細胞を通常の細胞融合法によって公知の親細胞と融合させ、通常のスクリーニング法により、モノクローナルな抗体産生細胞をスクリーニングすることによって作成できる。さらに、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマが産生するモノクローナル抗体に限られるものではなく、ヒトに対する異種抗原性を低下させること等を目的として人為的に改変されたキメラ抗体を含む。あるいは再構成(reshaped)したヒト型化抗体を本発明に用いることもできる。これはヒト以外の哺乳動物、たとえばマウス抗体の相補性決定領域によりヒト抗体の相補性決定領域を置換したものであり、その一般的な遺伝子組換手法も知られている。その既知方法を用いて、再構成ヒト型化抗体を得ることができる。なお、必要に応じ、再構成ヒト型化抗体の相補性決定領域が適切な抗原結合部位を形成するように抗体の可変領域のフレームワーク(FR)領域のアミノ酸を置換してもよい(Satoら、Cancer Res.53:1-6,1993)。さらに、トランスジェニック動物等によって作製されたヒト抗体も好ましい。ヒト抗体の重鎖定常領域のクラスにはIgA、IgM、IgEおよびIgGが存在し、IgGのサブクラスにはIgG1、IgG2、IgG3およびIgG4が存在する。本発明の水溶液製剤に使用する抗体がヒト抗体の重鎖定常領域を有する場合には、クラスはIgGであることが好ましく、さらにIgGのサブクラスはIgG1であることが好ましい。例えば、モノクローナル全長抗体であってかつその重鎖定常領域のサブクラスがIgG1である抗体(以下、IgG1抗体)が挙げられる。抗体がヒト重鎖定常領域を有するモノクローナル抗体である場合は、該重鎖定常領域は、天然に存在する重鎖定常領域(例えば、IgG1、IgG2、IgG3およびIgG4)において1個以上のアミノ酸が欠失、付加、置換および/または挿入されたモノクローナル抗体も、本発明の抗体に包含される。欠失、置換、挿入および/または付加されるアミノ酸の数は1個以上でありその数は特に限定されないが、部位特異的変異導入法[Molecular Cloning 2nd Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)、Current protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons (1987−1997)、Nucleic Acids Research, 10, 6487 (1982)、Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 79, 6409 (1982)、Gene, 34, 315 (1985)、Nucleic Acids Research, 13, 4431 (1985)、Proc. Natl. Acad. Sci USA, 82, 488 (1985)]などの周知の技術により作製できる。1〜数十個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個(例えば、1個、2個、3個、4個または5個)である。
【0018】
本発明の水溶液製剤に使用する抗体に対して、放射性同位元素、低分子の薬剤、高分子の薬剤、タンパク質(例えば、抗体)などを、化学的あるいは遺伝子工学的に結合させてたもの(以下、抗体の誘導体)を、本発明の水溶液製剤に使用することができる。
【0019】
本発明における、抗体の誘導体は、そのH鎖あるいはL鎖のN末端側あるいはC末端側、抗体中の適当なアミノ酸の側鎖あるいは糖鎖などに、放射性同位元素、低分子の薬剤、高分子の薬剤、タンパク質(例えば、抗体)などを、化学的あるいは遺伝子工学的手法[抗体工学入門, 地人書館 (1994)]により結合させることにより製造することができる。
【0020】
本発明の水溶液製剤中に含まれる抗体の量は、治療に有効な量、すなわち、治療に抗体が有効である疾患の予防または治療に有効な量をいう。その量は、治療すべき疾患の種類、疾患の重症度、患者の年齢等に応じて決定できるが、一般には0.1〜200mg/ml、好ましくは0.5〜100mg/ml、さらに好ましくは1〜50mg/mL、最も好ましくは2〜20mg/mLである。具体的な濃度または濃度範囲として、1mg/mL、1〜2mg/mL、2mg/mL、2〜5mg/mL、5mg/mL、5〜10mg/mL、10mg/mL、10〜20mg/mL、20mg/mL、20〜30mg/mL、30mg/mL、30〜40mg/mL、40mg/mL、40〜50mg/m、および50mg/mLが例示される。
【0021】
(2)「緩衝剤」
本発明における緩衝剤とは、pH変化に抵抗する能力(緩衝能)を有する物質である。本発明における緩衝剤は、pH6.00〜7.00において緩衝能を有するものであれば特に限定されない。本発明における緩衝剤の例としては、リン酸、グリシン、ヒスチジン、クエン酸、マレイン酸、2,4,6−トリクロロフェノール、MES(2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸)、酢酸、3,3−ジメチルグルタル酸、カコジル酸、イミダゾール、コリジン、ジメチルアミノエチルアミン、PIPES(ピペラジン−N,N‘−ビス(2−エタンスルホン酸))、ビストリスプロパン、エチレンジアミン、ACES(N−(2−アセトアミド)−2−アミノエタンスルホン酸)、アルセニック酸、クロラミンクロライド、p−ニトロフェノール、BES(N,N−ビス(2−ヒドロキエチル)−2−アミノエタンスルホン酸)、MOPS(3−(N−モルホリノ)プロパンスルホン酸)が挙げられる。また、本発明における緩衝剤は、適宜塩の形で水溶液に添加することもできる。例えば、リン酸の塩としては、リン酸ナトリウム(NaPO4)、リン酸水素ナトリウム(Na2HPO4)、リン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)、リン酸カリウム(KPO4)、リン酸水素カリウム(K2HPO4)、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)、ならびにこれらの混合物が挙げられる。
【0022】
本発明の水溶液製剤中の緩衝剤の濃度は、緩衝能を有する範囲であれば特に限定されない。本発明における緩衝剤の濃度は、1〜200mM、好ましくは2〜100mM、より好ましくは5〜50mM、最も好ましくは10〜20mM(mmol/L)である。具体的な濃度または濃度範囲として、5mM、5〜10mM、10mM、10〜20mM、20mM、20〜30mM、30mM、30〜40mM、40mM、40〜50mMおよび50mMが例示される。
【0023】
本発明の水溶液製剤のpHは緩衝剤によりほぼ一定に保たれ、そのときのpHは、6.00〜7.00であり、好ましくは6.00〜6.75、より好ましくは6.00〜6.50、最も好ましくは6.20〜6.30である。具体的な値または範囲として、pH6.00、6.00〜6.10、6.10、6.10〜6.20、6.20、6.20〜6.30、6.25、6.30、6.30〜6.40、6.40、6.40〜6.50および6.50が例示される。
【0024】
(3)「界面活性剤」
本発明における界面活性剤とは、界面活性を有する物質である。本発明における界面活性剤は、界面活性を有するものであれば特に限定されない。本発明における界面活性剤の例としては、非イオン界面活性剤が挙げられる。例えば、ソルビタン脂肪酸エステル(ソルビタンモノカプリレート、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノパルミテート等)、グリセリン脂肪酸エステル(グリセリンモノカプリレート、グリセリンモノミリテート、グリセリンモノステアレート等)、ポリグリセリン脂肪酸エステル(デカグリセリルモノステアレート、デカグリセリルジステアレート、デカグリセリルモノリノレート等)、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル[以下、ポリソルベート](ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート[以下、ポリソルベート20]、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート[以下、ポリソルベート80]、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタントリオレエート、ポリオキシエチレンソルビタントリステアレート等)、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステル(ポリオキシエチレンソルビットテトラステアレート、ポリオキシエチレンソルビットテトラオレエート等)、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル(ポリオキシエチレングリセリルモノステアレート等)、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル(ポリエチレングリコールジステアレート等)、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(ポリオキシエチレンラウリルエーテル等)、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル(ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンプロピルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンセチルエーテル等)、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(ポリオキシエチエレンノニルフェニルエーテル等)、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(ポリオキシエチレン水素ヒマシ油)等)、ポリオキシエチレンミツロウ誘導体(ポリオキシエチレンソルビットミツロウ等)、ポリオキシエチレンラノリン誘導体(ポリオキシエチレンラノリン等)が挙げられ、これらの界面活性剤を2種以上を組み合わせて添加することもできる。本発明における界面活性剤は、好ましくはポリソルベートであり、より好ましくはポリソルベート20またはポリソルベート80である。
【0025】
本発明の水溶液製剤中の界面活性剤の濃度は、本発明の製剤に含まれる抗体の安定性を維持する範囲であれば特に限定されない。ポリソルベート80の場合、0.01〜10mg/mLであり、好ましくは0.05〜5mg/mLであり、より好ましくは0.1〜2.5mg/mLであり、最も好ましくは0.5〜1.0 mg/mLである。具体的な濃度または濃度範囲として、0.1 mg/mL、0.1〜0.25mg/mL、0.25mg/mL、0.25〜0.5mg/mL、0.5mg/mL、0.5〜0.75mg/mL、0.75mg/mL、0.75〜1.0mg/mL、1.0mg/mL、1.0〜1.25mg/mL、1.25mg/mL、1.25〜1.5mg/mL、1.5mg/mL、1.5〜1.75mg/mL、1.75mg/mL、1.75〜2.00mg/mL、2.00mg/mL、2.00〜2.25mg/mL、2.25mg/mL、2.25〜2.50mg/mLおよび2.50mg/mLが例示される。
【0026】
(4)「等張化剤」
本発明における等張化剤は、ヒトの血液と同じ浸透圧(等張)に調整すること(等張化)を目的とした物質である。等張化された水溶液製剤は、通常250〜350mOsmの浸透圧を有する。本発明における等張化剤は、等張化する能力を有する物質であれば特に限定されない。本発明における等張化剤の例としては、糖(具体例としては、マンニトール、イノシトール、グルコース、ソルビトール、フラクトース、ラクトース、キシロース、マンノース、マルトース、ラフィノース、スクロース、トレハロース)または塩(具体例としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、亜硫酸水素ナトリウム、臭化カルシウム、臭化ナトリウム)が挙げられる。本発明における等張化剤は、好ましくは糖であり、より好ましくは非還元糖(マンニトール、イノシトール、スクロース、トレハロース)であり、最も好ましくはソルビトール(D-ソルビトール)である。還元糖とは水溶液中においてアルデヒド基またはケトン基を持ち、還元剤として働く糖であり、非還元糖とは還元糖でない糖である。
【0027】
本発明の水溶液製剤中の等張化剤の濃度は、本発明の水溶液製剤が等張となる範囲であれば特に限定されない。水溶液製剤には、緩衝剤や抗酸化剤等、他にも等張化する能力を有する物質が含まれており、水溶液製剤における上記の等張化剤の濃度は、他の等張化する能力を有する物質と合わせて、水溶液製剤がヒトの血液と同じ浸透圧を有するように、調整すればよい。
【0028】
(5)「抗酸化剤」
本発明における抗酸化剤は、タンパク質の酸化抑制活性(抗酸化作用)を有する物質である。本発明における抗酸化剤は、抗酸化作用を有する物質であれば特に限定されない。本発明における抗酸化剤の例としては、亜硝酸、亜硫酸水素酸、アスコルビン酸、チオ硫酸、エデト酸およびメチオニン(L-メチオニン)が挙げられる。
【0029】
本発明における抗酸化剤は、適宜塩の形で水溶液に添加することもできる。例えば、亜硝酸であれば例えば亜硝酸ナトリウムとして、亜硫酸水素酸であれば例えば亜硫酸水素ナトリウムとして、チオ硫酸であればチオ硫酸ナトリウムとして、エデト酸であれば例えばエデト酸ナトリウム(EDTA)である。
【0030】
本発明の水溶液製剤中における抗酸化剤の濃度は、本発明の水溶液製剤に含まれる抗体の安定性を維持する範囲であれば特に限定されない。例えば、本発明の水溶液製剤中における抗酸化剤の濃度は、0.1〜1000mMであり、好ましくは1〜100mMであり、より好ましくは5〜50mMであり、最も好ましくは10〜15mMある。具体的な濃度または濃度範囲として、5mM(mmol/L)、5〜10mM、10mM、10〜15mM、15mM、15mM〜20mM、20mM、20〜25mM、25mM、25〜30mM、30mM、30〜35mM、35mM、35〜40mM、40mM、40〜45mM、45mM、45〜50mMおよび50mMが例示される。
【0031】
本発明者らは、界面活性剤の濃度が高くなるほど、不溶性異物の量は減少するものの、酸化体の量が増加すること、そして抗酸化剤の濃度が高くなるほど酸化体の量が減少することを見出した。即ち、不溶性異物の量を減少させるとともに、酸化体の量を減少させるには、界面活性剤と抗酸化剤がそれぞれ適切な量必要であることを見出した。例えば、界面活性剤がポリソルベート80、抗酸化剤がメチオニンである場合、[メチオニンの濃度(mmol/L)/ポリソルベート80の濃度(mg/mL)](以下、M/P値)が、5〜50、好ましくは10〜30である。具体的な値として、5、5〜10、10、10〜20、20、20〜30、30、30〜40、40、40〜50および50が挙げられる。例えば、メチオニンの濃度が10mmol/Lおよびポリソルベート80の濃度が0.5mg/mLである場合はM/P値が20、メチオニンの濃度が10mmol/Lおよびポリソルベート80の濃度が1.0mg/mLである場合はM/P値が10となる。
本発明の水溶液製剤には、所望によりさらに希釈剤、溶解補助剤、無痛化剤等を含有してもよい。
【0032】
以下、本発明で使用する言葉について説明する。
(1)「重合体」
本発明における抗体の重合体は、熱、光および振動などのストレス、あるいは抗体分子を不安定化する他の物質の存在により、抗体分子が二つまたはそれ以上集まってできた凝集体である。重合体は疎水結合や水素結合を介して形成され、抗体分子の構造が変化していることが多く通常不可逆である。本発明における抗体の重合体の量は、一般的に知られた方法にて測定可能である。例えば、サイズ排除HPLC検定(SEC)およびSDS−PAGEが挙げられる。さらに、重合体のうち、溶液を濁らせるもの(以下、不溶性異物)については、目視検査および微粒子測定(機器により不溶性異物の数を測定)によって評価することが可能である(通常、不溶性異物は上記のサイズ排除HPLC検定(SEC)あるいはSDS−PAGEでは測定できない)。
【0033】
(2)「分解物」
本発明における抗体の分解物は、酸加水分解などの化学的な反応により抗体分子が切断されたものを指す。本発明における抗体の分解物の量は、一般的に知られた方法にて測定可能である。例えば、サイズ排除HPLC検定(SEC)およびSDS−PAGEが挙げられる。
【0034】
(3)「デアミド体」
本発明における抗体のデアミド体は、抗体分子に含まれるアミノ基(多くの場合アスパラギン残基に含有されるアミノ基)が求核反応により脱離した結果生じる。本発明における抗体のデアミド体の量は、一般的に知られた方法にて測定可能である。例えば、陽イオン交換HPLC検定(IEC)や等電点電気泳動(IEF)が挙げられる。
【0035】
(4)「酸化体」
本発明における抗体の酸化体は、抗体分子に含まれるアミノ酸残基(例えば、メチオニン残基)からプロトンが脱離し、酸化された結果生じる。本発明における抗体の酸化体の量は、一般的に知られた方法にて測定可能である。例えば、疎水HPLC検定(HIC)が挙げられる。
【0036】
(5)「安定/安定性」
本発明において、「抗体が安定である」、「抗体が安定性を有する」とは、長期保存した後も抗体分子が化学的および物理的な変化を受けない、もしくはヒトに投与可能な程度に該変化が抑制されていることをいう。その結果として、抗体の生物学的活性(例えば、抗原へのアフィニティ)が保持、若しくはヒトに投与可能な程度に該活性の変化が抑制されていることをいい、該抗体を含んだ水溶液製剤を「安定な抗体の水溶液製剤」という。
【0037】
タンパク質の安定性は、様々な分析方法により測定される。タンパク質の「化学的な安定性」はタンパク質が化学的に変化した状態を検出し適宜定量することにより検定することができる。化学的変化は例えばサイズ排除HPLC検定(SEC)やSDS-PAGEにより評価できるクリッピングなどによる分子量の変化(例えば、分解物の生成)、陽イオン交換HPLC検定(IEC)により評価できる電荷の変化(例えば、デアミド体の生成)、及び疎水HPLC検定(HIC)により評価できる親水性/疎水性状態の変化(例えば、酸化体の生成)などを含む。タンパク質の「物理的な安定性」は、色の変化、不溶性異物による濁り、重合体の生成などを検出し適宜定量することにより検定することができる。色の変化、不溶性異物による濁りは、例えば目視検査により、重合体(不溶性異物を除く)は、例えばサイズ排除HPLC検定(SEC)およびSDS−PAGEにより評価できる。タンパク質の生物的活性は、例えばELISAなどにより抗原への結合活性を検定することにより評価可能である。抗体が化学的および物理的に安定である場合、その抗体の生物学的活性が保持、若しくはヒトに投与可能な程度に該活性の変化が抑制されている。従って、製剤中の抗体が化学的および物理的に安定である場合、その製剤は安定であるといえる。すなわち製剤が安定であるかどうかは、そこに含まれる抗体の化学的および物理的安定性を測定することによりわかる。安定な製剤は、保存中にそこに含まれる抗体分子の重合体、分解物、デアミド体および酸化体が、製剤の薬としての効果を大きく減じるほどには増加することがない。
【0038】
本発明において、重合体、分解物、デアミド体および酸化体の増加率は以下のように計算する。
(i) 重合体および分解物:サイズ排除HPLC検定(SEC)にて、チャートで検出される全ピークのエリア合計を100%とし、安定な抗体分子を示すメインピークのエリアをMa%、それより早く現れるピークを重合体としてそのエリアをMb%、メインピークよりも遅く現れるピークを分解物としてそのエリアをMc%とする。また、前記の場合initial(保存前の最初の状態)、25℃で3箇月後および40℃で1箇月後については、MaであればそれぞれMaI、Ma25およびMa40、MbであればそれぞれMbI、Mb25およびMb40、McであればそれぞれMcI、Mc25およびMc40と表す。
前記において、増加率を以下のように定義する。
・initialから25℃で3箇月後の重合体の増加率:Mb25−MbI
・initialから40℃で1箇月後の重合体の増加率:Mb40−MbI
・initialから25℃で3箇月後の分解物の増加率:Mc25−McI
・initialから40℃で1箇月後の分解物の増加率:Mc40−McI
【0039】
(ii) デアミド体:陽イオン交換HPLC検定(IEC)にて、チャートで検出される全ピークのエリア合計を100%とし、安定な抗体分子を示すメインピークのエリアをNa%、それより早く現れるピークをデアミド体としてそのエリアをNb%とする。また、前記の場合initial、25℃で3箇月後および40℃で1箇月後については、NaであればそれぞれNaI、Na25およびNa40、NbであればそれぞれNbI、Nb25およびNb40と表す。
前記において、増加率を以下のように定義する。
・initialから25℃で3箇月後のデアミド体の増加率:Nb25−NbI
・initialから40℃で1箇月後のデアミド体の増加率:Nb40−NbI
【0040】
(iii) 酸化体:疎水HPLC検定(HIC)にて、チャートで検出される全ピークのエリア合計を100%とし、安定な抗体分子を示すメインピークのエリアをPa%、それより早く現れるピークを酸化体としてそのエリアをPb%とする。また、前記の場合initial、25℃で3箇月後および40℃で1箇月後については、PaであればそれぞれPaI、Pa25およびPa40、PbであればそれぞれPbI、Pb25およびPb40と表す。
前記において、増加率を以下のように定義する。
・initialから25℃で3箇月後の酸化体の増加率:Pb25−PbI
・initialから40℃で1箇月後の酸化体の増加率:Pb40−PbI
【0041】
本発明の水溶液製剤は、以下の通りである。
(i) initialから40℃で1箇月後の重合体の増加率(Mb40−MbI)は、10%以下、好ましくは7%以下、さらに好ましくは5%以下、最も好ましくは2%以下であり、
(ii) initialから40℃で1箇月後の分解物の増加率(Mc40−McI)は、15%以下、好ましくは10%以下、さらに好ましくは7%以下、最も好ましくは5%以下であり、
(iii) initialから40℃で1箇月後のデアミド体の増加率(Nb40−NbI)は、50%以下、好ましくは40%以下、さらに好ましくは30%以下であり、
(iv) initialから40℃で1箇月後の酸化体の増加率(Pb40−PbI)は、30%以下、好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下であり、
(v) initialから25℃で3箇月後の重合体の増加率(Mb25−MbI)は、10%以下、好ましくは7%以下、さらに好ましくは5%以下、最も好ましくは2%以下であり、
(vi) initialから25℃で3箇月後の分解物の増加率(Mc25−McI)は、15%以下、好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下、最も好ましくは3%以下であり、
(vii) initialから25℃で3箇月後のデアミド体の増加率(Nb25−NbI)は、40%以下、好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下であり、および/または
(viii) initialから25℃で3箇月後の酸化体の増加率(Pb25−PbI)は、30%以下、好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下である。
【0042】
本発明の水溶液製剤は、例えば、initialから40℃で1箇月後の重合体の増加率(Mb40−MbI)が2%以下、initialから40℃で1箇月後の分解物の増加率(Mc40−McI)が5%以下、initialから40℃で1箇月後のデアミド体の増加率(Nb40−NbI)が30%以下、およびinitialから40℃で1箇月後の酸化体の増加率(Pb40−PbI)が10%以下である。或いは、本発明の水溶液製剤は、例えば、initialから25℃で3箇月後の重合体の増加率(Mb25−MbI)が2%以下、initialから25℃で3箇月後の分解物の増加率(Mc25−McI)が3%以下、initialから25℃で3箇月後のデアミド体の増加率(Nb25−NbI)が20%以下、およびinitialから25℃で3箇月後の酸化体の増加率(Pb25−PbI)が10%以下である。
【0043】
本発明の水溶液製剤は、典型的には水溶液の状態で保存され、そのまま投与される。また、本発明の水溶液製剤は、凍結乾燥製剤を作製する前の溶液、または当該凍結乾燥製剤を溶解再構成した後の溶液でも有り得る。また、本発明の水溶液製剤は、当該水溶液製剤を作製する原料となる溶液(原薬)でもあり得る。
【0044】
本発明の水溶液製剤は通常非経口投与経路、例えば注射(皮下注、静注、筋注、腹腔内注等)、経皮、経粘膜、経鼻、経肺等で投与されるが、経口投与も可能である。
【実施例】
【0045】
本発明は次の実施例を参照すれば更に十分理解されるであろう。しかし、これら実施例は、発明の範囲を制限するものではない。すべての文献と特許は出典を明示してここに取り込む。
【0046】
実施例1 IgG1抗体を含有する水溶液製剤(界面活性剤の濃度の検討)
表1に示した製剤を調製し、界面活性剤の濃度が安定性に与える影響を評価した。
【0047】
【表1】

【0048】
(1)材料と方法
各製剤検体について、あらかじめ抗体を含まないプラセボ溶液を作成し、抗体溶液をNAPカラム(GEヘルスケア社製)を用いて該プラセボ溶液と置換することにより調製した。また、各タンパク質濃度はOD280nm吸光度係数ε=1.3を用いて換算し、濃度を調整した。
【0049】
各製剤検体はクリーンベンチ内で0.22μmフィルター(ミリポア社製)を用いて無菌ろ過を行い、5mLガラスバイアル(日本薬局方に適合)に1mLずつクリーンベンチ内で無菌を保ち充てんを行った。
【0050】
(2)試験条件
本実施例においては、安定性評価を行うため、以下の条件に従い各製剤検体にストレスを与えた。
(i) 熱安定性試験:25℃または40℃に制御されたインキュベータ(TABAI ESPEC社製)に3箇月間または1箇月間保存した。
(ii) 凍結融解:-20℃冷凍庫および4℃低温庫に交互に保存し、凍結融解を3回繰り返して検体とした。なお、サイクル毎に検体が完全に凍結あるいは融解したことを目視によって確認した。
【0051】
(3)分析方法
(i) サイズ排除HPLC検定(SEC):重合体および分解物の量はサイズ排除高速液体クロマトグラム法により算出した。検体中の抗体の濃度が1mg/mLとなるように希釈し、その20μLを室温でカラムに注入した。分離は室温で行い、2本のTSKgelG3000SWXL[30cm×7.8mm](東ソー社製)カラムを直列につないで使用し、移動相として溶液A(50mMリン酸ナトリウム、500mM塩化ナトリウム、pH7.0)を用いた。0.5mL/分の流量で分析時間は60分とし、215nmの波長でカラムからの溶出物を検出した。なお、安定な抗体分子を示すメインピークより前に溶出するものを重合体、後に溶出するものを分解物と定義した。
【0052】
(ii) 陽イオン交換HPLC検定(IEC):デアミド体の量は陽イオン交換高速液体クロマトグラム法により検出した。検体中の抗体の濃度が1mg/mLとなるように希釈し、その20μLを25℃でカラムに注入した。分離は25℃で行い、TSKgelBIOAssistS[5cm×4.6mm](東ソー社製)を用い、215nmの波長で検出を行った。移動相として溶液B(20mMリン酸ナトリウム、pH6.5)および溶液C(20mMリン酸ナトリウム、200mM塩化ナトリウム、pH6.5)を用い、グラディエント条件にて分析を行った。なお、安定な抗体分子を示すメインピークより前に溶出するものをデアミド体と定義した。
【0053】
(iii) 疎水HPLC検定(HIC):酸化体の量は疎水クロマトグラフ法により検出した。
検体中の抗体の濃度が0.25mg/mLとなるように希釈し、その20μLを25℃でカラムに注入した。分離は25℃で行い、TSKgelButyl-NPR[3.5cm×4.6mm](東ソー社製)を用い、215nmの波長で検出を行った。移動相として溶液D(20mMリン酸ナトリウム、pH6.5)および溶液E(20mMリン酸ナトリウム、1.2M硫酸アンモニウム、pH6.5)を用い、グラディエント条件にて分析を行った。なお、安定な抗体分子を示すメインピークより前に溶出するものを酸化体と定義した。
【0054】
(iv) SDS-PAGE検定:必要に応じて1mg/mLに希釈した検体溶液にトリスーグリシンSDSサンプル処理液を3/5倍量加え、非還元検体溶液とした。また、予めDTTの加えられたトリスーグリシンSDS-PAGEサンプル処理液を3/5倍量加え、還元検体溶液とした。泳動槽に電気泳動用トリス/グリシン/SDS緩衝液(Invitrogen社製)を満たし、試料溶液10μLを8−16%ポリアクリルアミドゲル(Inbitrogen社製)にアプライした。125vの定電圧で、試料溶液に含まれるブロモフェノールブルーの青色がゲルの下端付近に移動するまで行った。泳動終了後のゲルを銀染色し、検出した。なお、検体の分子量を判断するために分子量マーカー(200kDa、116kDa、65kDa、42kDa、30kDa、15kDa)を同時に泳動した。
【0055】
(v) 目視検査:白色光源の直下、約5000ルクスの明るさの位置で、肉眼で不溶性異物の有無を調べた。
【0056】
(vi) 浸透圧比:自動浸透圧測定装置(アークレー社OSMO STATION OM-6050)を用いて浸透圧測定を行い、同時に測定した生理食塩液の浸透圧に対する比を計算した。
(vii) pH:自動pH測定装置(メトラー・トレド社製MP-230など)を用いてpH測定を行った。測定開始時にpH4、7および9の標準溶液を用いて校正を行った後、測定を行った。
【0057】
(4)結果
(i) 各水溶液製剤を40℃で1箇月保存した場合、界面活性剤濃度依存的に不溶性異物の量が減少し、その結果濁りも薄くなった。
(ii) 図1は各水性医薬製剤を25℃で3箇月または40℃で1箇月保存したときの酸化体の量の変化を示す。酸化体の量は疎水HPLC検定(HIC)により評価した。
【0058】
実施例2 IgG1抗体を含有する水溶液製剤(抗酸化剤の濃度の検討)
本実施例では表2に示した製剤を調製し、抗酸化剤の濃度が安定性に与える影響を評価した。
【0059】
【表2】

【0060】
(1)材料と方法
実施例1と同様の材料および方法を用いた。
(2)試験条件
実施例1と同様の試験条件で検体へストレスを負荷した。
(3)分析
実施例1と同様の分析を行った。
【0061】
(4)結果
(i) 図2は各水溶液製剤を25℃で3箇月または40℃で1箇月で保存したときの酸化体の量を示す。酸化体の量は疎水HPLC検定(HIC)により評価した。
(ii) 凍結融解の前後では、いずれの検体も重合体、分解物、デアミド体および酸化体の量に大きな変化は認められなかった。
【0062】
実施例3 IgG1抗体を含有する水溶液製剤(緩衝剤の検討)
本実施例では表3に示した製剤を調製し、緩衝剤の種類が安定性に与える影響を評価した。
【0063】
【表3】

【0064】
(1)材料と方法
実施例1と同様の材料および方法を用いた。
(2)試験条件
実施例1と同様の試験条件で検体へストレスを負荷した。
(3)分析
実施例1と同様の分析を行った。
【0065】
(4)結果
熱安定性試験および凍結融解の前後では、緩衝剤の違いに拠る、重合体、分解物、デアミド体および酸化体の量のそれぞれの増加率について、大きな差異は認められなかった。
具体的には、緩衝剤の違いに拠らず、initialから40℃で1箇月後の重合体の増加率(Mb40−MbI)が2%以下、initialから40℃で1箇月後の分解物の増加率(Mc40−McI)が5%以下、initialから40℃で1箇月後のデアミド体の増加率(Nb40−NbI)が30%以下、およびinitialから40℃で1箇月後の酸化体の増加率(Pb40−PbI)が10%以下となった。同時に、緩衝剤の違いに拠らず、initialから25℃で3箇月後の重合体の増加率(Mb25−MbI)が2%以下、initialから25℃で3箇月後の分解物の増加率(Mc25−McI)が3%以下、initialから25℃で3箇月後のデアミド体の増加率(Nb25−NbI)が20%以下、およびinitialから25℃で3箇月後の酸化体の増加率(Pb25−PbI)が10%以下となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸、界面活性剤、抗酸化剤、等張化剤および抗体を含むpH6.00〜7.00である水溶液製剤。
【請求項2】
界面活性剤がポリソルベートである、請求項1記載の水溶性製剤。
【請求項3】
界面活性剤がポリソルベート80である、請求項2記載の水溶性製剤。
【請求項4】
抗酸化剤がメチオニンである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の水溶性製剤。
【請求項5】
等張化剤が糖である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の水溶性製剤。
【請求項6】
等張化剤がソルビトールである、請求項5記載の水溶性製剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−241718(P2010−241718A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−91598(P2009−91598)
【出願日】平成21年4月3日(2009.4.3)
【出願人】(000001029)協和発酵キリン株式会社 (276)
【Fターム(参考)】