説明

平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置

【課題】 超伝導スペクトロメータ内部に余計な装置を設けることなしに,散乱イオンのサイクロトロン周回数を判別することが可能な平行磁場型ラザフォード散乱装置を提供すること。
【解決手段】 イオンビームが超伝導スペクトロメータ内に入射される前にイオンビームをパルス化し,前記イオンビームをパルス化してから,試料に散乱された散乱イオンが検出器に検出されるまでの時間を測定することにより,前記散乱イオンの飛行時間を測定し,前記飛行時間から前記散乱イオンのサイクロトロン周回数を判別する平行磁場型ラザフォード散乱装置として構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,一定のエネルギーを有するイオンビームを試料に入射し,試料によって散乱された散乱イオンのエネルギースペクトルを測定することにより,前記試料の分析を行うラザフォード後方散乱分析装置に関するものであり,特に試料と散乱イオン検出手段との間の空間に平行な磁場を用いた平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
試料の元素の特定,及び前記試料の内部分析を行うための装置として,ラザフォード後方散乱分析装置が従来から用いられている。ラザフォード後方散乱分析装置は,一定のエネルギーを有するイオンビームを試料に入射し,前記試料によって散乱された散乱イオンのエネルギースペクトルを測定することにより,前記試料を分析し得るものである。ラザフォード後方散乱分析装置の中でも特に高精度で散乱イオンのエネルギーを測定することが可能なものとして,例えば特許文献1に記載のような,平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置が知られている。
平行磁場型ラザフォード散乱装置の構成概略図を図7(a)及び(b)に示す。
【0003】
図7(a)に示される平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置Aは,イオンを一定方向に加速し,全ての前記イオンが一定のエネルギーを持ったイオンビームを発生させるための加速器部X1と,前記イオンビームを分析対象である試料1に入射し,前記試料1によって散乱された散乱イオンのエネルギーを検出し,検出されたエネルギーから前記試料1の元素特定を行うための超伝導スペクトロメータ部X2とによって概略構成される。
【0004】
前記加速器部X1によって400keV程度に加速されたイオンビーム2は,図7(b)に示されるように,前記超伝導スペクトロメータX2内に設置された前記試料1に入射される。前記超伝導スペクトロメータX2内にはソレノイドコイル3が設置されている。前記超伝導スペクトロメータX2内には前記ソレノイドコイル3により,前記イオンビーム2の入射方向に平行且つ一様な磁場Bが生じている。以下は,前記磁場Bに平行にz軸をとるものとし,前記磁場Bと直行する平面をxy平面とする。前記イオンビーム2と前記磁場Bとは平行であることから,前記試料1に入射するまでは前記イオンビーム2は前記磁場Bによるローレンツ力を受けず,従って前記イオンビーム2は前記試料1に向かって直進する。
一方,前記試料1によって散乱角θで散乱された散乱イオン4は,xy方向に速度成分を持つことから,前記磁場Bによってローレンツ力を受け,xy平面内でサイクロトロン運動を行う。従って前記散乱イオン4は,前記超伝導スペクトロメータX2内で図8に示される螺旋軌道を描く。質量m,電荷qe,エネルギーE[eV],散乱角θで散乱された散乱イオン4の軌道は,次式で与えられる。
【数1】

ただし,(x,y,z)=(0,0,0)は前記試料1の位置,t=0は前記試料1にイオンが散乱された瞬間である。ωcは,
【数2】

で与えられるサイクロトロン周波数であり,2π/ωcがサイクロトロン運動の周期である。また,(x,y)=(0,0),つまりz軸は前記イオンビーム2の入射軸である。
【0005】
方程式(x,y)=(0,0)の解はt=2π/ωcとその整数倍であり,つまりt=2π/ωcの周期で前記散乱イオン4は前記イオンビーム2の入射軸に戻ってくる。t=2π/ωcのときのz座標はz=vcos(2πθ/ωc)であり,角度θで散乱されたイオンは,前記入射軸上の点z(n)=n×vcos(2πθ/ωc)を通過する。nは当該散乱イオン4がサイクロトロン運動を行った周回数である。vは前記散乱イオン4の速さであり,散乱イオンのエネルギーEと
【数3】

の関係にあることから,前記散乱イオン4はエネルギーに依存した軌道を描き,また,前記入射軸上に戻ってくる時間及びそのz座標もエネルギーによって異なる。従って,前記散乱イオン4の軌道が特定できれば,前記散乱イオン4のエネルギーを算出することが可能である。
【0006】
そこで,前記散乱イオン4の軌道の特定のために,前記散乱イオン4の軌道上に前記入射軸上のみに小さな開口部をもつアパーチャ5を設置し,また,前記散乱イオン4を検出するための構成として,中心部に開口部を有する,例えば円環状に形成されている検出器6を用いる。前記検出器6は,前記散乱イオン4の検出位置が判別できるものである。前記アパーチャ5のz軸上の位置によって,前記散乱イオン4の軌道が選別される。また,前記散乱イオン4は,その軌道によって前記検出器6上における検出位置が異なる。前記検出器6において,前記散乱イオン4のうち一定の散乱角及びエネルギーを有するものは,全て中心からの距離R’が一定の位置で検出される。前記散乱イオン4は,前記アパーチャ5のz軸上の配設位置及び,前記検出器6上における検出位置の中心からの距離R’により,その軌道が特定されるものとして,特定された軌道からエネルギーが求められる。前記散乱イオン4のエネルギースペクトルを得る方法としては,前記試料1と前記アパーチャ5との距離を固定した上で前記磁場Bの強度を変化させる方法,前記磁場Bの強度を固定した上で前記試料1と前記アパーチャ5との距離を変化させる方法などがある。これらの測定条件を変化させることによって,前記検出器6に到達できる前記散乱イオン4のエネルギーを変化させることができるので,様々な条件下で前記散乱イオン4の検出を行うと,前記散乱イオン4のエネルギースペクトルを得ることが可能である。また,特許文献2に記載のような,2次元状に設けられた,イオンの入射位地の特定可能な検出器を用いることで,測定条件を変更しなくとも前記散乱イオン4のエネルギースペクトルを得ることが可能となる。このようにして前記散乱イオン4のエネルギースペクトルが得られ,前記試料1の分析が可能となる。
【0007】
しかし,上述の方法では前記アパーチャ5と前記試料1との距離を一定に定めたとしても,図7(b)に示すように,異なったサイクロトロン周回数の前記散乱イオン4も前記アパーチャ5を通過することが可能である。異なったサイクロトロン周回数のイオン間では,例え散乱角が異なるもの同士であっても,前記検出器6上において同じ中心距離R’で検出されることも起こり得る。また,サイクロトロン周回数が異なっていれば,前記散乱イオン4の持つエネルギーも異なる。従って,前記試料1及び前記アパーチャ5の位置を固定した上で,複数の前記散乱イオン4が前記検出器6における一定の中心距離R’で検出されたとしても,前記散乱イオン4の個体間でエネルギーはそれぞれ異なっている可能性があり,厳密なエネルギースペクトルを得るのは困難であった。そこで,一定のサイクロトロン周回数を持った前記散乱イオン4のみを選別した上で,検出器に検出させることが可能な平行磁場型ラザフォード散乱分析装置として,特許文献2に記載のものが知られている。
【特許文献1】特開平7−190963号公報
【特許文献2】特開2003−21609号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献2に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置では,図9及び図10に示す如く,当該装置における超伝導スペクトロメータ内に,可動式の円盤型スリット7及び円筒型スリット8が設けられており,前記円盤型スリット7及び前記円筒型スリット8の位置設定により特定のサイクロトロン周回数の散乱イオンのみを選別することが可能である。
しかしながら,特許文献2に記載の発明における2種類の可動式スリットは,試料を配置するための超伝導スペクトロメータ内部に設ける必要がある。前記超伝導スペクトロメータ内部は強磁場の環境に設定されており,前記2種類の可動式スリットは,当該環境下でも作動可能でなければならず,例えば非磁性モータ等の装置類を用いる必要がある。ところが強磁場中でも作動可能な装置類は非常に高価であり,装置全体のコストを大幅に増加させるものであった。また,前記超伝導スペクトロメータ内部は試料汚染を避けるために超高真空に保たれているが,前記超伝導スペクトロメータ内部に前記2種類の可動式スリット等を設置すると,超高真空を保持することが困難となり,試料汚染の原因ともなっていた。
また,サイクロトロン周回数が異なる散乱イオンが検出器により検出されたとしても,検出された散乱イオンのサイクロトロン周回数自体を判別することが可能であれば,判別されたサイクロトロン周回数から前記散乱イオンの飛行軌道が単一に限定されるので,前記散乱イオンのエネルギーを一義的に算出することが可能であり,検出データを有意義に活用することができる。ところが特許文献2に記載の平行磁場型ラザフォード散乱装置では,一定のサイクロトロン周回数を持ったもの以外の散乱イオンは悉く前記可動式スリットにより遮断されており,サイクロトロン周回数の異なった散乱イオンを有意義に活用することは考えられていなかった。そこで,異なったサイクロトロン周回数の散乱イオンを切り捨てるのではなく,前記散乱イオン毎にサイクロトロン周回数を判別し,あらゆるサイクロトロン周回数の散乱イオンの検出データを用いることが可能な平行磁場型ラザフォード散乱装置が望まれていた。
従って,本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり,その目的とするところは,前記超伝導スペクトロメータ内部に余計な装置を設けることなしに,散乱イオンのサイクロトロン周回数を判別することが可能な平行磁場型ラザフォード散乱装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために本発明は,イオンビームが超伝導スペクトロメータ内に入射される前にイオンビームをパルス化し,前記イオンビームをパルス化してから試料に散乱された散乱イオンが検出器に検出されるまでの時間を測定することにより,前記散乱イオンの飛行時間を測定し,前記飛行時間から前記散乱イオンのサイクロトロン周回数を判別する平行磁場型ラザフォード散乱装置として構成される。
これにより,前記散乱イオンが前記検出器に到達するまでに行ったサイクロトロン周回数のデータを得ることが可能である。前記散乱イオンが行ったサイクロトロン周回数を用いれば前記散乱イオンのエネルギーを算出することが可能であり,前記散乱イオンの検出データを全て使用することができる。
またこのような構成とすることで,当該平行磁場型ラザフォード散乱装置の内部には余計な装置類を設置する必要がなくなる。
【0010】
具体的に前記散乱イオンの飛行時間を得るための方法として,前記イオンビームのパルス化を行った時刻を記憶しておき,また,前記散乱イオンが前記検出器により検出された時刻を測定し,前記イオンビームがパルス化された時刻と,前記散乱イオンが前記検出器により検出された時刻とから,前記散乱イオンの飛行時間を求めることが考えられる。また,前記イオンビームのパルス化を行うための構成として,電源と前記電源に接続された2枚の電極板を用いて時間的に周期変化する電場を発生させ,前記イオンビームに時間的に変化する該電場中を通過させることにより,イオンビームの軌道を周期的に変動させ,電極の下方に設けたスリットにより前記イオンビームの進行方向が変化しなかった部分のみを通過させることが考えられる。
【0011】
前記電源には交流電源を用いることが可能である。交流電源を用いることで前記電極板に発生する電場が周期的に短時間ゼロになり,前記イオンビームのうちゼロ電場の発生中に通過した部分のみがその進行方向を変化させることなく直進する。従って,前記スリットの開孔部を前記イオンビームの入射軸上に設ければ,前記イオンビームのうち前記電場がゼロのときに前記電極中を通過した部分のみが前記スリットを通過するので,前記イオンビームがパルス化される。
前記電源は,その電圧が短時間のみ周期的にゼロになるものであればどのようなものを用いても良い。例えば,電圧が三角波状に変化するものであっても良いし,短時間の接地電位と長時間の高電圧とが繰り返される矩形波状の周期電圧を発生するものでも良い。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば,前記イオンビームをパルス化することで,前記散乱イオンが前記検出器に検出されるまでの飛行時間を測定することが可能であり,前記飛行時間から前記散乱イオンのサイクロトロン周回数を判別することが可能である。サイクロトロン周回数が判別すれば散乱イオンのエネルギーを算出することが可能であることから,どのような回数のサイクロトロン周回を行った散乱イオンについても,それらの検出データを全て試料の分析に用いることができる。また,前記平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の内部に余計な装置類を設置する必要がなく,コストを大幅に下げることが可能な上,前記平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の内部を超高真空に保持することが容易であり,試料汚染などの不具合も解消される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下添付図面を参照しながら,本発明の実施の形態について説明し,本発明の理解に供する。尚,以下の実施の形態は,本発明を具体化した一例であって,本発明の技術的範囲を限定する性格のものではない。
ここに,図1は本発明の実施の形態における平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の概略構成及び信号の流れ図,図2は本発明の実施の形態及び実施例で用いられる電源における電圧の時間変化を表すグラフ,図3は信号発生のタイミングを表すグラフ,図4はヘリウムイオンの1m辺りの飛行時間を表すグラフ,図5及び図6はサイクロトロン周回数の異なった散乱イオンの軌道を表すグラフ,図7は特許文献1に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の構成図,図8は散乱イオンの飛行経路を表す図,図9は特許文献2に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱装置内部の構成概略図,図10は特許文献2に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の作動例を表す図である。尚,従来技術と同様の構成については同一の符号を用いるものとする。
【0014】
図1に示されるとおり,不図示のイオン源により発生したヘリウムイオンは,図7に示される従来例と同様の加速器部X1により400keVのエネルギーで加速され,イオンビーム2が生成される。生成された前記イオンビーム2は,入射軸上に設けられた互いに平行である板状の2枚の電極9間を通過する。前記電極9は電源10に接続されており,2枚の前記電極9の間には電場Ehが周期的に生じている。電源10は図2(a)に示されるように10n秒(=Δt1)の接地電位と,1μ秒の高電圧Vhを交互に発生させるものである。2枚の前記電極9の間には,前記電源10が接地電位を発生している前記Δt1の間は電場が消えているが,前記電源10が1μ秒の高電圧Vhを発生させている間は前記電場Ehが発生している。従って,前記イオンビーム2のうち殆どの部分は前記電場Eh中を通過し,その軌道が大きく曲げられる。一方電場が消えているΔt1秒の間に前記電極9の間を通り抜けたわずかな部分のみが,進行方向を変えずに直進する。前記電極9に対して前記イオンビーム2の下流側には,前記イオンビーム2の入射軸上に小さな開口部を持つスリット11が設けられている。前記スリット11により,前記イオンビーム2のうち前記電極9で進行方向が変化されなかった部分のみが選別され,軌道が曲げられた大部分は遮断される。例えば,前記電極9のイオンビームの入射軸方向の長さを60mm,前記電極9の間隔を5mm,前記スリット11を前記電極9の入射軸下流方向の端部から100mmの位置に設ける場合,高電圧Vh=±1000V(電極間電圧2000V)を2枚の前記電極9各々に印加すると,エネルギー400KeVのヘリウム一価イオンビームはスリット部で中心から3,9mm偏向する。スリット開孔を1mm程度とすることで,前記イオンビーム2を前記スリット11により,容易に遮断させることが可能である。
このようにして,前記イオンビーム2はパルス化される。上述したとおり,前記電源10は接地電位と高電圧Vhとを交互に発生させるため,パルス状の前記イオンビーム2は一定の周期毎に発生される。
【0015】
以下,従来技術での説明と同様の座標軸を考える。つまり,前記イオンビーム2の入射軸をz軸とし,z軸と直交する面をxy平面とする。試料1は分析対象である。パルス化された前記イオンビーム2は,本実施形態における超伝導スペクトロメータ内部に入射され,その一部が前記試料1によって散乱され,あるエネルギーと散乱角を有する散乱イオン4となる。当該超伝導スペクトロメータ内部には前記イオンビーム2に平行かつ一様な磁場Bが生じている。前記磁場Bは図7に記載の,従来例と同様のソレノイドコイル3に流された電流によって発生している。また,前記ソレノイドコイル3は液体ヘリウム等の寒剤若しくは冷凍機によって低温に冷却されており,超伝導状態にある。前記散乱イオン4は前記磁場Bによってxy方向には周期ωcでサイクロトロン運動し,z方向には等速で運動する。5はz軸上に小さな開口部を有するアパーチャである。前記イオンビーム2は前記アパーチャ5の開口部を通過するので,前記アパーチャ5とは干渉しない。また,前記散乱イオン4のうちある軌道を描くもののみが前記アパーチャ5を通過し,検出器6によって検出される。前記検出器6は平面状に微細検出管が多数配列された2次元センサであり,前記検出器6における前記散乱イオン4の検出位置が判別できるものである。また,前記検出器6には前記イオンビーム2の入射軸上に,前記イオンビーム2の入射を妨げることのないように開口部が形成されている。前記アパーチャ5と前記試料1の位置関係,及び前記検出器6における前記散乱イオン4の検出位置は,前記散乱イオン4のエネルギーを求めるのに用いられる。これらの構成は上述の特許文献1と同様である。
【0016】
ここで,前記電源10による電圧が接地電位となったとき,つまり前記イオンビーム2が前記電極9により進行方向が変化されずパルス化されたとき,該接地電位を発生したことを示すパルス電源同期信号がパルスタイミング測定装置12に送られ,その時間が記憶される。また,前記散乱イオン4が前記検出器6に検出されたとき,前記検出器6上における前記散乱イオン4の入射位置を示す入射位置信号が発生される。前記入射位置信号はパルス信号処理装置13に出力され,前記散乱イオン4の入射位置が演算される。また,前記入射位置信号は自身が発生した時間情報も含むものであり,前記散乱イオン4が入射した時間情報が前記パルス信号処理装置13により読み取られ,該時間情報に対応する検出タイミング信号がパルス整形装置14に出力される。前記パルス整形装置14に出力された前記検出タイミング信号は,前記パルス整形装置14によりパルス状のパルス検出タイミング信号に変換され,更に前記パルスタイミング測定装置12に出力される。このように,前記パルスタイミング測定装置12にはパルス状の前記イオンビーム2が発生したタイミングに対応する前記パルス電源同期信号と,前記散乱イオン4が前記検出器6に検出されたタイミングに対応する前記パルス検出タイミング信号とが入力される。
【0017】
図3に示すように前記パルスタイミング測定装置12では,パルス状の前記イオンビーム2が発生したタイミングと,前記散乱イオン4が前記検出器6に検出されたタイミングとの時間差に相当するΔt2が,前記パルス電源同期信号及び前記パルス検出タイミング信号から算出される。
前記Δt2から前記イオンビーム2の前記試料1への入射時間Δt3を引いた値が前記散乱イオン4の飛行時間である。前記電極9と前記試料1との距離は,例えば1200mmといった一定距離に固定されており,前記Δt3は前記イオンビーム2の速度が判れば計算することができる。ヘリウムイオンの単位長さあたりの移動時間はエネルギーと図4に示される関係にあるので,前記加速器部X1で前記ヘリウムイオンに付与したエネルギーから,前記ヘリウムイオンの速度を求め,前記Δt3を算出すればよい。
【0018】
前記パルスタイミング測定装置12により測定された前記散乱イオン4の飛行時間は,前記飛行時間に対応した出力の信号として,信号処理装置15に送信される。同様に,前記パルス信号処理装置13により計算された前記散乱イオン4の検出位置に対応する出力の信号も,同様に前記信号処理装置15に送信される。また,前記信号処理装置15には前記試料1と前記アパーチャ5の位置関係,前記磁場Bの強さなども予め入力され,前記散乱イオン4のエネルギー算出に用いられる。
【0019】
サイクロトロン周回数の異なる前記散乱イオン4が検出器の同じ位置に入射する場合の前記散乱イオン4の軌道例を図5及び図6に示す。図5はサイクロトロン周回数がそれぞれ1回,3回の前記散乱イオン4の軌道である。このとき,前記散乱イオン4の飛行時間は例えばサイクロトロン周回数1回のものが180n秒,3回のものが543n秒のように,十分に判別可能な差が生じることが知られており,前記散乱イオン4の飛行時間を計算しておけば,十分にサイクロトロン周回数の判別が可能である。
図6はサイクロトロン周回数がそれぞれ1回,2回の前記散乱イオン4の軌道である。このとき,前記散乱イオン4の飛行時間はサイクロトロン周回数1回のものが204n秒,2回のものが373n秒のように,十分判別可能な到達時間の差が生じることが知られており,この場合もサイクロトロン周回数の判別が可能である。
【0020】
上述のように,前記パルスタイミング測定装置12からは前記散乱イオン4の飛行時間が,前記パルス信号処理装置13からは前記散乱イオン4の検出位置がそれぞれ前記信号処理装置15に出力される。また前記散乱イオン4の飛行時間から,前記信号処理装置15によりサイクロトロン周回数が判別される。
サイクロトロン周回数の判別は以下のように行われる。即ち,サイクロトロン周回数から計算される前記散乱イオン4の飛行時間を予め求めておく。例えば,周回数1に対しては190n秒,周回数2に対しては355n秒,周回数3に対しては535n秒,のような計算による対応関係を予め求めておく。前記対応関係は前記信号処理装置15に予め入力され記憶される。予め入力された前記対応関係と,前記パルスタイミング測定装置12から入力された前記散乱イオン4の飛行時間との比較が,前記信号処理装置15によって行われる。前記散乱イオン4の飛行時間は,前記イオンビーム2をパルス化したときに前記電源が接地電位になった時間である前記Δt1程度の不確定性をもつが,サイクロトロン週回数が多くなるほど飛行時間は長くなり,前記Δt1を10n秒のように十分短くすることで,サイクロトロン周回数は容易に判別される。例えば,348n秒の飛行時間が前記パルスタイミング測定装置12により算出された場合,上述の対応関係に従うと,2回のサイクロトロン周回を経て前記検出器6に到達したものと決定される。
【0021】
このように,前記信号処理装置15では個々の前記散乱イオン4に対してサイクロトロン周回数が飛行時間により判別される。また,前記信号処理装置15では判別されたサイクロトロン周回数と前記検出器6における前記散乱イオン4の検出位置,及び予め入力された測定条件とから,前記散乱イオン4の軌道が単一に特定され,前記散乱イオン4のエネルギーが算出される。即ち,前記散乱イオン4の軌道を特定するパラメータであるサイクロトロン周回数,前記散乱イオン4の検出位地,及び前記測定条件と,前記散乱イオン4のエネルギーとの対応関係を示すテーブルを,予め前記信号処理装置15に入力しておくことで,前記散乱イオン4のエネルギーが算出される。
以上のような前記散乱イオン4の検出を繰り返すと,前記散乱イオン4のエネルギースペクトルが得られ,前記試料1の分析が可能となる。
【実施例】
【0022】
上述の実施の形態ではイオンとしてヘリウムイオンを用いたが,水素イオンを用いることも可能である。これらのイオン以外にも,質量が適切でかつ電荷をもった粒子であれば使用することが可能であり,分析の対象や目的に応じて使い分ければよい。また,イオンビームはパルス化しても十分な検出数を得ることが可能なように,密度が高いものが望ましい。
【0023】
電源はその電圧が周期的に変化するものであり,かつ短時間の接地電位を生じるものであればどのようなものを用いても構わない。例えば,正弦波状に電圧が変化する交流電源を用いても良いし,図2(b)に示されるような,三角波状に電圧が変化するものを用いても良い。
電圧が接地電位になる時間,つまり,上述の実施形態でのΔt1があまりにも短時間であると,有意な数のデータを得るのに時間がかかるため,適切な長さを確保する必要がある。逆に余りにも長すぎると,散乱イオンの飛行時間からサイクロトロン周回数を特定するのが困難になる。例えば,周回数4回の散乱イオンの飛行時間が580n秒,周回数5の前記散乱イオンが620n秒であるとする。このとき前記電圧が接地電位になる時間を50n秒としたのでは,周回数4回の散乱イオンが周回数5回の散乱イオンよりも遅れて検出器に到達する事も起こりえる。また,例えば600n秒付近の飛行時間が測定された場合,この散乱イオンの週回数が4回であるか5回であるのかを判別するのは困難である。これら事情を考慮した上で,前記Δt1は短すぎずかつ長すぎない適切な時間に設定しなければならない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施の形態における平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の概略構成及び信号の流れ図。
【図2】本発明の実施の形態及び実施例で用いられる電源における電圧の時間変化を表すグラフ。
【図3】信号発生のタイミングを表すグラフ。
【図4】ヘリウムイオンの1m辺りの飛行時間を表すグラフ。
【図5】サイクロトロン周回数の異なった散乱イオンの軌道を表すグラフ。
【図6】サイクロトロン周回数の異なった散乱イオンの軌道を表すグラフ。
【図7】特許文献1に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の構成図。
【図8】散乱イオンの飛行経路を表す図。
【図9】特許文献2に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱装置内部の構成概略図。
【図10】特許文献2に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の作動例を表す図。
【符号の説明】
【0025】
1…試料
2…イオンビーム
3…ソレノイドコイル(磁場発生手段に相当)
4…散乱イオン
5…アパーチャ(イオン選別手段に相当)
6…検出器(散乱イオン検出手段に相当)
7…円盤型スリット
8…円筒型スリット
9…電極
10…電源
11…スリット
12…パルスタイミング測定装置
13…パルス信号処理装置
14…パルス整形装置
15…信号処理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビームが入射した試料により散乱された散乱イオンを検出する散乱イオン検出手段と,前記試料と前記散乱イオン検出手段との間の空間に前記イオンビームに平行かつ一様な磁場を発生させる磁場発生手段と,前記散乱イオン検出手段に対して前記イオンビームの下流側に配置され,前記散乱イオンのうち特定のエネルギーを有する前記散乱イオンのみを通過させる散乱イオン選別手段とを具備してなる平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置において,
前記イオンビームをパルス化するためのパルス化手段と,
前記イオンビームがパルス化された時間と,前記散乱イオンが検出された時間とにより前記散乱イオンの飛行時間を測定する散乱イオン飛行時間測定手段とを具備してなることを特徴とする平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置。
【請求項2】
前記散乱イオン飛行時間測定手段が,前記イオンビームがパルス化された時間を記憶するパルス化時間記憶手段と,
前記散乱イオンが検出された時間を測定する検出時間測定手段とからなるものである請求項1に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置。
【請求項3】
前記パルス化手段が,時間的に変化する電圧を発生する電源と,
前記電源に接続され時間的に変化する電場を発生させるための,前記散乱イオン検出手段に対して前記イオンビームの上流に配置された互いに対向する2つの電極と,
前記2つの電極と前記磁場発生手段との間に配置されたスリットとからなるものである請求項1又は2のいずれかに記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置。
【請求項4】
前記電源が交流電源である請求項3に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置。
【請求項5】
前記電源による電圧が三角波状に時間変化するものである請求項3に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置。
【請求項6】
前記電源による電圧が,短時間の接地電圧と長時間の高電圧との繰り返しによる矩形波状の周期電圧である請求項3に記載の平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2006−108002(P2006−108002A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−295314(P2004−295314)
【出願日】平成16年10月7日(2004.10.7)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】