希薄銅合金線材
【課題】高い導電性を備え、従来の銅材料よりも、軟質でありながら、線材同士の粘着がなく、生産性に優れた希薄銅合金線材を提供する。
【解決手段】巻取ボビンに巻き取られた後に、焼鈍炉に送り込まれる希薄銅合金線材であって、希薄銅合金線材がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅であり、銅中の酸素は、前記添加元素との酸化物として存在し、希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である希薄銅合金線材である。
【解決手段】巻取ボビンに巻き取られた後に、焼鈍炉に送り込まれる希薄銅合金線材であって、希薄銅合金線材がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅であり、銅中の酸素は、前記添加元素との酸化物として存在し、希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である希薄銅合金線材である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粘着しにくい希薄銅合金線材に係り、特に、軟質であり、かつ、焼鈍工程において、線材同士が粘着することを極力防止することができる粘着しにくい希薄銅合金線材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
銅材料や銅合金材料において、やわらかさを持つためには、一般的に焼鈍により、軟質化する必要がある。焼鈍方法としては、連続的に焼鈍する方法として、炉の中を連続的に移動することによって一定時間焼鈍する方法や通電による抵抗発熱での焼鈍等がある。
【0003】
不連続的に焼鈍する方法としては、ある長さで切断して束にしたり、ある長さでドラムやボビンに巻きつけて、焼鈍炉の中に一定時間保持して焼鈍する方法がある。
【0004】
連続的に焼鈍する方法においては、焼鈍した材料に引張の力が加わるために、軟質化するには、限界がある。過度に軟質化すると引張の力によって、伸ばされてしまうために、材料の断面方向の寸法が小さくなってしまう問題がある。例えば、板材であれば、厚さや幅方向の寸法が小さくなり、棒材、線材であれば、径が小さくなる。
【0005】
このため、連続的に焼鈍する方法では、軟質化するには、限界がある。
【0006】
不連続的に焼鈍する方法では、過度の軟質化は可能であるが、別の問題が生じる。それは、隣り合う銅合金材料同士が粘着しやすくなってしまう問題が発生するため、焼鈍の状態にも限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−265511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、高い導電性を備え、軟質の銅材料としては、無酸素銅やタフピッチ銅を選択することができる。しかし、無酸素銅では価格の面で使用ができない場合がある。
【0009】
一方、タフピッチ銅を軟質化しようとすると、隣り合う同材料同士が粘着しやすい問題がある。
【0010】
本発明者等は、特許文献1で、連続鋳造圧延法などで製造でき、かつ導電性と伸び特性を純銅レベルに保持しつつ、強度を純銅レベルよりも高めた、高い導電性を備えた希薄銅合金材料を提案した。しかし、希薄銅合金材料を焼鈍しようとすると粘着しやすい問題がある。
【0011】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、高い導電性を備え、従来の銅材料よりも、軟質でありながら、線材同士の粘着がなく、生産性に優れた希薄銅合金線材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために本発明は、巻取ボビンに巻き取られた後に、焼鈍炉に送り込まれる希薄銅合金線材であって、希薄銅合金線材がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅であり、銅中の酸素は、添加元素との酸化物として存在し、希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である希薄銅合金線材である。
【0013】
希薄銅合金線材は、2mass ppmを超える量の酸素を含有し、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄とを含有するものである。
【0014】
本発明は、希薄銅合金線材の表面の平均結晶粒サイズよりも、前記線材の内部の平均結晶粒サイズの方が大きい結晶組織である。
【0015】
添加元素がTiであり、希薄銅合金線材は、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiを含有するのが好ましい。
【0016】
Tiとの酸化物は、TiO、TiO2またはTi−O−SのTi酸化物であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の軟質希薄銅合金線材は、素材の軟質化を目的として過焼鈍の条件であってもボビン巻きした隣接する線材同士の粘着が発生しないことから、タフピッチ銅や無酸素銅に比して軟質線材に適した材料であるといえ、生産性に富むものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明における実施材Bの幅方向の断面組織を示す図である。
【図2】比較材Bの幅方向の断面組織を示す図である。
【図3】本発明における実施材Dの幅方向の断面組織を示す図である。
【図4】比較材Dの幅方向の断面組織を示す図である。
【図5】本発明における実施材D1の銅線の断面組織を示す図である。
【図6】本発明における実施材D2の銅線の断面組織を示す図である。
【図7】比較材D1の銅線の断面組織を示す図である。
【図8】本発明における実施材E1の断面結晶組織を示す図である。
【図9】本発明における実施材E2の断面結晶組織を示す図である。
【図10】比較材E1の断面結晶組織を示す図である。
【図11】本発明において、表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な一実施の形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0020】
本発明は、巻取ボビンに巻き取られた後に、焼鈍炉に送り込まれる希薄銅合金線材であって、希薄銅合金線材がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅であり、銅中の酸素は、添加元素との酸化物として存在し、希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である粘着しにくい希薄銅合金線材である。
【0021】
タフピッチ銅と同じ焼鈍条件で焼鈍した希薄銅合金材料でも軟らかいが、本発明では、タフピッチ銅では粘着してしまう温度の高い焼鈍条件で焼鈍した希薄銅合金線材はさらに軟らかく、しかもポット焼鈍炉内で線材同士が粘着しない。
【0022】
本発明では希薄銅合金材料(4mass ppm以上55mass ppm以下のTiを含有)を用いる。
【0023】
本発明の希薄銅合金材料は、その結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である表層を有し、表面が微細結晶、内部が巨大結晶が特徴で軟らかいものである。
【0024】
(本実施の形態に係る希薄銅合金線材の希薄銅合金材料の構成)
(1)添加元素について
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅および不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料である。
【0025】
添加元素としてTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択される元素を選択した理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、Sと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材(マトリクス)を高純度化し、素材の硬さを低下させることができるためである。添加元素は1種類以上含まれていてもよい。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。
【0026】
また、以下に説明する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2mass ppmを超え30mass ppm以下が良好であることを説明しているが、添加元素の添加量及びSの含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2mass ppmを超え400mass ppmを含むことができる。
【0027】
(2)組成比率について
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、より導電性が高いものが好まれる。
【0028】
例えば、本実施の形態に係る導体は、導電率98%IACS(万国標準軟銅(International Annealed Copper Standard)以上、抵抗率1.7241×10-8Ωmを100%とした場合の導電率)、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上を満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を用いて構成されるのが好ましい。
【0029】
導電率が98%IACS以上の軟質銅材を得る場合、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用い、この軟質希薄銅合金材料からワイヤロッド(荒引き線)を製造する。
【0030】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上37mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0031】
また、導電率が102%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上25mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0032】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に硫黄が銅の中に取り込まれるので、硫黄を3mass ppm以下にすることは困難である。汎用電気銅の硫黄濃度の上限は、12mass ppmである。
【0033】
2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0034】
酸素濃度が低い場合、導体の硬度が低下しにくいので、酸素濃度は2mass ppmを超える量に制御する。また、酸素濃度が高い場合、熱間圧延工程で導体の表面に傷が生じやすくなるので、30mass ppm以下に制御する。
【0035】
また、酸素濃度が2mass ppmを超える量のCuを使用する理由は、酸素濃度が2mass ppm未満のCuでは、Tiを添加した際にTiO、TiO2 、Ti−O−S等の酸化物が出来がたいため所望の柔らかさが得られず、また所望の結晶の大きさ等にできないためである。
【0036】
(3)線材の結晶組織について
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、その結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である表層を有する。
【0037】
結晶が微細、特に表層に微細な結晶が存在することで、二次再結晶して粗大な結晶となることが少ないため、隣り合う線材同士が接触していても、粘着する恐れが少なくなることが期待できるためである。この理由として、二次再結晶する際に粗大結晶となるときに隣の小さな結晶粒界を取り込みながら成長する。表層に微細な結晶がある場合は、隣り合う結晶粒界が微細なため、二次再結晶による結晶粗大化が表面で起こり難いために、隣り合う線材同士で粘着が起こり難いと考えられるからである。
【0038】
タフピッチ銅(TPC)は、本発明の希薄銅合金線材や無酸素銅(OFC)と比べて、結晶組織が小さいが、内部にCu2O(亜酸化銅)を含むため、隣り合う線材同士が粘着しやすい。OFCは内部に酸素をほとんど含まないため、粘着が発生し難い。
【0039】
本発明の希薄銅合金線材は、酸素を含むもののTiO2等の強固な結合のため、酸素のはたらきをしないようにしているため、粘着が発生し難い。
【0040】
また、本発明において、その希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下であるとは、表面にのみ微細結晶層が存在する構成に限定されるものではなく、本発明の効果を備える限りにおいては、線径の深さ方向のより線材の中心部に近い領域に微細結晶層が存在する態様を排除するものではない。
【0041】
(4)分散している物質について
本実施の形態に係る希薄銅合金線材内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、希薄銅合金線材内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。その理由は、分散粒子は、硫黄の析出サイトとしての機能を有するからであり、析出サイトとしてはサイズが小さく、数が多いことが要求され、ひいては分散粒子の形成及び分散粒子への硫黄の析出は、銅母材のマトリックスの純度を向上させ、材料硬さの低減に寄与するからである。
【0042】
具体的には、希薄銅合金線材に含まれる硫黄及びチタンは、TiO、TiO2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれる。
【0043】
(本実施の形態に係る線材の製造方法)
本実施の形態に係る線材の製造方法は以下のとおりである。例として、Tiを添加元素に選択した場合を説明する。
【0044】
まず、原料としてのTiを含む軟質希薄銅合金材料を準備する(原料準備工程)。
【0045】
次に、この軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にする(溶湯製造工程)。
【0046】
次に、溶湯からワイヤロッドを作製する(ワイヤロッド作製工程)。
【0047】
続いて、ワイヤロッドに880℃以下550℃以上の温度で熱間圧延を施す(熱間圧延工程)。
【0048】
更に、熱間圧延工程を経たワイヤロッドに伸線加工および熱処理を施す(伸線加工、熱処理工程)。
【0049】
熱処理方法としては、管状炉を用いた走行焼鈍や、抵抗発熱を利用した通電焼鈍などが適用できる。その他、バッチ式の焼鈍も可能である。これにより、本実施の形態に係る線材が製造される。
【0050】
また、この希薄銅合金線材の製造には、上述した2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いるのが好ましい。
【0051】
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、SCR連続鋳造設備を用い、表面の傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能である。
【0052】
SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを作製する。一例として、加工度99.3%でφ8mmのワイヤロッドを製造する条件を採用する。
【0053】
溶解炉内での溶銅温度は1100℃以上1320℃以下に制御することが好ましい。溶銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生すると共に粒子サイズが大きくなる傾向にあるので1320℃以下に制御する。また、1100℃以上に制御する理由は、銅が固まりやすく、製造が安定しないことが理由であるものの、溶銅温度は可能な限り低い温度が望ましい。
【0054】
熱間圧延加工の温度は、最初の圧延ロールにおける温度を880℃以下に制御すると共に、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御することが好ましい。
【0055】
これらの鋳造条件は、通常の純銅の製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出及び熱間圧延中における硫黄の析出の駆動力である固溶限をより小さくすることを目的としているものである。
【0056】
また、通常の熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて950℃以下、最終圧延ロールにおいて600℃以上であるが、固溶限をより小さくすることを目的として、本実施の形態では、最初の圧延ロールにおいて880℃以下、最終圧延ロールにおいて550℃以上に設定することが望ましい。
【0057】
なお、最終圧延ロールにおける温度を550℃以上に設定する理由は、550℃未満の温度では得られるワイヤロッドの傷が多くなり、製造される線材を製品として扱うことができないからである。熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて880℃以下の温度、最終圧延ロールにおいて550℃以上の温度に制御すると共に、可能な限り低い温度であることが好ましい。このような温度設定にすることで、希薄銅合金線材のマトリックスの硬さを、高純度銅(5N以上)の硬さに近づけることができる。
【0058】
ベース材の銅は、シャフト炉で溶解された後、還元状態で樋に流すことが好ましい。すなわち、還元ガス(例えば、CO)雰囲気下において、希薄合金の硫黄濃度、チタン濃度、及び酸素濃度を制御しつつ鋳造すると共に、材料に圧延加工を施すことにより、ワイヤロッドを安定的に製造することが好ましい。なお、銅酸化物が混入すること、及び/又は粒子サイズが所定サイズより大きいことは、製造される線材の品質を低下させる。
【0059】
以上より、無酸素銅(OFC)やタフピッチ銅(TPC)の線材に比してより軟らかい軟質希薄銅合金材料を、本実施の形態に係る線材の原料として得ることができる。
【0060】
なお、軟質希薄銅合金材料の表面にめっき層を形成することもできる。更に、軟質希薄銅合金材料の形状は特に限定されず、断面丸形状、棒状、又は平角線状にすることができる。
【0061】
また、本実施の形態では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製すると共に、熱間圧延にて軟質材を作製したが、双ロール式連続鋳造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法を採用することもできる。
【0062】
(実施の形態の効果)
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、添加元素(例えばTi)が不純物である硫黄(S)をトラップするので、銅母相(マトリックス)が高純度化し、素材の軟質特性が向上する。また焼鈍時に、線材同士が粘着することを防止できるという効果を奏する。
【実施例】
【0063】
[軟質希薄銅合金線材]
まず、実験材1として、酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm、チタン濃度13mass ppmを有するφ8mmの銅線(ワイヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作製した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mmの銅線を作製したものである。次に、実験材1に冷間伸線加工を施した。これにより、φ2.6mmサイズの銅線を作製した。
【0064】
このφ2.6mmサイズの銅線を用いて、まずは本発明の実施例に係る素材の特性を検証した。
【0065】
[軟質希薄銅合金線材の軟質特性]
表1は、無酸素銅線を用いた比較材Aと酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm、チタン濃度13mass ppmを有する軟質希薄銅合金線を用いた実施材Aとを試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したもののビッカース硬さ(Hv)を検証した結果である。実施材Aは、実験材1に記載した合金組成と同じものを使用した。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。
【0066】
【表1】
【0067】
この表1によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材Aと実施材Aとのビッカース硬さ(Hv)は同等レベルとなり、焼鈍温度が600℃でも同等のビッカース硬さ(Hv)を示している。このことから、本発明の軟質希薄銅合金線は十分な軟質特性を有するとともに、無酸素銅線と比較しても、特に焼鈍温度が400℃を超える領域においては優れた軟質特性を備えていることがわかる。
【0068】
[軟質希薄銅合金線材の結晶構造および導電性についての検討]
また、図1は、実施材Bの試料の幅方向の断面組織の写真を表した、実施材Bの結晶構造を示し、図2は、比較材Bの幅方向の断面組織の写真を表した、比較材Bの結晶構造を示す。
【0069】
これをみると、比較材Bの結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材Bの結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、特筆すべきは、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることである。
【0070】
発明者らは、比較材Bには形成されていない、表層に現れた微細結晶粒層が実施材Bの粘着しない要因になっているものと考えている。
【0071】
このことは、通常であれば、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行えば、比較材Bのように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されるものであると理解されるが、本発明の場合には、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行ってもなお、その表層には微細結晶粒層が残存していることから、より軟質な線材でありながら、粘着しない性質を有する軟質希薄銅合金線材が得られたものであると考えられる。
【0072】
そして、図1および図2に示す結晶構造の断面写真をもとに、実施材Bおよび比較材Bの試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0073】
ここに、表層における平均結晶粒サイズの測定方法は、図11に示すように、0.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのところの長さ1mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を表層における平均結晶粒サイズとした。
【0074】
測定の結果、比較材Bの表層における平均結晶粒サイズは50μmであったのに対し、実施材Bの表層における平均結晶粒サイズは、10μmである点で大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことによって、ポット焼鈍炉内で線材同士が粘着しない軟質希薄銅合金材料を実現するに至ったものと考えられる。
【0075】
また、2.6mm径である実施材C、比較材Cの表面における平均結晶粒サイズは、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0076】
測定の結果、比較材Cの表層における平均結晶粒サイズは、100μmであったのに対し、実施材Cの表層における平均結晶粒サイズは、20μmであった。
【0077】
図3は、実施材Dの試料の幅方向の断面組織の写真を表した、実施材Dの結晶構造を示し、図4は、比較材Dの幅方向の断面組織の写真を表した、比較材Dの結晶構造を示したものである。
【0078】
実施材Dは、酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm、チタン濃度13mass ppmを備える0.26mm径の希薄銅合金線である。この実施材Dは、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0079】
比較材Dは、無酸素銅(OFC)からなる0.26mm径の線材である。この比較材Dは、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0080】
図3および図4に示すように、比較材Dの結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材Dの結晶構造は、表層と内部とで結晶粒の大きさに差があり、表層における結晶粒サイズに比べて内部の結晶粒サイズが極めて大きくなっている。
【0081】
このため、銅を焼鈍して結晶組織を再結晶させたときには、実施材Dは、再結晶化が進み易く内部の結晶粒が大きく成長する。このため、実施材Dは、比較材Dと比べて、電流を流したときに、電子の流れが妨げられることが少なく進むこととなり、電気抵抗が小さくなる。従って、実施材Dは、比較材Dと比べて導電率(%IACS)が大きくなる。
【0082】
実施材Dおよび比較材Dの導電率を表2に示す。
【0083】
【表2】
【0084】
希薄銅合金線材とOFCの粘着性の評価について;
実施材Dと比較材Dを夫々にボビンに巻いた状態で、650℃、60minの焼鈍炉で焼鈍を行い、線材同士の粘着の有無を確認した。このときの焼鈍炉の雰囲気は窒素またはアルゴン雰囲気で酸化防止を行った。
【0085】
実施例Dは粘着が発生しなかったが、比較例Dについては、粘着が発生し、製品とすることができなかった。
【0086】
[軟質希薄銅合金線材の結晶構造と焼鈍温度との関係について]
2.6mm径の無酸素銅線を用いた比較材Dと2.6mm径の低酸素銅(酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm)に13mass ppmのTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材Dを試料とした。
【0087】
焼鈍温度500℃における実施材D1の銅線の断面写真を示したのが図5である。この図5をみると、銅線の断面全体において微細な結晶組織が形成されており、この微細な結晶組織が線材同士の粘着を防止する点に寄与しているものと思われる。
【0088】
これに対し、図7に示した焼鈍温度500℃における比較材D1の断面組織は2次再結晶が進んでおり、図5の結晶組織に比して、断面組織中の結晶粒が粗大化している。
【0089】
また、焼鈍温度700℃における実施材D2の銅線の断面写真を示したのが図6である。
【0090】
銅線の断面における表層の結晶粒サイズが、内部における結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることがわかる。内部における結晶組織は2次再結晶が進んでいるものの、外層における微細な結晶粒の層は残存している。実施材D2は、内部の結晶組織が大きく成長するが、表層に微細結晶の層が残っているため、線材同士の粘着を防止しうる。
【0091】
これに対して図7に示す比較材D1の断面組織は、表面から中央にかけて全体的に略等しい大きさの結晶粒が均一に並んでおり、断面組織全体において2次再結晶が進行している。
【0092】
このように、焼鈍温度と焼鈍時間とを調節することで線材断面における微細結晶層の占める割合を調節することができ、微細結晶層の占める割合を小さくすれば小さいほど、線材同士の粘着を防止しつつ、線材の軟質特性は向上させることができる。
【0093】
以上の通り、実施材D1、D2では、表層は、微細結晶を残しつつ、一方で内部の結晶粒が大きくなり、軟らかくなるため、線材同士の粘着を防止しつつ、より軟質特性が向上する特徴がある。
【0094】
[2.0mm×7.0mmの平角線としての希薄銅合金線材]
まず、実験材2として、Ti含有量25mass ppm、S含有量4mass ppm、O含有量10mass ppmのφ8mmの銅線(ワイヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作製した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工(熱間圧延温度(最初の圧延ロールでの温度880℃、最後の圧延ロールでの温度550℃))してφ8mmの銅線を作製したものである。
【0095】
上記で作製したφ8mmの銅線を用いて、絞り、皮剥ぎを行って、φ6.3mmの銅線を得る。次に、このφ6.3mmの銅線を圧延工程にて2.0mm×7.0mmの平角線形状に圧延する。
【0096】
得られた2.0mm×7.0mmの平角線をボビンに巻いた状態で、焼鈍炉で360℃、100minと650℃、60minの条件で焼鈍を行い実施材E1、E2を作製した。このときの焼鈍炉の雰囲気は窒素またはアルゴン雰囲気で酸化防止を行う。
【0097】
比較材E1は、原料にタフピッチ銅を使用すること以外は、実施材E1と同様の製造方法を採用した。
【0098】
図10は、比較材E1(タフピッチ銅、焼鈍条件360℃×100min)に係る試料の幅方向の断面組織を示し、図8は、実施材E1(焼鈍条件360℃×100min)に係る試料の幅方向の断面組織を示し、図9は、実施材E2(焼鈍条件650℃×60min)に係る試料の幅方向の断面組織を示す。
【0099】
図10を参照すると、比較材E1の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい微細な結晶粒が均一に並んでいることが分かる。一方、図8の実施材E1の結晶構造は、比較材E1と同条件で焼鈍したものであるが、均一で結晶粒が大きくなっているのが分る。さらに図9の実施材E2の結晶構造は、さらに高温での焼鈍を実施し、全体的に結晶粒の大きさが大きくなり、まばらであり、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっている。
【0100】
本発明は、比較材E1には形成されていない表層に現れた微細結晶粒層が実施材E2の銅のマトリックスの高純度化、結晶粗大化により線材の軟質特性が向上、かつ、表層に微細結晶が残存することにより線材同士の粘着を防止することができるものと考えている。
【0101】
通常、軟質化を目的とした熱処理を行うと、再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されると理解される。しかし、本実施例においては、内部に粗大な結晶粒を形成する焼鈍処理を実行しても表層には微細結晶粒層が残存している。したがって、本実施例では、軟質銅材でありながら線材同士の粘着を防止することができると考えられる。
【0102】
また、図10、図8及び図9に示す結晶構造の断面写真を基に、実施材E1、実施材E2及び比較材E1に係る試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0103】
図11は、平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す。
図11に示すように、導体表面の長さ3.5mmの範囲で交わる結晶粒の個数を割り出し、そこから1個あたりの平均結晶粒サイズを導き出した。
【0104】
測定の結果、比較材E1の平均結晶粒サイズは、8μmであったのに対し、実施材E1の導体表面の平均結晶粒サイズは、18μmであり、異なっていた。
【0105】
実施材E2の導体表面の平均結晶粒サイズは、49μmであったのに対して、内部の平均結晶粒サイズは、76μmであった。
【0106】
ここで、内部の平均結晶粒サイズは、平角線の短尺(ここでは2.0mm)のまん中の1.0mmのところで、長さ3.5mmの範囲で直線を引いて、その直線と交わる結晶粒の個数を割り出し、そこから1個あたりの平均結晶粒サイズを導き出した。
【0107】
実施材E1、E2、比較材E1の粘着は無かった。しかし、タフピッチ銅、焼鈍条件650℃×60minで作製した比較材E2については、粘着が発生し、製品とすることができなかった。
【0108】
したがって、本発明の軟質希薄銅合金材料は、素材の軟質化を目的として過焼鈍(焼鈍条件650℃×60min)の条件によってもボビン巻きした隣接する線材同士の粘着が発生しないことから、焼鈍条件360℃×100minおよび650℃×60minのいずれにも対応することができる素材であり、軟質線材に適した材料であるといえ、タフピッチ銅、無酸素銅に比してより生産性に富む材料であるといえる。
つまり、本発明の効果を奏するものとして、導体表面の平均結晶粒サイズの上限値としては、49μm以下のものが好ましく、製造上の限界から、5μm以上のものが好ましい。
【0109】
以上より、希薄銅合金線材は焼鈍温度を上げると(焼鈍条件650℃×60min)線材の表面は微細結晶、内部は巨大結晶となり、さらに線材を軟らかくすることができる。しかも、表面が微細結晶のままであり、かつ、酸素はTi酸化物として存在しているために、ポット焼鈍炉内で銅線同士が粘着することがない。
【技術分野】
【0001】
本発明は、粘着しにくい希薄銅合金線材に係り、特に、軟質であり、かつ、焼鈍工程において、線材同士が粘着することを極力防止することができる粘着しにくい希薄銅合金線材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
銅材料や銅合金材料において、やわらかさを持つためには、一般的に焼鈍により、軟質化する必要がある。焼鈍方法としては、連続的に焼鈍する方法として、炉の中を連続的に移動することによって一定時間焼鈍する方法や通電による抵抗発熱での焼鈍等がある。
【0003】
不連続的に焼鈍する方法としては、ある長さで切断して束にしたり、ある長さでドラムやボビンに巻きつけて、焼鈍炉の中に一定時間保持して焼鈍する方法がある。
【0004】
連続的に焼鈍する方法においては、焼鈍した材料に引張の力が加わるために、軟質化するには、限界がある。過度に軟質化すると引張の力によって、伸ばされてしまうために、材料の断面方向の寸法が小さくなってしまう問題がある。例えば、板材であれば、厚さや幅方向の寸法が小さくなり、棒材、線材であれば、径が小さくなる。
【0005】
このため、連続的に焼鈍する方法では、軟質化するには、限界がある。
【0006】
不連続的に焼鈍する方法では、過度の軟質化は可能であるが、別の問題が生じる。それは、隣り合う銅合金材料同士が粘着しやすくなってしまう問題が発生するため、焼鈍の状態にも限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−265511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、高い導電性を備え、軟質の銅材料としては、無酸素銅やタフピッチ銅を選択することができる。しかし、無酸素銅では価格の面で使用ができない場合がある。
【0009】
一方、タフピッチ銅を軟質化しようとすると、隣り合う同材料同士が粘着しやすい問題がある。
【0010】
本発明者等は、特許文献1で、連続鋳造圧延法などで製造でき、かつ導電性と伸び特性を純銅レベルに保持しつつ、強度を純銅レベルよりも高めた、高い導電性を備えた希薄銅合金材料を提案した。しかし、希薄銅合金材料を焼鈍しようとすると粘着しやすい問題がある。
【0011】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、高い導電性を備え、従来の銅材料よりも、軟質でありながら、線材同士の粘着がなく、生産性に優れた希薄銅合金線材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために本発明は、巻取ボビンに巻き取られた後に、焼鈍炉に送り込まれる希薄銅合金線材であって、希薄銅合金線材がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅であり、銅中の酸素は、添加元素との酸化物として存在し、希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である希薄銅合金線材である。
【0013】
希薄銅合金線材は、2mass ppmを超える量の酸素を含有し、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄とを含有するものである。
【0014】
本発明は、希薄銅合金線材の表面の平均結晶粒サイズよりも、前記線材の内部の平均結晶粒サイズの方が大きい結晶組織である。
【0015】
添加元素がTiであり、希薄銅合金線材は、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiを含有するのが好ましい。
【0016】
Tiとの酸化物は、TiO、TiO2またはTi−O−SのTi酸化物であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の軟質希薄銅合金線材は、素材の軟質化を目的として過焼鈍の条件であってもボビン巻きした隣接する線材同士の粘着が発生しないことから、タフピッチ銅や無酸素銅に比して軟質線材に適した材料であるといえ、生産性に富むものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明における実施材Bの幅方向の断面組織を示す図である。
【図2】比較材Bの幅方向の断面組織を示す図である。
【図3】本発明における実施材Dの幅方向の断面組織を示す図である。
【図4】比較材Dの幅方向の断面組織を示す図である。
【図5】本発明における実施材D1の銅線の断面組織を示す図である。
【図6】本発明における実施材D2の銅線の断面組織を示す図である。
【図7】比較材D1の銅線の断面組織を示す図である。
【図8】本発明における実施材E1の断面結晶組織を示す図である。
【図9】本発明における実施材E2の断面結晶組織を示す図である。
【図10】比較材E1の断面結晶組織を示す図である。
【図11】本発明において、表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な一実施の形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0020】
本発明は、巻取ボビンに巻き取られた後に、焼鈍炉に送り込まれる希薄銅合金線材であって、希薄銅合金線材がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅であり、銅中の酸素は、添加元素との酸化物として存在し、希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である粘着しにくい希薄銅合金線材である。
【0021】
タフピッチ銅と同じ焼鈍条件で焼鈍した希薄銅合金材料でも軟らかいが、本発明では、タフピッチ銅では粘着してしまう温度の高い焼鈍条件で焼鈍した希薄銅合金線材はさらに軟らかく、しかもポット焼鈍炉内で線材同士が粘着しない。
【0022】
本発明では希薄銅合金材料(4mass ppm以上55mass ppm以下のTiを含有)を用いる。
【0023】
本発明の希薄銅合金材料は、その結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である表層を有し、表面が微細結晶、内部が巨大結晶が特徴で軟らかいものである。
【0024】
(本実施の形態に係る希薄銅合金線材の希薄銅合金材料の構成)
(1)添加元素について
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅および不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料である。
【0025】
添加元素としてTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択される元素を選択した理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、Sと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材(マトリクス)を高純度化し、素材の硬さを低下させることができるためである。添加元素は1種類以上含まれていてもよい。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。
【0026】
また、以下に説明する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2mass ppmを超え30mass ppm以下が良好であることを説明しているが、添加元素の添加量及びSの含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2mass ppmを超え400mass ppmを含むことができる。
【0027】
(2)組成比率について
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、より導電性が高いものが好まれる。
【0028】
例えば、本実施の形態に係る導体は、導電率98%IACS(万国標準軟銅(International Annealed Copper Standard)以上、抵抗率1.7241×10-8Ωmを100%とした場合の導電率)、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上を満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を用いて構成されるのが好ましい。
【0029】
導電率が98%IACS以上の軟質銅材を得る場合、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用い、この軟質希薄銅合金材料からワイヤロッド(荒引き線)を製造する。
【0030】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上37mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0031】
また、導電率が102%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上25mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0032】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に硫黄が銅の中に取り込まれるので、硫黄を3mass ppm以下にすることは困難である。汎用電気銅の硫黄濃度の上限は、12mass ppmである。
【0033】
2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0034】
酸素濃度が低い場合、導体の硬度が低下しにくいので、酸素濃度は2mass ppmを超える量に制御する。また、酸素濃度が高い場合、熱間圧延工程で導体の表面に傷が生じやすくなるので、30mass ppm以下に制御する。
【0035】
また、酸素濃度が2mass ppmを超える量のCuを使用する理由は、酸素濃度が2mass ppm未満のCuでは、Tiを添加した際にTiO、TiO2 、Ti−O−S等の酸化物が出来がたいため所望の柔らかさが得られず、また所望の結晶の大きさ等にできないためである。
【0036】
(3)線材の結晶組織について
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、その結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である表層を有する。
【0037】
結晶が微細、特に表層に微細な結晶が存在することで、二次再結晶して粗大な結晶となることが少ないため、隣り合う線材同士が接触していても、粘着する恐れが少なくなることが期待できるためである。この理由として、二次再結晶する際に粗大結晶となるときに隣の小さな結晶粒界を取り込みながら成長する。表層に微細な結晶がある場合は、隣り合う結晶粒界が微細なため、二次再結晶による結晶粗大化が表面で起こり難いために、隣り合う線材同士で粘着が起こり難いと考えられるからである。
【0038】
タフピッチ銅(TPC)は、本発明の希薄銅合金線材や無酸素銅(OFC)と比べて、結晶組織が小さいが、内部にCu2O(亜酸化銅)を含むため、隣り合う線材同士が粘着しやすい。OFCは内部に酸素をほとんど含まないため、粘着が発生し難い。
【0039】
本発明の希薄銅合金線材は、酸素を含むもののTiO2等の強固な結合のため、酸素のはたらきをしないようにしているため、粘着が発生し難い。
【0040】
また、本発明において、その希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下であるとは、表面にのみ微細結晶層が存在する構成に限定されるものではなく、本発明の効果を備える限りにおいては、線径の深さ方向のより線材の中心部に近い領域に微細結晶層が存在する態様を排除するものではない。
【0041】
(4)分散している物質について
本実施の形態に係る希薄銅合金線材内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、希薄銅合金線材内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。その理由は、分散粒子は、硫黄の析出サイトとしての機能を有するからであり、析出サイトとしてはサイズが小さく、数が多いことが要求され、ひいては分散粒子の形成及び分散粒子への硫黄の析出は、銅母材のマトリックスの純度を向上させ、材料硬さの低減に寄与するからである。
【0042】
具体的には、希薄銅合金線材に含まれる硫黄及びチタンは、TiO、TiO2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれる。
【0043】
(本実施の形態に係る線材の製造方法)
本実施の形態に係る線材の製造方法は以下のとおりである。例として、Tiを添加元素に選択した場合を説明する。
【0044】
まず、原料としてのTiを含む軟質希薄銅合金材料を準備する(原料準備工程)。
【0045】
次に、この軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にする(溶湯製造工程)。
【0046】
次に、溶湯からワイヤロッドを作製する(ワイヤロッド作製工程)。
【0047】
続いて、ワイヤロッドに880℃以下550℃以上の温度で熱間圧延を施す(熱間圧延工程)。
【0048】
更に、熱間圧延工程を経たワイヤロッドに伸線加工および熱処理を施す(伸線加工、熱処理工程)。
【0049】
熱処理方法としては、管状炉を用いた走行焼鈍や、抵抗発熱を利用した通電焼鈍などが適用できる。その他、バッチ式の焼鈍も可能である。これにより、本実施の形態に係る線材が製造される。
【0050】
また、この希薄銅合金線材の製造には、上述した2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いるのが好ましい。
【0051】
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、SCR連続鋳造設備を用い、表面の傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能である。
【0052】
SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを作製する。一例として、加工度99.3%でφ8mmのワイヤロッドを製造する条件を採用する。
【0053】
溶解炉内での溶銅温度は1100℃以上1320℃以下に制御することが好ましい。溶銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生すると共に粒子サイズが大きくなる傾向にあるので1320℃以下に制御する。また、1100℃以上に制御する理由は、銅が固まりやすく、製造が安定しないことが理由であるものの、溶銅温度は可能な限り低い温度が望ましい。
【0054】
熱間圧延加工の温度は、最初の圧延ロールにおける温度を880℃以下に制御すると共に、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御することが好ましい。
【0055】
これらの鋳造条件は、通常の純銅の製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出及び熱間圧延中における硫黄の析出の駆動力である固溶限をより小さくすることを目的としているものである。
【0056】
また、通常の熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて950℃以下、最終圧延ロールにおいて600℃以上であるが、固溶限をより小さくすることを目的として、本実施の形態では、最初の圧延ロールにおいて880℃以下、最終圧延ロールにおいて550℃以上に設定することが望ましい。
【0057】
なお、最終圧延ロールにおける温度を550℃以上に設定する理由は、550℃未満の温度では得られるワイヤロッドの傷が多くなり、製造される線材を製品として扱うことができないからである。熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて880℃以下の温度、最終圧延ロールにおいて550℃以上の温度に制御すると共に、可能な限り低い温度であることが好ましい。このような温度設定にすることで、希薄銅合金線材のマトリックスの硬さを、高純度銅(5N以上)の硬さに近づけることができる。
【0058】
ベース材の銅は、シャフト炉で溶解された後、還元状態で樋に流すことが好ましい。すなわち、還元ガス(例えば、CO)雰囲気下において、希薄合金の硫黄濃度、チタン濃度、及び酸素濃度を制御しつつ鋳造すると共に、材料に圧延加工を施すことにより、ワイヤロッドを安定的に製造することが好ましい。なお、銅酸化物が混入すること、及び/又は粒子サイズが所定サイズより大きいことは、製造される線材の品質を低下させる。
【0059】
以上より、無酸素銅(OFC)やタフピッチ銅(TPC)の線材に比してより軟らかい軟質希薄銅合金材料を、本実施の形態に係る線材の原料として得ることができる。
【0060】
なお、軟質希薄銅合金材料の表面にめっき層を形成することもできる。更に、軟質希薄銅合金材料の形状は特に限定されず、断面丸形状、棒状、又は平角線状にすることができる。
【0061】
また、本実施の形態では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製すると共に、熱間圧延にて軟質材を作製したが、双ロール式連続鋳造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法を採用することもできる。
【0062】
(実施の形態の効果)
本実施の形態に係る希薄銅合金線材は、添加元素(例えばTi)が不純物である硫黄(S)をトラップするので、銅母相(マトリックス)が高純度化し、素材の軟質特性が向上する。また焼鈍時に、線材同士が粘着することを防止できるという効果を奏する。
【実施例】
【0063】
[軟質希薄銅合金線材]
まず、実験材1として、酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm、チタン濃度13mass ppmを有するφ8mmの銅線(ワイヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作製した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mmの銅線を作製したものである。次に、実験材1に冷間伸線加工を施した。これにより、φ2.6mmサイズの銅線を作製した。
【0064】
このφ2.6mmサイズの銅線を用いて、まずは本発明の実施例に係る素材の特性を検証した。
【0065】
[軟質希薄銅合金線材の軟質特性]
表1は、無酸素銅線を用いた比較材Aと酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm、チタン濃度13mass ppmを有する軟質希薄銅合金線を用いた実施材Aとを試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したもののビッカース硬さ(Hv)を検証した結果である。実施材Aは、実験材1に記載した合金組成と同じものを使用した。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。
【0066】
【表1】
【0067】
この表1によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材Aと実施材Aとのビッカース硬さ(Hv)は同等レベルとなり、焼鈍温度が600℃でも同等のビッカース硬さ(Hv)を示している。このことから、本発明の軟質希薄銅合金線は十分な軟質特性を有するとともに、無酸素銅線と比較しても、特に焼鈍温度が400℃を超える領域においては優れた軟質特性を備えていることがわかる。
【0068】
[軟質希薄銅合金線材の結晶構造および導電性についての検討]
また、図1は、実施材Bの試料の幅方向の断面組織の写真を表した、実施材Bの結晶構造を示し、図2は、比較材Bの幅方向の断面組織の写真を表した、比較材Bの結晶構造を示す。
【0069】
これをみると、比較材Bの結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材Bの結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、特筆すべきは、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることである。
【0070】
発明者らは、比較材Bには形成されていない、表層に現れた微細結晶粒層が実施材Bの粘着しない要因になっているものと考えている。
【0071】
このことは、通常であれば、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行えば、比較材Bのように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されるものであると理解されるが、本発明の場合には、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行ってもなお、その表層には微細結晶粒層が残存していることから、より軟質な線材でありながら、粘着しない性質を有する軟質希薄銅合金線材が得られたものであると考えられる。
【0072】
そして、図1および図2に示す結晶構造の断面写真をもとに、実施材Bおよび比較材Bの試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0073】
ここに、表層における平均結晶粒サイズの測定方法は、図11に示すように、0.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのところの長さ1mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を表層における平均結晶粒サイズとした。
【0074】
測定の結果、比較材Bの表層における平均結晶粒サイズは50μmであったのに対し、実施材Bの表層における平均結晶粒サイズは、10μmである点で大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことによって、ポット焼鈍炉内で線材同士が粘着しない軟質希薄銅合金材料を実現するに至ったものと考えられる。
【0075】
また、2.6mm径である実施材C、比較材Cの表面における平均結晶粒サイズは、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0076】
測定の結果、比較材Cの表層における平均結晶粒サイズは、100μmであったのに対し、実施材Cの表層における平均結晶粒サイズは、20μmであった。
【0077】
図3は、実施材Dの試料の幅方向の断面組織の写真を表した、実施材Dの結晶構造を示し、図4は、比較材Dの幅方向の断面組織の写真を表した、比較材Dの結晶構造を示したものである。
【0078】
実施材Dは、酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm、チタン濃度13mass ppmを備える0.26mm径の希薄銅合金線である。この実施材Dは、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0079】
比較材Dは、無酸素銅(OFC)からなる0.26mm径の線材である。この比較材Dは、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0080】
図3および図4に示すように、比較材Dの結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材Dの結晶構造は、表層と内部とで結晶粒の大きさに差があり、表層における結晶粒サイズに比べて内部の結晶粒サイズが極めて大きくなっている。
【0081】
このため、銅を焼鈍して結晶組織を再結晶させたときには、実施材Dは、再結晶化が進み易く内部の結晶粒が大きく成長する。このため、実施材Dは、比較材Dと比べて、電流を流したときに、電子の流れが妨げられることが少なく進むこととなり、電気抵抗が小さくなる。従って、実施材Dは、比較材Dと比べて導電率(%IACS)が大きくなる。
【0082】
実施材Dおよび比較材Dの導電率を表2に示す。
【0083】
【表2】
【0084】
希薄銅合金線材とOFCの粘着性の評価について;
実施材Dと比較材Dを夫々にボビンに巻いた状態で、650℃、60minの焼鈍炉で焼鈍を行い、線材同士の粘着の有無を確認した。このときの焼鈍炉の雰囲気は窒素またはアルゴン雰囲気で酸化防止を行った。
【0085】
実施例Dは粘着が発生しなかったが、比較例Dについては、粘着が発生し、製品とすることができなかった。
【0086】
[軟質希薄銅合金線材の結晶構造と焼鈍温度との関係について]
2.6mm径の無酸素銅線を用いた比較材Dと2.6mm径の低酸素銅(酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm)に13mass ppmのTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材Dを試料とした。
【0087】
焼鈍温度500℃における実施材D1の銅線の断面写真を示したのが図5である。この図5をみると、銅線の断面全体において微細な結晶組織が形成されており、この微細な結晶組織が線材同士の粘着を防止する点に寄与しているものと思われる。
【0088】
これに対し、図7に示した焼鈍温度500℃における比較材D1の断面組織は2次再結晶が進んでおり、図5の結晶組織に比して、断面組織中の結晶粒が粗大化している。
【0089】
また、焼鈍温度700℃における実施材D2の銅線の断面写真を示したのが図6である。
【0090】
銅線の断面における表層の結晶粒サイズが、内部における結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることがわかる。内部における結晶組織は2次再結晶が進んでいるものの、外層における微細な結晶粒の層は残存している。実施材D2は、内部の結晶組織が大きく成長するが、表層に微細結晶の層が残っているため、線材同士の粘着を防止しうる。
【0091】
これに対して図7に示す比較材D1の断面組織は、表面から中央にかけて全体的に略等しい大きさの結晶粒が均一に並んでおり、断面組織全体において2次再結晶が進行している。
【0092】
このように、焼鈍温度と焼鈍時間とを調節することで線材断面における微細結晶層の占める割合を調節することができ、微細結晶層の占める割合を小さくすれば小さいほど、線材同士の粘着を防止しつつ、線材の軟質特性は向上させることができる。
【0093】
以上の通り、実施材D1、D2では、表層は、微細結晶を残しつつ、一方で内部の結晶粒が大きくなり、軟らかくなるため、線材同士の粘着を防止しつつ、より軟質特性が向上する特徴がある。
【0094】
[2.0mm×7.0mmの平角線としての希薄銅合金線材]
まず、実験材2として、Ti含有量25mass ppm、S含有量4mass ppm、O含有量10mass ppmのφ8mmの銅線(ワイヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作製した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工(熱間圧延温度(最初の圧延ロールでの温度880℃、最後の圧延ロールでの温度550℃))してφ8mmの銅線を作製したものである。
【0095】
上記で作製したφ8mmの銅線を用いて、絞り、皮剥ぎを行って、φ6.3mmの銅線を得る。次に、このφ6.3mmの銅線を圧延工程にて2.0mm×7.0mmの平角線形状に圧延する。
【0096】
得られた2.0mm×7.0mmの平角線をボビンに巻いた状態で、焼鈍炉で360℃、100minと650℃、60minの条件で焼鈍を行い実施材E1、E2を作製した。このときの焼鈍炉の雰囲気は窒素またはアルゴン雰囲気で酸化防止を行う。
【0097】
比較材E1は、原料にタフピッチ銅を使用すること以外は、実施材E1と同様の製造方法を採用した。
【0098】
図10は、比較材E1(タフピッチ銅、焼鈍条件360℃×100min)に係る試料の幅方向の断面組織を示し、図8は、実施材E1(焼鈍条件360℃×100min)に係る試料の幅方向の断面組織を示し、図9は、実施材E2(焼鈍条件650℃×60min)に係る試料の幅方向の断面組織を示す。
【0099】
図10を参照すると、比較材E1の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい微細な結晶粒が均一に並んでいることが分かる。一方、図8の実施材E1の結晶構造は、比較材E1と同条件で焼鈍したものであるが、均一で結晶粒が大きくなっているのが分る。さらに図9の実施材E2の結晶構造は、さらに高温での焼鈍を実施し、全体的に結晶粒の大きさが大きくなり、まばらであり、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっている。
【0100】
本発明は、比較材E1には形成されていない表層に現れた微細結晶粒層が実施材E2の銅のマトリックスの高純度化、結晶粗大化により線材の軟質特性が向上、かつ、表層に微細結晶が残存することにより線材同士の粘着を防止することができるものと考えている。
【0101】
通常、軟質化を目的とした熱処理を行うと、再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されると理解される。しかし、本実施例においては、内部に粗大な結晶粒を形成する焼鈍処理を実行しても表層には微細結晶粒層が残存している。したがって、本実施例では、軟質銅材でありながら線材同士の粘着を防止することができると考えられる。
【0102】
また、図10、図8及び図9に示す結晶構造の断面写真を基に、実施材E1、実施材E2及び比較材E1に係る試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0103】
図11は、平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す。
図11に示すように、導体表面の長さ3.5mmの範囲で交わる結晶粒の個数を割り出し、そこから1個あたりの平均結晶粒サイズを導き出した。
【0104】
測定の結果、比較材E1の平均結晶粒サイズは、8μmであったのに対し、実施材E1の導体表面の平均結晶粒サイズは、18μmであり、異なっていた。
【0105】
実施材E2の導体表面の平均結晶粒サイズは、49μmであったのに対して、内部の平均結晶粒サイズは、76μmであった。
【0106】
ここで、内部の平均結晶粒サイズは、平角線の短尺(ここでは2.0mm)のまん中の1.0mmのところで、長さ3.5mmの範囲で直線を引いて、その直線と交わる結晶粒の個数を割り出し、そこから1個あたりの平均結晶粒サイズを導き出した。
【0107】
実施材E1、E2、比較材E1の粘着は無かった。しかし、タフピッチ銅、焼鈍条件650℃×60minで作製した比較材E2については、粘着が発生し、製品とすることができなかった。
【0108】
したがって、本発明の軟質希薄銅合金材料は、素材の軟質化を目的として過焼鈍(焼鈍条件650℃×60min)の条件によってもボビン巻きした隣接する線材同士の粘着が発生しないことから、焼鈍条件360℃×100minおよび650℃×60minのいずれにも対応することができる素材であり、軟質線材に適した材料であるといえ、タフピッチ銅、無酸素銅に比してより生産性に富む材料であるといえる。
つまり、本発明の効果を奏するものとして、導体表面の平均結晶粒サイズの上限値としては、49μm以下のものが好ましく、製造上の限界から、5μm以上のものが好ましい。
【0109】
以上より、希薄銅合金線材は焼鈍温度を上げると(焼鈍条件650℃×60min)線材の表面は微細結晶、内部は巨大結晶となり、さらに線材を軟らかくすることができる。しかも、表面が微細結晶のままであり、かつ、酸素はTi酸化物として存在しているために、ポット焼鈍炉内で銅線同士が粘着することがない。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
巻取ボビンに巻き取られた後に、焼鈍炉に送り込まれる希薄銅合金線材であって、
前記希薄銅合金線材がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅であり、
前記銅中の酸素は、前記添加元素との酸化物として存在し、
前記希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下であることを特徴とする希薄銅合金線材。
【請求項2】
前記希薄銅合金線材は、2mass ppmを超える量の酸素を含有し、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄とを含有することを特徴とする請求項1に記載の希薄銅合金線材。
【請求項3】
前記希薄銅合金線材の表面の平均結晶粒サイズよりも、前記線材の内部の平均結晶粒サイズの方が大きい結晶組織であることを特徴とする請求項1又は2に記載の希薄銅合金線材。
【請求項4】
前記添加元素がTiであり、前記希薄銅合金線材は、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiを含有することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の希薄銅合金線材。
【請求項5】
前記Tiとの酸化物は、TiO、TiO2またはTi−O−SのTi酸化物であることを特徴とする請求項4記載の希薄銅合金線材。
【請求項1】
巻取ボビンに巻き取られた後に、焼鈍炉に送り込まれる希薄銅合金線材であって、
前記希薄銅合金線材がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅であり、
前記銅中の酸素は、前記添加元素との酸化物として存在し、
前記希薄銅合金線材の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下であることを特徴とする希薄銅合金線材。
【請求項2】
前記希薄銅合金線材は、2mass ppmを超える量の酸素を含有し、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄とを含有することを特徴とする請求項1に記載の希薄銅合金線材。
【請求項3】
前記希薄銅合金線材の表面の平均結晶粒サイズよりも、前記線材の内部の平均結晶粒サイズの方が大きい結晶組織であることを特徴とする請求項1又は2に記載の希薄銅合金線材。
【請求項4】
前記添加元素がTiであり、前記希薄銅合金線材は、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiを含有することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の希薄銅合金線材。
【請求項5】
前記Tiとの酸化物は、TiO、TiO2またはTi−O−SのTi酸化物であることを特徴とする請求項4記載の希薄銅合金線材。
【図11】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2013−40385(P2013−40385A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−178645(P2011−178645)
【出願日】平成23年8月17日(2011.8.17)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年8月17日(2011.8.17)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
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