説明

安定な有機過酸ポリマー組成物の製造方法

【課題】長期間安定な有機過酸ポリマー組成物を製造するに際し、効率的に分解原因物質を除去して、濃縮操作や必要以上に高濃度な過酸化水素水を用いることなく、安価に高濃度の有機過酸ポリマー組成物の製造方法を提供する。
【解決手段】構成単位中にカルボキシル基を有する有機酸ポリマーと過酸化水素水を混合し、無機酸触媒存在下で反応させて有機過酸ポリマー組成物を製造する方法において、混合溶液を陽イオン交換樹脂またはキレート樹脂と接触させた後、無機酸触媒を存在させることを特徴とする有機過酸ポリマー組成物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペルオキシカルボキシル基を有することを特徴とする有機過酸ポリマーの安定化技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から有機過酸として、過蟻酸、過酢酸、過プロピオン酸、過酪酸、過マロン酸、過コハク酸、過グルタル酸、過アジピン酸、過酒石酸、過クエン酸、過安息香酸、過フタル酸等が知られている(非特許文献1)。これらの過酸は殺菌剤、漂白剤、エポキシ化剤などの用途で有用である。しかしながらこれらの有機過酸は、臭い、水溶性等の点から必ずしも満足の行くものではない。この解決方法として、本発明者等は有機過酸ポリマー組成物を提案している(特許文献1)。
【0003】
しかし、この有機過酸ポリマー組成物を長期に保存するに際し、安定性の問題とくに過酸化物の分解が、有機酸ポリマー原料中の金属成分により生起することが判明した。
【0004】
有機過酸組成物や過酸化水素水の安定化方法として、原料の有機酸や、有機過酸組成物をイオン交換樹脂もしくはキレート樹脂に接触させ、分解原因物質である金属成分を取り除くことにより、安定性を向上させた有機過酸組成物の製造方法がいくつか提案されている。例えば、特許文献2ではグルタル酸およびコハク酸、アジピン酸からなる複合ジカルボン酸水溶液を、イオン交換樹脂もしくはキレート樹脂に接触することにより金属成分を除去した、精製複合ジカルボン酸水溶液を有機過酸組成物の原料として用いることを特徴とした、安定な過ジカルボン酸含有水溶液の製造方法を提案している。
【0005】
しかしながら、この方法では、本発明の対象物質である有機酸ポリマーなど、溶解度が大きくない化合物や、高濃度の溶解物では粘度が上昇してしまう化合物の場合、原料の水の割合が増える。このことから、より高濃度の過有機酸組成物を調製しようとした場合、製品から水を除去するために、蒸留操作を行うか、または、非常に高濃度の過酸化水素水を使用しなければならず、製造設備、危険物管理などを含め、経済的に不利である。
【0006】
特許文献3では、貯蔵安定性を向上させた過酢酸水溶液の製造方法として、過酢酸水溶液を陽イオン交換樹脂に接触させる方法が提案されている。しかしながら、有機過酸は、過酸化水素に比べ、酸化力が強いことは公知であり(非特許文献2)、有機過酸組成物をいくらか酸化されやすい陽イオン交換樹脂へ接触させることは(非特許文献3)、樹脂を損傷し好ましくない。
【特許文献1】特開2005−320391号公報
【特許文献2】特許3537540号公報
【特許文献3】特開2000−290251号公報
【非特許文献1】有機過酸化物 化学工業社 1972年
【非特許文献2】ORGANIC PEROXIDES 195頁 BUTTERWORTHS 1961年
【非特許文献3】ダイヤイオンイオン交換樹脂・合成吸着剤マニュアルI 67頁 三菱化成 平成3年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、長期間安定な有機過酸ポリマー組成物を製造するに際し、効率的に分解原因物質を除去して、濃縮操作や必要以上に高濃度な過酸化水素水を用いることなく、安価に高濃度の有機過酸ポリマー組成物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決するべく鋭意検討を重ねた結果、有機過酸ポリマー組成物を製造するに際し、有機酸ポリマーに含まれる分解原因物質である金属成分の除去について、有機酸ポリマーを過酸化水素水に混合溶解させてから、陽イオン交換樹脂またはキレート樹脂に接触させることにより、金属の除去が極めて効率的に行われ、濃縮などの操作なしに高濃度で長期間安定な有機過酸ポリマー組成物を製造できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
すなわち、本発明は、構成単位中にカルボキシル基を有する有機酸ポリマーと過酸化水素水を混合し、無機酸触媒存在下で反応させて有機過酸ポリマー組成物を製造する方法において、混合溶液を陽イオン交換樹脂またはキレート樹脂と接触させた後、無機酸触媒を存在させることを特徴とする有機過酸ポリマー組成物の製造方法に関するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、長期間安定な有機過酸ポリマー組成物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明における有機過酸ポリマーは、構成単位中にカルボキシル基を有する有機酸ポリマーであって、その一部のカルボキシル基(−RCOOH−)がペルオキシカルボキシル基(−RCOOOH−)に置き換わった構造を有する有機酸ポリマーをいうものである。具体例として、過ポリアクリル酸、過ポリメタクリル酸、過ポリマレイン酸、過アクリル酸コポリマー、過メタクリル酸コポリマー若しくは過マレイン酸コポリマー、またはそれらの塩が挙げられる。塩としてはナトリウム塩、カリウム塩などが挙げられる。カルボキシル基への置換割合は、2〜90%(低いと有機過酸としての効果が出ず、高いのは製造不可)である。有機過酸ポリマーの分子量は、500〜100000、好ましくは2000〜20000である。有機過酸ポリマーの濃度は、2〜50重量%(低いと有機過酸ポリマーとしての効果が出ず、高いのは製造不可)である。
【0012】
本発明の有機過酸ポリマーは、該当する粗有機酸ポリマーと、過酸化水素水、および無機酸を原料とする。有機酸ポリマーおよび過酸化水素水には、通常、不純物として金属成分を含有する。有機酸ポリマーに含有する金属原子としては、周期律表3〜14族の金属成分であり、具体的には鉄、クロム、銅、モリブデン、バナジウムなどがあげられる。また、過酸化水素水に含有する金属成分としては、同様に周期律表3〜14族の金属であり、具体的には鉄、クロム、ニッケル、アルミニウムなどがあげられる。
【0013】
これら金属成分が、有機過酸ポリマーが生成した後に、過酸化水素に対してよりも有機過酸に対してより過敏に過酸の分解を生起し、長期間安定な有機過酸ポリマー組成物の製造を不可能とならしめることから、原料からのより深度の金属成分の除去が必要となる。
【0014】
有機酸ポリマーを2〜50重量%の割合で過酸化水素水に溶解させ、有機酸ポリマー過酸化水素水溶液を調製する。この溶解工程は有機酸と過酸化水素水を混合した後、撹拌機等で撹拌することにより行われる。有機酸ポリマーに代え、有機酸ポリマー水溶液を原料として用いることも同様に可能である。
【0015】
得られた有機酸ポリマー過酸化水素水溶液を陽イオン交換樹脂あるいはキレート樹脂に接触させる。陽イオン交換樹脂またはキレート樹脂との接触により、原料となる有機酸ポリマー過酸化水素水溶液から上記記載の分解原因物質である鉄、クロム、銅などの金属成分の除去を行う。陽イオン交換樹脂またはキレート樹脂による処理工程の方法としては、回分式、連続式いずれの方法で行っても良いが、なかでも、固定床にて通液する方法が精製効率の良さ、簡便さなどの点から好ましい。固定床式での通液流速は、充填樹脂量に対して空間速度1〜200(1/hr)が望ましい。
【0016】
ここで陽イオン交換樹脂としては、一般公知のスルホン酸基をイオン交換官能基とする強酸性陽イオン交換樹脂を使用することができ、交換容量、架橋度なども特に規定されない。具体的には強酸性陽イオン交換樹脂には、ダイヤイオンPK228LH(三菱化学製)、ダイヤイオンRCP160M(三菱化学製)などがあげられる。ここでキレート樹脂としては、イミノジ酢酸基、ポリアミン基、ホスホン酸基など、一般公知の金属イオンに対してキレート力を持つ樹脂であれば、いずれも使用することができ、交換容量、架橋度なども特に規定されない。具体的にはキレート樹脂としてはダイヤイオンCR11(三菱化学製)などがあげられる。
【0017】
得られた精製有機酸ポリマー過酸化水素水溶液に無機酸触媒を混合溶解し、有機過酸ポリマーを生成させる。すなわち、混合溶解したのち、10〜80℃で1時間から1ヶ月間保持することにより、有機酸ポリマー中のカルボキシル基が過酸化水素と反応し、徐々にペルオキシカルボキシル基に置き換わっていき、概ね1時間から1ヶ月後に最大の置換割合に達する。
【0018】
ここで無機酸としては、硫酸、オルトリン酸、ピロリン酸などを使用することができる。無機酸の濃度は、0.1〜10重量%である。これより低いと充分な前記効果が得られず、高くても前記効果は高まらない。
【0019】
本発明の組成物には、安定剤を含むことが好ましい。安定剤を入れることにより、有機過酸ポリマーおよび過酸化水素の安定性がさらに向上する。安定剤としては、過酸の安定剤であればいずれも使用できるが、特にオルトリン酸、1−ヒドロキシエチレン−1,1−ジホスホン酸、ピロリン酸、ヘキサメタリン酸Na,ジピコリン酸が好ましい。安定剤の濃度は、0.01〜0.05重量%である。これより低いと充分な過酸安定化効果は得られず、高くしても安定化効果は高まらない。
【0020】
本発明の組成物は、1.1〜10000倍に希釈または希釈せずに、殺菌、漂白、洗浄に用いることができる。例えば、医療用器具、飲料食品容器、工業排水、空調設備の冷却水、衣類、調理器具、食器、浴室、台所、洗濯槽、風呂釜、家具、ペットの殺菌、漂白、洗浄などに用いることができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何らの制限を受けるものではない。
<過酸化水素および有機過酸ポリマー濃度の定量>
過酸化水素濃度は過マンガン酸カリウム法で、有機過酸ポリマー濃度はヨードメトリー法で算出する。試料を適量採取したのち、濃度測定中に過酸化水素と有機過酸ポリマーの平衡が変化しないように、氷を加え試料を0℃付近に保つ。適量の硫酸を加え、液性を酸性にする。これに過マンガン酸カリウム溶液を滴下すると過マンガン酸のピンク色が過酸化水素との反応により消えるので、ピンク色が消えなくなる滴下量を終点とし、過酸化水素濃度を求める。これにヨウ化カリウムを加え、有機過酸ポリマー中のペルオキシカルボキシル基とヨウ化カリウムの反応によりヨウ素を遊離させ、チオ硫酸ナトリウム溶液で定量し、ペルオキシカルボキシル基の濃度を求める。有機過酸ポリマーの濃度は求められたペルオキシカルボキシル基濃度からポリマー構成単位(−RCOOOH−)に基づき算出する。
【0022】
<陽イオン交換樹脂またはキレート樹脂の前処理>
一般的に用いられる前処理方法を示すが、この方法に限定されるものではない。樹脂を超純水にて回分式で洗浄したのち、1規定に調製したEL電子工業用硫酸(97重量%、三菱化学製)に浸し、1時間静置する。これを内径16mm、長さ30cmのテフロン(登録商標)製カラムに60ml充填した。1規定EL硫酸を空間速度5(1/hr)で、4時間かけ通液し、樹脂を洗浄した。そのあと、超純水を空間速度5(1/hr)で、排出水のpHが中性を示すまで、通液する。
【0023】
実施例1
ポリアクリル酸5000(Mw:5000、和光純薬工業製)200gに超純過酸化水素水(商品名:ELM、過酸化水素含有率:31重量%、三菱ガス化学製)を600ml加え、撹拌溶解し、ポリアクリル酸過酸化水素水溶液を調製した。強酸性陽イオン交換樹脂ダイヤイオンRCP160M(三菱化学製)を上記記載の前処理方法で処理したのち、ポリアクリル酸過酸化水素水溶液を空間速度5(1/hr)で通液し、精製した。得られた精製ポリアクリル酸過酸化水素水溶液25.98gに対して、EL電子工業用硫酸(97%、三菱化学製)を0.3ml添加し、撹拌溶解したのち、35℃で静置することで、過ポリアクリル酸組成物を調製した。
【0024】
実施例2
精製ポリアクリル酸過酸化水素水溶液を得たのち、EL硫酸とともに、安定剤としてジピコリン酸0.03g加えたこと以外は、実施例1と同様に行った。
【0025】
実施例3
強酸性陽イオン交換樹脂をダイヤイオンPK228LH(三菱化学製)に代えたこと以外は、実施例1と同様に行った。
【0026】
実施例4
精製ポリアクリル酸過酸化水素水溶液を得たのち、EL硫酸とともに、安定剤としてジピコリン酸0.03g加えたこと以外は、実施例3と同様に行った。
【0027】
比較例1
ポリアクリル酸5000(Mw:5000、和光純薬工業製)6gに超純過酸化水素水(商品名:ELM、過酸化水素含有率:31重量%、三菱ガス化学製)を18ml加え、撹拌溶解した。これにEL電子工業用硫酸(97重量%、三菱化学製)を0.3ml添加し、撹拌溶解したのち、35℃で静置することで、過ポリアクリル酸組成物を調製した。
【0028】
比較例2
安定剤としてジピコリン酸0.03g加えたこと以外は、比較例1と同様に行った。
【0029】
比較例3
ポリアクリル酸5000(Mw:5000、和光純薬工業製)200gに純水600mlを加え撹拌溶解し、ポリアクリル水溶液を調製した。強酸性陽イオン交換樹脂ダイヤイオンRCP160M(三菱化学製)を上記記載の前処理方法で処理したのち、ポリアクリル酸水溶液を空間速度5(1/hr)で通液し、精製した。得られた精製ポリアクリル水溶液24gに対して、60重量%工業用過酸化水素(三菱ガス化学製)を18ml、EL電子工業用硫酸(97%、三菱化学製)を0.3ml添加し、撹拌溶解したのち、35℃で静置することで、過ポリアクリル酸組成物を調製した。
【0030】
比較例4
イオン交換カラム通液までは、比較例3と同様に行った後、実施例と同濃度の過ポリアクリル酸組成物を得るため、得られた精製ポリアクリル酸水溶液を重量が5/8になるまで、加熱濃縮した。加熱濃縮した精製ポリアクリル酸水溶液15gに60重量%工業用過酸化水素(三菱ガス化学製)を9ml、EL電子工業用硫酸(97重量%、三菱化学製)を0.3ml添加し、撹拌溶解したのち、35℃で静置することで、過ポリアクリル酸組成物を調製した。
【0031】
比較例3ではポリアクリル酸を純水に溶解して、精製を行ったが、高濃度の過酸化水素を原料に用いても、低濃度の過ポリアクリル酸組成物しかできなかった。また比較例4では、前記問題解決のため、過熱濃縮工程を加えたが、過熱時の温度管理が煩雑で困難であった。
【0032】
各条件で処理した組成物中の有機過酸ポリマーおよび過酸化水素濃度の経時変化推移を表1〜3に示す。ただし表中、過酸化水素+有機過酸分解率とは、過酸化水素と有機過酸ポリマーのモル濃度を合算し、仕込み時の過酸化水素モル濃度からの減少量をパーセントで算出したものである。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成単位中にカルボキシル基を有する有機酸ポリマーと過酸化水素水を混合し、無機酸触媒存在下で反応させて有機過酸ポリマー組成物を製造する方法において、混合溶液を陽イオン交換樹脂またはキレート樹脂と接触させた後、無機酸触媒を存在させることを特徴とする有機過酸ポリマー組成物の製造方法。
【請求項2】
有機酸ポリマーが、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリマレイン酸、アクリル酸マレイン酸コポリマーもしくはアクリル酸アクリル酸アミドコポリマー、またはそれらの金属塩である請求項1記載の有機過酸ポリマー組成物の製造方法。
【請求項3】
陽イオン交換樹脂が強酸性陽イオン交換樹脂である請求項1記載の有機過酸ポリマー組成物の製造方法。
【請求項4】
キレート樹脂がイミノジ酢酸基、ポリアミン基またはホスホン酸基を有する請求項1記載の有機過酸ポリマー組成物の製造方法。

【公開番号】特開2007−238776(P2007−238776A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−63399(P2006−63399)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】