説明

尿中有形成分分析用試薬及びその試薬を用いた有形成分分析方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、尿中有形成分分析用試薬及びその試薬を用いた有形成分分析方法に関し、より詳細には、フローサイトメトリーを応用した尿中の有形成分の光学的分析方法に用いられる試薬及びその分析方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
腎・尿路系の感染症、炎症性病変、変性病変、結石症、腫瘍などの疾患では、それぞれの疾患に応じて、尿中に種々の有形成分が出現する。有形成分としては、赤血球、白血球、上皮細胞、円柱、細菌、真菌、結晶、粘液糸などが挙げられる。尿中のこれらの成分を分析することは腎・尿路系の疾患の早期発見や異常部位の推定をする上で特に重要である。例えば、赤血球の測定は、腎臓の糸球体から尿道に至る経路における出血の有無を判定する上で重要であり、白血球の出現は、腎盂腎炎などの腎疾患の疑いが考えられ、炎症、感染症を早期発見することができる。また、円柱や赤血球の形態を調べることにより、その由来部位を推定することもできる。
【0003】
従来より尿中の有形成分の分析は、顕微鏡により目視検査が広く行われている。まず、尿を遠心分離して濃縮し、その沈渣物を場合によっては染色後、顕微鏡スライド上に積載し、顕微鏡下で分類・計数を行うものである。
また近年では、フラットシースフローと画像処理技術とを組み合わせた自動測定装置が開発されている。これは、シース液を外層とし、きわめて偏平な流れに調節された尿試料液をビデオカメラで撮影し、この静止画面を画像処理することにより、試料液中の有形成分の像を切り出して表示するものである。その表示を検査技師が見ながら有形成分を判別し、分類処理が行われる。
【0004】
さらに、尿中の有形成分を自動分類、計数するものとして、特開平4−337459号公報では、フローサイトメトリーを応用した尿中の細胞分析用試薬およびその方法が開示されている。その試薬は、蛍光染料、浸透圧補償剤及び緩衝剤を含み、種々の蛍光染料、浸透圧補償剤、緩衝剤が開示され、実施例には、蛍光染料としてニュートラルレッド、オーラミンOを使用した試薬が記載されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
ところで尿検体は、採取後時間が経過するとともに有形成分の変性、細菌数の増加などの変化が起きるため、採取後なるべく早いうちに検査することが望まれる。
顕微鏡による目視検査では、尿検体の遠心、濃縮等の前処理に手間や時間がかかる上、鏡検作業は検査技師にとって大きな負担になる。また、観察細胞数が少ないため検査精度が低い。
【0006】
一方、画像処理技術を利用した自動測定装置においては、鏡検作業に比べれば負担が軽減される点では有利であるものの、有形成分の判別は検査技師が行わなければならず、処理速度も遅いため検体数の多い場合には必ずしも満足できるものではない。
また、目視検査、画像処理による自動測定装置のいずれの方法においても、有形成分の判別には熟練を要する。
【0007】
特開平4−337459号公報のフローサイトメトリーを尿分析に応用した方法では、迅速に測定が行える点で有利であるが、さらに検討を重ねた結果、以下の問題点があることが判明した。
【0008】
(1) 尿中に結晶が出現すると赤血球との弁別が困難になる。
(2) 無晶性塩類が多数出現した検体は、他の細胞成分の分類が困難になる。
(3) 特開平4−337459号公報の実施例に示されたpH8.5のオーラミンO含有試薬では、ヘモグロビンや蛋白を含む尿検体を測定すると、ヘモグロビンや蛋白が染料と結合し、微小沈殿物となって析出して測定ができなくなることがある。
(4) (3)はpHを酸性にすることによって解決することができるが、染色性が悪くなり、酵母様真菌が出現すると赤血球との弁別が困難になる。
【0009】
(5) 尿をフローサイトメータで分析するときには、尿中に存在する有形成分の量が少ないことから希釈倍率を低く抑えなければならないが、希釈倍率を低くすると、尿中にビタミン類や抗生物質のような薬剤等の蛍光を発する物質が排泄される場合には、尿自身の背後蛍光(バックグラウンドノイズ)が無視できなくなり、有形成分の蛍光信号強度が得られない場合がある。また、ニュートラルレッドを使用した場合には、細胞と結合していない染料による背後蛍光の影響が大きい。
【0010】
本発明は、上記の問題点に鑑みなされたもので、尿中の有形成分の分析をより精度よく行うことを目的する。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明によれば、(i) pHを5.0〜9.0に保つための緩衝剤、(ii)浸透圧を100mOsm/Kg〜600mOsm/Kgに保つための浸透圧補償剤、(iii) 縮合ベンゼン誘導体系の第1染、(iv)損傷を受けた細胞を染色しうる第2蛍光染料、及び(v) キレート剤を含有することからなる尿中有形成分分析用試薬が提供される。
【0012】
また、別の観点から本発明によれば、(i) pHを5.0〜9.0に保つための緩衝剤、(ii)浸透圧を100mOsm/Kg〜600mOsm/Kgに保つための浸透圧補償剤、(iii) 赤色波長で励起可能な染料、及び(iv)キレート剤を含有することからなる尿中有形成分分析用試薬が提供される。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明における測定対象とする尿中の有形成分は、特に、赤血球、白血球、上皮細胞、円柱、細菌、酵母様真菌などが挙げられる。
本発明の分析用試薬における緩衝剤は、安定した蛍光強度が得られるように測定試料のpHを一定の範囲に保つために用いられる。pHは、赤血球の溶血を抑制するためにpH5.0〜9.0の範囲に調整される。なお、尿中の結晶成分のうち、特に無晶性塩類は、種々の水溶液、例えば、生理食塩水、希塩酸、希酢酸、水酸化カリウム水溶液等で希釈することによって溶解することが可能である。しかしながら、尿中の結晶成分は、酸性及びアルカリ性で析出するものがそれぞれある。従って、中性付近であれば、酸性及びアルカリ性で析出する無晶性塩をさらに迅速に溶解できるのでpH6.5〜7.5が好ましく、pH6.8〜7.2がより好ましい。緩衝剤としては、従来公知のものを使用することができる。例えば、トリス及びMES, Bis−Tris, ADA, PIPES, ACES, MOPSO, BES, MOPS, TES, HEPES, DIPSO, TAPSO, POPSO, HEPPSO, EPPS, Tricine, Bicine, TAPSのようなグッド緩衝剤等を挙げることができる。中でも、HEPESが好ましい。濃度は、用いる緩衝剤の緩衝能に応じて、尿検体を希釈したときにpHがある一定の範囲内になる濃度で用いられる。通常、20〜500mM、好ましくは50〜200mMである。
【0014】
浸透圧補償剤は、赤血球溶血を防ぐ目的と安定した蛍光強度を得るために加える。尿の浸透圧は、50〜1300mOsm/kgと広範囲にわたって分布している。分析用試薬の浸透圧が低すぎると赤血球の溶血が早期に進行してしまい、逆に高すぎると細胞の損傷が大きくなるので浸透圧は、100〜600mOsm/kgが好ましく、150〜500mOsm/kgより好ましい。浸透圧補償剤としては、無機塩類やプロピオン酸塩等の有機塩類、糖類などが用いられる。無機塩類としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化リチウム等、プロピオン酸塩としては、プロピオン酸ナトリウム、プロピオン酸カリウム、プロピオン酸アンモニウム等、他の有機塩類としてはシュウ酸塩、酢酸塩等、糖類としては、ソルビトール、グルコース、マンニトール等が挙げられる。
【0015】
第1染料としては、下記に示したような縮合ベンゼン誘導体が使用できる。
【0016】
【化9】



【0017】
〔式中、Aは−O−,−S−又は−C(CH−、Rは低級アルキル基、Xはハロゲン、Yは−CH=又は−NH−、nは0又は1、Bは、
【0018】
【化10】



【0019】
(式中AとRは上記と同義である)
又は2つの低級アルコキシ基もしくは1つのジ低級アルキルアミノ基(この低級アルキルはシアノ基で置換されていてもよい)で置換されたフェニル基である。〕。
上記低級アルキル基としては、炭素数1〜6のアルキル基を意味し、例えばメチル、エチル、プロピル、ブチル、イソブチル、ペンチル、ヘキシル等が挙げられる。Xのハロゲン原子としてはフッ素、塩素、臭素、ヨウ素が挙げられる。また、Bにおける2つの低級アルコキシ基で置換されたフェニル基とは、2つのC1−3 アルコキシ基、好ましくはC1−2 アルコキシ基、例えばメトキシ基、エトキシ基で置換されたフェニル基をいう。具体的には、2,6−ジメトキシフェニル基、2,6−ジエトキシフェニル基が挙げられる。また、Bにおけるジ低級アルキルアミノ基(該低級アルキル基はシアノ基で置換されていてもよい)で置換されたフェニル基とは、C1−3 アルキルアミノ基、好ましくはC1−2 アルキルアミノ基で置換されたフェニル基をいう。ここで、該アルキル基はシアノ基で置換されていてもよく、例えばメチル、エチル、シアノメチル、シアノエチル等を含む。好ましいジ低級アルキルアミノ基(該低級アルキルはシアノ基で置換されていてもよい)で置換されたフェニル基としては、4−ジメチルアミノフェニル基、4−ジエチルアミノフェニル基、4−(シアノエチルメチルアミノ)フェニル基などが挙げられる。
【0020】
このような縮合ベンゼン誘導体の具体例としては、
【0021】
【化11】



【0022】
【化12】



【0023】
が挙げられる。上記の縮合ベンゼン誘導体のうち、NK−シリーズは日本感光色素研究所(株)より入手することができる。なかでもオキサカルボシアニン系色素であるDiOCn(3)(n=1〜6)が好ましく、DiOC6(3)がより好ましい。なお、第1染料としては、これらに限定されるものではなく、pH5.0〜9.0、好ましくは、pH6.5〜7.5に最適染色pHを有細胞膜に結合するもので、尿中の成分、例えば、蛋白と結合して沈殿物を生じないものであれば使用することができる。第1染料の濃度は、最終濃度(測定試料中の濃度)が1〜30ppmとなる範囲で用いられ、5〜20ppmが好適である。
【0024】
第2蛍光染料としては、損傷を受けた細胞を染色しうる染料、例えばEB(エチジウムブロマイド)又はPI(プロピジウムアイオダイド)が用いられる。好適には、EBが用いられる。第2蛍光染料の濃度は、最終濃度が1〜100ppmの範囲で用いられ、30〜60ppmが好適である。
【0025】
上記第1及び第2蛍光染料を組み合わせて用いる場合には、励起光源として青色波長を有する光を用いることができる。
【0026】
また、本発明においては、上記第1及び第2蛍光染料を組み合わせて用いる代わりに、赤色波長で励起可能な染料を用いることができる。使用可能な染料としては、以下の化合物からなる群のうち、1種又は2種以上の染料を組み合わせて用いることができる。この場合の赤色波長で励起可能な染料の濃度は、最終濃度が1〜300ppmの範囲で用いられ、5〜100ppm が好適である。
【0027】
【化13】



【0028】
【化14】



【0029】
【化15】



【0030】
【化16】



【0031】
【化17】



【0032】
【化18】



【0033】
なお、上記の染料のうち、NK−シリーズは日本感光色素研究所(株)から入手することができ、Oxazine 4, Oxazine 750 perchlorate, Oxazine 720 はExciton, Inc. から、Capri Blue GONは東京化成工業(株)から、Basic Green, Iodine Green E. Merck Darmstadt から、Nile Blue Chlorideはナカライテスク(株)から、Rhodnile Blue はAldrich Chemical Company Inc.,から、Capri Blue BB はChroma Gesellshaft Schmid & Co. からそれぞれ入手することができる。
【0034】
キレート剤は、尿中に出現する無晶性塩類(例えば、リン酸アンモニウム・マグネシウム、炭酸カルシウム)を溶解するために用いる。脱カルシウム,脱マグネシウム剤であればとくに種類の限定はない。例えば、EDTA塩,CyDTA, DHEG, DPTA−OH, EDDA, EDDP, GEDTA, HDTA, HIDA, Methyl−EDTA, NTA, NTP, NTPO, EDDPO等が挙げられる。好適には、EDTA塩,CyDTA, GEDTAが用いられる。濃度は、0.05〜5W/W%の範囲で使用することができ、好適には0.1〜1W/W%であるなお、ここでいう脱カルシウム,脱マグネシウム剤とは、カルシウム,マグネシウムイオンと結合して、水溶性の化合物を形成するものを意味する。
【0035】
本発明の試薬は、緩衝剤、浸透圧補償剤、染料及びキレート剤の1液構成としてもよいが、染料を含有する染色液と、緩衝剤、浸透圧補償剤及びキレート剤を含有する希釈液との2液の形態であってもよい。染色液と希釈液との2液構成とする場合には、染料は水溶液中で不安定なものが多いため、染色液として染料と水溶性有機溶媒に溶解させることで保存安定性を高めることができる。さらに、染色液には、これら染料の安定化剤を加えてもよい。この場合の使用可能な水溶性有機溶媒としては、低級アルカノール、低級アルキレングリコールまたは低級アルキレングリコールモノ低級アルキルエーテルが好ましい。例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルなどを使用することができる。中でもエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコールが好ましく、尿中の細胞への影響や粘性などを考慮するとエチレングリコールがもっとも好ましい。また、希釈液には、長期保存中の細菌の繁殖を防止するために抗菌剤を添加してもよい。用いる抗菌剤の種類は特に制限されず、トリアジン系抗菌剤、BIT(ベンツイソチアゾロン)のようなチアゾール系抗菌剤、PTO(ピリチオン)のようなピリジン系抗菌剤などが使用可能であるが、測定系に悪影響を与えない濃度で添加するのがよい。上記安定化剤や抗菌剤は、1液構成の試薬に添加してもよい。
【0036】
また、本発明の試薬の電気伝導度を1〜10mS/cm、好ましくは4〜7mS/cmの範囲に調整すると、電気抵抗信号を測定して円柱を検出するのに好都合である。電離度の大きな緩衝剤や浸透圧補償剤では、上記の範囲に電気伝導度を調整すると浸透圧が低くなってしまい、尿中の赤血球が溶血するおそれがあるが、緩衝剤を有機酸系にするか、浸透圧補償剤を有機塩類または非電解質(例えば糖類)にするか、もしくはそれらを適宜組み合わせると、電気伝導度の上昇を抑えつつ、浸透圧を上昇させることができるので好ましい。
【0037】
本発明の試薬を用いて、尿中の有形成分を分析するにあたっては、原尿を本発明の試薬に混合する。成分(i) 〜(v) 又は成分(I) 〜(IV)を含有する一液構成の試薬においては、原尿と混合することによって、2〜20倍に希釈されるとともに、尿中に含まれる有形成分が染色されることとなる。なお、原尿の希釈倍率としては、2〜16倍程度、特に4〜10倍程度が好ましい。この際、尿中に含まれている無晶性塩類を短時間で溶解させるために、上記試薬を予め30〜40℃、好ましくは33〜37℃で加温しておくことが好ましい。原尿との混合は、室温から40℃の範囲で、好ましくは33〜37℃で、5〜60秒間、好ましくは10〜30秒間行うことが好ましい。また、本発明の試薬が、染色液と希釈液とからなる2液構成の試薬の場合には、染色液と希釈液と予め混合したのち原尿を加えるか、または尿と希釈液で混合した後染色液を加える。2液構成の場合、尿の最終の希釈倍率が4〜10倍となることが好ましい。また、無晶性塩類を短時間で溶解させるために、希釈液を予め30〜40℃、好ましくは33〜37℃で加温しておくことが好ましい。
【0038】
上記試薬と混合された尿は、尿試料としてフローセルに流す。フローセルに流された尿試料に励起光を照射し、尿試料中の有形成分からの前方散乱光と蛍光強度を測定する。これにより、尿中に含有されている有形成分の分析をすることができる。また、円柱を測定する際には、尿試料の電気抵抗信号強度(体積情報)も測定すると、検出感度が高まるので好都合である。従って、本発明の尿分析方法では、電気抵抗信号と光学的情報を測定できるフローサイトメータを使用するのが好ましい。本発明においては好適に用いられるフローサイトメータとしては、図6に示す装置が挙げられる。
【0039】
まず、弁1及び2を所定時間開けることにより、廃液チャンバからの陰圧により吸引ノズル3から試料液が弁1及び2に満たされる。シリンジ4が一定流量で液を押し出すことにより、試料用ノズル6から試料液が吐出されると同時に、弁8を開けることによりフローセル5のチャンバー7にシース液が供給される。これによって試料は図6に示されるように、チャンバー7の内径にしたがって細く絞られシースフローを形成し、オリフィス11を通過する。オリフィス11の形状は内径の一辺が100〜300μmの角柱形状をし、材質は光学硝子(石英硝子も含む)でできている。このようにシースフローを形成することによって粒子を1個ずつオリフィス11の中心を一列に整列して流すことができる。オリフィス11を通過した試料液とシース液とはチャンバー25に設けた回収管14を通って排出される。
【0040】
電極13はチャンバー25の内部に設けられた白金製でプラス電極とし、電極12はチャンバー7の内部に設けられたステンレス製でマイナス電極としている。この電極12及び13間の電気抵抗は、シース液の抵抗率(電気伝導度)、オリフィスの孔寸法(孔断面積)と孔長、試料液の抵抗率、試料液の流れている時の径によって決まる。
【0041】
電源15は直流定電流源で電極12及び13間に供給している。電極12及び13間に定電流を流すことにより、電極12及び13間の電気抵抗と電流値により決まる直流電圧が発生する。粒子がオリフィス11を通過すると、オリフィス11の両端の電気抵抗が変化する。よって、粒子がオリフィス11を通過している間のみ電極12及び13間に発生する電圧が大きくなる。しかも、オリフィス11を通過する粒子の大きさに比例して、パルス状の電圧が発生するため、この分の電圧のみ大きくなり、この電圧が前記直流電圧に重畳され、電極12及び13間に現れる。従って、これをアンプ16で検出することにより、抵抗信号29が出力されることとなる。
【0042】
オリフィス11のほぼ中心のサンプル流26へレーザ17から発振したレーザ光がコンデンサレンズ18で楕円状に絞られて照射される。レーザ光の形状は試料の流れの方向には血球粒子径と同程度、例えば10μm前後と狭く、試料の流れ方向及び照射光軸方向と直交する方向の形状は、血球粒子径より十分広く、例えば150〜300μm程度である。サンプル流26に照射されたレーザ光で細胞(有形物)に当たらずそのままフローセル5を透過した透過光はビームストッパ19で遮光される。細胞(有形物)に照射され、狭い角度で発せられる前方散乱光及び前方蛍光はコレクターレンズ20により集光され、遮光板30のピンホール21を通過する。そして、ダイクロイックミラー22に到達する。散乱光より長波長の蛍光はそのまま高率でダイクロイックミラー22を透過し、フィルター23でさらに散乱光が除かれた後にフォトマルチプライヤーチューブ(PMT)24で検出され、電気信号27に変換されて出力される。散乱光はダイクロイックミラー22で反射されフォトダイオード31で受光されて電気信号28に変換されて出力される。
【0043】
本発明の尿中有形成分分析用試薬によれば、該試薬と尿を混合することにより、無晶性塩類は溶解し、分類に好適なように尿中の有形成分が染色されることとなる。
【0044】
一般に尿沈渣でよく観察される無晶性塩類は、リン酸塩と尿酸塩がほとんどで、リン酸塩のほとんどがカルシウム塩であるため、キレート剤を添加することによりカルシウム塩と水溶性のキレート化合物を作り溶解する。また、尿酸塩は、希釈及び加温により溶解する。これらの無晶性塩類は、健常人の尿でも認められるため、臨床的意義は低い。したがって、他の臨床的に意義のある有形成分(赤血球、白血球、細菌、酵母様真菌、円柱など)を精度よく検出するためには、無晶性塩類は溶解しておく必要がある。しかし、大きな結晶やシュウ酸カルシウムなどはキレート剤の添加や加温処理によっても溶解速度が遅く、フローサイトメータで測定するまでに完全には溶解しない。また、シスチン、ロイシン、チロジン、コレステリン、2,8DHAのような病的結晶は、これらの操作によっても溶解しにくい。このため、残った結晶が赤血球領域にオーバーラップし、赤血球を正確に測定できなくなることがある。そこで、これらの結晶が、他の有形成分の測定に影響を与えないようにするため、特に赤血球を強く染色する必要がある。
【0045】
ところで、尿中の有形成分が示す蛍光強度は、有形成分によって弱いものから強いものまで広範囲にわたる。例えば、赤血球は白血球の蛍光強度に比べて非常に弱い。血液中の白血球を測定する場合には、白血球が強く染色されるため、非常に弱い蛍光強度しか示さない赤血球や背後蛍光についてはそれほど考慮する必要がなかった。しかし、尿中の有形成分を分析するにあたっては、赤血球のような蛍光強度の弱いものまで検出する必要があり、そのためには血液中の白血球を測定する場合よりも検出器(PMT)感度を上げる必要がある。ところが、検出器感度を上げると、尿自身の背後蛍光や、細胞と結合していない蛍光染料による背後蛍光の影響を受け、赤血球の蛍光信号強度が得られず測定できない場合があった。
【0046】
本発明者は、検討を重ねた結果、赤血球の細胞膜も染色する蛍光染料、たとえばDiOCn(3)(n=1〜6)を使用することにより解決できることを見出した。
第1染料、特に、DiOCn(3)(n=1〜6)は、イオン結合により、あらゆる細胞膜、核、顆粒と結合する。これに対し、特開平4−337459号の実施例で示されたようなオーラミンOは、細胞中のRNAと結合する。このため、オーラミンOは、赤血球の細胞膜をほとんど染めず、結晶及び酵母様真菌などの他の有形成分が示す蛍光強度と同じくらいで、これらの有形成分が同一試料に存在する場合には弁別が困難であった。しかし、DiOCn(3)(n=1〜6)を使用することにより、あらゆる細胞膜に染料が結合及び吸着し、赤血球の染色性と酵母様真菌の染色性が同時に向上し、蛍光強度の差によって結晶、赤血球、酵母様真菌の弁別が可能となる。一方白血球は、赤血球に比べて非常に強く染色される。また、染色性が向上することによって蛍光強度も増大するため、背後蛍光があっても影響が小さくなる。
【0047】
第2蛍光染料としては、細胞の中でも損傷を受けた細胞を染める染料として知られているものを用いる。第1染料は、白血球を染めることはできるが、損傷を受けた白血球の染色性は生きた白血球と比較して悪く、集団化した細菌の蛍光信号強度と同じくらいで、これらの有形成分が同一試料中に存在した場合には弁別が困難であった。この欠点を補う染料として、EBのような損傷を受けた細胞を染める染料が使用可能であることが判明した。第2蛍光染料を使用することによって、損傷を受けた白血球は細菌よりも強く染色され、細菌の判別ができるようになった。
【0048】
また、本発明者らは、本発明で使用することができる赤色波長で励起可能な染料は、1種類でも前述と同様の結果が得られることを見いだした。
【0049】
さらに、本発明の試薬の電気伝導度を上記の範囲に設定することによって、円柱の検出が容易になる。つまり、精度良く円柱を検出するためには、前方散乱光と電気抵抗信号を測定するのが好ましい。特開平4−337459号公報では、円柱の検出を前方散乱光と前方蛍光とを測定することによって行っている。この方法では、円柱以外の有形成分が同時に出現するような検体では、必ずしも精度よく円柱を検出しているとはいえなかった。つまり、一部の硝子円柱と粘液糸は、ともに蛍光強度が弱く、長さも似かよっているので、弁別が困難なことがあった。そこで、前方散乱光と前方蛍光を測定するとともに、さらに電気抵抗信号を測定し、散乱光のパルス幅(長さ情報を反映)と抵抗波高値(体積情報を反映)との測定パラメータとを組み合わせることによって硝子円柱と粘液糸を精度よく検出できるようになる。また、封入物を含む円柱については、散乱光パルス幅と蛍光パルス幅とを組み合わせることによって検出することができる。
【0050】
【実施例】
本発明の尿中有形成分分析用試薬及びその試薬を用いた細胞分析方法の実施例を説明する。
【0051】
実施例1
以下の処方により希釈液及び染色液を調製した。



電気伝導度は5mS/cmであった。
【0052】



溶媒は、エチレングリコールを使用した。
【0053】
尿400μlを上記希釈液1160μlで希釈したのち、上記染色液40μl加え(希釈倍率4倍)、35℃,10秒間染色し、アルゴンレーザを光源とするフローサイトメータで前方散乱光と前方蛍光及び電気抵抗信号を測定した。なお、蛍光は側方(90°)蛍光を測定してもよい。図1及び図2に、酵母様真菌、白血球及び赤血球の出現した検体を用いて前方散乱光と前方蛍光とを測定したスキャッタグラムを示す。図1及び図2から明らかなように、上記実施例の試薬を用いた場合には、酵母様真菌、白血球及び赤血球が良好に分類されていることがわかる。なお、本発明の試薬を用いて、尿中の有形成分を測定した時のスキャッタグラムの模式図を図3に示す。
【0054】
また、上記実施例の試薬を用いて背後蛍光のある検体を測定した場合においても、細胞が強く染色されるため、背後蛍光の影響をうけることなく測定をすることが可能であった。
さらに、電気抵抗信号を測定すると、散乱光パルス幅と抵抗波高値との関係から、円柱(硝子円柱及び封入物を含んだ円柱)、粘液糸、上皮細胞等の比較的大型の有形成分をとらえ分類することが可能であった。スキャッタグラムの模式図を図4に示す。さらに、円柱の内、顆粒、赤血球、白血球等を含む円柱が出現した場合には、蛍光パルス幅と散乱光パルス幅とを組み合わせることにより、より確実に円柱を測定することが可能であった。スキャッタグラムの模式図を図5に示す。
【0055】
実施例2
プロピオン酸ナトリウムを210mOsm/kgになる量に加え、電気伝導度は7mS/cmであった以外、実施例1と同じ組成の試薬を用い、同じ操作を繰り返した。
結果は、実施例1と同様であった。
【0056】
実施例3
プロピオン酸ナトリウムを310mOsm/kg になる量に加え、電気伝導度は10mS/cmであった以外、実施例1と同じ組成の試薬を用い、同じ操作を繰り返した。
結果は、実施例1と同様であった。
【0057】
実施例4
以下の処方により希釈液及び染色液を調製した。



【0058】



溶媒は、エチレングリコールを使用した。
【0059】
尿400μlを上記希釈液1184μlで希釈したのち、上記染色液16μl加え、35℃,50秒間染色し、赤色半導体レーザを光源とするフローサイトメータで前方散乱光と前方蛍光とを測定した。
結果は、実施例1と同様であった。
【0060】



電気伝導度は10.7mS/cmであった。
【0061】



溶媒はエチレングリコールを使用した。
尿400μlを上記希釈液1160μlで希釈したのち、上記染色液40μl加え(希釈倍率4倍)、35℃,10秒間染色し、アルゴンレーザを光源とするフローサイトメータで前方散乱光と前方蛍光及び電気抵抗信号を測定した。図7及び図8に、前方散乱光と前方蛍光とを測定したスキャッタグラムを示す。図7及び図8から明らかなように、上記比較例の試薬を用いた場合には、酵母様真菌及び赤血球の染色性が悪く、これらを弁別することができなかった。
【0062】
また、上記比較例の試薬を用いて背後蛍光のある検体を測定した場合には、図9及び図10R>0に示したように、背後蛍光の影響をうけ、特に一部に全く測定をすることができない領域が発現し、分析ができなかった。
【0063】
さらに、上記実施例1の前方散乱光と前方蛍光とを測定する際には、比較例1を測定する際の約16.6%の検出器感度で測定を行っており、より感度の低い検出器を用いた場合にも、酵母様真菌、白血球及び赤血球が良好に分類されることが確認された。つまり、比較例1においては、赤血球の蛍光は非常に弱いために検出器感度を上げる必要があるが、本実施例の場合には、赤血球も強く染色されるために、より低い検出器感度を使用することができる。従って、背後蛍光が無視できる程度にまで検出器感度を低下して測定することが可能となった。
【0064】
【発明の効果】
本発明の尿中有形成分分析用試薬及びその試薬を用いた細胞分析方法によれば、
(1) 赤血球の染色性が向上し、結晶との分離が可能となった。
(2) 尿中に出現する種々の有形成分の染色性が向上するため、尿自身の背後蛍光の影響を無視できる程度まで蛍光検出用のフォトマル(PMT)感度を下げることができるようになった。
(3) 尿中に同時に多種の有形成分が出現しても、より精度よく弁別できるようになった。
(4) 円柱の弁別能力を向上させることができた。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の尿中有形成分分析用試薬を用いて尿中の有形成分を染色した際の前方散乱光と前方蛍光とを測定したスキャッタグラムを示す。
【図2】図1の拡大図である。
【図3】本発明の尿中有形成分分析用試薬を用いて尿中の有形成分を染色した際の前方散乱光と前方蛍光とを測定した場合のスキャッタグラムの模式図である。
【図4】本発明の尿中有形成分分析用試薬を用いて尿中の有形成分を染色した後に測定した電気抵抗信号の散乱光パルス幅と抵抗波高値との関係を示すスキャッタグラムの模式図である。
【図5】本発明の尿中有形成分分析用試薬を用いて尿中の有形成分を染色した後に測定した電気抵抗信号の散乱光パルス幅と蛍光パルス幅との関係を示すスキャッタグラムの模式図である。
【図6】本発明の尿中有形成分分析用試薬を用いて尿中の有形成分を測定する場合に好適に用いられるフローサイトメータを示す概略模式図である。
【図7】オーラミンOを含む尿中有形成分分析用試薬を用いて尿中の有形成分を染色した際の前方散乱光強度と前方蛍光強度とを測定したスキャッタグラムを示す。
【図8】図7の拡大図である。
【図9】オーラミンOを含む尿中有形成分分析用試薬を用いて背後蛍光のある尿中の有形成分を染色した際の前方散乱光強度と前方蛍光強度とを測定したスキャッタグラムを示す。
【図10】図9の拡大図である。
【符号の説明】
WBC 白血球
RBC 赤血球
YEAST 酵母様真菌

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i) pHを5.0〜9.0に保つための緩衝剤、
(ii)浸透圧を100mOsm/Kg〜600mOsm/Kgに保つための浸透圧補償剤、
(iii) 縮合ベンゼン誘導体系の第1染料、
(iv)損傷を受けた細胞を染色しうる第2蛍光染料、及び
(v) キレート剤
を含有することからなる、尿中の赤血球と酵母様真菌を弁別可能にする尿中有形成分分析用試薬。
【請求項2】
(i) pH5.09.0に保つための緩衝剤、
(ii)浸透圧を100mOsm/Kg600mOsm/Kgに保つための浸透圧補償剤、
(iii) 縮合ベンゼン誘導体系の第1染料、
(iv)損傷を受けた細胞を染色しうる第2蛍光染料、及び
(v) キレート剤
を含有することからなり、
電気伝導度が1〜10mScmに調整されている、尿中有形成分分析用試薬。
【請求項3】
第1染料が、下記式
【化1】



〔式中、Aは−O−,−S−又は−C(CH32 −、Rは低級アルキル基、Xはハロゲン、Yは−CH=又は−NH−、nは0又は1、Bは、
【化2】



(式中AとRは上記と同義である)
又は2つの低級アルコキシ基もしくは1つのジ低級アルキルアミノ基(この低級アルキルはシアノ基で置換されていてもよい)で置換されたフェニル基である。〕
から選ばれたものである請求項1又は2に記載の試薬。
【請求項4】
第2蛍光染料が、エチジウムブロマイド又はプロピジウムアイオダイドである請求項1〜3のいずれか1つに記載の試薬。
【請求項5】
キレート剤が、EDTA塩である請求項1〜4のいずれか1つに記載の試薬。
【請求項6】
(a)第1染料と第2蛍光染料とを含有する染色液と
(b)緩衝剤、浸透圧補償剤及びキレート剤とを含有する希釈液
との2液の形態である請求項1〜5のいずれか1つに記載の試薬。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1つに記載の試薬を尿と混合して尿中の所望の有形成分を染色し、前記染色された尿中の有形成分に励起光を照射し、該有形成分からの散乱光と蛍光を測定することにより尿中の有形成分を分析する有形成分分析方法。
【請求項8】
尿中の有形成分を染色した後、さらに電気抵抗を測定する請求項7に記載の方法。
【請求項9】
分析用試薬を予め保温した後、尿に混合する請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
(I) pHを5.0〜9.0に保つための緩衝剤、
(II)浸透圧を100mOsm/Kg〜600mOsm/Kgに保つための浸透圧補償剤、
(III) 赤色波長で励起可能な染料、
(IV)キレート剤
を含有することからなる、尿中の赤血球と酵母様真菌を弁別可能にする尿中有形成分分析用試薬。
【請求項11】
(I) pH5.09.0に保つための緩衝剤、
(II)浸透圧を100mOsm/Kg600mOsm/Kgに保つための浸透圧補償剤、
(III) 赤色波長で励起可能な染料、
(IV)キレート剤
を含有することからなり、
電気伝導度が1〜10mScmに調整されている、尿中有形成分分析用試薬。
【請求項12】
赤色波長で励起可能な染料が、
【化3】



【化4】



【化5】



【化6】



【化7】



【化8】



からなる群から選ばれた少なくとも1種である請求項10又は11に記載の試薬。
【請求項13】
キレート剤が、EDTA塩である請求項10〜12のいずれか1つに記載の試薬。
【請求項14】
(a)赤色波長で励起可能な染料を含有する染色液と
(b)緩衝剤、浸透圧補償剤及びキレート剤とを含有する希釈液
との2液の形態である請求項10〜13のいずれか1つに記載の試薬。
【請求項15】
請求項10〜14のいずれか1つに記載の試薬を尿と混合して尿中の所望の有形成分を染色し、前記染色された尿中の有形成分に励起光を照射し、該有形成分からの散乱光と蛍光を測定することにより尿中の有形成分を分析する有形成分分析方法。
【請求項16】
尿中の有形成分を染色した後、さらに電気抵抗を測定する請求項15記載の方法。
【請求項17】
分析用試薬を予め保温した後、尿に混合する請求項15又は16記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【特許番号】特許第3580615号(P3580615)
【登録日】平成16年7月30日(2004.7.30)
【発行日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−267454
【出願日】平成7年10月16日(1995.10.16)
【公開番号】特開平8−170960
【公開日】平成8年7月2日(1996.7.2)
【審査請求日】平成14年10月8日(2002.10.8)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【参考文献】
【文献】特開平04−337459(JP,A)
【文献】特開平05−040118(JP,A)
【文献】特開昭53−141695(JP,A)
【文献】特開平05−034251(JP,A)
【文献】特開平 4−118557(JP,A)
【文献】特開平 6−213885(JP,A)
【文献】特開平 5−249104(JP,A)
【文献】特開昭63− 70166(JP,A)