説明

定量分析装置及び定量分析方法

【課題】該被膜に含まれる金属元素を正確に定量分析することができると共に、この定量分析における労力の削減と処理時間を短縮することができる定量分析装置及び定量分析方法を提案する。
【解決手段】基材の表面に形成された被膜に含まれる金属元素の定量分析を行う定量分析装置1であって、該分析装置1は、前記被膜を脱離するための液に前記基材を浸漬する基材浸漬手段12と、該浸漬した液中の前記金属元素を分析する分析手段10Aと、を少なくとも備えてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面に形成された被膜に含まれる金属元素の定量分析を行う装置及びその方法に係り、特に被膜に含まれる金属元素の含有量を迅速かつ正確に分析することができる定量分析装置及びその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、電気機器、ねじなどの部品の表面には、防錆を目的として、鍍金が施されることがある。例えば、このような機器、部品を基材とした表面に、電気鍍金もしくは無電解鍍金によりクロム鍍金を行った場合、基材表面に形成されたクロメート被膜には、金属元素として六価クロム(Cr(VI))が含まれる。そして、このような六価クロムを含有する機器、部品が使用後屋外等に廃棄されると、雨水などにより、これらの機器、部品から六価クロムが溶出して地下水を汚染し、環境を悪化するおそれがある。
【0003】
近年において、世界的にこのような環境問題に対する関心が高まっており、例えば、欧州においては、鉛、水銀、カドミウム、六価クロムの重金属と、臭化物難燃剤を2006年7月1日までに原則として非含有とすることを目的としたRoHS指令が発令されており、この指令による六価クロムを含む機器、部材の使用規制に対応すべく、クロメート被膜に含まれる六価クロムを正確に定量分析することが求められている。
【0004】
このようなクロメート被膜に含まれる六価クロムの測定方法の一例として、例えば、クロメート被膜が形成された試料を沸騰した純水で5分間加熱することにより六価クロムを溶出し、溶出した液を室温まで放冷し、この放冷した液を酸性とし、さらに酸性化した液にジフェニルカルバジドを添加して発色させた後、この吸光度を測定するような六価クロムの定量分析方法がJIS規格により定められている(非特許文献1参照)。
【0005】
また、この他の例として、例えば、測定対象物であるクロム化合物を中性の温水中で一定時間保持する工程と、前記温水とジフェニルカルバジドとを混合することにより混合液を得る工程と、前記混合液の吸光光度分析を行うことにより、前記混合液中の六価クロムを測定する工程とを含む六価クロムの測定方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0006】
【非特許文献1】「電気亜鉛めっき及び電気カドミウムめっき上のクロメート皮膜」、JIS H 8625、財団法人日本規格協会、1993年2月28日、p.6−8
【特許文献1】特開2005−274503号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、従来におけるJIS規格により定められた分析方法は、六価クロムを溶出する溶媒に水を使用している点と、浸漬時間が5分と短時間である点とから、クロメート被膜に含まれる全ての六価クロムを溶出することができなかった。そのため、定量分析により得られる六価クロムの定量値は、実際にクロメート被膜に含有する六価クロムの含有量(真値)よりも少ない値となり、この方法では、正確な定量分析を行うことができなかった。また、特許文献1に記載の如き方法は、六価クロムを溶出する溶媒に温水を使用しているので、クロメート被膜に含まれる六価クロムを安定して溶出させるには、温水に長時間、基材を浸漬しなければならなかった。
【0008】
さらに、これらの分析方法は、基材を浸漬液に浸漬させる工程、この基材を浸漬液中から引き上げて浸漬液を放冷する工程、この放冷した浸漬液に試料を混合する工程、及びこの混合した混合液を吸光分光装置に配置し混合液の吸光度を測定する工程、の複数の工程からなり、これらの工程は個別の機器を用いて行われるので、作業に労を要するものであった。
【0009】
本発明の目的とするところは、たとえクロメート被膜などの被膜に含まれる六価クロムのような金属元素であっても、該被膜に含まれる金属元素の定量分析を正確にすることができると共に、この定量分析における労力の削減と処理時間の短縮化を図ることができる定量分析装置及び定量分析方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、基材の表面に形成された被膜に含まれる金属元素の定量分析を行う定量分析ことであって、浸漬液に基材を浸漬し、基材から被膜を脱離させ、被膜を脱離した浸漬液中の金属元素の定量分析を行うことに関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、クロメート被膜などの被膜に含まれる六価クロムのような金属元素であっても、該被膜に含まれる金属元素の定量分析を正確に行うことができると共に、この定量分析における労力の削減と処理時間の短縮化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面に基づき本発明に係る定量分析方法を好適に行うことができる、被膜に含まれる金属元素を溶出させる溶出処理装置(前処理装置)10Aを備えた定量分析装置1の一実施形態について説明する。図1は、溶出処理装置10Aの全体構成図であり、図2は、この装置10Aを含む定量分析装置1の全体構成図である。
【0013】
図1に示すように、溶出処理装置10Aは、基材の表面に形成された被膜に含まれる金属元素を溶媒中に溶出させる処理を行う装置であって、被膜脱離用溶媒貯蔵槽11、被膜脱離槽(基材浸漬手段)12、被膜溶解槽(回収手段)13、及び被膜溶解用溶媒貯蔵槽(被膜溶解用溶媒供給手段)14を主に備えている。
【0014】
被膜脱離用溶媒貯蔵槽11は、たとえば酸性の溶媒などの被膜を脱離するための浸漬液(被膜脱離用溶媒)を被膜脱離槽12に供給するための槽(溶媒供給手段)であり、貯蔵槽11には、この被膜脱離用溶媒が貯蔵されている。この溶媒としては、例えば、鉄系金属材料の表面に形成されたクロメート被膜に含有する六価クロム(Cr(IV))を溶出させる場合には、基材そのものの溶解を抑制するためにも希塩酸が好ましい。そして、この貯蔵槽11は、貯蔵された溶媒が供給可能なように弁15を介して被膜脱離槽12に連通している。
【0015】
さらに、被膜脱離槽12は、被膜脱離用溶媒貯蔵槽11から供給された被膜脱離用溶媒により基材から被膜を脱離すべく、被膜脱離用溶媒(浸漬液)に基材を浸漬するための槽(基材浸漬手段)であり、被膜脱離槽12は、この基材を載置するための金網部12aと、基材が浸漬している浸漬液に超音波を照射する超音波照射装置(超音波照射手段(図示せず))とを備えている。そして、この被膜脱離槽12は、溶出した金属元素と脱離した被膜(脱離被膜)とを含有した浸漬液が、弁16を介して回収可能なように、被膜溶解槽13に連通している。
【0016】
一方、被膜溶解用溶媒貯蔵槽14は、浸漬液中の前記脱離被膜を溶解すべく、回収された浸漬液に被膜溶解用溶媒を供給するための槽(被膜溶解用溶媒供給手段)であり、この貯蔵槽11には、酸性溶媒が貯蔵されている。また、この脱離した被膜が前記したクロメート被膜である場合には、この貯蔵槽14の被膜溶解用溶媒は、濃塩酸であることが好ましい。そして、貯蔵された被膜溶解用溶媒が供給可能なように弁17を介して被膜溶解槽13に連通している。
【0017】
さらに、被膜溶解槽13は、被膜脱離槽12からの被膜を脱離した浸漬液を回収するための槽(回収手段)であると共に、被膜溶解用溶媒貯蔵槽14からの酸性溶媒により浸漬液中の脱離被膜を溶解するための槽であり、この被膜溶解槽13は、被膜溶解用溶媒が供給された浸漬液を加熱するためのヒーター(加熱手段)13aと、被膜が溶解した浸漬液が排出可能なように排出管18が配設されている。
【0018】
このように構成された溶出処理装置の操作方法について以下に示す。まず、検体である被膜が形成された基材を被膜脱離槽12に投入し金網部12a上に載置する。そして、弁15を開閉し、被膜脱離用溶媒貯蔵槽11の内にある被膜脱離用溶媒(酸性又はアルカリ性の溶媒)を基材が浸漬する一定量分まで被膜脱離槽12に送液し、浸漬液に基材を浸漬し、基材から被膜を脱離させる(被膜脱離工程)。
【0019】
さらに、基材に形成された被膜を効率良く脱離するために、必要に応じて超音波照射装置を作動させ、浸漬液に一定時間超音波を照射しながら、被膜を脱離させる。そして、弁16を開けて被膜脱離槽12の被膜が脱離し、金属元素が溶出した浸漬液(溶液)を被膜溶解槽13に全て回収し送液する。この際に、被膜脱離槽12や弁16に脱離した被膜が残存する可能性があるため、弁15を開閉し被膜脱離用溶媒貯蔵槽11から被膜脱離用溶媒を被膜脱離槽12に一定量送液し、洗浄することにより、これらの内壁に付着し残存した被膜も被膜溶解槽13に送る。
【0020】
さらに、先に示した被膜脱離工程と後述する分析工程との間の工程として、弁17を開閉し被膜溶解用溶媒貯蔵槽14内にある被膜溶解用溶媒を一定量送液する。これにより回収された浸漬液に被膜溶解用溶媒が供給され、この浸漬液の液特性を被膜が溶解可能な液性に変え、浸漬液中の脱離した被膜を溶解する(被膜溶解工程)。さらに、この被膜溶解工程は、必要に応じて、被膜溶解槽13の浸漬液をヒーター13aにより加熱し、液温を高め、浸漬液中の脱離被膜の溶解を促進させる。
【0021】
次に、このような溶出処理装置10Aを備えた定量分析装置1の全体構成を説明する。図2に示すように、定量分析装置1は、前記溶出処理装置10Aと、以下の如く前記溶出処理装置10Aにより被膜を脱離した浸漬液中の金属元素の定量分析を行う(分析工程を行う)分析手段10Bとして、試薬混合手段20、分光光度計(分光光度測定手段)30、及び、廃液貯蔵槽40を備えている。
【0022】
試薬混合手段20は、溶出処理装置10Aにより得られた浸漬液にpH調整試薬及び発色用試薬を混合するための混合装置であり、該試薬混合手段20は、pH調整用試薬が貯蔵された試薬貯蔵槽21、発色用試薬が貯蔵された試薬貯蔵槽22、浸漬液又はこれらの試薬を吸引するポンプ23〜25、及び浸漬液にこれらの試薬を混合するミキサー26,27を備えている。
【0023】
具体的には、ポンプ23は、溶出処理装置10Aの被膜溶解槽13からミキサー26に浸漬液が送液可能なように連通接続されており、ポンプ24は、試薬貯蔵槽21からpH調整用試薬が送液可能なようにミキサー26に連通接続されている。ポンプ23,24の流量は、この浸漬液を所望のpHにすべく、調整と可能になっている。
【0024】
ミキサー26は、二液混合のミキサーであり、この送液された浸漬液とpH調整用試薬を混合し、この混合した液をミキサー27に送液可能なように接続されている。一方、ポンプ25は、試薬貯蔵槽22からミキサー27にこの混合液が送液可能なように連通接続されており、ミキサー27は、ミキサー26から送液された混合液に、ポンプ25により送液された発色用試薬を混合し、この混合液を分光光度計30に送液可能なように接続されている。
【0025】
さらに、分光光度計30は、この発色用試薬を混合した混合液の吸光度を測定し、この浸漬液中の金属元素の濃度を求め、金属元素の定量分析を行うように構成されており、この分光光度計30は、この測定完了後の液を、廃液貯蔵槽40に廃液可能なように接続されている。
【0026】
このように構成された定量分析装置1により、以下の分析工程を行う。まず、ポンプ23により溶出処理装置10Aで処理した浸漬液を吸引すると同時に、ポンプ24により、pH調整剤を吸引し、これらの二液をミキサー26に送液し、このミキサー26により混合する。そして、この混合液は、ミキサー27に送液され、さらにポンプ25により吸引された発色用試薬と、この混合液とを、ミキサー27によりを混合する。この混合された液は、分光光度計30によりこの液の吸光度が測定され、この液に含有される六価クロムの濃度または量に変換され、測定後の溶液は廃液貯蔵槽40に廃液される。
【0027】
しかし、以上のようなポンプとミキサーを用いた一連の送液システムだけではなく、オートサンプラを用いてサンプルし、pH調整用試薬と発色用試薬をそれぞれ添加し混合した後、分光光度計に送液する測定装置であってもよい。
【0028】
このような定量分析装置を用いた定量分析方法において、被膜脱離槽(基材浸漬手段)12を用いて被膜脱離工程を行うので、この基材から被膜を脱離し、被膜に含まれる金属元素が溶出することができる。すなわち、単に水などの中性の溶液中に浸漬させる方法に比べて、この被膜に含まれる金属元素が浸漬液に溶出しやすくなり、被膜に含まれる金属元素の定量分析をより迅速かつ精度良く行なうことができる。そして、被膜脱離工程において、超音波照射手段を用いて、基材が浸漬している浸漬液に超音波を照射しながら、基材から前記被膜を脱離させているので、基材からの被膜の脱離をさらに促進することができる。
【0029】
また、被膜溶解槽(回収手段)13により、基材そのものの溶解を抑制すべく、浸漬液と基材を分離して、被膜を分離した浸漬液を回収し、被膜溶解用溶媒貯蔵槽(被膜溶解用溶媒供給手段)14を用いてさらに被膜溶解工程を行うので、この回収した浸漬液に含まれる脱離被膜を溶解し、この溶解した脱離被膜に含まれる金属元素までも溶出することができる。その結果、この金属元素の定量分析をより精度良く、確実に行なうことができる。また、ヒーター(加熱手段)13aが回収した浸漬液を加熱するので、脱離被膜の溶解を促進することができ、金属元素を溶出させる処理時間の短縮化を図ることができる。
【0030】
このようにして、該被膜に含まれる金属元素を正確に定量分析することができると共に、この定量分析における労力の削減と処理時間を短縮することができる。
【0031】
なお、各弁15〜17の開閉タイミング、及び、各ポンプ23〜26の流量を制御するための制御装置をさらに備えてもよく、この制御装置を備えることにより、pH調整用試薬、発色用試薬の添加と分光光度計による吸光度を測定と、を自動化することが可能となる。
【0032】
このような、定量分析装置1を用いて、クロメート被膜に含まれる六価クロムを定量分析する方法を以下に示す。この分析対象となる基材に形成された被膜は、クロメート被膜と亜鉛被膜を積層した被膜であって、前記亜鉛被膜を基材表面側に形成させた被膜である。
【0033】
まず、被膜脱離用溶媒貯蔵槽11に0.5M塩酸(被膜脱離用溶媒)を入れる。そして、被膜脱離槽12に被膜が形成された基材を投入し金網部12a上に載置する。次に、弁15を開閉し、被膜脱離用溶媒貯蔵槽11の内にある0.5M塩酸を、被膜が形成された基材に供給し、この基材が浸漬する一定量分まで被膜脱離槽12に送液する。
【0034】
次に、超音波照射装置を作動させ、基材が浸漬している浸漬液に、超音波を照射しながら5分間保持し、六価クロムを溶出させると共に基材からクロメート被膜を脱離させる。このクロメート被膜を脱離させた後、基材と浸漬液とを分離するために、弁16を開けて被膜溶解槽13においてこの被膜を脱離した浸漬液を回収する。さらに、弁15を開閉し少量の希塩酸を送液し被膜脱離槽12及び弁16を洗浄し、この洗浄液も被膜溶解槽13に送液する。このとき0.5M塩酸の浸漬液中にはクロメート被膜の残渣が存在する。
【0035】
そこで、弁17を開閉し被膜溶解用溶媒貯蔵槽14内にある11.6M濃塩酸(被膜溶解用溶媒)を一定量送液し、被膜溶解槽13内の浸漬液の液性を3Mの塩酸とする。この場合、塩酸3Mにするためには、61mLの前記濃塩酸を被膜溶解槽13に注入することになる。さらに被膜溶解槽13に搭載されているヒーターを作動させ、被膜溶解槽13内の浸漬液を50℃にし、この状態を20分間維持し、浸漬液中の脱離したクロメート被膜の溶解を促進させる。この一連の操作により電気亜鉛鍍金被膜上に形成されたクロメート被膜に含まれる六価クロムを効率良く溶出することができる。
【0036】
ところで、膜厚の異なる様々なクロメート被膜を前処理するためには、クロメート被膜の膜厚に応じて被膜脱離槽12における希塩酸と基材を分離する時間を調整する必要がある。この場合には、2価陽イオンを測定対象とした、ジデシルリン酸を膜組成とする液膜電極型のイオン選択性電極を設置し、クロメート被膜と亜鉛被膜を積層した被膜のうち亜鉛被膜が希塩酸に溶解したイオン化された亜鉛(Zn2+)の濃度を測定する濃度測定手段(図示せず)をさらに備えることが好ましい。このような濃度測定手段を設けることにより、被膜脱離槽12内の希塩酸に溶解したイオン化された亜鉛(Zn2+)の濃度を測定し、この亜鉛濃度の測定結果に基づいて、分離時間(被膜脱離工程を終了する時間)を調整することができる。具体的には、電極の指示値が一定に達し、亜鉛イオンに由来する2価陽イオンが一定濃度に達した時点で、弁16を開ける制御装置を備えてもよい。これにより、クロメート被膜のみを効率よく脱離することが可能となり、イオン化された亜鉛により六価クロムの濃度が低下することを抑制することができるので、クロメート被膜のみを効率よく基材から脱離させ、その被膜を含む浸漬液を効率よく回収することができる。
【0037】
また被膜脱離用溶媒としては希塩酸などの酸性溶媒だけではなく、アルカリ性溶媒を使用してもよい。電気亜鉛鍍金被膜上に形成されたクロメート被膜は、水酸化ナトリウム水溶液であってもクロメート被膜を脱離させることが可能であるからである。この場合は、被膜脱離用溶媒貯蔵槽11に水酸化ナトリウム水溶液を貯蔵し、被膜溶解用溶媒貯蔵槽14には濃塩酸を貯蔵し上記の方法と同様に行えばよい。このように、希塩酸又は水酸化ナトリウム水溶液を用いることにより、六価クロムを還元することなく、基材そのものの溶解を抑制し、被膜に含まれる六価クロムを溶出させると共に、クロメート被膜を基材から脱離することが可能となる。さらに、濃塩酸を用いることにより脱離したクロメート被膜を確実に溶解し、脱離したクロメート被膜に含まれる六価クロムを溶出させることができる。
【0038】
さらに、ジフェニルカルバジド−吸光光度法により、浸漬液に含まれる六価クロムの定量分析を行う。具体的には、吐出流量を0.92mL/分に調整したポンプ23により浸漬液を9.2mL、さらに吐出流量を0.06mL/分に調整したポンプ24によりpH調整剤として2Mの硫酸もしくは塩酸0.6mLを吸引してミキサー26に送液し、これら二液をミキサー26により混合し、この混合液に対して、0.02mL/分に調整したポンプ25により、発色用試薬として1%のジフェニルカルバジド溶液を0.2mLの割合となるようにミキサー27により混合し、この混合された全ての溶液を分光光度計(分光光度測定手段)30に送液し、この混合液に対する540nmの吸光度を測定し、六価クロムの濃度を算出し、六価クロムの定量分析を行うので、クロメート被膜に含まれる六価クロムを確実に溶出させることができ、信頼性の高い六価クロムの定量分析を行うことができる。そして、測定後の溶液は廃液貯蔵槽40に廃液される。
【0039】
<検証実験>
以下に本実施形態における作用を実験的に検証した検証例をその比較例と共に、以下に説明する。
【0040】
(検証例1)
クロメート被膜が形成された試験片A[20×45mm(厚さ2mm),Ep−Fe/Zn8]を準備し、被膜脱離用溶媒貯蔵槽11に0.5M塩酸を入れ、被膜脱離槽12にこの試験片Aを投入し、金網部12a上に載置した。そして、弁15を開閉し、被膜脱離用溶媒貯蔵槽11の内にある0.5M塩酸を、試験片Aに供給し、試験片Aが浸漬する一定量分まで被膜脱離槽12に送液した。次に、超音波照射装置を作動させ、超音波を、この溶媒に試験片Aが浸漬した液に超音波を照射しながら所定の時間保持し、六価クロムを溶出させると共に基材からクロメート被膜を脱離させた。なお、浸漬時間を1〜10分間の範囲において行った。溶出した全クロム(全Cr)、亜鉛(Zn)、鉄(Fe)量を原子吸光光度計により定量した結果を図3に示す。
【0041】
(比較例1)
検証例1と同じ試験片Aを準備し、50mLの純水の入った容器に試験片を浸漬し、この試験片の入った純水を30〜180分間加熱して沸騰水とし、六価クロムを純水中に溶出させ、ジフェニルカルバジド−吸光光度法により溶出した六価クロムの定量分析を行った。なお、試験体を沸騰水に浸漬した時間を、30〜180分の範囲において行った。この結果を図4に示す。さらに、X線光電子分光法により120分間浸漬した場合の試験片表面にある六価クロムの分析を行った。
【0042】
(比較例2)
比較例1と異なる装置において製造した試験片Bを準備し、比較例1と同様の分析試験を行った。この結果を図4に示す。
【0043】
(結果1)
図3に示すように、検証例1において、浸漬時間が5分間以上である場合に全クロム量が一定となった。さらに蛍光X線分析装置により浸漬した試験片表面のクロム量を測定したところ、5分間の浸漬により完全に脱離していることを確認した。また、浸漬時間が長くなるに従って(7分間程度まで)、クロメート被膜の下層に存在する亜鉛被膜の亜鉛の溶解量が増大した。
【0044】
図4に示すように、比較例1、2に用いた試験片A,Bの六価クロムの溶出の挙動は異なるが、いずれの場合も120分間以上浸漬させると、六価クロムの溶出量が一定となった。さらに、120分間浸漬した場合の試験片表面をX線光電子分光法により六価クロムを分析したところ、表面に六価クロムは残存しており、その溶出率は約50%であった。
【0045】
(考察1)
この結果1から、検証例1の如き塩酸を用いた方法で六価クロムを溶出させると、基材から短時間で安定して六価クロムを溶出することが可能であると考えられる。また、比較例1,2の如く、沸騰水による六価クロムの溶出には最低でも120分間を要し、JIS規格の規定時間の5分間では処理時間が短い。さらに、X線光電子分光法の結果から、120分間浸漬した場合の試験片表面には六価クロムは残存しており、沸騰水に浸漬する方法では、被膜から六価クロムを完全に溶出することができないと考えられる。
【0046】
(検証例2)
検証例1と同じようにして、試験片から浸漬液に六価クロムを溶出させた。検証例1と異なる点は、浸漬時間の経過にあわせて、希塩酸に溶解したイオン化された亜鉛(Zn2+)の濃度を測定し、この亜鉛イオンの溶解量が、40mg以上になるまで、試験片を浸漬し、その後、その液をジフェニルカルバジド−吸光光度法により、六価クロムを定量分析した点である。この結果である、亜鉛の溶出量と六価クロムの定量値の関係を図5に示す。
【0047】
(比較例3)
検証例2と同じようにして、試験片から六価クロムを溶出させた。検証例2と異なる点は、この亜鉛イオンの溶解量が、40mg以上試験片を浸漬した点である。この結果を図5に示す。
【0048】
(結果2)
検証例2では、亜鉛の溶解量が増加しても、六価クロムの定量値には変化が無かったが、比較例3では、亜鉛の溶解量が増加するに従って、六価クロムの定量値は減少した。
【0049】
(考察2)
この結果2から、亜鉛被膜が溶解し、イオン化された亜鉛(Zn2+)の溶解量が増加すると、この亜鉛イオンにより六価クロムが三価クロムに還元されたので、六価クロムの定量値が減少したと推測される。そのため、六価クロムの定量値を正確に測定するには、クロメート被膜が脱離し、Znが多量に溶出していない時点で、浸漬液を回収し、浸漬液から試験片を取り出す必要があると考えられる。なお、この点を考慮すると、この試験片では0.5M塩酸に5分間浸漬した時点で取り出すと、還元されることなく六価クロムを定量分析することができると考えられる。
【0050】
(検証例3)
検証例1と同じように、希塩酸に試験片を5分間浸漬させて、浸漬液に六価クロムを溶出させた。さらに、この六価クロムが溶出された浸漬液に、11.6M濃塩酸(被膜溶解用溶媒)を一定量送液し、被膜溶解槽13内の浸漬液の液性を3Mの塩酸となるように、濃塩酸を添加した。そして、20〜150分間において、この浸漬液の六価クロムの量を、ジフェニルカルバジド−吸光光度法により定量した。その結果を図6に示す。
【0051】
(検証例4)
検証例3と同じようにして、試験片Aから浸漬液に六価クロムを溶出させ、さらに、この浸漬液に濃塩酸を添加した。実施例と異なる点は、この濃塩酸を添加した浸漬液を加熱した点である。検証例3と同様に、この浸漬液の六価クロムの量を、ジフェニルカルバジド−吸光光度法により定量した。その結果を図6に示す。
【0052】
(比較例4)
検証例3と同じように、試験片Aから浸漬液に六価クロムを溶出させた。検証例3と粉なる点は、浸漬液に濃塩酸を添加せず、浸漬液を0.5M塩酸の状態を保持した点である。検証例3と同様に、この浸漬液の六価クロムの量を、ジフェニルカルバジド−吸光光度法により定量した。その結果を図6に示す。
【0053】
(結果3)
検証例3の如く浸漬液の酸濃度を3Mの塩酸とし、この浸漬液を加熱したものは、他のものに比べ、浸漬液中の脱離被膜の溶解は迅速に進み、処理時間20分間で六価クロムの溶出量は一定値に達した。検証例4の如く浸漬液の酸濃度を高めた3Mの塩酸中では比較例4に比べ脱離被膜の溶解速度は速くなり、およそ150分間で一定値に達した。比較例4の如く0.5Mの塩酸中では脱離したクロメート被膜が溶解する速度は検証例3,4に比べて非常に遅く、処理時間を150分間にしたとしても溶出量は一定にはならなかった。
【0054】
(考察3)
この結果3から、脱離したクロメート被膜には六価クロムが含まれており、より正確に六価クロムの定量分析を行うためには、この脱離被膜を含む浸漬液は完全に溶液化し、この被膜を溶解する必要があると考えられる。脱離したクロメート被膜を含む浸漬液の酸濃度を、高濃度にすると共に加熱することによって、短時間で脱離したクロメート被膜に含まれる六価クロムを溶液化できると考えられる。
【0055】
(六価クロム回収量の確認試験)
(1)0.5M塩酸に試験片Aを室温条件で浸漬し、直ちに超音波を照射した。5分後に試験片を取り出し、最終的に3M塩酸になるように濃塩酸を添加した。その後,50℃に加熱して,処理開始後30〜160分間の六価クロムを定量した(六価クロム無添加)。
【0056】
(2)試験片Aを浸漬する0.5M塩酸溶液中に、予め100μgの六価クロムクロム[ニクロム酸カリウムとして添加]を添加し、上記と同じようにして、試験片Aを室温条件で浸漬し、直ちに超音波を照射した。5分後に試験片を取り出し、最終的に3M塩酸になるように濃塩酸を添加した。その後,50℃に加熱して,処理開始後30〜160分間の六価クロムを定量した(六価クロム添加)。これらについてそれぞれ2回の試験を行った。この結果を図7に示す。なお、このときの亜鉛の溶出量は六価クロムクロム無添加の場合には40mg以下、六価クロムを添加した場合には60mg以下の溶出量となるようした。
【0057】
(結果4)
図7に示すように、検体間の再現性の高い結果が得られた。さらに、得られた添加、無添加のそれぞれ2回の実験における六価クロムの量の平均を求め、それらの差から添加量に対する回収率を算出すると、六価クロムの添加量に対して85〜90%の回収率が得られ、クロムの酸化状態がほとんど変化していないことが確認された。
【0058】
(考察4)
この結果4から、本実施形態に係る定量分析方法によって全てのクロメート被膜が基材から脱離し、この脱離した被膜を溶解する場合には、この回収率と同程度の六価クロムの回収率を見込むことができ、これまでの方法(比較例1,2に示す方法:JIS H8625)より高い回収率が得られる。
【0059】
(考察5)
以上の考察1〜4から、六価クロムの定量分析を行う最適な条件は以下のすべてを満たす条件である。1)試験片を0.5M塩酸に浸漬し,超音波を5分間照射しクロメート被膜を脱離させる。2)この溶液(脱離被膜を含む浸漬液)全体が3Mになるように濃塩酸を添加する3)この溶液(被膜が溶解した浸漬液)を50℃で20分間加熱しクロメート被膜を完全に溶解する。4)この溶液を冷却後、ジフェニルカルバジド−吸光光度法により六価クロムクロムを定量する。の上記4項目により達成されることがわかった。
【0060】
以上、本発明に係る溶出処理及び定量分析の装置の一実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【0061】
たとえば、このような定量分析装置は、被膜脱離用溶媒貯蔵槽が被膜溶解層に供給する溶媒の流量(送液量)と供給タイミング、及び、被膜溶解用溶媒貯蔵槽(被膜溶解用溶媒供給手段)が、浸漬液に供給する被膜溶解用溶媒の流量(送液量)と供給タイミングを、制御すべく、前記した各弁を作動させる制御装置をさらに備えてもよい。
【0062】
さらに、被膜溶解槽(回収手段)が浸漬液を回収するタイミングを制御するべく、前記弁を作動させる制御装置を設けてもよい。また、前記各ポンプの動作、及びミキサーの運転時間等を自動かすべく、これらの機器を制御する制御装置をさらに備えてもよい。
【0063】
このような制御装置を備えることにより、溶出処理から鍍金中金属元素の定量分析結果のアウトプットまでが自動で行え、労力の削減につながる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本実施形態に係る溶出分析装置の全体構成図。
【図2】図1に示す溶出分析装置を備えた定量分析装置の全体構成図。
【図3】検証例1に係る原子吸光光度計による測定結果を示した図。
【図4】比較例1及び2に係る溶出した六価クロムの測定結果を示した図。
【図5】検証例2及び比較例3に係る亜鉛の溶出量と六価クロムの定量値の関係を示した図。
【図6】検証例3,4及び比較例4に係る六価クロムの定量値の結果を示した図。
【図7】六価クロムの回収量を確認するための試験結果を示した図。
【符号の説明】
【0065】
1:定量分析装置,10A:溶出処理装置,10B:分析手段,11:被膜脱離用溶媒貯蔵槽(溶媒供給手段),12:被膜脱離槽(基材浸漬手段),12a:金網部,13:被膜溶解槽(回収手段),13a:ヒーター(加熱手段),14:被膜溶解用溶媒貯蔵槽(被膜溶解用溶媒供給手段),15〜17:弁,20:試薬混合手段,21:pH調整用試薬が貯蔵された試薬貯蔵槽,22:発色用試薬が貯蔵された試薬貯蔵槽,23〜25:ポンプ,26,27:ミキサー,30:分光光度計(分光光度測定手段),40:廃液貯蔵槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に形成された被膜に含まれる金属元素の定量分析を行う定量分析方法であって、
前記定量分析方法は、浸漬液に前記基材を浸漬し、前記基材から前記被膜を脱離させる被膜脱離工程と、
前記被膜を脱離した前記浸漬液中の前記金属元素の定量分析を行う分析工程と、
を少なくとも含むことを特徴とする定量分析方法。
【請求項2】
前記被膜脱離工程と前記分析工程との間に、前記浸漬液に被膜溶解用溶媒を供給し、前記浸漬液中の前記脱離被膜を溶解する被膜溶解工程をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の定量分析方法。
【請求項3】
前記被膜溶解工程は、前記浸漬液を加熱しながら、前記脱離被膜を溶解するものであることを特徴とする請求項2に記載の定量分析方法。
【請求項4】
前記被膜脱離工程は、前記基材が浸漬している前記浸漬液に超音波を照射しながら、前記基材から前記被膜を脱離させるものであることを特徴とする請求項1に記載の定量分析方法。
【請求項5】
前記被膜は、少なくともクロメート被膜を含む被膜であり、前記金属元素は、六価クロムであることを特徴とする請求項1に記載の定量分析方法。
【請求項6】
前記被膜は、クロメート被膜と亜鉛被膜を積層した被膜であって、前記亜鉛被膜を前記基材表面側に形成させたものであり、
前記被膜脱離工程の終了は、前記浸漬液による前記亜鉛被膜の溶解でイオン化された亜鉛の濃度の測定結果に基づいて実施することを特徴とする請求項1に記載の定量分析方法。
【請求項7】
前記被膜脱離工程の前記浸漬液は、希塩酸又は水酸化ナトリウム水溶液であり、前記被膜溶解工程の前記被膜溶解用溶媒は、濃塩酸であることを特徴とする請求項5又は6に記載の定量分析方法。
【請求項8】
前記分析工程における前記定量分析は、ジフェニルカルバジド−吸光光度法により行われることを特徴とする請求項5に記載の定量分析方法。
【請求項9】
基材の表面に形成された被膜に含まれる金属元素の定量分析を行う定量分析装置であって、
該定量分析装置は、前記被膜を脱離するための浸漬液に前記基材を浸漬する基材浸漬手段と、
前記被膜を脱離した前記浸漬液中の前記金属元素の定量分析を行う分析手段と、
を少なくとも備えることを特徴とする定量分析装置。
【請求項10】
前記定量分析装置は、前記基材浸漬手段の前記浸漬液を回収する回収手段と、
回収した前記浸漬液中の前記脱離被膜を溶解すべく、前記浸漬液に被膜溶解用溶媒を供給する被膜溶解用溶媒供給手段と、
をさらに備えることを特徴とする請求項9に記載の定量分析装置。
【請求項11】
前記定量分析装置は、回収した前記浸漬液を加熱する加熱手段をさらに備えることを特徴とする請求項10に記載の定量分析装置。
【請求項12】
前記定量分析装置は、前記基材が浸漬している前記浸漬液に超音波を照射する超音波照射手段をさらに備えることを特徴とする請求項9に記載の定量分析装置。
【請求項13】
前記被膜が、少なくともクロメート被膜を含む被膜であり、前記金属元素が、六価クロムであり、
前記分析手段は、前記浸漬液にpH調整試薬及び発色用試薬を混合する試薬混合手段と、該試薬を混合した混合液の吸光度から混合液に含有される六価クロムの含有量を測定する分光光度測定手段と、を備えることを特徴とする請求項9に定量分析装置。
【請求項14】
前記被膜は、クロメート被膜と亜鉛被膜を積層した被膜であって、前記亜鉛被膜を前記基材表面側に形成させたものであり、
前記基材浸漬手段は、前記浸漬液による前記亜鉛被膜の溶解でイオン化された亜鉛の濃度を測定する濃度測定手段を備えることを特徴とする請求項9に記載の定量分析装置。
【請求項15】
前記被膜を脱離するための前記浸漬液は、希塩酸又は水酸化ナトリウム水溶液であり、前記被膜溶解用溶媒は、濃塩酸であることを特徴とする請求項13または14に記載の定量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−198797(P2007−198797A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−15440(P2006−15440)
【出願日】平成18年1月24日(2006.1.24)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】