説明

層分離方法

【課題】
遠心分離等の操作を行なうことなく、極めて短時間で、未反応のフェノール誘導体及びリグノフェノールを含む油層と、硫酸と糖液を含む水層を分離することで、セルロース及びヘミセルロース由来の糖液、リグノフェノール、及び、フェノール誘導体の分離・回収を効率よく行なうことのできる層分離方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明は、木質バイオマスに酸、フェノール誘導体、及び、疎水性の溶剤を添加し、木質バイオマス中のセルロース及びヘミセルロースを添加した酸により加水分解させて得られる糖液を含む層と、木質バイオマス中のリグニンとフェノール誘導体が反応して得られるリグノフェノールを含む層の二層に分離する層分離方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木質バイオマスに酸及びフェノール誘導体を添加して、木質バイオマス中のセルロース及びヘミセルロースを添加した酸により加水分解させて得られる糖液を含む層と、木質バイオマス中のリグニンとフェノール誘導体が反応して得られるリグノフェノールを含む層の二層に分離する層分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油資源の枯渇と地球温暖化防止問題に直面し、バイオマスを原料とした新エネルギーを創生する研究が活発に行われている。その中でも製造プロセスが短い、サトウキビやトウモロコシを原料としたバイオエタノールを製造するための研究が世界的な潮流となっているが、食糧危機の引き金になる可能性があるなど、混乱の原因となっている。そのため、森林資源を原料とした新エネルギーの開発が重要な課題となっている。
【0003】
ところで、木質原料からエネルギー源を取り出すためには、比較的高濃度の硫酸を木質原料に添加し、木質原料中のセルロース及びヘミセルロースを加水分解反応させ、グルコース等の糖成分を得る方法が開示されている。さらには、木質原料中のリグニンを有効活用する目的で、フェノール誘導体を添加して、リグノフェノールと呼ばれるリグニン中のフェニルプロパン単位のα炭素にフェノール誘導体が結合したジフェニルプロパン単位を含む重合体を生成することも研究されている。
【0004】
このような中、簡単で迅速にリグノフェノール誘導体を調製することを目的として、リグノセルロース系物質、フェノール誘導体及び酸を含む混合物と不活性低沸点疎水性有機溶媒とを混合し、得られた混合物を遠心分離により三層に分離することが開示されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−131201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載された方法では、未反応のフェノール誘導体を含む層と、リグノフェノールを含む層と、硫酸と糖液を含む層の三層に分離するために遠心分離を行なう必要があり、遠心分離を実行するための設備投資が必要となる。また、特許文献1では、過剰量の酸を添加しており、リグノフェノール誘導体に付着した酸を洗浄するのに多量の水が必要であり、さらには、過剰量の不活性低沸点疎水性有機溶媒を添加しているため、三層に分離した後に、用いた不活性低沸点疎水性有機組成物を回収するのに多大なエネルギーが必要となる。
【0007】
また、従来通り、木質原料にフェノール誘導体と酸を添加し、遠心分離を行なうことなく二層に分離させようとした場合、二層に分離するまでに長時間を要することになり、効率良く。これらを分離することができなかった。また、分離が完了したとしても、未反応のフェノール誘導体が水に2〜3%溶解したまま水層に残留し、さらには、多量の硫酸が油層に残留するという問題もあった。
【0008】
本発明では、遠心分離等の操作を行なうことなく、極めて短時間で、未反応のフェノール誘導体及びリグノフェノールを含む油層と、硫酸と糖液を含む水層を分離することで、セルロース及びヘミセルロース由来の糖液、リグノフェノール、及び、フェノール誘導体の分離・回収を効率よく行なうことのできる層分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは、木質バイオマスに酸とフェノール誘導体を添加し、木質バイオマス中のセルロース及びヘミセルロースを添加した酸により加水分解させて得られる糖液を含む層と、木質バイオマス中のリグニンとフェノール誘導体が反応して得られるリグノフェノールを含む層の二層に分離する際に、疎水性の溶剤を添加することで、上記課題を解決することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、木質バイオマスに酸、フェノール誘導体、及び、疎水性の溶剤を添加し、木質バイオマス中のセルロース及びヘミセルロースを添加した酸により加水分解させて得られる糖液を含む層と、木質バイオマス中のリグニンとフェノール誘導体が反応して得られるリグノフェノールを含む層の二層に分離する層分離方法に関する。
【0010】
疎水性の溶剤の溶解度パラメータは、6〜8.5であることが好ましい。
【0011】
疎水性の溶剤は、n−ペンタン、n−ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、デカリン又はこれらの混合物のいずれかであることが好ましい。
【0012】
木質バイオマス100質量部に対して、200〜800質量部の酸を添加することが好ましい。
【0013】
フェノール誘導体はp−クレゾールであり、疎水性の溶剤の添加量はp−クレゾール100質量部に対して30〜40質量部であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、遠心分離等の操作を行なうことなく、極めて短時間で、未反応のフェノール誘導体及びリグノフェノールを含む油層と、硫酸と糖液を含む水層を分離することができ、セルロース及びヘミセルロース由来の糖液、リグノフェノール、及び、フェノール誘導体の分離・回収を効率よく行なうことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の利用の形態にかかる木質バイオマスの発酵システムの概念図である。
【図2】本発明の利用の形態にかかる擬似移動床式クロマト分離装置の概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の実施の形態では、木質バイオマスに酸とフェノール誘導体を添加して、木質バイオマス中のセルロース、ヘミセルロースを加水分解させ、また、木質バイオマス中のリグニンをフェノール誘導体により安定化してリグノフェノールを生成する場合について、説明する。木質バイオマスに酸とフェノール誘導体を添加する方法としては、木質バイオマスにフェノール誘導体を添加して含浸させた後、酸を添加し、系の粘度が低下したら、後述する疎水性の溶剤を添加し、さらに撹拌を行う方法があげられる。このようにすることで、セルロース及びヘミセルロース由来の糖成分と硫酸からなる層と、リグノフェノール、フェノール誘導体及び疎水性の溶剤からなる層に分離することが可能となる。
【0017】
本発明において使用する木質バイオマスとは、生物由来の再生可能な有機物資源であり、セルロース、ヘミセルロース、及びリグニン等から構成されるものである。木質バイオマスは、主として木材からなるものを言い、例えば、木粉、木質チップなどをあげることができる。また、用いる木材としては、針葉樹、広葉樹など任意の種類のものを使用することが出来る。
【0018】
木質バイオマスに添加する酸としては、無機酸、有機酸のいずれも用いることが可能である。酸は、セルロース及びヘミセルロースを加水分解するための触媒としてだけでなく、木質バイオマスを構成するセルロース、ヘミセルロース及びリグニンの結合を解く役割も果たす。無機酸としては、硫酸、リン酸、塩酸などの何れかを使用することができる。酸の濃度は、60〜90%が望ましい。酸の濃度が60%より低いと、セルロースとリグニンの解緩反応が進行せず、酸の濃度が90%より高いとリグニンおよび添加剤であるp−クレゾールのベンゼン骨格がスルフォン化されやすくなり、不具合が生じる傾向にある。酸の中では、60%以上の硫酸が好ましい。同様に、硫酸の濃度が60%より低いと、セルローズとリグニンの解緩反応が進行せず、また、硫酸の濃度が90%より高いと、リグニンおよび添加剤であるp−クレゾールのベンゼン骨格のスルフォン化が進行する傾向にある。有機酸としては、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、ギ酸などを使用することができるが、酸を回収する方法において、イオン交換樹脂及びイオン交換膜を膨潤させることがあるので注意しなければならない。中でも、セルロース及びヘミセルロースを効率良く加水分解できる点で、濃度60質量%以上、より好ましくは70質量%以上の硫酸を用いることが好ましい。木質バイオマスに添加する酸の使用量としては、木質バイオマス100質量部に対して、好ましくは200〜800質量部、より好ましくは300〜600質量部である。酸の使用量が200質量部より少なくなると、木質原料は膨潤するだけで液状にならない。また、酸の使用量が200質量部以上の場合であっても、使用量が比較的少ない場合は、液体の粘度が非常に高くなり、通常の撹拌機では撹拌が困難であるため、押出混練機等を用いて撹拌をすることが好ましい。また、酸の使用量が多すぎると、酸の回収系への負担が増え、経済性が損なわれたり、生成されるリグノフェノールが弱酸性を示し、洗浄を繰り返し行なう必要が生じる可能性がある。
【0019】
リグニンを構成するp−クマリルアルコール、シナピルアルコール、コニフェリルアルコール中のフェニルプロパン単位のα炭素は化学的に不安定であるが、フェノール誘導体を添加することで、成形体などの種々の用途に活用できるリグノフェノールを得ることが出来る。ここで、リグノフェノールとは、リグニン中のフェニルプロパン単位のα炭素にフェノール誘導体が結合したジフェニルプロパン単位を含む重合体をいう。例えば、リグニンを構成するp−クマリルアルコール、シナピルアルコール、コニフェリルアルコールのうち、式(1):
【化1】


で表されるコニフェリルアルコールに、フェノール誘導体であるp−クレゾールでマスキングをした場合、式(2):
【化2】


で表される化合物が形成される。p−クマリルアルコール、シナピルアルコールについても、同様にフェノール誘導体が結合して、α炭素を安定化させる。
【0020】
フェノール誘導体としては、1価のフェノール誘導体、2価のフェノール誘導体、または3価のフェノール誘導体などが挙げられる。1価のフェノール誘導体としては、フェノール、ナフトール、アントロール、アントロキオールなどがあげられる。これらの1価のフェノール誘導体はさらに1以上の置換基を有していても良い。2価のフェノール誘導体としては、カテコール、レゾルシノール、ヒドロキノンなどがあげられる。これらの2価のフェノール誘導体はさらに1以上の置換基を有していても良い。3価のフェノール誘導体としては、ピロガロールなどがあげられる。ピロガロールはさらに1以上の置換基を有していても良い。これらの1価から3価のフェノール誘導体が有する置換基の種類は特に限定されず、任意の置換基を有していてもよい。電子吸引性の基(ハロゲン原子など)以外の基であり、例えば、低級アルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基など)、低級アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基など)、アリール基(フェニル基など)、水酸基などが挙げられる。また、リグニンを構成するフェニルプロパン単位のα炭素との反応性の点から、フェノール誘導体上のフェノール性水酸基の2つあるオルト位のうちの少なくとも片方は無置換であることが好ましい。
【0021】
フェノール誘導体の好ましい例としては、p−クレゾール、2,6−キシレノール、2,4−キシレノール、2−メトキシフェノール(Guaiacol)、2,6−ジメトキシフェノール、カテコール、レゾルシノール、ホモカテコール、ピロガロール及びフロログルシノールなどが挙げられ、中でもp−クレゾールが好ましい。フェノール誘導体の量としては、木質バイオマス100質量部に対して、好ましくは200〜3000質量部、より好ましくは500〜2000質量部である。フェノール誘導体の量は、リグニンのα−炭素をマスキングするのに必要な化学量論的な量以上を添加しなければならないこと、また層分離に必要な抽出剤としての量も加味して添加しなければならない。
【0022】
本発明では、木質バイオマスに酸とフェノール誘導体を添加することで、主に酸とセルロース及びヘミセルロース由来の糖液とから構成される水層と、リグノフェノールとフェノール誘導体とから構成される油層に分離させるが、より短時間で二層に分離させるために疎水性の溶剤をさらに添加する。疎水性の溶剤を用いることで、油層に微量の酸が混入することを防止することができる。疎水性の溶剤を用いない場合、回収されるリグノフェノールが酸性を示し、水等による洗浄を繰り返し行う必要があるが、疎水性の溶剤を用いた場合は、このような洗浄を特に行う必要がないか、或いは、繰り返し行う必要がなくなる。また、水層にもフェノール誘導体が混入する場合があるが、疎水性の溶剤を添加することで、これを防止することが出来る。フェノール誘導体が水層に混入すると、糖液を発酵する工程において阻害要因となるため、別途、フェノール誘導体を除去するための処理が必要となる。
【0023】
疎水性の溶剤の溶解度パラメータは、6〜8.5であることが好ましく、7〜8であることがより好ましい。溶解度パラメータが8.5より高くなると、二層に分離するまでの時間が長くなったり、油層に酸が残留したり、水層にフェノール誘導体が残留する傾向にある。疎水性の溶剤として、n−ペンタン、n−ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、デカリンおよびそれらの混合物などがあげられる。中でも、より短時間で二層に分離でき、油層中に酸が残留しにくく、水層中にもフェノール誘導体が残存しにくい点で、n−ヘキサンが好ましい。
【0024】
疎水性の溶剤はフェノール誘導体の溶解量以上を添加すると三層に分離してしまうため、フェノール誘導体の溶解量に応じて適宜調整することが好ましい。フェノール誘導体としてp−クレゾールを用いる場合は、p−クレゾール100質量部に対して疎水性の溶剤を20〜100質量部を添加することが好ましい。より好ましくは、30〜50質量部である。疎水性の溶剤の添加量が20質量部より少なくなると、層が分離するまでに要する時間が長くなったり、油層中に酸が残留したり、水層中にフェノール誘導体が残存したりする傾向にある。疎水性の溶剤の添加量が100質量部より多くなると、三層に分離してしまう傾向にある。フェノール誘導体としてp−クレゾールを用い、疎水性の溶剤としてn−ヘキサンを用いる場合は、p−クレゾール100質量部に対して30〜40質量部のn−ヘキサンを添加することが好ましい。
【0025】
疎水性の溶剤を添加するタイミングとしては、リグニンとセルロースを解きほぐす解緩反応時に同時に添加することが望ましいが、解緩反応後にあらかじめ粗雑に二層分離させたあと、上層(軽層)と下層(重層)にそれぞれ疎水性の溶剤を添加することで、上層からは硫酸水溶液を分離除去し、下層からは微量に溶解しているp−クレゾールを抽出除去することができる。
【0026】
本発明の利用の形態では、木質バイオマスに酸とフェノール誘導体を添加した後に得られる、酸とセルロース及びヘミセルロース由来の糖成分とから構成される溶液から、イオン交換クロマトグラフィー法により酸を回収するが、回収された酸の濃度は、20質量%以上であることが好ましく、30質量%以上、さらには50質量%以上であることがさらに好ましい。また、イオン交換クロマトグラフィー法により酸を回収した後に得られる糖液中の酸の濃度は10質量%以下、より好ましくは5質量%以下であることが好ましい。糖液中の酸の濃度が10質量%より高くなると、糖液中に残存する酸の量が多くなるため、糖液を発酵させる際に発酵を阻害する可能性がある。
【0027】
さらに、イオン交換クロマトグラフィー法により酸を回収した後、電気透析法によりさらに酸を回収するが、回収した酸の濃度は10質量%以上であることが好ましい。電気透析法により回収した酸の濃度が10質量%より低くなると、酸の回収率が十分でない場合がある。また、電気透析法により酸を回収した後に得られる糖液中の酸の濃度は3質量%以下であることが好ましい。糖液中の酸の濃度が3質量%より高くなると、糖液中に残存する酸の量が多くなるため、糖液を発酵させる際に発酵を阻害する原因となる。
【0028】
次に、木質バイオマス原料である木粉50質量部、フェノール誘導体であるp−クレゾール61質量部、60%硫酸100質量部、n−ヘキサン29質量部を用いて、解緩から発酵までの一連の処理をする場合について、図1を用いて説明する。図1は、本発明の利用の形態にかかる木質バイオマスの発酵システムの概念図である。木質バイオマスの発酵システムは、原料である木質バイオマスから糖成分及びリグノフェノールを生成するための解緩槽1、解緩槽1にて生成された糖成分とリグノフェノールを、それぞれ水層と油層に分離する分離槽2、分離槽2で分離された油層の溶剤を濾過することでリグノフェノールと溶剤を固液分離する濾過機3、濾過機3で濾過されたリグノフェノールを乾燥する乾燥機4、分離槽2で分離された水層(糖液)から酸を回収する樹脂クロマト塔5、樹脂クロマト塔5にて得られた糖液からさらに酸を回収する電気透析槽6、電気透析槽6にて得られた糖液を発酵させる発酵槽7から構成される。
【0029】
まず、木粉、p−クレゾール、硫酸、n−ヘキサンが解緩槽1に添加され、撹拌される。木粉中のリグニンはα炭素の反応性が高く化学的に不安定であるが、p−クレゾールにより安定化され、リグノフェノールを形成する。また、木粉中のセルロース、ヘミセルロースは硫酸を触媒として加水分解される。解緩槽1における糖化処理は、60〜95℃の温度にて、30〜60分間の処理時間をかけることにより行なわれる。糖化処理の温度が60℃より低くなると加水分解の効率が下がり、また、温度が95℃を超えると、生成した単糖が過分解する傾向にある。なお、加水分解されたセルロース、ヘミセルロース由来の糖成分には、グルコース等の単糖、そのダイマー、オリゴマー、ポリマー等が混合した状態で存在している。
【0030】
解緩槽1にて木質バイオマス中のリグニンとセルロース・ヘミセルロースの分解が進行し、また、セルロースとヘミセルロースの加水分解が終了すると、得られた混合液は、分離槽2に送液される。送液された混合液は、分離槽2にて、p−クレゾール、n−ヘキサン、リグノフェノールから構成される油層(上層)と、セルロース、ヘミセルロース由来の糖成分と硫酸から構成される水層(下層)に分離される。分離槽2では、撹拌は行わず、静置することで二層への分離を実行する。油層はスラリー状であり、p−クレゾール59質量部、n−ヘキサン29質量部、リグノフェノール17質量部が存在する。また、水層には、セルロース及びヘミセルロース由来の糖成分20質量部、硫酸115質量部が含まれる。
【0031】
分離槽2にて分離された油層は、濾過機3にて固液分離され、固体のリグノフェノールと、液体のp−クレゾールとn−ヘキサンに分離される。固液分離はフィルタープレス等を用いて行うことができ、リグノフェノールはケーク状で得られる。得られたリグノフェノールは、乾燥機4にて乾燥され、成形体等の各種用途の原材料として活用される。また、濾液に含まれるp−クレゾールとn−ヘキサンは回収され、再利用される。n−ヘキサンは蒸留塔で塔頂から回収され、p−クレゾールは塔底から回収される。
【0032】
分離槽2にて分離された硫酸を含む溶液は、樹脂クロマト塔5へ送液され、イオン交換クロマトグラフィー法により硫酸が回収される。樹脂クロマト塔5では、イオン交換樹脂により硫酸が吸着され、溶液中に含まれる硫酸のうち、約92〜97%程度、好ましくは約95%が回収される。この場合、樹脂クロマト塔5にて、硫酸109質量部が回収される。
【0033】
回収された糖液には、まだ硫酸が含まれているが、電気透析槽6によりさらに硫酸が回収される。電気透析は、糖液中の硫酸の濃度が0.5質量%より低い値とならないように行なわれる。硫酸の濃度が0.5質量%より低くなると、電流効率が悪くなる傾向にある。電気透析には陽イオン交換膜であるカチオン膜と、陰イオン交換膜であるアニオン膜が隔壁として用いられる。図1の電気透析槽6では、陽極側にカチオン膜が存在し、陰極側にアニオン膜が存在する。電極間に電圧をかけると、硫酸イオンは陽極側へ移動し、水素イオンは陰極側へ移動するが、陰イオンである硫酸イオンはカチオン膜を通過することができず、陽イオンである水素イオンはアニオン膜を通過することができないため、結果として、カチオン膜とアニオン膜の間に陽イオン及び陰イオンが濃縮された液体が得られる。また、カチオン膜とアニオン膜の外側には、陽イオン、陰イオンが除去された液体が得られる。濃縮された液体は硫酸を主成分とするもので、回収され再利用される。この場合、硫酸6質量部が回収される。したがって、樹脂クロマト塔5と電気透析槽6にて合計115質量部の硫酸が回収される。なお、図1の電気透析槽6では、単純化するため、カチオン膜とアニオン膜がそれぞれ1つ設置された図としたが、実際には、複数のカチオン膜とアニオン膜が交互に設置される。
【0034】
また、陽イオン、陰イオンが除去された液体、すなわち硫酸が除去された液体は糖液として回収される。この場合、電気透析槽6にて硫酸を回収することで、20質量部の糖液が得られる。得られた糖液中には硫酸が0.5質量%程度しか含まれておらず、この糖液を発酵槽7へ送液し、嫌気性微生物によりメタン発酵がされる。得られるメタンは16質量部であり、4質量部の残渣が残る。なお、メタン発酵を行う前に、糖液中に残った硫酸を、水酸化ナトリウムを添加して中和しても良い。また、メタン発酵により、中間体として酪酸やカプロン酸などの有機酸が生成し、これがメタン発酵を阻害することが予測されるため、系全体の濃度を低くするか、あるいは、アンモニア水、炭酸ソーダなどの弱いアルカリ性溶液で中和しながらメタン発酵の収率を上げることが好ましい。
【0035】
樹脂クロマト塔5にて使用されるイオン交換クロマト分離装置としては、擬似移動床式クロマト分離装置があげられる。図2は、本発明の利用の形態にかかる擬似移動床式クロマト分離装置の概念図である。図2に示されるように、擬似移動床式クロマト分離装置は、陰イオン交換樹脂などのイオン交換樹脂が充填された複数のカラムC1、C2、C3、C4を直列に閉回路で接続したものである。原液である硫酸を含む糖液を、擬似移動床式クロマト分離装置の初段のカラムC1に入れて、移動速度の速い糖液を主体とするラフィネートを2段目のカラムC2から取り出す。また、3段目のカラムC3から溶離水を注入することで、移動速度の遅い硫酸を主体とするエクストラクトを4段目のカラムC4から取り出すことができる。原液と溶離水の流入口と、ラフィネートとエクストラクトの流出口は、これらの液体の流れの方向に従って、1カラム分づつ、所定時間ごとに順次移動させる。
【0036】
通常、硫酸を高濃度で回収するには、カラムの数を多くして、硫酸がより少ない部分から糖液をラフィネートとして流出させる必要がある。擬似移動床式クロマト分離装置で硫酸を回収した後に、電気透析法にて硫酸を回収するため、擬似移動床式クロマト分離装置で取り出すラフィネートには若干の硫酸が含まれていても良く、そのため、少ないカラムで効率よく硫酸を回収することが可能である。
【0037】
イオン交換樹脂に吸着した硫酸は、溶離水を用いることで回収が行なわれる。分離槽2から送液された、セルロース、ヘミセルロース由来の糖液成分及び硫酸の合計100質量部に対して、25〜300質量部、より好ましくは、75〜100質量部の溶離水が用いられる。溶離水の使用量が25質量部より少ないと、硫酸の回収率が十分でなく、300質量部より多くなると、回収した硫酸の濃度が低くなる傾向にある。硫酸は溶離水を用いて回収されるが、溶離水によりイオン交換樹脂に吸着した全ての硫酸を洗浄する必要がなく、イオン交換樹脂の吸着能にあわせて、若干の硫酸が洗浄されないままとすることが好ましい。すなわち、イオン交換樹脂に吸着させて糖液から硫酸を回収した後、再度、電気透析にて硫酸の回収を行うため、電気透析で回収する分を、溶離水で洗浄せずにイオン交換樹脂に吸着させたままとしておくことで、硫酸を含んだ糖液がカラム内に再度流入した際に、糖液中のすべての硫酸が吸着されることなく、若干の硫酸が残存した糖液が得られることになる。このようにすることで、溶離水の使用量を少なく抑えて、30%以上の高濃度の硫酸を回収することが可能となる。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を示して、本発明の利用の形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0039】
[実施例1]
<木質原料の調整>
木質原料(スギ材)500gを200μm以下に粉砕した粉末に調整し、これに1Lのアセトンを加え、振とう機により30分間かけて撹拌し、水分およびテルペン類を抽出した。乾燥した粉末の質量は350gまで減っており、水分及びその他の微量成分が抽出除去されたことが確認できた。アセトン抽出後の木質原料350g中の組成は、セルロース160g、ヘミセルロース80g、リグニン100g、水分10gであった。
【0040】
<解緩処理>
アセトン抽出後の木質原料350gにp−クレゾール100gを注ぎ、30分間かけて十分に含浸させた後、さらに72%硫酸1,000gとp−クレゾール510gを追加し、電動撹拌機で15分間撹拌した。15分間撹拌すると、セルロースが硫酸により解重合し、粘度が低下する。粘度が低下すると、n−ヘキサン570gを追加し、さらに撹拌を継続する。硫酸を添加してから30分後に撹拌を止めて静置すると、下層(水層)と上層(油層)に層分離が始まり、10分後に分離が完了した。そして、二層に分離した水層と油層をそれぞれ回収した。
【0041】
<リグノフェノールの回収>
回収された油層成分については、ろ過フィルター(日本ミリポア株式会社製、商品名:GFAフィルター(ガラスファイバーフィルター Aサイズ))を用いて固液分離を行ない、リグノフェノールを回収した。回収したリグノフェノールは乾燥機を用いて乾燥させた。
【0042】
<擬似移動床式クロマト分離装置による硫酸の回収>
上述した操作で得られた、セルロースとヘミセルロース由来の糖成分及び硫酸を含む水層成分から、擬似移動床式クロマト分離装置を用いて硫酸を回収した。実験の条件と結果を下記に示す。
【0043】
(装置及び器具)
充填塔:直径10mm×高さ1000mmの4本のカラムから構成される擬似連続移動床方式
カラム充填剤:FX1942(オルガノ株式会社製、陰イオン交換樹脂)
処理量:1.5L/day
溶離水:変量
温度:常温
原液の注入速度:41.5ml/hr
溶離水の注入速度:61.7ml/hr
【0044】
(供給液組成)
供給液組成:硫酸57.6%、
糖類16.0%(セルロース、ヘミセルロース由来の糖成分)
糖類組成:ポリマー(分子量2,000以上)11.4%、
オリゴマー(分子量2,000〜400)1.5%、
ダイマー及びモノマー3.1%
【0045】
(実験結果)
同一条件下にて16日間硫酸の連続分離回収実験を続行した。回収硫酸の濃度は30.7%から徐々に上昇し、最終的には46.1%に達した。硫酸の回収率は93.5%から97.2%まで上昇した。硫酸フラクションの流出速度は、平均して72.4ml/hrであり、糖液フラクションの流出速度は、平均して30.8ml/hrであった。回収した硫酸中に残った糖類の濃度は1.6〜2.9%であり、これはリサイクルされて再びセルロースとリグニンの分離に使用されるので、ロスにはならない。
【0046】
<電気透析法による硫酸回収>
擬似移動床式クロマト分離装置により得られた糖液フラクションを用いて、下記の条件にて電気透析を行った。
【0047】
(実験条件)
実験装置:マイクロアシライザーS3型(株式会社サンアクティス製)
カチオン膜 ネオセプタCMX(株式会社トクヤマ製)
アニオン膜 ネオセプタACM(株式会社トクヤマ製)
実験溶液:糖液フラクションを原液として用いた(450ml)
濃縮液 3.0N HSO 450ml
電極液 0.5N HSO 500ml
通電方法:2.2Aでの一定電流運転
【0048】
電気透析を行う前の糖液フラクション(硫酸濃度5%(1N))を液量150ml/hrで供給し、さらに補給水20ml/hrを供給した。また、電気透析により硫酸を回収した後の脱硫酸塩液は液量120ml/hrで得られ、回収される回収硫酸液は液量50ml/hrで得られた。約90分間の電気透析を行うことにより、脱硫酸塩液伝導度は約190mS/cmから25mS/cmまで低下した。糖液フラクションの硫酸濃度は1Nから0.1Nまで低下した。実験は3回繰り返し、透析初期でのイオン交換膜の劣化はなかった。濃縮液伝導度は通電開始直後より低下傾向を示したが、回収硫酸濃度は3.0Nから約3.3Nまで上昇していることが確認できた。電気透析により硫酸を回収した後の脱硫酸塩液の硫酸濃度と、回収した硫酸の硫酸濃度の結果を表1に示す。
【0049】
【表1】

【0050】
(メタン発酵実験)
酵母エキス、塩化アンモニウムおよびリン酸水素二カリウムをそれぞれ1.0mg/ml、レサズリンナトリウム(酸化還元指示薬)を1.0mg/lに調整した後、オートクレーブにより滅菌することで、栄養塩水溶液を調整した。70ml容バイアル瓶に10mlの中海底質(湿重13g、含水率78%)を取り、栄養塩水溶液(pH7.0)40mlおよびセルロース粉末(商品名:KCフロック、日本製紙株式会社製)250mgを加え、さらに硫酸ナトリウムを0,20,40,80,160mMと成るように添加した。
【0051】
各サンプルをブチルゴムで密栓してアルミキャップでシールした後、25℃の暗所で静置培養した。各サンプルは1週間毎に注射器を射して、内圧を大気圧に戻し、増加した体積を測定してから、ヘッドスペースの20μlをガスクロマトグラフによるメタンおよび二酸化炭素の濃度測定を行った。メタンはFID(カラム:Porapak Q、キャリアガス:ヘリウム20ml/min、カラム温度:70℃、注入口の検出温度:150℃)、二酸化炭素はTCD(カラム:シリカゲルカラム、キャリアガス:ヘリウム80ml/min、カラム温度:70℃、注入口の検出温度:100℃)で検出し、それぞれの標準ガスを用いて同定・定量した。
【0052】
メタンの生成は、20mM(硫酸濃度、約0.2%に相当)、40mM、80mMの硫酸ナトリウムを添加した場合、硫酸ナトリウムを添加しない場合と比べ、68%、56%、18%に抑制された。濃度の上昇とともに抑制の程度が強くなり、160mM(硫酸濃度、約1.6%に相当)では完全に発酵が阻害された。
【0053】
また、二酸化炭素の生成は、20mM、40mM、80mM、160mMの硫酸ナトリウムを添加した場合、硫酸ナトリウムを添加しない場合と比べ、83%、78%、51%、35%に抑制された。濃度の上昇とともに抑制の程度が強くなるが、160mMでも二酸化炭素の生成が完全に阻害されることはなかった。
【0054】
このメタン発酵実験は、イオン交換クロマトグラフィー法や電気透析法による硫酸の回収過程を経た糖液を使用してメタン発酵を行なったものではないが、これらの方法で約50mM(約0.5%)の硫酸が残存する程度まで糖液から硫酸を回収し、残存した硫酸を水酸化ナトリウムで中和した後に、メタン発酵を実施すれば、上記の実験結果と同様に、抑制はされるもののメタン発酵が十分に可能であると考えられる。
【0055】
[実施例2]
解緩処理の際に、n−ヘキサン285gを添加したこと以外は、実施例1と同様の操作を行なった。この場合であっても、20分という短時間で水層と油層が二層に分離することが分かった。
【0056】
[比較例1]
解緩処理の際に、n−ヘキサンを添加しなかったこと以外は、実施例1と同様の操作を行なった。n−ヘキサンを添加しない場合には、二層が分離する速度は極端に遅くなり、3時間を経過した後に、はじめて上下層の境界面が観測できるようになった。その後の分離の速度も十分ではなく、およそ24時間が経過した後に分離が完了した。また、上層には多量の濃硫酸が溶解した状態で混入し、下層にもp−クレゾールが2〜3質量%溶解した状態で分離が完結した。この場合、生成したリグノフェノールは洗浄を繰り返しても弱酸性を示し、およそ20質量%の硫酸が残存することが確認された。
【符号の説明】
【0057】
1 解緩槽
2 分離槽
3 濾過機
4 乾燥機
5 樹脂クロマト塔
6 電気透析槽
7 発酵槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木質バイオマスに酸、フェノール誘導体、及び、疎水性の溶剤を添加し、木質バイオマス中のセルロース及びヘミセルロースを添加した酸により加水分解させて得られる糖液を含む層と、木質バイオマス中のリグニンとフェノール誘導体が反応して得られるリグノフェノールを含む層の二層に分離する層分離方法。
【請求項2】
疎水性の溶剤の溶解度パラメータが6〜8.5である請求項1記載の層分離方法。
【請求項3】
疎水性の溶剤が、n−ペンタン、n−ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、デカリン又はこれらの混合物のいずれかであることを特徴とする請求項1又は2記載の層分離方法。
【請求項4】
木質バイオマス100質量部に対して、200〜800質量部の酸を添加する請求項1、2又は3記載の層分離方法。
【請求項5】
フェノール誘導体がp−クレゾールであり、疎水性の溶剤の添加量がp−クレゾール100質量部に対して、30〜40質量部である請求項1、2、3又は4記載の層分離方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−168651(P2011−168651A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−31704(P2010−31704)
【出願日】平成22年2月16日(2010.2.16)
【出願人】(391041660)株式会社藤井基礎設計事務所 (4)
【Fターム(参考)】