説明

希少糖を含有する腹膜劣化抑制剤、腹膜透析液および腹膜透析法

【課題】 希少糖を用いた腹膜の劣化を抑制できる新規な腹膜劣化抑制剤、腹膜透析液、および腹膜透析法を提供すること
【構成】 希少糖を含有することを特徴とする腹膜劣化抑制剤。希少糖がd−プシコース、L−プシコース、D−アロース、L−ソルボース、D−フルクトース、L−タガトース、D−ソルボース、L−フルクトース、およびD−タガトースよりなる群から選ばれるものである。さらにブドウ糖を含有することを特徴とする。腹膜透析液に配合して使用される腹膜劣化抑制剤である。上記の腹膜劣化抑制剤を含有することを特徴とする腹膜透析液。該透析液はさらにブドウ糖および電解質を含有する。希少糖又はその塩の有効量を含有する透析液を用いることを特徴とする腹膜透析法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は希少糖、好ましくはD−プシコース、L−プシコース、D−アロース、L−ソルボース、L−タガトース、D−ソルボース、L−フルクトース、およびD−タガトースよりなる群から選ばれる希少糖、最も好ましくはL−プシコースがラット腹膜中皮細胞において高濃度のD−グルコースによる活性酸素産生、細胞基質増生を抑制することに関するものである。
【背景技術】
【0002】
腎不全が進行すると、体内の老廃物が十分排泄できなくなり、尿素窒素、クレアチニン、リン、カリウム等の尿毒症性物質の血中濃度が高くなり、種々の症状がおこる。この症状は、疲れ易い、息切れがする、尿量が減る、浮腫、食欲低下などの他、高血圧、高カリウム血症、貧血などである。このまま放置すると死に至るため、腎機能が低下もしくは喪失した患者に対して、人工透析が広く行われている。この人工透析は、本来腎臓が果たしている血液浄化作用を腎臓に代わって行う血液浄化療法であり、生体内から水を除去することによって体液の組成を一定に保つとともに、体液中の老廃物、例えば尿素等を除去することを主な目的としている。人工透析としては、ダイアライザーを含む血液体外循環回路を用いた血液透析の他に、腹膜透析(CAPD)が知られている(図1〜5参照)。図1は、世界、米国および日本における1980年、1990年、2000年時点での血液透析患者数ならびに2005年、2010年における予測患者数を示している。図2は日本における慢性透析療法の現況(2006年12月31日現在)を示している。図3は年別透析導入患者数の推移(主要原疾患)を示している。主要原疾患は、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、腎硬化症であり、糖尿病より腎不全に至る症例が多く、透析患者さんは耐糖能障害を持っている人が50%を超えている。図4は、末期腎不全における腎代替療法の選択、図5は、世界におけるCAPDの普及率を示す。
【0003】
腹膜透析では、腹膜で囲まれた腹腔内に浸透圧の高い腹膜透析液を貯留することによって、生体内の余分な水と老廃物を取り除く。すなわち、腹膜透析では、腹腔内に貯留した腹膜透析液と体液との間に生じる浸透圧格差により、腹膜毛細血管から腹腔内の腹膜透析液に生体内の余分な水が移動し、これによって、生体内の余分な水と老廃物が取り除かれる。この腹膜透析は、血液透析に比べて、循環系や生体内部環境へ与える影響が少ないといった利点を持っている。腹膜透析は、血液透析に比べて、機械や人の手を必要とせず、病院に行かなくてもできる、ゆっくり透析が行われるため体調が安定し、低血圧や透析後の不快な疲労感がない、血液透析のような時間的拘束がない等の利点があることから近年広く採用されつつある(図6参照)。
【0004】
しかしながら、腹膜透析は、半透膜である腹膜を利用した透析であり、腹腔内にカテーテルを植え込みその中に高濃度のブドウ糖を含有する透析液を注入し、5〜6時間貯めておいた後排液する手段である。腹膜中皮細胞(peritoneal mesotherial cells:PMCs)は腹膜透析療法に際して常に高糖濃度透析液(1.5重量%〜4.25重量%)に曝されている。高糖濃度透析液は過剰な水分を体内から除去できるが、長期間、非生理的な高糖濃度透析液に曝露されることによって、腹膜硬化等によりしだいに腹膜機能が劣化し、限外濾過能を有する腹膜微小血管が破綻する。この結果、腹膜の劣化がおき、腹膜透析の施行が困難になる。腹膜機能劣化の予防や効率的な水除去に関して、様々な研究開発がされてきたが、高糖濃度によるPMCsの障害を抑制できないため、通常は5年程度で腹膜透析を中止せざるを得ないのが現状である。
この場合、腹膜の劣化に対する有効な治療剤や防止剤が未だに開発されていないため、腹膜透析の継続を断念しなければならない。すなわち、腹膜透析離脱する一番の理由は、水分管理不良であり、さらに、その中で50%以上が劣化に伴う障害(内訳:腹膜機能劣化55%、水分・塩分制御不能28%)である。
【0005】
しかしながら、腹膜透析は、前述した循環系や生体内部環境へ与える影響が少ないといった利点に加えて、通院の頻度が少なく、自宅や職場で行うことができ、患者の拘束時間が少ないといった利点を有している。したがって、腹膜の劣化を抑制し、腹膜透析を長期にわたって継続できれば、腎機能が低下もしくは喪失した患者に対して計り知れない利益をもたらすことができる。従って、腹膜障害を生じず、長期間連用できる腹膜透析液、およびこれを用いた腹膜透析法を提供することが求められている。
特許文献1には、タンパク質中のアミノ基と反応せず、かつ熱的に安定な物質を浸透圧剤として用いた腹膜透析液を提供することを課題として、浸透圧調節剤として、(1)脂環式6価アルコール、(2)アルドヘキソースの酸化により得ることのできるヘキソン酸若または糖酸、または(3)ヘキソースより構成される還元性二糖類のアルデヒド基含有ヘキソース残基を糖アルコール残基、ヘキソン酸残基若しくは糖酸残基へと変換することにより得ることのできる糖類誘導体、のうち何れか1種または2種以上を含有することを特徴とする、腹膜透析液が開示されている。
特許文献2には、HGF(Hepatocyte Growth Factor、肝細胞増殖因子)を含有することを特徴とする腹膜劣化抑制剤が開示されている。該腹膜劣化抑制剤は、HGFの他に、さらに糖類を含有することが好ましく、かかる糖類を、HGF1ngに対して1μg〜10g程度含有する。
特許文献3には、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルコエンザイムA(HMG−CoA)還元酵素阻害剤を有効成分として含有することを特徴とする腹膜劣化防止剤および該防止剤を投与することにより腹膜劣化を抑制でき、溶質除去不全を防止し、長期にわたる健全な腹膜透析を可能にする方法が開示されている。
特許文献4には、腹膜の表皮を覆っている腹膜中皮細胞に着目し、高濃度の糖存在下で生じる腹膜中皮細胞の障害を防止できる成分を探索し、アデノシン三リン酸(ATP)またはその塩に、腹膜中皮細胞の障害を防止する作用があることを見出し、従ってATPまたはその塩は腹膜障害予防治療剤として有用であり、さらにATPまたはその塩を配合すれば長期間施行可能な腹膜透析液が得られることを見出し完成させた、アデノシン三リン酸またはその塩を含有する腹膜透析液およびこれを用いる腹膜透析法が開示されている。長期間施行しても腹膜障害を生じることのない安全な腹膜透析液である。
特許文献5には、腹膜透析液の浸透圧剤として用いたグルコースによる蛋白質の架橋反応を抑制または一旦形成された架橋結合を解離させ、腹膜硬化症を起こすことなく腹膜透析治療を長期間にわたり行なうことができるための添加剤の提供を課題として、電解質塩および糖類浸透圧剤を溶解した水溶液に蛋白架橋結合抑制剤または蛋白架橋結合解離剤を添加した腹膜透析液が開示されている。蛋白架橋結合抑制剤としては還元剤または抗酸化剤あるいはメルカプト化合物、硫化物、水硫化物、還元性を有する硫黄の酸素酸塩、チオウレアまたはその誘導体、ヒドロキシル基および/またはカルボキシル基を有する環状化合物、フラボノイド化合物、窒素含有複素環化合物、ヒドラジル基化合物またはウロン酸基を有するムコ多糖類などの化合物が有効である。
【0006】
【特許文献1】特開平11−49671号公報
【特許文献2】特開2001−226288号公報
【特許文献3】特開2004−269461号公報
【特許文献4】再表2004/045679号公報
【特許文献5】特開2002−315825号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
図7に腹膜透析の原理と糖の役割、図8に腹膜機能低下のメカニズム(仮説)を示す。上記のとおり、腹膜透析療法の長期化に伴い、様々な問題点が指摘されているが、特に腹膜機能劣化に伴う除水不良および透析不足は重大な問題である。この原因の可能性として、タンパク質と糖の反応生成物であるAGEs(Advanced Glycosylation End-Products)が注目されている。AGEsは、以前より糖尿病の分野では、様々な合併症の原因として有力視されており、研究が進められている。糖尿病患者では、血中ブドウ糖濃度が健常人に比べて非常に高いため、この過剰のブドウ糖が、腎、血管、水晶体等の組織中のタンパク質のアミノ基と非酵素的に反応し、最終的には、着色および蛍光を伴う架橋した生成物、即ち、AGEsを生じ、組織中のタンパク質の構造、更には機能をも変質させる可能性や(Makita Z. et al, The New England Journal of Medicine, 325: 836-842, 1991)、マクロファージ等の免疫細胞の活性化やサイトカインの放出をも促すことが示唆されている(Brownlee M. et al., The New England Journal of Medicine, 318: 1315-1321(1988))。
【0008】
一方、腹膜透析液には、血液から過剰な水分および老廃物を除去するために必要な浸透圧勾配を作りだすために、血中ブドウ糖濃度に比して高濃度のブドウ糖が含有されており、腹膜透析患者の腹膜組織中においてAGEsの生成が認められたとする報告もある。従って、長期の腹膜透析において腹膜組織中でのAGEs生成が、腹膜に構造的および機能的変化をもたらし腹膜機能劣化につながる可能性は、完全には否定しきれない(Yamada K. et al., Clinical Nephrology, 42: 354-361 (1994))。
【0009】
またこれに加え、浸透圧剤としてのブドウ糖は、熱に対する安定性が十分でなく、高圧蒸気滅菌に際して5−ヒドロキシメチルフルフラール(5−HMF)等の分解物を生ずるという問題がある(F. X. Smith et al., Am. J. Hosp. Pharm. 34: 205-206, (1977))。5−HMFは、それ自体が腹膜にとって有害であると考えられており(I. S. Henderson et al., Blood Purif., 7: 86-94 (1989))、さらには、ブドウ糖よりも速やかにAGEsを生成するとも考えられている。
【0010】
除水確保のために高糖濃度液を長期的に使用するが、それに伴い除水のためにバッグを交換する回数が増加する。例えば、アイコデキストリン含有透析液の使用する場合、除水は容易になったが、新たな問題が出現した(図9参照)
[アイコデキストリン使用での問題点]
(1)Glucose Dehydrogenaseを用いた簡易血糖装置では正確な血糖値が測れず、低血糖発作事故が多数報告されている。
(2)血清アミラーゼ測定を妨害し、血清アミラーゼがみかけ上の低値を示すため、アミラーゼを用いた膵炎の診断が困難となる。
(3)糖尿病のでは、主要なアイコデキストリン代謝物であるマルトース蓄積作用があり、その中間代謝物も完全に同定されておらず、安全性に不安がある。
(4)マルターゼが欠損している糖原病合併腎不全患者には、禁忌である。
(5)一日1回投与しか認められていない(蓄積の危惧があるため)。
【0011】
ところで、図10および11に示すように、希少糖は自然界に稀に存在する単糖で、50種以上が発見されており、いくつかの希少糖には組織障害抑制効果が報告されている。D−プシコースは高ブドウ糖によって引き起こされるヒトの臍帯静脈内皮細胞での MCP-1(単球化学遊走因子)の遺伝子発現を抑制する(Murao K et al. Life Sci. 2007, Jul 26;81(7):592-9. )。D−アロースは食塩感受性高血圧ラットの血管における酸化ストレス産生を抑制する(Kimura S et al. J Hypertension 2005, 23 ; 1887-94. )。希少糖は分子量では一般的なブドウ糖と同等であり、希少糖を含む透析液によって腹膜劣化が予防できれば、長期腹膜透析が可能となり、末期腎不全治療において多くの患者さんの福音になることが期待される。
【0012】
このような背景の下に、本発明の目的は、希少糖を用いた腹膜の劣化を抑制できる新規な腹膜劣化抑制剤、腹膜透析液、および腹膜透析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、以下の(1)から(4)に記載の腹膜劣化抑制剤を提供する。
(1)希少糖を含有することを特徴とする腹膜劣化抑制剤。
(2)希少糖がD−プシコース、L−プシコース、D−アロース、L−ソルボース、L−タガトース、D−ソルボース、L−フルクトース、およびD−タガトースよりなる群から選ばれるものである(1)に記載の腹膜劣化抑制剤。
(3)さらにブドウ糖を含有することを特徴とする請求項1に記載の腹膜劣化抑制剤。
(4)腹膜透析液に配合して使用される(1)、(2)または(3)に記載の腹膜劣化抑制剤。
【0014】
また、本発明は、以下の(5)から(9)に記載の腹膜劣化抑制剤を提供する。
(5)(1)ないし(4)のいずれかに記載の腹膜透析液を含有することを特徴とする腹膜透析液。
(6)さらにブドウ糖および電解質を含有する(5)に記載の腹膜透析液。
(7)ブドウ糖濃度が1000〜4500mg/dlである(6)に記載の腹膜透析液。
(8)腹膜透析液中における前記希少糖の濃度が、ブドウ糖に対して0.1重量%以上である(7)に記載の腹膜透析液。
(9)全体で0.1〜10重量%の濃度の糖類を含有する(4)ないし(8)のいずれかに記載の腹膜透析液。
【0015】
また、本発明は、以下の(10)から(11)に記載の腹膜透析液製造のための使用を提供する。
(10)希少糖またはその誘導体の、細胞外液組成に近い電解質溶液である腹膜透析液製造のための使用。
(11)さらにブドウ糖および電解質を含有するものである(10)に記載の使用。
【0016】
また、本発明は、以下の(12)から(18)に記載の腹膜透析法を提供する。
(12)希少糖またはその誘導体の有効量を含有する透析液を用いることを特徴とする腹膜透析法。
(13)腹腔内にカテーテルを植え込んだ腎疾患患者の腹膜中に当該カテーテルを介して希少糖またはその塩の有効量を含有する透析液を注入するものである(12)に記載の腹膜透析法。
(14)透析液中の希少糖またはその誘導体の濃度が、ブドウ糖の10重量%以上である(12)または(13)記載の腹膜透析法。
(15)透析液中に、さらにブドウ糖および電解質が含まれている(12)、(13)または(14)に記載の腹膜透析法。
(16)ブドウ糖濃度が1000〜4500mg/dlである(15)記載の腹膜透析法。
(17)腹腔内にカテーテルを植え込んだ腎疾患患者の腹膜中に当該カテーテルを介してア希少糖またはその塩の有効量および生理的濃度のブドウ糖を含有する透析液を注入し、次いで高濃度のブドウ糖を含有する透析液を注入するものである(16)に記載の腹膜透析法。
(18)ブドウ糖の生理的濃度が0.08〜0.16重量%であり、ブドウ糖の高濃度が1000〜4500mg/dlである(17)に記載の腹膜透析法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、腹膜の劣化を抑制することができる。また、本発明によれば、腹膜透析をより長期にわたってより健全に施行することが可能となる。さらにまた、本発明は、例えば腎機能が低下もしくは喪失した患者等に、多大な利益をもたらすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
図12に、正常な腹膜の基底膜と絨毛(TEM,×10000)の顕微鏡写真を示す。
腹膜劣化とは、腹膜の機能が低下することにより腹膜機能の低下、腹膜透過性の亢進または限外濾過量の低下などが生じた状態を意味する。腹膜劣化の抑制とは腹膜機能の低下、腹膜透過性の亢進、腹膜限外濾過量の低下などの少なくとも一つの進行が一時的にまたは継続的に遅くなったり、停止したりあるいは改善したりすることをいう。また、腹膜機能とは、腹膜における溶質の透過性や限外濾過機能をいう。腹膜における透過性(腹膜透過性)とは、腹膜を介して溶質が透過することを意味する。したがって、腹膜透過性の亢進抑制とは、腹膜を介した溶質の透過速度を一時的または継続的に遅くすることでもよいし、透過速度をゼロにすることでもよい。さらに、腹膜透過性を低下させることにより、腹膜透析における透析効率を改善することも含む。
腹膜限外濾過量とは、腹膜を通過する水分量とリンパ管から再吸収される水分量の差であり、一定時間腹腔内に透析液を貯留した後の排液量を調べることにより、判定することができる。腹膜限外濾過量の低下防止とは、腹膜を介した限外濾過量の低下を一時的または継続的に遅くすることでもよいし、限外濾過量の低下をゼロにすることでもよい。さらに、腹膜限外濾過能を改善することも含む。
本発明の腹膜劣化抑止剤は、上記の作用を有することから腹膜の劣化や損傷の予防および/または治療に使用することができる。ここで予防とは、腹膜透析を行う際に腹膜機能の低下が認められない状態で本発明の抑止剤を使用し、そのことにより腹膜機能の低下が防止される状態を包含する。
【0019】
本発明の腹膜劣化抑制剤は、希少糖を用いることを特徴とする。D−プシコース、L−プシコースおよびD−アロースよりなる群から選ばれる希少糖に顕著な酸化ストレス抑制効果があることを実施例で確認できている。加えて、上記3つの希少糖以外でも、L-ソルボース、L−タガトース、D−ソルボース、L−フルクトース、D−タガトースを調査したところ、上記3つの希少糖に比べると弱いが同様の腹膜中皮細胞の酸化ストレス抑制作用が認められた。以上のことより、希少糖全般に腹膜機能低下抑制効果が期待できると思われる。
希少糖は、自然界に微量にしか存在しない単糖と定義づけることができる。自然界に多量に存在する単糖は、D−グルコース、D−フラクトース、D−ガラクトース、D−マンノース、D−リボース、D−キシロース、L−アラビノースの7種類あり、それ以外の単糖は、自然界における存在量が少なく希少糖に分類することができる。また、糖アルコールは単糖を還元してできるが、自然界にはD−ソルビトールおよびD−マンニトールが比較的多いが、それ以外のものは量的には少ないので、これらも本発明に従う希少糖と定義される。これらの単糖の関係を一層容易に理解するためにイズモリング(Izumoring)が提案されている(図10,11)。左側にL型、右側にD型、真ん中にDL型があり、しかもリングの中央(星印)を中心としてL型とD型が点対称になっていることもわかる。例えば、D-グルコースとL−グルコースは、中央の点を基準として点対称になっている。しかもイズモリングの価値は、全ての単糖の生産の設計図にもなっていることである。先の例で、D−グルコースを出発点としてL−グルコースを生産しようと思えば、D−グルコースを異性化→エピ化→還元→酸化→エピ化→異性化するとL−グルコースが作れることを示している。
炭素数が6つの単糖(ヘキソース)のイズモリングを使って、自然界に多量に存在する糖と微量にしか存在しない希少糖との関係が示されている。D−グルコース、D−フラクトース、D−マンノースと、牛乳中の乳糖から生産できるD-ガラクトースは、自然界に多く存在し、それ以外のものは微量にしか存在しない希少糖と分類される。DTEの発見によって、D−グルコースからD−フラクトース、D−プシコースを製造し、さらにD−アロース、アリトール、D−タリトールを製造することができるようになった。炭素数が6つの単糖(ヘキソース)のイズモリングの意義をまとめると、生産過程と分子構造(D型、L型)により、すべての単糖が構造的に整理され(知識の構造化)、単糖の全体像が把握できること、研究の効果的、効率的なアプローチが選択できること、最適な生産経路が設計できること、欠落部分について予見できること、が挙げられる。
希少糖の誘導体について、D−プシコースを例に説明する。
D−プシコースの誘導体について、ある出発化合物から分子の構造を化学反応により変換した化合物を出発化合物の誘導体と呼称する。D−プシコースを含む六炭糖の誘導体には、糖アルコール(単糖類を還元すると、アルデヒド基およびケトン基はアルコール基となり、炭素原子と同数の多価アルコールとなる)や、ウロン酸(単糖類のアルコール基が酸化したもので、天然ではD−グルクロン酸、ガラクチュロン酸、マンヌロン酸が知られている)、アミノ糖(糖分子のOH基がNH2基で置換されたもの、グルコサミン、コンドロサミン、配糖体などがある)などが一般的であるが、それらに限定されるものではない。
希少糖のうち、現在大量生産ができているD−プシコースは、ケトースに分類されるプシコースのD体であり六炭糖(C6H12O6)である。このようなD−プシコースは、自然界から抽出されたもの、化学的またはバイオ的な合成法により合成されたもの等を含めて、どのような手段により入手してもよい。比較的容易には、例えば、エピメラーゼを用いた手法(例えば、特開平6-125776号公報参照)により調製されたものでもよい。得られたD−プシコース液は、必要により、例えば、除蛋白、脱色、脱塩などの方法で精製され、濃縮してシラップ状のD−プシコース製品を採取することができ、更に、カラムクロマトグラフィーで分画、精製することにより99%以上の高純度の標品も容易に得ることができる。このようなD−プシコースは単糖としてそのまま利用できるほか、必要に応じて各種の誘導体として用いることも期待される。
また、D−プシコースは、例えばD−フラクトースを原料にして、D−ケトヘキソース・3−エピメラーゼを作用させエピ化反応して、D−プシコースをD−フラクトースの混合物として調製することができる(特開2001-011090号公報)。D-アロース(D-アロヘキソース)は、D-プシコースを原料にして、Bacillus pallidus strain 14a(IPOD FERM
AP-20172)由来のL-ラムノースイソメラーゼを用いる酵素反応で、60℃〜80℃で反応させて、効率よくD-アロースを含む溶液としてD-アロースを得ることができる。L−プシコースは、たとえば特開平9−56390号公報に記載されているように、グルコノバクター属に属する微生物を用いて、アリトールという糖アルコールを原料としてシラップとして生産できる。原料となるアリトールはD−プシコースの還元反応によって容易に得られるので大量のL−プシコースの生産に有利に利用できる。
【0020】
本発明の腹膜劣化抑制剤は、希少糖の他に、さらに希少糖以外の糖類を含有することができる。希少糖以外の糖類には、例えば希少糖からなる腹膜劣化抑制剤が液中に溶解している場合、該液中に溶解している希少糖以外の糖類を含む。このような希少糖以外の糖類としては、例えば、グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース等の単糖類、スクロース、マルトース、ラクトース、トレハロース等の二糖類、グリコーゲン、マルトオリゴ糖、イソマルトオリゴ糖、オリゴグリコシルスクロース、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖等の多糖類、マルチトール、エリスリトール、キシリトール等の糖アルコールなどが挙げられる。
【0021】
その中でも特に、糖類としては、単糖類がより好ましい。単糖類は、水への溶解度も高く、患部細胞まで効率よく到達でき、しかも、細胞内に浸透しやすい。さらにその中でも、本発明の腹膜劣化抑制剤が含有する糖類としては、グルコースが最適である。後述する実施例からも分かるように、腹膜劣化抑制剤がグルコースを含有していると、希少糖の細胞活性維持作用が大きく増大する。
【0022】
このように、腹膜劣化抑制剤が糖類を含有する場合、腹膜劣化抑制剤は、かかる糖類を、希少糖1ngに対して1μg〜10g程度含有することが好ましい。また、腹膜劣化抑制剤は、他の成分を含有していてもよい。
【0023】
このような腹膜劣化抑制剤は、液状、すなわち液に溶解した状態であることが好ましい。これにより、本発明の腹膜劣化抑制剤を、腹膜組織内(目的部位)に効率よくデリバリーできるようになる。なお、腹膜劣化抑制剤(HGF)を溶解させる液としては、例えば、薬液(例えば、生理食塩水、Locke液、Ringer液、Tyrode液、Earle液、Krebs液、Dulbecco液、PBS等の等張液、腹膜透析液、腹腔洗浄液など)、水(純水、蒸留水、滅菌水など)等が挙げられる。なお、腹膜劣化抑制剤は、患者への投与時に液に溶解させてもよい。また、腹膜劣化抑制剤を、粉末、顆粒、液体等の状態で目的部位に直接投与しても構わない。
【0024】
本発明の腹膜劣化抑制剤は、腹腔内に直接投与することが好ましい。腹腔内に直接投与すれば、本発明の腹膜劣化抑制剤を、目的部位である腹膜組織に選択的かつ効率よくデリバリーすることができる。しかも、腹腔内に直接投与すれば、特殊なデリバリー方法を用いて腹膜劣化抑制剤をデリバリーしなくても、効果的に薬効が得られるようになる。また、投与後に患部に到達するまでのHGFのロスが極めて少ない。さらには、腹腔内に直接投与すると、腹膜劣化抑制剤はしばらく腹腔内に滞留するので、患者に対して低侵襲であり、投与量も少なくて済む。加えて、他の臓器、生体組織に与える影響を最小限に留めることができる。
【0025】
腹膜劣化抑制剤を腹腔内に直接投与する方法としては、例えば、腹膜透析液に混ぜて腹膜透析時に腹腔内に投与する方法、液状の腹膜劣化抑制剤を、腹膜透析用カテーテルを介し、腹腔内に直接投与する方法などが挙げられる。
【0026】
なお、腹膜劣化抑制剤がRinger液等の等張液に溶解したものであると、等張液の浸透圧は生体の浸透圧に近いので、生体組織に対して与える負担が最小限のものとなる。また、腹膜劣化抑制剤が腹膜透析液に溶解したものであると、腹膜透析を行うついでに患者に対して腹膜劣化抑制剤を投与することができ、患者に対して別途腹膜劣化抑制剤を投与する手間が省ける。なお、本発明の腹膜劣化抑制剤は、例えば、腹膜透析時に腹膜透析液に混注する形態の薬剤(粉末、液体など)としても提供できる。
【0027】
前述したように、本発明の腹膜劣化抑制剤は、比較的少ない希少糖量で薬効が得られる。このため、腹膜劣化抑制剤が液に溶解している場合、かかる液中の希少糖の濃度は、好ましくは例えば10μg〜50mg/mL程度とすることができ、より好ましくは例えば100μg〜10mg/mL程度とすることができる。なお、液中の希少糖の濃度をこの範囲外としても構わない。
【0028】
なお、腹膜劣化抑制剤は、腹腔内に直接投与しなくてもよい。例えば、本発明の腹膜劣化抑制剤を、透析用カテーテルを介さずに、静脈注射により投与してもよい。以上、本発明の腹膜劣化抑制剤の投与法の例を示したが、腹膜(患部)で腹膜劣化抑制剤が作用すれば、投与方法は特に限定はしない。
【0029】
前述したように、腹膜劣化抑制剤を腹膜透析液に混ぜて腹膜透析時に腹腔内に投与(腹膜透析液に配合して使用)すれば、腹膜透析を行うついでに患者に対して腹膜劣化抑制剤を投与することができ、患者に対して別途腹膜劣化抑制剤を投与する手間が省ける。そこで、以下、本発明である腹膜透析液について述べる。
【0030】
本発明の腹膜透析液は、前述したような腹膜劣化抑制剤を含有することを特徴とする。本発明の腹膜透析液は、腹膜透析を行うという腹膜透析液本来の機能に加えて、腹膜の劣化を抑制できるという効果を併せ持つ。
【0031】
この場合、腹膜透析液中の希少糖の濃度は、前記と同様の理由から、10μg〜50mg/mL程度とすることが好ましく、100μg〜10mg/mL程度とすることがより好ましい。すなわち、腹膜透析液中における前記希少糖の濃度は、ブドウ糖の1重量%以上、好ましくは5重量%以上でも効く。なお、さらに低濃度0.1重量%でも恐らく効くと推定される。また高い方の濃度はブドウ糖を完全に置き換える濃度であることも考えられる。
【0032】
このような腹膜透析液のpHは、例えば、生理的に許容範囲内のもの(例えば4.0〜9.0程度)とすることができる。
【0033】
腹膜透析液は、希少糖以外の糖類を含有することができる。このとき、腹膜透析液中の糖類の濃度は、0.1〜10W/V%程度とすることが好ましく、1〜4.5W/V%程度とすることがより好ましい。なお、1000〜4500mg/dlは1〜4W/V%に相当する。糖濃度をこの範囲内とすると、腹膜透析液中の希少糖は、腹膜劣化防止能を極めて顕著に発揮することができ、腹膜透析による腹膜の劣化をさらに好適に防止できるようになる。
【0034】
本発明において、「抑止」とは、腹膜透析を行う際に腹膜機能の低下が認められる状態で本発明の抑止剤を使用し、そのことにより腹膜機能のさらなる低下が抑止される状態を包含する。また、腹膜劣化抑制剤は希少糖を有効成分として含有する。腹膜劣化抑制剤は腹膜劣化の防止のために使用される。したがって、本発明の腹膜劣化抑制剤は、腹膜劣化の低下の予防および/または防止ならびに治療を目的として、また、腹膜機能低下、腹膜透過性亢進の抑制および/または腹膜限外濾過能低下の予防および/または防止を目的として、その有効量を宿主(患者)に投与することができる。投与対象の宿主としては、特に限定されないが、哺乳動物、好ましくはヒト、サル、ネズミ、家畜等が挙げられる。本発明の腹膜劣化抑制剤は、腹膜患部で効率良く本発明の効果が発現する限り投与経路に制限はなく、経口的にまたは非経口的に全身あるいは局所的に投与することができる。投与経路として、腹腔内投与、静脈内投与、経口投与、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、坐薬、注腸、経口性腸溶剤などを選択することができ、患者の年齢、症状により適宜投与方法を選択することができる。これらのうち、腹腔内投与、静脈内投与および経口投与が好ましい。
【0035】
直接腹腔に投与する方法として、腹膜透析液に混ぜて腹膜透析時に腹腔内に投与したり、または腹膜透析用カテーテルを介して腹膜透析液に混ぜずに直接投与することができる。静脈注射により投与すれば、透析用カテーテルを介さずに投与することもできる。また経口投与を行えば、特別な器具がなくても摂取可能である。これらの方法を用いれば、患者に対して低侵襲に且つ効率良く腹膜劣化抑制剤を患部にデリバリーすることが可能である。腹膜劣化抑制剤は、腹腔内に投与すれば、患部である腹膜に直接投与することになり、経口や静脈注射のように有効成分が投与後に患部に到達するまでのロスが無い。この為、本発明の有効成分の濃度は、腹膜で有効な最小限の至適濃度で調剤することができる。すなわち必要最小限の濃度で患部に直接投与できるので、副作用が少ないといった特色を持つ。
【0036】
腹膜劣化抑制剤の有効投与量は、特に限定されないが、患者あたり10〜10000mg、好ましくは100〜5000mgの投与量を選ぶことができる。本発明の腹膜劣化抑制剤は、対象患者の症状を治癒するかまたは少なくとも部分的に治癒するために使用される。本発明の腹膜劣化抑制剤は、症状が生じてから治療目的に使用することができ、また発症が予測される時に発症時の症状緩和のために予防目的に使用することができる。
【0037】
本発明は、希少糖を含有することを特徴とする腹膜透析液を提供する。腹膜透析液は腹腔内に貯留される浸透圧の高い溶液であり、生体内の余分な水と老廃物等の溶質を取り除くことを目的とする。本発明の腹膜透析液において、希少糖は腹膜透析液の目的を妨げないことを前提として、腹膜透析液に含有される。腹膜透析液中に含まれる有効成分の量は、特に限定されない。腹膜透析液の組成は、特に限定されず、通常知られているものが使用できる。例えば、135mEq/L Na 、2.5mEq/L(もしくは4mEq/L)Ca、0.5mEq/L Mg 、98mEq/L Cl、40mEq/L 乳酸、2.5g/dl (もしくは1.35g/dlまたは4g/dl )Glucose の透析溶液(pH6.3 〜7.3 )を使用することができる。製造は、Glucose と乳酸ナトリウムを混合した溶液(pH5.0
)と、KCl、MgCl、乳酸ナトリウムを混合した液(pHはNaClでpH9.0 に調整) をそれぞれ高圧蒸気加熱滅菌した後、使用直前に4:1の割合で混合して使用するが、本発明の腹膜透析液では、混合方法は限定されないが、例えば希少糖を、100μg〜10mg/mLあるいは0.5〜500mMの濃度で使用直前の両液の混合時に混合してもよいし、一方の溶液に予め混合しておいてもよい。
【0038】
本発明は、また、希少糖を含有することを特徴とする透析効率の作用増強剤を提供する。希少糖は透析時に透析液に含有されることにより、腹膜の劣化や損傷の予防および/または治療、あるいは腹膜機能低下、腹膜透過性亢進の抑制および/または腹膜限外濾過能低下の予防および/または防止の効果を発揮し、それによって透析効率の作用を増強する。本発明の作用増強剤は、本明細書に開示された量の希少糖を、患者に適宜直接投与したり、腹膜透析液に含有させることにより使用される。
本発明に用いられる希少糖は、細胞、特に腹膜中皮細胞が高濃度の糖、特にブドウ糖により受ける障害に対して防止作用があることは全く知られていない。希少糖またはその誘導体は塩として用いる場合は、ナトリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩等が好ましい。
本発明の腹膜透析液は、希少糖またはその誘導体またはその塩を有効量含有する。腹膜透析液中の希少糖またはその塩の濃度は、10〜5000μM、さらには50〜3000μM、特に50〜2000μMが好ましい。
【0039】
本発明腹膜透析液には、希少糖またはその誘導体以外に、ブドウ糖および電解質を含有するのが望ましい。ブドウ糖濃度は、1000〜4000mg/dl、特に1200〜3600mg/dlが好ましい。また、電解質としてはNa、Ca2+、Mg2+およびClが用いられる。Naは100〜200mEq/lが、Ca2+は4〜5mEq/lが、Mg2+は1〜2mEq/lが、Clは80〜120mEq/lが好ましい。また、さらに乳酸等の有機酸を30〜50mEq/l配合するのが好ましい。さらに、腹膜透析液の浸透圧は300〜700mOsm/lに調整するのが望ましい。なお、残余は水である。
【0040】
本発明の希少糖またはその誘導体を含有する腹膜透析液を用いれば、腹膜障害が防止でき、高濃度の糖による細胞障害、特に腹膜中皮細胞障害が防止できる。ここで腹膜障害としては、腹膜炎、硬化性被嚢性腹膜炎、難治性遷延性腹膜炎、汎発性腹膜炎等が挙げられる。しかし、本発明の腹膜障害予防治療剤および細胞障害治療剤は、腹膜透析液の形態によらず、経口投与、静脈内投与、筋肉内投与、局所投与等の形態によっても用いることができる。これらの投与形態は、薬学的に許容される担体を配合し、当業者に公知慣用の製剤方法により製造できる。
【0041】
経口用固形製剤を調製する場合は、希少糖またはその誘導体に賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されているものでよく、例えば、賦形剤としては、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等を、結合剤としては水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等を、崩壊剤としては乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等を、滑沢剤としては精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等を、矯味剤としては白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等を例示できる。
経口用液体製剤を調製する場合は、希少糖またはその塩に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯臭剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。この場合矯味剤としてはバニリン等が、緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム等が、安定化剤としてはトラガント、アラビアゴム、ゼラチン等が挙げられる。
【0042】
注射剤を調製する場合は、希少糖またはその塩にpH調整剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下、筋肉および静脈内注射剤を製造することができる。この場合のpH調整剤および緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等が挙げられる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等が挙げられる。等張剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖等が例示できる。
本発明の前記医薬(腹膜透析液を除く)の投与量は年齢、体重、症状、投与形態および投与回数などによって異なるが、通常は成人に対して、希少糖として1日10〜10000mgを1回または数回に分けて経口投与または静脈内投与するのが好ましい。
【0043】
腹膜透析液の場合には、通常の腹膜透析法に従えばよい。すなわち、腹腔にカテーテルを植え込んだ腎疾患患者の腹膜中に、当該カテーテルを介してその中に希少糖含有透析液(通常1.5〜2.0L)を注入する方法、または希少糖含有生理的ブドウ糖濃度液を注入後従来の透析液(例えば、前記高濃度のブドウ糖液)を注入する方法で行い、約5〜6時間貯めておいた後排液する。通常この操作を1日に3〜5回繰り返す。ここでブドウ糖の生理的濃度とは、0.08〜0.16%(w/v)である。
【0044】
本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0045】
中皮細胞は腹膜透析時に高濃度糖含有透析液に暴露されている。希少糖とは自然界にごく微量にしか存在しない単糖類であり、活性酸素(ROS)を消去あるいはその産生を抑制する作用があるものがあると報告した(再表03/097820)。そこで、本研究では、希少糖のD−グルコースによるROS産生、細胞基質産生に対する影響を検討した。
[研究用のラット腹膜中皮細胞(PMC)における希少糖の酸化ストレス抑制効果]
[方法]
1.研究用のラット腹膜中皮細胞(PMCs)は、麻酔下の雄性SDラットの腹膜を取り出し、酵素的に処理することでラット腹膜中皮細胞を得た。
2.初期培養は5.6mMのD-グルコースを含むM199培地に、10%のウシ血清を加えてコンフルエントまで培養した。
3.酸化ストレス産生量はPMCs にルシゲニン化学蛍光アッセイ(lucigenin enhanced chemiluminescence assay、実験1)およびdehydroethidium (DHE)染色(実験2)を行い評価した。
(実験1)
本実験はルシゲニン化学蛍光アッセイによるスクリーニングテストである。
腹膜中皮細胞を24時間、83mMという高糖濃度に曝露し、ルシゲニン化学蛍光アッセイ(lucigenin enhanced chemiluminescence assay)で酸化ストレス量を測定した(n=2)。結果を図13に示す。L−プシコース、D−プシコース、D−アロースいずれも酸化ストレス産生量が抑制されていた。
(実験2)
本実験はdehydroethidium(DHE)染色によるスクリーニングテストである。
細胞を通常糖濃度(5.6mM )から24時間、83mMという高糖濃度に曝露した。一方、糖濃度の10%をD-ブドウ糖からそれぞれL−プシコース、D−プシコースもしくはD−アロースに置換した溶液で検証した。結果を図14に示す。L−プシコース、D−プシコース、D−アロースいずれも酸化ストレス産生量が抑制されていた。
【実施例2】
【0046】
[目的]
実施例1のスクリーニングテストで、酸化ストレス抑制効果が顕著であった、希少糖の1つであるL−プシコースのD−グルコースによるROS産生、細胞基質産生に対する影響を検討した。
[方法]
1.研究用のラット腹膜中皮細胞(PMCs)は、麻酔下の雄性SDラットの腹膜を取り出し、酵素的に処理することでラット腹膜中皮細胞を得た。培養ラット腹HBME-1染色した膜中皮細胞(PMCs)の顕微鏡写真を図15に示す。
2.初期培養は5.6mMのD−グルコースを含むM199培地に、10%のウシ血清を加えてコンフルエントまで培養した。
0.1%血清下にてD−グルコース (83mM)または、10% L−プシコース含有D−グルコース (計83mM)にて刺激した。
3.酸化ストレスは産生量はPMCs にdehydroethidium (DHE)染色を行い評価した。L−プシコース含有溶液による酸化ストレスの抑制結果を図16に示す。
D−グルコースとL−プシコースの濃度を変えて容量依存的な L−プシコースの酸化ストレス抑制作用を検討した結果を図17に示す。
4.基質合成能は、3H標識ロイシン(leucine)のPMCsへの取り込みによって評価した。L−プシコースと NAD(P)H オキシダーゼ阻害薬(DPI)の基質新生抑制作用を図18に示す。
5. NAD(P)Hオキシダーゼの必須コンポネントであるp22 phoxやIII型コラーゲンの遺伝子発現は、 PMCs より得られたmRNAをRT-PCR (real time polymerase chain reaction)法を用いて評価した。PMCsに対する酸化ストレス抑制作用は、PMCs内の該遺伝子のmRNA発現量を測定した。結果を図19に示す。L−プシコースとNAD(P)H オキシダーゼ阻害薬(DPI)のIII型コラーゲン遺伝子発現抑制作用は図20に示す。
【0047】
[結果]
83mM D−グルコース単独刺激ではコントロール(5.6mM D−グルコース)に比べ、ROS産生を約1.5倍に増加させたが、L−プシコース含有D−グルコースはその増加を有意に抑制した(n=4)。H標識Leucine(ロイシン)取り込みは、L−プシコース含有D−グルコースにより、D−グルコース単独刺激による増加は有意に抑制された。さらに抗酸化剤(DPI 1μM)により、D−グルコースによる取り込みが有意に抑制された(n=4)。また、D−グルコース単独刺激によって増加したCollagen III mRNAは、L−プシコース含有D−グルコースによって有意に抑制された(n=4)。
【0048】
[考察]
L−プシコースはラット腹膜中皮細胞においてROSを介した細胞の基質増生を抑制する効果を持つ。このことはL−プシコースが高濃度糖を含有する透析液から腹膜中皮細胞を保護する可能性を持っている事を示唆している。
【0049】
[まとめ]
1.腹膜中皮細胞に高糖濃度負荷を行うと、酸化ストレスが2倍になる。この酸化ストレスはNADPHオキシダーゼ依存性である。
2.希少糖であるL−プシコースを添加すると、高糖濃度負荷による酸化ストレスを抑制する。この効果は、D−アロースやD−プシコースにも存在している。
3.高糖濃度負荷を行うとNADPHオキシダーゼのコンポネントであるp22phox遺伝子発現が増加し、同時にIII型コラーゲン遺伝子も増加する。しかし、これらの遺伝子発現は ブドウ糖を10%L−プシコースに置換すると抑制される。
4.高糖濃度負荷による基質新生亢進も同様に、ブドウ糖を10%L−プシコースに置換すると抑制される。
5.希少糖であるL−プシコースの酸化ストレス抑制作用、III型コラーゲン遺伝子発現抑制作用や基質新生制作用は、NAD(P)H オキシダーゼ阻害薬のDPIとほぼ同等であった。
6.想定される腹膜中皮細胞に対するL−プシコースの酸化ストレス抑制、III型コラーゲン産生抑制、基質新生抑制作用を図21に示す。
【産業上の利用可能性】
【0050】
[希少糖を用いた腹膜透析液の臨床応用への期待]
L−プシコース、D−プシコースおよび/またはD−アロースは腹膜中皮細胞に対して、高糖濃度起因性の酸化ストレスを抑制し、基質新生や線維化を予防できる透析液、もしくは添加剤としての臨床応用が有望である。
近い将来、L−プシコース、D−プシコースおよび/またはD−アロースを含む透析液によって腹膜劣化を予防し、長期にわたる腹膜透析が可能になることが期待される。世界的にみて、本邦における慢性腎不全での腎代替療法における腹膜透析(PD)比率は非常に少なく、日本の医療経済を圧迫している。PD療法が普及しない大きな原因に、長期間における腹膜劣化が避けられず、腹膜透析が恒久的腎代替療法にはなりえていないのが現状である。希少糖を用いて、安全に、効率的に、腹膜透析が施行でき、かつまた長期の腹膜劣化が防止できるのであれば、腹膜透析(PD)患者の福音になりうる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】血液透析患者数の推移(世界、米国、日本)を示す。
【図2】慢性透析患者総数の推移(日本)を示す。
【図3】年別透析導入患者数の推移(主要原疾患)を示す。
【図4】末期腎不全における腎代替療法の選択を説明する図面である。
【図5】世界におけるCAPDの普及率を示す。
【図6】血液透析と腹膜透析の特徴を説明する図面である。
【図7】腹膜透析の原理と糖の役割を説明する図面である。
【図8】腹膜機能低下のメカニズム(仮説)を説明する図面である。
【図9】除水量確保の問題点と対策を説明する図面である。
【図10】すべての希少糖がイズモリング(Izumoring)戦略で合成可能となったことを示す図面である。
【図11】自然界において豊富にある単糖類とイズモリングで誘導される希少糖との関連を説明する図面である。いずれの誘導体も分子量は同じである。
【図12】正常な腹膜の基底膜と絨毛(TEM,×10000)の図面に代わる顕微鏡写真を示す。
【図13】ルシゲニン化学蛍光アッセイによるスクリーニングテストの結果である。
【図14】dehydroethidium(DHE)染色によるスクリーニングテストの結果である。
【図15】HBME-1染色した腹膜中皮細胞(PMCs)の図面に代わる顕微鏡写真である。
【図16】L−プシコース含有溶液による酸化ストレスの抑制結果を示す図面に代わる顕微鏡写真である。
【図17】容量依存的なL−プシコースの酸化ストレス抑制作用を示す図面である。
【図18】L−プシコースと NAD(P)H オキシダーゼ阻害薬(DPI)の基質新生抑制作用を示す図面である。
【図19】PMCs内におけるNAD(P)H オキシダーゼの必須コンポネントであるp22phox遺伝子のmRNA発現量を測定して、PMCsに対する酸化ストレス抑制作用を示す図面である。
【図20】L−プシコースと NAD(P)H オキシダーゼ阻害薬(DPI)のIII型コラーゲン遺伝子発現抑制作用を示す図面である。
【図21】想定される腹膜中皮細胞に対するL−プシコースの酸化ストレス抑制、III型コラーゲン産生抑制、基質新生抑制作用を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希少糖を含有することを特徴とする腹膜劣化抑制剤。
【請求項2】
希少糖がD−プシコース、L−プシコース、D−アロース、L−ソルボース、L−タガトース、D−ソルボース、L−フルクトース、およびD−タガトースよりなる群から選ばれるものである請求項1に記載の腹膜劣化抑制剤。
【請求項3】
さらにブドウ糖を含有することを特徴とする請求項1に記載の腹膜劣化抑制剤。
【請求項4】
腹膜透析液に配合して使用される請求項1、2または3に記載の腹膜劣化抑制剤。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の腹膜劣化抑制剤を含有することを特徴とする腹膜透析液。
【請求項6】
さらにブドウ糖および電解質を含有する請求項5に記載の腹膜透析液。
【請求項7】
ブドウ糖濃度が1000〜4500mg/dlである請求項6に記載の腹膜透析液。
【請求項8】
腹膜透析液中における前記希少糖の濃度が、ブドウ糖に対して0.1重量%以上である請求項7に記載の腹膜透析液。
【請求項9】
全体で0.1〜10重量%の濃度の糖類を含有する請求項4ないし8のいずれかに記載の腹膜透析液。
【請求項10】
希少糖またはその誘導体の、細胞外液組成に近い電解質溶液である腹膜透析液製造のための使用。
【請求項11】
さらにブドウ糖および電解質を含有するものである請求項10に記載の使用。
【請求項12】
希少糖またはその塩の有効量を含有する透析液を用いることを特徴とする腹膜透析法。
【請求項13】
腹腔内にカテーテルを植え込んだ腎疾患患者の腹膜中に当該カテーテルを介して希少糖またはその誘導体の有効量を含有する透析液を注入するものである請求項12に記載の腹膜透析法。
【請求項14】
透析液中の希少糖またはその誘導体の濃度が、ブドウ糖の0.1重量%以上である請求項12または13記載の腹膜透析法。
【請求項15】
透析液中に、さらにブドウ糖および電解質が含まれている請求項12、13または14に記載の腹膜透析法。
【請求項16】
ブドウ糖濃度が1000〜4500mg/dlである請求項15記載の腹膜透析法。
【請求項17】
腹腔内にカテーテルを植え込んだ腎疾患患者の腹膜中に当該カテーテルを介して希少糖またはその塩の有効量および生理的濃度のブドウ糖を含有する透析液を注入し、次いで高濃度のブドウ糖を含有する透析液を注入するものである請求項16に記載の腹膜透析法。
【請求項18】
ブドウ糖の生理的濃度が0.08〜0.16重量%であり、ブドウ糖の高濃度が1000〜4500mg/dlである請求項17に記載の腹膜透析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2009−269887(P2009−269887A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−123823(P2008−123823)
【出願日】平成20年5月9日(2008.5.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年5月30日 「第51回日本腎臓学会学術総会」に発表
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(506388060)合同会社希少糖生産技術研究所 (18)
【Fターム(参考)】