説明

導電性高分子アクチュエータ材料

【課題】
本発明の課題は導電性高分子アクチュエータ機能において酸化還元反応に伴うイオンの吸・脱着により発現するが、カーボンナノチューブを分散させる新たな手法を試み、導電性高分子アクチュエータ材料を高性能化させることである。
【解決手段】
上記課題を解決するために、導電性高分子アクチュエータ材料を、導電性高分子中に分散されたカーボンナノチューブの表面が前記導電性高分子と化学的に結合されていることとし、前記導電性高分子アクチュエータ材料が、導電性高分子モノマーおよびイオンドープ剤添加のカーボンナノチューブ分散液を用いて、電解重合されていることを特徴とする手段を採用した。
また、導電性高分子アクチュエータ材料において、前記カーボンナノチューブと前記導電性高分子とは、カルボキシル基を介して結合されている。さらに、前記カーボンナノチューブが多層カーボンナノチューブであることとし、前記導電性高分子としてポリピロールを用いたことを特徴とする手段を採用こととした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブの分散化により、アクチュエータ機能を向上させた導電性高分子アクチュエータ材料とその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
介護ロボット等の生活支援システムの高度化が求められ、そのキーテクノロジーとして、人の筋肉に似た、柔らかい動きができ、低電圧動作で安全な人工筋肉となるアクチュエータが求められている。
しなやかなアクチュエータとして、高分子アクチュエータがある。ポリピロール(Polypyrrole)、ポリアニリン(Polyaniline)などの電気化学的な酸化還元反応によりアクチュエータ機能を発現する導電性高分子アクチュエータ(非特許文献1−5、特許文献2)、高分子ゲルを用いて高分子中を水分が移動することによりアクチュエータ機能を発現するイオン導電性高分子アクチュエータ(特許文献1、3)、分極特性を利用したPVDFなどの圧電高分子アクチュエータ(非特許文献6)などがあるがいずれも、上記応用には不十分であった。
【0003】
アクチュエータ機能をもつ、あるいは、その可能性をもつ高分子材料の性能向上のため、多様な試みがなされている。導電性高分子材料表面にカーボンナノチューブをコーティング、またはカーボンナノチューブシート表面に導電性カーボンナノチューブをコーティングするなどして、導電性を向上させたコンポジット材料(非特許文献2−5)、イオン導電性高分子材料に導電性粒子を分散させ、あるいは多層化して導電性を向上させたコンポジット材料(特許文献1、3)、導電性高分子材料表面にカーボンナノチューブなどを含むゲル状の電極をコーティングして導電性を高めた導電性アクチュエータ高分子材料(特許文献2)、さらには、カーボンナノチューブを分散させて高強度化した圧電高分子材料(非特許得文献6)などであるがいずれも、上記のような目標に達するようなものはえられなかった。
【0004】
低電圧で作動し、電圧負荷に伴う伸縮率と発生応力が高分子材料の中では大きい、導電性高分子アクチュエータ材料は最も期待される材料であるが、生活支援システム等への応用には、発生応力は不十分である。導電性高分子の強度を高め、発生応力を高めるには、カーボンナノチューブを分散させるのが最も効果的と考えられる。カーボンナノチューブは、軽量(1.8g/cm)、高弾性(1TPa)、高強度(100GPa)で、その上、導電率や熱伝導率が高い。これらの物性・特性は、導電性高分子アクチュエータ材料の性能向上に極めて効果的である。しかしながら、カーボンナノチューブを凝集させずに一様に分散させるのは困難であり、また、カーボンナノチューブは、その表面が滑りやすいため、マトリクスの導電性高分子材料との結合力が弱い。そのため、カーボンナノチューブの分散による高強度化、高性能化を実現するのは困難であった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高性能で人に優しいアクチュエータ、即ち、しなやかで、軽く、アクチュエータとしての伸縮率や発生応力が大きく、低電圧作動する材料が求められている。このようなアクチュエータ材料の応用化、実用化を実現するには、導電性高分子アクチュエータ材料を高性能化、特に、強度や発生応力を増大させるのが効果的である。導電性高分子アクチュエータ機能は、酸化還元反応に伴うイオンの吸・脱着により発現するが、従来、導電性高分子アクチュエータ材料の高性能化には、このドープするイオン種の選定など、手段は限られていた。
本発明では、強度や発生応力を増大させるためには、効果的と考えられるが、一様分散や導電性高分子との結合性の点から、試みられなかった、あるいは成功しなかったカーボンナノチューブを分散させる新たな手法を試み、導電性高分子アクチュエータ材料を高性能化させることに成功した。
【課題を解決するための手段】
【0006】
今後、その重要性が増す、導電性高分子アクチュエータ材料の高性能化、特に高伸縮率と高発生応力を併せ持たせることを目的とし、カーボンナノチューブを導電性高分子中に一様に分散させ、分散したカーボンナノチューブをマトリクスの導電性高分子と強く結合させることに成功した。その結果、導電性高分子アクチュエータ材料の高伸縮率を維持し、発生応力を増大させることができた。
本発明は、カーボンナノチューブ分散導電性高分子材料およびその作製方法を提供するものである。
発明1の導電性高分子アクチュエータ材料は、導電性高分子中に分散されたカーボンナノチューブの表面が前記導電性高分子と化学的に結合されていることを特徴とする。
発明2は、発明1の前記導電性高分子アクチュエータ材料が、導電性高分子モノマーおよびイオンドープ剤添加のカーボンナノチューブ分散液を用いて、電解重合されていることを特徴とする。
発明3は、発明1および2の導電性高分子アクチュエータ材料において、前記カーボンナノチューブと前記導電性高分子とは、カルボキシル基を介して結合されていることを特徴とする。
発明4は、発明1から3の導電性高分子アクチュエータ材料において、前記カーボンナノチューブが多層カーボンナノチューブであることを特徴とする。
発明5は、発明1から4のいずれかの導電性高分子アクチュエータ材料において、前記導電性高分子としてポリピロールを用いたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明では、導電性高分子アクチュエータ材料の主要なアクチュエータ特性である伸縮率と発生応力とを併せ持たせるために伸縮率を落とさず、強度および発生応力を高める方法として、カーボンナノチューブを一様、均一に分散させ、しかもマトリクスの導電性高分子と強く結合させることに成功した。
【0008】
導電性高分子アクチュエータ材料の代表的なアクチュエータ機能である伸縮率や最大発生応力等の性能向上には、これまで、吸・脱着により導電性高分子を伸縮させるイオン種のドープ剤の選択や電解重合方法の最適化などに頼っていたが、このような従来の試みは、既に限界に達しているといえよう。
【0009】
本発明では、カーボンナノチューブを均一に分散させること、および分散させたカーボンナノチューブをマトリクスの導電性高分子と強く結合させることに成功し、従来成功していなかった、カーボンナノチューブ分散による導電性高分子アクチュエータの高伸縮率と高発生応力を併せもたせる新たな方法の開発に成功した。カーボンナノチューブの分散化により、導電性高分子のポリピロールの電気化学的な歪みを変えずに(8%)、引っ張り強度を2倍、弾性率を50%向上させた。引っ張り強度や弾性率の向上は最大発生応力を直接的に向上させる。このような高性能化により、人の筋肉のように柔らかく、人の何十倍もの大きな力を発生させる、導電性高分子アクチュエータ材料の開発が可能となった。介護ロボット等の生活支援システムの実用化を進展させるトリガーとなる発明といえる。
【0010】
本発明の目的は、導電性高分子アクチュエータ材料の性能を極限まで向上させることよりも、新たな性能向上方法を開示し、今後の導電性高分子アクチュエータ材料開発の分野と方法を明らかとすることである。今後、この分野における新たな材料開発や大きな進歩を生むのに大いに貢献すると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】電解重合させた多層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルムおよびポリピロールフィルム表面の走査型電子顕微鏡写真。観察したフィルム表面は作用電極のTi板側で、同様なサイズの孔が両方のフィルムにも分布している。(a)は多層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルム、(b)はポリピロールフィルム。
【図2】電解重合させた多層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルムとポリピロールフィルムのTi板の裏側の液側の表面の走査型電子顕微鏡写真。(a)は多層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルム、(b)はポリピロールフィルム。コンポジットフィルムには、ポリピロールで被覆されたカーボンナノチューブが表面に突き出ている。
【図3】作用電極のTi板上への多層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジット形成メカニズム。(a)は電圧負荷前の状態、ピロールモノマーを含む電解液中に多層カーボンナノチューブがランダムに分散している。(b)は電圧負荷直後の状態、多層カーボンナノチューブはTi板に引き寄せられ、電界線に沿ってならび、デンドライト構造を形成する。(c)はポリピロールの電解重合が始まる状態、ピロールモノマーがTi板およびデンドライト状の多層カーボンナノチューブ表面で電解重合する。(d)は電解重合により合成したポリピロールが成長し、フィルムを形成する。
【図4】電気化学的反応に伴う電流変化および充・放電電荷量。(a)は多層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルムの電圧変化(+0.7Vと−0.7Vの交互負荷)に伴う電流変化を示す。電圧変化のスピードはドープ剤の拡散速度に対応する。(b)は(a)の電流量から計算したコンポジットおよびポリピロールフィルムに蓄積される電荷量で、平均値とばらつき幅を示している。
【図5】多層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルムおよびポリピロールフィルムの引っ張り特性。(a)は応力―ひずみ特性、(b)はコンポジットフィルムとポリピロールフィルムの引っ張り強さで、平均値とばらつき幅を示している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、導電性高分子アクチュエータ材料を高性能化させる手段として、カーボンナノチューブを導電性高分子中に分散させ、機械的強度を高め、このことにより、アクチュエータ機能をもたらす発生応力を向上させることを目的としている。カーボンナノチューブは、既に説明しているように、軽く(1.8g/cm)、高弾性(1TPa)、高強度(100GPa)、さらには、導電性がよく、熱伝導性もよい。これらの特性はすべて、導電性高分子アクチュエータ材料の高性能化に結びつくが、ここでは、高弾性と高強度に着目している。カーボンナノチューブを分散させて、引っ張り強度や弾性率等を向上させるには、カーボンナノチューブを一様、均一に分散させ、カーボンナノチューブとマトリクスの導電性高分子と強く結合させる必要がある。
【0013】
そのための基本的な方策として、(1)最適なカーボンナノチューブの種類を選択し、(2)マトリクスの導電性高分子と結合するための表面修飾を行い、(3)カーボンナノチューブを均一に分散する溶液を選択し、(4)導電性高分子モノマーと導電性高分子の伸縮をもたらすイオン種のドープ剤とともに電解重合させて、カーボンナノチューブを一様に分散させた導電性高分子アクチュエータ材料を合成する。このような方策により、初めて、カーボンナノチューブ分散による導電性高分子アクチュエータ材料の機械的強度を向上させることができる。
【0014】
以下の実施例では、出発点となる導電性高分子は、最も性能がよいこと(非特許文献1)が知られているポリピロールを選択し、ドープ剤には、高伸縮率(39.6%)をもたらすが、発生応力が低く(1.9MPa)なるスルホンイミド系のビス(ノナフルオロブタンスルホニル)イミド(C18)(以後NFSIと呼ぶ)を用い、カーボンナノチューブとして、単層カーボンナノチューブ(以後SWCNTと呼ぶ)および多層カーボンナノチューブ(以後MWCNTと呼ぶ)を用いた。具体的な方法を次の実施例で示す。
【実施例1】
【0015】
カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットの作製
ドープ剤として、NFSIを選択し、NFSIをドープしたカーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットと比較のための純粋なポリピロールとを電解重合により合成した。
【0016】
(1)カーボンナノチューブの前処理
分散させるカーボンナノチューブには、SWCNTとMWCNTとを用いた。これらのカーボンナノチューブをHSOとHNOを3対1の体積割合で混合した酸に10時間浸漬処理し、その後、蒸留水で、すすぎ洗いをし、その液のpHが7になるまで繰り返した後、空気中で乾燥させた。この処理により、SWCNTとMWCNTの長さは、2μmに切断され、その表面はカルボキシル基(−COOH)で修飾された。
【0017】
(2)カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットの電解重合
前処理されたSWCNTとMWCNTのそれぞれについて、メチルベンゾネート(Methyl Benzonate、以後MBと呼ぶ)液中に超音波をかけながら0.034g/dmの割合で分散させた。この分散液にイオン種のドープ剤のNFSIを0.2mol/dmの割合で添加し、さらにピロール(Pyrrole)モノマーを0.25mol/dmの割合で添加した。この液中にTiの板を作用電極、Pt板を対極として浸漬し、直流電源(KEPCO社製の125−1DM)につなぎ、作用電極での電流密度が0.2mA/cmとなるよう、一定の電流を流した。15℃、6時間の電解重合を行い、陽極にセットしたTi板上にカーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルムを合成させた。コンポジットフィルムで覆われたTi板をアセトン中に10秒間浸漬した後、コンポジットフィルムをTi板から剥がし、空気中で乾燥した。比較に用いるカーボンナノチューブを分散させていないポリピロールも同様の方法で電解重合させた。
【実施例2】
【0018】
電解重合されたコンポジットフィルムの構造的特徴
電解重合させたSWCNT分散フィルムとMWCNT分散フィルムのマクロおよびミクロの形態と構造的特徴を調べた。
【0019】
(1) SWCNT分散フィルムとMWCNT分散フィルム
MWCNT分散フィルムは、平滑、一様で、柔軟性に富んでいた。それに対し、SWCNT分散フィルムは、表面に皺を生じ、脆く、厚さも一様ではない。ポリピロールだけの電解重合フィルムは、両者の中間の形態を示した。
透過型電子顕微鏡による微視的観察では、ポリピロール中に分散させた単層カーボンナノチューブ束は、凝集し、相互に絡み合っていたが、多層カーボンナノチューブ束は、相互に絡み合うことなく、相互に独立して分散していた。この違いは、多層カーボンナノチューブがMB液中に一様に分散されたことによるもので、この一様分散がコンポジットフィルム中での一様分散に繋がったと考えられる。
【0020】
このコンポジットフィルムの形態からして、MWCNTがポリピロール中への分散に適しているといえる。
【0021】
(2) MWCNT分散フィルムの表面構造
MWCNT分散フィルムとポリピロールだけのフィルムの表面を走査型電子顕微鏡で観察した。図1は、電解重合で合成したフィルムの作用電極側の表面を示す。図1aおよび1bに示された両フィルムの表面には、マイクロスケールの孔がほぼ一様に同様に分布している。この多数の孔は電解重合後、アセトン中に浸漬後乾燥した際の収縮により形成されたものである。このポーラスな構造は、NFSIをドープしたポリピロールフィルムに特徴的にみられるもので、ゲル状の膨潤による大きな電気化学的歪みに寄与すると考えられる。
【0022】
電解重合の作用電極側ではなく、その裏の液側のフィルムの表面の走査型電子顕微鏡観察結果を図2に示す。MWCNT分散フィルムでは、図2aに示すように、表面には数百nmから数μm径の棒状のものが突き出している。この棒状に表面に突き出ているものは、電解重合の際に、MWCNTがポリピロールに表面を覆われ、フィルム内に組み込まれたと考えられる。電解重合させたポリピロールだけのフィルムには図2bに示されるように、このような突き出し現象はみられない。
【0023】
電解重合において、作用電極のTi上にMWCNT分散フィルムが合成されるメカニズムを図3に示す。図3aは電圧負荷前の状態で、MWCNTは、ピロールモノマーが添加されているMB液中にランダムに分布している。MWCNT表面のカルボキシル基はMB中で、−COO基とHに一部解離する。電圧を負荷した状態の図3bでは、マイナスにチャージされたMWCNTは陽極の電極に引き寄せられ、相互に連結し、電極に対して垂直方向に、樹脂状に成長する。図3cでは、電解重合が始まっている段階で、ピロールモノマーが電極表面およびMWCNT表面で電解重合されている。この際、−COO基がポリマー合成を促進している。図3dでは、MWCNTとポリピロールの厚いコンポジットフィルムが形成されている。図2aの棒状の突き出しは、図3dに示されるように、MWCNTがポリピロールに一様に被覆され、マトリクスと結合して、分散していることを示す。
【実施例3】
【0024】
SWCNT分散フィルム、MWCNT分散フィルムのアクチュエータ特性および機械的特性
SWCNT分散フィルム、MWCNT分散フィルムのアクチュエータ特性である電気化学的伸縮率と機械的特性を調べ、カーボンナノチューブ分散により、伸縮率を落とさず、機械的特性を向上させることを確認した。
【0025】
(1)アクチュエータ特性(電気化学的伸縮率)
電解重合させたSWCNT分散フィルム、MWCNT分散フィルムとポリピロールフィルムから、長さ14mm、幅4mmの試験片を採取し、アクチュエータ特性(伸縮率)の計測と機械的特性の試験に用いた。
【0026】
電気化学的伸縮率計測には、この試験片を作用電極とし、NFSI添加のプロピレンカーボネート(Propylene Carbonate、以後PCと呼ぶ)に浸漬し、Ag/Ag電極を参照電極、Pt板を対極に用いた。ポテンショスタット(伯東社製、HA−151)により、作用電極のフィルムと参照電極間に角状の電圧波となる+0.7Vと−0.7Vを交互に負荷し、これに伴う電流を計測した。電圧負荷に伴う試験片の伸縮は、試験片下部の基準ポイントの変位を光学顕微鏡で計測した。
【0027】
図4aは、コンポジットフィルムを作用電極としたときの作用電極と参照電極間の電位変化に伴う電流変化を示す。この電流変化はドープ剤のNFSIがポリピロール主鎖に取り込まれた時、逆に液中に戻った時に生じ、NFSIの取り込みにより延伸し、液中への拡散により収縮する。図4aの電流変化から充・放電される電荷量を計算し、コンポジットフィルムとポリピロールフィルムのそれぞれに蓄積される電荷量を比較した。多数の試験片のデータの平均値と最大・最小値を併せて、図4bに示す。コンポジットフィルムとポリピロールフィルムとは、ほぼ同じである。
【0028】
ドープ剤のフィルムへの侵入や液中への拡散により、伸縮を生じるが、最大の伸びは、コンポジットフィルムで7.4±1.1%、ポリピロールフィルムで8.0±2.3%であった。
両者はほぼ同等のアクチュエータ伸縮率をもつといえ、カーボンナノチューブ分散により、アクチュエータ伸縮率は特に低下しなかったといえる。この電気化学的伸縮率が文献データ(非特許文献1)に比べて小さいのは、NFSIの添加量が少ないことと、負荷電圧が0.7Vと低電圧であることによる。添加量を増加させ、電圧を増大させれば、文献データ並の伸縮率が得られると考えられる。
【0029】
(2)機械的特性
電解液中での試験片に生じる応力を計測する精度のよい装置がないため、ここでは、引っ張り強度と弾性率を測定した。アクチュエータ特性の最大発生応力は前記の伸縮率に弾性率をかけることにより、フックの法則で容易に得られる。
【0030】
MWCNT分散フィルムとポリピロールフィルムの引っ張り試験結果における応力―歪み曲線を図5aに示す。MWCNT分散フィルムは、ポリピロールだけのフィルムより、歪みに伴う応力の上昇率が格段に大きく、最大引っ張り応力もはるかに大きい。MWCNT分散のコンポジットフィルムの引っ張り強度は15.8MPaであり、ポリピロールの8.4MPaに対して2倍近い。弾性率も約50%上昇している。機械的特性は、カーボンナノチューブ分散により、格段に向上し、アクチュエータ機能の最大発生応力も計算上50%向上している。図5bは両フィルムの引っ張り強さを比較して示す。平均値、統計的な信頼性幅、最大および最小値を併せて示した。
【0031】
カーボンナノチューブ分散は、一様に分散させることができ、マトリクスと強く結合させることができれば、伸縮率を落とさず、機械的特性、さらには最大発生応力を格段に向上させることができる。
【0032】
表2に、上記の試験・計測結果を示し、その結果に基づき、多層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルムとポリピロールだけのフィルム、さらには、参考のため、単層カーボンナノチューブ分散ポリピロールコンポジットフィルムについてまとめ、表1に比較して示す。
なお、表1の実験番号は、表2の試料番号の接頭番号に対応している。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0035】
介護ロボットを始めとして、今後、生活支援システムの高度化が求められ、これに対応する産業が育成され、進展していくであろう。このような生活システムのキーテクノロジーは、人の筋肉のようにしなやかで、発生する応力ははるかに大きく、低電圧動作の安全なアクチュエータである。現在、これに最も近いのが、ポリピロール等の導電性高分子アクチュエータ材料である。本発明では、ポリピロールのもつしなやかさと安全性をそのまま維持して、発生応力を著しく向上させる方法を発明した。この発明により、導電性高分子アクチュエータの応用範囲が格段に広がり、産業としての進展も促進される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0036】
【特許文献1】特開2005−176412
【特許文献2】特開2005−199389
【特許文献3】特開2007−126624
【非特許文献】
【0037】
【非特許文献1】イーメックス社ホームページhttp://www.eamex.co.jp/denshi_hp/denshi_idex.htm(導電性高分子アクチュエータ)、
【非特許文献2】Adv. Mater. 2000, 12, No.7, 522−526, G.Z. Chen, M. S. P. Shaffer, D. Coleby, G. Dixson. W. Zhou, D. J. Fray, A. H. Windle (図3)
【非特許文献3】SYNTHETIC METALS, 151(2005)85−91, G. M. Spinks, B. Xia, V−T. Truong, G. G. Wallace
【非特許文献4】Adv. Mater.2002, 14, No.5, March4, 382−385, M. Hughes, M. S. P. Shaffer, A. C. Renouf, C. Singh, G. Z. Chen, D. J. Fray, A. H. Windle(図1−2)
【非特許文献5】Smart Materials and Structures, 12(2003)626−632, M. Tahhan, V−T. Truong, G. M. Spinks, G. G. Wallace(図2−3)
【非特許文献6】Proc. SPIE/Volume6999932/Energy Harvesting and Storage, Vol.6932, 693232 (2008), J. Kim, K. J. Loh, P. Lynch
【非特許文献7】Polym.J. 36, 933(2004), S. Hara, W. Takashima, K. Kanato

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性高分子からなり、電解液中での加電によりひずみを生じる導電性高分子アクチュエータ材料であって、前記導電性高分子内に一様に分散されたカーボンナノチューブの表面が前記高分子と化学的に結合されていることを特徴とする導電性高分子アクチュエータ材料。
【請求項2】
請求項1に記載の導電性高分子アクチュエータ材料において、導電性高分子モノマーおよび導電性高分子に出入りし伸縮させるイオン種添加のカーボンナノチューブ分散液を用いて、電解重合させて合成されていることを特徴とする導電性高分子アクチュエータ材料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の導電性高分子アクチュエータ材料において、前記カーボンナノチューブが多層カーボンナノチューブであることを特徴とする導電性高分子アクチュエータ材料。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の導電性高分子アクチュエータ材料において、前記カーボンナノチューブと前記高分子とは、カルボキシル基を介して結合されていることを特徴とする導電性高分子アクチュエータ材料。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の導電性高分子アクチュエータ材料において、前記高分子としてポリピロールを用いたことを特徴とする導電性高分子アクチュエータ材料。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−275417(P2010−275417A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−129136(P2009−129136)
【出願日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、科学技術振興機構、地域イノベーション創出総合支援事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】