説明

希少糖を植物のシュートの成長促進または調整へ利用する方法。

【課題】 組織培養の対象作物として園芸作物、特に球根作物の組織を取り上げ、希少糖を球根作物の組織培養体の成長促進または調整剤として活用し、当該球根作物の効果的なクローン増殖法の確率。
【解決手段】 園芸作物の組織を外植体として用いて培地に植え付け培養するに際し、希少糖をシュートの成長促進または調整へ利用する方法。園芸作物の組織は球根作物の組織である。グロリオサ‘ルテア’のシュートの球状に肥大した基部を縦に2分割し、外植体として用いた。希少糖はD−プシコースである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
植物の組織培養法において、本発明は、園芸作物、特に球根作物の培養体の希少糖を用いる成長促進または調整への利用技術に関する。
【背景技術】
【0002】
植物組織培養では、植物ホルモン様物質である植物成長調節物質を利用しながら、植物のもつ組織・器官の一部から植物個体を再生する分化全能性が最大限に生かされるよう、培養条件を検討することが行われる。従来、球根植物の一種あるりん茎植物のチューリップの組織培養において、不定芽形成の効率化のために培地中の植物成長調節物質に加え、いくつかの条件が検討されてきた。西内(非特許文献1)は培養前の母球の高温処理や培養時の温度を検討し、またP.G.Aldersonら(非特許文献2)は培養前の母球の生育時期や植物体組織片の大きさを検討し、不定芽形成の効率化を行っている。しかし、これら従来の方法では不定芽の分化率は低く、さらには不定芽の伸長速度が遅いため球根分化処理をおこなうのに必要なシュート長にまで不定芽を伸長させるのに培養開始から16週間程度の長い期間がかかっていた。
【0003】
一方、同じ球根植物の一種である塊茎植物のグロリオサの組織培養においても、Custers and Ergervoet(非特許文献3)が培養時の植物成長調節物質濃度の検討を行い、高村ら(非特許文献4)は培養温度の影響を検討しているが、その増殖効率等にはさらなる改良の余地と必要があると考えられている。また、in vitroでのグロリオサの増殖に用いる培地に添加する糖に関して,スクロース以外の糖の添加についてはほとんど検討されていない。したがって、球根作物のより短期間で多くのシュートが形成される植物の組織培養法における改良が望まれていた。
【0004】
D-プシコースは希少糖と呼ばれている単糖類のひとつである。従来、希少糖は大量生産ができず入手困難であったため、その生理活性や薬理活性に関する研究はほとんどなされていなかった。最近、香川大学農学部何森らにより酵素を用いた大量生産方法が希少糖のうち、一部のものについて確立され、その生理活性が注目されている。植物または微生物への希少糖の使用に関し、希少糖を有効成分とする植物生長調節剤などの発明がなされている(特許文献1)が、この希少糖を球根植物の組織培養,特にクローン増殖に有効に用いた例は皆無である。
【0005】
【特許文献1】国際公開番号WO2005/112638
【非特許文献1】北海道教育大学紀要,第33巻,第1号,49〜65頁,1982年.
【非特許文献2】Acta Horticulturae,109,263〜270,1980.
【非特許文献3】Scientia Horticulturae,57(4),323-334,1994.
【非特許文献4】香川大学農学部学術報告,第54巻,41〜44頁,2002年.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、園芸作物、特に球根作物の細胞、組織、器官からの植物体再生を促進または抑制する希少糖の種類・濃度を明らかにし、培養体の成長促進または調整剤として活用することを目的とする。
より具体的には、本発明は、組織培養の対象作物として園芸作物、特に球根作物の組織を取り上げ、希少糖を球根作物の組織培養体の成長促進または調整剤として活用し、当該球根作物の効果的なクローン増殖法を確率することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、園芸作物の組織、好ましくは球根作物の組織を外植体として用いて培地に植え付け培養するに際し、希少糖、好ましくはD−プシコースをシュートの成長促進または調整へ利用する方法を要旨とする。
【0008】
本発明は、球根作物の組織であるグロリオサ‘ルテア’のシュートの球状に肥大した基部を縦に2分割し、外植体として用いて培地に植え付け培養するに際し、希少糖、好ましくはD−プシコースをシュートの成長促進または調整へ利用する方法を要旨とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、植物の組織培養法において、園芸作物、特に球根(塊茎)作物の組織培養の際、希少糖を入れることにより、シュート(茎葉)の成長を促進する方法または調整する方法を提供することができる。
より具体的には、本発明により、グロリオサの組織培養において、D−プシコースがその組織培養体の成長促進または調整剤として利用できることが実験により裏付けされ、グロリオサの効果的なクローン増殖法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
植物組織培養は、ガラス容器などの密閉した無菌的空間に、植物が成長するのに必要な養分などが入った培地を入れ、その中で植物を栽培する技術である。本発明では、組織培養の対象植物(作物)として園芸作物、特に球根作物としてグロリオサを取り上げたが、それに限定されない。植物組織培養法により組織培養が可能な園芸作物、特に球根作物であれば何でも適用可能であると考えている。
【0011】
グロリオサはイヌサフラン科(場合によってはユリ科とされていることもあり)の球根(塊茎)植物で、近年切り花として高い人気を誇っている。グロリオサ・スペルバ‘ルテア’(Gloriosa superba‘Lutea’)は園芸品種であり、ふつうはグロリオサ‘ルテア’と呼ばれる。グロリオサ・スペルバの原種の花色は黄色と赤である。
【0012】
すなわち、グロリオサは、波打った細長い花弁が反り返っている変わった花卉であり、生け花やブーケなどに華やかな彩りを添え、鉢物、切り花として広く流通する市場価値の高い植物である。増殖は、実生による方法と、塊茎を分割させる方法があるが、実生の場合、開花までに3年以上かかる。さらにまた、種子で増殖するともとの植物と同じ形質(特徴)の個体がでるとは限らず、むしろでないことが多い。塊茎の分割による方法では、塊茎を作るので栄養繁殖(クローン)ができるが、一つの個体から一個の二股の球根しかできないので、極めて増殖率は低く、ウイルスの感染の危険もある。
【0013】
本発明の実施例の組織培養では、グロリオサの外植体を用いた。この場合の外植体というのは通常組織培養に用いたものを指し、細胞・組織から植物体まで広い範囲で外植体になり得る。本発明の実施例の実験1で使ったもとの組織は、in vitroで形成されたグロリオサ‘ルテア’のシュートの球状に肥大した基部を縦に2分割した基部切片である。この基部切片から新たにシュートを形成させるのが目的である。
【0014】
植物のシュートについて、茎は必ず葉をつけ、葉は必ず茎につく。両者は切り離せない関係にあり、同じ分裂組織からできる。そこで、1本の茎とそれにつく葉を1つの単位として扱うと都合がいい場合がある。そのような単位をシュート(shoot)という。また、未成熟な段階にあるシュートのことを芽(bud)という。
【0015】
植物のシュートを殺菌剤で殺菌し、クリーンベンチ内で芽の先端を取り出し、培地に植え付け、温度、照度を管理しながら培養を続けると、小さな組織が成長し、シュートになる。このシュートをもとに、サイトカイニン(植物ホルモンの一種、主に細胞分裂を促進するほか、芽の分化促進、老化抑制などの作用を示す)が多く含まれる培地を用いて、その節にある腋芽と呼ばれる芽からシュートを形成させたり、シュートの各組織から不定芽と呼ばれる新しい芽を形成させたりすることにより、新たに多くのシュートを得て、それらのシュートをホルモンフリーまたはオーキシン(植物ホルモンの一種、細胞分裂促進、側芽成長抑制、発根促進などの作用を示す物質の総称)が含まれる培地に移植すると発根し、植物体が再生される。こうして得られた再生植物体は、土壌に移植しての栽培が可能である。これはクローン増殖法の一種である。
【0016】
本発明は、園芸作物の組織、好ましくは園芸作物の組織が球根作物の組織、より具体的にはグロリオサ‘ルテア’のin vitroで生育させたシュートの球状に肥大した基部を縦に2分割しものを外植体として用いて培地に植え付け培養する。その際、培地に希少糖、好ましくはD−プシコースを添加する。
【0017】
培地は0.5 μM NAAおよび5.0 μM BAおよび0.2 %ジェランガムを添加したMS培地を基本培地とする。NAAはオーキシン、BAはサイトカイニンの一種で(どちらも人工)、ジェランガムは培地を固めるためのものである。MS培地は、植物組織培養に最も用いられるポピュラーな培地である。これらは、グロリオサの組織培養に通常に用いられる培地である。これに、通常用いられるスクロースではなく、希少糖を単独またはグルコースとともに添加する。糖の濃度は合計0.09 M程度が好ましい。
【0018】
D-プシコース単独添加またはグルコースの10分の1をD-プシコースに置き換えて添加した場合ではシュート形成が著しく抑制され、ほとんどの場合シュートは形成されない。すなわち、高濃度のD-プシコース添加はシュート形成を著しく抑制する。
【0019】
一方、グルコースの100分の1または1000分の1をD-プシコースに置き換えた場合および1000分の1をD-プシコースに置き換えた場合、グルコース単独添加の場合よりも著しくシュート形成が促進され、シュートも比較的早く形成される。すなわち、単糖類のグルコースにごくわずかの量(1000分の1〜100分の1)の希少糖(D-プシコース)を添加するだけで、シュート形成が著しく促進され、現在主に用いられているスクロースを用いた場合と同等またはそれ以上のシュート形成に対する効果が期待できる。
【0020】
本発明の詳細を実施例で説明する。本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
《実施内容》
[実験方法]
グロリオサの試験管内での植物体再生において、その培地の炭素源として、スクロース、グルコース、フルクトースおよびD-プシコースをくみあわせて添加し、その影響について調査した。いずれの処理区においても、外植体には試験管内で形成されたシュート基部を2分割したシュート基部切片を用いた。基本培地は、0.5 μM NAAおよび5.0 μM BAを添加したMS培地とし、25℃ ,16時間日長で培養を行った。
【0022】
処理区としては0.09 Mスクロース、 0.09 Mグルコース、0.09 M フルクトース、0.09 Mグルコース+0.09 M フルクトース、0.09 M D-プシコース、0.009 M D-プシコース+ 0.081 M グルコース、0.0009 M D-プシコース+ 0.0891 M グルコースを添加した処理区または0.00009 M D-プシコース+ 0.08991 M グルコースを添加した処理区とした。
【0023】
《結果》
図1に各処理区における外植体当たりのシュート数の経時的変化を示す。表1にシュート増殖に及ぼす糖の影響を示す。通常用いられるスクロースと比較して、グルコースまたはフルクトースを単独で添加した場合にはシュート形成が明らかに抑制された。また、プシコース単独添加区または0.09 Mグルコースの10分の1をD-プシコースに置き換えた処理区では、まったくシュートが形成されなかった。このことより、比較的高濃度のD-プシコースがグロリオサのシュート基部切片からのシュート形成を阻害することが明らかになった。一方、0.09 Mグルコースの100分の1をD-プシコースに置き換えた処理区および1000分の1をD-プシコースに置き換えた処理区では、0.09 Mグルコース単独区よりも明らかにシュート形成が促進され、シュートも比較的早く形成される傾向が認められた。また、塊茎当たりのシュート数でもスクロース区、0.09 Mグルコースの100分の1をD-プシコースに置き換えた処理区および1000分の1をD-プシコースに置き換えた処理区で高い値を示した。
【0024】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、これまでに植物の組織培養による増殖にほとんど用いられていない希少糖が園芸作物のマイクロプロパゲーションにおけるシュートの成長の促進剤または調整剤になり得ることを示している。すなわち、植物の組織培養法において、園芸作物、特に球根作物の組織培養の際、培地に希少糖を添加することにより、シュートの成長を促進することまたは調整することを可能とした。なお、通常組織培養に用いられているスクロースは二糖類であるのに対して、グルコースは単糖類であるため同じモル濃度で量は約半分ですむ。したがって、グルコースとスクロースの単価、希少糖の量がごくわずかですむこと、および希少糖の大量生産も実現され始めていることをあわせて考えると、本発明によりクローン増殖のコスト削減への貢献も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】各処理区における外植体当たりのシュート数の経時的変化を示す図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
園芸作物の組織を外植体として用いて培地に植え付け培養するに際し、希少糖をシュートの成長促進または調整へ利用する方法。
【請求項2】
園芸作物の組織が球根作物の組織である請求項1の希少糖をシュートの成長促進または調整へ利用する方法。
【請求項3】
グロリオサ‘ルテア’のシュートの球状に肥大した基部を縦に2分割し、外植体として用いた請求項2の希少糖をシュートの成長促進または調整へ利用する方法。
【請求項4】
希少糖がD−プシコースである請求項1ないし3のいずれかの希少糖をシュートの成長促進または調整へ利用する方法。



【図1】
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【公開番号】特開2008−74752(P2008−74752A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−254824(P2006−254824)
【出願日】平成18年9月20日(2006.9.20)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】