小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤
【課題】
小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる神経細胞死を予防又は抑制することにより、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を効果的に予防又は治療することができ、かつ副作用が少ない医薬を提供する。
【解決手段】
抑肝散を有効成分として含有する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は抑制剤。
小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる神経細胞死を予防又は抑制することにより、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を効果的に予防又は治療することができ、かつ副作用が少ない医薬を提供する。
【解決手段】
抑肝散を有効成分として含有する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小胞体ストレスによる細胞死、特に神経細胞死を予防又は抑制するための医薬に関するものである。本発明はまた、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を予防又は治療するための医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
小胞体は、分泌系タンパク質及び膜タンパク質が正しく折りたたまれ、その立体構造を整える場である。また、小胞体は、細胞内カルシウムの貯蔵庫等として、多岐にわたる生理作用を有している。しかしながら、虚血、低酸素、遺伝子変異などの物理化学的ストレスによって、小胞体内に正常な折りたたみ構造を持たないタンパク質(unfolded protein)が増加したり、小胞体のカルシウムホメオスタシス(カルシウム恒常性)が撹乱されたりすることにより、小胞体の機能障害を引き起こすことが知られている。このような小胞体の機能が障害される状態及び小胞体の機能障害の状態は、小胞体ストレスと呼ばれている。
【0003】
小胞体ストレスが加わると細胞は直ちにストレスから回避するための防御システムを活性化させる。小胞体膜上には、ストレスシグナル伝達に関与する膜タンパク質PERK、IRE1α及びATF6が存在する。これらの膜タンパク質は、小胞体ストレスセンサーとして異常タンパク質の蓄積を感知し、細胞質又は核内にシグナルを伝える。例えば、PERKが活性化されると、翻訳開始因子2のαサブユニット(eIF2α)がリン酸化されてタンパク質の合成を抑制する。また、これらのストレスセンサーが活性化されることにより、分子シャペロンの転写が促進される。これがいわゆる小胞体ストレス応答又はunfolded protein response(UPR)といわれる応答機構である。しかしながら、強い小胞体ストレスの状態が継続すると、細胞がストレスに抵抗しきれず、自ら細胞死(アポトーシス)を選択することが明らかになってきている。
【0004】
小胞体ストレス及び小胞体ストレスによる細胞死が、種々の疾患に関与していることが指摘されている。例えば、アルツハイマー病の原因遺伝子(プレセニリン−1)の変異が発現している神経細胞では、小胞体ストレス化での細胞死が促進される。これは、プレセニリン−1の変異が、小胞体ストレスセンサーの活性化を抑制し、その結果神経細胞死に導くためである。アルツハイマー病の原因遺伝子プレセニリン−2の変異によっても、小胞体ストレス下での細胞死が促進されることが報告されている(非特許文献1)。さらに、パーキンソン病、ポリグルタミン病(ハンチントン病)、狂牛病(プリオン病又は牛海面状脳症(BSE)ともいう)、脳虚血、筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の難治性神経変性疾患の発症及び病態進行にも、小胞体ストレスによる神経細胞死が関与していることが報告されている。これらの難治性神経変性疾患の患者は増加しており、有効な予防及び治療法の開発が望まれている。
【0005】
例えば、アルツハイマー病治療薬として、アセチルコリンの分解を防ぎ、大脳皮質ニューロンの活性化をもたらすことにより認知症の進行を遅らせる薬剤(アセチルコリン分解阻害剤)が使用されている。しかしながらこのような薬剤では、アルツハイマー病の原因である神経細胞死を抑制できない。このため、アルツハイマー病の症状は改善するものの、その原因を治療することはできず、根本的治療薬とはいえなかった。また、アミロイド仮説に基づき、アミロイドβタンパク質の切り出し抑制、アミロイドβタンパク質に対する免疫療法等の開発が進められている。しかしながら、副作用の問題があり、さらに、症状改善の点からも望ましい結果が得られていない。さらに、脳虚血後の神経細胞死についても、現在のところ、予防又は治療の手段はない。
【0006】
神経細胞は、一度成熟すると細胞分裂をすることができない。このため、小胞体ストレスによる神経細胞死及びこれに関連する疾患の発症機構の理解及び治療法の開発が急務となっている。しかしながら、小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる神経細胞死を効果的に予防又は抑制する活性を有する物質又は成分は、未だ報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Journal of Chemical Neuroanatomy 28 (2004) 67-78
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる神経細胞死を予防又は抑制することにより、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を効果的に予防又は治療することができ、かつ副作用が少ない医薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ね、漢方方剤(漢方薬)である抑肝散が、サプシガルジンに誘導される小胞体ストレスによる神経細胞死を有意に予防及び抑制することを見出し、この知見に基づきさらに研究を重ねた。その結果本発明者らは、抑肝散が、アルツハイマー病の原因遺伝子(プレセニリン1)の変異が発現している神経細胞において、小胞体ストレス下での神経細胞死を有意に予防及び抑制することを見出した。抑肝散は、これまでの臨床使用において副作用が少ないことが証明されている安全性が高い漢方方剤である。また、脳虚血における神経細胞死を予防又は抑制する有効な治療薬はこれまでなかったが、本発明者らは、抑肝散が、低酸素状態(脳虚血モデル)によって誘導される小胞体ストレスによる神経細胞死も有意に予防及び抑制することを見出した。
【0010】
本発明者らはさらに、抑肝散の構成生薬の中でも、川きゅう(センキュウ)が、このアルツハイマー病の原因遺伝子(プレセニリン1)の変異が発現している神経細胞における小胞体ストレスによる神経細胞死を有意に予防及び抑制することを見出した。また、川きゅうは、低酸素状態(脳虚血モデル)によって誘導される小胞体ストレスによる神経細胞死も有意に予防及び抑制することを見出した。また、抑肝散の構成生薬の1つである柴胡(サイコ)が、これらの小胞体ストレスによる神経細胞死を抑制する傾向を示すことを見出した。
【0011】
神経細胞にカルシウム恒常性の破綻等を誘導する、又は神経細胞を低酸素状態に暴露すると、神経細胞を守るGRP78/Bip等の発現が誘導される。また、その一方で、細胞死の引き金となるCHOP等の誘導も生じる。両者のバランスが崩れ、CHOPの発現が優位となると、神経細胞は死に至る。例えば、アルツハイマー病の原因遺伝子(プレセニリン1等)の変異が発現している細胞では、これらのバランスが崩れやすい状態になっており、細胞死が促進されている。本発明者らは、抑肝散及びその構成生薬の川きゅうは、GRP78/Bipの発現を高める作用があり、この作用によって小胞体ストレスによる細胞死を抑制することを見出した。また、抑肝散、並びにその構成生薬の川きゅう及び柴胡は、CHOPの誘導を抑制する作用があり、この作用によって小胞体ストレスによる細胞死を抑制することを見出した。
これらの知見から本発明者らは、抑肝散、並びにその構成生薬である川きゅう及び柴胡は、神経細胞における小胞体ストレス及び小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制に有効であり、さらに副作用も少ないことから、アルツハイマー病、脳虚血等の小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療に有用であることに想到した。
【0012】
このように小胞体ストレスによる神経細胞死を予防及び抑制できる医薬は、例えば、現在アルツハイマー病の唯一の治療薬とされているアセチルコリン分解阻害剤に比して、アルツハイマー病発症進展機序を抑制するという点において、大きく異なる画期的な医薬である。しかも、生薬である抑肝散、並びに川きゅう及び柴胡には副作用が少ないことから、予防的に投与しても安全性が高く、例えば、家族性アルツハイマー病(familial AD:FAD)家系での未発症家族に対する発症の予防等、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防に好適に用いることができるものである。
本発明者らは、これらの知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
【0013】
(1)抑肝散を含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤。
(2)小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病、脳虚血、又は筋萎縮性側索硬化症である前記(1)に記載の予防又は治療剤。
(3)小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病又は脳虚血である前記(1)又は(2)に記載の予防又は治療剤。
【0014】
(4)川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤。
(5)生薬が、川きゅうである前記(4)に記載の予防又は治療剤。
(6)小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病、脳虚血、又は筋萎縮性側索硬化症である前記(4)又は(5)に記載の予防又は治療剤。
(7)小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病又は脳虚血である前記(5)又は(6)に記載の予防又は治療剤。
【0015】
(8)抑肝散を含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤。
(9)川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤。
(10)抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制剤。
【0016】
本発明はまた、
抑肝散を哺乳類に投与する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療方法、
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を哺乳類に投与する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療方法、
抑肝散を哺乳類に投与する小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制方法、
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を哺乳類に投与する小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制方法、
抑肝散を哺乳類に投与する小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制方法、及び
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を哺乳類に投与する小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制方法、
に関する。
【0017】
本発明はさらに、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤の製造のための、抑肝散の使用、及び、
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤の製造のための、川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬の使用、
に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、小胞体ストレス及び小胞体ストレスによる神経細胞等の細胞死を効果的に、しかも副作用が少ないため安全に予防又は抑制することができる。このため、本発明によれば、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病(BSE)、脳虚血及び筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を効果的に、しかも安全に予防又は治療することができる。本発明の予防又は治療剤は、例えば、現在アルツハイマー病の唯一の治療薬とされているアセチルコリン分解阻害剤に比して、アルツハイマー病発症進展機序を抑制するという点において、大きく異なる画期的な予防又は治療剤である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、サプシガルジン(TG)による細胞死に対する抑肝散の効果を示す図である。
【図2】図2は、サプシガルジン(TG)による細胞死に対する抑肝散の時間依存的効果を示す図である。
【図3】図3は、サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散の効果(濃度依存性)を示す図である。
【図4】図4(A)〜(D)は、サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散の効果(濃度依存性)を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図5】図5は、低酸素負荷による細胞死に対する抑肝散の効果を示す図である。
【図6】図6(A)〜(C)は、低酸素負荷による細胞死に対する抑肝散の効果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図7】GRP78遺伝子の発現に対する抑肝散の作用を調べたウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図8】ツニカマイシン(培地中終濃度5μg/mL)により誘導されるGRP78遺伝子の発現の経時変化を示す図である。
【図9】ツニカマイシン(培地中終濃度2μg/mL)により誘導されるGRP78遺伝子の発現の経時変化を示す図である。
【図10】ツニカマイシン(培地中終濃度5μg/mL)により誘導されるCHOP遺伝子の発現の経時変化を示す図である。
【図11】ツニカマイシン(培地中終濃度2μg/mL)により誘導されるCHOP遺伝子の発現の経時変化を示す図である。
【図12】抑肝散の各構成生薬の、サプシガルジン誘発細胞死に対する効果を示す図である。
【図13】抑肝散の構成生薬それぞれの単独毒性を示す図である。
【図14】サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散及び各生薬成分の効果を示す図である。
【図15】サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散及び茯苓の効果を示す図である。
【図16】サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散及び柴胡の効果を示す図である。
【図17】サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散及び川きゅうの効果を示す図である。
【図18】GRP78遺伝子の発現に対する抑肝散及び各生薬成分の効果を示す図である。
【図19】サプシガルジン(TG)により誘導されるGRP78遺伝子の発現に対する抑肝散及びその構成生薬の効果を示す図である。
【図20】サプシガルジン(TG)により誘導されるCHOP遺伝子の発現に対する抑肝散及びその構成生薬の効果を示す図である。
【図21】ツニカマイシン(Tm)により誘導されるGRP78遺伝子の発現に対する抑肝散及びその構成生薬の効果を示す図である。
【図22】ツニカマイシン(Tm)により誘導されるCHOP遺伝子の発現に対する抑肝散及びその構成生薬の効果を示す図である。
【図23】アルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞(Δ9)におけるERストレスによる細胞死に対する抑肝散の効果を示す図である。
【図24】アルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞におけるERストレスによる細胞死に対する川きゅうの効果を示す図である。
【図25】アルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞におけるERストレスによる細胞死に対する柴胡の効果を示す図である。
【図26】GRP78遺伝子の発現に対する抑肝散及び川きゅうの効果を示す図である。
【図27】CHOP遺伝子の発現に対する抑肝散及び川きゅうの効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤は、抑肝散を含有するものである。
本発明の予防又は治療剤の別の態様の1つは、川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤である。
【0021】
本発明において、「予防」とは、症状又は疾病及びその付随する症候の発症を遅延し、又は防止すること、対象が、症状若しくは疾病を獲得しないようにすること、又は、対象が症状若しくは疾病を獲得するリスクを低減することを意味する。
「治療」とは、症状又は疾病を完全に治癒させることの他、完全に治癒しなくても症状の進展及び/又は悪化を抑制し、症状又は疾病の進行をとどめること、又は症状又は疾病の一部若しくは全部を改善して治癒の方向へ導くことを意味する。
【0022】
抑肝散としては、市販の漢方方剤を使用することができる。市販の漢方方剤として、例えば、医療用漢方薬であるツムラ抑肝散エキス顆粒(商品名)(ツムラ社製)、オースギ抑肝散料(商品名)(常盤薬品工業社製);第二類医薬である一元 抑肝散(商品名、一元製薬社製)等が好ましい。中でも、医療用漢方薬であるツムラ抑肝散エキス顆粒(商品名)(ツムラ社製)が好ましい。
【0023】
本発明の予防又は治療剤に含有される川きゅう(センキュウ)(Cnidii Rhizoma)は、漢方薬である抑肝散等に使用されている生薬である。川きゅうは、セリ科(Umbelliferae)の植物センキュウ(学名:Cnidium officinale Makino)の根茎である。
柴胡(サイコ)(Bupleuri Radix)は、抑肝散等に使用されている生薬である。柴胡は、セリ科のミシマサイコ(学名:Bupleurum scorzonerifolium, B.falcatum)又はその変種の根である。
【0024】
本発明の予防又は治療剤は、川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を含有する場合には、少なくとも川きゅうを含有することが好ましい。川きゅうを含有することにより、アルツハイマー病、脳虚血等の神経細胞死関連疾患の予防又は治療に特に効果が高いものとなる。
【0025】
本発明の予防又は治療剤の有効成分として用いられる川きゅう及び柴胡は、何れも公知のものであり、例えば生薬末等として市販されているものである。本発明においては、これらの生薬として、市販の生薬末などを使用することができる。
【0026】
川きゅう及び柴胡は、通常、抑肝散等の漢方方剤(漢方薬)にエキス末(エキス乾燥物)として含まれている。本発明の予防又は治療剤として、川きゅう及び柴胡に更に生薬を組合せて提供されている漢方方剤(漢方薬)を用いることも好ましい。このような漢方薬としては、抑肝散が好ましい。本発明の予防又は治療剤として抑肝散を用いることは、本発明の好ましい実施態様の1つである。抑肝散を含有する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤は、本発明の特に好ましい実施態様の1つである。抑肝散としては、上記のもの等が好適である。
【0027】
本発明の予防又は治療剤は、上述したように、抑肝散を含有するか、又は、川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を含有する。本発明の予防又は治療剤は、抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬以外の成分を含まなくてもよく、含んでもよい。抑肝散、川きゅう及び柴胡以外の成分としては、医薬上許容される担体等を用いることができる。
【0028】
本発明においては、抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬をそのまま、又は適宜製剤化して本発明の予防又は治療剤として用いることができる。例えば、本発明の予防又は治療剤は、抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬と、所望により配合される医薬上許容される担体とを、公知の方法により混合等して製剤化することにより容易に調製される。
【0029】
本発明の予防又は治療剤の剤型として、経口投与用の製剤としては、例えば錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤等の固形製剤;乳剤、シロップ剤、懸濁剤等の液状製剤が挙げられる。非経口投与用の製剤としては、例えば注射剤、点滴剤等が挙げられる。本発明の予防又は治療剤の剤型は、経口投与の剤型が好ましい。
【0030】
本発明における医薬上許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機又は無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等が挙げられる。また必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤等の製剤添加物を用いることもできる。
【0031】
賦形剤の好適な例としては、例えば、乳糖、コーンスターチ、マルトース、マンニトール等の糖又は糖アルコール;トウモロコシデンプン、デキストリン、α化デンプン等のデンプン又はデンプン誘導体;結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のセルロースやセルロース誘導体;軽質無水ケイ酸等が挙げられる。
滑沢剤の好適な例としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカなどが挙げられる。
【0032】
結合剤の好適な例としては、例えば結晶セルロース、白糖、マンニトール、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
崩壊剤の好適な例としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウムなどが挙げられる。
【0033】
溶剤の好適な例としては、例えば注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油などが挙げられる。
溶解補助剤の好適な例としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0034】
懸濁化剤の好適な例としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子などが挙げられる。
【0035】
等張化剤の好適な例としては、例えば塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトールなどが挙げられる。
緩衝剤の好適な例としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などが挙げられる。
無痛化剤の好適な例としては、例えばベンジルアルコールなどが挙げられる。
【0036】
防腐剤の好適な例としては、例えばパラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。
抗酸化剤の好適な例としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。
【0037】
本発明の予防又は治療剤が抑肝散を含有する場合、抑肝散の含有量は、例えば固形製剤であれば、抑肝散エキス末として、通常製剤の約1〜99質量%であり、好ましくは約5〜90質量%であり、より好ましくは、約10〜80質量%である。
【0038】
本発明の予防又は治療剤が川きゅうを含有する場合、その含有量は、例えば固形製剤であれば、川きゅうエキス末として、通常製剤の約0.0001〜99重量%であり、好ましくは約0.001〜70重量%である。本発明の予防又は治療剤が柴胡を含有する場合、例えば固形製剤であれば、その含有量は、柴胡エキス末として、通常製剤の約0.0001〜99重量%であり、好ましくは約0.001〜50重量%である。
【0039】
本発明の予防又は治療剤の投与方法は、経口投与が好ましい。また、本発明の予防又は治療剤は、食前又は食間に経口投与することがより好ましい。
本発明の予防又は治療剤の投与量および投与回数は、年齢、体重、投与形態等により異なるが、抑肝散を含有する製剤を経口投与する場合の投与量は、通常成人一日あたり抑肝散エキス末として、体重1kgあたり約10μg〜500mg、好ましくは約100μg〜300mgとなるように投与する。この量を、通常1日1〜3回に分けて経口投与することが好ましい。抑肝散を含む製剤としては、上述したツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)(ツムラ社製)が好ましい。
【0040】
本発明の予防又は治療剤として、川きゅうを含有する剤を経口投与する場合は、通常成人一日あたり川きゅうエキス末として、体重1kgあたり約1μg〜50mg、好ましくは約10μg〜30mgとなるように投与する。柴胡を含有する剤を経口投与する場合は、通常成人一日あたり柴胡エキス末として、体重1kgあたり約1μg〜50mg、好ましくは約10μg〜30mgとなるように投与する。この量を、通常1日1〜3回に分けて経口投与することが好ましい。川きゅう及び柴胡を含有する剤を投与する場合にも、川きゅう及び柴胡それぞれの投与量が上記量となるように投与することが好ましい。
【0041】
本発明の予防又は治療剤は、神経細胞における小胞体ストレス及び小胞体ストレスによる神経細胞死を効果的に予防又は抑制する作用を有することから、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療に好適に用いることができるものである。小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患とは、該疾患の発症又は病態進行に小胞体ストレスによる神経細胞死が関わっている疾患であればよい。本発明における小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患としては、アルツハイマー病(家族性アルツハイマー病(FAD)、アルツハイマー型老年認知症)、パーキンソン病、ポリグルタミン病(ハンチントン病)、狂牛病(牛海綿状脳症(BSE))、脳虚血、筋萎縮性側索硬化症(ALS)等が好ましい。中でも、本発明の予防又は治療剤は、アルツハイマー病又は脳虚血の予防又は治療に好適に用いることができるものである。
【0042】
本発明の予防又は治療剤の投与対象としては、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、サル、ブタ等の哺乳動物が好ましく、中でも、ヒトがより好ましい。また、投与対象としては、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を発症した又は発症する可能性がある哺乳動物が好ましい。例えば、上記神経細胞死関連疾患を発症した初期の段階から本発明の予防又は治療剤を投与することにより、その症状を効果的に改善、又は症状の進行を効果的に防ぐことができる。
【0043】
本発明の予防又は治療剤は、副作用が少ないことから、上述したような神経細胞死関連疾患を予防するためにも好適に用いることができるものである。例えば、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を発症する可能性がある哺乳動物等に、該疾患を発症前に本発明の予防又は治療剤を投与することにより、該疾患の発症を遅延又は防ぐことができる。小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を発症する可能性がある哺乳動物としては、例えば、家族性アルツハイマー病(FAD)を発症するおそれのある哺乳動物(好ましくは、ヒト)等が好適である。
【0044】
本発明の予防又は治療剤は、抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を含むことから、細胞における小胞体ストレスを効果的に予防又は抑制することができるものである。このため、本発明の予防又は治療剤は、小胞体ストレスによる細胞死を効果的に予防又は抑制することができるものである。
【0045】
抑肝散を含有する小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制剤も、本発明の1つである。
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有する小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制剤も、本発明の1つである。
本発明の予防又は抑制剤は、上記作用を有することから、小胞体ストレスによる細胞死保護剤としても好適に用いることができるものである。本発明の予防又は抑制剤、及びその好ましい態様としては、上述した小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤と同様である。
【0046】
「(神経)細胞における小胞体ストレスの抑制」とは、(神経)細胞における小胞体ストレスを完全に抑制することの他、完全に抑制しなくても小胞体ストレスの進展を抑制し、その進行をとどめることを意味する。また、「小胞体ストレスによる(神経)細胞死の抑制」とは、小胞体ストレスによる(神経)細胞死を完全に抑制することの他、完全に抑制しなくても小胞体ストレスによる(神経)細胞死の進展を抑制し、その進行をとどめることを意味する。
【0047】
本発明の予防又は抑制剤は、例えば、神経細胞、骨細胞、すい臓の細胞等の内分泌腺細胞等における小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる該細胞の細胞死の予防又は抑制に好適に用いることができる。中でも、神経細胞における小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる該細胞の細胞死の予防又は抑制に特に好適に用いることができるものである。
【0048】
抑肝散を含有する小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤も、本発明の1つである。
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有する小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤も、本発明の1つである。
本発明の神経細胞死の予防又は抑制剤、及びその好ましい態様としては、上述した小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤と同様である。本発明の予防又は抑制剤は、小胞体ストレスによる神経細胞死保護剤としても好適に用いることができるものである。本発明の神経細胞死の予防又は抑制剤は、例えば、アルツハイマー病患者における小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制、脳虚血による小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制等に有効なものである。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0050】
本実施例中で使用した主な試薬、細胞及び培地は、以下の通りである。
抑肝散として、ツムラ社製の抑肝散エキス製剤、商品名「ツムラ54番」を使用した。実験に用いたツムラ社製の抑肝散エキス製剤、商品名「ツムラ54番」を、以下、単に「TJ−54」ともいう。抑肝散の構成生薬(蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、釣藤鈎(チョウトウコウ))は、ツムラ社製のものを使用した。
サプシガルジン(thapsigargin)は、Sigma-Aldrich社製のものを、ツニカマイシン(tunicamycin)は、Sigma-Aldrich社製のものを、それぞれ使用した。DMSOは、片山化学社製のものを使用した。
マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)は、大阪大学精神医学科講座から分与されたものを使用した。マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞の培養は、特にことわらない場合は、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)に、培地中10%となるようにFCS(ウシ胎児血清、FBSと同等である)を加えた培地(以下、10%FCS−DMEM培地という)を用い、37℃で行った。
ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞は、理研CellBank:理化学研究所 バイオリソースセンターから入手した。ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞の培養は、特にことわらない場合は、培地としてα−MEM培地に、培地中10%となるようにFCS(ウシ胎児血清、FBSと同等である)を加えた培地(以下、FCS添加MEM培地という)を用い、37℃で行った。
【0051】
<実施例1>
一般的に栄養飢餓、虚血、低酸素や遺伝子変異などのストレスにより、小胞体ストレスが誘導されるが、この小胞体ストレスはツニカマイシン(tunicamycin、以下、単に「Tm」ともいう)、サプシガルジン(thapsigargin、以下、単に「TG」ともいう)等の投与により人工的に培養細胞に誘導することができる。
実施例1では、サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散の影響を調べた。すなわち、サプシガルジンの投与によって細胞に小胞体ストレス(ERストレス)を誘導し、該小胞体ストレスによる細胞死に対する抑肝散の影響を調べた。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が400μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(DMSO中500μM)を終濃度1μMとなるように該培地に添加した。対照(コントロール)群のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞の培地には、TJ−54及びサプシガルジンを添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。後述の方法によって細胞死の評価を行なった。
【0052】
(細胞死の評価)
細胞死の評価は、独立した4視野から少なくとも300個の細胞を計測し、その中で、サプシガルジン(TG)添加6.5時間後に細胞にHoechst33342(Hoechst33342 bis-benzamide(商品名、Sigma-Aldrich社製)を10μM、及びヨウ化プロピジウム(PI)(Sigma-Aldrich社製)を10μM添加してHoechst陽性(青色の蛍光を発する)、PI陽性(赤色の蛍光を発する)且つ、核の断片化の起きている細胞を細胞死の起きている細胞として確定し、測定細胞における細胞死数の割合(測定細胞全体に対する細胞死を起こした細胞の割合、以下、「細胞死の割合」ともいう)を算出し、コントロール群(DMSO Y=0)における細胞死の割合を基準として、各群における細胞死が起きている細胞の数(細胞死数)の割合(細胞死の割合)を算出した。同様の実験を3回施行し、コントロール群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。
【0053】
その結果、TJ−54は400μg/mL前処置によってTG刺激6.5時間後の細胞死をコントロール群に比べ50%近く抑制した(図1及び図2)。
図1中、DMSOは、DMSO添加群、Y−0は、抑肝散(TJ−54)添加無し、Y−400は、抑肝散(400μg/mL)添加群、TGは、サプシガルジン添加群である。つまり、図1の(A)DMSO Y−0は、コントロール群である。(B)DMSO Y−400は、抑肝散を培地に400μg/mL添加後、DMSOを添加した群である。(C)TG Y−0は、抑肝散を添加せず、TGを添加した群である。(D)TG Y−400は、抑肝散を培地に400μg/mL添加後、TGを添加した群である。図1に示す結果は、TG刺激(添加)後6.5時間後の、コントロール群に対する、各群における細胞死の割合(コントロール群を1とした場合)である。
さらに、上記のTG刺激(添加)後の抑肝散の効果を、時間依存的に検討した。この結果を、図2に示す。図2中、菱型(◇)は、抑肝散を添加せず、TGを添加した群(図1の(C))である。四角(□)は、抑肝散を培地に400μg/mL添加後、TGを添加した群(図1の(D))である。
【0054】
<実施例2>
実施例1と同様に、サプシガルジンの投与によって細胞に小胞体ストレス(ERストレス)を誘導し、該小胞体ストレスによる細胞死に対する抑肝散の影響を調べた。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が50μg/mL、200μg/mL、400μg/mL、又は800μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(DMSO中500μM)を終濃度1μMとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞には、TJ−54及びサプシガルジンを添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。細胞死の評価を、実施例1と同様の方法で行った。結果を図3及び4に示す。図3は、培地中の抑肝散(TJ−54)濃度に対する細胞死の割合である。Y−0〜Y−800は、それぞれ培地中のTJ−54濃度が0〜800μg/mLの場合を意味する。図4は、TG添加後6.5時間後のN2A細胞の蛍光顕微鏡写真である。図4(A)は、培地にTJ−54を添加しなかった場合(培地中の抑肝散0μg/mL)、(B)は、培地にTJ−54を終濃度50μg/mLで添加した場合、(C)は、培地にTJ−54を終濃度200μg/mLで添加した場合、(D)は、培地にTJ−54を終濃度800μg/mLで添加した場合である。蛍光顕微鏡写真において、青又は赤く(グレースケールの写真では、白又は灰色に)見える部分が、細胞死が起こった細胞である。
図3及び4から、TJ−54は、培地中濃度400μg/mLまでは用量依存的にTG刺激(添加)6.5時間後の細胞死をコントロール群に比べ抑制したが、800μg/mLでは過用量で、逆に抑肝散自体の細胞死促進作用が見られた。
【0055】
<実施例3>
低酸素負荷によってもERストレスが誘導される。実施例3では、低酸素負荷による細胞死に対する、抑肝散の効果を調べた。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)にTJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が400μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54添加から1.5時間後、該マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞を低酸素チャンバーに入れ6時間低酸素刺激を加えた(低酸素(6時間)+抑肝散(400μg/mL))。比較として、マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞に抑肝散を添加せず、低酸素チャンバーに入れ6時間低酸素刺激を加えた(低酸素(6時間))。実施例1と同様に、TJ−54を添加せず正常酸素圧(Normoxia:通常の酸素濃度)で培養した細胞(コントロール:(A)正常酸素圧)における細胞死割合を基準として、各群における細胞死割合を算出した。同様の実験を3回施行し、コントロール群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。結果を、図5及び図6に示す。
【0056】
図5は、低酸素負荷による細胞死に対する抑肝散の効果を示す図である。図6(A)は、TJ−54を添加せず、正常酸素下においたマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(コントロール);(B)は、6時間低酸素刺激を加えたマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(TJ−54を添加せず);(C)は、TJ−54を終濃度400μg/mLとなるように添加後、6時間低酸素刺激を加えたマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞の蛍光顕微鏡写真である。図6の蛍光顕微鏡写真において、青又は赤く(グレースケールの写真では、白又は灰色に)見える部分が、細胞死が起こった細胞である。図6(A)〜(C)から、(C)では、(B)と比較して細胞死が起こった細胞が少ないことが分かる。
図5及び6から分かるように、TJ−54は、400μg/mL前処置により低酸素刺激6時間後の細胞死を低酸素群に比べ抑制した。
【0057】
<実施例4>
抑肝散がサプシガルジンによるERストレスに対する保護作用を示した理由を調べるために、シャペロンであるGRP78の発現量を、N2A細胞(マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞)で検討した。
N2A細胞培養液を、抑肝散添加群、及び非添加群に分けた。抑肝散添加群には、培地濃度が400μg/mLとなるように抑肝散を添加した。抑肝散添加6時間後に各細胞を回収し、常法に従ってウェスタンブロットを行った。用いたGRP78抗体はanti-Bip mAb(Cell Signaling Tchnology, Beverly, MA)であり、二次抗体としてHRP-conjugated anti-mouse IgG Ab(Cell Signaling Tchnology, Beverly, MA)を用いた。
ウェスタンブロットの結果を図7に示す。図7において、Y−は、抑肝散なし10%FCS−DMEM培地の場合である。Y+は、10%FCS−DMEM培地中に抑肝散を400μg/mL添加した場合である。図7から明らかなように、抑肝散(TJ−54)を投与した細胞では、GRP78の発現上昇を認めた。この結果から、抑肝散によるGRP78発現上昇の効果が示唆された。
【0058】
<実施例5>
ERストレス誘導剤としてツニカマイシン(Tm)を用い、ERストレスセンサーの1つであるGRP78(BiP)の発現に対するTJ−54の効果を調べた。
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞にTJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が700μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54の添加から24時間後、蒸留水に溶解させたツニカマイシン(Tm)(蒸留水中2mg又は5mg/mL)を終濃度が2μg/mL又は5μg/mLとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群の細胞にはTJ−54及びTmを添加せず、溶媒として用いた蒸留水を培地量(容量)の1/1000量添加した。Tm添加0時間、6時間、24時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社製)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にGRP78増幅用プライマー5’-ga aaggatggtt aatgatgctg ag-3’(配列番号1)、5’-gtcttcaatgtcagcatct-3’(配列番号2)を用いてPCR(95℃0.5分、55℃1分、72℃1分、を30サイクル)を行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、GRP78 mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。アガロース電気泳動の結果を、図8及び9に示す。図8及び9は、ツニカマイシン(Tm)を終濃度5μg/mL(図8)又は2μg/mL(図9)で培地に添加後、各経過時間におけるGRP78遺伝子の発現を調べた結果である。図8及び9において、Cは、コントロール(Tmで処理していない)、TJは、TJ−54を培地に700μg/mL添加したものである。図8及び9中の時間は、Tmを培地に添加してからの経過時間(0、6及び24時間)である。なお、Tm添加の24時間前に、前記濃度のTJ−54が培地に添加されている。
【0059】
図8及び9から、TJ−54添加後24時間の時点でTm刺激(添加)のない状態でもTJ−54非添加群に対して、GRP78の発現が上昇していた。一方、TJ−54非添加群(コントロール細胞:C)ではTm5μg/mL刺激(添加)後、6時間、24時間とGRP78発現が著しく上昇した。TJ−54添加群では0時間のGRP78発現量と比べて6時間で2倍程度のGRP78発現量の増加が見られたが、24時間後ではTJ−54非添加群のTm刺激前のGRP78発現レベルにまで回復していた(図8)。同じ傾向がTm2μg/mL刺激(添加)群でも見られた(図9)。これらの結果から、抑肝散の添加によって、ERストレス状態にない場合でも転写レベルでGRP78の発現が上昇していることが分かった。
【0060】
<実施例6>
ERストレス誘導剤としてツニカマイシン(Tm)を用い、ERストレスセンサーの1つであるCHOP(GADD153)の発現に対するTJ−54の効果を調べた。
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞にTJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が700μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54の添加から24時間後、蒸留水に溶解させたツニカマイシン(Tm)(蒸留水中2mg/mL又は5mg/mL)を終濃度が2μg/mL又は5μg/mLとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群の細胞には抑肝散及びTmを添加せず、溶媒として用いた蒸留水を培地量(容量)の1/1000量添加した。Tm添加0時間、6時間、24時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社製)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にCHOP増幅用プライマー5’-catacaccaccacacctgaaag-3’(配列番号3)、5’-ccgtttcctagttcttccttgc-3’(配列番号4)を用いて、実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、CHOP mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。結果を、図10及び11に示す。
【0061】
図10及び11は、ツニカマイシン(Tm)を終濃度5μg/mL(図10)又は2μg/mL(図11)で培地に添加後、各経過時間におけるCHOP遺伝子の発現を調べた結果である。図10及び11において、Cは、コントロール(Tmで処理していない)、TJは、TJ−54を培地に700μg/mL添加したものである。図10及び11中の時間は、Tmを培地に添加してからの経過時間(0、6及び24時間)である。なお、Tm添加の24時間前に、前記濃度のTJ−54が培地に添加されている。
【0062】
図10及び11から、TJ−54を添加すると、TJ−54添加後24時間の時点では、Tm刺激(添加)のない状態で僅かにTJ−54非添加群に対して、CHOPの発現が上昇していた。一方、TJ−54非添加群(コントロール細胞:C)ではTm5μg/mL刺激後、6時間、24時間とCHOP発現が著しく上昇した。TJ−54添加群では0時間のCHOP発現量と比べて6時間で2倍程度のCHOP発現量の増加が見られたが、24時間後ではTm刺激前のCHOP発現レベルにまで回復していた(図10)。Tm2μg/mL刺激(添加)群では刺激6時間後のCHOPの発現は刺激前と同程度であった(図11)。
【0063】
実施例1〜6の結果から、抑肝散(TJ−54)がTG、Tm、低酸素刺激のようなERストレス刺激に対して細胞死抑制(細胞保護)効果があること、この細胞死抑制効果は、抑肝散のGRP78発現上昇作用によることが分かった(図8及び9)。また、TJ−54を添加した場合、細胞死誘導作用のあるCHOPの発現はGRP78の発現上昇に比べて弱く、ERストレス刺激後のCHOPの発現上昇は、TJ−54添加なしの群に比べてTJ−54添加群の方が低かった(図10及び11)。このため、通常、ERストレス下にある細胞では、CHOPの発現がGRP78同様に上昇し、その結果細胞死が誘導されるが、抑肝散を予め添加した細胞では、細胞がERストレス下にない状態であっても転写レベルでGRP78の発現が上昇し、さらにCHOPの発現がGRP78の上昇に比して低いことから、細胞死が抑制されると考えられた。
次に、抑肝散(TJ−54)のどの構成生薬が、これらの細胞死抑制作用に寄与しているのかを調べた。
【0064】
<実施例7>
TJ−54の各構成生薬のTG誘発細胞死に対する効果を調べた。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)にTJ−54(抑肝散エキス製剤:図12中G8)又は抑肝散構成生薬7種類(蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、及び釣藤鈎(チョウトウコウ))の何れかを終濃度が200μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54又は生薬の添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(TG)(DMSO中500μM)を終濃度が1μMとなるように培地に添加した。対照群(コントロール)群の細胞にはTJ−54、構成生薬及びTGを添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。
【0065】
(細胞死の評価)
細胞死の評価は、独立した4視野から少なくとも300個の細胞を計測し、その中で、TG負荷(添加)20時間後に細胞にHoechst33342(商品名、Hoechst33342 bis-benzamide、Sigma-Aldorich社製)を10μM、及びヨウ化プロピジウム(PI)(Sigma-Aldorich社製)を10μM添加してHoechst陽性、PI陽性且つ、核の断片化の起きている細胞を細胞死の起きている細胞として確定し、測定細胞における細胞死数の割合(細胞死の割合)を算出し、G0(コントロール:TGを添加せず、抑肝散及び構成生薬のいずれも添加しなかったもの)における細胞死の割合を基準として、各群における細胞死が起きている細胞の数(細胞死数)の割合(細胞死の割合)を算出した。同様の実験を3回施行し、G0群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。
【0066】
結果を、図12に示す。図12中の記載は、以下の通りである。
G0:コントロール(TGを添加せず、抑肝散及び構成生薬のいずれも添加しなかったもの)、G1:蒼朮(ソウジュツ)、G2:茯苓(ブクリョウ)、G3:川きゅう(センキュウ)、G4:当帰(トウキ)、G5:柴胡(サイコ)、G6:甘草(カンゾウ)、G7:釣藤鈎(チョウトウコウ)、G8:抑肝散(TJ−54)。
なお、各生薬は、全て200μg/mLで培地に添加した。TGの負荷時間は、20時間である。
図12から、茯苓(G2)、川きゅう(G3)、及び当帰(G4)については、TG添加20時間後の細胞死の割合がG0(コントロール)に比べ有意に低かった。釣藤鈎(チョウトウコウ)(G7)については細胞死促進作用が観察された。
【0067】
<実施例8>
抑肝散に含まれる各生薬について、単独毒性を検討した。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)にTJ−54(抑肝散エキス製剤:図13中、抑肝散と表示)又は抑肝散構成生薬7種類(蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、及び釣藤鈎(チョウトウコウ))の何れかを終濃度が200μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54又は生薬の添加から24時間後の細胞死の程度を評価した。細胞死の評価は、実施例7と同様に行った。コントロール(抑肝散及び構成生薬のいずれも添加しなかったもの)の細胞死の割合(全細胞中の細胞死を起こした細胞の割合)を基準として、各群における細胞死の割合を算出した。同様の実験を3回施行し、コントロール群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。
その結果、甘草、又は釣藤鈎添加24時間後の細胞死の割合がコントロールに比べ有意に高く、これらの生薬については細胞死促進作用が観察された。つまり、甘草及び釣藤鈎については、それぞれ単独で神経細胞に対する毒性をもつことが有意に示された。
結果を、図13及び表1に示す。図3及び表1中、「生薬なし」がコントロールである。
【0068】
【表1】
【0069】
<実施例9>
WTS-1 assayによって、ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞におけるTG負荷による細胞死に対する各生薬成分の効果を検討した。
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞にTJ−54(抑肝散エキス製剤)、又は抑肝散構成生薬7種類(蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、及び釣藤鈎(チョウトウコウ))の何れかを図14に示す終濃度(0〜200μg/mL)で添加した。TJ−54又は生薬の添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(DMSO中500μM)を終濃度が3μMとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群には生薬及びサプシガルジンを添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。細胞死の評価は、TG刺激3時間後培養上清を回収し、WST−1アッセイキット(同仁化学社製)を用いて、溶媒のみ添加した対照群における細胞死に対する抑制率として表した。同様の実験を3回施行し、対照群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。その結果、ヨクカンサン(抑肝散)、センキュウ(川きゅう)、及びサイコ(柴胡)は、TG刺激(添加)3時間後の細胞死を有意に抑制した。結果を、図14に示す。また、特に良好な細胞死抑制効果が認められた構成生薬について、図14からの抜粋を、図15〜17に示す。図15〜17から、培地濃度100μg/mLでは柴胡、及び蒼朮の2成分が抑肝散によく似た傾向を示した。さらに培地濃度200μg/mLでは柴胡、及び川きゅうが顕著な効果を示した。
【0070】
<実施例10>
抑肝散に含まれる構成生薬が、GRP78の発現に影響するのかを調べた。
ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞培養液中に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度200μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるようにTJ−54又は生薬を培地に添加した。添加から6.5時間後に各細胞を回収し、常法に従ってウェスタンブロットを行った。用いたGRP78抗体はanti-Bip mAb(Cell Signaling Tchnology, Beverly, MA)であり、二次抗体としてHRP-conjugated anti-mouse IgG Ab(Cell Signaling Tchnology, Beverly, MA)を用いた。
その結果、釣藤鈎及び抑肝散は、GRP78発現を著明に上昇させた。その他の成分も、甘草を除きGRP78の発現を上昇させる傾向を示した。結果を図18に示す。
【0071】
<実施例11>
TG刺激に対する抑肝散及び各構成生薬の効果を調べた。
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度800μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるようにTJ−54又は生薬を培地に添加した。TJ−54又は生薬添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(TG)(DMSO中1mM)を終濃度2μMとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群にはTJ−54、生薬及びサプシガルジンのいずれも添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。TG添加6時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にGRP78増幅用プライマー5’-ga aaggatggtt aatgatgctg ag-3’(配列番号1)、5’-gtcttcaatgtcagcatct-3’(配列番号2)を用いて実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、GRP78 mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。その結果、TJ−54構成生薬のうち柴胡(サイコ)又は川きゅう(センキュウ)で前処置した群において著しいGRP78発現の誘導抑制が見られた。結果を図19に示す。図19及び以下で説明する図20〜22中、(−)は、TG(又はTm)刺激(添加)を行なわなかったことを示す。(+)は、TG(又はTm)刺激(添加)を行なったことを示す。
【0072】
<実施例12>
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度800μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるように、TJ−54又は生薬を培地に添加して1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(TG)(DMSO中500μM)を終濃度2μMとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群にはTJ−54、生薬及びサプシガルジンのいずれも添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。TG添加6時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にCHOP増幅用プライマー 5’-catacaccaccacacctgaaag-3’(配列番号3)、5’-ccgtttcctagttcttccttgc-3’(配列番号4)を用いて、実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、CHOP mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。その結果、TJ−54構成生薬のうち柴胡(サイコ)、川きゅう(センキュウ)、又は当帰(トウキ)で前処置した群においてCHOP発現の誘導抑制が見られた。結果を図20に示す。
【0073】
<実施例13>
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度800μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるようにTJ−54又は生薬を培地に添加した。TJ−54又は生薬添加から1.5時間後、蒸留水に溶解させたツニカマイシン(Tm)(蒸留水中2mg/mL)を終濃度が2μg/mLとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群にはTJ−54、生薬及びツニカマイシンのいずれも添加せず、溶媒として用いた蒸留水を培地量(容量)の1/1000量添加した。Tm添加6時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社製)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にGRP78増幅用プライマー5’-ga aaggatggtt aatgatgctg ag-3’(配列番号1)、5’-gtcttcaatgtcagcatct-3’(配列番号2)を用いて、実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、GRP78mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。その結果、TJ−54構成生薬のうち柴胡(サイコ)又は釣藤鈎(チョウトウコウ)で前処置した群において弱いGRP78発現の誘導抑制が見られたが、TG刺激後に見られた反応に比べてその作用は弱かった。結果を図21に示す。
【0074】
<実施例14>
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞にTJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度800μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるようにTJ−54又は生薬を培地に添加した。TJ−54又は生薬添加から1.5時間後、蒸留水に溶解させたツニカマイシン(Tm)(蒸留水中2mg/mL)を終濃度が2μg/mLとなるように培地中添加した。対照(コントロール)群にはTJ−54、生薬及びツニカマイシンのいずれも添加せず、溶媒として用いた蒸留水を培地量(容量)の1/1000量添加した。Tm添加6時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社製)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にCHOP増幅用プライマー 5’-catacaccaccacacctgaaag-3’(配列番号3)、5’-ccgtttcctagttcttccttgc-3’(配列番号4)を用いて、実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、CHOP mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。その結果、TJ−54と添加群以外の構成生薬添加群でTG刺激の際見られたような劇的なCHOP発現の誘導抑制は見られなかった。結果を図22に示す。
【0075】
<実施例15>
ERストレスに脆弱になったアルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞に対する抑肝散の効果を調べた。
ヒト神経芽細胞腫SK−N−SH細胞に家族性アルツハイマー病患者(FAD)の持つ変異体Presenilin-1deltaエクソン9(PS1△E9)を強制発現させた細胞(PS1△E9を定常的に発現する細胞、「変異PS1△E9発現細胞」ともいう)を用いて、抑肝散のERストレス誘発細胞死に対する効果を検討した。コントロールとして、ヒト神経芽細胞腫SK−N−SH細胞に野生型Presnilin-1(PS1Wt)を強制発現させた細胞(PS1Wtを定常的に発現する細胞)を用いた。これらの変異PS1△E9発現細胞及びコントロールの細胞はいずれも、Presenilin-1 mutation activates the signaling pathway of caspase-4 in endoplasmic reticulum stress-induced apoptosis:Yukioka F, et.al. Neurochem Int. 2008 Mar-Apr;52(4-5):683-7. に記載の方法により作製されたものである。細胞培養方法、及びTG刺激(添加)条件は、実施例11と同様の方法で行った。細胞死アッセイはMTSアッセイキット(プロメガ社製)を用いて行った。その結果、FAD患者に見られる変異PS1△E9を発現する細胞では、TG2μM刺激3時間後、PS1Wt発現細胞(コントロール:正常細胞)における生存細胞の割合を基準とすると60%以上生存細胞の割合が減少した。これに対してTJ−54をTG負荷1.5時間前に終濃度400μg/mLで培地に添加しておくと、同生存細胞の割合は8割程度まで回復した。このように、抑肝散はPS1ΔE9が誘導する細胞死にも効果を示した(N=4)。結果を図23に示す。図23中、NTは、TGを添加しなかった細胞、TGは、TG添加(刺激)した細胞である。Δ9は、変異PS1△E9発現細胞にTJ−54を添加しなかった場合であり、Δ9+yは、変異PS1△E9発現細胞にTJ−54(培地中400μg/mL)を添加した場合である。
【0076】
<実施例16>
アルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞に対する抑肝散及の構成生薬柴胡、及び川きゅうの効果を調べた。
実施例15と同様に、ヒト神経芽細胞腫SK−N−SH細胞に家族性アルツハイマー病患者(FAD)の持つ変異体Presenilin-1deltaエクソン9(PS1△E9)を強制発現させた細胞(PS1△E9を定常的に発現する細胞、「変異PS1△E9発現細胞」ともいう)を用いて、TJ−54の構成生薬柴胡、川きゅうのERストレス誘発細胞死に対する効果を検討した。実施例15と同様に、コントロールとして、ヒト神経芽細胞腫SK−N−SH細胞に野生型Presnilin-1(PS1Wt)を強制発現させた細胞(PS1Wtを定常的に発現する細胞)を用いた。細胞培養方法及びTG刺激(添加)条件は、実施例11と同様の方法で行った。細胞死アッセイは、実施例15と同様にMTSアッセイキットを用いて行った。その結果、FAD患者に見られる変異PS1△E9を発現する細胞では、TG2μM刺激3時間後、TG刺激(添加)無し群(DMSO2)での生存細胞の割合を基準とすると川きゅう2〜200μg/mLでの前処置により川きゅう添加量依存的にTG刺激による生存細胞の減少が抑制された(図24、N=4)。これに対して柴胡前処置群では効果が見られた群もあったが用量依存性が見られなかった(図25)。図24及び25において、DMSO2は、TG刺激(添加)せず、川きゅう及び柴胡をいずれも添加しなかった群(コントロール);TG2は、TG2μMで刺激した群である。図24において、TG2+sen25は、川きゅう25μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sen50は、川きゅう50μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sen100は、川きゅう100μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sen200は、川きゅう200μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群である。図25において、TG2+sai25は、柴胡25μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sai50は、柴胡50μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sai100は、柴胡100μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sai200は、柴胡200μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群である。
【0077】
<実施例17>
川きゅう及び抑肝散のGRP78発現への影響を調べた。
ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞培養液中に、抑肝散及び川きゅうのいずれかを終濃度が200μg/mLとなるように添加した(コントロールの細胞には、抑肝散及び川きゅうのいずれも添加しなかった)。添加6.5時間後に各細胞を回収し、実施例13で用いた方法でRT−PCRを行った。用いたGRP78プライマー、及びPCR条件は実施例13で用いたプライマー及び条件と同じである。
SK−N−SH細胞において抑肝散及び川きゅうのいずれによってもGRP78の発現が有意に上昇した。結果を、図26に示す。
【0078】
<実施例18>
川きゅう及び抑肝散のCHOP発現への影響を調べた。
ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞培養液中に抑肝散及び川きゅうのいずれかを終濃度が200μg/mLとなるように添加した。添加1.5時間後にTG1μMを添加した。コントロールの細胞には、抑肝散及び川きゅうのいずれも添加しなかった。4時間後各細胞を回収し、実施例14で用いた方法でRT−PCRを行った。用いたCHOPプライマー、及びPCR条件は実施例14で用いたCHOPプライマー、及びPCR条件と同じである。
その結果、川きゅう及び抑肝散のいずれの前処置によってもTG負荷時のCHOP誘導が有意に抑制された。結果を図27に示す。
【0079】
実施例1〜18の結果に示されるように、ERストレス誘導性細胞死、アルツハイマー病モデル細胞おける細胞死促進効果に対し、抑肝散、及び抑肝散の構成生薬川きゅうが顕著な抑制効果を示した。抑肝散及び川きゅうによる細胞死抑制効果には、GRP78の発現上昇、CHOP誘導抑制効果が関与していた。これらの結果から、抑肝散はERストレス応答を上昇させ、神経変性疾患や脳虚血などに見られる周辺症状のみならず、中核症状にも有用であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防及び治療に有用である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、小胞体ストレスによる細胞死、特に神経細胞死を予防又は抑制するための医薬に関するものである。本発明はまた、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を予防又は治療するための医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
小胞体は、分泌系タンパク質及び膜タンパク質が正しく折りたたまれ、その立体構造を整える場である。また、小胞体は、細胞内カルシウムの貯蔵庫等として、多岐にわたる生理作用を有している。しかしながら、虚血、低酸素、遺伝子変異などの物理化学的ストレスによって、小胞体内に正常な折りたたみ構造を持たないタンパク質(unfolded protein)が増加したり、小胞体のカルシウムホメオスタシス(カルシウム恒常性)が撹乱されたりすることにより、小胞体の機能障害を引き起こすことが知られている。このような小胞体の機能が障害される状態及び小胞体の機能障害の状態は、小胞体ストレスと呼ばれている。
【0003】
小胞体ストレスが加わると細胞は直ちにストレスから回避するための防御システムを活性化させる。小胞体膜上には、ストレスシグナル伝達に関与する膜タンパク質PERK、IRE1α及びATF6が存在する。これらの膜タンパク質は、小胞体ストレスセンサーとして異常タンパク質の蓄積を感知し、細胞質又は核内にシグナルを伝える。例えば、PERKが活性化されると、翻訳開始因子2のαサブユニット(eIF2α)がリン酸化されてタンパク質の合成を抑制する。また、これらのストレスセンサーが活性化されることにより、分子シャペロンの転写が促進される。これがいわゆる小胞体ストレス応答又はunfolded protein response(UPR)といわれる応答機構である。しかしながら、強い小胞体ストレスの状態が継続すると、細胞がストレスに抵抗しきれず、自ら細胞死(アポトーシス)を選択することが明らかになってきている。
【0004】
小胞体ストレス及び小胞体ストレスによる細胞死が、種々の疾患に関与していることが指摘されている。例えば、アルツハイマー病の原因遺伝子(プレセニリン−1)の変異が発現している神経細胞では、小胞体ストレス化での細胞死が促進される。これは、プレセニリン−1の変異が、小胞体ストレスセンサーの活性化を抑制し、その結果神経細胞死に導くためである。アルツハイマー病の原因遺伝子プレセニリン−2の変異によっても、小胞体ストレス下での細胞死が促進されることが報告されている(非特許文献1)。さらに、パーキンソン病、ポリグルタミン病(ハンチントン病)、狂牛病(プリオン病又は牛海面状脳症(BSE)ともいう)、脳虚血、筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の難治性神経変性疾患の発症及び病態進行にも、小胞体ストレスによる神経細胞死が関与していることが報告されている。これらの難治性神経変性疾患の患者は増加しており、有効な予防及び治療法の開発が望まれている。
【0005】
例えば、アルツハイマー病治療薬として、アセチルコリンの分解を防ぎ、大脳皮質ニューロンの活性化をもたらすことにより認知症の進行を遅らせる薬剤(アセチルコリン分解阻害剤)が使用されている。しかしながらこのような薬剤では、アルツハイマー病の原因である神経細胞死を抑制できない。このため、アルツハイマー病の症状は改善するものの、その原因を治療することはできず、根本的治療薬とはいえなかった。また、アミロイド仮説に基づき、アミロイドβタンパク質の切り出し抑制、アミロイドβタンパク質に対する免疫療法等の開発が進められている。しかしながら、副作用の問題があり、さらに、症状改善の点からも望ましい結果が得られていない。さらに、脳虚血後の神経細胞死についても、現在のところ、予防又は治療の手段はない。
【0006】
神経細胞は、一度成熟すると細胞分裂をすることができない。このため、小胞体ストレスによる神経細胞死及びこれに関連する疾患の発症機構の理解及び治療法の開発が急務となっている。しかしながら、小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる神経細胞死を効果的に予防又は抑制する活性を有する物質又は成分は、未だ報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Journal of Chemical Neuroanatomy 28 (2004) 67-78
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる神経細胞死を予防又は抑制することにより、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を効果的に予防又は治療することができ、かつ副作用が少ない医薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ね、漢方方剤(漢方薬)である抑肝散が、サプシガルジンに誘導される小胞体ストレスによる神経細胞死を有意に予防及び抑制することを見出し、この知見に基づきさらに研究を重ねた。その結果本発明者らは、抑肝散が、アルツハイマー病の原因遺伝子(プレセニリン1)の変異が発現している神経細胞において、小胞体ストレス下での神経細胞死を有意に予防及び抑制することを見出した。抑肝散は、これまでの臨床使用において副作用が少ないことが証明されている安全性が高い漢方方剤である。また、脳虚血における神経細胞死を予防又は抑制する有効な治療薬はこれまでなかったが、本発明者らは、抑肝散が、低酸素状態(脳虚血モデル)によって誘導される小胞体ストレスによる神経細胞死も有意に予防及び抑制することを見出した。
【0010】
本発明者らはさらに、抑肝散の構成生薬の中でも、川きゅう(センキュウ)が、このアルツハイマー病の原因遺伝子(プレセニリン1)の変異が発現している神経細胞における小胞体ストレスによる神経細胞死を有意に予防及び抑制することを見出した。また、川きゅうは、低酸素状態(脳虚血モデル)によって誘導される小胞体ストレスによる神経細胞死も有意に予防及び抑制することを見出した。また、抑肝散の構成生薬の1つである柴胡(サイコ)が、これらの小胞体ストレスによる神経細胞死を抑制する傾向を示すことを見出した。
【0011】
神経細胞にカルシウム恒常性の破綻等を誘導する、又は神経細胞を低酸素状態に暴露すると、神経細胞を守るGRP78/Bip等の発現が誘導される。また、その一方で、細胞死の引き金となるCHOP等の誘導も生じる。両者のバランスが崩れ、CHOPの発現が優位となると、神経細胞は死に至る。例えば、アルツハイマー病の原因遺伝子(プレセニリン1等)の変異が発現している細胞では、これらのバランスが崩れやすい状態になっており、細胞死が促進されている。本発明者らは、抑肝散及びその構成生薬の川きゅうは、GRP78/Bipの発現を高める作用があり、この作用によって小胞体ストレスによる細胞死を抑制することを見出した。また、抑肝散、並びにその構成生薬の川きゅう及び柴胡は、CHOPの誘導を抑制する作用があり、この作用によって小胞体ストレスによる細胞死を抑制することを見出した。
これらの知見から本発明者らは、抑肝散、並びにその構成生薬である川きゅう及び柴胡は、神経細胞における小胞体ストレス及び小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制に有効であり、さらに副作用も少ないことから、アルツハイマー病、脳虚血等の小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療に有用であることに想到した。
【0012】
このように小胞体ストレスによる神経細胞死を予防及び抑制できる医薬は、例えば、現在アルツハイマー病の唯一の治療薬とされているアセチルコリン分解阻害剤に比して、アルツハイマー病発症進展機序を抑制するという点において、大きく異なる画期的な医薬である。しかも、生薬である抑肝散、並びに川きゅう及び柴胡には副作用が少ないことから、予防的に投与しても安全性が高く、例えば、家族性アルツハイマー病(familial AD:FAD)家系での未発症家族に対する発症の予防等、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防に好適に用いることができるものである。
本発明者らは、これらの知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
【0013】
(1)抑肝散を含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤。
(2)小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病、脳虚血、又は筋萎縮性側索硬化症である前記(1)に記載の予防又は治療剤。
(3)小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病又は脳虚血である前記(1)又は(2)に記載の予防又は治療剤。
【0014】
(4)川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤。
(5)生薬が、川きゅうである前記(4)に記載の予防又は治療剤。
(6)小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病、脳虚血、又は筋萎縮性側索硬化症である前記(4)又は(5)に記載の予防又は治療剤。
(7)小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病又は脳虚血である前記(5)又は(6)に記載の予防又は治療剤。
【0015】
(8)抑肝散を含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤。
(9)川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤。
(10)抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制剤。
【0016】
本発明はまた、
抑肝散を哺乳類に投与する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療方法、
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を哺乳類に投与する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療方法、
抑肝散を哺乳類に投与する小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制方法、
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を哺乳類に投与する小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制方法、
抑肝散を哺乳類に投与する小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制方法、及び
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を哺乳類に投与する小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制方法、
に関する。
【0017】
本発明はさらに、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤の製造のための、抑肝散の使用、及び、
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤の製造のための、川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬の使用、
に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、小胞体ストレス及び小胞体ストレスによる神経細胞等の細胞死を効果的に、しかも副作用が少ないため安全に予防又は抑制することができる。このため、本発明によれば、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病(BSE)、脳虚血及び筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を効果的に、しかも安全に予防又は治療することができる。本発明の予防又は治療剤は、例えば、現在アルツハイマー病の唯一の治療薬とされているアセチルコリン分解阻害剤に比して、アルツハイマー病発症進展機序を抑制するという点において、大きく異なる画期的な予防又は治療剤である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、サプシガルジン(TG)による細胞死に対する抑肝散の効果を示す図である。
【図2】図2は、サプシガルジン(TG)による細胞死に対する抑肝散の時間依存的効果を示す図である。
【図3】図3は、サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散の効果(濃度依存性)を示す図である。
【図4】図4(A)〜(D)は、サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散の効果(濃度依存性)を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図5】図5は、低酸素負荷による細胞死に対する抑肝散の効果を示す図である。
【図6】図6(A)〜(C)は、低酸素負荷による細胞死に対する抑肝散の効果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図7】GRP78遺伝子の発現に対する抑肝散の作用を調べたウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図8】ツニカマイシン(培地中終濃度5μg/mL)により誘導されるGRP78遺伝子の発現の経時変化を示す図である。
【図9】ツニカマイシン(培地中終濃度2μg/mL)により誘導されるGRP78遺伝子の発現の経時変化を示す図である。
【図10】ツニカマイシン(培地中終濃度5μg/mL)により誘導されるCHOP遺伝子の発現の経時変化を示す図である。
【図11】ツニカマイシン(培地中終濃度2μg/mL)により誘導されるCHOP遺伝子の発現の経時変化を示す図である。
【図12】抑肝散の各構成生薬の、サプシガルジン誘発細胞死に対する効果を示す図である。
【図13】抑肝散の構成生薬それぞれの単独毒性を示す図である。
【図14】サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散及び各生薬成分の効果を示す図である。
【図15】サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散及び茯苓の効果を示す図である。
【図16】サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散及び柴胡の効果を示す図である。
【図17】サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散及び川きゅうの効果を示す図である。
【図18】GRP78遺伝子の発現に対する抑肝散及び各生薬成分の効果を示す図である。
【図19】サプシガルジン(TG)により誘導されるGRP78遺伝子の発現に対する抑肝散及びその構成生薬の効果を示す図である。
【図20】サプシガルジン(TG)により誘導されるCHOP遺伝子の発現に対する抑肝散及びその構成生薬の効果を示す図である。
【図21】ツニカマイシン(Tm)により誘導されるGRP78遺伝子の発現に対する抑肝散及びその構成生薬の効果を示す図である。
【図22】ツニカマイシン(Tm)により誘導されるCHOP遺伝子の発現に対する抑肝散及びその構成生薬の効果を示す図である。
【図23】アルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞(Δ9)におけるERストレスによる細胞死に対する抑肝散の効果を示す図である。
【図24】アルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞におけるERストレスによる細胞死に対する川きゅうの効果を示す図である。
【図25】アルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞におけるERストレスによる細胞死に対する柴胡の効果を示す図である。
【図26】GRP78遺伝子の発現に対する抑肝散及び川きゅうの効果を示す図である。
【図27】CHOP遺伝子の発現に対する抑肝散及び川きゅうの効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤は、抑肝散を含有するものである。
本発明の予防又は治療剤の別の態様の1つは、川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤である。
【0021】
本発明において、「予防」とは、症状又は疾病及びその付随する症候の発症を遅延し、又は防止すること、対象が、症状若しくは疾病を獲得しないようにすること、又は、対象が症状若しくは疾病を獲得するリスクを低減することを意味する。
「治療」とは、症状又は疾病を完全に治癒させることの他、完全に治癒しなくても症状の進展及び/又は悪化を抑制し、症状又は疾病の進行をとどめること、又は症状又は疾病の一部若しくは全部を改善して治癒の方向へ導くことを意味する。
【0022】
抑肝散としては、市販の漢方方剤を使用することができる。市販の漢方方剤として、例えば、医療用漢方薬であるツムラ抑肝散エキス顆粒(商品名)(ツムラ社製)、オースギ抑肝散料(商品名)(常盤薬品工業社製);第二類医薬である一元 抑肝散(商品名、一元製薬社製)等が好ましい。中でも、医療用漢方薬であるツムラ抑肝散エキス顆粒(商品名)(ツムラ社製)が好ましい。
【0023】
本発明の予防又は治療剤に含有される川きゅう(センキュウ)(Cnidii Rhizoma)は、漢方薬である抑肝散等に使用されている生薬である。川きゅうは、セリ科(Umbelliferae)の植物センキュウ(学名:Cnidium officinale Makino)の根茎である。
柴胡(サイコ)(Bupleuri Radix)は、抑肝散等に使用されている生薬である。柴胡は、セリ科のミシマサイコ(学名:Bupleurum scorzonerifolium, B.falcatum)又はその変種の根である。
【0024】
本発明の予防又は治療剤は、川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を含有する場合には、少なくとも川きゅうを含有することが好ましい。川きゅうを含有することにより、アルツハイマー病、脳虚血等の神経細胞死関連疾患の予防又は治療に特に効果が高いものとなる。
【0025】
本発明の予防又は治療剤の有効成分として用いられる川きゅう及び柴胡は、何れも公知のものであり、例えば生薬末等として市販されているものである。本発明においては、これらの生薬として、市販の生薬末などを使用することができる。
【0026】
川きゅう及び柴胡は、通常、抑肝散等の漢方方剤(漢方薬)にエキス末(エキス乾燥物)として含まれている。本発明の予防又は治療剤として、川きゅう及び柴胡に更に生薬を組合せて提供されている漢方方剤(漢方薬)を用いることも好ましい。このような漢方薬としては、抑肝散が好ましい。本発明の予防又は治療剤として抑肝散を用いることは、本発明の好ましい実施態様の1つである。抑肝散を含有する小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤は、本発明の特に好ましい実施態様の1つである。抑肝散としては、上記のもの等が好適である。
【0027】
本発明の予防又は治療剤は、上述したように、抑肝散を含有するか、又は、川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を含有する。本発明の予防又は治療剤は、抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬以外の成分を含まなくてもよく、含んでもよい。抑肝散、川きゅう及び柴胡以外の成分としては、医薬上許容される担体等を用いることができる。
【0028】
本発明においては、抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬をそのまま、又は適宜製剤化して本発明の予防又は治療剤として用いることができる。例えば、本発明の予防又は治療剤は、抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬と、所望により配合される医薬上許容される担体とを、公知の方法により混合等して製剤化することにより容易に調製される。
【0029】
本発明の予防又は治療剤の剤型として、経口投与用の製剤としては、例えば錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤等の固形製剤;乳剤、シロップ剤、懸濁剤等の液状製剤が挙げられる。非経口投与用の製剤としては、例えば注射剤、点滴剤等が挙げられる。本発明の予防又は治療剤の剤型は、経口投与の剤型が好ましい。
【0030】
本発明における医薬上許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機又は無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等が挙げられる。また必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤等の製剤添加物を用いることもできる。
【0031】
賦形剤の好適な例としては、例えば、乳糖、コーンスターチ、マルトース、マンニトール等の糖又は糖アルコール;トウモロコシデンプン、デキストリン、α化デンプン等のデンプン又はデンプン誘導体;結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のセルロースやセルロース誘導体;軽質無水ケイ酸等が挙げられる。
滑沢剤の好適な例としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカなどが挙げられる。
【0032】
結合剤の好適な例としては、例えば結晶セルロース、白糖、マンニトール、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
崩壊剤の好適な例としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウムなどが挙げられる。
【0033】
溶剤の好適な例としては、例えば注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油などが挙げられる。
溶解補助剤の好適な例としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0034】
懸濁化剤の好適な例としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子などが挙げられる。
【0035】
等張化剤の好適な例としては、例えば塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトールなどが挙げられる。
緩衝剤の好適な例としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などが挙げられる。
無痛化剤の好適な例としては、例えばベンジルアルコールなどが挙げられる。
【0036】
防腐剤の好適な例としては、例えばパラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。
抗酸化剤の好適な例としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。
【0037】
本発明の予防又は治療剤が抑肝散を含有する場合、抑肝散の含有量は、例えば固形製剤であれば、抑肝散エキス末として、通常製剤の約1〜99質量%であり、好ましくは約5〜90質量%であり、より好ましくは、約10〜80質量%である。
【0038】
本発明の予防又は治療剤が川きゅうを含有する場合、その含有量は、例えば固形製剤であれば、川きゅうエキス末として、通常製剤の約0.0001〜99重量%であり、好ましくは約0.001〜70重量%である。本発明の予防又は治療剤が柴胡を含有する場合、例えば固形製剤であれば、その含有量は、柴胡エキス末として、通常製剤の約0.0001〜99重量%であり、好ましくは約0.001〜50重量%である。
【0039】
本発明の予防又は治療剤の投与方法は、経口投与が好ましい。また、本発明の予防又は治療剤は、食前又は食間に経口投与することがより好ましい。
本発明の予防又は治療剤の投与量および投与回数は、年齢、体重、投与形態等により異なるが、抑肝散を含有する製剤を経口投与する場合の投与量は、通常成人一日あたり抑肝散エキス末として、体重1kgあたり約10μg〜500mg、好ましくは約100μg〜300mgとなるように投与する。この量を、通常1日1〜3回に分けて経口投与することが好ましい。抑肝散を含む製剤としては、上述したツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)(ツムラ社製)が好ましい。
【0040】
本発明の予防又は治療剤として、川きゅうを含有する剤を経口投与する場合は、通常成人一日あたり川きゅうエキス末として、体重1kgあたり約1μg〜50mg、好ましくは約10μg〜30mgとなるように投与する。柴胡を含有する剤を経口投与する場合は、通常成人一日あたり柴胡エキス末として、体重1kgあたり約1μg〜50mg、好ましくは約10μg〜30mgとなるように投与する。この量を、通常1日1〜3回に分けて経口投与することが好ましい。川きゅう及び柴胡を含有する剤を投与する場合にも、川きゅう及び柴胡それぞれの投与量が上記量となるように投与することが好ましい。
【0041】
本発明の予防又は治療剤は、神経細胞における小胞体ストレス及び小胞体ストレスによる神経細胞死を効果的に予防又は抑制する作用を有することから、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療に好適に用いることができるものである。小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患とは、該疾患の発症又は病態進行に小胞体ストレスによる神経細胞死が関わっている疾患であればよい。本発明における小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患としては、アルツハイマー病(家族性アルツハイマー病(FAD)、アルツハイマー型老年認知症)、パーキンソン病、ポリグルタミン病(ハンチントン病)、狂牛病(牛海綿状脳症(BSE))、脳虚血、筋萎縮性側索硬化症(ALS)等が好ましい。中でも、本発明の予防又は治療剤は、アルツハイマー病又は脳虚血の予防又は治療に好適に用いることができるものである。
【0042】
本発明の予防又は治療剤の投与対象としては、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、サル、ブタ等の哺乳動物が好ましく、中でも、ヒトがより好ましい。また、投与対象としては、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を発症した又は発症する可能性がある哺乳動物が好ましい。例えば、上記神経細胞死関連疾患を発症した初期の段階から本発明の予防又は治療剤を投与することにより、その症状を効果的に改善、又は症状の進行を効果的に防ぐことができる。
【0043】
本発明の予防又は治療剤は、副作用が少ないことから、上述したような神経細胞死関連疾患を予防するためにも好適に用いることができるものである。例えば、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を発症する可能性がある哺乳動物等に、該疾患を発症前に本発明の予防又は治療剤を投与することにより、該疾患の発症を遅延又は防ぐことができる。小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患を発症する可能性がある哺乳動物としては、例えば、家族性アルツハイマー病(FAD)を発症するおそれのある哺乳動物(好ましくは、ヒト)等が好適である。
【0044】
本発明の予防又は治療剤は、抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を含むことから、細胞における小胞体ストレスを効果的に予防又は抑制することができるものである。このため、本発明の予防又は治療剤は、小胞体ストレスによる細胞死を効果的に予防又は抑制することができるものである。
【0045】
抑肝散を含有する小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制剤も、本発明の1つである。
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有する小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制剤も、本発明の1つである。
本発明の予防又は抑制剤は、上記作用を有することから、小胞体ストレスによる細胞死保護剤としても好適に用いることができるものである。本発明の予防又は抑制剤、及びその好ましい態様としては、上述した小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤と同様である。
【0046】
「(神経)細胞における小胞体ストレスの抑制」とは、(神経)細胞における小胞体ストレスを完全に抑制することの他、完全に抑制しなくても小胞体ストレスの進展を抑制し、その進行をとどめることを意味する。また、「小胞体ストレスによる(神経)細胞死の抑制」とは、小胞体ストレスによる(神経)細胞死を完全に抑制することの他、完全に抑制しなくても小胞体ストレスによる(神経)細胞死の進展を抑制し、その進行をとどめることを意味する。
【0047】
本発明の予防又は抑制剤は、例えば、神経細胞、骨細胞、すい臓の細胞等の内分泌腺細胞等における小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる該細胞の細胞死の予防又は抑制に好適に用いることができる。中でも、神経細胞における小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる該細胞の細胞死の予防又は抑制に特に好適に用いることができるものである。
【0048】
抑肝散を含有する小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤も、本発明の1つである。
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有する小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤も、本発明の1つである。
本発明の神経細胞死の予防又は抑制剤、及びその好ましい態様としては、上述した小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤と同様である。本発明の予防又は抑制剤は、小胞体ストレスによる神経細胞死保護剤としても好適に用いることができるものである。本発明の神経細胞死の予防又は抑制剤は、例えば、アルツハイマー病患者における小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制、脳虚血による小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制等に有効なものである。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0050】
本実施例中で使用した主な試薬、細胞及び培地は、以下の通りである。
抑肝散として、ツムラ社製の抑肝散エキス製剤、商品名「ツムラ54番」を使用した。実験に用いたツムラ社製の抑肝散エキス製剤、商品名「ツムラ54番」を、以下、単に「TJ−54」ともいう。抑肝散の構成生薬(蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、釣藤鈎(チョウトウコウ))は、ツムラ社製のものを使用した。
サプシガルジン(thapsigargin)は、Sigma-Aldrich社製のものを、ツニカマイシン(tunicamycin)は、Sigma-Aldrich社製のものを、それぞれ使用した。DMSOは、片山化学社製のものを使用した。
マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)は、大阪大学精神医学科講座から分与されたものを使用した。マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞の培養は、特にことわらない場合は、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)に、培地中10%となるようにFCS(ウシ胎児血清、FBSと同等である)を加えた培地(以下、10%FCS−DMEM培地という)を用い、37℃で行った。
ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞は、理研CellBank:理化学研究所 バイオリソースセンターから入手した。ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞の培養は、特にことわらない場合は、培地としてα−MEM培地に、培地中10%となるようにFCS(ウシ胎児血清、FBSと同等である)を加えた培地(以下、FCS添加MEM培地という)を用い、37℃で行った。
【0051】
<実施例1>
一般的に栄養飢餓、虚血、低酸素や遺伝子変異などのストレスにより、小胞体ストレスが誘導されるが、この小胞体ストレスはツニカマイシン(tunicamycin、以下、単に「Tm」ともいう)、サプシガルジン(thapsigargin、以下、単に「TG」ともいう)等の投与により人工的に培養細胞に誘導することができる。
実施例1では、サプシガルジンによる細胞死に対する抑肝散の影響を調べた。すなわち、サプシガルジンの投与によって細胞に小胞体ストレス(ERストレス)を誘導し、該小胞体ストレスによる細胞死に対する抑肝散の影響を調べた。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が400μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(DMSO中500μM)を終濃度1μMとなるように該培地に添加した。対照(コントロール)群のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞の培地には、TJ−54及びサプシガルジンを添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。後述の方法によって細胞死の評価を行なった。
【0052】
(細胞死の評価)
細胞死の評価は、独立した4視野から少なくとも300個の細胞を計測し、その中で、サプシガルジン(TG)添加6.5時間後に細胞にHoechst33342(Hoechst33342 bis-benzamide(商品名、Sigma-Aldrich社製)を10μM、及びヨウ化プロピジウム(PI)(Sigma-Aldrich社製)を10μM添加してHoechst陽性(青色の蛍光を発する)、PI陽性(赤色の蛍光を発する)且つ、核の断片化の起きている細胞を細胞死の起きている細胞として確定し、測定細胞における細胞死数の割合(測定細胞全体に対する細胞死を起こした細胞の割合、以下、「細胞死の割合」ともいう)を算出し、コントロール群(DMSO Y=0)における細胞死の割合を基準として、各群における細胞死が起きている細胞の数(細胞死数)の割合(細胞死の割合)を算出した。同様の実験を3回施行し、コントロール群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。
【0053】
その結果、TJ−54は400μg/mL前処置によってTG刺激6.5時間後の細胞死をコントロール群に比べ50%近く抑制した(図1及び図2)。
図1中、DMSOは、DMSO添加群、Y−0は、抑肝散(TJ−54)添加無し、Y−400は、抑肝散(400μg/mL)添加群、TGは、サプシガルジン添加群である。つまり、図1の(A)DMSO Y−0は、コントロール群である。(B)DMSO Y−400は、抑肝散を培地に400μg/mL添加後、DMSOを添加した群である。(C)TG Y−0は、抑肝散を添加せず、TGを添加した群である。(D)TG Y−400は、抑肝散を培地に400μg/mL添加後、TGを添加した群である。図1に示す結果は、TG刺激(添加)後6.5時間後の、コントロール群に対する、各群における細胞死の割合(コントロール群を1とした場合)である。
さらに、上記のTG刺激(添加)後の抑肝散の効果を、時間依存的に検討した。この結果を、図2に示す。図2中、菱型(◇)は、抑肝散を添加せず、TGを添加した群(図1の(C))である。四角(□)は、抑肝散を培地に400μg/mL添加後、TGを添加した群(図1の(D))である。
【0054】
<実施例2>
実施例1と同様に、サプシガルジンの投与によって細胞に小胞体ストレス(ERストレス)を誘導し、該小胞体ストレスによる細胞死に対する抑肝散の影響を調べた。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が50μg/mL、200μg/mL、400μg/mL、又は800μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(DMSO中500μM)を終濃度1μMとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞には、TJ−54及びサプシガルジンを添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。細胞死の評価を、実施例1と同様の方法で行った。結果を図3及び4に示す。図3は、培地中の抑肝散(TJ−54)濃度に対する細胞死の割合である。Y−0〜Y−800は、それぞれ培地中のTJ−54濃度が0〜800μg/mLの場合を意味する。図4は、TG添加後6.5時間後のN2A細胞の蛍光顕微鏡写真である。図4(A)は、培地にTJ−54を添加しなかった場合(培地中の抑肝散0μg/mL)、(B)は、培地にTJ−54を終濃度50μg/mLで添加した場合、(C)は、培地にTJ−54を終濃度200μg/mLで添加した場合、(D)は、培地にTJ−54を終濃度800μg/mLで添加した場合である。蛍光顕微鏡写真において、青又は赤く(グレースケールの写真では、白又は灰色に)見える部分が、細胞死が起こった細胞である。
図3及び4から、TJ−54は、培地中濃度400μg/mLまでは用量依存的にTG刺激(添加)6.5時間後の細胞死をコントロール群に比べ抑制したが、800μg/mLでは過用量で、逆に抑肝散自体の細胞死促進作用が見られた。
【0055】
<実施例3>
低酸素負荷によってもERストレスが誘導される。実施例3では、低酸素負荷による細胞死に対する、抑肝散の効果を調べた。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)にTJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が400μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54添加から1.5時間後、該マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞を低酸素チャンバーに入れ6時間低酸素刺激を加えた(低酸素(6時間)+抑肝散(400μg/mL))。比較として、マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞に抑肝散を添加せず、低酸素チャンバーに入れ6時間低酸素刺激を加えた(低酸素(6時間))。実施例1と同様に、TJ−54を添加せず正常酸素圧(Normoxia:通常の酸素濃度)で培養した細胞(コントロール:(A)正常酸素圧)における細胞死割合を基準として、各群における細胞死割合を算出した。同様の実験を3回施行し、コントロール群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。結果を、図5及び図6に示す。
【0056】
図5は、低酸素負荷による細胞死に対する抑肝散の効果を示す図である。図6(A)は、TJ−54を添加せず、正常酸素下においたマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(コントロール);(B)は、6時間低酸素刺激を加えたマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(TJ−54を添加せず);(C)は、TJ−54を終濃度400μg/mLとなるように添加後、6時間低酸素刺激を加えたマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞の蛍光顕微鏡写真である。図6の蛍光顕微鏡写真において、青又は赤く(グレースケールの写真では、白又は灰色に)見える部分が、細胞死が起こった細胞である。図6(A)〜(C)から、(C)では、(B)と比較して細胞死が起こった細胞が少ないことが分かる。
図5及び6から分かるように、TJ−54は、400μg/mL前処置により低酸素刺激6時間後の細胞死を低酸素群に比べ抑制した。
【0057】
<実施例4>
抑肝散がサプシガルジンによるERストレスに対する保護作用を示した理由を調べるために、シャペロンであるGRP78の発現量を、N2A細胞(マウス神経芽細胞種Neuro2A細胞)で検討した。
N2A細胞培養液を、抑肝散添加群、及び非添加群に分けた。抑肝散添加群には、培地濃度が400μg/mLとなるように抑肝散を添加した。抑肝散添加6時間後に各細胞を回収し、常法に従ってウェスタンブロットを行った。用いたGRP78抗体はanti-Bip mAb(Cell Signaling Tchnology, Beverly, MA)であり、二次抗体としてHRP-conjugated anti-mouse IgG Ab(Cell Signaling Tchnology, Beverly, MA)を用いた。
ウェスタンブロットの結果を図7に示す。図7において、Y−は、抑肝散なし10%FCS−DMEM培地の場合である。Y+は、10%FCS−DMEM培地中に抑肝散を400μg/mL添加した場合である。図7から明らかなように、抑肝散(TJ−54)を投与した細胞では、GRP78の発現上昇を認めた。この結果から、抑肝散によるGRP78発現上昇の効果が示唆された。
【0058】
<実施例5>
ERストレス誘導剤としてツニカマイシン(Tm)を用い、ERストレスセンサーの1つであるGRP78(BiP)の発現に対するTJ−54の効果を調べた。
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞にTJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が700μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54の添加から24時間後、蒸留水に溶解させたツニカマイシン(Tm)(蒸留水中2mg又は5mg/mL)を終濃度が2μg/mL又は5μg/mLとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群の細胞にはTJ−54及びTmを添加せず、溶媒として用いた蒸留水を培地量(容量)の1/1000量添加した。Tm添加0時間、6時間、24時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社製)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にGRP78増幅用プライマー5’-ga aaggatggtt aatgatgctg ag-3’(配列番号1)、5’-gtcttcaatgtcagcatct-3’(配列番号2)を用いてPCR(95℃0.5分、55℃1分、72℃1分、を30サイクル)を行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、GRP78 mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。アガロース電気泳動の結果を、図8及び9に示す。図8及び9は、ツニカマイシン(Tm)を終濃度5μg/mL(図8)又は2μg/mL(図9)で培地に添加後、各経過時間におけるGRP78遺伝子の発現を調べた結果である。図8及び9において、Cは、コントロール(Tmで処理していない)、TJは、TJ−54を培地に700μg/mL添加したものである。図8及び9中の時間は、Tmを培地に添加してからの経過時間(0、6及び24時間)である。なお、Tm添加の24時間前に、前記濃度のTJ−54が培地に添加されている。
【0059】
図8及び9から、TJ−54添加後24時間の時点でTm刺激(添加)のない状態でもTJ−54非添加群に対して、GRP78の発現が上昇していた。一方、TJ−54非添加群(コントロール細胞:C)ではTm5μg/mL刺激(添加)後、6時間、24時間とGRP78発現が著しく上昇した。TJ−54添加群では0時間のGRP78発現量と比べて6時間で2倍程度のGRP78発現量の増加が見られたが、24時間後ではTJ−54非添加群のTm刺激前のGRP78発現レベルにまで回復していた(図8)。同じ傾向がTm2μg/mL刺激(添加)群でも見られた(図9)。これらの結果から、抑肝散の添加によって、ERストレス状態にない場合でも転写レベルでGRP78の発現が上昇していることが分かった。
【0060】
<実施例6>
ERストレス誘導剤としてツニカマイシン(Tm)を用い、ERストレスセンサーの1つであるCHOP(GADD153)の発現に対するTJ−54の効果を調べた。
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞にTJ−54(抑肝散エキス製剤)を終濃度が700μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54の添加から24時間後、蒸留水に溶解させたツニカマイシン(Tm)(蒸留水中2mg/mL又は5mg/mL)を終濃度が2μg/mL又は5μg/mLとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群の細胞には抑肝散及びTmを添加せず、溶媒として用いた蒸留水を培地量(容量)の1/1000量添加した。Tm添加0時間、6時間、24時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社製)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にCHOP増幅用プライマー5’-catacaccaccacacctgaaag-3’(配列番号3)、5’-ccgtttcctagttcttccttgc-3’(配列番号4)を用いて、実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、CHOP mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。結果を、図10及び11に示す。
【0061】
図10及び11は、ツニカマイシン(Tm)を終濃度5μg/mL(図10)又は2μg/mL(図11)で培地に添加後、各経過時間におけるCHOP遺伝子の発現を調べた結果である。図10及び11において、Cは、コントロール(Tmで処理していない)、TJは、TJ−54を培地に700μg/mL添加したものである。図10及び11中の時間は、Tmを培地に添加してからの経過時間(0、6及び24時間)である。なお、Tm添加の24時間前に、前記濃度のTJ−54が培地に添加されている。
【0062】
図10及び11から、TJ−54を添加すると、TJ−54添加後24時間の時点では、Tm刺激(添加)のない状態で僅かにTJ−54非添加群に対して、CHOPの発現が上昇していた。一方、TJ−54非添加群(コントロール細胞:C)ではTm5μg/mL刺激後、6時間、24時間とCHOP発現が著しく上昇した。TJ−54添加群では0時間のCHOP発現量と比べて6時間で2倍程度のCHOP発現量の増加が見られたが、24時間後ではTm刺激前のCHOP発現レベルにまで回復していた(図10)。Tm2μg/mL刺激(添加)群では刺激6時間後のCHOPの発現は刺激前と同程度であった(図11)。
【0063】
実施例1〜6の結果から、抑肝散(TJ−54)がTG、Tm、低酸素刺激のようなERストレス刺激に対して細胞死抑制(細胞保護)効果があること、この細胞死抑制効果は、抑肝散のGRP78発現上昇作用によることが分かった(図8及び9)。また、TJ−54を添加した場合、細胞死誘導作用のあるCHOPの発現はGRP78の発現上昇に比べて弱く、ERストレス刺激後のCHOPの発現上昇は、TJ−54添加なしの群に比べてTJ−54添加群の方が低かった(図10及び11)。このため、通常、ERストレス下にある細胞では、CHOPの発現がGRP78同様に上昇し、その結果細胞死が誘導されるが、抑肝散を予め添加した細胞では、細胞がERストレス下にない状態であっても転写レベルでGRP78の発現が上昇し、さらにCHOPの発現がGRP78の上昇に比して低いことから、細胞死が抑制されると考えられた。
次に、抑肝散(TJ−54)のどの構成生薬が、これらの細胞死抑制作用に寄与しているのかを調べた。
【0064】
<実施例7>
TJ−54の各構成生薬のTG誘発細胞死に対する効果を調べた。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)にTJ−54(抑肝散エキス製剤:図12中G8)又は抑肝散構成生薬7種類(蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、及び釣藤鈎(チョウトウコウ))の何れかを終濃度が200μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54又は生薬の添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(TG)(DMSO中500μM)を終濃度が1μMとなるように培地に添加した。対照群(コントロール)群の細胞にはTJ−54、構成生薬及びTGを添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。
【0065】
(細胞死の評価)
細胞死の評価は、独立した4視野から少なくとも300個の細胞を計測し、その中で、TG負荷(添加)20時間後に細胞にHoechst33342(商品名、Hoechst33342 bis-benzamide、Sigma-Aldorich社製)を10μM、及びヨウ化プロピジウム(PI)(Sigma-Aldorich社製)を10μM添加してHoechst陽性、PI陽性且つ、核の断片化の起きている細胞を細胞死の起きている細胞として確定し、測定細胞における細胞死数の割合(細胞死の割合)を算出し、G0(コントロール:TGを添加せず、抑肝散及び構成生薬のいずれも添加しなかったもの)における細胞死の割合を基準として、各群における細胞死が起きている細胞の数(細胞死数)の割合(細胞死の割合)を算出した。同様の実験を3回施行し、G0群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。
【0066】
結果を、図12に示す。図12中の記載は、以下の通りである。
G0:コントロール(TGを添加せず、抑肝散及び構成生薬のいずれも添加しなかったもの)、G1:蒼朮(ソウジュツ)、G2:茯苓(ブクリョウ)、G3:川きゅう(センキュウ)、G4:当帰(トウキ)、G5:柴胡(サイコ)、G6:甘草(カンゾウ)、G7:釣藤鈎(チョウトウコウ)、G8:抑肝散(TJ−54)。
なお、各生薬は、全て200μg/mLで培地に添加した。TGの負荷時間は、20時間である。
図12から、茯苓(G2)、川きゅう(G3)、及び当帰(G4)については、TG添加20時間後の細胞死の割合がG0(コントロール)に比べ有意に低かった。釣藤鈎(チョウトウコウ)(G7)については細胞死促進作用が観察された。
【0067】
<実施例8>
抑肝散に含まれる各生薬について、単独毒性を検討した。
10%FCS−DMEM培地中のマウス神経芽細胞種Neuro2A細胞(N2A)にTJ−54(抑肝散エキス製剤:図13中、抑肝散と表示)又は抑肝散構成生薬7種類(蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、及び釣藤鈎(チョウトウコウ))の何れかを終濃度が200μg/mLとなるように培地に添加した。TJ−54又は生薬の添加から24時間後の細胞死の程度を評価した。細胞死の評価は、実施例7と同様に行った。コントロール(抑肝散及び構成生薬のいずれも添加しなかったもの)の細胞死の割合(全細胞中の細胞死を起こした細胞の割合)を基準として、各群における細胞死の割合を算出した。同様の実験を3回施行し、コントロール群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。
その結果、甘草、又は釣藤鈎添加24時間後の細胞死の割合がコントロールに比べ有意に高く、これらの生薬については細胞死促進作用が観察された。つまり、甘草及び釣藤鈎については、それぞれ単独で神経細胞に対する毒性をもつことが有意に示された。
結果を、図13及び表1に示す。図3及び表1中、「生薬なし」がコントロールである。
【0068】
【表1】
【0069】
<実施例9>
WTS-1 assayによって、ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞におけるTG負荷による細胞死に対する各生薬成分の効果を検討した。
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞にTJ−54(抑肝散エキス製剤)、又は抑肝散構成生薬7種類(蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、及び釣藤鈎(チョウトウコウ))の何れかを図14に示す終濃度(0〜200μg/mL)で添加した。TJ−54又は生薬の添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(DMSO中500μM)を終濃度が3μMとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群には生薬及びサプシガルジンを添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。細胞死の評価は、TG刺激3時間後培養上清を回収し、WST−1アッセイキット(同仁化学社製)を用いて、溶媒のみ添加した対照群における細胞死に対する抑制率として表した。同様の実験を3回施行し、対照群に対する有意差をstudent’s-t検定により統計処理を行って求めた(*P<0.05)。その結果、ヨクカンサン(抑肝散)、センキュウ(川きゅう)、及びサイコ(柴胡)は、TG刺激(添加)3時間後の細胞死を有意に抑制した。結果を、図14に示す。また、特に良好な細胞死抑制効果が認められた構成生薬について、図14からの抜粋を、図15〜17に示す。図15〜17から、培地濃度100μg/mLでは柴胡、及び蒼朮の2成分が抑肝散によく似た傾向を示した。さらに培地濃度200μg/mLでは柴胡、及び川きゅうが顕著な効果を示した。
【0070】
<実施例10>
抑肝散に含まれる構成生薬が、GRP78の発現に影響するのかを調べた。
ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞培養液中に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度200μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるようにTJ−54又は生薬を培地に添加した。添加から6.5時間後に各細胞を回収し、常法に従ってウェスタンブロットを行った。用いたGRP78抗体はanti-Bip mAb(Cell Signaling Tchnology, Beverly, MA)であり、二次抗体としてHRP-conjugated anti-mouse IgG Ab(Cell Signaling Tchnology, Beverly, MA)を用いた。
その結果、釣藤鈎及び抑肝散は、GRP78発現を著明に上昇させた。その他の成分も、甘草を除きGRP78の発現を上昇させる傾向を示した。結果を図18に示す。
【0071】
<実施例11>
TG刺激に対する抑肝散及び各構成生薬の効果を調べた。
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度800μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるようにTJ−54又は生薬を培地に添加した。TJ−54又は生薬添加から1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(TG)(DMSO中1mM)を終濃度2μMとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群にはTJ−54、生薬及びサプシガルジンのいずれも添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。TG添加6時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にGRP78増幅用プライマー5’-ga aaggatggtt aatgatgctg ag-3’(配列番号1)、5’-gtcttcaatgtcagcatct-3’(配列番号2)を用いて実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、GRP78 mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。その結果、TJ−54構成生薬のうち柴胡(サイコ)又は川きゅう(センキュウ)で前処置した群において著しいGRP78発現の誘導抑制が見られた。結果を図19に示す。図19及び以下で説明する図20〜22中、(−)は、TG(又はTm)刺激(添加)を行なわなかったことを示す。(+)は、TG(又はTm)刺激(添加)を行なったことを示す。
【0072】
<実施例12>
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度800μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるように、TJ−54又は生薬を培地に添加して1.5時間後、DMSOに溶解させたサプシガルジン(TG)(DMSO中500μM)を終濃度2μMとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群にはTJ−54、生薬及びサプシガルジンのいずれも添加せず、溶媒として用いたDMSOを培地量(容量)の1/500量添加した。TG添加6時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にCHOP増幅用プライマー 5’-catacaccaccacacctgaaag-3’(配列番号3)、5’-ccgtttcctagttcttccttgc-3’(配列番号4)を用いて、実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、CHOP mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。その結果、TJ−54構成生薬のうち柴胡(サイコ)、川きゅう(センキュウ)、又は当帰(トウキ)で前処置した群においてCHOP発現の誘導抑制が見られた。結果を図20に示す。
【0073】
<実施例13>
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞に、TJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度800μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるようにTJ−54又は生薬を培地に添加した。TJ−54又は生薬添加から1.5時間後、蒸留水に溶解させたツニカマイシン(Tm)(蒸留水中2mg/mL)を終濃度が2μg/mLとなるように培地に添加した。対照(コントロール)群にはTJ−54、生薬及びツニカマイシンのいずれも添加せず、溶媒として用いた蒸留水を培地量(容量)の1/1000量添加した。Tm添加6時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社製)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にGRP78増幅用プライマー5’-ga aaggatggtt aatgatgctg ag-3’(配列番号1)、5’-gtcttcaatgtcagcatct-3’(配列番号2)を用いて、実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、GRP78mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。その結果、TJ−54構成生薬のうち柴胡(サイコ)又は釣藤鈎(チョウトウコウ)で前処置した群において弱いGRP78発現の誘導抑制が見られたが、TG刺激後に見られた反応に比べてその作用は弱かった。結果を図21に示す。
【0074】
<実施例14>
FCS添加MEM培地中のヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞にTJ−54(抑肝散エキス製剤)については終濃度800μg/mL、各構成生薬については終濃度200μg/mLとなるようにTJ−54又は生薬を培地に添加した。TJ−54又は生薬添加から1.5時間後、蒸留水に溶解させたツニカマイシン(Tm)(蒸留水中2mg/mL)を終濃度が2μg/mLとなるように培地中添加した。対照(コントロール)群にはTJ−54、生薬及びツニカマイシンのいずれも添加せず、溶媒として用いた蒸留水を培地量(容量)の1/1000量添加した。Tm添加6時間後に細胞を回収し、RNAeasy kit(キアゲン社製)にてtotalRNAを回収した。このRNAを鋳型に、SuperScript(登録商標)II Reverse Transcriptase(商品名、Invitrogen社製)によりcDNAを作製した。次いで、このcDNAを鋳型にCHOP増幅用プライマー 5’-catacaccaccacacctgaaag-3’(配列番号3)、5’-ccgtttcctagttcttccttgc-3’(配列番号4)を用いて、実施例5と同様の条件でPCRを行った。得られたPCR産物を用いてアガロース電気泳動を行ない、CHOP mRNAの発現を評価した。内部標準としてGAPDHの発現をコントロールとして用いた。その結果、TJ−54と添加群以外の構成生薬添加群でTG刺激の際見られたような劇的なCHOP発現の誘導抑制は見られなかった。結果を図22に示す。
【0075】
<実施例15>
ERストレスに脆弱になったアルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞に対する抑肝散の効果を調べた。
ヒト神経芽細胞腫SK−N−SH細胞に家族性アルツハイマー病患者(FAD)の持つ変異体Presenilin-1deltaエクソン9(PS1△E9)を強制発現させた細胞(PS1△E9を定常的に発現する細胞、「変異PS1△E9発現細胞」ともいう)を用いて、抑肝散のERストレス誘発細胞死に対する効果を検討した。コントロールとして、ヒト神経芽細胞腫SK−N−SH細胞に野生型Presnilin-1(PS1Wt)を強制発現させた細胞(PS1Wtを定常的に発現する細胞)を用いた。これらの変異PS1△E9発現細胞及びコントロールの細胞はいずれも、Presenilin-1 mutation activates the signaling pathway of caspase-4 in endoplasmic reticulum stress-induced apoptosis:Yukioka F, et.al. Neurochem Int. 2008 Mar-Apr;52(4-5):683-7. に記載の方法により作製されたものである。細胞培養方法、及びTG刺激(添加)条件は、実施例11と同様の方法で行った。細胞死アッセイはMTSアッセイキット(プロメガ社製)を用いて行った。その結果、FAD患者に見られる変異PS1△E9を発現する細胞では、TG2μM刺激3時間後、PS1Wt発現細胞(コントロール:正常細胞)における生存細胞の割合を基準とすると60%以上生存細胞の割合が減少した。これに対してTJ−54をTG負荷1.5時間前に終濃度400μg/mLで培地に添加しておくと、同生存細胞の割合は8割程度まで回復した。このように、抑肝散はPS1ΔE9が誘導する細胞死にも効果を示した(N=4)。結果を図23に示す。図23中、NTは、TGを添加しなかった細胞、TGは、TG添加(刺激)した細胞である。Δ9は、変異PS1△E9発現細胞にTJ−54を添加しなかった場合であり、Δ9+yは、変異PS1△E9発現細胞にTJ−54(培地中400μg/mL)を添加した場合である。
【0076】
<実施例16>
アルツハイマー病原因遺伝子PS1変異細胞に対する抑肝散及の構成生薬柴胡、及び川きゅうの効果を調べた。
実施例15と同様に、ヒト神経芽細胞腫SK−N−SH細胞に家族性アルツハイマー病患者(FAD)の持つ変異体Presenilin-1deltaエクソン9(PS1△E9)を強制発現させた細胞(PS1△E9を定常的に発現する細胞、「変異PS1△E9発現細胞」ともいう)を用いて、TJ−54の構成生薬柴胡、川きゅうのERストレス誘発細胞死に対する効果を検討した。実施例15と同様に、コントロールとして、ヒト神経芽細胞腫SK−N−SH細胞に野生型Presnilin-1(PS1Wt)を強制発現させた細胞(PS1Wtを定常的に発現する細胞)を用いた。細胞培養方法及びTG刺激(添加)条件は、実施例11と同様の方法で行った。細胞死アッセイは、実施例15と同様にMTSアッセイキットを用いて行った。その結果、FAD患者に見られる変異PS1△E9を発現する細胞では、TG2μM刺激3時間後、TG刺激(添加)無し群(DMSO2)での生存細胞の割合を基準とすると川きゅう2〜200μg/mLでの前処置により川きゅう添加量依存的にTG刺激による生存細胞の減少が抑制された(図24、N=4)。これに対して柴胡前処置群では効果が見られた群もあったが用量依存性が見られなかった(図25)。図24及び25において、DMSO2は、TG刺激(添加)せず、川きゅう及び柴胡をいずれも添加しなかった群(コントロール);TG2は、TG2μMで刺激した群である。図24において、TG2+sen25は、川きゅう25μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sen50は、川きゅう50μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sen100は、川きゅう100μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sen200は、川きゅう200μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群である。図25において、TG2+sai25は、柴胡25μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sai50は、柴胡50μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sai100は、柴胡100μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群;TG2+sai200は、柴胡200μg/mLの前処置後、TG2μMで刺激した群である。
【0077】
<実施例17>
川きゅう及び抑肝散のGRP78発現への影響を調べた。
ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞培養液中に、抑肝散及び川きゅうのいずれかを終濃度が200μg/mLとなるように添加した(コントロールの細胞には、抑肝散及び川きゅうのいずれも添加しなかった)。添加6.5時間後に各細胞を回収し、実施例13で用いた方法でRT−PCRを行った。用いたGRP78プライマー、及びPCR条件は実施例13で用いたプライマー及び条件と同じである。
SK−N−SH細胞において抑肝散及び川きゅうのいずれによってもGRP78の発現が有意に上昇した。結果を、図26に示す。
【0078】
<実施例18>
川きゅう及び抑肝散のCHOP発現への影響を調べた。
ヒト神経芽細胞種SK−N−SH細胞培養液中に抑肝散及び川きゅうのいずれかを終濃度が200μg/mLとなるように添加した。添加1.5時間後にTG1μMを添加した。コントロールの細胞には、抑肝散及び川きゅうのいずれも添加しなかった。4時間後各細胞を回収し、実施例14で用いた方法でRT−PCRを行った。用いたCHOPプライマー、及びPCR条件は実施例14で用いたCHOPプライマー、及びPCR条件と同じである。
その結果、川きゅう及び抑肝散のいずれの前処置によってもTG負荷時のCHOP誘導が有意に抑制された。結果を図27に示す。
【0079】
実施例1〜18の結果に示されるように、ERストレス誘導性細胞死、アルツハイマー病モデル細胞おける細胞死促進効果に対し、抑肝散、及び抑肝散の構成生薬川きゅうが顕著な抑制効果を示した。抑肝散及び川きゅうによる細胞死抑制効果には、GRP78の発現上昇、CHOP誘導抑制効果が関与していた。これらの結果から、抑肝散はERストレス応答を上昇させ、神経変性疾患や脳虚血などに見られる周辺症状のみならず、中核症状にも有用であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防及び治療に有用である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抑肝散を含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤。
【請求項2】
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病、脳虚血、又は筋萎縮性側索硬化症である請求項1に記載の予防又は治療剤。
【請求項3】
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病又は脳虚血である請求項1又は2に記載の予防又は治療剤。
【請求項4】
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤。
【請求項5】
生薬が、川きゅうである請求項4に記載の予防又は治療剤。
【請求項6】
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病、脳虚血、又は筋萎縮性側索硬化症である請求項4又は5に記載の予防又は治療剤。
【請求項7】
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病又は脳虚血である請求項5又は6に記載の予防又は治療剤。
【請求項8】
抑肝散を含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤。
【請求項9】
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤。
【請求項10】
抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制剤。
【請求項1】
抑肝散を含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤。
【請求項2】
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病、脳虚血、又は筋萎縮性側索硬化症である請求項1に記載の予防又は治療剤。
【請求項3】
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病又は脳虚血である請求項1又は2に記載の予防又は治療剤。
【請求項4】
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患の予防又は治療剤。
【請求項5】
生薬が、川きゅうである請求項4に記載の予防又は治療剤。
【請求項6】
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、狂牛病、脳虚血、又は筋萎縮性側索硬化症である請求項4又は5に記載の予防又は治療剤。
【請求項7】
小胞体ストレスによる神経細胞死関連疾患が、アルツハイマー病又は脳虚血である請求項5又は6に記載の予防又は治療剤。
【請求項8】
抑肝散を含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤。
【請求項9】
川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレスによる神経細胞死の予防又は抑制剤。
【請求項10】
抑肝散、又は川きゅう及び柴胡からなる群より選択される少なくとも1種の生薬を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレス又は小胞体ストレスによる細胞死の予防又は抑制剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図26】
【図4】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図13】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図27】
【図2】
【図3】
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【図18】
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【図9】
【図10】
【図11】
【図13】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図27】
【公開番号】特開2011−37722(P2011−37722A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−183772(P2009−183772)
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
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