説明

小型肝細胞におけるCYP2Bの誘導法

【課題】 取り扱い性の良好な小型肝細胞において、CYP2Bを安定して誘導する方法の提供。
【解決手段】 甲状腺ホルモンの存在下で小型肝細胞を培養することを特徴とする小型肝細胞におけるCYP2Bの誘導法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物代謝酵素の一つであるCYP2Bを小型肝細胞で誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チトクロームP4502B(CYP2B)はチトクロームファミリーに属する薬物代謝酵素の一つで、肝臓における薬物代謝において重要な役割を担っている。ラットにフェノバルビタールを投与すると、肝臓におけるCYP2B遺伝子及び蛋白質の発現が高まり、活性が上がることが知られている。これは、肝細胞でCYP2Bが産生されることに起因する。CYP2Bの発現には核内受容体の一つであるCARとその核内パートナーであるRXRが関与していることが知られている。通常CARは細胞質中にHSP90と結合して存在し不活性であるが、薬剤によるシグナルが伝達されることによりCARはHSP90と離れて活性型となり、核内に移行する。核内でCARはRXRと結合してCYP2B遺伝子の転写を活性化する。
【0003】
このようにCYP2Bは、フェノバルビタールやテストステロン投与によって発現誘導が起こる薬物代謝酵素の一つであり、ヒトに薬物を投与した場合の肝毒性に代表される副作用の発生、薬物の有効性の個体差等に大きな影響を与える。従って、新薬の開発にあたっては、これら薬物代謝酵素誘導能の評価は必須になりつつある。しかし、薬物代謝酵素の誘導能をラット、マウス、類人猿などの動物を用いたインビボで評価することは、欧米の動物保護運動の高まりに呼応して、困難になりつつある。従って、インビトロにおいて、薬物のCYP2B誘導能を評価する系の開発が望まれている。
【0004】
初代培養肝細胞においても生体内ほどではないが培養して2日以内なら酵素活性も誘導もされる。しかし、初代培養肝細胞の利用では、大量の薬物の評価には対応できない。一方、肝幹細胞の一種である小型肝細胞は、凍結保存が可能であり、取り扱い性に優れているが、凍結保存後に培養した小型肝細胞では成熟肝細胞と比較してCYP2Bの発現は低く、またフェノバルビタールによる発現誘導もほとんど認められていなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、取り扱い性の良好な小型肝細胞において、CYP2Bを安定して誘導する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明者は、小型肝細胞のCYP2B誘導能が低い原因について種々検討したところ、小型肝細胞においては成熟肝細胞と比較してCARの発現が極めて低いことを見出した。一方、細胞内でCARと結合してCYP2Bの発現を調節していると考えられているRXRは小型肝細胞においても発現していた。このことから、小型肝細胞におけるCYP2Bの発現抑制は、核内受容体CARの低発現によるものと推測された。そこでさらに検討した結果、甲状腺ホルモンの存在下に小型肝細胞を培養すれば、CAR及びCYP2Bの発現量が成熟肝細胞レベルにまで回復することを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、甲状腺ホルモンの存在下で小型肝細胞を培養することを特徴とする小型肝細胞におけるCYP2Bの誘導法を提供するものである。
また、本発明は、被験薬物及び甲状腺ホルモンの存在下で、小型肝細胞を培養することを特徴とする該被験薬物のCYP2B誘導能の評価方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、凍結保存ができ、長期培養可能な小型肝細胞におけるCYP2Bの誘導が可能となった。また、本発明方法を用いれば、薬物代謝酵素の中でも重要なCYP2Bの誘導能に影響を及ぼす薬物の評価が、大量かつ簡便にできるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明方法においては、小型肝細胞を用いる。小型肝細胞は肝組織中に存在する肝幹細胞の一種で肝細胞としての機能を持ちながら、非常に高い増殖活性を持っている。また長期間凍結保存した後、再培養を行ってもその能力を失わない。
【0010】
小型肝細胞の由来は、ヒト、サルが最も好ましいが、比較的入手可能な動物の中では、ラット、マウス等のげっ歯類由来がよく、ウサギ、ヒツジ、ブタでもよいが、ラット由来が特に好ましい。最近ヒトの小型肝細胞の培養法が報告されているので、これを用いることもできる(特開平10−179148号)。
【0011】
小型肝細胞は、例えばラットの肝臓よりコラゲナーゼ灌流法によって採取された細胞懸濁物から、遠心操作を繰り返すことによって単離することができる。又、同細胞懸濁物から小型肝細胞特異的抗原に対する特異抗体(CD44,BRI3,D6.1A等)やヒアルロン酸を付着した担体などにより分離することができる。
【0012】
得られた小型肝細胞は、凍結保存することができるので、長期保存可能である。本発明は、凍結保存された小型肝細胞を使用するのが好ましい。
【0013】
本発明のCYP2B誘導法においては、甲状腺ホルモンの存在下に小型肝細胞を培養する。甲状腺ホルモンとしては、チロキシン(T4)及び3,3’,5−トリヨードチロニン(T3)のいずれでもよい。培養液中の甲状腺ホルモンの濃度は、10-15〜10-6M、さらに10-14〜10-10M特に10-13〜10-11Mが好ましい。小型肝細胞は、30〜50個の細胞よりなるコロニーを形成する培養7〜20日目(より好ましくは8日〜14日、特に好ましくは10〜12日)に一旦培養皿より剥がして新しい培養皿に再播種するか、凍結保存した小型肝細胞コロニーを500〜10000コロニー/60-mm 培養皿(より好ましくは、1000〜5000コロニー/60-mm 培養皿、特に好ましくは2000〜4000コロニー/60-mm 培養皿)の濃度で播種し、培養する。
【0014】
培養は、コラーゲンをコートしたディシュ上で行うのが好ましい。また、培地としては、甲状腺ホルモンを含むDMEM培地、William’s Medium E培地、RPMI1640培地等を用いることができる。さらに培地中にはFBS、アスコルビン酸、DMSO、ニコチンアミド、上皮細胞増殖因子(EGF, epidermal growth factor)、デキサメタゾン、インスリンを添加することができる。増殖因子としては、EGFの他に肝細胞増殖因子[HGF, hepatocyte growth factor]、腫瘍増殖因子[TGF-alpha, Transforming growth factor-alpha]、線維芽細胞増殖因子[FGF, fibroblast growth factor]などが挙げられる。培養は、通常35±5℃、3〜7%CO2インキュベーター内の条件で行うのが好ましい。
【0015】
甲状腺ホルモンの存在下に小型肝細胞を培養すれば、CAR及びCYP2Bが高発現する。CAR及び/又はCYP2Bの発現量の検出は、例えばRT−PCR等のPCR法でCAR及び/又はCYP2Bの遺伝子を増幅させて検出すればよい。より具体的には、小型肝細胞からRNAを抽出し、逆転写反応によってcDNAを合成しPCR反応を行う。PCR産物はアガロース/エチジウムブロマイドゲル電気泳動により検出し定量を行い、G3PDH(Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)遺伝子のPCR産物量により標準化を行った。
【0016】
このように甲状腺ホルモンの存在下で小型肝細胞を培養すればCAR及びCYP2Bが高発現するので、この培養系に被験薬物を共存させれば、被験薬物のCYP2B誘導能を評価することができる。該評価方法は、被験薬物を添加する以外は、前記と同様にして行うことができる。すなわち、被験薬物を添加した場合のCYP2B誘導量を被験薬物非添加の場合のCYP2B誘導量とを対比すれば、該被験薬物のCYP2B誘導能を評価することができる。
【実施例】
【0017】
次に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は何らこれら実施例に限定されるものではない。
【0018】
実施例1
A:試験方法
1)凍結小型肝細胞の調製
オスのラット肝臓を灌流し、得られた細胞をハンクス緩衝液(表1)に懸濁して50×g、1min、4℃で遠心し、上清を回収する。この操作を3回繰り返す。
50×g、5min、4℃で遠心し、沈殿をハンクス緩衝液に懸濁する。この操作を3回繰り返す。
150×g、5min、4℃で遠心し、沈殿をハンクス緩衝液に懸濁する。
150×g、5min、4℃で遠心し、沈殿をDMEM/FBS(表2)に懸濁する。
50×g、5min、4℃で遠心し、沈殿をDMEM/FBSに懸濁する。
細胞数を数え、6×104細胞/mlになるようDMEM/FBSで調製する。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
100-mm 培養皿(CORNING)に9mlずつ分注し、CO2インキュベーター(37℃,5%CO2,湿度95%)で10日間培養する。この間、2日に1回培地をDMEM/FBSで交換する。培養皿から培地を除き6mlのPBSで洗浄し、2mlの0.02%EDTAを加えて攪拌、液を除く。37℃に温めたCell dissociation solution(SIGMA)を2ml加え、CO2インキュベーター内で5min静置する。DMEMを1ml加えて細胞を回収、500rpm、5minで遠心し、沈殿を1ml(4培養皿分)のセルバンカー(三菱化学ヤトロン)に懸濁する。−30℃で30min凍結したのち、−80℃で保存する。
【0022】
2)成熟肝細胞の調製
オスのラット肝臓を灌流し、得られた細胞懸濁液を50×g、1min、4℃で遠心し、沈殿を回収する。
ハンクス緩衝液に懸濁し、50×g、1min、4℃で遠心、この操作を3回繰り返す。
細胞を25mlのハンクス緩衝液に懸濁し、21.6ml パーコール(Amersham)、2.4ml 10×ハンクス緩衝液に加えて転倒混合する。50×g、15min、4℃で遠心し、上清を除く。細胞をPBSで懸濁し、50×g、1min、4℃で遠心、沈殿を回収する。
【0023】
3)コラーゲンコート培養皿の調製
ラットの尾から調製したコラーゲン液(5mg/ml)を0.1% 酢酸で100倍に希釈し、60-mm 培養皿(Corninng)に3mlずつ分注した。室温で1hr静置してからコラーゲン液を除き、クリーンベンチ内で一晩乾燥させたのち、紫外線を1hr照射して滅菌、3mlのPBSを加えて37℃で30minインキュベートする。その後PBSを除き、解凍した小型肝細胞を播種する。
【0024】
4)甲状腺ホルモン存在下での凍結小型肝細胞の培養
凍結小型肝細胞を37℃インキュベーター内で解凍し、37℃に温めたDMEM/FBS培地10mlに加えて50×g、1min遠心する。上清を除き、37℃に温めたDMEM/FBS培地3mlに沈殿した細胞を懸濁してコラーゲンコート培養皿に播種する。CO2インキュベーター(37℃,5%CO2,湿度95%)で培養し、24時間後培地を無血清培地(DMEM/DMSO、表3)に交換し、以後2日に1回培地をDMEM/DMSOで交換する。甲状腺ホルモンは、凍結小型肝細胞を播種する段階から培地に添加する。T3(SIGMA)はDMSOに10-4Mになるよう溶解し、その溶液を甲状腺ホルモン濃度が5×10-14M、5×10-12M、5×10-10M、5×10-8Mになるよう培地に添加する。T4(SIGMA)も同様にDMSOに10-4Mになるよう溶解し、その溶液を甲状腺ホルモン濃度が5×10-14M、5×10-12M、5×10-10M、5×10-8Mになるよう培地に添加する。
【0025】
【表3】

【0026】
5)培養細胞からのRNAの抽出
21日間培養した小型肝細胞を3mlのPBSで2回洗浄し、1mlのISOGEN(ニッポンジーン)を加えて室温で5min静置して細胞溶解液を回収する。成熟肝細胞はPBSに懸濁したのち50×g、1minで遠心して回収し1mlのISOGEN(ニッポンジーン)を加えて室温で5min静置して細胞溶解液を回収する。細胞溶解液に0.2mlのクロロホルムを加えて15sec激しく攪拌後、室温で3min静置する。12,000×g、15min、4℃で遠心して水層を回収し、0.5mlの2−プロパノールを加えて攪拌。室温で10min静置して12,000×g、10min、4℃で遠心、沈殿を75% エタノールでリンスしてから風乾、DEPC処理水に溶解してRNAサンプルとする。濃度は260nmの吸光度により測定し、OD=1のとき40μg/mlとする。
【0027】
6)RT−PCR
以下の操作により逆転写反応を行った。(Omniscript Reverse Transcription Kit(Qiagen)を使用)
Oligo (dT)12-18 primer(500μg/ml、Invitrogen)1μl、RNA(1μg/ml)2μl、dNTPmix(5mM each)2μl、5×緩衝液 2μl、逆転写酵素 1μl、H2O 12μlを混合し、37℃で1hr反応させて逆転写反応液を得る。逆転写反応液は−20℃で保存する。
【0028】
以下の操作によりPCR反応を行う。酵素および緩衝液はTaKaRa社製を用いる。
10×緩衝液2μl、dNTPmix(2.5mM each)1.6μl、PrimerA(10μM)1μl、PrimerB(10μM)1μl、rTaq polymerase(5U/μl)0.1μl、逆転写反応液2μl、H2O 12.3μlを混合し、サーマルサイクラーで反応(94℃1min→94℃30sec,54℃30sec,72℃2min×26〜29cycle→72℃5min)させる。
CAR検出時には29cycle、CYP2B検出時には27cycle、G3PDH検出時には26cycle反応を行う。
【0029】
7) PCR産物の検出
PCR反応液10μlに6×loading緩衝液2μlを加えて攪拌、1%Agarose、1×TAE緩衝液、1μg/mlエチジウムブロマイドゲルで電気泳動し、トランスイルミネータで写真撮影およびDNA量の測定を行う。CAR、CYP2B1の発現量は成熟肝細胞由来RNAを1とし、G3PDHの発現量で標準化し、数値化する。
【0030】
8)プライマー
PCR CAR検出
PrimerA 5' ATGACAGCTACTCTAACACTAGAG 3'(配列番号1)
PrimerB 5' CAGCTGCAAATCTCCCCAAGCAGC 3'(配列番号2)
PCR CYP2B1検出
PrimerA 5' GGGACACCCAAAGTCCCGTGG 3'(配列番号3)
PrimerB 5' GGAAACCATAGCGGAGTGTGG 3'(配列番号4)
PCR G3PDH検出
PrimerA 5' ACCACAGTCCATGCCATCAC 3'(配列番号5)
PrimerB 5' TCCACCACCCTGTTGCTGTA 3'(配列番号6)
【0031】
B.結果
【0032】
1)図1に、甲状腺ホルモン非存在下(−)、T3存在下(5×10-12 M T3)及びT4存在下(5×10-12 M T4)で14日及び21日培養した小型肝細胞を示す。
図1から明らかなように、甲状腺ホルモン存在下においても小型肝細胞に生育の障害は見られない。
【0033】
2)図2に、成熟肝細胞(MH)、5×10-14M〜5×10-8MのT3及びT4存在下で培養した小型肝細胞から抽出したRNAを用いた、RT−PCRの結果を示す。
図2から明らかに、5×10-12MのT3又は5×10-10MのT4の添加によりCAR及びCYP2B1の発現量が増加していることがわかる。
【0034】
3)図3に、RT−PCRの結果を数値化したものを示す。
図3から明らかなように、小型肝細胞ではCARの発現量が成熟肝細胞と比較して約1/3であるが、5×10-12MのT3の添加により、CARの発現量は成熟肝細胞とほぼ同程度まで回復していることがわかる。さらに、CYP2B1の発現量も成熟肝細胞と比較して約7割にまで回復していることがわかる。
【0035】
図1〜3から、培養液中に甲状腺ホルモン(T3)を5×10-12Mの濃度で添加して小型肝細胞を培養すると、CAR mRNAの発現量は成熟肝細胞と同程度まで上昇し、さらにCYP2BのmRNAの発現量は成熟肝細胞の約7割にまで回復した。また、5×10-14から5×10-8Mの濃度範囲においてT3は小型肝細胞の生育に障害を与えなかった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】甲状腺ホルモン非存在下、T3存在下及びT4存在下で培養した小型肝細胞の写真である。
【図2】甲状腺ホルモン非存在下、T3存在下及びT4存在下で培養した小型肝細胞から抽出したRNAを用いたRT−PCRの結果を示す図である。
【図3】RT−PCRの結果を数値化したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
甲状腺ホルモンの存在下で小型肝細胞を培養することを特徴とする小型肝細胞におけるCYP2Bの誘導法。
【請求項2】
CYP2Bの誘導を、CAR発現量及び/又はCYP2B発現量で検出する請求項1記載の誘導法。
【請求項3】
被験薬物及び甲状腺ホルモンの存在下で小型肝細胞を培養することを特徴とする該被験薬物のCYP2B誘導能の評価方法。
【請求項4】
CYP2Bの誘導を、CAR発現量及び/又はCYP2B発現量で検出する請求項3記載の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−288224(P2006−288224A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−110259(P2005−110259)
【出願日】平成17年4月6日(2005.4.6)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(390037327)第一化学薬品株式会社 (111)
【Fターム(参考)】