説明

幹細胞の分化誘導方法

【課題】本発明の目的は、幹細胞の分化誘導方法において、哺乳動物由来因子を含まない安価な足場材料を提供し、さらに哺乳動物由来因子を用いた場合よりも高効率に分化誘導する技術を提供することである。
【解決手段】本発明は、クラゲコラーゲン上で幹細胞を分化させる工程を含む幹細胞の分化誘導方法、並びにクラゲコラーゲンを含有してなる幹細胞分化誘導用培養用試薬及び該試薬を含有するキットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞の分化を誘導する方法並びにそれに用いられ得る培養用試薬及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療の産業規模は世界市場において10兆円を超えると見込まれている。2010年10月には、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)を利用した世界初の臨床試験が米国で開始された。ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)についても、樹立効率を改善するとともに不完全なiPS細胞を排除する新たな初期化因子(GLIS1)が見出されたこともあり、今後臨床応用へ向けた研究開発が一層進展すると予測される。
とはいえ、現在の幹細胞移植医療の主役は組織幹細胞である。組織幹細胞はES細胞と異なり倫理的問題がなく、自家移植が可能なため拒絶反応の懸念もない。中でも、臨床応用においては、そのうちの8割を間葉系幹細胞(MSC)が占めている。間葉系幹細胞は、哺乳動物の骨髄等に存在し、骨、軟骨、脂肪、筋肉、靱帯、神経などのさまざまな組織、細胞に分化可能であり、比較的調製が容易であることから、最も臨床応用が進んでいる。
具体的には、間葉系幹細胞を患者から単離し、所定の条件で培養することによって増殖及び分化を促進させて組織体を構築し、得られた組織体を当該患者自身に移植して骨や軟骨等の修復が行われている。
【0003】
幹細胞の分化誘導には、一般に哺乳動物由来のコラーゲンやゼラチン等が足場材料として用いられることが知られている(特許文献1〜3)。
しかしながら、このような哺乳動物由来因子は非常に高価であり、また、人畜共通感染症を引き起こす危険がある。さらに、現行の分化誘導方法では培養系が複雑であり、また分化誘導に3〜4週間を要し、効率が悪くコストがかかる。このように、哺乳動物由来因子を含まず、且つ高効率な幹細胞の分化誘導方法が切望されている。
【0004】
哺乳動物由来因子の代替物として海洋性コラーゲン(マリンコラーゲン)の利用が試みられている。例えば、サケの皮から抽出したコラーゲンから作製したゲルを用いた皮膚細胞の培養、フィルム状に成形されたコラーゲンを担体とした肝細胞の三次元培養、コラーゲンシートを用いた歯周組織再生などの研究が進められている(非特許文献1)。
しかしながら、マリンコラーゲンは変性温度が5〜30℃と低いため、動物細胞の生理的条件下では変性して強度が弱くなり、生体内の分解酵素によって速やかに分解・吸収される。そのため、マリンコラーゲンを細胞培養基材として利用するには、架橋剤によりコラーゲン線維を再形成させ、変性温度を上昇させる処理が必要となり、煩雑かつ製造コストの面からも不利である。
【0005】
ところで、クラゲは、海水浴客に被害を与えたり、最近では大量発生したエチゼンクラゲが深刻な漁業被害をもたらしたりして、一般に海の厄介者として扱われている。わが国や中国では一部食用としても利用されているが、大半は廃棄物として処理される。
クラゲの体は95%が水分、2%がコラーゲンで構成されており、クラゲコラーゲンは他のコラーゲンよりも吸湿力・保湿力に優れている。また、クラゲ抽出物を培地に添加すると、ヒトハイブリドーマにおけるIgM産生やヒト末梢血リンパ球におけるインターフェロンγ(IFN-γ)や腫瘍壊死因子α(TNF-α)の産生が促進されることが報告されており(特許文献4)、免疫賦活効果が期待されている。これらの性質を利用して、最近ではサプリメントとして商品化もされている。
しかしながら、クラゲコラーゲンを、組織培養、特に幹細胞からの組織の分化誘導培養のための足場として利用した例はこれまで全く報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006-158975号公報
【特許文献2】特開2003-260123号公報
【特許文献3】特開2007-306922号公報
【特許文献4】特開2006-204248号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g61127a03j.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、幹細胞の分化誘導方法において、哺乳動物由来因子を含まない安価かつ安全な足場材料を提供し、さらに哺乳動物由来因子を用いた場合よりも高効率に幹細胞の分化を誘導する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、足場材料としてクラゲコラーゲンを、架橋処理などの特別な前処理を施すことなく、そのまま用いて幹細胞を培養することにより、意外にも哺乳動物由来因子を用いた場合よりも高効率に分化誘導できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0010】
即ち、本発明は以下に関する。
〔1〕クラゲコラーゲン上で幹細胞を分化させる工程を含む、幹細胞の分化誘導方法。
〔2〕クラゲコーゲンがクラゲ酸可溶性コラーゲンである、〔1〕記載の方法。
〔3〕幹細胞をクラゲコラーゲン上で増殖させる工程を先立ってさらに含む、〔1〕記載の方法。
〔4〕クラゲコラーゲンがクラゲ酸可溶性コラーゲンである、〔3〕記載の方法。
〔5〕幹細胞が間葉系幹細胞であって、分化が骨分化である、〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕骨分化マーカー遺伝子の発現を測定して間葉系幹細胞の分化状況を確認する工程をさらに含む、〔5〕記載の方法。
〔7〕骨分化マーカーがBMP2、ALP及び/又はOCNである、〔6〕記載の方法。
〔8〕骨分化培養1〜12日目に、骨分化の前期マーカーとしてBMP2遺伝子の発現を測定する工程を含む、〔7〕記載の方法。
〔9〕骨分化培養7〜24日目に、骨分化の中期マーカーとしてALP遺伝子の発現を測定する工程を含む、〔7〕記載の方法。
〔10〕骨分化培養10〜30日目に、骨分化の後期マーカーとしてOCN遺伝子の発現を測定する工程を含む、〔7〕記載の方法。
〔11〕以下の工程を含む、〔7〕記載の方法:
(a)骨分化培養1〜12日目に、骨分化の前期マーカーとしてBMP2遺伝子の発現を測定する工程、
(b)骨分化培養7〜24日目に、骨分化の中期マーカーとしてALP遺伝子の発現を測定する工程、及び
(c)骨分化培養10〜30日目に、骨分化の後期マーカーとしてOCN遺伝子の発現を測定する工程。
〔12〕〔1〕〜〔11〕のいずれかに記載の方法を実施することを特徴とする、分化細胞の製造方法。
〔13〕分化細胞が骨分化細胞である、〔12〕記載の製造方法。
〔14〕〔12〕記載の方法により得られた分化細胞。
〔15〕〔13〕記載の方法により得られた骨分化細胞。
〔16〕〔12〕記載の方法により得られた分化細胞とクラゲコラーゲンとを含有する、細胞培養物。
〔17〕〔13〕記載の方法により得られた骨分化細胞とクラゲコラーゲンとを含有する、細胞培養物。
〔18〕〔1〕〜〔13〕のいずれかに記載の方法において使用されることを特徴とする、クラゲコラーゲン。
〔19〕酸可溶性である、〔18〕記載のクラゲコラーゲン。
〔20〕クラゲコラーゲンを含有してなる幹細胞分化誘導用培養用試薬であって、〔1〕〜〔13〕のいずれかに記載の方法において使用されることを特徴とする、培養用試薬。
〔21〕クラゲコラーゲンがクラゲ酸可溶性コラーゲンである、〔20〕記載の培養用試薬。
〔22〕幹細胞分化誘導が間葉系幹細胞の骨分化誘導である、〔20〕記載の培養用試薬。
〔23〕〔22〕記載の培養用試薬及び骨分化培地を含む、間葉系幹細胞の骨分化誘導用キット。
〔24〕さらに、骨分化マーカー遺伝子の発現を検出し得る物質を含む、〔23〕記載のキット。
〔25〕骨分化マーカー遺伝子の発現を検出し得る物質が、核酸プローブ、プライマー及び抗体からなる群より選択される少なくとも1種である、〔24〕記載のキット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、足場材料として哺乳動物由来因子を用いないことから、再生医療に用いる幹細胞に対して安全性の高い分化誘導技術を提供することができる。また本発明によれば、比較的簡単な培養系を利用することができ、哺乳動物由来因子を用いた場合よりも高効率な分化誘導技術を提供することができる。さらに、本発明で用いられるクラゲコラーゲンは従来廃棄物とされているものから抽出されるため、未利用資源を有効活用できると共に、比較的安価な足場材料を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、ラット由来間葉系幹細胞の増殖を示すグラフである。グラフの横軸は細胞の培養時間(時間)を示し、縦軸は生細胞密度(10,000cells/well)を示す。
【図2】図2は、ラット由来間葉系幹細胞から分化誘導された細胞の石灰化沈着を調べた結果を示す図である。
【図3】図3は、前期マーカーであるBMP2遺伝子の発現率を調べた結果を示すグラフである。グラフの横軸は細胞の培養日数(日)を示し、縦軸はBMP2遺伝子の発現率を示す。
【図4】図4は、中期マーカーであるALP遺伝子の発現率を調べた結果を示すグラフである。グラフの横軸は細胞の培養日数(日)を示し、縦軸はALP遺伝子の発現率を示す。
【図5】図5は、後期マーカーであるOCN遺伝子の発現率を調べた結果を示すグラフである。グラフの横軸は細胞の培養日数(日)を示し、縦軸はOCN遺伝子の発現率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、クラゲコラーゲン上で幹細胞を分化させる工程を含む、幹細胞の分化誘導方法を提供する。
【0014】
本発明において用いられるクラゲコラーゲンは、クラゲより調製されるコラーゲンである。そのクラゲの種類としては、特に限定されないが、例えば鉢虫網(Scyphozoa)、箱虫網(Cubozoa)、十文字クラゲ網(Staurozoa)及びヒドロ虫網(Hydrozoa)等に属するクラゲが挙げられ、具体的には、ミズクラゲ、アカクラゲ、ビゼンクラゲ、エチゼンクラゲ、エフィラクラゲ、ヒラタカムリクラゲ、クロカムリクラゲ、アマクサクラゲ、ヤナギクラゲ、ユウレイクラゲ、アマガサクラゲ、サムクラゲ、エビクラゲ、イボクラゲ、サカサクラゲ、ムラサキクラゲ、キタミズクラゲ等が挙げられ、好ましくはミズクラゲ、エチゼンクラゲが挙げられる。
【0015】
本発明におけるクラゲコラーゲンは商業的に入手可能であり、また既報に基づいて調製することもできる。例えば、特開2007-51191号公報、特開2008-31106号公報、国際公開第2007/020889号パンフレットに記載されるように、緩衝液若しくは海水程度の塩分を含む水溶液でクラゲを処理後、この処理液からクラゲコラーゲンを抽出する方法が挙げられる。
【0016】
本発明においては、好ましくは、以下のような手順でクラゲコラーゲンを調製することができる。
まず、クラゲを破砕する。クラゲの破砕処理は、例えば裁断機、ミンチ機及びカッター等の市販の装置を用いて行うことができる。
【0017】
そして、破砕したクラゲからタンパク質を抽出する。かかるタンパク質の抽出は、例えば、リン酸緩衝液又は0.2%程度の塩化ナトリウム溶液でクラゲを処理し、4℃程度の低温下で一晩放置することで行うことができる。これによりクラゲタンパク質の抽出液が得られる。
【0018】
クラゲからタンパク質を抽出した後は、特に限定されないが、濾過を行い、さらに、塩化ナトリウム沈殿又はエタノール沈殿を行うことが好ましい。これにより抽出残渣が取り除かれ、さらにタンパク質抽出物を精製することができる。
【0019】
上記の通り得られたタンパク質抽出物からのクラゲコラーゲンの精製は、公知の方法を用いて行うことができる。例えば、得られた粗タンパク質を、10000gにより遠心分離を行い、固形物を得る。この固形物にエタノールを加えて再分散させ、再度10000gにより遠心分離を行い、エタノール層に移行した不純物を取り除く。沈殿物に水を加え、透析膜にて脱塩を行い粗コラーゲンが得られる。
【0020】
本発明では、上記透析後の試料をそのままクラゲコラーゲンとして使用することができるが、遠心分離をさらに行い、その上清と沈殿物とを区別してクラゲコラーゲンを使用することもできる。かかる上清は、水等の中性溶液に対して可溶であることから、本明細書において「クラゲ中性可溶性コラーゲン」と称する。また、沈殿物については、中性溶液に対して難溶性であるものの酸性溶液に対しては可溶であることから、本明細書において「クラゲ酸可溶性コラーゲン」と称する。即ち、本発明における「クラゲ中性可溶性コラーゲン」とは、クラゲより抽出されるコラーゲンであって、中性溶液に対して可溶性を示すものをいい、また、本発明における「クラゲ酸可溶性コラーゲン」とは、クラゲより抽出されるコラーゲンであって、中性溶液に対して難溶性を示すが酸性溶液に対して可溶性を示すものをいう。ここで、中性とは、例えばpH5〜8の範囲を意味し、酸性とは、例えばpH1〜4の範囲を意味する。なお、以下、本明細書において「クラゲコラーゲン」と示した場合は、特に断りのない限り、クラゲ中性可溶性コラーゲン及びクラゲ酸可溶性コラーゲンの両方を含むことを意味する。
【0021】
上記の通り、抽出されたクラゲコラーゲンは、さらに凍結乾燥やスプレードライ等の処理を行うことにより水分を取り除くことができる。また、クラゲコラーゲンを含む水溶液に対しては、硫酸アンモニウム等の無機塩を用いた塩析や、エタノール等のアルコールを用いた沈殿法等によりクラゲコラーゲンを沈殿させて、遠心分離や濾過等の方法を用いてクラゲコラーゲンを分離することもできる。
【0022】
以上により得られたクラゲコラーゲンは、粉末状、顆粒状及びペレット状等のいかなる形態ともすることができ、或いは適当な溶媒に溶解させて溶液とすることもできる。クラゲコラーゲンを溶解させる溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば水、生理食塩水、リン酸緩衝液等の通常中性領域で用いられる溶媒や、塩酸、酢酸等の酸性溶媒などが使用可能である。特にクラゲ酸可溶性コラーゲンを溶解させる場合は、酸性溶媒を使用することが好ましい。クラゲコラーゲンを粉末状とした場合は、-20〜10℃で保管することが好ましく、さらにシリカゲル等の乾燥剤と合わせて保管することが好ましい。また、クラゲコラーゲンを溶液とした場合は、10℃以下で保管することが好ましい。
【0023】
本発明では、上述したクラゲコラーゲン上で幹細胞を培養し、幹細胞の増殖及び分化誘導を行うことができる。培養対象となる幹細胞は、いずれの動物の幹細胞であってもよく、例えば温血動物、好ましくは哺乳動物の幹細胞である。哺乳動物としては、例えば、ヒト、サル等の霊長類、マウス、ラット、モルモット、ハムスター等のげっ歯類、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ等が挙げられる。本発明では、ヒトでの再生医療及び臨床応用に利用し得るという観点から、ヒトの幹細胞が特に好ましい。
【0024】
本発明における幹細胞は、分化能と自己複製能とを併せ持つ細胞であれば特に限定されず、例えば間葉系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、皮膚幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、ES細胞、胚性腫瘍細胞(EC細胞)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)、iPS細胞等が挙げられる。
【0025】
上記幹細胞の中でも、本発明では間葉系幹細胞が特に好ましい。間葉系幹細胞とは、骨髄、脂肪組織、臍帯血、子宮内膜、真皮、骨格筋、骨膜、歯根膜、歯髄及び歯胚等の間葉系組織に存在し、少なくとも骨系細胞、脂肪細胞及び筋肉細胞等の間葉系細胞への分化能を有する細胞をいう。また、本発明において間葉系幹細胞を用いた場合、その分化細胞(分化誘導させた細胞)は特に限定されないが、骨分化細胞であることが好ましい。なお、本明細書において「骨分化細胞」とは、間葉系幹細胞から骨への分化において観察される任意の細胞を意味し、例えば、骨芽細胞、骨細胞、又は間葉系幹細胞からやや分化が進行した間葉系前駆細胞等を挙げることができる。
【0026】
間葉系幹細胞は、市販品を用いても常法に従って調製してもよいが、患者(ヒト)の生体から単離された間葉系幹細胞を好適に用いることができる。例えばヒトの骨髄から間葉系幹細胞を単離するには、Haynesworth S.E.ら(Bone. 1992;13:81-8.)によって報告された方法に準じて、骨髄細胞液を採取しながら行うことができる。得られた骨髄細胞液からは、Pittenger M.F.ら(Science. 1999;284:143-7.)によって報告された方法を用いて骨髄細胞液中に混在する他の細胞を除去し、間葉系幹細胞を単離することができる。また、例えばヒトの脂肪組織から間葉系幹細胞を単離する場合は、Zuk P.A.ら(Tissue Eng. 2001 Apr;7:211-28., Mol Biol Cell. 2002 Dec;13(12):4279-95.)によって報告された方法を用いることができる。また、例えばヒトの臍帯からは、Romanov Y.A.ら(Stem Cells. 2003;21:105-10.)によって報告された方法に準じて間葉系幹細胞を単離することができる。以上のようにして間葉系幹細胞を採取することができるが、その方法は上記の内容に限定されるものではない。
【0027】
間葉系幹細胞等の幹細胞は、動物より単離した後、そのまま分化誘導に供してもよいが、一定の細胞数とすることができ、また細胞の状態を整えるためにも、あらかじめ増殖させてから使用することが好ましい。本発明では、哺乳動物由来因子よりも安全であり、良好な増殖が認められ、且つ増殖後の分化効率にも優れているという点から、上記クラゲコラーゲン上で増殖培養を行うことが好ましい。
【0028】
幹細胞の増殖に用いられるクラゲコラーゲンとしては、特に限定されないが、クラゲ酸可溶性コラーゲンが好ましい。さらに言えば、クラゲ中性可溶性コラーゲン上で一定期間幹細胞を増殖させて(増殖培養前期)、その後、クラゲ酸可溶性コラーゲン上で増殖させる(増殖培養後期)ことがより好ましい。ここで、本明細書において「増殖培養前期」とは、幹細胞を増殖培養する期間のうち、足場材料を使用しない通常の培養条件では細胞分裂が見られない期間(一般に、誘導期と称される期間)を意味し、「増殖培養後期」とは、幹細胞を増殖培養する期間のうち、足場材料を使用しない通常の培養条件において対数的に細胞数の増加が見られる期間(一般に、対数増殖期と称される期間)を意味する。なお、これらに対して後述の分化誘導培養を行う期間を、「分化培養期」と称することもある。増殖培養前期及び増殖培養後期の期間は、培養に用いる幹細胞の種類や培養条件等によって異なり、当業者に公知の技術情報に基づいて適宜設定することができる。本発明では、増殖培養前期と増殖培養後期とで、使用するクラゲコラーゲンの態様を変更することにより、より効果的に幹細胞(特に、間葉系幹細胞)を増殖させることができる。
【0029】
動物より単離された幹細胞、又は上記の通り増殖された幹細胞は、クラゲコラーゲン上で分化誘導が行われる(分化培養期)。幹細胞の分化誘導に用いられるクラゲコラーゲンとしては、特に限定されないが、クラゲ酸可溶性コラーゲンが好ましい。
【0030】
分化が誘導された幹細胞は、例えば、分化に伴って特異的に発現が上昇する遺伝子又はタンパク質を指標として、DNAマイクロアレイ、RT-PCR、リアルタイムPCR、ウェスタンブロット分析、免疫染色、及びFACS等を用いて、所望の細胞に分化が進行しているか否かを確認することができる。指標とされる遺伝子又はタンパク質は、分化が誘導される細胞の対象に応じて適宜決定することができ、またその発現量は、ハウスキーピング遺伝子であるGAPDH、HPRT又はβアクチン等の発現量をコントロールとして用いて標準化することができる。
【0031】
例えば、幹細胞として間葉系幹細胞を用いて骨分化を誘導する場合、かかる骨分化は、特に限定されないが、例えば、BMP2、アルカリホスファターゼ(ALP)、オステオカルシン(OCN)、I型コラーゲン、Runx2、オステオポンチン(OPN)、オステオネクチン(OSN)、骨シアロプロテイン(BSP)等を指標として確認することができる。例えば、本発明において足場材料としてクラゲコラーゲンを用いた場合は、特に、BMP2、ALP及びOCNを用いることによって、骨への分化が促進されていることを確認することができる。具体的には、ブタコラーゲンやウシコラーゲン等の従来の哺乳動物由来のコラーゲンを用いた場合に対して、BMP2の発現が有意に高くなる。また、ALP及びOCNの発現も有意に高くなり、さらにはこれらの両マーカーは、高発現が確認される時期が従来の哺乳動物由来のコラーゲンを用いた場合よりも有意に早くなる。ここで、「有意に」とは、自体公知の統計学的処理により有意差が示される程度であることを意味し、かかる有意差は、実験の材料、方法及び条件等を考慮して当業者により適宜確認することができる。このような特性から、本発明では、BMP2を前期マーカーとして用いることができ、通常、骨分化培養1〜12日目、好ましくは5〜10日目、より好ましくは7〜9日目にその発現を測定することができる。また、ALPを中期マーカーとして用いることができ、通常、骨分化培養7〜24日目、好ましくは8〜21日目、より好ましくは11〜21日目にその発現を測定することができる。さらに、OCNを後期マーカーとして用いることができ、通常、骨分化培養10〜30日目、好ましくは11〜26日目、より好ましくは11〜24日目にその発現を測定することができる。上記期間内に各種マーカーの発現を測定することにより、骨分化の進行を的確に判断することが可能となり、さらに骨分化の促進状況も判別することが可能となる。
【0032】
本発明におけるクラゲコラーゲンは、特に限定されないが、好適には担体の表面に固相化され、幹細胞を増殖及び分化誘導させる足場材料として用いられる。担体としては、例えば通常の細胞培養に用いられるシャーレ、ディッシュ、マイクロプレート、マルチプレート、チャンバースライド、チューブ及びフラスコ等が挙げられる。これらの担体にクラゲコラーゲンを固相化するには、例えば、クラゲコラーゲンを適当な溶媒に溶解又は懸濁した溶液を調製し、かかるクラゲコラーゲン含有溶液を担体上に乗せて、-4℃〜室温の温度範囲で30分〜一晩放置すればよい。クラゲコラーゲンを溶解又は懸濁させる溶媒は、上述した通りである。また、溶液中のクラゲコラーゲンの濃度は、通常0.001〜0.1重量%、好ましくは0.01〜0.1重量%、より好ましくは0.01〜0.05重量%であり、溶液のpHは、通常pH1.0〜4.0、好ましくはpH1.0〜3.0、より好ましくはpH2.0〜3.0である。放置後は、クラゲコラーゲン含有溶液を廃棄して、必要に応じて、リン酸緩衝液等を用いて担体表面を洗浄することもできる。クラゲコラーゲンが固相化された担体は、そのまま-4〜20℃にて保管することができる。
【0033】
本発明においては、クラゲコラーゲン上に、好ましくは上記の通り担体表面に固相化されたクラゲコラーゲン上に、幹細胞の懸濁液を乗せて培養することにより幹細胞を増殖及び分化誘導させることができる。幹細胞を懸濁する溶液としては、特に限定されないが、幹細胞の培地(培養液)を好適に用いることができる。かかる幹細胞の培地は、使用する幹細胞の種類に応じて培養に適した自体公知の培地を用いることができる。用いられる基礎培地としては、特に限定されないが、例えばMEM培地、α-MEM培地、DMEM培地、Eagle MEM培地、BME培地、IMDM培地、Medium 199培地、RPMI1640培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、ハム培地、Fischer’s培地及びこれらの混合培地等が挙げられる。これらの培地は、血清(例えばウシ胎児血清、ヒト血清等)を含んでいてもよい。或いは、血清の代替添加物(例えばKnockout Serum Replacement(KSR)(Invitrogen社製)等)を用いてもよい。血清の濃度は特に限定されないが、通常5〜20(v/v)%の範囲である。
【0034】
さらに上記培地には、自体公知の添加物を含有させることもできる。添加物としては、特に限定されないが、例えば成長因子(例えばインスリン等)、鉄源(例えばトランスフェリン等)、ミネラル(例えばセレン酸ナトリウム等)、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸、乳酸等)、血清タンパク質(例えばアルブミン等)、アミノ酸(例えばL-グルタミン等)、還元剤(例えば2-メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えばアスコルビン酸、d-ビオチン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、緩衝剤(例えばHEPES等)等が挙げられる。また、幹細胞を増殖させる場合には、通常、幹細胞の分化抑制剤(例えばLIF、Wnt、TGF-β、bFGF等)が用いられる。これらの添加物は、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含有させることができる。
【0035】
また、幹細胞の分化を誘導する場合には、通常、分化誘導因子が培地に添加される。かかる分化誘導因子は、使用する幹細胞及びこれを分化誘導させる対象に応じて適宜決定することができる。例えば幹細胞として間葉系幹細胞を用いて、これを骨分化細胞に分化誘導させる場合には、デキサメタゾン、タクロリムス及びシクロスポリン等の免疫抑制剤;BMP-2、BMP-4、BMP-5、BMP-6、BMP-7及びBMP-9等の骨形成タンパク質;TGF-β等の骨形成液性因子等を用いることができる。これらの分化誘導因子は単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。また、添加される分化誘導因子の濃度は特に限定されず、それぞれ自体公知の濃度範囲内とすることができる。
【0036】
播種する幹細胞の数(密度)は、用いる幹細胞の種類、培養方法、培養条件及び幹細胞の分化を誘導する対象等に応じて適宜設定することができる。細胞増殖を行う場合、その細胞数は、通常10,000〜500,000個/ml、好ましくは10,000〜100,000個/ml、より好ましくは10,000〜50,000個/mlである。また、細胞の分化誘導を行う場合、その細胞数は、通常100,000〜1,000,000個/ml、好ましくは100,000〜500,000個/ml、より好ましくは100,000〜250,000個/mlである。
【0037】
幹細胞の培養条件は、細胞培養技術において通常用いられる条件であれば特に限定されず、例えば、培養温度は通常30〜40℃の範囲であり、好ましくは約37℃が例示される。CO2濃度は通常1〜10%の範囲であり、好ましくは約5%が例示される。湿度は通常70〜100%の範囲であり、好ましくは85〜95%が例示される。
【0038】
以上のように、本発明の分化誘導方法を用いることにより分化細胞を得ることができる。従って、本発明はまた、上記の方法により得られる分化細胞を提供することもできる。かかる分化細胞としては、骨分化細胞が好ましい。なお、本発明により骨分化細胞が得られていることの確認は、上述したマーカー遺伝子(又はタンパク質)を利用する以外に、骨分化細胞が産生した石灰化成分を検出する方法を用いることもできる。当該検出方法としては、特に限定されないが、例えばフォンコッサ(Von Kossa)染色及びアリザリンレッド染色等が挙げられる。
【0039】
フォンコッサ染色は、硝酸銀を用いて石灰化成分であるリン酸カルシウムを検出する方法である。具体的には、パラフィン等で固定した細胞に1〜5重量%の硝酸銀水溶液を反応させる。反応後、光を当てることによってリン酸カルシウムが存在する部分が黒く呈色されることになる。この呈色部分の面積を計測する等によって骨分化を評価することができる。
【0040】
アリザリンレッド染色は、アリザリンレッドSがカルシウムイオンに対して特異的に結合し、カルシウムイオンの沈着部分を染色することを利用した方法である。具体的には、パラフィン等で固定した細胞に0.01〜5重量%のアリザリンレッドS溶液を反応させると、赤紫〜橙赤色の呈色反応が見られる。この呈色部分の面積を計測する等によって骨分化を評価することができる。
【0041】
また本発明では、上記分化細胞をさらに培養し、増殖させて、細胞培養物を得ることもできる。従って、本発明はまた、上記の方法により得られる分化細胞(好ましくは、骨分化細胞)とクラゲコラーゲンとを含有する細胞培養物を提供することもできる。本明細書において「細胞培養物」とは、細胞を培養することにより得られる結果物をいう。本発明の細胞培養物を得るための分化細胞の培養方法及び条件は、使用する細胞の種類等に応じて適宜設定することができる。本発明の細胞培養物に関連する各用語の定義及び態様は、上記の方法について記載したものと同一である。
【0042】
本発明はまた、以上のような幹細胞の分化誘導方法に用いられ得る培養用試薬を提供する。
【0043】
本発明の培養用試薬には、上述したクラゲコラーゲンが用いられ、その調製方法も上記と同様である。クラゲコラーゲンは、特に限定されないが、クラゲ酸可溶性コラーゲンが好ましい。また、本発明の培養用試薬は主に細胞の培養に用いられ、その細胞としては好適には幹細胞であり、幹細胞に関する具体的な例示は上記と同様である。なお、本発明の培養用試薬は、好ましくは間葉系幹細胞の培養に用いられ、より好ましくは間葉系幹細胞の増殖及び分化誘導に用いられ、その分化誘導の対象は好適には骨分化細胞である。
【0044】
本発明の培養用試薬の形態は、特に限定されず、例えば液体状(スラリー状等を含む)、ゲル状、ペースト状、固体状(フィルム状等を含む)等とすることができる。また、本発明の培養用試薬は、pH調整剤等の添加剤を適宜使用して、自体公知の方法で作製することができる。本発明の培養用試薬に含有されるクラゲコラーゲンの濃度は、幹細胞の分化誘導が促進される程度であれば特に限定されないが、通常0.001〜10重量%、好ましくは0.001〜1重量%、より好ましくは0.01〜1重量%である。また、本発明の培養用試薬に含有されるクラゲコラーゲンは、幹細胞の分化誘導に使用され得るという観点から、好ましくはクラゲ酸可溶性コラーゲンである。
【0045】
本発明の培養用試薬の実施態様の一つとしては、例えば、クラゲコラーゲン含有溶液をコーティング剤として用いることが挙げられる。クラゲコラーゲンを溶解又は懸濁する溶媒は、上記の分化誘導方法において記載した内容と同様であり、クラゲコラーゲンの濃度も同様とすることができる。かかるコーティング剤が塗布される対象としては、特に限定されず、例えば上記に示したクラゲコラーゲンが固相化され得る担体(シャーレ、ディッシュ等)が挙げられる。また、上記コーティング剤は本発明においてキット化することも可能である。
【0046】
本発明の培養用試薬の別の実施態様としては、クラゲコラーゲンが表面に固相化された担体が挙げられる。当該担体は、上記の分化誘導方法において記載した担体と同様であり、例えばシャーレ、ディッシュ、マイクロプレート、マルチプレート、チャンバースライド、チューブ及びフラスコ等を用いることができる。これらの担体へのクラゲコラーゲンの固相化方法も上記と同様であり、例えば、クラゲコラーゲンを適当な溶媒に溶解又は懸濁した溶液を調製し、かかるクラゲコラーゲン含有溶液を担体上に乗せて、-4℃〜室温の温度範囲で30分〜一晩放置すればよい。クラゲコラーゲンを溶解又は懸濁させる溶媒は、上述した通りである。また、溶液中のクラゲコラーゲンの濃度は、通常0.001〜0.1重量%、好ましくは0.01〜0.1重量%、より好ましくは0.01〜0.05重量%であり、溶液のpHは、通常pH1.0〜4.0、好ましくはpH1.0〜3.0、より好ましくはpH2.0〜3.0である。放置後は、クラゲコラーゲン含有溶液を廃棄して、必要に応じて、リン酸緩衝液等を用いて担体表面を洗浄することもできる。クラゲコラーゲンが固相化された担体は、そのまま-4〜20℃にて保管することができる。また、かかる担体は本発明においてキット化することも可能である。
【0047】
本発明の培養用試薬の更なる別の実施態様としては、例えばスポンジ、メッシュ、職布、不職布及び粒状物等の担体にクラゲコラーゲンが固相化されたものが挙げられる。これらの担体の素材としては、例えば、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ乳酸グリコール酸(PLGA)及びポリカプロラクトン(PCL)等の合成高分子材料;リン酸カルシウム(例えばβ-TCP、ハイドロキシアパタイト等)及び炭酸カルシウム等の無機材料;サンゴ及び象牙等の天然由来材料等が挙げられる。これらの担体は多孔質であることが好ましく、その気孔率や孔径は培養対象とされる細胞の種類や培養条件等に応じて適宜設定することができる。これらの担体は、例えば、上記のクラゲコラーゲン含有溶液の中に浸漬させる等して、担体の表面が被覆される程度に溶液と接触させて、-4℃〜室温の温度範囲で30分〜一晩放置することによってクラゲコラーゲンを固相化することができる。放置後は、クラゲコラーゲン含有溶液と担体とを分離して、必要に応じて、リン酸緩衝液等を用いて担体表面を洗浄することもできる。また、担体が多孔質である場合は、減圧下にてクラゲコラーゲン含有溶液の中に担体を浸漬させて、溶液を担体の孔に十分に含ませることができる。さらにその後、溶液を含ませた担体を凍結し、それから真空減圧下で凍結乾燥することによって、担体に含ませた溶液を多孔質化させることもできる。また、注射針等で担体に多数の穿刺孔をあけることによって溶液の浸潤が向上し、より均一な固相化を図ることもできる。このようにして得られたクラゲコラーゲン固相化担体は、そのまま-4〜20℃にて保管することができる。また、かかる担体は本発明においてキット化することも可能である。
【0048】
また、本発明の培養用試薬の更なる別の実施態様としては、例えば、クラゲコラーゲンを含有してなるフィルム状組成物が挙げられる。また、本発明の培養用試薬は、ゲル状、ペースト状、又はクリーム状等の組成物であってもよい。上記組成物は、ゲル化剤や増粘剤等を用いて自体公知の方法により作製することができる。上述したように幹細胞の懸濁液を調製し、当該懸濁液をこれらの培養用試薬の上に乗せて培養し、幹細胞を増殖及び分化誘導させることができる。或いは、幹細胞の懸濁液をこれらの培養用試薬の中に包埋させるようにして培養することもできる。例えば、本発明の培養用試薬がゲル状であれば、ゲルが固化する前に幹細胞懸濁液を加えて、振蘯等により十分に攪拌してから最終的にゲルを固化し、幹細胞懸濁液(幹細胞)を包埋させることができる。また、本発明の培養用試薬を調製した後であっても、例えば注射針等を用いて幹細胞懸濁液を培養用試薬の内部に包埋させることができる。また、上記組成物は本発明においてキット化することも可能である。
【0049】
本発明はまた、上記の培養用試薬と骨分化培地とを含む、間葉系幹細胞の骨分化誘導用キットを提供する。骨分化培地は、間葉系幹細胞の骨分化を誘導し得る培地であれば特に限定されないが、例えば、上記の分化誘導方法で示した培地を用いることができる。
【0050】
上記骨分化誘導用キットは、骨分化マーカー遺伝子の発現を検出し得る物質をさらに含むことが好ましい。骨分化マーカーは、間葉系幹細胞の骨分化を確認し得るマーカーであれば特に限定されず、例えば上記の分化誘導方法で示したマーカーを用いることができる。好ましくは、BMP2、ALP及びOCNの骨分化マーカーが用いられる。
【0051】
骨分化マーカー遺伝子の発現を検出し得る物質としては、骨分化マーカー遺伝子の発現の有無又はその発現量を確認することができるものであれば特に限定されないが、例えば、骨分化マーカー遺伝子に対する核酸プローブ及びプライマー、並びに骨分化マーカータンパク質を特異的に認識し得る抗体等を用いることができる。このような核酸プローブ、プライマー及び抗体等は、自体公知の方法を用いて作製することができる。或いは、市販品を用いることも可能である。また、上記物質を用いた骨分化マーカー遺伝子発現の検出及び測定も、当業者に公知の方法を用いて行うことができる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0053】
1.クラゲコラーゲンの調製
ミズクラゲ個体を蒸留水により洗浄し、5mm〜1cmの角状断片に切断した。切断されたクラゲを同量の0.2%塩化ナトリウム水溶液に投入し、攪拌しながら、4℃で24時間タンパク質抽出を行なった。タンパク質の抽出後、抽出液をガーゼでろ過し、固液分離を行なった。この抽出液に、3倍量の局法エタノールを投入し、沈殿物を得た。沈殿物に再度同量の局法エタノールを投入し、10000gにより遠心分離を行なった。分離された沈殿層の固形物を、分画分子量(MWCO):14000の透析膜により脱塩を行った。透析後、再度10000gにより遠心分離を行い、上層(クラゲ中性可溶性コラーゲン層)、及び沈殿層(クラゲ酸可溶性コラーゲン層)に分別し、凍結乾燥によりそれぞれのクラゲコラーゲンを得た。
【0054】
2.クラゲコラーゲンを用いた間葉系幹細胞の増殖
上記のように調製した中性可溶性及び酸可溶性のクラゲコラーゲンを300μg/mlになるようにpH3.0の塩酸でそれぞれ溶解した。転倒混和にて30分溶解させた後、0.2μmのフィルターで滅菌した。その後、各種クラゲコラーゲン溶液を24 wellプレートに200μl/wellずつ添加し、2時間室温でコートした。次いで、リン酸バッファーを1ml/wellで添加し、2回洗浄した。洗浄後、リン酸バッファーを1ml/wellずついれて、4℃で一晩保存した。
一方で、ウイスターラット(オス、3週齢)の後足2本から骨髄液を抽出し、未分化培地(α-MEM(GIBCO, Japan)+15(v/v)% FBS(biowest, USA))で培養した(37℃、CO2 5%、湿度90%)。単離後3日おきに培地交換し、6日目に付着した細胞のみを回収した。その後、1回継代してコンフルエントにした細胞を、0.1%トリプシン・EDTAで剥がし、20,000cells/wellとなるように未分化培地で懸濁した。
一晩保存しておいた上記クラゲコラーゲンコートプレートからリン酸バッファーを取り除き、上記の通り得られた細胞を20,000cells/wellで播種した。培養後の細胞数は、トリパンブルー染色法にて測定した。その結果を図1に示す。
図1に示されたように、クラゲコラーゲン上では間葉系幹細胞の増殖が、無処理の場合に対して有意に促進されていた。特に、クラゲ中性可溶性コラーゲン上では培養前期に増殖が促進されるのに対し、クラゲ酸可溶性コラーゲン上では培養後期で増殖が促進されていた。これらのことより、クラゲコラーゲン画分によって細胞に対する作用が異なることが示唆された。
【0055】
3.クラゲコラーゲンを用いた間葉系幹細胞の骨分化誘導
(1)条件
細胞:ラット骨髄由来間葉系幹細胞
培地:未分化培地(α-MEM(GIBCO, Japan)+15(v/v)% FBS(biowest, USA))、骨分化培地(α-MEM(GIBCO, Japan)+3.06mg/ml β-glycerolphosphate(Calbiochem, Germany)+14.4μg/ml ascorbic acid-2-phosphate(SIGMA, Japan)+39ng/ml Dexamethasone(SIGMA, Japan)+10% FBS(biowest, USA))
培養容器:6 well-plate(SMILON, Japan)
目標初期細胞数:200,000cells/well
足場材料:
ブタI型コラーゲン(新田ゼラチン:Type I-C)、pH3.0の塩酸で希釈
クラゲコラーゲン(上記1により調製したクラゲ中性可溶性コラーゲン及びクラゲ酸可溶性コラーゲン)
コラーゲン濃度:300μg/ml
【0056】
(2)クラゲコラーゲン及びブタI型コラーゲンの培養容器へのコーティング
上記1のように調製した各種クラゲコラーゲンおよびブタI型コラーゲンを300μg/mlになるようにpH3.0の塩酸で溶解した。転倒混和にて30分溶解させた後、0.2μmのフィルターで滅菌した。各種コラーゲン溶液を6 wellプレートに600μl/wellずつ添加し、2時間室温でコートした。その後、リン酸バッファーを2ml/wellで添加し、2回洗浄した。洗浄後、リン酸バッファーを2ml/wellずついれて、4℃で一晩保存した。
【0057】
(3)コラーゲンコートした培養容器への幹細胞の播種
ウイスターラット(オス、3週齢)の後足2本から骨髄液を抽出し、未分化培地で培養した(37℃、CO2 5%、湿度90%)。単離後3日おきに培地交換し、6日目に付着した細胞のみを回収した。1回継代して、増殖した細胞(間葉系幹細胞)を得た。
得られた間葉系幹細胞を未分化培地を用いて回収し、2つに分けて遠心分離(1000rpm、5分、室温)を行い、一方には骨分化培地を加え、もう一方には未分化培地を加えて、それぞれ細胞密度を20×104cells/mlとした。上記(2)で作製したプレートからPBSを除き、骨分化培地又は未分化培地を添加し、さらに細胞懸濁液を加えた(骨分化培養における細胞密度:20×104cells/well)。3日毎に新しい骨分化培地に培地交換した。
【0058】
(4)骨分化の評価
骨分化誘導開始後14日目に、製品(SIGMA, Japan)添付のプロトコールに従いアリザリンレッド染色を行った。アリザリンレッドS溶液は、アリザリンレッドS(SIGMA)1gを蒸留水100mlで溶解させ、これに水酸化アンモニウム溶液(28%水酸化アンモニウム0.1ml及び蒸留水100mlで調製)を加えてpH4.1〜4.3にして調製した。
骨分化誘導14日目の細胞をPBSで2回洗浄し、ホルマリン1mlを加え、30分間放置して細胞を固定した。その後、蒸留水で2回洗浄し、上記アリザリンレッドS溶液を1ml/well添加して6分間室温放置し、染色を行った。放置後、蒸留水で4〜5回洗浄し、写真撮影を行った。その結果を図2に示す。
図2に示されたように、何らコートしていない無処理のwellよりもクラゲコラーゲンをコートしたwellの方がアリザリンで強く染色されており、骨分化が促進されていることが明らかとなった。また、ブタI型コラーゲンと比べても、クラゲコラーゲンを用いた場合の方がアリザリンでより強く染色されており、骨分化がより促進されていた。特に、クラゲ酸可溶性コラーゲンを用いた場合では、最も高効率に骨分化が促進されていた。
【0059】
4.骨分化マーカーの発現解析
上記3と同様にしてクラゲコラーゲン又はブタI型コラーゲンを培養容器(6 wellプレート)にコーティングし、ラット骨髄から単離した間葉系幹細胞を培養した。このとき、骨分化培養における初期細胞密度は20×104cells/wellであり、未分化培養における細胞密度は17×104cells/wellであった。
培養開始後8、11、14、17及び20日目の細胞から、フェノール・クロロホルム法を用いてtotal RNAを抽出した。その後、RNA 1μgに対してランダムプライマー(ランダムヘキサマー(Invitrogen, UK))を用いて逆転写を行い、リアルタイムPCRにより骨分化マーカーの発現解析を行った。
骨分化マーカーは、前期骨分化マーカーとしてBMP2遺伝子、中期骨分化マーカーとしてALP遺伝子、後期骨分化マーカーとしてOCN遺伝子を採用した。また、BMP2遺伝子及びALP遺伝子の発現解析にはGAPDHをハウスキーピング遺伝子として使用し、OCN遺伝子の発現解析にはHPRTをハウスキーピング遺伝子として用いた。リアルタイムPCRに用いた各種遺伝子のプライマー及びプローブは以下の通りとした。
【0060】
BMP2遺伝子:Rn01484736_m1(TaqMan Gene Expression Assays, ABI)
ALP遺伝子:Rn00689820_m1(TaqMan Gene Expression Assays, ABI)
OCN遺伝子:ロシュより下記のプライマー及びプローブを購入した。
プライマー(左):atagactccggcgctacctc(配列番号1)
プライマー(右):ccaggggatctgggtagg(配列番号2)
プローブ:Universal Probelibrary Probe#125
GAPDH遺伝子:Rn99999916_s1(TaqMan Gene Expression Assays, ABI)
HPRT遺伝子:ロシュより下記のプライマー及びプローブを購入した。
プライマー(左):ctctcgtgccatgtgaacc(配列番号3)
プライマー(右):ttctctaaattggtcccaggaa(配列番号4)
プローブ:Universal Probelibrary Probe#95
【0061】
結果を図3〜5に示す。BMP2遺伝子については、培養開始後8日目の時点でブタI型コラーゲンよりも中性可溶性および酸可溶性のクラゲコラーゲンを用いた場合の方が、発現率が上昇することが示された。とくに、クラゲ中性可溶性コラーゲン上では、発現がより高まった。また、ALP遺伝子については、ブタI型コラーゲンでは14日目に発現率が上昇するのに対し、中性可溶性および酸可溶性のクラゲコラーゲンでは8日目に発現率が上昇し、14日目まで安定することが示された。そして、OCN遺伝子については、ブタI型コラーゲンよりも中性可溶性および酸可溶性クラゲコラーゲンを用いた場合の方が早い段階で発現率が上昇することが示された。以上のように、骨分化マーカーの観点からもクラゲコラーゲンの方がより効率良く骨分化を促進することが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、安全で高効率な幹細胞の分化誘導技術を提供することができ、ヒトの再生医療に有用である。また、従来は廃棄物とされていたものを利用することができ、未利用資源の有効活用に寄与することができ、更には安価な幹細胞分化誘導用足場材料を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラゲコラーゲン上で幹細胞を分化させる工程を含む、幹細胞の分化誘導方法。
【請求項2】
クラゲコーゲンがクラゲ酸可溶性コラーゲンである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
幹細胞をクラゲコラーゲン上で増殖させる工程を先立ってさらに含む、請求項1記載の方法。
【請求項4】
クラゲコラーゲンがクラゲ酸可溶性コラーゲンである、請求項3記載の方法。
【請求項5】
幹細胞が間葉系幹細胞であって、分化が骨分化である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
骨分化マーカー遺伝子の発現を測定して間葉系幹細胞の分化状況を確認する工程をさらに含む、請求項5記載の方法。
【請求項7】
骨分化マーカーがBMP2、ALP及び/又はOCNである、請求項6記載の方法。
【請求項8】
骨分化培養1〜12日目に、骨分化の前期マーカーとしてBMP2遺伝子の発現を測定する工程を含む、請求項7記載の方法。
【請求項9】
骨分化培養7〜24日目に、骨分化の中期マーカーとしてALP遺伝子の発現を測定する工程を含む、請求項7記載の方法。
【請求項10】
骨分化培養10〜30日目に、骨分化の後期マーカーとしてOCN遺伝子の発現を測定する工程を含む、請求項7記載の方法。
【請求項11】
以下の工程を含む、請求項7記載の方法:
(a)骨分化培養1〜12日目に、骨分化の前期マーカーとしてBMP2遺伝子の発現を測定する工程、
(b)骨分化培養7〜24日目に、骨分化の中期マーカーとしてALP遺伝子の発現を測定する工程、及び
(c)骨分化培養10〜30日目に、骨分化の後期マーカーとしてOCN遺伝子の発現を測定する工程。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法を実施することを特徴とする、分化細胞の製造方法。
【請求項13】
分化細胞が骨分化細胞である、請求項12記載の製造方法。
【請求項14】
請求項12記載の方法により得られた分化細胞。
【請求項15】
請求項13記載の方法により得られた骨分化細胞。
【請求項16】
請求項12記載の方法により得られた分化細胞とクラゲコラーゲンとを含有する、細胞培養物。
【請求項17】
請求項13記載の方法により得られた骨分化細胞とクラゲコラーゲンとを含有する、細胞培養物。
【請求項18】
請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法において使用されることを特徴とする、クラゲコラーゲン。
【請求項19】
酸可溶性である、請求項18記載のクラゲコラーゲン。
【請求項20】
クラゲコラーゲンを含有してなる幹細胞分化誘導用培養用試薬であって、請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法において使用されることを特徴とする、培養用試薬。
【請求項21】
クラゲコラーゲンがクラゲ酸可溶性コラーゲンである、請求項20記載の培養用試薬。
【請求項22】
幹細胞分化誘導が間葉系幹細胞の骨分化誘導である、請求項20記載の培養用試薬。
【請求項23】
請求項22記載の培養用試薬及び骨分化培地を含む、間葉系幹細胞の骨分化誘導用キット。
【請求項24】
さらに、骨分化マーカー遺伝子の発現を検出し得る物質を含む、請求項23記載のキット。
【請求項25】
骨分化マーカー遺伝子の発現を検出し得る物質が、核酸プローブ、プライマー及び抗体からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項24記載のキット。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−27381(P2013−27381A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−167665(P2011−167665)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年2月1日 日本再生医療学会発行の「第10回 日本再生医療学会総会 プログラム・抄録 日本再生医療学会雑誌 再生医療 増刊号」に発表、平成23年3月1日〜2日(発表日:平成23年3月1日) 第10回 日本再生医療学会総会において文書をもって発表、平成23年4月22日 http://www.werc.or.jp/support/josei_seika/img/tokubetsu05.pdfを通じて発表。
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【出願人】(000226161)日華化学株式会社 (208)
【Fターム(参考)】