説明

工具の表面改質方法

【課題】工具の表面に対し、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを十分に図ることができる工具の表面改質方法を提供すること。
【解決手段】超硬合金製の粒子から構成される第1ショットS1と、鉄系材料製の粒子から構成される第2ショットS2とを混合した混合ショットSmを工具Wの表面に投射するので、第1ショットS1の投射により工具Wの表面を塑性変形させて加工硬化や圧縮残留応力を付与すると共に、その第1ショットS1の投射により工具Wの表面に形成された凹凸の頂部を、第2ショットS2の投射により押し潰して平坦化することができる。その結果、工具Wの表面に対し、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを十分に図ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工具の表面改質方法に関し、特に、工具の表面に対し、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを十分に図ることができる工具の表面改質方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼製品の表面強度を高める方法として、表面にショットピーニングを行って、加工硬化や圧縮残留応力を生じさせる方法が知られている。この場合、加工硬化や圧縮残留応力層の深さを増すためには、比較的大きな粒子径のショットを使用して、衝突のエネルギーを高める必要がある(即ち、加工硬化や圧縮残留応力は塑性変形により形成される凹部の大きさに比例する)。一方で、粒子径が大きなショットの使用は、表面の凹凸を甚だしくするため、処理表面の表面粗さの悪化を招く。
【0003】
そこで、二段ショットピーニング(比較的大きな粒子径のショットによるショットピーニングを行った後、次いで、比較的小さな粒子径のショットによるショットピーニングを行う)により、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを図る技術も採用されるが、この技術では、2台のブラスト装置を準備するか、1台のブラスト装置を使用する場合にはショットを入れ替える必要があり、いずれにしても、2種類のショットピーニングを2回に分けて行う必要があった。そのため、設備コスト及び作業コストが嵩む。
【0004】
これに対し、特許文献1,2には、粒子径が異なる2種類のショットを混合し、その混合ショットを1本のノズルから噴射させる技術が開示される。この技術によれば、1台のブラスト装置を使用して1回のショットピーニングを行えば良いので、二段ショットピーニングの場合と比較して、設備コスト及び作業コストの抑制が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3730015号
【特許文献2】特許第4208298号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した特許文献1,2の技術のように、粒子径が大小異なる2種類のショットを混合して投射するだけでは、加工硬化や圧縮残留応力の付与と、表面粗さの向上との両立が不十分であるという問題点があった。即ち、大小2種類の粒子径の大きさをそれぞれ調整したとしても、加工硬化や圧縮残留応力の付与を確保すれば、表面粗さの向上が困難となり、表面粗さを確保すれば、加工硬化や圧縮残留応力の十分な付与が困難となる。
【0007】
本発明は、上述した問題点を解決するためになされたものであり、工具の表面に対し、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを十分に図ることができる工具の表面改質方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段および発明の効果】
【0008】
請求項1記載の工具の表面改質方法によれば、超硬合金製の粒子から構成される第1ショットと、鉄系材料製の粒子から構成される第2ショットとを混合した混合ショットを工具の表面に投射するので、第1ショットの投射により工具の表面を塑性変形させて加工硬化や圧縮残留応力を付与すると共に、その第1ショットの投射により工具の表面に形成された凹凸の頂部を、第2ショットの投射により押し潰して平坦化することができる。その結果、工具の表面に対し、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを十分に図ることができるという効果がある。
【0009】
即ち、投射されるショットの運動エネルギーは重量に比例するところ、第1ショットとして使用される超硬合金製の粒子は比重が大きいため(鉄系材料製の粒子の約2倍)、その運動エネルギーを確保することができる。よって、第1ショットの粒子径を比較的小さくしても、より深い位置まで十分な大きさの加工硬化や圧縮残留応力を付与することができる。言い換えれば、加工硬化や圧縮残留応力を十分に付与しつつも、工具の表面に形成される凹凸を小さくすることができる。その結果、第2ショットの投射により工具の表面粗さを確実に向上させることができる。
【0010】
請求項2記載の工具の表面改質方法によれば、請求項1記載の工具の表面改質方法の奏する効果に加え、工具の表面が削られることを抑制して、加工硬化や圧縮残留応力を効率的に付与することができるという効果がある。
【0011】
即ち、超硬合金製の粒子から構成される第1ショットは、加工硬化や圧縮残留応力を付与した箇所に、次の投射により別の粒子が再度衝突すると、その硬度が高いため、再衝突した箇所の表面を削り取ってしまう。そのため、表面粗さの悪化を招く一方で、加工硬化や圧縮残留応力の増加に結びつき難い。そこで、第1ショットよりも比重が軽く且つ硬度も低い鉄系材料製の第2ショットを混合することで、工具の表面が削り取られることを緩和して、加工硬化や圧縮残留応力を効率的に付与でき、特に、第1ショットの割合を総重量の30wt%を上限とし、残部を第2ショットとすることで、上記の削り取られることを確実に緩和して、処理対象となる表面全体に均一に加工硬化や圧縮残留応力を付与することができる。一方で、第1ショットの割合を総重量の2wt%以上とすることで、加工硬化や圧縮残留応力の付与を十分に行うことができる。
【0012】
請求項3記載の工具の表面改質方法によれば、請求項1又は2に記載の工具の表面改質方法の奏する効果に加え、第1ショットを構成する超硬合金製の粒子の比重を13.9〜15.0とし、第2ショットを構成する鉄系材料製の粒子の比重を7.2〜8.3とすることで、第1ショットと第2ショットとの間の比重の差を適正とすることができ、その結果、工具の表面に対し、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを確実に図ることができるという効果がある。
【0013】
また、第1ショットおよび第2ショットの比重を請求項3のように設定することで、一般的に市販される粒子を第1ショットおよび第2ショットに適用することができるので、材料の入手を容易とすることができる。
【0014】
請求項4記載の工具の表面改質方法によれば、請求項1から3のいずれかに記載の工具の表面改質方法の奏する効果に加え、第1ショットを構成する粒子の粒子径および第2ショットを構成する粒子の粒子径が、10μm〜150μmに設定され、比較的小径であるので、加工硬化や圧縮残留応力を付与しつつ、工具の表面に形成される凹凸を小さくして、工具の表面粗さの向上を図ることができるという効果がある。
【0015】
即ち、このような粒子径が比較的小径のショットの使用は、従来の粒子径が大小異なる2種類の粒子を混合するのみの技術では使用することが不可能であり、本発明のように、比重が異なる2種類の粒子を混合すると共に2種類の粒子を超硬合金製の粒子と鉄系材料製の粒子としたことで、初めて使用可能となったものであり、これにより加工硬化や圧縮残留応力の付与と工具の表面粗さの向上とを同時に達成することができる。
【0016】
請求項5記載の工具の表面改質方法によれば、請求項4記載の工具の表面改質方法の奏する効果に加え、第1ショットの粒子径と第2ショットの粒子径とが略同一であるので、第1ショットの投射により形成された凹凸に対し、第2ショットが適度な粒子径を有することとなるため、凹凸の頂部を押し潰して平坦化することを効率的に行うことができる。その結果、工具の表面粗さをより一層向上させることができるという効果がある。
【0017】
また、第1ショットと第2ショットとを混合した混合ショットの粒子径が一定となるため、例えば、ホッパからノズルまでのショットの搬送経路において、第1ショットと第2ショットとの混合割合を維持し易くすることができるという効果がある。
【0018】
請求項6記載の工具の表面改質方法によれば、請求項1から5のいずれかに記載の工具の表面改質方法の奏する効果に加え、工具は、被加工物に転造加工を施すための転造工具であるので、加工硬化や圧縮残留応力の付与による工具の耐久性を向上させつつ、工具の表面粗さの向上により、被加工物に高精度の転造加工を施すことができる転造工具を得ることができるという効果がある。
【0019】
なお、転造工具は、被加工物の表面を塑性変形させる工具であるため、表面に凹凸を有すると、被加工物が引っ掛かり、塑性変形の抵抗となる。そのため、ショットピーニングによる表面改質の転造工具への適用は、従来のショットピーニングの技術では表面粗さの向上が不十分である(塑性変形の抵抗となる)ため適用が不可能であった。これに対し、本発明のように、比重が異なる2種類の粒子を混合すると共に2種類の粒子を超硬合金製の粒子と鉄系材料製の粒子としたことで、転造工具への適用が初めて可能となったものであり、これにより工具の耐久性の向上と、転造加工精度の向上とを同時に達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施に使用される一実施の形態におけるショットピーニング装置の概要模式図である。
【図2】混合ショットへの第1ショット及び第2ショットの混合割合、並びに、混合ショットの粒子径と、工具の処理表面の硬度との関係を図示する表である。
【図3】本願処理品の加工数と無処理品の加工数とを図示するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好ましい実施の形態について添付図面を参照して説明する。まず、図1を参照して、ショットピーニング装置1について説明する。図1は、本発明の実施に使用される一実施の形態におけるショットピーニング装置1の概要模式図である。
【0022】
図1に示すように、ショットピーニング装置1は、2種類のショット(以下、「第1ショットS1」及びだ「第2ショットS2」と称す)を混合して一本のノズル17から処理対象物(以下「工具W」と称す)に投射することで、その工具Wの表面改質を行うための直圧式の装置であり、第1ショットS1を収容する第1ホッパ11と、第2ショットS2とを収容する第2ホッパ12とが収容口を上方へ向けて配設される。
【0023】
なお、本実施の形態では、後述するように、第1ショットS1が超硬合金製の粒子から構成され、第2ショットS2が鉄系材料製の粒子から構成される。また、工具Wは、おねじを転造加工するための転造工具(ねじ転造平ダイス)であり、ダイス鋼から構成される。
【0024】
第1ホッパ11及び第2ホッパ12の取出し口には、配管を介して、それぞれ混合装置13が接続される。各配管には、開閉弁(図示せず)が配設されており、その開度を調整制御することで、各ホッパ11,12に収容された各ショットS1,S2が、所望の比率で混合装置13へ供給され、混合装置13によって混合される。
【0025】
混合装置13の下流側には加圧タンク14が、加圧タンク14の下流側にはミキサ16が、それぞれ接続される。また、加圧タンク14及びミキサ16には、圧縮空気の供給源として構成されるエア供給源15が接続される。
【0026】
よって、混合装置13により混合され加圧タンク内に供給されたショット(以下「混合ショットSm」と称す)は、加圧タンク14から、圧縮空気と共に、ミキサ16へ圧送されると共に、ミキサ16から、圧縮空気と共に、ノズル17へ圧送される。これにより、ノズル17から工具Wへ混合ショットSmが投射される。
【0027】
次いで、混合ショットSm(第1ショットS1及び第2ショットS2)の詳細構成について説明する。なお、この説明においては、図1を適宜参照する。
【0028】
第1ショットS1は、超硬合金製の粒子から構成され、第2ショットS2は、鉄系材料製の粒子から構成される。なお、鉄系材料としては、鋳鉄、鋳鋼、高速度工具鋼、合金工具鋼、或いは、金属ガラス(鉄のアモルファス粒子)などが例示される。
【0029】
よって、工具Wの表面には、超硬合金製の粒子から構成される第1ショットS1と、鉄系材料製の粒子から構成される第2ショットS2とを混合した混合ショットSmが投射されるので、第1ショットS1の投射により工具Wの表面を塑性変形させて加工硬化や圧縮残留応力を付与すると共に、その第1ショットS1の投射により工具Wの表面に形成された凹凸の頂部を、第2ショットS2の投射により押し潰して平坦化することができる。その結果、工具Wの表面に対し、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを十分に図ることができる。
【0030】
ここで、ノズル17から投射される粒子の運動エネルギーはその重量に比例するところ、混合ショットSmを構成する一方のショット(第1ショットS1)は、超硬合金製の粒子からなり、その比重が大きいため(鉄系材料製の粒子の約2倍)、その運動エネルギーが確保される。よって、第1ショットS1の粒子径を比較的小さくしても、より深い位置まで十分な大きさの加工硬化や圧縮残留応力を工具Wの表面に付与することができる。言い換えれば、工具Wの表面に加工硬化や圧縮残留応力を十分に付与しつつも、工具Wの表面に形成される凹凸を小さくすることができる。その結果、第2ショットS2の投射により工具Wの表面粗さを確実に向上させることができる。
【0031】
混合ショットSmは、総重量の2wt%〜30wt%が第1ショットS1とされ、残部が第2ショットS2とされることが好ましい。即ち、ショットピーニング装置1は、各ホッパ11,12から混合装置13への各ショットS1,S2の供給量を、上記範囲内での所望の比率となるように制御して、混合装置13によって混合する。
【0032】
超硬合金製の粒子から構成される第1ショットS1は、その硬度が高い。即ち、超硬合金製の粒子は、ビッカース硬さが1400HVと、例えば、工具Wがダイス鋼からなる場合には、硬度差が250HV以上となる。そのため、粒子の衝突により加工硬化や圧縮残留応力を付与した箇所に、次の投射により別の粒子が再度衝突すると、その再衝突した箇所の表面を削り取ってしまう。その結果、表面粗さの悪化を招く一方で、加工硬化や圧縮残留応力の増加に結びつき難い。
【0033】
この場合、本発明では、第1ショットS1よりも比重が軽く且つ硬度(例えば、700HV〜900HV)も低い鉄系材料製の第2ショットS2を混合することで、工具Wの表面が削り取られることを緩和して、加工硬化や圧縮残留応力を効率的に付与できる。特に、第1ショットS1の割合を総重量の30wt%を上限とし、残部を第2ショットS2とすることで、第1ショットS1により工具Wの表面が削り取られることを確実に緩和して、工具Wの処理対象となる表面全体に均一に加工硬化や圧縮残留応力を付与することができる。一方で、第1ショットS1の割合を総重量の2wt%以上とすることで、加工硬化や圧縮残留応力の付与を十分に行うことができる。
【0034】
第1ショットS1は、比重が13.9〜15.0の超鋼合金製の粒子から構成され、第2ショットS2は、比重が7.2〜8.3の鉄系材料製の粒子から構成されることが好ましい。これにより、第1ショットS1と第2ショットS2との間の比重の差を適正とすることができ、その結果、工具Wの表面に対し、加工硬化や圧縮残留応力の付与と表面粗さの向上とを確実に図ることができる。なお、この比重の範囲は、上述した第1ショットS1と第2ショットS2との重量割合を満たした上での条件となる。
【0035】
ここで、第1ショットS1の比重が13.9未満であると、タングステンカーバイトの割合の減少に伴い、硬度が不足して、工具Wの表面に加工硬化や圧縮残留応力を十分に付与することが困難となる。一方、第1ショットS1の比重が15.0を超えると、運動エネルギーの増加に伴い、工具Wの表面を削り取り過ぎてしまう。また、コバルトの割合の減少に伴い、粒子が割れやすくなり、継続使用が困難となるため、経済性の悪化を招く。
【0036】
また、第2ショットS2の比重が7.2未満であると、硬度が不足して、凹凸の頂部を押し潰して平坦化することが困難となり、表面粗さを十分に向上させることが困難となる。一方、第2ショットS2の比重が8.3を超えると、第1ショットS1の比重との差が少なくなり、比重を異ならせることによる効果を奏することができなくなる。
【0037】
なお、第1ショットS1及び第2ショットS2の比重をこのように設定することで、一般的に市販される粒子を第1ショットS1及び第2ショットS2に適用することができるので、材料の入手を容易とすることができる。
【0038】
第1ショットS1を構成する粒子の粒子径および第2ショットS2を構成する粒子の粒子径は、10μm〜150μmに設定されることが好ましい。このように、各ショットS1,S2の粒子径が比較的小径とされることで、加工硬化や圧縮残留応力を付与しつつ、工具Wの表面に形成される凹凸を小さくして、工具Wの表面粗さの向上を図ることができる。
【0039】
なお、この粒子径の範囲は、上述した各ショットS1,S2の重量割合、及び(又は)、各ショットS1,S2の比重の範囲を満たした上での条件となる。
【0040】
ここで、このような粒子径が比較的小径のショットの使用は、従来の粒子径が大小異なる2種類の粒子を混合するのみの技術では使用することが不可能であり、本発明のように、比重が異なる2種類の粒子(各ショットS1,S2)を混合すると共に2種類の粒子を超硬合金製の粒子(第1ショットS1)と鉄系材料製の粒子(第2ショットS2)としたことで、初めて使用可能となったものであり、これにより加工硬化や圧縮残留応力の付与と工具の表面粗さの向上とを同時に達成することができる。
【0041】
第1ショットS1の粒子径と第2ショットS2の粒子径とは、略同一であることが好ましい。これにより、第1ショットS1の投射により工具Wの表面に形成された凹凸に対し、第2ショットS2が適度な粒子径を有することとなるため、その第2ショットS2が凹凸の頂部を押し潰して平坦化することを効率的に行うことができる。その結果、工具Wの表面粗さをより一層向上させることができる。
【0042】
また、第1ショットS1と第2ショットS2とを混合した混合ショットSmの粒子径が一定となるため、各ホッパ11,12からノズル17までの各ショットS1,S2の搬送経路において、各ショットS1,S2の混合割合を維持し易くすることができる。即ち、各ショットS1,S2の混合割合を所望の値に維持した混合ショットSmをノズル17から投射させることができる。
【0043】
なお、この粒子径を略同一とすることは、上述した各ショットS1,S2の重量割合、及び(又は)、各ショットS1,S2の比重の範囲、及び(又は)、各ショットS1,S2の粒子径の範囲を満たした上での条件となる。
【0044】
また、第1ショットS1の粒子径と第2ショットS2の粒子径とが略同一であるとは、それら第1ショットS1の粒子径の平均値と第2ショットS2の粒子径の平均値とが略同一であることを意味する。よって、各ショットS1,S2を構成する粒子がその粒子径にばらつきを有することは当然可能である。また、平均値が略同一とは、第1ショットS1の粒子径の平均値に対し、第2ショットS2の粒子径の平均値が±15%の差異を許容する趣旨であり、完全同一を要求する趣旨ではない。
【0045】
次いで、工具Wの詳細構成について説明する。なお、この説明においては、図1を適宜参照する。
【0046】
工具Wは、被加工物に転造加工を施すための転造工具であり、軸状の素材を転造歯型面上で転動させ、素材の外周面を塑性変形させることで、素材におねじを転造加工する転造工具として構成される。本実施の形態では、工具Wの転造歯形面の全体(食付き部、仕上げ部および逃げ部)に混合ショットSmがノズル17から投射され、その表面改質が施される。
【0047】
本発明では、その表面改質の適用対象として、このような転造工具としての工具Wを採用することが特に有効となる。
【0048】
即ち、転造工具は、被加工物の表面を塑性変形させる工具であるため、その表面(転造歯型面の表面)に凹凸を有すると、被加工物が引っ掛かり、塑性変形の抵抗となる。そのため、ショットピーニングによる表面改質の転造工具への適用は、従来のショットピーニングの技術では表面粗さの向上が不十分である(塑性変形の抵抗となる)ため適用が不可能であった。これに対し、本発明のように、比重が異なる2種類の粒子(各ショットS1,S2)を混合すると共に2種類の粒子を超硬合金製の粒子(第1ショットS1)と鉄系材料製の粒子(第2ショットS2)としたことで、転造工具への適用が初めて可能となったものであり、これにより工具Wの耐久性の向上と、転造加工精度の向上とを同時に達成することができる。
【0049】
次いで、図2を参照して、ショットピーニング装置1を使用して混合ショットSmを工具Wへ投射して行った工具Wの表面改質の試験結果について説明する。図2は、混合ショットSmへの第1ショットS1及び第2ショットS2の混合割合、並びに、混合ショットSmの粒子径と、工具Wの処理表面の硬度との関係を図示する表である。
【0050】
図2に示す表において、左欄の「第1ショット割合(wt%)」は、混合ショットSmに対する第1ショットS1の混合割合を質量百分率で表した値である。よって、「第1ショット割合(wt%)」が例えば1wt%とは、混合ショットSmの総重量に対し、1wt%が第1ショットS1とされ、残部(99wt%)が第2ショットS2とされることを意味する。
【0051】
また、図2に示す表において、上欄の「粒子径(μm)」は、第1ショットS1及び第2ショットS2の粒子径の値である。即ち、本試験では、第1ショットS1の粒子径と第2ショットS2の粒子径とを略同一に設定した。
【0052】
なお、本試験では、第1ショットS1として、比重14.5の超硬合金製の粒子を使用し、第2ショットS2として、比重7.8の高速度鋼製の粒子を使用した。工具Wは、ダイス鋼から構成した。第1ショットS1及び第2ショットS2の硬度は、それぞれ1400HV及び800HVであり、工具Wの硬度は、700HVである。また、ショットピーニング装置1のノズル17からの投射圧力は一定値(0.5MPa)に固定して試験を行った。
【0053】
図2に示すように、「第1ショット割合」が1wt%の場合、「粒子径」10μm、100μm、150μm、200μmに対し、工具Wの処理表面の硬度は、880HV、920HV、900HV、950HVとなり、表面改質前と比較して増加した。「粒子径」の増加に伴って、工具Wの処理表面の硬度が増加するのは、投射される粒子の運動エネルギーが増加することに起因する。
【0054】
この場合、工具Wの処理表面の硬度は、表面改質前に比較して、増加するが、その硬度の増加量が不十分であった。工具Wの処理表面の硬度を十分に増加させるには、凹凸を平坦化する役割を果たす第2ショットS2に対し、加工硬化や圧縮残留応力を付与する役割を果たす第1ショットS1の割合を確保する必要があるところ、「第1ショット割合」1wt%では第1ショットS1の割合が不十分であることが判明した。
【0055】
「第1ショット割合」が15wt%の場合、「粒子径」10μm、100μm、150μm、200μmに対し、工具Wの処理表面の硬度は、1320HV、1350HV、1320HV、1150HVとなり、「第1ショット割合」が25wt%の場合、「粒子径」10μm、100μm、150μm、200μmに対し、工具Wの処理表面の硬度は、1310HV、1380HV、1400HV、1280HVとなり、両者共に表面改質前と比較して増加した。
【0056】
このように、「第1ショット割合」が15wt%及び25wt%の場合、工具Wの処理表面の硬度を十分に増加させられることが確認された。また、この場合、「粒子径」10μm、100μm、150μmでは、工具Wの処理表面の表面粗さが1.0μm〜1.3μmとなり、十分な平滑化の得られることも確認された。加工硬化や圧縮残留応力を付与する役割を果たす第1ショットS1と、凹凸を平坦化する役割を果たす第2ショットS2との混合割合が適正であると考えられる。
【0057】
なお、この場合(「第1ショット割合」=15wt%又は25wt%)、「粒子径」が200μmであると、他の「粒子径」(10μm、100μm、150μm)の場合と比較して、硬度の増加量が劣ると共に、表面粗さが粗くなる。これは、「粒子径」が大きいため、第1ショットS1により工具Wの処理表面に形成される凹凸が甚だしくなる一方、「第1ショット割合」が上述した1wt%の場合と比較して比較的高い(即ち、第2ショットS2の混合割合が低い)ため、第1ショットS1の投射により形成された凹凸の頂部を、第2ショットS2の投射により押し潰して平坦化することを十分に行うことが困難となったことに起因する。
【0058】
「第1ショット割合」が40wt%の場合、「粒子径」10μm、100μm、150μm、200μmに対し、工具Wの処理表面の硬度は、980HV、1000HV、1100HV、910HVとなり、表面改質前と比較して増加した。
【0059】
この場合、「第1ショット割合」が15wt%又は25wt%の場合と比較して、加工硬化や圧縮残留応力を付与する役割を果たす第1ショットS1の混合割合が増加しているにも関わらず、硬度の増加量自体は減少した。これは、第1ショットS1の混合割合が高すぎるため、粒子(第1ショットS1)の衝突により加工硬化や圧縮残留応力を付与した箇所に、次の投射により別の粒子(第1ショットS1)が再度衝突して、その再衝突した箇所の表面が削り取られてしまうことに起因する。即ち、この「第1ショット割合」では、投射を継続しても、硬度を増加させる効果が処理表面に蓄積されず、その効果を最大化することができない。
【0060】
このように、工具Wの表面が削り取られることを緩和して、加工硬化や圧縮残留応力を効率的に付与するためには、第1ショットS1よりも比重が軽く且つ硬度も低い第2ショットS2を所定以上の割合で混合することが必要であり、「第1ショット割合」が40wt%では、第1ショットS1の混合割合が多すぎる(即ち、第2ショットS2の混合割合が少な過ぎる)ことが判明した。
【0061】
なお、この場合(「第1ショット割合」=40wt%)、「粒子径」が200μmであると、他の「粒子径」(10μm、100μm、150μm)の場合と比較して、硬度の増加量が劣ると共に、表面粗さが粗くなる。これは、上述した「第1ショット割合」=15wt%又は25wt%の場合と同様に、「粒子径」が大きいため、第1ショットS1により工具Wの処理表面に形成される凹凸が甚だしくなる一方、「第1ショット割合」が高い(即ち、第2ショットS2の混合割合が低い)ため、第1ショットS1の投射により形成された凹凸の頂部を、第2ショットS2の投射により押し潰して平坦化することを十分に行うことが困難となったことに起因する。
【0062】
ここで、表面粗さは、「第1ショット割合」40wt%において、「粒子径」10μm、100μm、150μmの場合の表面粗さは、「粒子径」200μmの場合と比較すれば、良好であるが、「第1ショット割合」が15wt%又は25wt%の場合と比較すると、粗くなる。これは、「第1ショット割合」が高く、上述したように、第1ショットS1の投射により、処理表面において、凹凸が形成される形態よりも、削り取られる形態が優勢となるため、表面が荒れ易いことに起因する。
【0063】
次いで、図3を参照して、表面改質後の工具Wを用いて行った転造試験の結果について説明する。この転造試験は、本発明の表面改質が施された工具W(以下「本願処理品」と称す)により、棒状の素材の外周面におねじを転造加工し、その加工可能数を測定する試験である。
【0064】
なお、表面改質は、第1ショットS1として、比重14.5の超硬合金製の粒子を使用し、第2ショットS2として、比重7.8の高速度鋼製の粒子を使用した。これら両ショットS1,S2の粒子径は、平均50μmである。混合ショットSmは、総重量の15wt%が第1ショットS1とされ、残部(85wt%)が第2ショットS2とされる。
【0065】
本願処理品は、ねじ転造平ダイスとしてダイス鋼から構成され、その転造歯形面の全面(即ち、食付き部、仕上げ部および逃げ部)に、混合ショットSmの投射による表面改質が施される。被転造素材は、SCM440(38HRC相当)の丸棒であり、その外周面にM10×1.5のおねじが転造される。
【0066】
第1ショットS1及び第2ショットS2の硬度は、それぞれ1400HV及び800HVである。本願処理品は、表面改質前の硬度が700HVであり、表面改質後の高度が1340HVである。また、ショットピーニング装置1のノズル17からの投射圧力は0.5MPaである。
【0067】
図3は、本願処理品の加工数と無処理品の加工数とを図示するグラフである。なお、無処理品と本願処理品との相違点は、表面改質の有無のみであり、他の構成は同一であるので、その説明は省略する。
【0068】
本試験の結果、無処理品の加工可能数が5000個であったのに対し、本願処理品の加工可能数は、10400個であり、本発明の表面改質を施した結果、工具Wの寿命が向上し、加工可能数が2.1倍に増加することが確認された。
【0069】
なお、本願処理品に対し、上記と異なる表面改質を施した試験品(図示せず)を作成し、この試験品による転造試験を行った。具体的には、試験品は、混合割合が異なる混合ショットSm(総重量の35wt%が第1ショットS1とされ、残部(65wt%)が第2ショットS2とされる)による表面改質が行われる。この混合割合が異なる点を除き、その他(材質、表面改質方法、被転造素材など)の構成については、試験品と本願処理品とで相違はない。
【0070】
試験品では、第1ショットS1の混合割合が高いため、第1ショットS1により処理表面が削り取られており、表面粗さが粗いため、被転造素材の外周面に、所定精度のおねじを転造することができなかった。
【0071】
以上、実施の形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。
【0072】
上記実施の形態で挙げた数値は一例であり、他の数値を採用することは当然可能である。特に、下限および上限を指定した数値範囲により特定される値は、その数値範囲内であれば、いずれの値を採用することも可能である。
【0073】
上記実施の形態では、工具Wがダイス鋼から構成される場合を説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、他の材質を採用することは当然可能である。他の材質としては、例えば、高速度工具鋼などが例示される。
【0074】
上記実施の形態では、工具Wが平ダイスタイプ(ねじ転造平ダイス)として構成される場合を説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、他のタイプを採用することは当然可能である。他のタイプとしては、例えば、プラネタリータイプ(ロータリー式ねじ転造ダイス)や丸ダイスタイプ(ねじ転造丸ダイス)などが例示される。
【0075】
また、被転造素材の外周面におねじを転造する場合を説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、他の形状を転造することは当然可能である。他の形状としては、例えば、セレーション、スプライン、ウォーム、タッピングねじなどが例示される。これらの場合も、工具Wは平ダイスタイプに限定されず、他のタイプを採用しても良い。
【0076】
また、工具Wは、めねじを転造するための転造タップとして構成されても良い。或いは、バニッシュ加工を行うためのバニッシングツールとして構成されても良い。
【0077】
上記実施の形態では、ショットピーニング装置1として、直圧式で構成される場合を説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、例えば、サイホン式や重力式であっても良く、或いは、他のタイプであっても良い。
【0078】
上記実施の形態では、その説明を省略したが、ショット(粒子)の形状は、球形状であっても良く、或いは、鋭角形状であっても良い。
【0079】
上記実施の形態では、混合ショットSmとして、粒子径が同じ第1ショットS1及び第2ショットS2を混合する場合を説明したが、粒子径が異なる第1ショットS1及び第2ショットS2を混合しても良い。なお、この場合、第1ショットS1及び第2ショットS2の両ショット共に粒子径が10μm〜150μmの範囲内にあることが好ましい。
【符号の説明】
【0080】
1 ショットピーニング装置
S1 第1ショット
S2 第2ショット
Sm 混合ショット
W 工具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具の表面にショットを投射するショットピーニングにより、前記工具の表面を改質する工具の表面改質方法において、
超硬合金製の粒子から構成される第1ショットと、鉄系材料製の粒子から構成される第2ショットとを混合した混合ショットを前記工具の表面に投射することを特徴とする工具の表面改質方法。
【請求項2】
前記混合ショットは、総重量の2wt%〜30wt%が前記第1ショットとされ、残部が前記第2ショットとされることを特徴とする請求項1記載の工具の表面改質方法。
【請求項3】
前記第1ショットは、比重が13.9〜15.0の超鋼合金製の粒子から構成され、前記第2ショットは、比重が7.2〜8.3の鉄系材料製の粒子から構成されることを特徴とする請求項1又は2に記載のである。
【請求項4】
前記第1ショットを構成する粒子の粒子径および前記第2ショットを構成する粒子の粒子径が、10μm〜150μmに設定されることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の工具の表面改質方法。
【請求項5】
前記第1ショットの粒子径と前記第2ショットの粒子径とが略同一であることを特徴とする請求項4記載の工具の表面改質方法。
【請求項6】
前記工具は、被加工物に転造加工を施すための転造工具であることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の転造工具。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−22718(P2013−22718A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−162664(P2011−162664)
【出願日】平成23年7月26日(2011.7.26)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)