説明

平板印刷版の製版現像廃液の処理方法

【課題】 平板印刷版の製版において、珪酸塩を利用した現像廃液を再利用するために固液を分離させて処理する方法を実現することを目的とする。
【解決手段】 製版装置から排出された現像廃液に、撹拌しながら有機酸あるいは無機酸を少しずつ添加して固液を分離させ、上澄み液と沈殿物を傾斜法あるいは濾過によって分離し、固体および液体のいずれの成分も再資源化できるように分取することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平板印刷版の製版現像廃液の処理方法に関し、特に、オフセット印刷版の製版の内、アルミニウム板の表面に830nmの熱レーザに感応する樹脂層が設けられた感熱性印刷版(以下サーマル版と呼ぶ)の製版に用いられるアルカリ現像液が廃液となった場合のオフセット印刷版の製版現像廃液の処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
オフセット印刷の分野において、近年著しく進展したコンピュータ技術およびレーザ技術を用いた新しいタイプの製版方法、いわゆるCTP(Computer−To−Plate)製版への転換が急ピッチで進んでいる。
ここでCTPとは、コンピュータで編集した印刷デジタルデータを、フィルムを介することなく直接印刷版材上に焼き付けることによって刷版を作成するシステムである。CTPにおいては、フィルム製作が省略されるため、製版のスピードアップおよびコストダウンを図ることができる。
さらにこのCTPは、フィルムを介することなく印刷デジタルデータを直接印刷版材上に焼き付けるため、画線の解像度が高く、良好な印刷物を得られるという利点がある。
【0003】
上記CTP製版において用いられる印刷版材は、少なくとも平版印刷用アルミニウム支持体および感熱層を有して構成される。
この印刷版材上に設けられる感熱層は、レーザに対して感度を有する層であることが必要である。このようなレーザに感度を有する感熱層に対してレーザを照射すると、画像をオフセット印刷版に直接焼き付けることができる。ことに、この感熱層は、830nmの半導体レーザに感応する層であり、この830nmの半導体レーザは、高効率が得られるという利点があるからである。
【0004】
この感熱層は、レーザの照射部分が非画像部分を形成するポジ型感熱層と、反対に画像部分を形成するネガ型感熱層とに分けられる。
【0005】
このうち、ポジ型感熱層は、レーザを非画像部に照射し、熱分解させて除去し、画像を形成するものである。
例えば、このポジ型感光層の素材としては、フェノール樹脂又は尿素樹脂が用いられ、これらのいずれかに加えて赤外線吸収色素が用いられる。
【0006】
また、ネガ型感熱層は、レーザを画像部に照射して熱架橋させ、非画像部を現像除去するものである。
例えば、このネガ型感光層の素材としては、フェノール樹脂又は尿素樹脂が用いられ、これらのいずれかに加えて赤外吸収色素及び酸発生剤が用いられる。
【0007】
ここで、以下、上記ネガ型感熱層を有するネガサーマル版の製版について説明する。
このネガサーマル版の製版を行うときには、まず、製版装置に固定されたネガサーマル版材に熱レーザを用いて画像照射と加熱処理(バーニング)とを行ってその部分の樹脂を硬化させ、インキ受容性の画像部を形成する。
一方、ネガ型感熱層の未硬化樹脂の部分は現像液により洗い流して除去し、非画像部を形成する。
この洗い流した未硬化樹脂を含む使用済みの現像液は、現像廃液として処理された後、排水又は廃棄される。
【0008】
従来から、上記CTP製版を行う際に生じる現像廃液の処理が、労力や廃棄コストの面から問題となっていた。
【0009】
このようなネガサーマル版の現像廃液の処理に関する従来技術として、特許文献1が開示するところのネガ型感光性平板印刷版の現像廃液の処理方法が提案されている。
【0010】
この特許文献1におけるネガ型感光性平板の感熱層のうち未硬化の樹脂部分は、アルカリには溶けないで膨潤するものである。現像の際には、その膨潤した部分を水洗によって除去する。この水の中に未硬化の樹脂が分散したものが現像廃液となる。
特許文献1における現像廃液の処理方法では、その現像廃液に無機の凝集剤、もしくは高分子の凝集剤、あるいはその両方を加えて、現像廃液中の感熱層成分(未硬化の樹脂)を沈殿除去し、上澄み液をろ過して排水することで、現像廃液の処理を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−035959号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、ネガ型感熱層の未硬化樹脂を洗い流す際には、特許文献1のように水を用いるのではなく、アルカリ性の現像液を用いる場合があり、この場合には、特許文献1に記載の処理方法では、上記現像廃液中の未硬化樹脂を沈殿除去することができないという問題がある。
【0013】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、ネガサーマル版の現像プロセス時に生じるアルカリ性の現像廃液を液体成分と固定成分(未硬化樹脂)に効率よく分離し、分離後の液体成分及び固体成分を容易に再利用することを可能にする平板印刷版の製版現像廃液の処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
以上の課題を解決するため、本発明では、現像廃液を撹拌しながら有機酸あるいは無機酸を加え、溶存している樹脂を酸の添加によって生成された水に不溶の縮合珪酸塩に吸着させ、共存しているメゾ珪酸塩溶液と分離させることによって、両者を分取できるようにしている。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、以上に述べたように、現像廃液を固液に分離させることによって、分離したそれぞれの成分の資源化を可能にし、現像プロセスにおける省資源、省エネルギーが実現でき、循環型社会への大きな貢献を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(本実施の形態の概要)
本実施の形態では、CTPネガサーマル版の製版に関して説明する。CTPネガサーマル版は製版装置に固定された版材に熱レーザを用いて画像照射と加熱処理とを行ってその部分の樹脂を硬化させ、インキ受容性の画像部を形成させるものである。
上記熱レーザの照射を受けなかった非画像部の樹脂は、アルカリ性の現像液を用いて洗い出されてアルミニウム板の表面から除去され、露出したアルミニウム面は、続いて行われる不感脂化処理によって印刷中にインキを受容しない非画像部となる。
【0017】
上記現像の際に用いられるアルカリ現像液としては、アルカリ性の強さと、現像速度と現像の安定性のバランスとから、珪酸塩を含むものが多い。
この現像液は繰り返し利用され、例えば、現像液42リットルで1249mm×1765mmの版材約1000枚を現像でき、その後現像液は廃液となって廃棄処分される。
この廃棄処理の対象となる現像廃液には、アルカリ溶液の中に未反応(未硬化)の非画像部樹脂と硬化反応に関係する若干の添加物(例えば極僅かの染料やジアゾ樹脂)が溶解している。
【0018】
本実施の形態は、このような現像廃液について、アルカリ溶液中に溶存している未硬化樹脂を固体の状態に変化させ、アルカリ溶液と未硬化樹脂の両者を、同時に分離回収する処理方法に関するものである。回収したアルカリ溶液は現像液に再利用され、未硬化樹脂を含む固体部分は、資源として肥料もしくは土壌改良材などに利用できる。
この処理は、珪酸塩のアルカリ溶液に酸を加えると多孔質の珪酸を含むゲルが生成され、このゲルがそのポーラスに起因して吸着能が非常に大きくなることを利用して固液を分離させるものである。
【0019】
(1)CTPネガサーマル版の感熱層の構造と画像形成
感熱層は赤外線吸収染料と酸発生剤とアルカリ可溶性樹脂とで構成されている。
感熱層における画像部にレーザを照射すると、そのレーザ照射を受けた画像部における赤外線吸収染料が赤外線を吸収して発熱し、酸発生剤にエネルギーを転移して酸を発生させ、その酸がバーニングによって樹脂を架橋硬化させて熱重合させる。
一方、非画像部にはレーザが照射されないので、酸が発生しない。従って、バーニングしても樹脂は硬化しない。この硬化しない非画像部の感熱層はアルカリ溶液の現像液によって除去(現像)される。
【0020】
(2)現像の方法
上述の通り、CTPネガサーマル版の現像を行うときには、非画像部を現像液で除去する。
この現像液は、アルカリ可溶性樹脂を溶解し除去できるものであれば、特に限定しないが、本実施の形態では、一例として珪酸カリウムの水溶液を用いる。
この珪酸カリウム水溶液中では、以下のような反応が起こる。
すなわち、オルト珪酸カリウム(KSiO)に水を加えるとメゾ珪酸カリウム(KSi)と水酸化カリウムが生成する。
2KSiO+HO→KSi+2KOH
ここで、水酸化カリウムのKは電気伝導に、OHはpHに関与する。水酸化カリウムの水溶液は強いアルカリ性を示すので、珪酸カリウム水溶液も強アルカリ性である。従って、CTPネガサーマル版の非画像部の感熱層を溶解して除去する現像液の役割を果たす。
【0021】
このような現像液で、繰り返しネガサーマル版の現像を行い現像液が疲労すると電気伝導度は低下する。pHは大きく変化しないように見えるが、しかしpHが1変化すると、成分は10倍あるいは1/10と大きく変化する。
下記は現像新液(未使用の現像液)と現像廃液の伝導度とpHの関係を示している。
現像新液 伝導度17.7 S/m pH 14.0
現像廃液 伝導度 6.4 S/m pH 11.9(一例)
現像廃液 伝導度 8.7 S/m pH 13.2(他の一例)
【0022】
(3)現像廃液の固液分離
一般に珪酸塩の水溶液に酸を加えると、水に不溶な珪酸(HSiO)の白色固体を生成する。例えば、珪酸ナトリウムに塩酸を加えると、下記のような反応が起こる。
NaSiO+2HCl→HSiO+2NaCl
珪酸ナトリウムは水には不溶だが、NaOHやKOHなどには溶解する。珪酸塩の溶液に酸を加えると、縮合珪酸塩類(SiO・xHO)、(HSiO)、(HSi)、(HSiO)などのゲルが生成される。
本実施の形態では、珪酸塩として珪酸カリウムを、酸として酢酸を用いている。
【0023】
(4)固体成分
固液を分離した後の固体成分には、珪酸塩、染料、酸発生剤、アルカリ可溶性樹脂などが含まれている。このうち、染料及び酸発生剤は微量である。
この固体成分を水洗し、乾燥させると、淡緑色の粉体が得られる。この粉体の主成分は珪酸塩及びアルカリ可溶性樹脂である。
【0024】
(5)液体成分
殆どの珪酸塩は水に不溶であるが、可溶なものもある。オルト珪酸塩がそれで、水を加えるとメゾ珪酸塩と水酸化カリウムを生成する。本現像廃液の固液を分離した液体には、メゾ珪酸塩と水酸化カリウムが含まれているので、pHと電気伝導度を水酸化カリウムを添加しながら調整すれば、再利用できるようになる。
【0025】
以下、実施例に沿って、本発明を説明する。
【実施例】
【0026】
Kodack Polychrome Graphics社製、ネガサーマル版製版装置から排出された現像廃液から約5リットルを容器に入れて、水で倍に希釈した酢酸400ミリリットルを撹拌しながら添加して約1週間放置した。すると、淡黄色の液体と暗緑色のゲル状沈降物とに分離するので、傾斜法で液体部分を取り分けたところ、pHが約13.5、電気伝導度が8.0S/mの液体約2リットルが得られて、固液分離が実現できた。
【0027】
ところで、現像廃液には、
(1)KSi(メゾ珪酸カリウム)
(2)KOH(水酸化カリウム)
(3)熱硬化性樹脂
(4)染料
(5)酸発生材
(6)各種珪酸塩
が含まれている。
このうち、(1)と(2)とは本来の現像液の成分であり、そのままで再利用が可能である。
【0028】
現像廃液に酢酸を加え、ある量に達すると暗緑色のゲルが生成する。過剰に酸を加えると白色の沈殿物や無色のゲルができる。現像廃液に酢酸を加えることで
Si+2CHCOOH→HSi+2CHCOOK
の反応が生じ、メゾ珪酸(HSi)と酢酸カリウム(CHCOOK)が生成される。
【0029】
ここでメゾ珪酸はゲル状の固体になって沈殿する。この沈殿したメゾ珪酸はポーラス状であって吸着能が非常に大きいため、その中に溶け出した熱硬化性樹脂を包み込むことができ、これにより固液を分離することができる。
【0030】
固液を分離した後の固体成分には、(4)染料、(5)酸発生剤、(3)アルカリ可溶性熱硬化性樹脂、(6)各種珪酸塩などが含まれているが、染料、酸発生剤は量が少なく既に失効しているので、リサイクル・リユースの対象にはならない。
主にリサイクルの対象となるのは、(3)のアルカリ可溶性熱硬化性樹脂である。
固体成分を水洗・乾燥させてみたところ、淡緑色の粉体が得られた。
これは、メゾ珪酸(HSi)を含むポーラス状の固体である。
このメゾ珪酸(HSi)は、現像処理により除去された未硬化の非画像部樹脂及び酢酸カリウムを包み込んでいる。このポーラス状固体にはカリウム(酢酸カリウム)が含まれていることから肥料や土壌改良材としてリサイクルすることができるが、未硬化の樹脂を取り出せば、その再利用もできる。
【0031】
一方、分離された液体の主成分は水酸化カリウムであり、アルカリ溶液を加えてpH調整後、再度現像液としてリユースすることができる。
【0032】
(実施形態のまとめ)
以上説明したように、現像廃液を、有機酸または無機酸を用いて、アルカリ溶液と樹脂成分に分離させるので、分離作業が比較的簡単容易で特別な装置を必要とせず、分離によって得られたアルカリ溶液と樹脂成分を廃棄することなく、いずれも再利用できる資源とすることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、以上に述べたように、珪酸塩を利用した平板印刷版の製版時の現像廃液を固液に分離させる方法に関するもので、特殊な装置や機器などを用いないため、産業上の利用効果は非常に大きく、かつ分離した固体ならびに液体はマテリアルリサイクルやケミカルリサイクルへの適用が可能なため、環境保全や資源の保護にとってきわめて意義がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平板印刷版の製版において、珪酸塩を利用する現像処理剤の廃液に有機酸あるいは無機酸を加えることで固液を分離させ、固体および液体のいずれの成分も再資源化できるように分取することを特徴とする現像廃液の処理方法。
【請求項2】
前記現像処理材の廃液に加える酸は酢酸であることを特徴とする請求項1に記載の現像廃液の処理方法。

【公開番号】特開2012−226052(P2012−226052A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92127(P2011−92127)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(500585328)株式会社エヌ・ティ・ティ・クオリス (1)
【Fターム(参考)】