説明

尿沈渣染色試薬およびその調製方法

【構成】 この発明に係る尿沈渣染色試薬は、アルシアンブルー(Alcian blue)、ピロニンB(PyroninB) 、および浸透圧上昇物質を含有した水溶液よりなるものとしている。
【効果】 この発明に係る尿沈渣染色試薬は、赤血球溶血による赤血球数の算定が不正確になるということはなく、また尿中有形成分の視認性にも優れており、日常検査に用いる尿沈渣染色試薬として有用性の高いものとなった。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、細胞成分や円柱などの尿沈渣の染色試薬、およびその染色試薬の調製方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来の尿沈渣染色試薬には、ステルンハイマー(Sternheimer) 染色試薬、変法ステルンハイマー(New Sternheimer) 染色試薬、ステルンハイマー・マルビン(Sternheimer-Malbin)染色試薬などが存在する。ステルンハイマー染色試薬は、2%ナショナルファーストブルー (National fast blue) 水溶液のI液と、1.5 %ピロニンB(PyroninB) 水溶液のII液とからなり、この染色試薬を調製するには、I液とII液を1:1の割合で混合していた。
【0003】変法ステルンハイマー染色試薬は、2%アルシアンブルー(Alcian blue)水溶液のI液と、1.5 %ピロニンB(PyroninB) 水溶液のII液とからなり、この染色試薬を調製するには、I液とII液を2:1の割合で混合していた。ステルンハイマー・マルビン染色試薬は、クリスタル紫 3.0gを95%エチルアルコール 20.0ml に溶解し、これにシュウ酸アンモニウム 0.8gを添加して精製水 80.0ml で希釈してなるI液と、サフラニンO 0.25 gを95%エチルアルコール 10.0ml に溶解し、これを精製水 100.0mlで希釈してなるII液とからなり、この染色試薬を調製するには、I液とII液を3:97の割合で混合していた。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】ステルンハイマー染色試薬および変法ステルンハイマー染色試薬を用いた尿沈渣の染色法は、尿中有形成分の視認性に優れた有用性の高い超生体染色法であるが、いくつかの課題を有しており、その中でも赤血球溶血作用による赤血球数の算定が不正確になるという大きな課題を有していた。
【0005】ステルンハイマー・マルビン染色試薬を用いた尿沈渣の染色法は、白血球の核の染め分けについて上記染色法より劣るという課題を有していた。また、ステルンハイマー・マルビン染色試薬の調製は、I液とII液を混合する割合が掛け離れているので、調製無駄が生じるという課題を有していた。そこで、この発明は、上記ステルンハイマー染色試薬、変法ステルンハイマー染色試薬、およびステルンハイマー・マルビン染色試薬、ならびにこれらの染色試薬を用いた尿沈渣の染色法が有する課題を解決することを目的としてなされたものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】この発明に係る尿沈渣染色試薬は、アルシアンブルー(Alcian blue)、ピロニンB(PyroninB)、および浸透圧上昇物質を含有した水溶液よりなるものとしている。前記アルシアンブルー(Alcian blue)の濃度は、約0.7 〜1.3 %とするのが好ましく、ピロニンB(PyroninB) の濃度は、約0.4 〜0.5 %とするのが好ましい。さらに、前記尿沈渣染色試薬水溶液のpHは、約5.0 とするのが好ましい。
【0007】浸透圧上昇物質としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、単糖類、二糖類、エチレンジアミン四酢酸塩など用いることができる。エチレンジアミン四酢酸塩を用いた場合は、その濃度を約4%とすれば、尿沈渣染色の際に赤血球の浸透圧を最適な値 (280 〜285osm) に上昇させることができる。また、このエチレンジアミン四酢酸塩を用いた場合は、尿中に析出してくる塩類を溶解させることができる。
【0008】この発明に係る尿沈渣染色試薬の調製方法は、約1〜2.0%アルシアンブルー(Alcian blue)水溶液2容量と約1.2 〜1.5 %ピロニンB(PyroninB) 水溶液1容量とを混合し、この混合溶液に約4%の割合になるようにエチレンジアミン四酢酸塩を添加し、さらにこの混合溶液のpHを約5.0 にしている。この発明に係る尿沈渣染色試薬の最適なpHとエチレンジアミン四酢酸塩の濃度を決定するに当たって、次に示す実験を行った。実験結果は、表1〜3、表4〜5、および図1に示した。
【0009】実験1.
(実験方法)先ず、生理食塩水に健常人全血を加えた試料 100μlに、以下に示す各サンプルを20μl(無染色は生理食塩水20μl)添加し、添加5分後、10分後、および30分後の赤血球数をノウバウエル計算盤(N=10)により算定した。
【0010】次に、濾過健常人プール尿に健常人全血を加えた試料 200μlに、以下に示す各サンプルを20μl(無染色は生理食塩水20μl)添加し、添加10分後の赤血球数をノウバウエル計算盤(N=20)により算定した。
各サンプルの組成(なお、pH調節は水酸化ナトリウムにより行った)
サンプル1…pHを3.65とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを2%含有し、1.6 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.2 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル2…pHを5.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを2%含有し、1.6 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.2 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル3…pHを6.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを2%含有し、1.6 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.2 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル4…pHを3.90とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、1.6 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.2 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル5…pHを5.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、1.6 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.2 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル6…pHを6.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、1.6 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.2 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル7…ステルンハイマー染色試薬サンプル8…ステルンハイマー・マルビン染色試薬(実験結果)表1〜3、図1よりサンプル2および5は、溶血作用が少ないことが確認できた。また、表4〜5よりサンプル5は、無染色(対照)との回帰式、相関係数が最も良好であった。
【0011】以上によりサンプル5が最適なpHおよびエチレンジアミン四酢酸塩の含有濃度であった。
【0012】
【表1】


【0013】
【表2】


【0014】
【表3】


【0015】
【表4】


【0016】
【表5】


【0017】この発明に係る尿沈渣染色試薬の最適なアルシアンブルー水溶液の濃度を決定するに当たって、次に示す実験を行った。実験結果は、表6に示した。
実験2.
(実験方法)以下に示す各サンプルを1滴を日常検査の尿沈渣200 μlに滴下し、滴下10分後に有形成分の染色性を観察した。
【0018】各サンプルの組成サンプル9…pHを5.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、2.0 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.5 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル10…pHを5.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、1.0 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.5 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル11…pHを5.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、0.75%のアルシアンブルー水溶液2容量と1.5 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬サンプル12…pHを5.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、0.5 %のアルシアンブルー水溶液2容量と1.5 %のピロニンB水溶液1容量とを混合した染色試薬(実験結果)表6に示すように、白血球の核、移行上皮細胞の核、硝子円柱、粘液糸の染色性に注目して観察した結果、サンプル10が最も鏡検し易く、サンプル9が次に鏡検し易い染色性であった。また、何れのサンプルもエチレンジアミン四酢酸の添加やpH調節による塩類の消失や変形、赤血球塊の形成などは顕著に観察されなかった。
【0019】
【表6】


【0020】
【作用】この発明に係る尿沈渣染色試薬は、尿沈渣染色に用いた場合、浸透圧上昇物質の含有により、赤血球の浸透圧を適当な値に上昇させ、赤血球の溶血作用を防止することができる。
【0021】
【実施例】以下、この発明を実施例に基づいて、さらに詳細に説明する。
実施例1.pHを5.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、アルシアンブルーを0.67%含有し、ピロニンBを0.5%含有した水溶液よりなる染色試薬を、以下のようにして調製した。
【0022】アルシアンブルー1.0 gを精製水100ml に、ピロニンB0.75gを精製水50mlにそれぞれ溶解し、両溶液を混合する。この混合溶液にエチレンジアミン四酢酸二カリウム6gを添加する。そして、この混合溶液に少量の水酸化ナトリウムを添加し混合溶液のpHを5.0に調製した。上記染色試薬(無染色は生理食塩水20μl)20μlを、濾過健常人プール尿に健常人全血を加えた試料 200μlに添加し、添加10分後および30分後の赤血球数をノウバウエル計算盤(N=20)により算定した。算定結果は表7〜8に示した。また、添加10分後の赤血球数が、無染色と比較して統計学的有意差(Wilcoxon検定:P<0.05)が認められるか否かを算出したところ、統計学的有意差は認められなかった。
実施例2.pHを5.0 とし、エチレンジアミン四酢酸二カリウムを4%含有し、アルシアンブルーを1.33%含有し、ピロニンB水溶液を0.5 %含有した水溶液よりなる染色試薬を、以下のようにして調製した。
【0023】アルシアンブルー2.0 gを精製水100ml に、ピロニンB0.75gを精製水50mlにそれぞれ溶解し、両溶液を混合する。この混合溶液にエチレンジアミン四酢酸二カリウム6gを添加する。そして、この混合溶液に少量の水酸化ナトリウムを添加し混合溶液のpHを5.0に調節した。上記染色試薬(無染色は生理食塩水20μl)20μlを、濾過健常人プール尿に健常人全血を加えた試料 200μlに添加し、添加10分後および30分後の赤血球数をノウバウエル計算盤(N=20)により算定した。算定結果は表7〜8に示した。また、添加10分後の赤血球数が、無染色と比較して統計学的有意差(Wilcoxon検定:P<0.05)が認められるか否かを算出したところ、統計学的有意差は認められなかった。
比較例1.ステルンハイマー染色試薬を、以下のようにして調製した。
【0024】アルシアンブルー 2.0gを精製水100.0ml に溶解したものをI液とする。ピロニンB 1.5gを精製水100.0ml に溶解したものをII液とする。そして、I液の100.0ml とII液の50.0mlを混合する。上記染色試薬(無染色は生理食塩水20μl)20μlを、濾過健常人プール尿に健常人全血を加えた試料 200μlに添加し、添加10分後および30分後の赤血球数をノウバウエル計算盤(N=20)により算定した。算定結果は表7〜8に示した。また、添加10分後の赤血球数が、無染色と比較して統計学的有意差(Wilcoxon検定:P<0.05)が認められるか否かを算出したところ、統計学的有意差が認められた。
比較例2市販のM社製ステルンハイマー染色試薬(無染色は生理食塩水20μl)20μlを、濾過健常人プール尿に健常人全血を加えた試料 200μlに添加し、添加10分後および30分後の赤血球数をノウバウエル計算盤(N=20)により算定した。算定結果は表7〜8に示した。また、添加10分後の赤血球数が、無染色と比較して統計学的有意差(Wilcoxon検定:P<0.05)が認められるか否かを算出したところ、統計学的有意差が認められた。
比較例3市販のK社製ステルンハイマー染色試薬(無染色は生理食塩水20μl)20μlを、濾過健常人プール尿に健常人全血を加えた試料 200μlに添加し、添加10分後および30分後の赤血球数をノウバウエル計算盤(N=20)により算定した。算定結果は表7〜8に示した。また、添加10分後の赤血球数が、無染色と比較して統計学的有意差(Wilcoxon検定:P<0.05)が認められるか否かを算出したところ、統計学的有意差が認められた。
比較例4.ステルンハイマー・マルビン染色試薬を、以下のようにして調製した。
【0025】クリスタル紫 3.0gを95%エチルアルコール 20.0ml に溶解し、これにシュウ酸アンモニウム 0.8gを添加して精製水 80.0ml で希釈したものをI液とする。サフラニンO 0.25 gを95%エチルアルコール 10.0ml に溶解し、これを精製水100.0ml で希釈したものをII液とする。そして、I液の 3.0mlとII液の97.0mlを混合する。
【0026】上記染色試薬(無染色は生理食塩水20μl)20μlを、濾過健常人プール尿に健常人全血を加えた試料 200μlに添加し、添加10分後および30分後の赤血球数をノウバウエル計算盤(N=20)により算定した。算定結果は表7〜8に示した。また、添加10分後の赤血球数が、無染色と比較して統計学的有意差(Wilcoxon検定:P<0.05)が認められるか否かを算出したところ、統計学的有意差は認められなかった。
【0027】
【表7】


【0028】
【表8】


【0029】
【発明の効果】この発明に係る尿沈渣染色試薬は、尿沈渣染色に用いた場合、赤血球の溶血作用を防止することができるので、赤血球溶血による赤血球数の算定が不正確になるということはなく、また尿中有形成分の視認性にも優れており、日常検査に用いる尿沈渣染色試薬として有用性の高いものとなった。
【0030】また、この発明に係る尿沈渣染色試薬の調製方法は、ステルンハイマー・マルビン染色試薬の調製方法と比較して調製無駄が生じないものとなった。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明に係る尿沈渣染色試薬および従来の尿沈渣染色試薬の尿沈渣染色試料への添加経過時間と赤血球数の増減率を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 アルシアンブルー(Alcian blue)、ピロニンB(PyroninB)、および浸透圧上昇物質を含有した水溶液よりなることを特徴とする尿沈渣染色試薬。
【請求項2】 アルシアンブルー(Alcian blue)の濃度を約0.7 〜1.3 %、ピロニンB(PyroninB) の濃度を約0.4 〜0.5 %としたことを特徴とする請求項1記載の尿沈渣染色試薬。
【請求項3】 水溶液のpHを約5.0 としたことを特徴とする請求項1または2記載の尿沈渣染色試薬。
【請求項4】 浸透圧上昇物質として、エチレンジアミン四酢酸塩を用いたことを特徴とする請求項1、2、または3記載の尿沈渣染色試薬。
【請求項5】 エチレンジアミン四酢酸塩の濃度を約4%としたことを特徴とする請求項4記載の尿沈渣染色試薬。
【請求項6】 約1〜2.0 %アルシアンブルー(Alcian blue)水溶液2容量と約1.2 〜1.5 %ピロニンB(PyroninB) 水溶液1容量とを混合し、この混合溶液に約4%の割合になるようにエチレンジアミン四酢酸塩を添加し、さらにこの混合溶液のpHを約5.0 にすることを特徴とする尿沈渣染色試薬の調製方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開平5−40118
【公開日】平成5年(1993)2月19日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−196480
【出願日】平成3年(1991)8月6日
【出願人】(000186588)小林製薬株式会社 (518)