説明

希土類錯体を含む発光性インキ

【課題】白色光下において視認されず、紫外線照射により励起して発光する高輝度かつ耐光性の優れた希土類錯体を含有する発光性インキを提供する。
【解決手段】 希土類錯体及び樹脂を含有してなる発光性インキであって、希土類錯体がLnABCで示される希土類錯体であって、Lnは希土類金属、A、B及びCはそれぞれ3種類の異なる配位子であり、配位子Aはフェナントロリン骨格又はビピリジウム骨格を有し、配位子Bは対称構造のジケトン骨格を有し、配位子Cは非対称性構造のジケトン骨格を有することを特徴とする発光性インキ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は発光性インキに関し、詳しくは耐光性に優れた希土類錯体からなる高輝度発光体を含有する発光性インキに関する。
【背景技術】
【0002】
アート・装飾分野やセキュリティー等の分野において、蛍光体粉末を塗料またはインキに加工し、それを目的物に塗装または印刷して紫外線などの光エネルギーを照射することにより発光する蛍光体が使用されている。例えば、アート・装飾分野では、蛍光体含有塗料を利用して、芸術家や工芸塗装技術者がテーマパーク、ホテル、地下道、列車などの壁や天井に装飾画等を描き、その画像に紫外線を照射して鮮やかな蛍光発色画を浮かび上がらせる。また最近では、インクジェット印刷技術の飛躍的な進歩により、色鮮やかで高精細な屋内・屋外の広告看板や電飾看板が多く見られるようになってきた。セキュリティーの分野においても、このようなインクジェットを始めとする印刷技術によって、高精細、かつ、見た目に透明に見える「インビジブルな印刷製品」への期待が高まっている。例えば、偽造防止の目的でIDカードにバーコードを目に見えないように印刷することができる。現在、インビジブルな用途には、分子サイズの金属錯体の蛍光体が実用化されているが、その耐久性は無機系蛍光体に比べてはるかに低いことが問題となっている。一方、無機系蛍光体をインビジブル用途に利用するためには、光散乱強度がきわめて低い約50nm以下のナノ粒子が必要であると考えられ、通常、無機系蛍光体は、原料の無機化合物粉末を混合し、高温で焼成した後、物理的に粉砕することによって作られているので、このような固相法においては、ナノサイズに微粉砕することは困難であるとともに、たとえ微粉砕できても蛍光体の輝度は著しく低下する。このため、インビジブルな用途には従来の固相法による蛍光体を利用することはできないと考えられる。
【0003】
蛍光体としては赤色のローダミンや黄色のクマリンが多く使用されており、これらの蛍光色素は強い蛍光輝度を示すが可視光領域に強い吸収をもつためインビジブルな用途では使用できない。またこれ以外にもユウロピウム錯体が使用されている。ユウロピウム錯体は溶解させると透明になるのでインビジブルな用途にも使用できる。この錯体は紫外線を照射すると発光輝度に優れた赤色に発光し、通常の紙に含まれている青色蛍光増白剤と明確に区別する事ができる。また揮発性溶剤を含有しているので容易にインクが固着し高速印刷する事ができる。そのためこれらのインクジェット印刷用発光インクは一時的な商品の仕分け管理用バーコード印刷に利用される。例えば特開2008−150609号公報(特許文献1)ではトリス{4,4,4−トリフルオロ−1−(2−チエニル)−1,3−ブタンジオナト}・ユーロピウム錯体を樹脂とともにアルコールに溶解させインクジェット用インクを作成している。同様に偽造防止印刷への利用に2002−173622号公報(特許文献2)にトリス{4,4,4−トリフルオロ−1−(2−ナフチル)−1,3−ブタンジオナト}・1,10−フェナントロリン・ユーロピウム錯体のような錯体をエタノールなどの揮発性有機溶媒に溶かしインクジェット用インクしたものがある。しかしこれらの錯体は主に光による耐久性が弱いため分解しやすい。そのため長期にわたり繰り返し使用すると発光を確認できなくなる恐れがある。セキュリティ印刷の用途においては発光体が被印刷媒体と同程度の耐久性を保持する事が求められる。また従来のこれら錯体の合成は電熱、水および油浴で加熱による方法であり、そのため収率が低い、合成に長時間かかる、工程が煩雑である等の課題がある。
【先行技術文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−150609号公報
【特許文献2】特開2002−173622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記の問題点を鑑み、白色光下において視認されず、紫外線照射により励起して発光する、高輝度かつ耐光性の優れた発光性インキを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
希土類錯体及び樹脂を含有してなる発光性インキであって、希土類錯体がLnABCで示される希土類錯体であって、Lnは希土類金属、A、B及びCはそれぞれ3種類の異なる配位子であり、配位子Aはフェナントロリン骨格又はビピリジウム骨格を有し、配位子Bは対称構造のジケトン骨格を有し、配位子Cは非対称性構造のジケトン骨格を有することを特徴とする発光性インキである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば耐光性が良好な高輝度な発光性インクを提供することができる。当該インクによる印刷物は下地と識別しにくい印刷をすることが可能であり、紫外光で発色するので特殊な印刷物としてセンサーによる読み取り、隠し文字、セキュリティー等への印刷に適用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0009】
本発明において希土類錯体、LnABCにおける中心希土類金属Lnとしては、ユウロピウム、テルビウム及びサマリウム等が挙げられる。A、B及びCはそれぞれ異なる配位子であって、配位子Aはフェナントロリン骨格又はビピリジウム骨格を有し、その骨格中にアルキル基、アリール基、ヘテロアリール基、ハロゲンなどの置換基を有していてもよい。配位子Aの具体例としては、8−ジメチル−1,10−フェナントロリン、バソフェナントロリン、及び5−クロロ−1,10−フェナントロリン等が挙げられる。配位子Bは対称構造のジケトン骨格を有し、配位子Cは非対称性構造のジケトン骨格を有する。
【0010】
本発明における希土類錯体LnABCは、耐光性及び高輝度の観点から、一般式(1)で表されるものが好ましい。
【0011】
【化1】

【0012】
式中、Xはアルキル基、アリール基、ヘテロアリール基又はハロゲン原子、Rfは部分的もしくは完全にフッ素化されたアルキル基、Rf’はRfと同じ又は異なる部分的もしくは完全にフッ素化されたアルキル基、Yはフッ素化されていないアルキル基、nは1又は2である。
【0013】
Rfは、好ましくは炭素数1〜3の部分的もしくは完全にフッ素化されたアルキル基で、例えばモノフルオロメチル基、トリフルオロメチル基及びヘプタフルオロプロピル基等が挙げられる。
Rf‘はRfと同じであっても異なっていてもよい部分的もしくは完全にフッ素化されたアルキル基であって、例えばモノフルオロメチル基、トリフルオロメチル基及びヘプタフルオロプロピル基等が挙げられる。
【0014】
Yはアルキル基、フェニル基、ナフチル基及びアントラセニル基等のアリール基、又はチエニル基、フリル基及びピリジル基等のヘテロアリール基であり、アルキル基としては炭素数1〜8のアルキル基、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基及びオクチル基等が挙げられる。
【0015】
LnABCの具体例としては、ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロチェニルブタンジオン)(1,10−フェナントロリン)ユーロピウム(III)[以下、(phen)(hfa)2tfa(eu)と略す]、ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(ヘプタフルオロジメチルオクタンジオネート)(1,10−フェナントロリン)ユーロピウム(III)[以下(phen)(hfa)2fod(eu)と略す]、ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロチェニルブタンジオン)(1,10−フェナントロリン)ユーロピウム(III)[以下(phen)(hfa)2tta(eu)と略す]、ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロチェニルブタンジオン)(1,10−フェナントロリン)テルビウム(III)[以下(phen)(hfa)2tfa(tb)と略す]及びビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロチェニルブタンジオン)(フェニルピリジナート)ユーロピウム(III)[以下(bby)(hfa)2tta(eu)と略す]等が挙げられる。
これらのうちで好ましいものは(phen)(hfa)2tfa(eu)、(phen)(hfa)2fod(eu)、(phen)(hfa)2tta(eu)、(phen)(hfa)2tfa(tb)である。
【0016】
当該希土類錯体を合成するための手段として好ましくは2.45GHzのマイクロ波を照射し加熱することにより製造される。反応溶媒として誘電率の高いものが好ましく、例えばメタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、2−メトキシエタノール、エチレングリコール、N,N’−ジメチルホルムアミドなどが適宜選択される。マイクロ波を加熱手段とすると迅速に反応が進み、目的物を高収率で得られる特徴がある。またマイクロ波加熱により合成された希土類錯体は従来法の電熱、湯浴又は油浴で加熱された錯体と比べて粒子がきわめて小さいため、高輝度に発光させるのに有効である。
【0017】
当該希土類錯体のLnはユーロピウム、テルビウム又はサマリウムが発色性面から好ましく、ユーロピウム又はテルビウムが発色性及びコスト面から更に好ましい。
【0018】
本発明において当該金属錯体の発色性インキ中の含有量は印刷方法にもよるが、当該インキ中に0.1〜40%重量含有され、好ましくは0.3〜20%重量含まれる。0.1%重量以上であると蛍光輝度が更に充分に発揮されるので視認し易くなり、40%重量以下であれば樹脂分が多くなり塗膜の強度が充分に発揮できる傾向にある。
【0019】
本発明の発光性インキに使用する樹脂としては被印刷媒体に固着すものであればよく、特に限定されるものではない。具体的な樹脂としてはポリメタクリル酸、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルピロリドンなどの水溶性樹脂、スチレンメタクリル酸コポリマー、スチレンマレイン酸コポリマー、ラテックスなどの水性エマルジョンバインダーが挙げられる。これらの樹脂は単独あるいは混合しても発光を阻害せずに印刷することができる。また油性では例えばロジン、ロジン変性フェノール樹脂、ロジン変性アルキッド樹脂、にかわ、ワニス、亜麻仁油、ひまし油、アルキッド樹脂、ビニル変性アルキッド樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ブタジエン樹脂、ビニルトルエン樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリアミド樹脂などの油性バインダーを単独あるいは混合してもよい。紫外線硬化樹脂の場合、例えばウレタンアクリレート、エポキシアクリレート、ポリエステルアクリレートなどのモノマーもしくはオリゴマーを含み、これらはインキ中10〜90%重量含有される。好ましくは30〜80%重量含まれる。10%重量よりも少ないと固着が不十分で発光体が剥がれ落ち、80%重量よりも多いと硬化が遅くなる。当該希土類錯体は印刷に使用される樹脂の種類により限定されない。
【0020】
当該発光性インキはインクジェット、フレキソ印刷、グラビア印刷、シルクスクリーン印刷などの溶媒を含む場合には乾燥によって樹脂が硬化し固着する。オフセット印刷は高沸点溶媒が紙面などの吸収面にセット後、酸化重合により固着する。紫外線硬化樹脂は光開始剤を含み、紫外線照射によりラジカル重合し硬化する。当該希土類錯体は印刷に使用される乾燥方法および硬化方法によっても限定されない。
【0021】
また当該発光性インクの粘度や流体特性、乾燥速度、膜厚を制御するために溶媒を含んでいてもよい。
例えば水、プロピレングリコール、エタノール、イソプロピルアルコール、シクロヘキサノン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、エチルセロソルブ、キシレン、ナフサ、ミネラルスピリット、ホワイトスピリットなどがあり、これらを単独もしくは混合してもよい。
【0022】
また添加剤として界面活性剤、消泡剤、光重合開始剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、防腐剤、防錆剤、香料などを含んでいてもよい。
【実施例】
【0023】
以下に合成例及び実施例にて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の例に限るものではない。
【0024】
耐光性の評価は以下により行った。インキ化により得られた試験紙片を紫外線ロングライフフェードメーターU48(スガ試験機社製)にてそれぞれ1時間、10時間、30時間及び50時間暴露した。暴露後の試験紙片に主波長365nmのブラックライトを照射しその発光強度を目視にて判定した。
【合成例1】
【0025】
50mlの3つ口フラスコにエタノール25ml、1,10−フェナントロリン1水和物198mg、1mmol(関東化学社製)、ヘキサフルオロアセチルアセトン416mg、2mmol(東京化成工業社製)、トリフルオロアセチルアセトン154mg、1mmol(東京化成工業社製)、塩化ユーロピウム6水和物366mg、1mmol(信越化学工業社製)を加えて撹拌した。溶解後1Nの水酸化ナトリウム水溶液を3ml滴下した。グリーンモチーフI(IDX社製)により2.45GHzのマイクロ波を照射し内部温度を60℃に10分間保持した。自然放置し冷却後、減圧濾過した。白い結晶をデシケーター内で24時間乾燥させた。ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロアセチルアセトナト)(1,10−フェナントロリン)ユーロピウム(III)を得た。収率84.0%であった。
【合成例2】
【0026】
合成例1において塩化ユーロピウム6水和物の代わりに塩化テルビウム6水和物(関東化学社製)を使用したこと以外は合成例1に準じて反応させ、ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロアセチルアセトナト)(1,10−フェナントロリン)テルビウム(III)を得た。収率 82.7%であった。
【合成例3】
【0027】
合成例1におけるマイクロ波の代わりに湯浴で反応を行った。ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロアセチルアセトナト)(1,10−フェナントロリン)ユーロピウム(III)の収率は40%であった。
【実施例1】
【0028】
合成例1により得られたビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロアセチルアセトナト)(1,10−フェナントロリン)ユーロピウム(III)を100mgとアルキッド樹脂であるアクリベースJFC−206(藤倉化成社製)を500mg、トルエン200mg、キシレン200mgを量りとり乳鉢で混練してインクとした。インクを紙面に滴下し8番バーコーターで展色し、印刷された試験紙片とした。耐光性は1,10,30時間では劣化が認められず、50時間では劣化が認められるが視認可能であった。
【実施例2】
【0029】
合成例2により得られたビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(トリフルオロアセチルアセトナト)(1,10−フェナントロリン)テルビウム(III)を実施例1と同様にしてインキ化して展色し試験紙片を得た。実施例1と同様に評価した。耐光性は1,10,30時間では劣化が認められず、50時間では劣化が認められるが視認可能であった。
【比較例1】
【0030】
合成例1と同様にして得たトリス{4,4,4−トリフルオロ−1−(2−チエニル)−1,3−ブタンジオナト}・ユーロピウム錯体を実施例1と同様にしてインキ化して展色し試験紙片を得た。実施例1と同様に評価した。耐光性は1時間で蛍光が視認できなかった。
【比較例2】
【0031】
合成例1と同様にして得たトリス{4,4,4−トリフルオロ−1−(2−ナフチル)−1,3−ブタンジオナト}・1,10−フェナントロリン・ユーロピウム錯体を実施例1と同様にしてインキ化して展色し試験紙片を得た。実施例1と同様に評価した。耐光性は1時間で蛍光が視認できなかった。
【比較例3】
【0032】
合成例1と同様にして得たトリス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)・ビス(トリフェニルフォスフィンオキシド)・ユーロピウム錯体を実施例1と同様にしてインキ化して展色し試験紙片を得た。実施例1と同様に評価した。耐光性は1時間で劣化を認めるが視認可能、10時間では蛍光が視認できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の発光性インキは、偽造防止および識別用印刷インクとして利用することができる。また本発明の発光性インキは従来の発光性インキと比較して優れた耐光性を有している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類錯体及び樹脂を含有してなる発光性インキであって、希土類錯体がLnABCで示される希土類錯体であって、Lnは希土類金属、A、B及びCはそれぞれ3種類の異なる配位子であり、配位子Aはフェナントロリン骨格又はビピリジウム骨格を有し、配位子Bは対称構造のジケトン骨格を有し、配位子Cは非対称性構造のジケトン骨格を有することを特徴とする発光性インキ。
【請求項2】
前記LnABCにおけるLnがユウロピウム、テルビウム又はサマリウムである請求項1記載の発光性インキ。
【請求項3】
前記LnABCが一般式(1)で表される希土類錯体である請求項1又は2記載の発光性インキ。

式中、Xはアルキル基、アリール基、ヘテロアリール基又はハロゲン原子、Rfは部分的もしくは完全にフッ素化されたアルキル基Rf’はRfと同じ又は異なる部分的もしくは完全にフッ素化されたアルキル基、Yはフッ素化されていないアルキル基、nは1又は2である。
【請求項4】
前記希土類錯体が、マイクロ波を照射して反応させて得られた希土類錯体である請求項1〜3のいずれか記載の発色性インキ。
【請求項5】
セキュリティ用インキ、偽造防止用インキ又は識別用印刷インキである請求項1〜4のいずれか記載の発色性インキ。

【公開番号】特開2013−53285(P2013−53285A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−203747(P2011−203747)
【出願日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【出願人】(304013331)有限会社ミネルバライトラボ (4)
【出願人】(593072934)日本螢光化学株式会社 (1)
【Fターム(参考)】