説明

展示方法

【課題】展示物の害虫駆除作業上の衛生管理を確実に行なえるようにし、かつ展示物を鑑賞する来館者にアレルギー症状などの健康を害するような悪影響を与えない展示物の害虫駆除方法にすることである。
【解決手段】合成樹脂シートからなる気密性で袋状の容器1内に油絵などの展示物2を収容し、窒素ガス入りのボンベ3から加熱装置4および加湿装置5を経由して加熱および加湿された窒素ガスを供給し、容器1内の空気を窒素ガスで置換して酸素濃度1%以下の雰囲気になるように調整し、この雰囲気下で展示物2に付着しているコクゾウムシなどの害虫を窒息させて駆除するという展示物の害虫駆除方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、絵画、木彫類、繊維品類などの文化的価値のある作品や品物を美術館や博物館などに展示する場合に、それらの展示物に対して害虫の食害等を防止するために行われる展示物の害虫駆除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
美術館や博物館などのように多数の者に作品や品物を展示する場合に、そのような展示物に対して、コクゾウムシ、キクイムシ、シバンムシなどの甲虫類、メイガの幼虫その他の害虫の食害を長期的に防止するための害虫駆除が行なわれている。このような方法としては殺虫剤による薫蒸処理が知られている。
【0003】
展示物に対する薫蒸処理は、臭化メチル、酸化エチレンなどの殺虫性のあるガスを使用し、このガスを満たした密閉性の良い室内または容器に展示物を所要時間収容し、その間に表面からできるだけ内部までガスを染み込ませて殺虫処理する方法である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記した従来の展示物の害虫駆除方法では、使用する殺虫性ガスの人体に及ぼす長期的な影響が充分に解明されておらず、駆除作業上の安全を確保するための衛生管理を確実に行なうことが容易でないという問題点がある。
【0005】
また、薫蒸処理された後の展示物に染み込んで残留する殺虫性ガスが、展示中に徐々に分散するため、展示している美術館や博物館などの施設内の空気が殺虫成分で汚染され、また鑑賞するために展示物に近づく薬剤などに敏感な来館者は、皮膚のかぶれや呼吸器の発作を起こしやすくなったり、アレルギー症状などの何らかの悪影響を受ける場合がある。
【0006】
そこで、この発明の課題は、上記した問題点を解決して、展示物の害虫駆除作業上の衛生管理を確実に行なえるようにし、かつ展示物を鑑賞する来館者にアレルギー症状などの健康を害するような悪影響を与えない展示物の害虫駆除方法とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、この発明では、気密性の袋状容器内に展示物を収容し、次いで加湿された窒素ガスで容器内の空気を置換して酸素濃度1%以下の雰囲気になるように調整し、この雰囲気下で展示物に付着している害虫を窒息させて駆除することからなる展示物の害虫駆除方法としたのである。
【0008】
上記した展示物の害虫駆除方法では、気密性の容器内に展示物を収容し、この容器内の雰囲気を空気から窒素に置換することにより、展示物の表面に付着するか、または内部に侵入して棲息している害虫の生存に必用な酸素濃度未満になるように酸素濃度1%以下の雰囲気にする。
【0009】
この窒素ガス濃度の雰囲気下では、害虫(その幼虫または卵を含む。)が所要時間後に窒息して死滅する。
【0010】
また、このような駆除作業中に、作業者に接する可能性がある殺虫性物質は、窒素ガスのみであるが、窒素ガス自体は人体に有害でないので、害虫駆除作業上の衛生管理を確実に行なえる。
【0011】
通常、展示物の内部には気孔があるため、駆除に用いた窒素ガスが気孔内に残留する場合があり、これが展示室内で展示物から空気中に拡散した場合でも窒素ガスは人体に悪影響を与えることはないので、屋内で展示物を鑑賞する来館者にアレルギー症状などの健康を害するような悪影響を与えない。
【0012】
上記の方法において、加湿された窒素ガスは、加熱後に湿度50〜60重量%に加湿された窒素ガスであることが好ましい。加熱された窒素ガスは飽和水蒸気圧が高くなって、加湿装置を通過する際に、上記所定湿度の水分を速やかに蒸気として保持できるようになる。また、湿度50〜60重量%に加湿された窒素ガスは、袋状容器内の展示物を乾燥によるクラック発生などの損傷防止のために有用であり、この所定範囲未満の低湿度窒素ガスでは、絵画などの展示物の表面にクラックの発生が起こりやすくなり、前記所定範囲を超える高湿度の窒素ガスでは、展示物の表面に水滴が付着しやすくなって、これではカビなどの微生物が増殖しやすく好ましくない。
【0013】
上記の方法においては、容器内雰囲気が、2気圧以下の加圧雰囲気であることが好ましい。なぜなら、加圧された雰囲気であれば、展示物の内部に気孔のような微細孔から窒素ガスが浸透しやすくなり、殺虫効果が高まるからであり、2気圧を超えて高圧の雰囲気で窒素ガスを浸透させると、除圧時に展示物を傷める恐れがあるからである。
【発明の効果】
【0014】
この発明は、以上説明したように、加湿された窒素ガスで容器内の空気を置換して所定酸素濃度の雰囲気になるように調整し、この容器内雰囲気下で展示物に付着している害虫を窒息させて駆除する展示物の害虫駆除方法であるから、害虫(その幼虫または卵を含む。)が所要時間後に窒息して死滅し、窒素ガス自体は人体に有害でないので、展示物の害虫駆除作業上の衛生管理を確実に行なえるようになり、しかも展示室内で展示物から窒素ガスが空気中に拡散した場合でも、展示物を鑑賞する者にアレルギー症状などの健康を害するような悪影響を与えない展示物の害虫駆除方法であるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態の駆除方法を模式的に示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0016】
この発明の実施形態を以下に添付図面に基づいて説明する。
図1に示すように、実施形態は、合成樹脂シートからなる気密性で袋状の容器1内に油絵などの展示物2を収容し、窒素ガス入りのボンベ3から加熱装置4および加湿装置5を経由して加熱および加湿された窒素ガスを供給し、容器1内の空気を窒素ガスで置換して酸素濃度1%以下の雰囲気になるように調整し、この雰囲気下で展示物2に付着しているコクゾウムシなどの害虫を窒息させて駆除するという展示物の害虫駆除方法である。
【0017】
この発明に用いる容器1は、絵画(油絵、日本画)、墨による書画、木彫類、繊維品類、木質材等の有機物を用いた道具類その他の物などからなる展示物を収容できる大きさの気密性の周知形状の容器であればよく、特に容器の材質や形状を限定したものではないが、図示したようなナイロン樹脂などの合成樹脂製のフィルムまたはシートなどで箱型に形成された袋状の容器1は、展示物の大きさに合わせて設計できるので好ましいものである。
【0018】
袋状の容器1、金属や合成樹脂製のパイプなどで容器よりやや大形の枠体(図示せず。)を形成し、これに吊り下げるように設けると、容器内の圧力の正負にかかわらず形状を保つことができ、展示物を簡便に出し入れすることができるものになる。
窒素ガス入りのボンベ3にチューブなどの配管を介して接続される加熱装置4および加湿装置5は、いずれも周知のものであり、例えば加熱装置4は、管内部に電気的に発熱する線状ヒータ(熱線)や加熱蒸気が通過する配管を備えたものを採用でき、加湿装置5としては、超音波加湿器や水中曝気式加湿器を採用すれば0%から80%まで調整することができる。
【0019】
加湿された窒素ガスを調製するには、例えば約100℃に加熱した窒素ガスを、超音波加湿器で湿度50〜60重量%に加湿することが好ましく、より好ましくは湿度50〜55%に加湿する。
【0020】
そして、容器1内の空気をこのような加湿された窒素ガスで置換して酸素濃度1%以下の雰囲気にするには、容器1に排気管を接続して、吸引ポンプ6で排気した後、加湿された窒素ガスを容器1内に導入するか、または給排気のバランスを調整して排気しながら導入する。排気管は、軟質のホースで形成し、クランプやクリップなどで適宜に締め付けて開閉可能にすればよい。
【0021】
また、脱酸素の程度の指標として、有酸素状態から無酸素状態になると青からピンクへ色調が変化する市販の脱酸素剤(錠剤)を容器1内の見える位置に配置しておくことが好ましい。そして、容器内の雰囲気は、2気圧以下の加圧雰囲気であることが、展示物の内部まで窒素ガスを充分に浸透させるために好ましい。
【0022】
害虫を窒息させて死滅させるまでに要する時間は、駆除対象の害虫によって適宜に変更することができるが、例えばコクゾウムシを駆除する場合にはおよそ3週間を要する。
【実施例】
【0023】
ナイロンシートで気密袋状の容器(約6m3)内に木製の額縁付きの油絵およびシャーレに入れたコクゾウムシ約400匹を収容し、窒素ガス入りのボンベから加熱装置を経由して100℃に加熱された窒素ガスに超音波加湿器で加湿して湿度50〜55%の加湿窒素ガスを供給しながら容器内を吸引ポンプで排気し、さらに市販の脱酸素剤(菱江化学社製:RP−20K)を400袋を投入して酸素濃度0.01〜0.03%の雰囲気になるように調整した。この雰囲気下で3週間保持した後、供試したコクゾウムシが全部窒息死していることを確認した。
【0024】
また、このようにして害虫駆除処理された額縁付きの油絵を室内に展示しておき、市販の殺虫剤に触れると皮膚のかぶれを起すというアレルギー症状のある者が近づいて鑑賞したが、アレルギー症状は全く認められなかった。
【符号の説明】
【0025】
1 容器
2 展示物
3 ボンベ
4 加熱装置
5 加湿装置
6 吸引ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気密性の容器内に展示物を収容し、次いで加湿された窒素ガスで容器内の空気を置換して酸素濃度1%以下の雰囲気になるように調整し、この雰囲気下で展示物に付着している害虫を窒息させて駆除することからなる展示物の害虫駆除方法。
【請求項2】
加湿された窒素ガスが、加熱後に湿度50〜60重量%に加湿された窒素ガスである請求項1記載の展示物の害虫駆除方法。
【請求項3】
容器内雰囲気が、2気圧以下の加圧雰囲気である請求項1または2に記載の展示物の害虫駆除方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−65677(P2012−65677A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−3187(P2012−3187)
【出願日】平成24年1月11日(2012.1.11)
【分割の表示】特願2001−80456(P2001−80456)の分割
【原出願日】平成13年3月21日(2001.3.21)
【出願人】(000250018)住化エンビロサイエンス株式会社 (69)
【出願人】(592117357)株式会社同通 (1)
【Fターム(参考)】