説明

局在プラズモン共鳴センサ

【課題】金属微細構造を持つ局在プラズモン共鳴センサにおいて、誘電体基板と金属微細構造の間に挿入される導電層または密着層を除去することなく、安定した特性を持つセンサを提供する。
【解決手段】上記導電層または密着層2を酸化処理により誘電体化7する。酸化処理にはたとえば加熱処理を用いることができる。加熱処理では、金属微細構造6が変形または変形しない程度の加熱を、大気中、または酸素雰囲気もしくは酸素を含むガス雰囲気において行い、導電層または密着層2を熱酸化させて酸化層つまり誘電体層7に変化させる。具体的加熱条件は導電層または密着層としての金属ないし半導体の材料や膜厚などによって設定され、加熱温度についてはたとえば100〜500℃、特に200〜300℃が好ましく、たとえば、1nm厚のCr層の場合で、300℃、3時間の加熱を大気中で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、局在表面プラズモン共鳴現象を利用した化学センサに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、石英やガラスなど光学的に透明または半透明の誘電体基材の上に、金Auや銀Agといった金属の微細構造を設け、これに紫外〜近赤外の光を照射したときに起きる局在表面プラズモン共鳴(Local Surface Plasmon Resonance)現象を利用した化学センサが提案されている(特許文献1−3参照)。局在表面プラズモン共鳴は、基板表面近傍に存在する媒質との相互作用により光学特性が変化する現象であり、この光学特性の変化を用いて化学センサとする。
【0003】
特許文献1には、金属微粒子を分散させたガラス基板の透過率を測定することでセンサとすることが開示されている。
【0004】
特許文献2には、リソグラフィ法を用いたセンサについて開示されており、このセンサは、石英基板に金属膜を形成し、ネガ型レジストを用いた電子線リソグラフィとドライエッチングを用いてナノドットアレイを形成するもので、この基板に可視〜近赤外域の光線を照射することで局在プラズモン共鳴を誘発し、これを化学センサとするものである。金属膜には厚さ50nm(10〜200nm)のAu膜を用いており、このAu膜と石英基板の間に接着(バインダー)膜として厚さ5nmのTi膜層が設けられている。また、狭ピッチに配置された2〜3個のナノドットを1つのユニットとし、各ユニットを千鳥格子状に配置したことを特徴としている。
【0005】
特許文献3には、特許文献2と同様にリソグラフィ法を用いて作製したセンサが開示されている。このセンサは、金属微粒子の代わりに金属薄膜に開口した基板を用いてセンサとしている。
【0006】
これらの、Au微細構造を持つセンサの局在表面プラズモン共鳴現象を透過率で表現した場合には、次の特長が見られる。
・可視域にピークを持ち、可視域〜近紫外域にディップを持つ。
・センサに接する媒質の透過率(屈折率)によってピークおよびディップの位置および強度が変化する。
・センサに接する媒質の誘電率が大きいほどピークおよびディップの位置が長波長側にシフトする(レッドシフト)。
・可視域のピークは波長500nm〜700nmの限定された範囲に表出する。
・可視域〜近赤外域のディップの位置は微細構造の大きさと間隔に大きく左右されるとともに、基板に接する媒質の誘電率によっても大きく左右される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3452837号
【特許文献2】特開2007−218900号公報
【特許文献3】特許第3897703号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、Au微細構造における可視〜近赤外のディップは媒質変化に対する感度が高いのにも関わらず、センサ応用の試みがあまりなされていない。センサ応用がなされていない理由の一つには、可視〜近赤外のディップの位置および強度を安定的に得ることが難しいこと、端的には特性がばらつき易いことがあげられる。このばらつきには次のものがある。
1.共鳴波長における吸収スペクトルの半値幅のばらつき。
2.共鳴波長のばらつき。
3.共鳴波長における吸収の強度のばらつき。
【0009】
吸収のばらつきは、特許文献3に記載されているように金属微細構造の不均一性によるものが大きい。これを解決する手段としては特許文献2および3に記載されているリソグラフィ技術の適用がある。リソグラフィ技術を適用することで、ナノドットやナノホール、ナノディスクといった微細構造を正確かつ均一に配置することが可能となる。
【0010】
しかしながら、特許文献2および3に記載されている微細構造の作製工程は、リソグラフィにエッチング技術を組み合わせたものであり、リソグラフィ法を用いた工程では、品質が不安定で且つ製品寿命が短く、入手が困難なネガ型レジストを使用しているので実現が難しいという欠点がある。しかも、金属微細構造の上部に残ったレジストがドライエッチング工程で用いられるプラズマにより変成し、残渣を除去しきれない場合があり、センサの性能を低下させてしまう問題があった。
【0011】
その一方、エッチング法の代わりにリソグラフィに組み合わせる技術として、リフトオフ法がある。リフトオフ法は、リソグラフィ法で開口させたレジストの上に金属膜を蒸着などの手法で堆積し、レジストを除去することでレジスト開口部にのみ金属膜を残し、金属微細構造を作る方法である。図1はこの一例を示している。一例では、石英基板1上に設けられたクロムCr層2上にポジ型の電子線レジスト3を塗布し、このレジスト3に電子線リソグラフィによってナノホールアレイ4を形成させ、次いでこの上にAu膜5を蒸着させた後、レジスト3を余分なAu膜5とともに除去する。これによってナノホールアレイ4内にのみAuが残り、Au微細構造6が作られる。以上のリフトオフ法では、入手が容易で性能寿命が長く、解像度の高いポジ型レジストを用いているため、安定した微細構造を容易に得ることができる。
【0012】
リフトオフ法を用いることで微細構造を得ることができるが、この方法で作られた局在プラズモン共鳴センサでは、誘電体基板(図1中の1)と金属微細構造(図1中の6)の間に挿入される極薄い金属層(図1中の2)が、センサ特性に大きな影響を与えてしまう問題点がある。この極薄い金属層は、導電層または密着層として製造上必要となるものである。特許文献2では、金属ナノドットと石英基板との間に厚さ5nmのTi層を接着層(バインダー)として設けている。これにおいて、接着層ないしバインダーは密着層と同義であると考えられる。また、特許文献3では、構造物となる金属薄膜層の上に電子線レジストをコーティングし、電子線を照射し、現像することでパターンを得ているが、金属層が存在しない場合には、チャージアップ現象によってパターンが得られない。従って、石英などの不導体基板に電子線リソグラフィを適用する場合には、必ず金属等の導電層を設ける必要がある。
【0013】
対応策として、この金属層をウェットエッチングやドライエッチングといったエッチング法を用いて取り除くことが考えられる。しかしながら、ウェットエッチング法を用いた場合、ナノドット構造と基板の間の導電層が溶解し、その結果ナノドット構造が剥離してしまう問題がある。ドライエッチング法を用いた場合には、金属層を除去するのと同時にナノドット構造も削られてしまい、特性がばらつきやすくなる恐れがあった。このように、エッチング法を用いた導電層または密着層としての金属層の除去方法には限界がある。
【0014】
一方、イオンビームスパッタ法を用いることで、Au微細構造を基板上に密着層を用いずに固定することが可能となる。一般的な真空蒸着方やスパッタ法を用いた成膜方法では成膜時に成膜材料のもつ運動エネルギーが小さいためガラス基板や石英基板の上にAuを成膜すると容易に剥離してしまうが、これに対して、イオンビームスパッタ法ではイオンビームをターゲット材料に加速照射しており、ターゲット材より弾き飛ばされた成膜材料に高い運動エネルギーを与えることができる。この結果、成膜材料が基板に強く密着するが知られている。
【0015】
イオンビームスパッタ法を用いたAu微細構造形成の工程例を示す。電子線リソグラフィの後に、レジスト開口部の導電層をエッチング法で除去する。次にイオンビームスパッタ法でもってAuを堆積した後に電子線レジストを除去することで、レジスト開口部分にのみAu構造が残る。イオンビームスパッタを用いることでAuと基板の密着性が確保されているので、レジストを除去してもAu構造が基板に残る。最後にAu構造間に残った導電層をエッチング法で除去することで所望のセンサ構造を得る。
【0016】
このように、イオンビームスパッタ法を用いることにより密着層を用いずにAu微細構造を形成することができる。しかしながら、イオンビームスパッタ法は高価で特殊な装置が必要となる問題を有しており、工業化に不向きで製品が高額になってしまう欠点がある。
【0017】
以上のとおり、リソグラフィ法を用いて局在プラズモン共鳴センサを製造する場合、従来の手法ではセンサ特性のばらつきを抑制できない、もしくは製造工程が複雑、高価になる欠点がある。
【0018】
本発明は、以上のとおりの従来の欠点を解消し、金属微細構造を持つ局在プラズモン共鳴センサにおいて、リソグラフィ法による製造上必要不可欠な、誘電体基板と金属微細構造の間に挿入される導電層または密着層としての金属層を除去することなく、且つ複雑、高価な製造工程を必要とすることのない、良好な特性を持つセンサを提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、上記課題を解決するものとして、金属微細構造を持つ局在プラズモン共鳴センサであって、誘電体基板と金属微細構造の間に設けられた導電層または密着層が誘電体化処理により誘電体層とされている、ことを特徴とする局在プラズモン共鳴センサを提供する。
【0020】
また、本発明は、金属微細構造を持つ局在プラズモン共鳴センサの製造方法であって、誘電体基板と金属微細構造の間に設けた導電層または密着層を誘電体化する、ことを特徴とする局在プラズモン共鳴センサ製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】従来のリソグラフィおよびリフトオフを用いたセンサ製造方法の一例を示した概念図。
【図2】本発明による一実施形態を示した概略図。
【図3】本発明によるセンサ特性を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明によれば、図2にその一例を示したように、誘電体基板1と金属微細構造6の間に設けられた導電層または密着層2に誘電体化処理を施して誘電体層7とすることにより、導電層または密着層2の除去処理を必要とすることなく、良好な特性を持つセンサを実現することができる。
【0023】
より具体的には、図2の例では、まず、従来と同様にして、石英基板などの誘電体基板1の上に導電層または密着層となるCr、Tiなどの金属あるいはSiなどの半導体の薄膜2を形成し、この上にスピンコート等によりレジスト層3を塗布し、レジスト層3に電子線または紫外線等の露光放射を当てるリソグラフィ法により微細開口4を均等間隔で均一に形成する。次いで、物理的蒸着法PVDもしくは化学的蒸着法CVDあるいはその他の適切な手法によりAuまたはAgなどのプラズモン共鳴を生じる金属5を堆積し、レジスト3を除去することで、微細開口4内にのみプラズモン共鳴用金属5が残り、誘電体基板1上に金属微細構造6が形成される。微細開口4つまりナノホールについては、ナノドットやナノディスクであってもよい。
【0024】
本発明ではこれに続いて、誘電体基板1と金属微細構造6の間に残っている導電層または密着層2を誘電体化するべく、酸化処理を施す。この酸化処理により、導電層または密着層2が、Cr、Tiなどの金属の酸化物あるいはSiなどの半導体の酸化物でなる誘電体層7となる。
【0025】
酸化処理にはたとえば加熱処理を用いることができる。加熱処理では、金属微細構造6が変形または変形しない程度の加熱を、大気中、または酸素雰囲気もしくは酸素を含むガス雰囲気において行い、導電層または密着層2を熱酸化させて酸化層つまり誘電体層7に変化させる。 具体的加熱条件は導電層または密着層としての金属ないし半導体の材料や膜厚などによって設定され、加熱温度についてはたとえば100〜500℃、特に200〜300℃が好ましく、たとえば、1nm厚のCr層の場合で、300℃、3時間の加熱を大気中で行う。この場合のセンサ特性の一例を示したものを図3に示す。図3から明らかなように、熱酸化後のセンサの方が、可視域〜近赤外域に入る波長1200nm付近に対して透過率ディップが顕著にシャープに現れている。
【0026】
本発明において、「誘電体化」とは、完全に不導体化すなわち絶縁体に変化させることだけでなく、プラズモン共鳴現象が生じる波長域において導電性よりも誘電性が優位となる物性に変化させることを示している。
【0027】
この金属または半導体である導電層(または密着層)を誘電体化する方法には、上記酸化処理以外にも、窒化処理および炭化処理がある。一例としては、NH3ガスを所定の温度例えば500℃前後で加熱分解するガス窒化処理法、あるいは、酸化と窒化を組み合わせた酸窒化処理や窒化と炭化を組み合わせた炭窒化処理などの複合的処理法を適用できる。
【0028】
ところで、上述した図2の実施形態では、レジスト3を除去する処理を含めているが、レジストを一部残したまま誘電体化処理する方法も考えられる。レジストを一部残したまま加熱すると、酸素がレジスト内を拡散、透過したり、石英基板の酸素がマイグレーション(移行)したりすることで、金属層または半導体層が酸化される。この結果、工程が簡略化できるとともに、レジストが保護膜として機能するためセンサの耐摩耗性が向上する。
【符号の説明】
【0029】
1 誘電体基板、石英基板
2 導電層または密着層、金属層、クロム層、半導体層
3 レジスト層、レジスト
4 微細開口、ナノホール
5 プラズモン共鳴用金属、Au膜
6 金属微細構造、Au微細構造
7 誘電体層、酸化層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属微細構造を持つ局在プラズモン共鳴センサであって、誘電体基板と金属微細構造の間に設けられた導電層または密着層が誘電体化処理により誘電体層とされている、ことを特徴とする局在プラズモン共鳴センサ。
【請求項2】
導電層または密着層が金属層であり、該金属層が誘電体化処理により誘電体層とされている、請求項1に記載の局在プラズモン共鳴センサ。
【請求項3】
密着層または接着層が半導体層であり、該半導体層が誘電体化処理により誘電体層とされている、請求項1に記載の局在プラズモン共鳴センサ。
【請求項4】
誘電体層が酸化層である、請求項1ないし3のいずれかに記載の局在プラズモン共鳴センサ。
【請求項5】
誘電体層がCrまたはTiの酸化物である、請求項1または2に記載の局在プラズモン共鳴センサ。
【請求項6】
誘電体層がSiの酸化物である、請求項1または3に記載の局在プラズモン共鳴センサ。
【請求項7】
金属微細構造がAu微細構造である、請求項1ないし6のいずれかに記載の局在プラズモン共鳴センサ。
【請求項8】
微細構造がナノホール、ナノドット、またはナノディスクである、請求項1ないし7のいずれかに記載の局在プラズモン共鳴センサ。
【請求項9】
金属微細構造を持つ局在プラズモン共鳴センサの製造方法であって、誘電体基板と金属微細構造の間に設けた導電層または密着層を誘電体化する、ことを特徴とする局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項10】
誘電体化を酸化処理により行う、請求項9に記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項11】
酸化処理が、大気中、または酸素雰囲気もしくは酸素を含むガス雰囲気における加熱処理である、請求項10に記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項12】
金属微細構造が変形または変性しない程度に加熱する、請求項11に記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項13】
加熱温度が100〜500℃である、請求項12に記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項14】
加熱温度が200〜300℃である、請求項12に記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項15】
導電層または密着層が金属層である、請求項8ないし14のいずれかに記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項16】
金属層がCr層またはTi層である、請求項15に記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項17】
密着層または接着層が半導体層である、請求項8ないし14のいずれかに記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項18】
半導体層がSi層である、請求項17に記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。
【請求項19】
金属微細構造がAuまたはAg微細構造である、請求項8ないし18のいずれかに記載の局在プラズモン共鳴センサ製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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