説明

層間物質挿入黒鉛及び薄片化黒鉛の製造方法

【課題】グラフェン積層体のグラフェン間に層間物質が挿入された新規な層間物質挿入黒鉛、及びその層間物質挿入黒鉛を剥離することにより薄片化黒鉛を製造する方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る層間物質挿入黒鉛では、グラフェン積層体のグラフェン間に層間物質が挿入されている。前記層間物質は、マレイン酸、無水マレイン酸及びマレイン酸塩からなる群から選択された少なくとも1種の化合物である。本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法は、グラフェン積層体のグラフェン間に、マレイン酸、無水マレイン酸及びマレイン酸塩からなる群から選択された少なくとも1種の層間物質が挿入されている層間物質挿入黒鉛に、超音波を照射することによって前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る工程を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン積層体のグラフェン間に層間物質が挿入されている層間物質挿入黒鉛、及びその層間物質挿入黒鉛を剥離することにより薄片化黒鉛を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
黒鉛は、多数のグラフェンが積層されてなる積層体である。黒鉛を剥離することで、グラフェンあるいは黒鉛よりもグラフェン積層数が少ない薄片化黒鉛が得られる。該薄片化黒鉛では、導電性材料や熱伝導性材料などへの応用が期待されている。
【0003】
従来、グラフェンや、黒鉛よりもグラフェン積層数が少ない薄片化黒鉛すなわちグラフェンライクシートを得るために、様々な方法が提案されている。例えば下記の特許文献1には、黒鉛を強酸で処理し、黒鉛のグラフェン間にイオンをドープし、さらに急速加熱処理する方法が開示されている。ここでは、グラフェン間に硝酸イオンなどをドープし、急速加熱して黒鉛を剥離することで、元の黒鉛よりもグラフェン積層数が少ない酸化グラフェンや薄片化黒鉛を得ることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】US7,658,901B2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、黒鉛のグラフェン間に硝酸イオンをドープすることによって、黒鉛のグラフェン間の間隔を広げている。しかしながら、硝酸イオンはサイズが小さいため、黒鉛のグラフェン間にドープされたとしても、黒鉛のグラフェン間の間隔を充分に広げることができなかった。そのため、特許文献1に開示される方法では、得られる薄片化黒鉛の比表面積が小さいという問題があった。
【0006】
さらに、特許文献1に開示される方法では、グラフェン間に硝酸イオンをドープした黒鉛を剥離する際に急速加熱するため、薄片化黒鉛の酸化がいっそう進んでしまうという問題や、薄片化黒鉛がより微細化されるという問題もあった。
【0007】
本発明の目的は、グラフェン積層体のグラフェン間に層間物質が挿入された新規な層間物質挿入黒鉛、及びその層間物質挿入黒鉛を剥離することにより薄片化黒鉛を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る層間物質挿入黒鉛は、グラフェン積層体のグラフェン間に層間物質が挿入されている層間物質挿入黒鉛であって、前記層間物質が、マレイン酸、無水マレイン酸及びマレイン酸塩からなる群から選択された少なくとも1種の化合物である。
【0009】
本発明に係る層間物質挿入黒鉛のある特定の局面では、前記層間物質が無水マレイン酸である。グラフェン間にマレイン酸が挿入されている層間物質挿入黒鉛は、容易に提供することができる。
【0010】
本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法は、グラフェン積層体のグラフェン間に、マレイン酸、無水マレイン酸及びマレイン酸塩からなる群から選択された少なくとも1種の層間物質が挿入されている層間物質挿入黒鉛に、超音波を照射することによって前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る工程を備える。
【0011】
本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法のある特定の局面では、前記超音波の周波数が20kHz〜100kHzの範囲である。その場合には、前記層間挿入黒鉛をより確実に剥離することができる。従って、超音波照射により薄片化黒鉛を効果的に得ることができる。
【0012】
本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法の他の特定の局面では、前記層間物質がマレイン酸である。グラフェン間にマレイン酸が挿入されている層間物質挿入黒鉛は、容易に提供することができる。従って、超音波照射により薄片化黒鉛を容易に得ることができる。
【0013】
本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法の別の特定の局面では、前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る工程の前に、黒鉛と対極とを電解質溶液中に浸漬し、黒鉛を作用極とし、前記作用極と前記対極との間に直流電圧を印加する電気化学処理を行うことにより、前記層間物質挿入黒鉛を得る工程がさらに備えられる。その場合には、グラフェン積層体である黒鉛のグラフェン間にマレイン酸などの層間物質を挿入することにより、本発明の薄片化黒鉛の製造方法に用いる層間物質挿入黒鉛を用意することができる。
【0014】
本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法のさらに他の特定の局面では、前記電気化学処理において、前記作用極と前記対極との間に流れる電流を直流電流とする。より好ましくは、前記直流電流が10〜200mAの範囲である。その場合には、グラフェン積層体である黒鉛のグラフェン間にマレイン酸などの層間物質を効果的に挿入することができる。
【0015】
本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法のまた他の特定の局面では、前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る工程の後に、剥離により得られた薄片化黒鉛を乾燥させる工程がさらに備えられる。より好ましくは、前記薄片化黒鉛を乾燥させる工程において、前記薄片化黒鉛をフリーズドライ法により乾燥させる。その場合には、得られる薄片化黒鉛の比表面積をより一層大きくすることができる。
【0016】
本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法のまた別の特定の局面では、前記薄片化黒鉛を得る工程において、前記層間物質挿入黒鉛を疎水性分散媒に浸漬した後、前記層間物質挿入黒鉛に超音波を照射することによって前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る。その場合には、層間物質挿入黒鉛及び薄片化黒鉛を前記疎水性分散媒中に効果的に分散することができる。そのため、上記層間物質挿入黒鉛を容易に剥離することができる。従って、得られる薄片化黒鉛の比表面積をより一層大きくすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る層間物質挿入黒鉛では、グラフェン積層体のグラフェン間にマレイン酸などの層間物質が挿入されているため、上記グラフェン間の間隔が広げられている。そのため、上記層間物質挿入黒鉛は、超音波を照射すること等により容易に剥離する。従って、上記層間物質挿入黒鉛を剥離することにより、薄片化黒鉛を容易に得ることができる。
【0018】
本発明に係る薄片化黒鉛の製造方法では、本発明の層間物質挿入黒鉛に超音波を照射することにより、上記層間物質挿入黒鉛を剥離するため、比表面積の大きい薄片化黒鉛を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の層間物質挿入黒鉛を用意する方法の一例における、黒鉛を電極に固定する方法を説明するための斜視図である。
【図2】本発明の層間物質挿入黒鉛を用意する方法の一例における、黒鉛を電気化学処理する装置の概略構成図である。
【図3】実施例1により得られた層間物質挿入黒鉛のXRDスペクトルを示す図である。
【図4】実施例1により得られた層間物質挿入黒鉛のIRスペクトルを示す図である。
【図5】実施例1により得られた層間物質挿入黒鉛のTG/DTA測定結果を示す図である。
【図6】実施例1により得られた層間物質挿入黒鉛のグラフェン積層面を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した写真である。
【図7】実施例1により得られた薄片化黒鉛を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
【0021】
(層間物質挿入黒鉛)
本発明に係る層間物質挿入黒鉛は、グラフェン積層体のグラフェン間に層間物質が挿入されている層間物質挿入黒鉛である。本発明に係る層間物質挿入黒鉛では、上記層間物質が、マレイン酸、無水マレイン酸及びマレイン酸塩からなる群から選択された少なくとも1種の化合物である。
【0022】
上記層間物質挿入黒鉛では、上記グラフェン積層体のグラフェン間に挿入されている上記層間物質により、上記グラフェン間の間隔が広げられている。そのため、上記層間物質挿入黒鉛は、超音波を照射すること等により容易に剥離する。従って、上記層間物質挿入黒鉛を剥離することにより、薄片化黒鉛を容易に得ることができる。
【0023】
なお、本発明では、薄片化黒鉛とは、元のグラフェン積層体を剥離処理して得られる剥離後のグラフェン積層体であり、元のグラフェン積層体よりも比表面積の大きいグラフェン積層体をいう。
【0024】
好ましくは、上記層間物質は、マレイン酸である。マレイン酸は、後述する電気化学処理によって上記グラフェン積層体のグラフェン間に容易に挿入させ得る。そのため、上記グラフェン間にマレイン酸が挿入されている層間物質挿入黒鉛を容易に提供することができる。
【0025】
また、上記層間物質がマレイン酸塩である場合、上記マレイン酸塩としては、好ましくは、マレイン酸カリウム、マレイン酸カルシウム等を用いることができる。これらの好ましいマレイン酸塩の使用により、上記グラフェン間に上記マレイン酸塩を容易に挿入することができる。もっとも、上記マレイン酸塩は特に限定されず、上記以外の他のマレイン酸塩を用いてもよい。
【0026】
(薄片化黒鉛の製造方法)
本発明の製造方法により得られる薄片化黒鉛は、上記層間物質挿入黒鉛を剥離処理して得られる剥離後のグラフェン積層体であり、上記層間物質挿入黒鉛よりも比表面積の大きいグラフェン積層体をいう。薄片化黒鉛におけるグラフェン積層体の比表面積は、上記層間物質挿入黒鉛より大きければよいが、本発明においては、30〜2500m/gの範囲が好ましい。
【0027】
本発明の薄片化黒鉛の製造方法では、まず、上記層間物質挿入黒鉛を用意する。上記層間物質挿入黒鉛を用意する方法は特に限定されないが、例えば、黒鉛をマレイン酸電解質溶液中において電気化学処理を行う方法などが挙げられる。このような方法により、マレイン酸などの層間物質をグラフェン積層体である上記黒鉛のグラフェン間に挿入し、上記層間物質挿入黒鉛を得ることができる。
【0028】
以下、図1及び図2を参照して、電気化学処理により上記層間物質挿入黒鉛を得る方法の一例を説明する。
【0029】
まず、図1に示すように、シート状の黒鉛1を用意する。黒鉛1は、複数のグラフェンの積層体であり、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛等であってもよい。黒鉛1のグラフェン間に層間物質を容易に挿入し得るため、膨張黒鉛がより好ましい。
【0030】
次に、黒鉛1の厚み方向に、図1に示すスリット1aを形成する。スリット1aの形成は、適宜の機械的切削加工、あるいはレーザー光の照射等により行い得る。
【0031】
次に、上記スリット1aに電極2の一部を挿入することにより、黒鉛1を電極2に固定する。図1に示すように、上記電極2をスリット1aに挿入することによって、黒鉛1が電極2に固定される。電極2は、本実施形態では、Ptからなるが、適宜の導電体により形成することができる。
【0032】
なお、黒鉛1に形成するスリットの数及び電極2の形状は、スリットに電極2を挿入して黒鉛1を電極2に固定し得るように適宜変更され得る。例えば、黒鉛1に形成するスリットの本数は、複数本であってもよい。
【0033】
上記のようにして電極2に固定された黒鉛1を、図2に示すように、黒鉛1の下方部分をマレイン酸電解質溶液6中に浸漬し、上方部分をマレイン酸電解質溶液6中に浸漬しないように配置する。このマレイン酸電解質溶液6中に浸漬された黒鉛1を作用極とする。マレイン酸電解質溶液6中に上記作用極と、対極7と、参照極8を浸漬し、対極7と黒鉛1との間に直流電圧を印加し、電気化学処理を行う。対極7は、Ptなどの適宜の導電体からなる。参照極8は、Ag/AgClなどからなる。このような電気化学処理により、マレイン酸電解質溶液6中に浸漬されている黒鉛1の下方部分において、黒鉛1のグラフェン間にマレイン酸電解質溶液6中のマレイン酸などの層間物質を挿入することができる。
【0034】
なお、上記層間物質は、上述したマレイン酸、無水マレイン酸またはマレイン酸塩等であってもよい。すなわち、上記マレイン酸電解質溶液6に由来して、上記グラフェン間にマレイン酸が挿入されてもよく、無水マレイン酸が挿入されてもよく、マレイン酸塩が挿入されてもよい。
【0035】
上記マレイン酸電解質溶液6としては、例えば、マレイン酸水溶液などを用いることができる。上記マレイン酸電解質溶液6としては、マレイン酸水溶液を用いることが好ましい。その場合には、黒鉛1のグラフェン間にマレイン酸などの層間物質をより一層確実に挿入できる。上記マレイン酸水溶液は、水酸化ナトリウム等によりpHを塩基性にしたマレイン酸水溶液であってもよい。
【0036】
上記マレイン酸電解質溶液6の濃度は特に限定されないが、水溶液の場合は、マレイン酸の濃度が0.3〜10モル/Lの範囲が望ましい。この範囲内であれば、黒鉛1のグラフェン間にマレイン酸などの層間物質をより一層確実に挿入することができる。10モル/Lより高いと、マレイン酸を水に溶解することが困難になる。
【0037】
上記マレイン酸電解質溶液6の温度は特に限定されないが、水溶液の場合は5℃〜100℃程度の温度とすればよい。
【0038】
上記電気化学処理の一例としては、作用極として用いられる黒鉛1と、対極7との間に流れる電流を直流電流とする方法が挙げられる。その場合には黒鉛1を陽極とし、対極7を陰極とする。
【0039】
黒鉛1と、対極7との間に流れる上記直流電流は、10〜200mAの範囲とすることが好ましい。上記範囲とすることにより、黒鉛1のグラフェン間にマレイン酸などの層間物質を確実に挿入することができる。上記直流電流が200mAより高いと、層間物質が十分に挿入されていない状態の黒鉛微粉が得られることがある。
【0040】
また、上記直流電流とする場合には、特に限定されないが、作用極である黒鉛1と、対極7との間に印加される直流電圧を0.3V〜5.0Vの範囲とすればよい。そうすることによって、黒鉛1のグラフェン間にマレイン酸などの層間物質をより確実に挿入することができる。
【0041】
なお、上記電圧を印加する時間は、0.5〜200時間の範囲であることが好ましい。印加時間が長すぎると、上記層間物質挿入黒鉛の生産性が低下し、かつ上記層間物質を挿入する効果も飽和することがある。
【0042】
上記電気化学処理の後に、マレイン酸電解質溶液6中に浸漬した黒鉛1の下方部分を切り出して、グラフェン間にマレイン酸などの層間物質が挿入された層間物質挿入黒鉛を得ることができる。
【0043】
このようにして得られた層間物質挿入黒鉛において、マレイン酸などの層間物質がグラフェン間に挿入されているか否かは、例えば、XRDスペクトルにより確認することができる。すなわち、黒鉛由来の回折線以外に、複数の回折線が表われ、この複数の回折線の間隔から、上記層間物質がグラフェン間に挿入されているされていることを確認することができる。
【0044】
次に、用意した上記層間物質挿入黒鉛に超音波を照射することによって、上記層間物質挿入黒鉛を剥離する。それによって、上記層間物質挿入黒鉛が剥離した薄片化黒鉛を得ることができる。
【0045】
上記層間物質挿入黒鉛に照射する超音波の周波数は特に限定されないが、好ましくは20kHz〜100kHzの範囲である。上記超音波の周波数を上記範囲とすることで、上記層間挿入黒鉛をより効果的に剥離することができる。上記超音波の周波数が100kHzを超えると、上記層間物質挿入黒鉛を充分に剥離できないことがある。上記超音波の周波数が20kHzより低いと、剥離の効果は大きくなるが、薄片化黒鉛がより微細化されてしまうことがある。
【0046】
上記超音波の照射時間は特に限定されないが、好ましくは、10分〜180分の範囲である。上記超音波の照射時間を10分以上とすることにより、上記層間挿入黒鉛を充分に剥離することができる。上記超音波の照射時間が180分より長いと、薄片化黒鉛がより微細化されてしまうことがある。
【0047】
上記超音波の照射をする際には、特に限定されないが、上記層間物質挿入黒鉛を分散媒中に分散した後に超音波を照射することが好ましい。
【0048】
上記分散媒は層間物質挿入黒鉛を分散できる限り限定されず、適宜の分散媒を用いることができる。好ましくは、上記分散媒として疎水性分散媒を用いることができる。疎水性分散媒中では層間物質挿入黒鉛及び薄片化黒鉛が凝集し難く、分散しやすい。そのため、上記層間物質挿入黒鉛を容易に剥離することができる。それによって、得られる薄片化黒鉛の比表面積をより一層大きくすることができる。
【0049】
上記層間物質挿入黒鉛が前述の電気化学処理により得られている場合には、当該電気化学処理において使用したマレイン酸電解質溶液を、分散媒として用いてもよい。また、上記マレイン酸電解質溶液に上記層間物質挿入黒鉛を分散した後、上記マレイン酸電解質溶液を別の溶媒と交換してもよい。このとき、上記マレイン酸電解質溶液として極性の大きいマレイン酸水溶液である場合には、マレイン酸水溶液を疎水性分散媒に交換することが好ましい。それによって、上記層間物質挿入黒鉛及び薄片化黒鉛の分散性が大きく向上する。
【0050】
上記分散媒中で層間物質挿入黒鉛を剥離した場合には、剥離により得られた薄片化黒鉛を乾燥させることにより、分散媒を含まない薄片化黒鉛を得ることができる。
【0051】
上記乾燥方法は、上記分散媒を除去し得る限り特に限定されず、例えば、風乾法、乾熱法またはフリーズドライ法などにより行うことができる。好ましくは、上記薄片化黒鉛をフリーズドライ法により乾燥させることができる。その場合には、乾燥時における薄片化黒鉛の再凝集を抑制することができる。従って、得られる薄片化黒鉛の比表面積をより一層大きくすることができる。
【0052】
本発明の薄片化黒鉛の製造方法では、比表面積が30m/g以上の薄片化黒鉛を得ることができる。更には比表面積が50m/g以上の薄片化黒鉛を得ることができる。また更には比表面積が200m/g以上の薄片化黒鉛を得ることができる。
【0053】
本発明により得られる薄片化黒鉛の比表面積は大きいため、本発明の薄片化黒鉛は、弾性率等の物理的特性や、導電性などの電気的特性に優れている。従って、例えば本発明の薄片化黒鉛を樹脂に分散させることにより、剛性並びに耐燃焼性に優れた樹脂複合材料を得ることができる。
【0054】
以下、本発明を具体的に実施例及び比較例を挙げることにより、本発明を明らかにする。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0055】
(実施例1)
膨張黒鉛シート(東洋炭素社製「PF−100UHP」、密度1.0、厚み1.0mm)を1cm×2cmにカットすることにより、密度1.0、厚み1.0mmの膨張黒鉛シートを用意した。この膨張黒鉛シートに、図1に示したように、スリット1aの長さが1cm、幅が1cmとなるようにカッターナイフにより切削し、1本のスリット1aを形成した。スリット1aが形成された黒鉛シートに、図1に示したPtからなる電極2を挿入した。このようにして用意した黒鉛シートを作用極(陽極)として、該作用極をPtからなる対極(陰極)及び、Ag/AgClからなる参照極とともに3.0モル/L濃度(10.4重量%)のマレイン酸水溶液中に浸漬した。このとき、上記黒鉛シートの上方の対極が挿入されている部分を、上記マレイン酸水溶液中に浸漬されないように配置した。続いて、作用極を陽極とし、対極を陰極として、その間に100mAの定電流が流れるように直流電圧を1時間印加し、電気化学処理を行った。このようにして、マレイン酸水溶液中に浸漬されている上記黒鉛シートの下方部分において、上記黒鉛シートのグラフェン間にマレイン酸を挿入した。その後、マレイン酸水溶液中に浸漬していない上記黒鉛シートの上方部分から、グラフェン間にマレイン酸が挿入された上記黒鉛シートの下方部分を切り出して、層間物質挿入黒鉛を得た。
【0056】
次に、上記層間物質挿入黒鉛を上記マレイン酸水溶液中に浸漬させた後、超音波発生装置(トミー精工社製「UD−200」)を用いて、上記マレイン酸水溶液に20kHz、200Wの超音波を15分照射して、上記層間物質挿入黒鉛を剥離した。その後、上記分散液を濾過し、剥離により得られた薄片化黒鉛を得た。続いて、上記薄片化黒鉛を室温にて1日風乾した後、50℃の感熱式オーブンにより8時間乾燥することにより、上記薄片化黒鉛の乾燥物を得た。
【0057】
(実施例2)
実施例1と同様にして、層間物質挿入黒鉛及び剥離により得られた薄片化黒鉛を得た。続いて、上記薄片化黒鉛を凍結した後、エバポレーターを用いて減圧しながら70℃にて2時間処理することにより、上記薄片化黒鉛の乾燥物を得た。
【0058】
(比較例1)
超音波処理を行わずに濾過したこと以外は実施例1と同様にして、層間物質挿入黒鉛および薄片化黒鉛の乾燥物を得た。
【0059】
〔実施例及び比較例の評価〕
(層間物質挿入黒鉛におけるマレイン酸挿入の評価)
実施例1において得られた層間物質挿入黒鉛を用いて、以下のXRD測定、IR測定、TG/DTA測定及びSEMによる観察により、マレイン酸がグラフェン間に挿入されていることを確認した。
【0060】
1)XRD測定
上記層間物質挿入黒鉛のXRDスペクトルを図3に示す。図3から明らかなように、黒鉛の002のピーク(図3の丸印)よりも低角度側であり、2θ(CuKα)が8度よりも低い位置に、2つの回折線(図3の四角印)が表われている。この2つの回折線が、グラフェン積層体のグラフェン間にマレイン酸が挿入されている層間物質挿入黒鉛のピークであると考えられる。
【0061】
なお、黒鉛の002のピークよりも高角度側の回折線(図の星印)は、無水マレイン酸のピークを示す。
【0062】
2)IR測定
上記層間物質挿入黒鉛に対し、KBr錠剤法によりIR測定を行った。具体的には、KBr100mgに、上記層間物質挿入黒鉛を1重量%程度となるように混合した後、20MPaの圧力かけてペレット状に成型した。このようにしてペレット状に成型したものを測定試料として、分光光度計(PerkinElmer社製「SpecTrum−GX1」)を用いて、測定波長370〜4000cm−1の範囲においてIR測定を行った。得られたIRスペクトルを図4に示す。
【0063】
IRスペクトルにおける3500cm−1付近のピークは、マレイン酸のO−H伸縮に由来し、1600cm−1付近のピークは、マレイン酸のC=O伸縮に由来する。図4に示される上記層間物質挿入黒鉛のIRスペクトルにおいて顕著に見られるこれらのピークは、グラフェン積層体のグラフェン間にマレイン酸が挿入されたことを示唆する結果であると考えられる。
【0064】
3)TG/DTA測定
上記層間物質挿入黒鉛を、空気雰囲気下で室温(22.9℃)から1000℃まで10℃/分の速度で加熱する燃焼試験を行った。この燃焼試験を行った際のTG/DTA測定結果を図5に示す。
【0065】
図5から明らかなように、150℃付近に加熱した際に、上記層間物質挿入黒鉛の重量が約10%減少していることがわかる。このことは、グラフェン積層体のグラフェン間に挿入されたマレイン酸が、150℃付近に加熱した際に燃焼するためと考えられる。従って、図5に示されるTG/DTA測定結果より、上記層間物質挿入黒鉛において、上記層間物質挿入黒鉛100重量%に対し、マレイン酸が10重量%挿入されていることがわかる。
【0066】
4)SEMによる観察
上記層間物質挿入黒鉛のグラフェン積層面を、走査型電子顕微鏡(SEM)により6000倍に拡大して撮影し、それによって得られた写真を観察した。上記SEM写真を図6に示す。
【0067】
図6から明らかなように、上記層間物質挿入黒鉛のグラフェン積層面の積層間隔が大きく広がっていることがわかる。このことは、グラフェン積層体のグラフェン間にマレイン酸が挿入されたことにより、グラフェン積層体の積層間隔が広がった結果であると考えられる。
【0068】
(薄片化黒鉛の評価)
1)SEMによる観察
実施例1により得られた薄片化黒鉛を、SEMにより5000倍に拡大して撮影し、それによって得られた写真を観察した。上記SEM写真を図7に示す。
【0069】
図7から明らかなように、本発明に従う実施例1の製造方法により、薄く、比表面積の大きい薄片化黒鉛が得られたことがわかる。
【0070】
2)比表面積の測定
実施例1,2及び比較例1により得られた薄片化黒鉛の比表面積を、絶対温度77Kの窒素ガスの吸脱着等温線を測定することにより求めた。結果を以下に示す。
【0071】
実施例1:31m/g
実施例2:50m/g
比較例1:20m/g
【符号の説明】
【0072】
1…黒鉛
1a…スリット
2…電極
6…電解質溶液
7…対極
8…参照極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラフェン積層体のグラフェン間に層間物質が挿入されている層間物質挿入黒鉛であって、
前記層間物質が、マレイン酸、無水マレイン酸及びマレイン酸塩からなる群から選択された少なくとも1種の化合物である、層間物質挿入黒鉛。
【請求項2】
前記層間物質が無水マレイン酸である、請求項1に記載の層間物質挿入黒鉛。
【請求項3】
グラフェン積層体のグラフェン間に、マレイン酸、無水マレイン酸及びマレイン酸塩からなる群から選択された少なくとも1種の層間物質が挿入されている層間物質挿入黒鉛に、超音波を照射することによって前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る工程を備える、薄片化黒鉛の製造方法。
【請求項4】
前記超音波の周波数が20kHz〜100kHzの範囲である、請求項3に記載の薄片化黒鉛の製造方法。
【請求項5】
前記層間物質がマレイン酸である、請求項3または4に記載の薄片化黒鉛の製造方法。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか1項に記載の薄片化黒鉛の製造方法であって、
前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る工程の前に、黒鉛と対極とを電解質溶液中に浸漬し、黒鉛を作用極とし、前記作用極と前記対極との間に直流電圧を印加する電気化学処理を行うことにより、前記層間物質挿入黒鉛を得る工程をさらに備える、薄片化黒鉛の製造方法。
【請求項7】
前記電気化学処理において、前記作用極と前記対極との間に流れる電流を直流電流とする、請求項6に記載の薄片化黒鉛の製造方法。
【請求項8】
前記直流電流が10〜200mAの範囲である、請求項7に記載の薄片化黒鉛の製造方法。
【請求項9】
前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る工程の後に、剥離により得られた薄片化黒鉛を乾燥させる工程をさらに備える、請求項6〜8に記載の薄片化黒鉛の製造方法。
【請求項10】
前記薄片化黒鉛を乾燥させる工程において、前記薄片化黒鉛をフリーズドライ法により乾燥させる、請求項9に記載の薄片化黒鉛の製造方法。
【請求項11】
前記薄片化黒鉛を得る工程において、前記層間物質挿入黒鉛を疎水性分散媒に浸漬した後、前記層間物質挿入黒鉛に超音波を照射することによって前記層間物質挿入黒鉛を剥離して薄片化黒鉛を得る、請求項3〜10に記載の薄片化黒鉛の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−112542(P2013−112542A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−258028(P2011−258028)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(000002174)積水化学工業株式会社 (5,781)
【出願人】(304028726)国立大学法人 大分大学 (181)
【Fターム(参考)】