説明

安定化トロンビン組成物

安定化トロンビン組成物、その調製方法、およびそれらを具備するキットが開示される。組成物は、トロンビン、静菌的に効果的な量のベンジルアルコールまたはクロロブタノール、および0.10%〜5.0%(w/v)のスクロースを水溶液中に含む。組成物は2℃〜8℃で保存されると4週間またはそれ以上の間安定している。本発明において使用するトロンビンは、ヒトトロンビン、組み換えヒトトロンビン、およびウシトロンビンを含むがこれらに限定されるものではない。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
医療用タンパク質製剤には大きな問題がある。タンパク質は三次元構造を持つことに加えて多様な官能基を有する。従って、分解は化学経路(結合生成または開裂を含む変形)および物理経路(変性、凝集、吸着、沈殿)の両方によって進行する。各タンパク質がアミノ酸配列、等電点および他の決定要素の独特な組み合わせを有しているので、溶液の条件の変化に対するタンパク質の反応は予測不可能であり、個別に確認しなければならない。分解の1つの形態の防止を試みると、多くの場合別の形態の分解の速度が増す。
【0002】
タンパク質の分解は、凍結乾燥によって大幅に低減または回避することができる。しかし凍結乾燥は時間および費用がかかり、もし適切な賦形剤が加えられていなければ、タンパク質に変性および凝集を生じさせる可能性がある。溶液製剤の場合と同様に、凍結乾燥タンパク質の安定化は個別レベルで対処しなければならない。凝集および沈殿を低減することで、精製中および保存中の安定性を保持するために塩化ナトリウムが使用できる。しかし塩化ナトリウムは凍結乾燥製剤においては問題のある賦形剤である。なぜなら、塩化ナトリウムはガラス転移点を下げるので、初期温度を低く設定しサイクル期間を長く取らなければならないからである。Jiang et al、特許文献1は、スクロースと、マンニトールと、塩化ナトリウムと、界面活性剤または高分子量ポリエチレングリコールとを用いてトロンビンを製剤することで、凍結乾燥トロンビン製剤を安定させる方法を開示している。しかし、凍結乾燥状態におけるタンパク質の安定化は、再構成したときの安定性を確保するものではなく、タンパク質溶液は、再構成後すみやかに使用されなければ、廃棄されなければならない場合が多い。加えて凍結乾燥製剤を使用するときの取り扱いは、無菌状態への配慮から多くの場合制限される。なぜなら再構成の間は容器および施栓系の完全性が損なわれるからである。このため、もし製剤が防腐剤の存在下において安定しているなら、使用中の取扱い時間を延ばすことができるかもしれない。
【0003】
多くの場合タンパク質治療の費用が高いことを考慮すると、こういった溶液中のタンパク質の安定性を高める方法が必要である。トロンビンについて言えば、このタンパク質を安定化するためにさまざまな賦形剤が提案されてきた。たとえば、Silbering et al.、特許文献2は、溶液中のトロンビンの変性を低減するための低濃度の食塩水およびグリセロールの使用を開示している。Nishimaki et al.、特許文献3は、安定剤として糖類およびアミノ酸を含むトロンビン水溶液を開示している。
【0004】
こうした改善があるにも関わらず、液体形態で長期間保存できるトロンビンの調製が当該技術において求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許出願公開第2006/0002918号明細書
【特許文献2】米国特許第4,696,812号明細書
【特許文献3】米国特許第5,130,244号明細書
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、保存に安定性のあるトロンビンの組成物と関連製造方法と関連キットとを提供することを目的とする。本発明において使用するトロンビンは、ヒトトロンビン、組み換えヒトトロンビン、およびウシトロンビンを含むがこれらに限定されるものではない。
【0007】
本発明の第1の態様において、水溶液中に、トロンビンと、ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤と、0.10%〜5.0%(w/v)のスクロースとを含む医薬組成物を提供する。いくつかの実施形態では、組成物は、緩衝液、塩、ポリオール、界面活性剤、アミノ酸、または追加の炭水化物から1つまたはそれ以上をさらに含む。別の実施形態では、防腐剤はベンジルアルコールである。関連実施形態では、防腐剤は濃度0.8%〜1.5%、v/vのベンジルアルコールである。別の実施形態では、組成物はマンニトールをさらに含む。関連実施形態では、マンニトールおよびスクロースは、マンニトール:スクロースの割合が1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)で組成物の中に存在する。
【0008】
本発明の第2の態様において、pH5.7〜7.4の水溶液の中に、トロンビンと、薬学的に許容される緩衝液と、0.10%〜5%(w/v)のスクロースと、濃度0.8%〜1.5%(v/v)のベンジルアルコールまたは濃度0.4%〜0.6%(w/v)のクロロブタノールからなる群から選択された防腐剤とを含む組成物を提供する。1つの実施形態では、防腐剤はベンジルアルコールである。関連実施形態では、防腐剤は濃度0.8%〜1.0%、v/vのベンジルアルコールである。他の実施形態では、スクロースの濃度は0.5%〜3.0%(w/v)または約1%(w/v)である。他の実施形態では、緩衝液は、ヒスチジン緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、コハク酸緩衝液および酢酸緩衝液からなる群から選択される。別の実施形態では、組成物はマンニトールをさらに含む。関連実施形態では、マンニトールおよびスクロースはマンニトール:スクロースの割合が1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)で組成物の中に存在する。別の実施形態では、希釈液は塩化ナトリウムを含む。さらなる実施形態では、トロンビンは0.1mg/mL〜5.0mg/mLまたは0.3mg/mL〜3.0mg/mLの濃度で存在する。
【0009】
本発明の第3の態様において、pH5.7〜7.4の水溶液の中に、0.03mg/mL〜1.6mg/mLのトロンビンと、0.17%〜1.3%(w/v)のスクロースと、1.1%〜1.6%(w/v)のマンニトールと、0.8%〜2.0%(w/v)のNaClと、0〜1.6mMのCaClと、0.001%〜0.32%(w/v)の界面活性剤または高分子量ポリエチレングリコールと、薬学的に許容される緩衝液と、ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤とから実質的になる水溶性の組成物を提供する。緩衝液の濃度は外科手術の状況で組成物を利用するときにほぼ生理的pHになるように選択され、マンニトール:スクロースの割合は1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)である。1つの実施形態では、マンニトール対スクロースの割合は1.33:1(w/w)である。他の実施形態では、スクロース対トロンビンのモル比は少なくとも700:1または少なくとも2000:1である。別の実施形態では、防腐剤は濃度0.8%〜1.5%(v/v)のベンジルアルコールである。
【0010】
本発明の第4の態様において、(a)トロンビンと、ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤の存在下でこのタンパク質を安定化させるのに十分な量のスクロースとを含む凍結乾燥した組成物を提供するステップと、(b)水中に静菌的に効果的な量のベンジルアルコールまたはクロロブタノールを含む希釈液を提供するステップと、(c)凍結乾燥した組成物と希釈液とを混合して溶液を作るステップであって、溶液中のスクロースの濃度が0.10%〜5.0%(w/v)であるステップと、を含む、安定化したトロンビン溶液を調製するための方法を提供する。いくつかの実施形態では、凍結乾燥した組成物は、緩衝液、塩、またはポリオールをさらに含む。
【0011】
本発明の第5の態様において、(a)トロンビンと、少なくとも1つの薬学的に許容される賦形剤とを含む凍結乾燥した組成物を提供するステップと、(b)薬学的に許容されるトロンビン溶液を提供するために凍結乾燥した組成物を希釈液の中で再構成するステップで、希釈液は溶液中でベンジルアルコールの濃度を0.8%〜1.5%(v/v)にし、スクロースの濃度を0.10%〜5%(w/v)にするように選択されるステップと、を含む、安定化したトロンビン溶液を調製するための方法を提供する。1つの実施形態では、溶液はマンニトールをさらに含む。関連実施形態では、溶液はマンニトールを含み、マンニトールおよびスクロースはマンニトール:スクロースの割合が1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)で溶液中に存在する。
【0012】
本発明の第6の態様において、(a)第1密閉容器に入った、静菌的に効果的な量のベンジルアルコールまたはクロロブタノールを水中に含む薬学的に許容される希釈液と、(b)第2密閉容器に入ったトロンビンおよびある量のスクロースを含む凍結乾燥した組成物であって、スクロースの量は、凍結乾燥した組成物を希釈液で再構成するときにスクロースの濃度が0.10%〜5.0%(w/v)になるように選択される、凍結乾燥した組成物とを具備するキットを提供する。1つの実施形態では、希釈液はNaClをさらに含む。関連実施形態では、希釈液は静菌性の食塩水である。別の実施形態では、キットは希釈液を第1密閉容器から第2密閉容器に移動するための手段をさらに具備する。さらなる実施形態では、キットは説明書および/または、たとえばシリンジまたは噴霧器のような塗布用デバイスを具備する。さらに追加する実施形態では、第1密閉容器および第2密閉容器は第3容器に梱包される。
【0013】
本発明の第7の態様において、(a)ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤を含む薬学的に許容される希釈液を提供するステップと、(b)トロンビンおよびある量のスクロースを含む凍結乾燥した組成物を提供するステップと、(c)凍結乾燥した組成物を希釈液で再構成して溶液を作るステップと、(d)溶液をほ乳類に適用するステップと、を有し、凍結乾燥した組成物を希釈液で再構成するときにスクロースの濃度が0.10%〜5.0%(w/v)になるようにスクロースの量が選択される、トロンビンを必要とするほ乳類にこれを投与する方法を提供する。1つの実施形態において、希釈液は静菌性の食塩水である。
【0014】
本発明の上記および他の態様は、以下の本発明の説明を参照することで明らかになるであろう。
【発明を実施するための形態】
【0015】
「静菌性の食塩水」とは、防腐剤として0.9%のベンジルアルコールを含み、水に溶けた0.9%塩化ナトリウム(生理食塩水)のことである。
【0016】
「静菌的に効果的な防腐剤の量」とは、米国薬局方(USP)51の基準による静菌的効果を提供する量であり、治療薬の剤形を、細菌の増殖から、または製造中もしくは製造後に不注意に取り込まれた微生物から保護するのに十分な量である。ベンジルアルコールが静菌効果を提供する標準的な量の範囲は0.9%〜2.0%(v/v)であるが、いくつかの用例では5%までの量が使用されてもよい。クロロブタノールが静菌効果を提供する標準的な量の範囲は0.4%〜0.6%(w/v)である。当業者は、防腐剤の必要な濃度は溶液の構成物によって幾分変わるであろうし、通常の医薬品の賦形剤は静菌作用を増加あるいは減退させる可能性があることを認識しているであろう。いかなる溶液に対しても必要とされる実際の濃度は標準的な試験手順によって決定することができる。
【0017】
本明細書で用いられている「希釈液」は、治療薬を希釈する、またはより効力のない状態にする溶液を意味する。この用語は、乾燥した(たとえば凍結乾燥した)治療薬を再構成するために使用されるような溶液を含めて用いられる。「薬学的に許容される希釈液」は、薬事規制機関によって認められているGRAS(一般的に安全であると認められる:generally recognized as safe)リストに記載されている希釈液を意味する。通常使用される薬学的に許容される希釈液は、米国薬局方滅菌水、米国薬局方生理食塩水、および米国薬局方5%デキストロースを含む。
【0018】
本明細書で用いられている「トロンビン」は活性型酵素を意味し、□‐トロンビンとしても知られ、プロトロンビン(第II因子)のタンパク質分解による切断に由来する。以下に開示するように、トロンビンは、当技術分野で周知のさまざまな方法で調製することができ、「トロンビン」という用語は特定の製造方法を含意するものではない。ヒトトロンビンはジスルフィド結合によって結合した2つのポリペプチド鎖で構成される295のアミノ酸からなるタンパク質である。本発明においてはヒトトロンビンおよび非ヒト(たとえばウシ)トロンビンの両方が使用できる。トロンビンは止血剤として、および組織接着剤の成分として医学的に使用される。
【0019】
ヒトトロンビンおよび非ヒトトロンビンは当技術分野で周知の方法によって調製される。たとえば血漿からのトロンビンの精製は、Bui‐Khac et al.、米国特許第5,981,254号明細書で開示されている。コーンフラクションIIIのような血漿分画からのトロンビンの精製は、Fenton et al.,J.Biol.Chem.252:3587‐3598,1977で開示されている。米国特許第5,476,777号明細書で開示されているように、組み換えトロンビンは、ヘビの毒活性化因子を用いた活性化によってプレトロンビン前駆体から調製することができる。適切な毒活性化因子は、エカリンおよびOxyuranus scutellatus 由来のプロトロンビン活性化因子を含む。活性化第X因子のような他の活性化因子も利用できる。
【0020】
高度に純化されたトロンビンは、mgあたりほぼ3200NIH単位、つまりmgあたり3800国際単位の比活性度を有する。1NIH単位は、1.19国際単位に相当する。本明細書で用いられている省略語の「U」は「単位(Units)」を表し、特に規定しない限り、NIH単位を意味する。省略語の「IU」は国際単位(International Units)を意味する。
【0021】
数値域(たとえば「X〜Y」)は、特に規定しない限り両端点を含む。
【0022】
「約」および「ほぼ」という用語は表示した値の±10%の誤差範囲を意味する。たとえば「約1%」は0.9%から1.1%までの範囲を意味するために使われ、この全てを含む。
【0023】
本明細書で引用する全ての参考文献は、その内容全体を本明細書に援用する。
【0024】
本発明は溶液中のトロンビンを安定化させるための方法を提供する。本発明者らは、以前開示された(Jiang et al.、米国特許出願公開第20060002918号明細書)組み換えヒトトロンビンの凍結乾燥製剤が、静菌性の食塩水で再構成されたとき、冷蔵庫内温度で13週間までの間安定性を保持していることを発見した。この結果は、ベンジルアルコールのような防腐剤がタンパク質を変性させ凝集の速度を増すという周知の傾向(たとえば、Gupta and Kaisheva,AAPS PharmSci 5(2):E8,2003;Maa and Hsu,Int.J.Pharm.140:155−168,1996; Lam et al.,Pharm.Res.14:725−729,1997)を考慮すると予想外であった。ウシトロンビン製剤(THROMBIN−JMI,King Pharmaceuticals,Inc.)が静菌性の食塩水で再構成されたとき、溶液に濁りが生じた。後者の製剤の濁りは、それを再構成するときに用いる希釈液にスクロースを加えることで回避出来る可能性があることが判明した。
【0025】
本発明の組成物は、水溶液中に、トロンビンと、ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤と、防腐剤によって誘発される分解に対してトロンビンを安定化させるためのスクロースとを含む。組成物の中のスクロースの濃度は、0.10%〜5.0%(w/v)、時々0.17%〜5.0%、たいていは0.17%〜3.0%、より通常には0.5%〜2.0%である。本発明のいくつかの実施形態ではスクロースの濃度は1%(w/v)である。トロンビン組成物は冷蔵庫内温度で最低4週間安定している。このタイプの組み換えヒトトロンビン溶液は、2℃〜8℃で保存してから6週間後および13週間後に試験すると、安定性を保持していることが発見された。
【0026】
当業者には明白であるように、組成物は、緩衝液、増量剤、リオプロテクタント、溶解剤、界面活性剤、炭水化物、ポリオール、アミノ酸、追加の炭水化物(たとえばトレハロース)、および/または張性調整剤(たとえば塩、マンニトール)のような追加成分を含んでもよい。実成分の選択は所定の設計上の選択の問題であり、当業者レベルの範囲内である。例としては、Remington:the Science and Practice of Pharmacy,21st ed.,Lippincott Williams & Wilkins,Baltimore,2005を参照されたい。
【0027】
トロンビンは通常、薬学的に許容される希釈液を加え、混合することで再構成することができる凍結乾燥粉体または凍結乾燥ケークとして提供される。希釈液は通常、防腐剤(たとえばベンジルアルコールまたはクロロブタノール)を含んでいる。希釈液の分量は、溶液中のスクロースの最終濃度が0.10%〜5.0%(w/v)になるように選択される。スクロースは凍結乾燥トロンビン製剤、希釈液、または両方に存在していてもよいが、少なくとも、再構成された溶液中のスクロースの総濃度は0.10%〜5.0%、0.17%〜5.0%、0.17%〜3.0%、または0.5%〜2.0%(w/v)の範囲内である。以下に、より詳細に開示するように、凍結乾燥製剤は緩衝液も含んでよい。1つの実施形態では、製剤は増量剤としてマンニトールを含む。好ましい製剤では、マンニトールはマンニトール:スクロースの割合が1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)で含まれる。希釈液の実際の選択は、凍結乾燥製剤の組成物と製品の使用目的とを考慮に入れて実施することになる。しかし本発明は組成物が作られる方法またはその成分が混合される順序によって制限されるものではない。たとえば、1つかそれ以上のリオプロテクタントを含むトロンビンの凍結乾燥製剤は、防腐剤およびスクロースを含む薬学的に許容される希釈液で再構成することができ、上記で開示したように、任意に追加成分を含む。もし長期間の保存が必要でないなら、または凍結を下回る温度(<0℃)での保存によって安定性が増大するなら、精製されたトロンビンは、凍結乾燥製剤を調製せずに、防腐剤とスクロースと任意に他の成分とで製剤することができる。
【0028】
本発明においては、薬学的に許容される緩衝液はどれでも使用してよい。pH6.0を超えると増大する自己分解(β‐トロンビンおよびγ‐トロンビンを含む不活性な自己分解生成物の生成)を原因とするトロンビンの活性の喪失、およびpH6.0を下回ると増大する沈殿を制限するために、弱酸性からほぼ中性pHである緩衝液を選択することが好ましい。したがって、弱酸性からほぼ中性pH(すなわちpH5.7〜7.4)で効果的な薄い緩衝液を使用すると都合がよい。しかし出血している組織にトロンビンが適用されるときは、pHを生理的pH(すなわちpH7.35〜7.45)まで上げてもよい。それによってトロンビンは最適な生物学的活性を提供する。pH6.0〜6.5に緩衝液で処理されたトロンビン組成物が好ましい。適切な緩衝液の例は、ヒスチジン緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス(2‐アミノ‐2‐(ヒドロキシメチル)‐1,3‐プロパンジオール)緩衝液、およびコハク酸緩衝液を含む。たとえば、ヒスチジン緩衝液は1〜20mM、たいていは2〜10mM、より多くの場合約5mMの濃度で含めることができる。
【0029】
本発明において使用するための他の緩衝液の適切な濃度は、当業者によって容易に決定できる。調合緩衝液については、血液を加え、それによって得られた溶液のpHを測定することによって試験することができる。適例となるアッセイでは、ウサギの血液のアリコートがいくつかの緩衝液に段階的に添加され、毎添加後にpHが測定される。このような試験法でヒスチジン緩衝液が試験されると、3.2mM、5mM、12.8mM、および20mMのヒスチジンが、血液量1.0以下の添加で中性になる。対照的に、160mMのコハク酸緩衝液および90mMのリン酸/12.8mMのヒスチジン緩衝液は血液量2〜3を添加した後でも、7.0を超すpHで混合物を形成しなかった。従って、コハク酸またはリン酸/ヒスチジンのような緩衝液を使用するときはより低い濃度が好ましい。
【0030】
本発明における標準的なトロンビン組成物は、0.03mg/mL〜1.6mg/mLのトロンビンと、0.17%〜1.3%(w/v)のスクロースと、静菌的に効果的な量のベンジルアルコールまたはクロロブタノールと、1.1%〜1.6%(w/v)のマンニトールと、0.8%〜2.0%(w/v)のNaClと、0〜1.6mMのCaClと、0.001%〜0.32%(w/v)の界面活性剤(たとえばポリエチレンオキシド、ソルビタンエステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、脂肪酸グリセリド、またはポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル)または高分子量ポリエチレングリコール(たとえばPEG400、PEG1000、PEG3350、PEG5000、またはPEG8000)と、pH5.7〜7.4の薬学的に許容される緩衝液とから実質的になる。いくつかの好ましい組成物においてはマンニトール:スクロースの割合は、1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)である。
【0031】
本発明の組成物におけるトロンビンの濃度は、使用目的により、希釈液の量を調整することでさまざまにすることができる。出血を抑制するための局所使用としては、トロンビンの濃度は通常約100U/mL〜約20,000U/mL(ほぼ1mLあたり0.026mgの□‐トロンビンから1mLあたり5.26mgの□‐トロンビン)、より一般的には約300U/mL〜約5,000U/mL、標準的には約1,000U/mLであるが、実際の濃度は個々の患者の必要性に応じて医師によって決定される。トロンビン溶液は直ちに使用すること、室温で48時間まで維持すること、または冷蔵庫で4週間もしくはそれ以上まで保存することができる。トロンビンは、多くの場合慣習的な外科手術の実務に従って、吸収性のあるゼラチンスポンジまたは他の投薬媒体物と組み合わせて、出血している組織に止血のために適用することができる。トロンビンは組織接着剤またはフィブリン接着剤の成分として使用することもできる。これらまたは他のトロンビンの使用は当技術分野で周知である。
【0032】
本発明は第1密閉容器に入った希釈液および第2密閉容器に入った凍結乾燥したトロンビンを含むキットに入ったトロンビンをさらに提供する。希釈液は静菌的に効果的な量のベンジルアルコールまたはクロロブタノールを含む。標準的な実施形態では、希釈液はベンジルアルコールまたはクロロブタノールを含む生理食塩水(0.9w/v%の塩化ナトリウム溶液)である。キットは、噴霧器、シリンジ、またはその他同種の塗布用デバイスと、容器の中および外への液体の移動を容易にする1本もしくはそれ以上の針または他の移動用デバイスとをさらに具備してもよい。針を用いない移動用デバイスを含むこういったさまざまなデバイスは当技術分野で周知である。例については米国特許第6,558,365号明細書を参照されたい。説明書もキットに梱包されてよい。通常、第1密閉容器および第2密閉容器は第3容器に梱包される。キットの内容物は通常無菌である。第3容器も無菌にできる。
【0033】
本発明は以下の非制限的な実施例によってさらに説明される。
【実施例】
【0034】
(実施例1)
5mMのヒスチジン、150mMのNaCl、4mMのCaCl、0.1%のPEG3350、pH6.0に、表1に示すさまざまな濃度のマンニトールおよびスクロースを加えた中に、組み換えヒトトロンビン(Recombinant human thrombin:rhThrombin)を、1mg/mL(3200U/mL)製剤した。
【0035】
【表1】

溶液のアリコート1.6mLずつをバイアルに入れ、表2に示す条件下で凍結乾燥した。その後の分析のために、凍結乾燥したサンプルを必要に応じて水中で再構成した。凍結乾燥したサンプルおよび再構成したサンプルの目視観測を表3に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
【表3】

(実施例2)
5mMのヒスチジン、3%(w/v)のスクロース、4%(w/v)のマンニトール、150mMのNaCl、4mMのCaCl、0.1%のPEG3350、pH6.0に、組み換えヒトトロンビンを1mg/mL製剤した。溶液のアリコート1.6mLずつをバイアルに入れ、表4に示す条件下で凍結乾燥した。
【0038】
【表4】

(実施例3)
組み換えヒトトロンビン(「rhThrombin DP」、実施例2で開示した方法で調製されたもの)およびウシトロンビン(THROMBIN−JMI、Jones Pharma Incorporated, Bristol, VA; マンニトールおよび塩化ナトリウムを含む凍結乾燥粉体)各1バイアル(5,000IU)ずつを5mLの米国薬局方静菌性の食塩水で再構成した。ウシトロンビンは再構成したとき、外見上無色で濁りがあり泡が多かったが、一方組み換えトロンビンは無色で透明であった。続いて25℃で48時間保管した後、ウシトロンビンは無色で目視可能な沈殿物があり、組み換えトロンビンは依然として無色で透明であった。
【0039】
(実施例4)
rhThrombin DP、組み換えヒトトロンビン試験的製剤(実施例1、製剤T)、およびウシトロンビン(THROMBIN−JMI)各1バイアル(5,000IU)ずつを5.0mLの米国薬局方静菌性の食塩水で再構成した。再構成した溶液中のスクロースの濃度は、ウシトロンビンで0%、試験的トロンビンで0.17%、およびrhThrombin DPで1.0%であった。rhThrombinの溶液は両方とも透明であったが、一方ウシトロンビンの溶液は外見上濁りがあった。
【0040】
(実施例5)
rhThrombin DPのバイアル(5,000IU)を米国薬局方静菌性の食塩注射で再構成した(n=3)。再構成したサンプルを上下逆にして2〜8℃で1週間、2週間、4週間、6週間、9週間および13週間、ならびに25℃で8時間、24時間、および48時間保存した。保存後、サンプルを,外見、含有量(RP‐HPLCによる)、純度(RP‐HPLC)、有効性(凝血活性)、および高分子量(high−molecular−weight:HMW)の不純物(SE‐HPLC)について分析した。表5に示す通り、評価した期間と条件では著しい不安定性は観察されなかった。
【0041】
【表5】

(実施例6)
rhThrombin DPおよび試験的製剤のバイアル(各5,000IU)を1.6mLの静菌性の食塩水で再構成した。スクロースの濃度はrhThrombin DPの溶液で3.0%、および試験的製剤の溶液で0.5%であった。25℃では、再構成直後にも、24時間後にも、48時間後にも沈殿物は全く観測されなかった。
【0042】
(実施例7)
組み換えヒトトロンビンDPのバイアル(5,000IU)3本を、それぞれ5mLの静菌性の食塩水で再構成した。2〜8℃で13週間保存した後、沈殿物は全く観測されなかった。
【0043】
(実施例8)
組み換えヒトトロンビンDPを、生理食塩水中に0.9%または2.0%のベンジルアルコールを加えて再構成した。サンプルは25℃で保存した。0.9%のサンプルでは、再構成直後にも48時間後にも沈殿物は全く観測されなかった。2.0%のベンジルアルコールを含むサンプルは、再構成直後には沈殿物は見られなかったが、24時間後に沈殿物が見られた。
【0044】
(実施例9)
ウシトロンビンを1%のスクロースを含む静菌性の食塩水で再構成した。サンプルは25℃で保存した。再構成直後にも24時間後にも48時間後にも沈殿物は全く観測されなかった。
【0045】
(実施例10)
以下の防腐剤を、生理食塩水で再構成した組み換えヒトトロンビンDPのサンプルに個々に加えた。フェノール(1%、w/v)、m‐クレゾール(0.2%、v/v)、メチルパラベン(0.5%、w/v)、プロピルパラベン(1%、w/v)、またはクロロブタノール(0.5%、w/v)。サンプルは25℃で保存した。フェノールおよびm‐クレゾールのサンプルには24時間後に沈殿物が観測された。0.5%のクロロブタノールを含むサンプルは24時間後および48時間後に透明のままであった。メチルパラベンおよびプロピルパラベンは試験された濃度の溶液中では溶解できなかった。
【0046】
前述のことから、本発明の具体的な実施形態が説明の目的で本明細書に記載されてきたが、さまざまな改良が本発明の精神と範囲から逸脱することなくなされてもよいことは明らかである。したがって、本発明は添付の特許請求の範囲を除き、制限されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロンビンと、
ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤と、
0.10%〜5.0%(w/v)のスクロースと
を水溶液中に含む医薬組成物。
【請求項2】
緩衝液、塩、ポリオール、界面活性剤、アミノ酸、または追加の炭水化物の1つまたはそれ以上をさらに含む請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記防腐剤がベンジルアルコールである請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記ベンジルアルコールが0.8%〜1.5%(v/v)の濃度で存在する請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
マンニトールをさらに含む請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
前記マンニトールおよびスクロースが、マンニトール:スクロースの割合が1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)で存在する請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記トロンビンがヒトトロンビンである請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
前記ヒトトロンビンが組み換えヒトトロンビンである請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
前記トロンビンがウシトロンビンである請求項1に記載の組成物。
【請求項10】
トロンビンと、
薬学的に許容される緩衝液と、
0.10%〜5%(w/v)のスクロースと、
濃度0.8%〜1.5%(v/v)のベンジルアルコールまたは濃度0.4%〜0.6%(w/v)のクロロブタノールからなる群から選択された防腐剤と、
をpH5.7〜7.4の水溶液中に含む組成物。
【請求項11】
前記防腐剤がベンジルアルコールである請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
前記ベンジルアルコールの濃度が0.8%〜1.0%(v/v)である請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
前記スクロースの濃度が0.5%〜3.0%(w/v)である請求項10に記載の組成物。
【請求項14】
前記スクロースの濃度が約1%(w/v)である請求項10に記載の組成物。
【請求項15】
前記緩衝液が、ヒスチジン緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、コハク酸緩衝液、および酢酸緩衝液からなる群から選択された請求項10に記載の組成物。
【請求項16】
マンニトールをさらに含む請求項10に記載の組成物。
【請求項17】
前記マンニトールおよびスクロースが、マンニトール:スクロースの割合が1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)で存在する請求項16に記載の組成物。
【請求項18】
前記希釈液が塩化ナトリウムを含む請求項10に記載の組成物。
【請求項19】
前記トロンビンがヒトトロンビンである請求項10に記載の組成物。
【請求項20】
前記ヒトトロンビンが組み換えヒトトロンビンである請求項19に記載の組成物。
【請求項21】
前記トロンビンがウシトロンビンである請求項10に記載の組成物。
【請求項22】
前記トロンビンが0.1mg/mL〜5.0mg/mLの濃度で存在する請求項10に記載の組成物。
【請求項23】
前記トロンビンが0.3mg/mL〜3.0mg/mLの濃度で存在する請求項22に記載の組成物。
【請求項24】
pH5.7〜7.4の水溶液中で、
0.03mg/mL〜1.6mg/mLのトロンビンと、
0.17%〜1.3%(w/v)のスクロースと、
1.1%〜1.6%(w/v)のマンニトールと、
0.8%〜2.0%(w/v)のNaClと、
0〜1.6mMのCaClと、
0.001%〜0.32%(w/v)の界面活性剤または高分子量ポリエチレングリコールと、
薬学的に許容される緩衝液と、
ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤と、
から実質的になる水溶性の組成物であって、
前記緩衝液の濃度が外科手術の状況で前記組成物を利用するときにほぼ生理的pHになるように選択され、前記マンニトール:スクロースの割合が1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)である水溶性の組成物。
【請求項25】
前記マンニトール対スクロースの割合が1.33:1(w/w)である請求項24に記載の組成物。
【請求項26】
前記スクロース:トロンビンのモル比が少なくとも700:1である請求項24に記載の組成物。
【請求項27】
前記スクロース:トロンビンのモル比が少なくとも2000:1である請求項26に記載の組成物。
【請求項28】
前記防腐剤が濃度0.8%〜1.5%(v/v)のベンジルアルコールである請求項24に記載の組成物。
【請求項29】
トロンビンと、ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤の存在下で前記タンパク質を安定化させるのに十分な量のスクロースとを含む凍結乾燥した組成物を提供するステップと、
静菌的に効果的な量のベンジルアルコールまたはクロロブタノールを水中に含む希釈液を提供するステップと、
前記凍結乾燥した組成物と前記希釈液とを混合して溶液を作るステップであって、溶液中のスクロースの濃度が0.10%〜5.0%(w/v)であるステップと、
を含む、安定化したトロンビン溶液を調製するための方法。
【請求項30】
前記凍結乾燥した組成物が緩衝液、塩、またはポリオールをさらに含む請求項29に記載の方法。
【請求項31】
トロンビンと、少なくとも1つの薬学的に許容される賦形剤とを含む凍結乾燥した組成物を提供するステップと、
前記凍結乾燥した組成物を希釈液の中で再構成して薬学的に許容されるトロンビン溶液を提供するステップであって、前記希釈液は前記溶液中でベンジルアルコールの濃度を0.8%〜1.5%(v/v)にし、スクロースの濃度を0.10%〜5%(w/v)にするように選択されるステップと、
を含む、安定化したトロンビン溶液を調製するための方法。
【請求項32】
前記溶液がマンニトールをさらに含む請求項31に記載の方法。
【請求項33】
前記マンニトールおよびスクロースが前記溶液中にマンニトール:スクロースの割合が1:1を超えるが2.5:1以下(w/w)で存在する請求項32に記載の方法。
【請求項34】
第1密閉容器に入った、静菌的に効果的な量のベンジルアルコールまたはクロロブタノールを水中に含む薬学的に許容される希釈液と、
第2密閉容器に入ったトロンビンおよびある量のスクロースを含む凍結乾燥した組成物であって、前記スクロースの量は、前記凍結乾燥した組成物を前記希釈液で再構成するときにスクロースの濃度が0.10%〜5.0%(w/v)になるように選択される、凍結乾燥した組成物と
を具備するキット。
【請求項35】
前記希釈液がNaClをさらに含む請求項34に記載のキット。
【請求項36】
前記希釈液が静菌性の食塩水である請求項35に記載のキット。
【請求項37】
前記希釈液を前記第1密閉容器から前記第2密閉容器に移動するための手段をさらに具備する請求項34に記載のキット。
【請求項38】
説明書をさらに具備する請求項34に記載のキット。
【請求項39】
塗布用デバイスをさらに具備する請求項34に記載のキット。
【請求項40】
前記塗布用デバイスがシリンジまたは噴霧器である請求項39に記載のキット。
【請求項41】
前記第1密閉容器および前記第2密閉容器が第3容器に梱包されている請求項34に記載のキット。
【請求項42】
トロンビンを、これを必要とするほ乳類に投与する方法であり、
ベンジルアルコールおよびクロロブタノールからなる群から選択された静菌的に効果的な量の防腐剤を含む薬学的に許容される希釈液を提供するステップと、
トロンビンおよびある量のスクロースを含む凍結乾燥した組成物を提供するステップと、
前記凍結乾燥した組成物を前記希釈液で再構成して溶液を作るステップと、
前記溶液を前記ほ乳類に適用するステップと、
を含む方法であって、
前記凍結乾燥した組成物を前記希釈液で再構成するときにスクロースの濃度が0.10%〜5.0%(w/v)になるように前記スクロースの量が選択される方法。
【請求項43】
前記希釈液が静菌性の食塩水である請求項42に記載の方法。

【公表番号】特表2010−529997(P2010−529997A)
【公表日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−512373(P2010−512373)
【出願日】平成20年6月13日(2008.6.13)
【国際出願番号】PCT/US2008/066850
【国際公開番号】WO2008/157304
【国際公開日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(505222646)ザイモジェネティクス, インコーポレイテッド (72)
【Fターム(参考)】