説明

導電性高分子材料、導電性高分子フィルム及びこれを用いた導電性高分子アクチュエータ

【課題】外部刺激により繰り返し伸長、収縮、変形し、通常の室内湿度環境下においてフィルムにしたとき、4%以上の変形率を実現することのできる導電性高分子材料を提供する。
【解決手段】ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)/ポリ(4−スチレンスルホン酸)複合体(PEDOT/PSS)に、高分子有機酸又は高分子有機塩を添加してなる導電性高分子材料。とくに前記高分子有機酸としてポリ(4−スチレンスルホン酸)(PSS−H)、又は前記高分子有機塩として前記PSS−Hの水素イオンをアルカリ金属元素イオン又はアンモニウムイオン等のカチオンに置換したものを用いた導電性高分子材料。さらに上記の高分子材料にPEDOT/PSS溶液に対する重量比で3〜20%のエチレングリコールを添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルム状の導電性高分子材料に通電して外部刺激を与え、これにより分子の吸脱着を発生させて高分子材料を伸縮・変形させることのできる導電性高分子材料、そのフィルム及びこれを用いた高分子アクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
高分子フィルム又は繊維の電気的外部刺激による変形方法は、本発明の発明者である奥崎秀典氏等により、下記の特許文献1、2に開示されている。これらの特許文献においては、高分子フィルム又は繊維を用い、電気刺激による分子の吸脱着によって、気体中でピロール系高分子フィルム又は繊維を伸縮または屈曲せしめる方法が開示されている。
【0003】
下記の特許で開示されている高分子フィルム又は繊維の伸縮率は、特許文献1(特許第3131180号公報)の図3又は図4、あるいは特許文献2(特許第3102773号公報)の図4、図5から、概ね1.5%〜2%程度である。即ち、下記の特許により提供される高分子フィルム又は繊維の変形率は、最大でも2%程度である。
【0004】
一方、本発明者らは先にポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)/ポリ(4−スチレンスルホン酸)複合体(PEDOT/PSS)の高分子フィルム又は繊維の変形方法とこれを用いた高分子アクチュエータを提案している(特願2007−72348)。この高分子フィルムの最大変形率は、フィルムが置かれている環境、とくにその湿度に依存する。例えば25℃、80〜100%RHの環境では4%を超える最大変形率になるが、25℃、50%RHの環境下では、最大で2.4%であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3131180号公報
【特許文献2】特許第3102773号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したような、特許文献1、2における2%の程度の変形率では、高分子フィルムを点字装置等のアクチュエータとして利用することは難しい。これは、その程度の伸縮では視覚障害者がその変化を指触で十分に認識できないためである。また、開閉装置への応用の場合にあっては、十分な開閉度が確保できないという問題がある。即ち、特許文献1、2で開示された技術を実際の製品に適用するには、開示されている技術では、必ずしも十分な伸縮率が確保できないと言える。
【0007】
一方、PEDOT/PSSの高分子フィルムでアクチュエータを構成する場合には、アクチュエータの動作環境を極めて湿度の高い条件に維持する必要があり、設備作製や性能維持のための負担が大きくなる。
【0008】
そこで、本発明は、従来技術の問題点である通常の室内環境下では2%程度の変形率しか実現できないといった課題を解決する目的でなされたものである。即ち、本発明の目的は、従来の外部刺激により空気中などの気体中(乾式)で、素早く、繰り返し伸長、収縮、変形することができる導電性高分子材料であって、通常の室内湿度環境下において4%以上の変形率を実現することのできる導電性高分子フィルム及びこれを用いた導電性高分子アクチュエータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明の導電性高分子材料は、ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)/ポリ(4−スチレンスルホン酸)複合体(以下PEDOT/PSSと略記)に、高分子有機酸又は高分子有機塩を添加してなることを特徴とするものである。
【0010】
前記高分子有機酸は、ポリ(4−スチレンスルホン酸)(以下、PSS−Hと略記)であることが好ましい。
本発明者らの知見によれば、PEDOT/PSSにPSS−Hを添加することにより、これを用いた高分子フィルムの最大収縮率は、25℃、50%RHの環境下で2.4%程度から、3〜5%に増大することが明らかになった。これにより、通常の室内湿度環境下において4%以上の変形率を実現することのできる高分子アクチュエータを提供することが可能になった。
【0011】
また、上記の導電性高分子材料においては、前記高分子有機塩が、前記PSS−Hの水素イオンの全部又は一部をアルカリ金属元素イオン、アルカリ土類金属元素イオン又はアンモニウムイオンよりなるイオン群から選ばれた1種又は2種以上のカチオンに置換したものであることが好ましい。
これにより、電圧印加による初期寸法変化をほとんどゼロにすることができるようになり、これを用いた高分子アクチュエータの動作の安定性を維持することが可能になった。
【0012】
また、上記の導電性高分子材料においては、前記PEDOT/PSS中のポリ(4−スチレンスルホン酸)と、前記PSS−H中のポリ(4−スチレンスルホン酸)との重量比(PEDOT/PSS:PSS−H)が3:7〜7:3の範囲内にあることが好ましい。この比が7:3未満では、電圧印加時の最大収縮率の増加分が不十分であり、この比が3:7を超えると高分子フィルムの導電性が低下して好ましくないためである。
【0013】
また、上記の導電性高分子材料においては、上述した構成に加えて、エチレングリコールをPEDOT/PSS溶液に対する重量比で3〜20%添加してなることが好ましい。
エチレングリコールを添加することにより、高分子フィルムの導電性を顕著に向上させることができる。
【0014】
また、上記の導電性高分子材料においては、上述した構成の溶液に酸又は塩基を添加して、該添加液のpHが2.5〜2.8になるように調整されていることが好ましい。
pHを調整することにより、高分子フィルムへの通電時の応答速度をほとんど劣化させることなく寸法安定性を向上させることが可能になった。
【0015】
また、上記導電性高分子材料においては、上述した構成に加えて、ナノクレイがPEDOT/PSS溶液に添加されていることが好ましい。
【0016】
さらに、上記ナノクレイの添加量は、PEDOT/PSS溶液に対する重量比で30%以下であることが好ましい。
ナノクレイを添加することにより、PEDOT/PSSの電気収縮率を1.5倍以上向上させることができる。
【0017】
本発明の導電性高分子フィルムは、上述した導電性高分子材料のいずれかの溶液を基材上に塗布し、形成された塗布膜を乾燥した後、前記基材から分離して作製されたものであることを特徴とする。
【0018】
本発明は、上記のフィルムを用いた導電性高分子アクチュエータを含むものである。
【発明の効果】
【0019】
この発明によれば、従来の外部刺激による分子の吸脱着により、25℃、50%RHの環境下で導電性高分子フィルムを4%以上変形させることができる。この結果、通常の室内環境下で安定に動作する変位の大きな導電性高分子アクチュエータを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の導電性高分子フィルムにおける電導度の測定結果の例を示す図である。
【図2】本発明の導電性高分子フィルムにおける最大電気収縮率の測定結果の例を示す図である。
【図3】本発明の導電性高分子フィルムの電気収縮挙動の例を示す図である。
【図4】PSSの中和塩を添加したフィルムにおける印加電圧と収縮率との関係の例を示す図である。
【図5】PSSの中和塩を添加したフィルムにおける印加電圧と初期寸法変化との関係の例を示す図である。
【図6】PEDOT/PSSにPSS−H及びその中和塩を添加する効果の説明図である。
【図7】PSSの中和塩を添加したフィルムにおける印加電圧と最大収縮速度との関係の例を示す図である。
【図8】PSSの中和塩を添加したフィルムにおける印加電圧と最大伸長速度との関係の例を示す図である。
【図9】pHを変更して作製したフィルムの印加電圧と収縮率との関係の例を示す図である。
【図10】pHを変更して作製したフィルムの印加電圧と初期寸法変化との関係の例を示す図である。
【図11】pHを変更して作製したフィルムの印加電圧と最大伸長速度との関係の例を示す図である。
【図12】ナノクレイを添加した導電性高分子フィルムの電気収縮挙動を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施例において、ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)/ポリ(4−スチレンスルホン酸)(PEDOT/PSS)をベースとし、これに各種の添加物をその添加量を変えて添加した高分子材料溶液から、キャストフィルムを作製し、このフィルムの特性を評価する試験を行った。試験の内容は、下記の5項目に大別される。
試験A:ポリ(4−スチレンスルホン酸)(PSS−H)添加試験
試験B:PSS−Hとエチレングリコール(EG)添加試験
試験C:PSS−Hの中和塩添加試験
試験D:溶液pH調整試験
試験E:ナノクレイ添加試験
これらの試験におけるキャストフィルムの作製方法、フィルム特性の評価方法、評価結果につき、以下に項目別に説明する。
【0022】
1.キャストフィルムの作製方法
(1)PSS−H添加試験
ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)/ポリ(4−スチレンスルホン酸)(PEDOT/PSS)の溶液は、市販品(Baytron P AG,H.C.Starck製)を用いた。これは、水を溶媒として、ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)を約0.3重量%(対溶液重量比)、ポリ(4−スチレンスルホン酸)(PSS−H)を約0.8重量%溶解してなるものである。この溶液において、PEDOTは繰り返しユニット数が5〜15個程度のオリゴマーであり、PSSは分子量40万程度の高分子である。PSSのマイナス電荷とPEDOTのプラス電荷とが静電結合することで、PEDOT/PSSの複合体(ポリイオンコンプレックス)が形成されている。
【0023】
この溶液にポリ(4−スチレンスルホン酸)(PSS−H)(Aldrich社製)の溶液を混合し、さらに、界面活性剤としてドデシルベンゼンスルホン酸(ソフト型)(東京化成工業製)を、混合溶液に対して0.01wt%混合させてよく撹拌した後、テフロン(登録商標)シャーレ(直径105mm)に計り取り、空気中60℃で6時間乾燥させ、さらに真空中160℃で1時間熱処理することによって、PSS−Hを添加したPEDOT/PSSのキャストフィルムを作製した。
【0024】
PSS−Hの添加量は、PSSの全量PSS(Total)=PSS(in PEDOT/PSS)+PSS(in PSS−H)とPSS(in PSS−H)との比をR=PSS(in PSS−H)/PSS(Total)と定義し、Rを0〜0.9の範囲で0.1刻みで変えて、計10種類のキャストフィルムの作製を行った。
【0025】
(2)PSS−HとEG添加試験
上記と同じPEDOT/PSS溶液を用いた。この溶液に上記と同じ(PSS−H)溶液を混合し、PEDOT/PSS溶液に対してエチレングリコール(EG)(東京化成工業製)をそれぞれ3wt%、10wt%、20wt%添加した。また、上記と同様に、界面活性剤としてのドデシルベンゼンスルホン酸(ソフト型)(東京化成工業製)を、混合溶液に対して0.01wt%混合させてよく撹拌した後、テフロン(登録商標)シャーレ(直径105mm)に計り取り、空気中60℃で6時間乾燥させ、さらに真空中160℃で1時間熱処理することによって、PSS−Hを添加したPEDOT/PSSのキャストフィルムを作製した。
【0026】
PSS−Hの添加量は上記Rで、0、0.3、0.5、0.6、0.7、0.9の6段階に変え、それぞれにEGを3wt%、10wt%、20wt%の3段階に変えて、計18種類のキャストフィルムの作製を行った。
【0027】
(3)PSS−Hの中和塩添加試験
上記と同じPEDOT/PSS溶液を用い、これに上記と同じPSS−HをRが0.7になるように添加し、さらにPEDOT/PSS溶液に対してエチレングリコール(東京化成工業製)を10wt%添加し、界面活性剤としてのドデシルベンゼンスルホン酸(ソフト型)(東京化成工業製)を、混合溶液に対して0.01wt%混合させてよく撹拌した後、テフロン(登録商標)シャーレ(直径105mm)に計り取り、空気中60℃で6時間乾燥させ、さらに真空中160℃で1時間熱処理することによって、PSS−Hを添加したPEDOT/PSSのキャストフィルムを作製した。
【0028】
また、添加するPSSとしてPSS−H(Mw=75000)の他に、ポリ(4−スチレンスルホン酸ナトリウム塩)(PSS−Na,Mw=70000)(Aldrich社製)、ポリ(4−スチレンスルホン酸リチウム塩)(PSS−Li,Mw=75000)(Aldrich社製)、ポリ(4−スチレンスルホン酸アンモニウム塩)(PSS−NH,Mw=200000)(Aldrich社製)、さらにPSS−H(Mw=75000)をアンモニア水(関東化学製)で中和し対イオンを置き換えたポリ(4−スチレンスルホン酸アンモニウム塩)(PSS−NH,Mw=75000)を用い、計5種類のキャストフィルムの作製を行った。
【0029】
(4)溶液pH調整試験
上記と同じPEDOT/PSS溶液を用い、これに上記と同じPSS−HをRが0.7になるように添加し、またエチレングリコール(東京化成工業製)を10wt%、さらにドデシルベンゼンスルホン酸(ソフト型)(東京化成工業製)を0.01wt%加えてよく撹拌した。さらに、その混合溶液にアンモニア水(1N)を滴下し、pHメータ(F−53,堀場製作所製)を用いて5種類のpH(pH2.2、2.4、2.5、2.6、2.8)に溶液をそれぞれ中和してよく撹拌した後、テフロン(登録商標)シャーレ(直径105mm)に計り取り、空気中60℃で6時間乾燥させ、さらに真空中160℃で1時間熱処理することによって、PSS−H(一部PSS−NH)を添加したPEDOT/PSSのキャストフィルムを作製した。
【0030】
(5)ナノクレイ添加試験
[P/NCフィルム溶液の調整]
PEDOT/PSS溶液をビーカーに秤量し、PEDOT/PSS溶液に対してドデシルベンゼンスルホン酸(ソフト型)(東京化成工業製)を0.01wt%、エチレングリコール(東京化成工業製)を3wt%の割合で加え、攪拌子を入れてマグネチックスターラーでよく攪拌した。この混合溶液に、PEDOT/PSS溶液と等量の0.2wt%のナノクレイ(以下、NC)(ロックウッドアディティブズ社,LAPONITE XLG)分散液を加え、P/NCフィルム溶液を調整した。使用したNC分散液の濃度は、フィルム中のNC固形成分量に換算して、14wt%に相当する。
【0031】
[P/PSS/NCフィルム溶液の調整]
PEDOT/PSS溶液をビーカーに秤量し、PEDOT/PSS溶液に対してドデシルベンゼンスルホン酸(ソフト型)(東京化成工業製)を0.01wt%、エチレングリコール(東京化成工業製)を10wt%の割合で加えた。さらに、ポリ(4−スチレンスルホン酸)(PSS−H)(Aldrich社製)の溶液をPEDOT/PSS溶液とPSS−Hの重量比が3:7となるように加え、攪拌子を入れてマグネチックスターラーでよく攪拌した。この混合溶液にPEDOT/PSS溶液と等量の0.2wt%のNC分散液を加え、P/PSS/NCフィルム溶液を調整した。使用したNC分散液の濃度は、フィルム中のNC固形成分量に換算して、17wt%に相当する。
【0032】
[キャストフィルム溶液の調整]
調整した混合溶液を脱気後、テフロン(登録商標)シャーレにキャストし、空気中50℃で8時間乾燥させ、さらにテフロン(登録商標)シャーレに入れたまま真空中160℃で1時間熱処理することによって、P/NCフィルムおよびP/PSS/NCフィルムを作製した。
【0033】
2.フィルムの評価方法
(1)フィルムの膜厚および電導度測定
作製したフィルムの膜厚は、マイクロメータ(MDC−25MJ,ミツトヨ製)を用いて10箇所測定したうちの下限値と上限値を除いた平均を測定値とし、電導度は抵抗率計(ロレスタGP,三菱化学製)を用いて10箇所測定したうちの下限値と上限値を除いた平均を測定値とした。
【0034】
(2)フィルムの引張試験
引張試験機(EZ−TEST,島津製作所製)を用いて、作製したフィルムの引張試験を行った。フィルムは3次元レーザーマーカー(ML−Z9550,KEYENCE社製)で幅2mmに切り出し、チャック間20mmにあわせた台紙に張り付け両側をセロファンテープで固定させた。台紙に貼付けたサンプルの膜厚をマイクロメータ(MDC−25MJ,ミツトヨ製)で測定し、サンプル幅をカセットメータ(TM,ミツトヨ製)で測定した。キャリブレーションをかけた引張試験機のチャックにサンプルを取り付け台紙の真中をはさみで切った。試験条件を入力し、ロードセルに負荷が少しかかる状態(フィルムが張る状態)でゼロ点合わせをし、下記の条件で引張試験を行った。
【0035】
フィルムのヤング率、切断強度、切断伸度、靭性をPC上の解析ソフトTrapezium2で解析した。測定の際、温度と相対湿度をデジタル温湿度計(CTH−1100,CUSTOM社製)で測定した。また測定の際に温度と湿度を一定にするために、引張試験機の周りにプラスチック製のチャンバーを取り付け、温度と湿度を一定に保った。
試料幅:2mm
チャック間隔:20mm
歪み速度:10%/min
サンプリングタイム:0.05sec
ストレインゲージ:20N
温度:30℃
湿度:50%RH
【0036】
(3)フィルムの電気収縮特性の評価
作製したキャストフィルム(膜厚14〜18μm)を長さ50mm(P/PSS/NCフィルムは長さ25mm)、幅2mmに切り出した。ただし、チャックの掴みしろを考慮して4mm程度長めに切り出す。切り出す際、フィルムの切り口にクラックが生じないようにカッターナイフの刃を直接切り口に押し当て、上からハンマーで叩き一気に切断した。切り出したフィルムを測定セルの金メッキを施したチャックにはさみ、チャック間が50mmになるように固定した。
【0037】
直流安定化電源(MSAZ36,日本スタビライザー工業製)を用いてチャック間に直流電圧を印加し、伸縮挙動を変位センサー(EX−416V,KEYENCE社製)で測定した。測定は周囲環境を一定に保つため、恒温恒湿槽(KCL−2000W,EYELA社製)を用いて温度25℃、周囲湿度50%RHの一定環境下で行った。電圧OFF(0〜60s)、ON(60〜360s)、OFF(360〜500s)を1サイクルとしデータ収集システム(NR−500,KEYENCE社製)を用いて各印加電圧におけるデータをコンピュータ上で解析した。
【0038】
3.試験結果と考察
(1)PSS−Hを添加したフィルムの評価
PSS−Hの添加割合(前記のR)を変えて作製した10種のフィルムの膜厚は、いずれの割合においても10数〜20数μm程度であった。また、フィルムの電導度は、PSS−H割合すなわちRの値が大きくなるにつれて低下し、PSS−Hを添加していないフィルムでは約1.5S/cmであったのに対して、R0.9のフィルムでは約0.3S/cmとなった。これは添加するPSS−Hの割合が多くなるにつれて、電気伝導を担うPEDOTの割合が少なくなったためと考えられる。
【0039】
次に、引張試験の結果について説明する。作製したフィルムのうちPSS−Hの割合Rが0.9のフィルムは非常に脆く引張試験が行えなかった。引張試験で測定できる特性としてフィルムのヤング率、切断強度、切断伸度、靭性等があげられる。ヤング率及び切断強度はRが大きくなるにつれて値が低下する傾向が認められた。しかし、Rを変えてもフィルムの切断伸度と靭性にはあまり影響がないことが判明した。Rが0.8以下であれば、高分子アクチュエータとして必要な機械的特性は確保されると考えられる。
【0040】
(2)PSS−HとEGを添加したフィルムの評価
フィルムの膜厚はEG濃度が高い程厚く、PSS−Hの割合Rが大きくなるにつれて薄くなる傾向にあることが確認できた。また電導度は、EGの添加により顕著に増大することが確かめられた。EG無添加の時の電導度は、Rが0〜0.7の範囲で、0.5〜2S/cm程度あったのに対して、EG3〜20%の添加で、電導度は50〜200S/cm程度まで増大する(図1参照)。また、EGを添加した場合にも、電導度はRが大きくなるにつれて低下する。例えば、PSS−Hを添加していないフィルムでは100S/cm以上の高導電性を示したが、Rが0.9では数S/cmと減少した。これは、EG無添加の場合と同じく、Rが大きく多くなるにつれて、電気伝導を担うPEDOTの割合が少なくなったためと考えられる。
【0041】
図2に各条件で作製したフィルムの最大電気収縮率を示す。ただし作製したフィルムのうちRが0.9のフィルムは、電導度が非常に低くほとんど電流が流れなかったため、電気収縮特性の評価が行えなかった。図1及び図2の結果から、PSS−Hの割合Rの適正範囲はR=0.3〜0.7程度と考えられる。
【0042】
図2に見られるように、PSS−Hを添加しない従来の最適条件(R=0,EG3wt%)で最大電気収縮率が2.4%であるのに対して、PSS−Hを添加するといずれのEG濃度においても最大電気収縮率が3%以上に向上することがわかった。
【0043】
これは親水性のPSS−Hを添加することによって、フィルムがより多くの水分子を吸着していることに起因する。すなわち、これらが吸脱着することにより大きなフィルムの体積変化が起こったと考えられる。またPSS−Hの割合Rが大きくなるにつれてフィルムの最大電気収縮率は大きくなり、PSS−Hの割合R=0.7、EG濃度10wt%の条件で作製したフィルムの電気収縮率が最大で5%以上になった。
【0044】
実際にR=0.7、EG濃度10wt%の条件で作製したフィルムに各電圧を印加した際の電気収縮挙動の例を図3に示す。印加電圧20Vでフィルムの変位長は約2.5mm、収縮率で約5%に達した。これはPSS−Hを加えない従来のフィルムの最大収縮率に対して2倍以上の値となっている。
【0045】
以上の結果から、EGの添加はフィルムの電導度を顕著に増大させるとともに、電気収縮率を向上させる上でも、ある程度の効果があるものと推測される。EG添加濃度の適正範囲には、本実施例で試験した範囲(PEDOT/PSS溶液に対する重量比で3〜20%)全体が含まれる。
【0046】
(3)PSS−Hの中和塩を添加したフィルムの評価
表1に用いたPSS−Hの中和塩の種類と作製したキャストフィルムの膜厚と電導度を示す。いずれのフィルムにおいても膜厚15〜18μm、電導度数十S/cmのフィルムを作製することができた。
【0047】
図4に、表1に示す5つのフィルムの印加電圧と収縮率との関係の例を示す。各電圧に対するフィルムの収縮率は印加電圧とともに増加するが、ある電圧以上では逆に低下するものもあった。これは、水分子の脱着による収縮に対してジュール熱による熱膨張がより顕著に現れたためと考えられる。
【0048】
電気収縮率はPSS−H(Mw=75000)とPSS−Li(Mw=75000)のフィルムで最も大きく約5%であったが、その他の種類のPSSでは減少しPSS−NH(Mw=75000)、PSS−Na(Mw=70000)、PSS−NH(Mw=200000)の順番となった(図4)。
【0049】
本発明の高分子フィルムには、電圧を印加することによって、初期寸法が変化するものがある。かかる寸法変化はアクチュエータに用いる場合の障害となるので、電圧印加による初期寸法変化をいかに少なくするかが課題となる。
【0050】
図5は、表1に示す5種のフィルムの印加電圧と初期寸法変化との関係の例を示す図である。図5に見られるように、電圧印加に伴うフィルムの初期寸法変化をみると、PSS−H(Mw=75000)では初期寸法が徐々に伸びていく。これに対して、PSS−Na(Mw=70000)、PSS−Li(Mw=75000)、PSS−NH(Mw=200000)では、ほとんど初期寸法変化がないことがわかった。またPSS−H(Mw=75000)をアンモニア水で中和したPSS−NH(Mw=75000)では、初期寸法が徐々に縮んでいく傾向にあることがわかった。
【0051】
【表1】

【0052】
このようにPSS−Hの水素イオンをアルカリ金属元素(Na,Li)イオン又はNHイオン等のカチオンで置換した中和塩を添加することにより、寸法安定性が増す理由を模式図を用いて説明する。図6は、PEDOT/PSSにPSS−H及びその中和塩を添加する効果の説明図である。
【0053】
図中球体で示す(PEDOT/PSS)1は、直径数十ナノメートルのコロイド粒子からなり、PEDOT(繰り返しユニット数が5〜15個程度のオリゴマー)とPSS(分子量40万程度の高分子)とが静電結合してポリイオンコンプレックスが形成された複合体である。これに過剰の(PSS−H)2を添加すると、フィルムの親水性が増加し、(PEDOT/PSS)1のコロイド粒子の凝集を抑制するため、フィルムの伸縮性が増大する(中央の図)。しかし、塑性変形や流動によるクリープが増大し、寸法安定性が低下するという問題が生じる。
【0054】
これに対して、PSS−Hの中和塩を添加すると、カチオン3が長鎖の(PSS−H)のネットワークを構成する働きをし、電圧印加しても(PSS−H)2の形状が維持される(左側の図)。これが、PSS−Hの中和塩を添加することにより初期寸法の安定性が増大する理由と考えられる。
【0055】
次に、電圧を印加した際のフィルムの最大収縮速度及び最大伸長速度は、アクチュエータの動作速度に関係する要因として重要である。図7に5種のフィルムの印加電圧と最大収縮速度との関係の例を、図8に5種のフィルムの印加電圧と最大伸長速度との関係の例を示す。図7に見られるように、最大収縮速度はPSS中和塩の種類に依存せず同程度である。これに対して、電圧を切った際の最大伸長速度は、図8に見られるように、PSS−H(Mw=75000)、PSS−NH(Mw=200000)、PSS−NH(Mw=75000)のフィルムで速く、PSS−Na(Mw=70000)、PSS−Li(Mw=75000)のフィルムでは遅くなっていることが分かった。
【0056】
以上の結果より、PSS−NH(Mw=200000)は収縮率が小さい、PSS−H(Mw=75000)は初期寸法が徐々に伸びていく、PSS−Na(Mw=70000)とPSS−Li(Mw=75000)のフィルムは伸長速度が遅いという問題があるのに対して、PSS−H(Mw=75000)をアンモニア水で中和したPSS−NH(Mw=75000)は伸長速度が遅くならず、収縮率も比較的大きいという特徴を持つことがわかった。ただし、PSS−NH(Mw=75000)は初期寸法が徐々に縮んでいく特徴もあるが、PSS−H(Mw=75000)をアンモニア水で中和する際の条件を変えることによって安定化できるのではないかと考えられる。
【0057】
(4)混合溶液のpHを変えたフィルムの評価
R=0.7、EG濃度10wt%の混合溶液にアンモニアを添加し、pHを2.2〜2.8の範囲に調整して作製したフィルムの特性を調査した。電圧電流特性はpHにほとんど依存せず、pH2.2〜2.8の間ではフィルムの電導度もあまり変化していないことがわかった。
【0058】
pHを変更して作製した各フィルムの印加電圧と収縮率との関係の例を図9に示す。図に見られるように、収縮率はpH2.2のフィルムが一番大きく約5%であるのに対し、pHを高くしていくと若干減少した。また、印加電圧と初期寸法変化との関係の例を図10に示す。電圧印加に伴うフィルムの初期寸法変化をみると、pH2.2のフィルムでは初期寸法が徐々に伸びていくのに対しpH2.8のフィルムでは逆に初期寸法が縮み、pH2.5のフィルムで初期寸法変化が最も少なく寸法安定となることがわかった(図10)。
【0059】
また、印加電圧と最大伸長速度との関係の例を図11に示す。収縮速度はpHに依存せず同程度であるのに対して(図は省略)、電圧を切ったときの伸長速度はpHが大きくなるにつれて小さくなる傾向にあることがわかった(図11)。以上の結果より、収縮率、応答速度をほとんど劣化させることなく寸法安定性を向上させるためには、PEDOT/PSSとPSS−Hの混合溶液をpH2.5になるようにアンモニア水で中和することが有効であることが明らかになった。
【0060】
(5)PEDOT/PSSにナノクレイ(NC)を添加して作製したフィルムの評価
図12は、NC分散液を添加した導電性高分子フィルムの電気収縮挙動を示した図である。図12において、Pとは、NCを添加しないPEDOT/PSSフィルム(Pフィルム)を表す。また、P/NCおよびP/PSS/NCとは、0.2wt%のNCを含む上述の2種類のPEDOT/PSSフィルムを表す。
【0061】
図12に示すように、P/NCフィルムの最大収縮率は3.2%、そしてP/PSS/NCフィルムの最大収縮率は5.3%であり、NCを添加しないPフィルムの最大収縮率(2.4%)より収縮率が増加する傾向にあった。PEDOT/PSSは水分散系のコロイド溶液であるため、そのキャストフィルムはPEDOT/PSS粒子間で強く結合している。P/NCフィルムでは、PEDOT/PSSにNCが添加されることにより、NC粒子がPEDOT/PSS粒子間に入り込み、粒子間の結合を弱めることで収縮率が増加したことが考えられる。さらに、P/PSS/NCフィルムでは、NCに加え、親水性高分子であるPSS−Hが添加されることによりキャストフィルムの収縮性が向上したためより大きな変形が可能になったと考えられる。
【0062】
また、高湿度環境(80%RH)下では、P/PSS/NCフィルムの最大収縮率は8.1%にまで達することがわかった(図12 P/PSS/NC(80%RH))。この値は、Pフィルムの最大収縮率(2.4%)の3倍以上に相当する。理由として、親水性高分子であるPSSがさらに水分子を吸着することで膨張し、電圧印加によりこれらが脱着するため大きな収縮率が得られたことが考えられる。ここで、NCを添加せず、PSSの添加のみであっても収縮率は向上するが、高い湿度環境下では、クリープを生じ切れてしまう(図なし)。すなわち、NCとPSSの相乗効果により、8%以上という非常に高い収縮率を得ることができることが明らかになった。
【符号の説明】
【0063】
1 PEDOT/PSS
2 PSS−H
3 カチオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)/ポリ(4−スチレンスルホン酸)複合体(以下PEDOT/PSSと略記)に、高分子有機酸又は高分子有機塩を添加してなる導電性高分子材料。
【請求項2】
前記高分子有機酸が、ポリ(4−スチレンスルホン酸)(以下、PSS−Hと略記)である請求項1に記載の導電性高分子材料。
【請求項3】
前記高分子有機塩が、前記PSS−Hの水素イオンの全部又は一部をアルカリ金属元素イオン、アルカリ土類金属元素イオン又はアンモニウムイオンよりなるイオン群から選ばれた1種又は2種以上のカチオンに置換したものである請求項1に記載の導電性高分子材料。
【請求項4】
前記PEDOT/PSS中のポリ(4−スチレンスルホン酸)と、前記PSS−H中のポリ(4−スチレンスルホン酸)との重量比が3:7〜7:3の範囲内にある請求項2又は3に記載の導電性高分子材料。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の材料に、エチレングリコールをPEDOT/PSS溶液に対する重量比で3〜20%添加してなる導電性高分子材料。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の材料の溶液に酸又は塩基を添加して、該添加液のpHが2.5〜2.8になるように調整されていることを特徴とする導電性高分子材料。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の材料の溶液に、ナノクレイが添加されていることを特徴とする導電性高分子材料。
【請求項8】
前記ナノクレイの添加量が、PEDOT/PSS溶液に対する重量比で30%以下であることを特徴とする請求項7に記載の導電性高分子材料。
【請求項9】
請求項1から8のいずれかに記載の材料の溶液を基材上に塗布し、形成された塗布膜を乾燥した後、前記基材から分離して作製された導電性高分子フィルム。
【請求項10】
請求項9に記載のフィルムを用いた導電性高分子アクチュエータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−1391(P2011−1391A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−67804(P2009−67804)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:平成20年度 山梨大学工学部応用化学科 卒業論文発表会 主催者名:国立大学法人山梨大学 公開場所:山梨大学総合情報センター・多目的ホール 公開日時:平成21年3月2日
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【出願人】(000108627)タカノ株式会社 (250)
【Fターム(参考)】