説明

工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受

【課題】工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受において、剥離等の損傷を抑えて耐久性を向上させ、より高速での回転に対応できるようにする。
【解決手段】合成油を基油とし、ジウレア化合物を増ちょう剤とし、ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体から選ばれる少なくとも1種の防錆添加剤をグリース全量の0.25〜5質量%含有するグリース組成物を、内輪と外輪と転動体とで形成される軸受空間に封入した工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械の主軸を駆動するスピンドルモータに組み込まれる転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
各種工作機械では、主軸駆動用にスピンドルモータが使用されているが、スピンドルモータは高温、高速、高荷重、高振動等の過酷な環境下で使用されため、ポンプやコンプレッサ、家電製品、OA機器等に使用される汎用モータに比べて短時間に軸受が損傷しやすい。
【0003】
汎用モータでは、軸受のdmn値(dm(転動体のピッチ直径:mm)とn(回転数:rpm)との積)が約50万以下であるのに対し、工作機械の主軸駆動用モータではdmn値が60万〜120万にもなる。しかも、工作機械は、加工物の材質や形状、大きさ、加工部位、更には加工用治具(切削加工機械の刃物等)の材質や形状などによって加工条件が異なり、モータに加わる負荷トルクや振動、加工時のモータ回転数、連続回転時間等がさまざまに変化する。このようなモータの負荷荷重や負荷振動、温度上昇、内部温度変化、回転数の急激な変化等の外乱により、主軸を支承する転がり軸受も荷重変動、過荷重、潤滑剤の劣化等による焼付き、剥離等の損傷が発生しやすくなる。
【0004】
そのため、工作機械用のスピンドルモータは特殊モータの分類に相当し、転がり軸受にも特別な設計仕様が必要とされる。例えば、潤滑のために封入されるグリース組成物として、基油にエステル系合成油を用い、増ちょう剤にジウレア化合物を用い、更に酸化防止性能に優れる添加剤を添加することが行われている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−262146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、スピンドルモータは急加速・急減速の頻度が高いため、転がり軸受では滑り速度が非常に大きくなり、更には工具の切れ味低下によるワークと刃物との間の「びびり」と呼ばれる振動や、工具先端の欠けによる強制振動が加わる。また、dmn値が80万を超える高速回転では、転動体の遠心力作用により転がり接触部分の面圧が上昇するとともに、転がり接触部分にスピン滑りやジャイロ滑りとも呼ばれる滑りも加わり、剥離が発生し易い傾向がある。このようなことから、回転速度の高まりもあって、転がり軸受には数10〜数100時間程度の短時間で剥離等の損傷が発生することが多くなってきている。
【0007】
また、スピンドルモータは、加工主軸本体と駆動モータとがカップリングによる直結駆動方式であることが多く、転がり軸受の転がり接触面に小さな剥離が発生しても、モータ振動が加工主軸本体に伝わり、加工精度に影響を与えやすいという問題もある。
【0008】
更には、工作機械では切削水やクーラント水と接触するため、これらの水分が転がり軸受内に浸入しやすい。また、ベルト駆動下ではベルトの材質によっては静電気が発生する。そして、浸入した水分に静電気が作用して電気分解が起こって水素が発生し、水素脆性による剥離が起こるようになる。
【0009】
今後とも工作機械はより高速で稼動されることは必至であり、このような問題について従来のグリース組成物では対応が不十分になることが予測される。そこで本発明は、工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受において、剥離等の損傷を抑えて耐久性を向上させ、より高速での回転に対応できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の問題を解消するために本発明は、下記の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受を提供する。
(1)合成油を基油とし、ジウレア化合物を増ちょう剤とし、ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体から選ばれる少なくとも1種の防錆添加剤をグリース全量の0.25〜5質量%含有するグリース組成物を、内輪と外輪と転動体とで形成される軸受空間に封入したことを特徴とする工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。
(2)前記防錆添加剤の含有量がグリース組成物全量の0.5〜5質量%であることを特徴とする上記(1)記載の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。
(3)前記コハク酸誘導体がアルケニルコハク酸ハーフエステルであることを特徴とする上記(1)または(2)記載の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。
(4)前記基油がエーテル油及びポリα−オレフィン油の少なくとも1種であることを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。
【発明の効果】
【0011】
本発明の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受は、剥離発生が抑えられ、長寿命となり、より高速での回転に対応できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受の一例である深溝玉軸受の断面図である。
【図2】試験1(剥離テスト)の結果を示すグラフである。
【図3】試験2(耐水剥離テスト)の結果を示すグラフである。
【図4】試験3(高速性能テスト)に用いた試験装置を示す概略構成図である。
【図5】試験3(高速性能テスト)の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0014】
本発明において、工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受の種類やその構成には制限はなく、深溝玉軸受やアンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受等を対象にすることができる。図1は深溝玉軸受1の一例を示す断面図であるが、内輪10と外輪11との間に保持器12により複数の玉13を保持するとともに、内輪10と外輪11と玉13とで形成される軸受空間Sに後述される特定のグリース組成物(図示せず)を充填し、シールド14で封止して構成されている。玉13の材質も制限されず、鋼材の他、セラミック製とすることができる。また、保持器12も、金属製や合成樹脂製とすることができ、合成樹脂製保持器としてはポリアミドやポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリイミド、ポリエーテル・エーテルケトン(PEEK)等にガラス繊維や炭素繊維、アラミド繊維等の繊維状補強剤を混合した樹脂組成物を所定の形状に成形したものを用いることができる。シールド14も鋼板シールドやゴムシールを用いることができ、ゴムシールは接触式でも非接触式でもよい。更には、軸受空間Sにグリース組成物をより多く封入するために、内輪10及び外輪11の幅を大きくすることもできる。
【0015】
また、軸受同士を組み合わせることもでき、その場合の配列様式も背面組合せ、正面組合せが可能である。更には、アンギュラ玉軸受と円筒ころ軸受とを組み合わせることも可能である。
【0016】
グリース組成物において、基油には合成油を用いる。合成油としては、炭化水素油、芳香族油、エステル油、エーテル油等が挙げられる。炭化水素油としては、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンコオリゴマー等のポリα−オレフィンまたはこれらの水素化物等が挙げられる。芳香族油としては、モノアルキルベンゼン、ジアルキルベンゼン、等のアルキルベンゼン、あるいはモノアルキルナフタレン、ジアルキルナフタレン、ポリアルキルナフタレン等のアルキルナフタレン等が挙げられる。エステル油としては、ジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルシノレート等のジエステル油、あるいはトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等の芳香族エステル油、更にはトリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンベラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネート等のポリオールエステル油、更にはまた、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油等が挙げられる。エーテル油としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテル等のポリグリコール、あるいはモノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテル等のフェニルエーテル油等が挙げられる。その他の合成潤滑基油としてはトリクレジルフォスフェート、シリコーン油、パーフルオロアルキルエーテル等が挙げられる。中でも、ポリα−オレフィン及びエーテル油が好ましい。また、これらの合成油は、それぞれ単独でも、適宜組合わせてもよい。
【0017】
また、基油は、40℃における動粘度が10〜400mm/sであることが好ましく、 20〜250mm/sであることがより好ましい。40℃における動粘度が10 mm/s未満では十分な耐荷重性が得られず、400mm/s を超えるとトルク上昇を招いたり、高速回転に伴って軌道面への油の供給が不足し、早期に軸受寿命に至るようになる。尚、複数の基油を混合して用いる場合は、混合油としての粘度がこの範囲となるように調整する。
【0018】
増ちょう剤には、耐熱性に優れることからジウレア化合物を用いる。ジウレア化合物は、ジイソシアネートとモノアミンとの反応生成物である。ジイソシアネートとしては、ジフェニルメタンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ビフェニレンジイソシアネート、ジメチルジフェニレンジイソシアネート、あるいはこれらのアルキル置換体等が挙げられる。また、モノアミンとしては、アニリン、シクロヘキシルアミン、オクチルアミン、トルイジン、ドデシルアニリン、オクタデシルアミン、ヘキシルアミン、ヘプチルアミン、ノニルアミン、エチルエキシルアミン、デシルアミン、ウンデシルアミン、ドデシルアミン、テトラデシルアミン、ペンタデシルアミン、ノナデシルアミン、エイコデシルアミン、オレイルアミン、リノレイルアミン、リノレニルアミン、メチルシクロヘキシルアミン、エチルシクロヘキシルアミン、ジメチルシクロヘキシルアミン、ジエチルシクロヘキシルアミン、ブチルシクロヘキシルアミン、プロピルシクロヘキシルアミン、アミルシクロヘキシルアミン、シクロオクチルアミン、ベンジルアミン、ベンズヒドリルアミン、フェネチルアミン、メチルベンジルアミン、ビフェニルアミン、フェニルイソプロピルアミン、フェニルヘキシルアミン等が挙げられる。
【0019】
グリース組成物には、防錆添加剤として、ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体から選ばれる少なくとも1種が添加される。コハク酸誘導体としては、アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステル、コハク酸イミド等が挙げられる。中でも、アルケニルコハク酸ハーフエステルが好適である。
【0020】
防錆添加剤の含有量は、グリース組成物全量の0.25〜5質量%が好ましく、0.5〜5質量%がより好ましい。防錆添加剤の含有量が0.25質量%未満では剥離防止効果が十分ではなくなり、5質量%を超えても剥離防止効果の更なる向上は見込めない。
【0021】
グリース組成物には、各種性能を更に向上させるために、酸化防止剤や極圧剤、油性向上剤、金属不活性化剤等を添加してもよい。何れも公知のもので構わないが、酸化防止剤としてはアミン系やフェノール系、硫黄系の各酸化防止剤が挙げられ、極圧剤としてはリン系やジチオリン酸系、有機モリブデン系の各極圧剤等が挙げられ、油性向上剤としては脂肪酸や動植物油等が挙げられて、金属不活性化剤としてはベンゾトリアゾール等が挙げられる。これら他の添加剤は、それぞれ単独でも、適宜組合わせて使用できるが、その含有量はグリース組成物全量の10質量%を上限とすることが好ましい。
【0022】
グリース組成物を調製するには、基油中でジウレア化合物を合成し、防錆添加剤、必要に応じて他の添加剤をそれぞれ所定量添加して混練して得られる。
【0023】
また、グリース組成物の混和ちょう度は、高速回転を考慮すると200〜300が適当である。
【実施例】
【0024】
以下に試験例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0025】
(試験グリース及び試験軸受)
下記表1に示す試験グリースを調整し、日本精工(株)製の深溝玉軸受に封入して試験軸受を作製した。そして、試験軸受について下記試験1〜3を行った。
【0026】
【表1】

【0027】
(試験1:剥離テスト)
各試験軸受を、室温、外部荷重1000N、回転数3500〜8000min−1の条件にて連続回転させ、剥離寿命に至るまでの時間(剥離寿命)を測定した。結果を図2に示すが、実施例1の試験軸受は1000時間を越えても剥離寿命には至らず、比較例2,3の試験軸受の約3〜10倍を超える剥離寿命の延長効果が得られている。
【0028】
(試験2:耐水剥離テスト)
実施例1の試験グリースを封入した試験軸受と、比較例3の試験グリースを封入した試験軸受とを用い、各試験軸受の軸受空間に水を同量ずつ注入し、試験1と同条件にて剥離寿命を測定した。尚、試験は同一の試験軸受について2回ずつ行った。結果を図3に示すが、実施例1の試験軸受は1000時間を越えても剥離が発生せず、比較例3の試験軸受の約4〜8倍を超える寿命延長効果が得られている。
【0029】
(試験3:高速性能テスト)
実施例1の試験グリースを封入した試験軸受と、比較例1の試験グリースを封入した試験軸とを、図4に示すようなスピンドルモータに相当する試験装置に組み込み、回転数を最大で25000min−1(dmn150万相当)まで増加させ、回転数と外輪の温度の上昇との関係を求めた。尚、図4に示す試験装置は、実機のスピンドルモータに準じたものであり、シャフトの両端を一対の試験軸受で支承し、エアシリンダにより予圧を与え、更にシャフトの回転を外部モータによるベルト駆動で行う構成となっている。結果を図5に示すが、実施例1の試験軸受は、高速回転性能は比較例1の試験軸受とほぼ同等であることがわかる。
【0030】
上記の各試験結果から、本発明によれば、工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受において、高速回転性能を維持しつつ、剥離等の損傷を抑えて耐久性を向上させることが確認された。
【符号の説明】
【0031】
1 深溝玉軸受
10 内輪
11 外輪
12 保持器
13 玉
14 シールド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成油を基油とし、ジウレア化合物を増ちょう剤とし、ナフテン酸亜鉛及びコハク酸誘導体から選ばれる少なくとも1種の防錆添加剤をグリース全量の0.25〜5質量%含有するグリース組成物を、内輪と外輪と転動体とで形成される軸受空間に封入したことを特徴とする工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。
【請求項2】
前記防錆添加剤の含有量がグリース組成物全量の0.5〜5質量%であることを特徴とする請求項1記載の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。
【請求項3】
前記コハク酸誘導体がアルケニルコハク酸ハーフエステルであることを特徴とする請求項1または2記載の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。
【請求項4】
前記基油がエーテル油及びポリα−オレフィン油の少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の工作機械主軸駆動スピンドルモータ用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−29141(P2013−29141A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−164753(P2011−164753)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】