説明

小規模振盪フラスコ培養

本発明では、異種ペプチドを発現する哺乳動物細胞の培養のための方法を報告し、それにおいてa)培養を全容積25ml〜3000mlの培養容器において実施し、b)培養容器は培養液及び培養液上の内部気相を含み、c)培養容器は、内部気相を外部気相から分離する膜又はキャップ又はふたを含み、d)培養容器において、培養液の撹拌を全培養容器の機械的運動により実施し、e)培養の間に、機械的運動速度を、培養液中の生細胞密度に依存して変化させ、又は、それを、培養液中の酸素分圧に依存して変化させ、f)培養液のpH値を、培養容器の外部気相における二酸化炭素濃度を介して調整し、それにより、生細胞密度の経過又は哺乳動物細胞により発現される異種ポリペプチドの容積産生量は、全容積1,000L〜25,000Lの機械的に撹拌される培養容器を用いて得られるものと同様である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書において、哺乳動物細胞の小規模振盪フラスコ培養のための方法を報告し、それにおいてフラスコ内部の培養液中での条件が、振盪フラスコの回転速度及びフラスコの外部気圧を介して制御される。
【0002】
発明の背景
哺乳動物細胞を用いて組換えポリペプチドを産生するためのバイオテクノロジー産生プロセスの開発中に、複数のパラメータを調整及び最適化しなければならない。多数の要求される個々の実験のため、この最適化は、好ましくは振盪フラスコにおいて小規模で行われる。しかし、幾何学及び反応条件が、大規模撹拌培養器と小規模振盪フラスコの間で異なり、小規模で得られた結果は、大規模工程での真のイメージを表さないであろう。これらの違いは、化学的、生化学的、及びプロセス工学的な起源を有する。
【0003】
従って、細胞密度、産物濃度、又は産物品質などの条件を、小規模工程と大規模工程の間で可能な限り良く計画することが一般的な目的である。大規模工程と小規模工程を可能な限り同程度にするために、各々の違いを、得られた結果に対するその影響について評価しなければならない。例えば、大規模工程が撹拌工程である場合、小規模工程を撹拌工程としても実施することが望ましい。
【0004】
DE 4415444において、振盪フラスコにおける酸素取り込み率速度のオンライン決定のための自動化決定システムが報告されている。Kensy, F., et al.(Biotechnol. Bioeng. 89 (2005) 698-708)は、48ウェルのマイクロタイタープレートにおける酸素移動現象を報告している。L−アスコルビン酸が、腎臓細胞の増殖及び代謝を調節することが、Nowack, G., et al.(Am. Physio. Soc. (1996) C2072-C2080)により報告されている。Randers-Eichhorn, L., et al.(Biotechnol. Bioeng. 51 (1996) 466-477)は、組織培養フラスコにおける非侵襲性の酸素測定及び物質移動の考察を報告している。振盪バイオリアクターにおける液体混合:マイクロリットルスケールの微生物及び哺乳動物細胞培養からのスケールアップ予測のための推論が、Micheletti, M., et al.(Chem. Eng. Sci. 61 (2006) 2939-2949)により報告されている。
【0005】
このように、小規模振盪フラスコで大規模撹拌哺乳動物細胞培養プロセス(及び逆)を計画する必要がある。別の目的は、小規模振盪フラスコプロセスを提供することであり、それにおいて培養液の撹拌及び混合のための機械的撹拌が小規模で実現される。
【0006】
発明の概要
本発明の第1の側面は、以下
− 以下に依存した培養容器の機械的運動速度の調整
i)培養液中の生細胞密度、及び/又は
ii)培養液中の酸素分圧
を含む哺乳動物細胞の培養のための方法である。
【0007】
一つの実施態様において、方法は以下:
a)1組の培養容器
− 全容積200μlまでの各々、又は
− 作業容積100μlまでを伴う各々、又は
− 全容積25〜3000mlの各々、又は
− 作業容積10〜1500mlまでを伴う各々、
の培養をすること、及び/又は
b)全培養容器の機械的運動により培養液を撹拌すること、
c)培養容器の外部気相中の二酸化炭素濃度を介して培養液のpH値を調整すること
の1つ以上を含む。
【0008】
一つの実施態様において、培養容器は、培養液及び培養液上の内部気相を含む。別の実施態様において、培養容器は、内部気相を外部気相から分離する膜又はキャップ又はふたを含む。本発明の方法の一つの実施態様において、機械的運動は、全培養容器の回転運動による、又は全培養容器をラフィング(luffing)による、又は全培養容器を振盪することによる。
【0009】
さらなる実施態様において、本発明の方法はさらに以下:
d)非侵襲性の化学光学センサーを介して培養容器内でpH値及びpOを決定すること
を含む。
【0010】
別の実施態様において、機械的運動速度を以下:
i)機械的運動速度を
細胞密度1×10個細胞/ml又はそれ以下では60rpm、
細胞密度2.5×10個細胞/mlでは80rpm、
細胞密度5×10個細胞/mlでは100rpm、又は
中間細胞密度では線形中間値を用いて、
開始細胞密度に依存して60rpm〜100rpmに設定する、
ii)細胞密度20×10個細胞/mlまでの、生細胞密度の各倍加に対して機械的運動速度を20rpmずつ増加させる、
iii)細胞密度80×10個細胞/mlまでの、生細胞密度20×10個細胞/mlの各増加に対して機械的運動速度を20rpmずつ増加させる、
iv)細胞密度100×10個細胞/mlまでの、生細胞密度80×10個細胞/mlの増加に対して機械的運動速度を10rpmずつ増加させる、
ように調節する。
【0011】
一つの実施態様において、機械的運動速度を以下:
v)機械的運動速度を200rpm〜210rpmで維持すること、機械的運動速度を段階的に135rpmまで低下させること、及びそれを培養が終了するまで一定に保つ
ようにさらに調節する。
【0012】
一つの実施態様において、工程v)において、機械的運動速度を18時間〜30時間、200rpm〜210rpmで維持する。別の実施態様において、工程v)における機械的運動速度を約24時間、200rpm〜210rpmで維持する。
【0013】
本発明の方法の一つの実施態様は、より低い閾値レベル又はそれ以上で、培養液中での酸素分圧を維持するために、培養液中の酸素分圧に依存して、機械的運動速度を調整することを含む。一つの実施態様において、機械的運動速度を、培養液中の酸素分圧を増加させるために増加させる、又は、それを、培養液中の酸素分圧を下げるために減少させる。一つの実施態様において、酸素分圧を変化させるための機械的運動速度の変化は、線形変化である、又は多項式変化である、又は指数関数的変化である。一つの実施態様において、酸素分圧の低い閾値レベルは、25%空気飽和である。
【0014】
本発明の第2の側面は、以下の工程:
a)異種ポリペプチドをコードする核酸を含む哺乳動物細胞を提供すること、
b)本発明の方法を用いて該哺乳動物細胞を培養すること、
c)培養液から異種ポリペプチドを回収すること
を含む異種ポリペプチドの組換え産生のための方法である。
【0015】
一つの実施態様において、異種ポリペプチドは、免疫グロブリン、又は免疫グロブリンフラグメント、又は免疫グロブリン抱合体である。さらなる実施態様において、哺乳動物細胞は、CHO細胞、HEK細胞、BHK細胞、NS0細胞、SP2/0細胞、又はハイブリドーマ細胞である。
【0016】
本発明の第3の側面は、本発明の方法において小規模培養容器におけるpH値及びpOの決定のための非侵襲的な化学光学センサーの使用である。
【0017】
本発明の第4の側面は、容積1,000L〜25,000Lを伴う撹拌培養容器における大規模培養のための培養パラメータ範囲の決定のための本発明の方法の使用である。
【0018】
発明の詳細な説明
本発明は、振盪フラスコにおける哺乳動物細胞の培養のための方法に関し、それにおいて機械的運動が培養液撹拌のために使用され、それによりpH、pCO、及びpOが運動速度及びフラスコの外部気圧を介して制御される。本発明の方法を用いて得られる細胞密度、生存率、生細胞密度、細胞増殖曲線、容積産生量、産物濃度、及び産物品質は、全容積1,000L〜25,000L中での機械的撹拌を用いた培養容器における大規模培養と同程度である。そのため、本発明の方法において、培養液を、小規模培養容器内部の培養液と直接接触する機械的手段(例えば機械的撹拌ブレード又は磁気撹拌子など)により撹拌又は混合しない。「機械的運動」という用語は、本明細書で使用される通り、小規模培養容器内部の培養液を運動させる(即ち、それを撹拌する又はそれを混合する)設定方法を示す。機械的運動は、一つの実施態様において、培養容器内部の培養液と直接接触する機械的手段を使用する代わりに、全培養容器を運動させる設定によることができる。
【0019】
バイオテクノロジー産生プロセスは、初代培養として凍結細胞バンクから採取された細胞の培養を用いて開始する。この初代培養を、定められた数の細胞又は定められた容積の培養液の新しい培養容器(以前に使用されたものよりも大きな培養容積を有し、新鮮な追加培地を加える)への移動により拡大させる。そのような培養を、培養液が機械的運動(例えば振盪、ラフィングなど)により撹拌及び混合する培養容器において実施することができる。特定の培養容積を用いて、培養液を撹拌及び混合するための機械的撹拌を使用し、例えば、培養液の不十分な撹拌及び混合に起因する培養容器内での培養液成分の濃度差を最小限にすることが有利である。そのような濃度差は、不均一な培養条件及び、そのため、異なる培養容積で得られる培養結果の同等性の欠如をもたらしうる。従って、小規模で得られた結果及び決定されたパラメータは、主な改変なしに大規模培養に容易に移動させることができず、そのため、作業はできない。
【0020】
小規模から大規模への移行を可能にするために、一部の重要なパラメータが過去に同定されている:
− 培養容器の幾何学的同等性、例えば流体ブレーカー(バッフル)などの直径又は内部に対する高い比率など、
− 同程度の寸法の撹拌デバイスによる同程度の容積特異的な電源入力、
− 同程度の物質移動、
− 培養液中での酸素分圧、pH値、温度などの重要なプロセスパラメータの同程度の制御。
【0021】
本発明の哺乳動物細胞の小規模培養はまだ報告されていない。この方法において、培養液の撹拌及び混合は、全培養容器の機械的運動による。それに加えて、酸素及び二酸化炭素の分圧及びそれに関連してpH値の制御も達成することができる。小規模培養は、本発明の方法を用いて実施された場合、機械的に撹拌された培養容器における哺乳動物細胞の大規模培養としての細胞密度及び産物濃度をもたらす。「機械的に撹拌する」という用語又はその文法的な等価物は、本発明内で使用される通り、機械的手段(例、撹拌ブレード又は撹拌バー)が容器中の培養液と直接接触することを示す。培養方法を用いて、本明細書において報告する通り、気相のpH値、温度、混合スピード、二酸化炭素飽和ならびに培養液中の酸素分圧の時間経過についての培養パラメータ範囲を、大規模培養のために小規模において決定することができる。「範囲」という用語は、本願内で使用される通り、多くの小規模培養中でのパラメータについて見出される最大値と最小値の間の広がりを示す。従って、本発明の方法を用いた容積25ml〜3000mlの培養容器における小規模培養による、容積1,000L〜25,000Lを伴う撹拌培養容器における大規模培養についての培養パラメータ範囲の決定のために、本発明の方法を使用することができる。
【0022】
一つの実施態様において、方法は、非侵襲的な化学光学センサーを用いた、pH値及びpO値、即ち、酸素分圧のin situオンライン決定を用いる。センサーは、一つの実施態様において、振盪フラスコの下部に位置しており、組織適合ポリマー中に包埋された蛍光性、分析物感受性色素を含み、それは光ファイバーを通じて読み出される。
【0023】
液体培養液中での酸素分圧を、細胞密度の関数としての機械的運動速度の調節により調節することができる。この関数において、機械的運動速度を段階的又は連続的に調節することができる。
【0024】
「段階的」という用語は、本願において使用される通り、直ぐに、即ち、直接的に1つの値から次の値である、培養方法におけるパラメータの変化を示す。「段階的」において、調節は1つ以上のパラメータの各変化後、変化したパラメータ値が、方法における次の段階的調節又は方法の終わりまで維持される。
【0025】
「連続的」という用語は、本願において使用される通り、培養方法におけるパラメータの変化を示し、それは、連続的であり、即ち、パラメータ値の変化が、一つの実施態様において、一連の小さな段階により、各々は2%の変化より大きくなく、別の実施態様においてパラメータの値の1%である。さらなる実施態様において、調節は連続的で線形である。
【0026】
接種細胞密度5×10個細胞/mlから、機械的運動速度100rpmを用いて開始し、細胞密度20×10個細胞/mlまでの、生細胞密度の各倍加に対して機械的運動速度を20rpmずつ増加させ、その後、最終細胞密度80×10個細胞/mlまでの、生細胞密度20×10個細胞/mlの各増加に対して機械的運動速度を20rpmずつ増加させ、その後、100×10個細胞/mlまでの、生細胞密度80×10個細胞/mlから増加に対して機械的運動速度を10rpmずつ増加させることが有利であることが見出されている。細胞密度100×10個細胞/mlに達した後、機械的運動速度を、増加する生細胞密度で一定に保つ。一つの実施態様において、機械的運動速度を16〜72時間、最大値で一定に保つ。別の実施態様において、機械的運動速度を18時間〜30時間、一つの実施態様において約24時間、最大値で一定に保つ。機械的運動速度を一定に保った後、それを135rpmまで段階的に低下させ、その後、培養が終了するまで一定に保つ。
【0027】
より詳細には、5×10個細胞/mlについて、機械的運動速度を100rpm(rpm=回/回転数毎分)に設定し、10×10個細胞/mlに達し、機械的運動速度を120rpmまで増加させ、20×10個細胞/mlに達し、機械的運動速度を140rpmまで増加させ、40×10個細胞/mlに達し、機械的運動速度を160rpmまで増加させ、60×10個細胞/mlに達し、機械的運動速度を180rpmまで増加させ、80×10個細胞/mlに達し、機械的運動速度を200rpmまで増加させ、100×10個細胞/mlに達し、機械的運動速度を210rpmまで増加させる。その後、機械的運動速度を約24時間にわたり200rpm±20rpmに保つ。以後、機械的運動速度を135rpmまで低下させる。この低下は、一つの実施態様において段階的であり、異なる実施態様において連続的に実施される。別の実施態様において、機械的運動速度の低下は連続的及び漸近的である。最終的な機械的運動速度135rpmに達した後、機械的運動速度を、培養が終了するまで一定に保ち、組換え産生ポリペプチドを回収する。
【0028】
機械的運動速度の変化によって、一方では培養液中の生細胞密度に、他方では培養の相に依存して、即ち、指数関数的増殖相、又はプラトー相、又は産生相に依存して、液相における酸素分圧を増加又は減少させることができる。
【0029】
「線形」という用語は、本発明内で使用される通り、線形方程式、例えばy=a*x+bなどとして表わすことができる2つのパラメータの相互関係を示し、式中、y及びxは2つのパラメータを示し、a及びbは定数を示す。「多項式」という用語は、本発明内で使用される通り、多項式方程式、例えばy=a*x+b*x+c*x+d*x+… などとして表わすことができる2つのパラメータの相互関係を示し、式中、y及びxは2つのパラメータを示し、a、b、c、dなどは定数を示す。「指数関数的」という用語は、本発明内で使用される通り、指数関数的方程式、例えばy=a*e+bなどとして表わすことができる2つのパラメータの相互関係を示し、式中、y及びxは2つのパラメータを示し、a及びbは定数を示し、eはオイラーの数2.71828182845904523536を示す。
【0030】
培養液中でのpH値の調整は、一つの実施態様において、培養容器外部の二酸化炭素分圧の調節による。気相圧力と液相分圧の関係のため、気体の二酸化炭素を液相に押し入れることができ(気相における圧力上昇)、又は、それを液相から除去することができる(気相における圧力低下)。液体培養液中での二酸化炭素の水和のため、それは炭酸水素の供給源であり、このように、液体培養液のpH値を調節するために、液相における炭酸緩衝液を提供する。本発明の方法の一つの実施態様において、液体培養液中でのpHを、小規模培養容器外部の二酸化炭素気圧を介して調節し、それにより、外部pCO低下は培養液中でのpH増加(及びその逆)をもたらす。
【0031】
一つの実施態様において、培養は流加培養としてである。
【0032】
「タンパク質」は、1つ以上のポリペプチド鎖又は100より多いアミノ酸残基のポリペプチド鎖を含む高分子である。タンパク質は、非ペプチド性成分、例えば炭水化物基なども含みうる。炭水化物及び他の非ペプチド性置換基が、タンパク質が産生される細胞によりタンパク質に加えられうるが、細胞の型に伴い変動しうる。タンパク質を、本明細書において、そのアミノ酸骨格構造に関連して定義する;置換基、例えば炭水化物基などは、一般的に特定されないが、しかし、それにもかかわらず存在しうる。
【0033】
免疫グロブリンの組換え産生は、最先端技術において周知であり、例えば、Makrides, S. C., Protein Expr. Purif. 17 (1999) 183-202; Geisse, S., et al., Protein Expr. Purif. 8 (1996) 271-282; Kaufman, R. J., Mol. Biotechnol. 16 (2000) 151-161; Werner, R. G., Drug Res. 48 (1998) 870-880の総説において記載される。
【0034】
「免疫グロブリン」という用語は、免疫グロブリン遺伝子により実質的にコードされる1つ以上のポリペプチドからなるタンパク質を指す。認識される免疫グロブリン遺伝子は、異なる定常領域遺伝子ならびに無数の免疫グロブリン可変領域遺伝子を含む。免疫グロブリンは、種々の形態(例えば、Fv、Fab、及びF(ab)ならびに単鎖(scFv)又は二種特異抗体を含む)で存在しうる(例、Huston, J. S., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85 (1988) 5879-5883; Bird, R. E., et al., Science 242 (1988) 423-426;一般的に、Hood et al., Immunology, Benjamin N. Y., 2nd edition (1984);及びHunkapiller, T. and Hood, L., Nature 323 (1986) 15-16)。
【0035】
免疫グロブリンは、一般的に、2つのいわゆる軽鎖ポリペプチド(軽鎖)及び2つのいわゆる重鎖ポリペプチド(重鎖)を含む。重鎖及び軽鎖ポリペプチドの各々は、抗原と相互作用できる結合領域を含む可変ドメイン(可変領域)(一般的に、ポリペプチド鎖のアミノ末端部分)を含む。重鎖及び軽鎖ポリペプチドの各々は、定常領域(一般的に、カルボキシ末端部分)を含む。重鎖の定常領域は、i)Fcガンマ受容体(FcγR)を持つ細胞(例えば食細胞など)、又はii)新生児Fc受容体(FcRn)(Brambell受容体としても公知)を持つ細胞に対する抗体の結合を媒介する。それは、また、古典的補体系の因子、例えば成分(C1q)などを含む一部の因子に対する結合を媒介する。
【0036】
免疫グロブリンの軽鎖又は重鎖の可変ドメインは、次に、異なるセグメント、即ち、4つのフレームワーク領域(FR)及び3つの超可変領域(CDR)を含む。
【0037】
「免疫グロブリン抱合体」という用語は、ペプチド結合を介してさらなるポリペプチドに抱合された免疫グロブリン重鎖又は軽鎖の少なくとも1つのドメインを含むポリペプチドを示す。さらなるポリペプチドは、非免疫グロブリンペプチド、例えばホルモン、又は増殖受容体、又は抗融合性ペプチド、又は補体因子、又は同様のものである。
【0038】
「異種免疫グロブリン」という用語は、哺乳動物細胞により天然では産生されない免疫グロブリンを示す。本発明の方法に従って産生される免疫グロブリンは、組換え手段により産生される。そのような方法は、先端技術において広く公知であり、真核細胞におけるタンパク質発現を含み、続く異種免疫グロブリンの回収及び単離、ならびに通常は、医薬的に許容可能な純度までの精製を伴う。免疫グロブリンの産生、即ち、発現のために、軽鎖をコードする核酸及び重鎖をコードする核酸を、各々、標準的な方法により発現カセットに挿入する。免疫グロブリンの軽鎖及び重鎖をコードする核酸を容易に単離し、従来の手順を使用して配列決定する。ハイブリドーマ又はB細胞は、そのような核酸の供給源としての役割を果たす。発現カセットを発現プラスミド中に挿入してよく、それを次に宿主細胞中にトランスフェクトし、それは本来なら免疫グロブリンを産生しない。発現を、適切な原核生物又は真核生物の宿主細胞において実施し、免疫グロブリンを溶解後の細胞から又は培養上清から回収する。
【0039】
「組換え哺乳動物細胞」という用語は、例えば、異種ポリペプチドをコードする核酸を導入/トランスフェクトすることができる又はされる細胞を指す。「細胞」という用語は、核酸の発現のために使用される細胞を含む。一つの実施態様において、哺乳動物細胞は、CHO細胞(例、CHO K1、CHO DG44)、又はBHK細胞、又はNS0細胞、又はSP2/0細胞、又はHEK 293細胞、又はHEK 293 EBNA細胞、又はPER.C6(登録商標)細胞、又はCOS細胞である。特に好ましいのは、CHO細胞、又はBHK細胞、又はPER.C6(登録商標)細胞である。本明細書において使用する、発現「細胞」は被験細胞及びその子孫を含む。このように、「組換え細胞」という用語は、初代トランスフェクト細胞及びトランスファーの回数にかかわらずそれに由来する子孫細胞を含む培養を含む。全ての子孫が、意図的な又は偶発的な突然変異のため、DNA含量において正確に同一ではないかも知れないことも理解される。元の形質転換された細胞と同じ機能又は生物学的活性を有するバリアント子孫が含まれる。
【0040】
組換え産生された異種免疫グロブリンの精製のために、しばしば異なるカラムクロマトグラフィー工程の組み合わせが用いられる。一般的に、プロテインA親和性クロマトグラフィーには、1つ又は2つの追加の分離工程が続く。最終的な精製工程は、凝集した免疫グロブリン、残留HCP(宿主細胞タンパク質)、DNA(宿主細胞核酸)、ウイルス、又はエンドトキシンのような微量不純物及び混入物の除去のためのいわゆる「ポリッシング工程」である。このポリッシング工程のために、しばしばフロースルー様式における陰イオン交換材料を使用する。
【0041】
異なる方法が、タンパク質の回収及び精製のために十分に確立されており、広く使用されている。例えば、微生物タンパク質を用いた親和性クロマトグラフィー(例、プロテインA又はプロテインG親和性クロマトグラフィー)、イオン交換クロマトグラフィー(例、陽イオン交換(カルボキシメチル樹脂)、陰イオン交換(アミノエチル樹脂)及び混合様式交換)、チオフィリック吸着(例、ベータ−メルカプトエタノール及び他のSHリガンドを用いる)、疎水的相互作用又は芳香族吸着クロマトグラフィー(例、フェニルセファロース、アザ−アレノフィリック樹脂、又はm−アミノフェニルボロン酸)、金属キレート親和性クロマトグラフィー(例、Ni(II)及びCu(II)親和性材料を用いる)、分子ふるいクロマトグラフィー、及び電気泳動法などである(例えばゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動法など)(Vijayalakshmi, M. A., Appl. Biochem. Biotech. 75 (1998) 93-102)。
【0042】
以下の実施例及び図を提供し、本発明の理解を助け、その真の範囲を添付の請求項に記載する。改変を、本発明の精神から逸脱することなく、記載の手順において作ることができることが理解される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】培養液において(in situ)オンライン決定された培養の間でのpH値及びpO(酸素分圧)値の経過。
【図2】オンライン決定とオフライン決定の間でのpH及びpOについての値の比較。
【図3】pO(オフライン及びオンライン)についての値の時間経過、生細胞密度及び機械的運動速度の経過。
【図4】オフライン決定とオンライン決定の間でのpHについての値の比較 また、インキュベータ中でのpCOの経過を与える。
【図5】培養液中の生細胞密度(x軸)に依存した機械的運動速度(y軸)の例示的な変化。
【0044】
実施例1
材料及び方法
【0045】
細胞密度:
細胞密度を、トリパンブルー染色方法を介して測定する。その無傷の細胞膜のため、生細胞からの負電荷を帯びた色素トリパンブルーの排除によって生細胞と非生細胞の間の区別が可能になる(例、Freshney, R. (1987) Culture of Animal Cells: A Manual of Basic Technique, p. 117, Alan R. Liss, Inc., New York.を参照のこと)。方法を、自動的に、細胞培養アナライザーCEDEX(Innovatis AG, Bielefeld, Germany)において行う。生存率を、次に、全細胞カウントからの生細胞の比として算出する。
【0046】
基質及び代謝産物:
グルコース、乳酸、アンモニア、グルタミン、及びグルタミン酸の濃度を、酵素学的及びイオン選択性センサーにより測定する。使用する装置はNOVA BioProfile 100(NOVA biomedical, Rodermark, Germany)である。
【0047】
免疫グロブリン濃度:
免疫グロブリンの濃度を、特異的な免疫グロブリン結合剤としてプロテインAを用いた親和性クロマトグラフィー(PorosA column, Applied Biosystems)により測定する。免疫グロブリンの溶出プロフィルを、波長280nmでの吸収測定により決定する。
【0048】
pH、pCO、pO
血液ガスアナライザー(pHOx, NOVA biomedical, Rodermark, Germany)を、pHならびに酸素(pO)及び二酸化炭素(pCO)の分圧の測定のために使用する。
【0049】
浸透圧:
浸透圧を、溶質の含量に相関しうるサンプルにおける凝固点降下の測定により決定する(Osmomate 030, Gonotec, Berlin, Germany)。
【0050】
実施例2
小規模振盪フラスコ培養 − 一般的な手順
【0051】
組込みpH及び酸素センサー(Precision Sensing GmbH, Regensburg, Germany, Cat.-Nr.200000919)を伴う換気キャップを備えた無菌250ml三角フラスコ(Corning, Cat.-Nr.431144)中に、120ml培養液を、クリーンベンチを使用して無菌条件下で満たした。培養液を含む振盪フラスコを、検証された温度制御を伴うインキュベータ中で条件設定し、温度調整のための十分な正確さを提供する。培地の条件設定は、培養の開始において使用される温度、気圧条件、及び機械的運動条件で、未だに細胞を用いて接種されていない培地を含むフラスコのインキュベーションを含む。条件設定後に、培地に、クリーンベンチを使用した無菌条件下で、組換え免疫グロブリンが発現するCHO細胞発現を用いて接種する。培養を流加培養として実施する。培養の間に、培養液中のpH及びpO値を、in situで化学光学蛍光センサーにより決定する。pCOを、インキュベータの設定を介して制御する。pH値、pO値、及びpCO値の連続決定の他、以下のパラメータ:
− 細胞密度、
− 基質(グルコース)及び代謝産物(グルタミン、アンモニア、グルタミン酸、乳酸、乳酸脱水素酵素活性)濃度、
− 上清における免疫グロブリン濃度、
− 浸透圧
を培養の24時間後毎に決定した。
【0052】
上に列挙するパラメータの決定値に基づき、以下のパラメータ:
− 機械的運動速度を変化させることによるpO
− インキュベータにおける外部CO気圧を変化させること(酸性制御)又は塩基の添加(塩基制御)によるpH、
− 栄養溶液の添加
の0、1つ以上を24時間毎に1回変化させた。
【0053】
実施例3
インキュベータにおける一定の機械的運動及び一定のpCOを伴う小規模振盪フラスコ培養
【0054】
小規模培養を本発明に従って実施することができる実施例の(好ましくはモノクローナル)抗体は、アミロイドβ−A4ペプチドに対する抗体(抗Aβ抗体)である。そのような抗体及び対応する核酸配列は、例えば、WO 2003/070760又はUS 2005/0169925に報告されている。
【0055】
抗Aβ抗体を発現するCHO細胞の小規模培養を、以下のパラメータを伴うKuhnerインキュベータ(Kuhner AG, Birsfelden, Switzerland, model B08)において実施した:
【0056】
【表1】

【0057】
決定されたpO値及びpH値を図1に示す。溶液中の酸素分圧(pO)が非常に高いこと(70%超える空気飽和)及び培養液の酸素含量及びpH値が各サンプル抽出後に上昇することが、図1から見ることができる。
【0058】
in situでの決定値(オンライン)と採取サンプルからの決定値(オフライン)との比較を図2に示す。以下:
− オフライン決定されたpO値は、オンライン決定された値よりも低い;
− オフライン決定されたpO値は、144時間後、25%空気飽和の閾値(実際には存在しない酸素制限を示す)よりも低い;
− オフライン決定されたpH値は、オンライン決定された値よりも低い;
− オンライン値とオフライン値の間のpH値における差は、細胞密度依存性を示さない
を結論付けることができる。
【0059】
実施例4
インキュベータにおける可変の機械的運動及び可変のpCOを伴う小規模振盪フラスコ培養
【0060】
抗Aβ抗体を発現するCHO細胞の小規模培養を、以下のパラメータを伴うKuhnerインキュベータ(Kuhner AG, Birsfelden, Switzerland, model B08)において実施した:
【0061】
【表2】

【0062】
機械的運動速度の調整を以下の表に従って行った:
【0063】
【表3】

【0064】
図3において、培養の間のオンライン決定されたpO、オフライン決定されたpO、生細胞密度、及び機械的運動速度の経過を示す。
【0065】
以下:
− 機械的運動速度を変化させることにより、液相において酸素分圧を増加又は減少させることが可能である;
− サンプリングとオフライン酸素決定の間で要求される短い時間は、培養液中での酸素制限を指す15%空気飽和未満まで酸素含量を低下させるために、1×10個細胞/mlを上回る細胞密度で十分である
が観察された。
【0066】
図4において、培養の間のオンライン決定されたpH、オフライン決定されたpH、及びpCOの経過を示す。
【0067】
以下:
− インキュベータにおける外部CO気圧を変化させることにより、培養液中のpH値を変化させることが可能である;インキュベータにおけるpCO低下は培養液中のpH増加をもたらす;
− オンライン決定されたpH値は、オフライン決定されたpH値よりも塩基性である;
− サンプルにおける細胞での酸素から二酸化炭素への変換のため、pH値は、培養容器と比較して低くなり、オフライン決定された低過ぎるpH値をもたらす
が観察された。
【0068】
このように、上に示す実施例から、オフライン決定値が得られ、それはオンライン決定値とは異なり、従って、大規模培養における後の使用のための異なるパラメータ範囲をもたらしうると結論付けることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
i)培養液中での生細胞密度に依存して培養容器の機械的運動速度を変化させる工程を含む、哺乳動物細胞の培養のための方法。
【請求項2】
該変化が、さらにii)培養液中の酸素分圧に依存することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
以下:
a)1組の培養容器
− 全容積200μlまでの各々、又は
− 作業容積100μlまでを伴う各々、又は
− 全容積25〜3000mlの各々、又は
− 作業容積10〜1500mlまでを伴う各々、
の培養をすること、
b)全培養容器の機械的運動により培養液を撹拌すること、
c)培養容器の外部気相中の二酸化炭素濃度を介して培養液のpH値を調整すること
の1つ以上をさらに含む、請求項1又は2のいずれか一項記載の方法。
【請求項4】
機械的運動が、全培養容器の回転運動による、又は全培養容器をラフィングによる、又は全培養容器を振盪することによる、請求項1〜3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
d)非侵襲性の化学光学センサーを介して培養容器内でpH値及びpOを決定することをさらに含む、請求項1〜4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
機械的運動速度を以下:
i)細胞密度1×10個細胞/ml又はそれ以下では60rpm、
細胞密度2.5×10個細胞/mlでは80rpm、
細胞密度5×10個細胞/mlでは100rpm、又は
中間細胞密度では線形中間値を用いて、
機械的運動速度を、開始細胞密度に依存して60rpm〜100rpmに設定する、
ii)細胞密度20×10個細胞/mlまでの、生細胞密度の各倍加に対して機械的運動速度を20rpmずつ増加させる、
iii)細胞密度80×10個細胞/mlまでの、生細胞密度20×10個細胞/mlの各増加に対して機械的運動速度を20rpmずつ増加させる、
iv)細胞密度100×10個細胞/mlまでの、生細胞密度80×10個細胞/mlの増加に対して機械的運動速度を10rpmずつ増加させる、
ように調節することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
機械的運動速度を以下:
v)機械的運動速度を200rpm〜210rpmで維持すること、機械的運動速度を段階的に135rpmまで低下させること、及びそれを培養が終了するまで一定に保つ
ようにさらに調節することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項8】
工程v)において、機械的運動速度を18時間〜30時間、200rpm〜210rpmで維持することを特徴とする、請求項7記載の方法。
【請求項9】
e)機械的運動速度を、培養液中の酸素分圧を増加させるために増加させること、又は、機械的運動速度を、培養液中の酸素分圧を低下させるために減少させることをさらに含む、請求項1〜8のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
以下の工程:
a)該異種ポリペプチドをコードする核酸を含む哺乳動物細胞を提供すること、
b)請求項1〜9のいずれか一項記載の方法を用いて該哺乳動物細胞を培養すること、
c)培養液から異種ポリペプチドを回収すること
を含む異種ポリペプチドの産生のための方法。
【請求項11】
異種ポリペプチドが、免疫グロブリン、又は免疫グロブリンフラグメント、又は免疫グロブリン抱合体であることを特徴とする、請求項10記載の方法。
【請求項12】
哺乳動物細胞が、CHO細胞、HEK細胞、BHK細胞、NS0細胞、SP2/0細胞、又はハイブリドーマ細胞であることを特徴とする、請求項10又は11のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
請求項1〜9のいずれか一項記載の方法において小規模培養容器におけるpH値及びpOの決定のための非侵襲的な化学光学センサーの使用。
【請求項14】
容積1,000L〜25,000Lを伴う撹拌培養容器における大規模培養のための培養パラメータ範囲の決定のための請求項1〜9のいずれか一項記載の方法の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2012−504394(P2012−504394A)
【公表日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−529479(P2011−529479)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【国際出願番号】PCT/EP2009/007069
【国際公開番号】WO2010/040480
【国際公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】