説明

尿路系腫瘍の判定システム

【課題】がんや腫瘍について、薬剤を投与することなく、腫瘍が生じている組織により特異的に検出される化合物を異性体レベルで特異的に検出することで、容易に早期発見、治療効果のモニタリング、予後の診断等をすることができる腫瘍判定システムを開発する。
【解決手段】被検尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIの検出量が、陰性対照正常者尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIの検出量よりも有意に高い場合は、被検尿試料を採取した被検者が尿路系腫瘍患者であると評価することにより、尿路系腫瘍の患者と健常者とを選別するために有効であり、尿路系腫瘍の早期発見や治療効果のモニタリングや、予後の再判定に用いることができることを確認した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検者の尿から、コプロポルフィリンIを有意に検出することにより、尿路系腫瘍を判定するシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
わが国においては、食生活の欧米化に伴いがんは増加傾向にある。がんは早期に発見されればほぼ100%完治するとされているが、初期段階では自覚症状がないため早期発見が必要であり、そのために主として血中の腫瘍マーカーと総称される物質を測定することによって検査することが一般的に行われている。腫瘍マーカーとは、「がん細胞をつくる物質、又はがん細胞と反応して体内の正常細胞がつくる物質のうちで、それらを血液や組織、排泄物(尿・便)などで検査することが、がんの診断または治療の目印として役立つもの」と定義される場合もある。
【0003】
例えば、がんの診断を支援する方法であって、患者のサンプル尿を用意するステップと、前記サンプル尿中の分子量約7500〜8500の蛋白質のマーカーを検出するステップと、前記マーカー又は前記マーカーの量を可能性のあるがんと対応付けるステップと、を備えるがんの診断支援方法(特許文献1参照)や、膀胱がんを有していると疑われる被験者から採取したサンプル中の検出されたヒトHURP遺伝子の発現の有無により膀胱がんの検出方法(特許文献2参照)が提案されている。
【0004】
一方、5−アミノレブリン酸(以下「δ−アミノレブリン酸」又は「ALA」ともいう)は、色素生合成経路におけるポルフィリン類の原料として知られており、動物や植物や菌類に広く存在し、5−アミノレブリン酸シンセターゼにより、スクシニルCoAとグリシンとから生合成されてポルフィリン類に通常誘導されるが、ALA、その誘導体又はそれらの塩を含有する腫瘍診断剤であって、該腫瘍診断剤を投与後、体内又は体外から採取した試料中のプロトポルフィリンIX、ウロポルフィリンI、ウロポルフィリンIII、コプロポルフィリンI、コプロポルフィリンIII、ヘプタカルボキシルポルフィリンI、ヘプタカルボキシルポルフィリンIII、ヘキサカルボキシルポルフィリンI、ヘキサカルボキシルポルフィリンIII、ペンタカルボキシルポルフィリンI、ペンタカルボキシルポルフィリンIII、イソコプロポルフィリン、ハルデロポルフィリン、イソハルデロポルフィリン、メソポルフィリンIX、デューテロポルフィリンIX又はペンプトポルフィリン等のポルフィリン類を測定することにより診断する腫瘍の有無を判定することを目的とした腫瘍診断剤(特許文献3参照)が提案されている。
【0005】
上記ポルフィリン類は、4つのピロールからなる環状構造を有する有機化合物の誘導体の総称であって、生体組織内で、ヘム代謝系におけるヘム合成の中間体として重要な役割を有するが、ヘム代謝系の異常は、各型のポルフィリン症、鉛中毒、ある種の貧血等にみられ、赤血球・血漿・尿・糞便などにヘム代謝系の中間代謝物が異常に増加し、ポルフィリン類も尿中に排出されることが知られている。
【0006】
また、ALA等未投与の、自然糞便中のプロトポルフィリンまたはその関連化合物ないしは誘導体の存在を検出することを含む、大腸腫瘍の診断方法(特許文献4)や、糞便等の試料中のプロトポルフィリン類の免疫学的検出方法(特許文献5)が提案されている。
【0007】
さらに、尿中のポルフィリン類のうち、コプロポルフィリンについては、各異性体についての検出についての研究において、赤芽球性プロトポルフィリン症の肝障害においてコプロポルフィリンの一異性体であるコプロポルフィリンIが増加する報告はあるが、疾病が、腫瘍である場合等についての詳細な報告はなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−279578号公報
【特許文献2】特開2004−248508号公報
【特許文献3】特開2006−124372号公報
【特許文献4】特開2006−284298号公報
【特許文献5】特開2008−89358号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】近藤雅雄, ポルフィリン, 1, 51 (1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記各種腫瘍検出方法では、投与するδ−アミノレブリン酸の誘導体の種類によっては、重篤な副作用が生じるおそれがあり、がん以外の疾病によっても試料中に各種のポルフィリン類が検出されるなど特異性の点で問題があり、早期に、確実に、がんが発生している組織を検出、確認することは困難な場合があった。
【0011】
本発明の課題は、がんや腫瘍について、薬剤を投与することなく、腫瘍が生じている組織により特異的に検出される化合物を異性体レベルで特異的に検出することで、容易に早期発見、治療効果のモニタリング、予後の診断等をすることができる腫瘍判定システムを開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、ヘム合成の中間体としてのポルフィリン前駆体であるALA等の薬剤を未投与のがん患者の尿から検出されるポルフィリン類を詳細に検討した結果、ポルフィリン類の中でも特にコプロポルフィリンIが、尿路系腫瘍の患者に特異的に検出されることを見い出し、さらに、被検尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIの検出量が、陰性対照正常者尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIの検出量よりも有意に高い場合は、被検尿試料を採取した被検者が尿路系腫瘍患者であると評価することにより、尿路系腫瘍の患者と健常者とを選別するために有効であり、尿路系腫瘍の早期発見や治療効果のモニタリングや、予後の再判定に用いることができることを確認して、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0013】
本発明の腫瘍の判定システムによれば、尿路系腫瘍についてコプロポルフィリンIを有意に検出することにより、容易に、腫瘍の早期発見、治療効果のモニタリング、予後の判定等をすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の尿路系腫瘍の判定システムとしては、被検尿試料中のコプロポルフィリンIを検出する手段を有するものであれば特に制限されず、また、本発明の尿路系腫瘍の判定方法としては、本発明の尿路系腫瘍の判定システムを用いて、被検尿試料中のコプロポルフィリンIを検出する方法であれば特に制限されず、本発明の判定システムや判定方法を利用すると、被検尿試料中に、生体内でヘム合成に至る中間体であるポルフィリン類の一種であるコプロポルフィリンの一異性体であるコプロポルフィリンIが有意に高く検出される被検者は、尿路系腫瘍を有している危険性が高いと判定することができる。
【0015】
本発明のシステムにおける尿路系腫瘍としては、膀胱、尿道、尿管等の尿路系に属する組織に由来するがんであれば特に制限されず、具体的には、膀胱がん、前立腺がん、腎臓がん、尿路上皮がん等の浸潤性に増殖し転移性を示す悪性腫瘍や、非悪性腫瘍を挙げることができる。なお、本明細書中においては、「がん」と「腫瘍」は同じ意味に用いられる。
【0016】
本発明の判定システムで使用される被検尿試料としては、被検者から採取された尿であって、生体においてヘム生合成の原料や中間体である5−アミノレブリン酸等(ポルフィリン関連化合物)を投与されずに排泄された尿を採取した試料を好適に挙げることができ、採取直後に被検尿試料として本発明の判定システムのために使用されることが好ましいが、保管後に使用する場合には、ポルフィリン関連化合物は光と温度により影響を受けやすいので、遮光条件下で保存されることが好ましく、保存温度としては25〜4℃が好ましく、10〜4℃がより好ましく、中でも4℃が特に好ましい。
【0017】
本発明の判定システムで使用される被検尿試料中のコプロポルフィリンIの検出手段としては、コプロポルフィリンIのHPLC蛍光検出のための手段(機器や試薬)、コプロポルフィリンIの免疫学的測定のための手段(機器や試薬)等を例示することができる。
【0018】
上記HPLC蛍光検出において、コプロポルフィリンIは、励起波長が350〜500nmで蛍光波長が550〜750nm、好ましくは、励起波長が380〜450nmで蛍光波長が590〜700nm、より好ましくは、励起波長が400〜420nmで蛍光波長が600〜650nm、さらに好ましくは、励起波長が405〜415nmで蛍光波長が605〜615nmで検出することができる。具体的には、被検尿試料200μLに0.08%ヨウ素−酢酸混合溶液(1/1,V/V)を200μL添加し、ボルテックスで混合後、15000rpmで5分間遠心後、採取した上清40μLをHPLC機器(Shimadzu LC−10A VP)に注入し、流速1.0ml/min、温度40℃の条件下でHPLC分析を行い、コプロポルフィリンIの検出をShimadzu RF−10AXL蛍光検出器を用いて、励起波長406nm、蛍光波長609nmで行い、標準液のピーク面積から濃度を算出する方法を例示することができる。
【0019】
上記免疫学的測定には、コプロポルフィリンIに特異的に結合する分子を用いるRIA法、ELISA法、蛍光抗体法等の公知の免疫学的測定法を用いることができ、コプロポルフィリンIに特異的に結合する分子としては、具体的には、コプロポルフィリンIに特異的に結合し、他のポルフィリン類やヘムと交差反応しない抗体を好ましく例示することができるが、ポルフィリン類はハプテンとして機能するので、これらの化合物と免疫原性物質とのコンジュゲートであってもよい。かかる抗体としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体、2つのエピトープを同時に認識することができる二機能性抗体等を例示することができ、また、これら抗体のFab断片やF(ab’)断片等も使用しうるが、モノクローナル抗体を用いることが好ましい。これら抗体は、慣用のプロトコールを用いて作製することができる。コプロポルフィリンIに特異的に結合する分子は、適当な標識剤により標識されていてもよい。
【0020】
本発明の判定システムや判定方法には、被検尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIを検出した後に、検出結果を評価するシステムや工程を含んでいてもよい。検出結果の評価は、正常人や尿路系腫瘍患者の生体尿試料におけるコプロポルフィリンIの検出結果を基準として行うことができる。具体的には、(i)被検尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIの検出量が、陰性対照正常者尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIの検出量(基準量)よりも有意に高い場合、例えば、50.903nmol/gCRE以上の場合は、被検尿試料を採取した被検者が尿路系腫瘍患者であると判定することができ、(ii)被検尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIの検出量が、陽性対照尿路系腫瘍患者尿試料中に存在する、コプロポルフィリンIの検出量(基準量)よりも有意に低い場合、例えば、21.5nmol/gCRE以下の場合は、被検尿試料を採取した被検者が正常者であると判定することができる。
【0021】
本発明の尿路系腫瘍判定キットとしては、コプロポルフィリンIに特異的に結合する分子、又はそれらの標識物を備えたキットであれば特に制限されず、コプロポルフィリンIに特異的に結合する分子が、少なくとも1つ以上固定化されているマイクロアレイ又はマイクロチップを備えたキット等を例示することができ、このキットを用いることにより、尿路系腫瘍の判定を行うことができる。上記分子としては、常法により作製された抗体等を好ましく例示することができる。また、上記尿路系腫瘍判定キットとしては、他の試薬等が含まれていてもよい。
【0022】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに何ら限定されない。
【実施例1】
【0023】
[ポルフィリン類の標準溶液]
ポルフィリン類の標準溶液としては以下の試薬を使用した。すなわち、ウロポルフィリンI(以下、UroIと略),及びコプロポルフィリンI(以下、CoproIと略)は、Porphyrin Acid Chromatographic Marker kit(Porphyrin Products社製)に備えられている試薬を使用した。ウロポルフィリンIII(以下、UroIIIと略)及びコプロポルフィリンIII(以下、CoproIIIと略)は、Frontier Scientific, Inc.より購入した。アセトニトリルはHPLC用、その他はすべて試薬特級品を使用した。
【0024】
[蛍光HPLC分析]
ヒト健常人12人と膀胱がん患者31人の尿を各0.2mL採取し、被検尿試料とした。被検尿試料200μLに0.08%ヨウ素−酢酸混合溶液(1/1,V/V)を200μL添加し、ボルテックスで混合後、15000rpmで5分間遠心した。遠心後、上清を採取し、各40μLをHPLC機器に注入した。システムはShimadzu LC-10A VP(カラムはShiseido CAPCELL PAK C18 AG120、検出器はRF-10AXL蛍光検出器(Ex.406nm、Em.609nm))を用いた。移動相はA液:12.5%アセトニトリル・1M酢酸アンモニウム混合液(pH5.15)、B液:80%アセトニトリル・50mM酢酸アンモニウム混合液(pH5.15)を用い、A液で5分間holdし、A/B(100/0)−A/B(65/35)35分Linearグラジェント、A/B(65/35)−A/B(0/100)1分Linearグラジェント、B液で9分間holdし、A/B(0/100)−A/B(100/0)1分Linearグラジェント、A液で9分間holdした。測定は、流速1.0ml/min、温度40℃で行った。各被検尿試料を測定し、各ポルフィリン類の標準溶液のピーク面積から各試料の濃度を算出した。
【0025】
膀胱がん患者と健常人の被検尿試料の各ポルフィリン類の濃度の平均値の比較を、統計解析ソフトspssを用いて、等分散を仮定しない場合のt検定で行った。その結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
[結果]
がん患者(31例)と健常人(12例)のUroI、UroIII、CoproI、CoproIIIを測定した結果、CoproIの量が、陰性対照正常者尿試料中に存在するCoproIの量よりも高く、有意確率(両側)が0.004であって、0.05以下であったので、有意差があることを確認することができた(表1参照)。すなわち、CoproIを測定することにより、尿路系腫瘍患者と健常人とを明確に分けることが可能となり、尿中のCoproI(コプロポルフィリンI)が50.903nmol/gCRE以上である被検者は、腫瘍を有している危険性が高いと判定することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検尿試料中のコプロポルフィリンIの検出手段を有することを特徴とする尿路系腫瘍の判定システム。
【請求項2】
尿路系腫瘍が、膀胱がん、前立腺がん、腎臓がん、又は尿路上皮がんであることを特徴とする請求項1記載の判定システム。
【請求項3】
コプロポルフィリンIの検出手段が、HPLC蛍光検出手段又は免疫学的測定手段であることを特徴とする請求項1又は2記載の判定システム。
【請求項4】
被検尿試料中のコプロポルフィリンIを検出することを特徴とする尿路系腫瘍の判定方法。
【請求項5】
尿路系腫瘍が、膀胱がん、前立腺がん、腎臓がん、又は尿路上皮がんであることを特徴とする請求項4記載の判定方法。
【請求項6】
HPLC蛍光検出手段又は免疫学的測定手段を用いて、コプロポルフィリンIを測定することを特徴とする請求項4又は5記載の判定方法。