説明

工業用組成物およびアルカリ性薬品の防腐方法

【課題】紙用塗工液、填料、および水性塗料等として用いられる工業用組成物であって、長期かつ安定的に腐敗が防止され、安価に製造される紙用塗工液等の工業用組成物を提供すること。
【解決手段】pH7以上のアルカリ性薬品に、防腐剤として2−ピリジルチオ−1オキシドを添加して工業用組成物とする。アルカリ性薬品としては、炭酸カルシウムを含む紙用塗工液等が挙げられる。2−ピリジルチオ−1オキシドは、pH7以上、特にpH8.5以上のアルカリ条件下において、長期かつ安定的に防腐効果を奏する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防腐剤が添加された工業用組成物に関し、特に炭酸カルシウムを含む紙用塗工液のようなアルカリ性薬品と防腐剤とを含む工業用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
製紙工程においては、印字特性、光沢、または平滑性を紙に与えるために紙用塗工液(以下、「塗工液」と省略)が使用される。塗工液は主成分として顔料とバインダとを含み、必要に応じて耐水化剤や消泡剤等の補助薬品をさらに含む。塗工液に含有される顔料としては、炭酸カルシウム、カオリン、クレー、タルクおよびシリカ等の無機顔料、並びにアクリル樹脂粒子のような有機顔料があるが、一般に塗工液は炭酸カルシウムを含み、強いアルカリ性を示す。
【0003】
こうした塗工液等を腐敗させる微生物の多くは、弱酸性から中性域を最適pH範囲とすることから、pHが9を超えるアルカリ性の強い塗工液は腐敗しにくい。しかし、塗工液中で微生物が繁殖し始めると、バインダとして含まれるでんぷんやラテックス等が分解されて液のpHが低下し、粘度が増加し、液体の流動性が低下する。このため、塗工液のレオロジー挙動が変化して、塗布特性(塗展べ性)の低下やストリーク(筋状のムラ)の発生といった問題が発生する。同様に、水性塗料、ラテックスエマルジョン、金属加工油、および接着剤といったアルカリ性薬品についても、微生物の繁殖による品質劣化の問題がある。このため、塗工液のようなアルカリ性薬品に防腐剤を添加して腐敗を防止することが必要となる。
【0004】
塗工液のようなでんぷん等を含む工業用薬品に添加される防腐剤としては、2,2−ジブロモ−3−ニトリロプロピオンアミド(以下、「DBNPA」)、2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン(以下、「MIT」)、トリアジン、および1,2−ベンゾイソチアゾリン−3−オン(以下、「BIT」)等がある。しかし、DBNPAやMITはアルカリ条件下で分解する問題がある。一方、トリアジンやBITはアルカリ性薬品の防腐に使用されるが、トリアジンはホルマリンを放出する問題がある。さらに、トリアジンおよびBITは所望の効果を発揮させるためには高濃度で使用する必要がある。
【0005】
そこで、異なる物質を2種以上、混合させて各物質の欠点を補うようにした防腐剤や、相乗効果を発揮させるようにした防腐剤等が開示されている(例えば、特許文献1)。特許文献1に開示された発明に係る防腐剤は、MITとBITとを含み、MITとBITとを所定の割合とすることで、MITとBITとの相乗効果を発揮させて低濃度で効果持続時間が長い防腐剤を得ることができるとされる。
【0006】
しかし、防腐剤に含まれる物質が複数種類あると、防腐剤が添加される工業用薬品の含有成分との反応の影響が複雑化し、工業用薬品の含有成分や性状によっては、防腐剤の特定の物質のみが変性して効果が発揮されないおそれがある。このため、防腐剤と工業用薬品との組合せの検討が複雑かつ困難になり、また、防腐剤が添加できる工業用薬品の範囲が狭くなる場合もある。
【特許文献1】特開2001−181113号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題に鑑みてなされ、工業用薬品と防腐剤とが含まれる工業用組成物において、多種類の防腐用成分を必要とせず長期に渡り安定した防腐効果を備える工業用組成物を提供することを目的とする。本発明は、特に炭酸カルシウムを含む塗工液等として用いられるアルカリ性薬品と防腐剤とを含み、長期間安定した防腐効果を備える工業用組成物およびアルカリ性薬品の防腐方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、2−ピリジルチオ−1−オキシド(以下、「PT」)がアルカリ条件下で長期かつ安定的に高い防腐作用を奏することを知見し、本発明を完成した。本発明は、アルカリ性薬品に防腐剤としてPTを添加することにより、長期間、安定して腐敗が防止される工業用組成物を提供する。具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0009】
(1) pH7以上のアルカリ性薬品と、このアルカリ性薬品に防腐剤として添加される2−ピリジルチオ−1オキシドと、を含む工業用組成物。
【0010】
本明細書において「アルカリ性薬品」とは、pHが7以上のアルカリ性を示す液状の工業用薬品を意味し、「液状」にはスラリを含むものとする。アルカリ性薬品には、炭酸カルシウム、クレー、カオリン、またはベントナイトを含むアルカリスラリ、塗工液、水性塗料、ラテックスエマルジョン、高分子エマルジョン、金属加工油、繊維油剤、および接着剤等が含まれる。
【0011】
本発明に係る工業用組成物は、pHが7以上、特に8.5以上の場合に特に高い効果を得られ、アルカリ性薬品のpH値が比較的低い場合は水酸化ナトリウム等のpH調整剤により、pHを高くしてもよい。
【0012】
PTは、以下の一般式で表される構造を有しており、式中のMはアルカリ金属、亜鉛、または銅が挙げられる。アルカリ金属としては、ナトリウム、カリウム、およびリチウム等が挙げられ、特にナトリウムは溶解度が高いため好適に使用できる。PTの濃度は、工業用組成物中で1〜2000mg/L、特に2〜1000mg/Lが好ましい。
【化1】

【0013】
工業用組成物には、微生物の栄養源となるでんぷんや油等の有機物がさらに含まれていてよく、また、PTとアルカリ性薬品との混合性を向上させるために乳化剤、分散剤または消泡剤等の補助薬品が含まれていてもよい。有機物の含有量には、特に限定はないが、工業用組成物の流動性を損なわないよう、10〜30重量%程度であることが好ましい。また、補助薬品の含有量もPTの効果を損なわない範囲であれば特に限定されないが、1〜4重量%程度が好ましい。
【0014】
(2) 前記アルカリ性薬品は、製紙工程で用いられる製紙用薬品である(1)に記載の工業用組成物。
【0015】
アルカリ性の製紙用薬品としては、前述した塗工液以外に、填料、および水性塗料等が挙げられる。これらの製紙用薬品のうち、填料や水性塗料のように抄紙される前にパルプ懸濁液に添加されて使用される薬品(以下、「製紙用添加剤」)については、パルプ懸濁液に対するPT濃度が1〜2000mg/Lとなるように工業用組成物にPTを含有させることが好ましい。PTをかかる濃度範囲とすることにより、PTが含有された工業用組成物の腐敗を防止するとともに、製紙工程におけるパルプ懸濁液中での微生物の繁殖を防止する効果を奏する。
【0016】
(3) 前記アルカリ性薬品は、炭酸カルシウムを含むアルカリスラリである(1)または(2)に記載の工業用組成物。
【0017】
アルカリスラリとしては、無機顔料として炭酸カルシウムを含む塗工液、中性紙の抄紙工程に添加される炭酸カルシウム含有填料、および排ガス洗浄に用いられる炭酸カルシウムスラリ等が挙げられる。アルカリスラリは炭酸カルシウムを含み、pH8.5以上であり、アルカリスラリを主体としてPTを含む工業用組成物は特に高い防腐効果を有する。
【0018】
(4) 前記アルカリ性薬品は、粘度が10〜20000mPa・sの低粘性液である(1)から(3)のいずれかに記載の工業用組成物。
【0019】
工業用組成物は流動性が高いことが好ましく、粘度20000mPa・s以下、特に20〜15000mPa・s程度であることが好ましい。工業用組成物の粘度が低く、流動性が高い場合は、工業用組成物の粘度が高い場合に比して防腐効果が長期かつ安定に奏される。
【0020】
(5) pH7以上のアルカリ性薬品に2−ピリジルチオ−1オキシドを有効成分として含む防腐剤を添加するアルカリ性薬品の防腐方法。
【0021】
PTを含む防腐剤はアルカリ性薬品の保存に先立ち、アルカリ性薬品に添加されればよい。また、製紙用添加剤のように使用開始後に、薬剤供給ラインやカラーパン等で比較的長い時間、滞留するものについては、アルカリ性薬品が流れる薬剤供給ライン等に防腐剤を添加するようにしてもよい。アルカリ性薬品はpHが7以上、特に8.5以上の場合に高い防腐効果が得られる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、PTをアルカリ性条件で工業用組成物に含有させることで長期かつ安定してPTに高い防腐効果を発揮させ、長期に渡り品質劣化が防止された工業用組成物を得ることができる。また、本発明によれば、工業用組成物に含有される防腐剤の添加量や種類の増加を防止して、安価に製造される工業用組成物を得ることができる。さらに、本発明によれば、有機溶媒やホルマリンを生じる物質を添加せずに工業用組成物を防腐できるため、安全性の高い工業用組成物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の工業用組成物は、防腐効果を奏する防腐剤として少なくともPTと、アルカリ性薬品と、を含み、アルカリ性薬品の種類に応じて塗工液、填料、または水性塗料等として用いられる。この工業用組成物は、塗工液等の液状のアルカリ性薬品に、PTとして2−ピリジルチオ−オキシドナトリウム(以下、「NaPT」)、ビス(2−ピリジルチオ−1−オキシド)亜鉛およびビス(2−スルフィドピリジン−1−オラト)銅等を添加することにより調製される。PTは粉状のものをアルカリ性薬品に添加してもよいが、液体として添加することが好ましい。PT液としては、有機性溶媒にPTを溶解させた溶液としてもよいが、水にPTを分散または溶解させた水性液として用いることが好ましい。
【0024】
アルカリ性薬品とPTとは、できるだけ均一となるように混合することが好ましく、混合性を向上させるために補助薬剤を添加してもよい。補助薬剤はアルカリ性薬品または/およびPT液に予め添加していてもよく、アルカリ性薬品とPTとを混合する際に同時に混合するようにしてもよい。さらに、アルカリ性薬品とPTとを混合した後、補助薬剤を添加してもよい。
【0025】
補助薬剤としては、分散剤、滑剤、安定剤、および消泡剤等が挙げられ、より具体的には、分散剤としてポリアクリル酸ナトリウムやポリスチレンスルホン酸ナトリウム等がある。滑剤としては、ステアリン酸カルシウム等が挙げられ、安定剤としてはポリビニルアルコール、消泡剤としてはノニオン性の配合剤等が挙げられる。補助薬剤を添加する場合の添加量は、工業用組成物中の濃度が1〜10重量%であることが好ましい。本発明においては、少ない添加量のPTで長期かつ安定した防腐効果を奏することができるため、補助薬剤の添加量も少なくてよい。
【0026】
上記により調製された工業用組成物は、水酸化ナトリウム等のpH調整剤の添加によりpH調整されてもよい。pH調整は、アルカリ性薬品と少なくともPTとを混合した後、行なうことが好ましい。
【0027】
本発明に係る工業用組成物は、アルカリ性薬品の用途および使用法に応じて製紙工程等で塗工液、水性塗料、または填料等として使用される。
【0028】
[実施例]
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳しく説明する。実施例1として、PTとしてNaPT(エーピーアイ コーポレーション社製)の40%水溶液を水で希釈してNaPT濃度が5重量%の水溶液を調製した。またアルカリ性薬品として、製紙用塗工液または填料として使用される製紙用の炭酸カルシウムスラリ(白石工業社製、pH10.7、固形物濃度50重量%)を用いた。この炭酸カルシウムスラリ20mLに、NaPTの水溶液100mg/Lを混合して、NaPT濃度5mg/L、pH10.7の工業用組成物を調製した。
【0029】
実施例2として、工業用組成物のNaPT濃度が10mg/Lとなるように、NaPTの水溶液の添加量を200mg/Lとした以外は実施例1と同様にして、pH10.7の工業用組成物を調製した。また、実施例3として、工業用組成物のNaPT濃度が15mg/Lとなるように、NaPTの水溶液の添加量を300mg/Lとした以外は実施例1と同様にしてpH10.7の工業用組成物を調製した。
【0030】
[比較例1〜3]
比較例1として、NaPTに代えてトリアジンを用いた以外は実施例と同様にして調製した工業用組成物を得た。比較例1では、得られた工業用組成物のトリアジン濃度を100mg/Lとした。比較例2では、工業用組成物のトリアジン濃度を200mg/Lとした以外は比較例1と同様にして工業用組成物を得た。比較例3では、工業用組成物のトリアジン濃度を300mg/Lとした以外は比較例1と同様にして工業用組成物を得た。比較例1〜3で調製された工業用組成物のpHはいずれも10.7であった。
【0031】
[比較例4〜10]
比較例4〜10として、NaPTに代えてBITのナトリウム塩(以下、「BITNa」)を用いた以外は実施例と同様にして調製した工業用組成物を得た。比較例4では、得られた工業用組成物のBITNa濃度を2.5mg/Lとした。比較例5では工業用組成物のBITNa濃度を5mg/L、比較例6では工業用組成物のBITNa濃度を10mg/L、比較例7では工業用組成物のBITNa濃度を15mg/L、比較例8では工業用組成物のBITNa濃度を20mg/L、比較例9では工業用組成物のBITNa濃度を30mg/L、比較例10では工業用組成物のBITNa濃度を50mg/Lとした以外は比較例4と同様にして工業用組成物を得た。比較例4〜10の工業用組成物のpHはいずれも10.7であった。
【0032】
上記実施例1〜3、比較例1〜10およびブランクとして調製した工業用組成物を、30℃で静置保存し、一定期間ごとに工業用組成物のpHと菌数を測定した。ブランクは実施例の工業用組成物にPTを添加しないものであり、実施例で用いた炭酸カルシウムスラリと同じものである。pHの測定は、30℃で保存した工業用組成物を室温に戻した後、ガラス電極により測定した。菌数の測定は、工業用組成物1mLを採取し、これを滅菌水で希釈した希釈液をシャーレに採り、pH9の寒天培地(1/10PY培地)液を入れて平板培地とした。この平板培地を30℃で7日間培養し、菌数を測定した。
【0033】
また、工業用組成物中の防腐剤の効果を確認するため、試験開始後7日目に、ブランクを種菌として実施例および比較例の各工業用組成物に1%の量で添加して、翌日(試験開始後8日目)に測定を行なった。試験開始時の各工業用組成物のpH、菌数、および添加防腐剤の種類と濃度を表1に、試験開始後、所定期間経過後に測定した各工業用組成物のpH、菌数を表2に示す。なお、濃度の単位はmg/L、菌数の単位は個(colony forming unit)/mlである。また、表中「−」で示すものは、腐敗が進行したため測定を中止した試験例である。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
表2に示すとおり、NaPTを防腐剤として含む実施例1〜3では、比較例1〜10に比べて少量の添加量でも長期に渡り液中での微生物の増殖が防止され、腐敗による品質劣化が防止された。このように、本発明によれば少量の防腐剤の添加により長期間、安定して防腐され、品質が保持される工業用組成物を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、保存中の腐敗が防止され、製紙用塗工液等として用いることができる工業用組成物に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
pH7以上のアルカリ性薬品と、このアルカリ性薬品に防腐剤として添加される2−ピリジルチオ−1オキシドと、を含む工業用組成物。
【請求項2】
前記アルカリ性薬品は、製紙工程で用いられる製紙用薬品である請求項1に記載の工業用組成物。
【請求項3】
前記アルカリ性薬品は、炭酸カルシウムを含むアルカリスラリである請求項1または2に記載の工業用組成物。
【請求項4】
前記アルカリ性薬品は、粘度が10〜20000mPa・sの低粘性液である請求項1から3のいずれかに記載の工業用組成物。
【請求項5】
pH7以上のアルカリ性薬品に2−ピリジルチオ−1オキシドを有効成分として含む防腐剤を添加するアルカリ性薬品の防腐方法。

【公開番号】特開2006−104136(P2006−104136A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−293995(P2004−293995)
【出願日】平成16年10月6日(2004.10.6)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】