説明

履歴型ダンパー

【課題】超弾性合金の引張力により形状の自己復元能力を付与した履歴型ダンパーにおいて、引張時と圧縮時の特性を自由に設定可能にする。
【解決手段】引張時に引張力が作用する第1の超弾性合金部材1と、圧縮時に引張力が作用する第2の超弾性合金部材2とを備え、第1の超弾性合金部材1および第2の超弾性合金部材2によりダンパー形状の自己復元を行う構造になっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超弾性合金の引張力により形状の自己復元能力を付与した履歴型ダンパーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、土木構造物に用いられるパッシブ型の制震装置は地震後に自動的に元位置へ復旧する自己復元能力は持ち合わせてはいない。そのため、制震装置はレベル1地震動(中程度の地震)に対しては機能しないように設計されている。さらにレベル2地震動(極大地震動)に対して制震装置として機能した後には、制震装置に発生した残留変形を取り除くための作業が必要であるとともに制震装置に用いられる履歴型金属ダンパーは地震時の繰り返し荷重下での塑性変形によりその性能が低下するため、ダンパー部材の交換も必要となる。
【0003】
そこで、地震後のメンテナンスフリーを目的とした制震技術がいくつか提案されている。
まず、非特許文献1は超弾性合金を対象に、超弾性効果をダンパー部材へ適用することについて検討しているが、超弾性挙動を利用すると自己復元能力は有するもののエネルギ吸収能が低くなってしまいダンパーとしては不適当であることを明らかにしている。一方、形状記憶能力を利用した場合には元位置への復旧には地震後の加熱作業が必要となり、高エネルギ吸収能を持つメンテナンスフリーな制震装置を実現するには至っていない。
非特許文献1での低いエネルギ吸収能を補う構造として、特許文献1ではダンパーのエネルギ吸収部材に超塑性合金を用い、超弾性合金と組み合わせてメンテナンスフリーを実現しようとした制震装置を提案している。この装置では超弾性合金に引張力および圧縮力が作用するが、一般に板厚が大きい超弾性合金や径の大きい超弾性合金の製作は難しく圧縮時に座屈が生じる危険性がある。
それを解決する機構として、非特許文献2、特許文献2の軸降伏型ブレースでは、ブレース全体が引張、圧縮時のいずれの場合にも、超弾性合金には引張力が作用する構造となっている。しかし、引張、圧縮時ともに同一の超弾性合金に引張力を作用させる機構が複雑であるため工夫を要し、また引張時と圧縮時での軸降伏型ブレースの特性を変化させることが難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】後藤芳顯,海老澤健正:履歴型ダンパー,特願2008-332420.
【特許文献2】Robert TREMBLAY and Constantin CHRISTOPOULOS : Self-centering energy dissipative brace apparatus with tensioning elements,PCT/CA2005/000339.
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】足立幸郎,運上茂樹,近藤益央:形状記憶合金の橋梁ダンパーへの適用性に関する研究,土木技術資料,Vol.40,No.10,pp.54-59,1998.
【非特許文献2】C. Christopoulos, R. Tremblay, H.-J. Kim and M. Lacerte:Self-Centering Energy Dissipative Bracing System for the Seismic Resistance of Structures: Development and Validation,Journal of Structural Engineering, Vol.134, No.1, pp.96-107, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
a)超弾性合金を利用した自己復元能力を有した制震装置では、エネルギ吸収能が小さく本来の制震装置としての能力に乏しい。
b)超弾性合金に引張力および圧縮力を作用させる制震機構では、圧縮時に座屈が生じる可能性があり、自己復元能力を適切に発揮することが難しい。
c)引張、圧縮時ともに同一の超弾性合金に引張力を作用させる軸降伏型ブレースでは、超弾性合金への力の伝達機構が引張時および圧縮時ともに適切に機能する機構が必要である。超弾性合金は任意の形状の製作が難しく、加工性も劣ることから、機構がより簡便であることが汎用性を高める。
d) 引張、圧縮時ともに同一の超弾性合金に引張力を作用させる軸降伏型ブレースでは、同一の超弾性合金を用いるため引張時と圧縮時の特性を変化させることが難しい。
【0007】
本発明は上記点に鑑みて、超弾性合金の引張力により形状の自己復元能力を付与した履歴型ダンパーにおいて、引張時と圧縮時の特性を自由に設定可能にすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、
引張時に引張力が作用する第1の超弾性合金部材(1)と、
圧縮時に引張力が作用する第2の超弾性合金部材(2)とを備え、
前記第1の超弾性合金部材(1)および前記第2の超弾性合金部材(2)によりダンパー形状の自己復元を行う構造になっていることを特徴とする。
これによると、引張時と圧縮時とで引張力が作用する超弾性合金部材が異なるので、引張時と圧縮時の特性を自由に設定することができる。
請求項2に記載の発明では、請求項1に記載の履歴型ダンパーにおいて、
前記第1の超弾性合金部材(1)および第2の超弾性合金部材(2)は、ダンパー軸方向に2段に設置されていることを特徴とする。
請求項3に記載の発明では、請求項1または2に記載の履歴型ダンパーにおいて、
引張時に引張力が作用し、圧縮時に圧縮力が作用するエネルギ吸収部材(3)と、
前記第1の超弾性合金部材(1)および前記第2の超弾性合金部材(2)を前記エネルギ吸収部材(3)に連結するための連結部材(4、5)とを備えることを特徴とする。
請求項4に記載の発明では、請求項3に記載の履歴型ダンパーにおいて、
前記エネルギ吸収部材(3)は、超塑性合金で構成されていることを特徴とする。
請求項5に記載の発明では、請求項3に記載の履歴型ダンパーにおいて、
前記エネルギ吸収部材は、軸降伏型履歴ダンパーで構成されていることを特徴とする。
【0009】
なお、この欄および特許請求の範囲で記載した各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本ダンパーの第1実施形態の構造を模式的に示した図である。
【図2】本ダンパーの動作を引張時(a)および圧縮時(b)について模式的に示した図である。
【図3】本ダンパーの第3実施形態の構造を模式的に示したものである .
【図4】本ダンパーを橋脚と上部構造との間に取り付けた例を示した図である。
【図5】本ダンパーをアーチ橋に取り付けた例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(第1実施形態)
まず、実施形態の概要を説明する。本実施形態の履歴型ダンパーは、自己復元能力を備えたメンテナンスフリーな履歴型ダンパーであり、中規模地震動でも機能する高効率な制震構造を実現する。また、従来ダンパーと同等の施工性を有し、新設および既設の構造物に容易に設置できる。
上記課題a)の欠点の改善のため、超弾性合金は自己復元能力を担うものとし、地震エネルギの吸収を担うエネルギ吸収部材をダンパー内に取り付ける。
上記課題b)の欠点の改善のため、超弾性合金をダンパーの軸方向に2段に設置し、1段目の超弾性合金はダンパー部材が引張時のみに作用し、2段目の超弾性合金はダンパー部材が圧縮時にのみ作用する。そして、両者の超弾性合金には引張力のみが作用する機構とする。
この機構では、超弾性合金の両端に取り付けたナット等を介して一方向の力のみを伝達する構造であり、力の伝達機構の簡便化が図られ、上記課題c)を解決することができる。
また、この機構では、ダンパーの引張時と圧縮時において機能する超弾性合金が異なるため、それぞれの断面積や長さを容易に変化させることができる。また、履歴型金属ダンパーの断面積や長さも自由に決定できる。これにより上記課題d)を解決し、引張時と圧縮時における制震装置の性能を自由に設定可能とし、高効率な制震構造を得ることが容易となる。
以下、第1実施形態を具体的に説明する。図1は第1実施形態の構造を模式的に示したものである。部材1、2が超弾性合金、部材3がエネルギ吸収を担う超塑性合金である。部材4、5は連結部材であり、部材4、5の端部4a、5aを構造物に固定し、超弾性合金部材1、2および超塑性合金3へ力を伝達する。
連結部材4、5での変形を抑制するため、連結部材4、5は超弾性合金1、2および超塑性合金3と比べ十分に大きな強度と剛性を持つ。連結部材4と連結部材5との接触部4b、4cのどちらかあるいはその両者は接触しており、接触している場合には摩擦が十分小さくなるよう表面加工あるいはテフロンシート等の摩擦低減材の取り付けを行う。
超弾性合金1(第1の超弾性合金部材)の両端にはナット6、7が取り付けられ、ナット6と連結部材4、ナット7と連結部材5は接触している。同様に、超弾性合金2(第2の超弾性合金部材)の両端にはナット8、9が取り付けられ、ナット8と連結部材5、ナット9と連結部材4は接触している。
また、エネルギ吸収部材である超塑性合金3の両端は連結部材4、5にそれぞれ連結される。超塑性合金3は圧縮時の座屈を防止するため、必要に応じて超塑性合金3の周囲に拘束部材10を取り付ける。なお、拘束部材10に軸方向(ダンパー軸方向)の力が作用しないよう拘束部材10と連結部材4、5との間には隙間が設けられる。
図2(a)は引張力が作用したときの第1実施形態の動作を模式的に示したものである。連結部材の両端4a、5aに引張力が作用すると、超弾性合金1にはナット6、7を介して引張力が作用する。一方、ナット8、9と連結部材5、4との間には離間が生じるため、超弾性合金2には力が作用しない。また、超塑性合金3には引張力が作用する。なお、連結部材4、5が接触部4b、4cで接触していることにより、軸直角方向への変位は抑制される。
図2(b)は圧縮力が作用したときの第1実施形態の動作を模式的に示したものである。連結部材の両端4a、5aに圧縮力が作用すると、超弾性合金2にはナット8、9を介して引張力が作用する。一方、ナット6、7と連結部材4、5との間には離間が生じるため、超弾性合金1には力が作用しない。また、超塑性合金3には圧縮力が作用する。この際、拘束部材10により超塑性合金3の軸直角方向への変形が拘束され座屈の発生が抑制される。なお、連結部材4、5が接触部4b、4cで接触していることにより、軸直角方向への変位は抑制される。
このように、地震時にダンパーに引張、圧縮力の繰り返し荷重が作用した際には、超弾性合金1、2のどちらかに引張力が作用して自己復元能力を担う。一方、超塑性合金3には引張力および圧縮力が繰り返し作用し地震エネルギの吸収が図られる。
(第2実施形態)
第1実施形態におけるエネルギ吸収部材である超塑性合金3および拘束材を他の軸降伏型履歴ダンパーに置き換えたものである。この部材には任意の耐劣化性を備えた軸降伏型履歴ダンパーを用いることができる。
(第3実施形態 )
第1実施形態のダンパー引張時に引張力が作用する超弾性合金1およびダンパー圧縮時に引張力が作用する超弾性合金2をそれぞれ1段ずつ配置したものである。第3実施形態では、図3に示すように超弾性合金1、2をそれぞれ2段ずつ設置したものである。このように、超弾性合金1、2を複数段にわたって設置することが可能である。
超弾性合金1、2と連結部材4、5との連結の仕方は第1実施形態と同様である。図3の例では超弾性合金1、2を交互に配置している。
(第4実施形態)
本ダンパー11を橋脚12と上部構造13との間に取り付けた実施形態を図4に示す。橋脚12と上部構造との相対変位によりダンパー11が動作する。
(第5実施形態)
本ダンパー11をアーチ橋14に取り付けた実施形態を図5に示す。
(他の実施形態)
なお、上述の実施形態は、超弾性合金1、2と他の部材との連結構造の一例を示したものに過ぎず、超弾性合金1、2と他の部材との連結構造を種々変更可能である。
【符号の説明】
【0012】
1 超弾性合金(第1の超弾性合金部材)
2 超弾性合金(第2の超弾性合金部材)
3 超塑性合金(エネルギ吸収部材)
4、5 連結部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張時に引張力が作用する第1の超弾性合金部材(1)と、
圧縮時に引張力が作用する第2の超弾性合金部材(2)とを備え、
前記第1の超弾性合金部材(1)および前記第2の超弾性合金部材(2)によりダンパー形状の自己復元を行う構造になっていることを特徴とする履歴型ダンパー。
【請求項2】
前記第1の超弾性合金部材(1)および第2の超弾性合金部材(2)は、ダンパー軸方向に2段に設置されていることを特徴とする請求項1に記載の履歴型ダンパー。
【請求項3】
引張時に引張力が作用し、圧縮時に圧縮力が作用するエネルギ吸収部材(3)と、
前記第1の超弾性合金部材(1)および前記第2の超弾性合金部材(2)を前記エネルギ吸収部材(3)に連結するための連結部材(4、5)とを備えることを特徴とする請求項1または2に記載の履歴型ダンパー。
【請求項4】
前記エネルギ吸収部材(3)は、超塑性合金で構成されていることを特徴とする請求項3に記載の履歴型ダンパー。
【請求項5】
前記エネルギ吸収部材は、軸降伏型履歴ダンパーで構成されていることを特徴とする請求項3に記載の履歴型ダンパー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−197864(P2012−197864A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−62337(P2011−62337)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】