説明

幹細胞活性化装置

【課題】ヒト、非ヒト動物、植物など生物や、そこから摘出した組織若しくはその細胞、又は微生物に対して、極めて低侵襲であり、それらの幹細胞を効率よく活性化させ、増殖させることができ、さらに分化させたりそれらについて促進させたりすることができる簡易な幹細胞活性化装置を提供する。
【解決手段】幹細胞活性化装置は、近赤外線出射源からの出射光線の内の1400〜1500nmの波長を吸収、反射又は散乱させてその他の1100〜1400nmと1500〜1800nmとの近赤外線を透過させるフィルタが、前記近赤外線出射源と前記近赤外線で照射される幹細胞分化すべき対象組織及び/又はそれの細胞との経路途中に、配置されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト、非ヒト動物、植物などの生物や、そこから摘出した組織若しくはその細胞、又は微生物へ、近赤外線を照射して、それらの幹細胞を活性化させ、増殖させるために用いられ、さらに分化もその促進もできる幹細胞活性化装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
再生医療は、事故や病気によって失われた生体の細胞、組織、器官の再生や機能の回復を目的とした医療であり、これからの医学の大きな課題の一つである。
【0003】
例えば、従来、再生医療として、先天奇形・外傷・術後の変形や組織欠損に対して、患者本人の健全な皮膚・皮下組織、自家組織を患部に移植することにより行われることが多い。しかし、このような再建手術は、患者に対する侵襲性が大きいうえ、患者の患部以外にも採取部の傷を残すことになり、患者への肉体的・精神的負担が大きく、さらに合併症発症のリスクを高めてしまうものである。
【0004】
また、現在、白血病などの血液疾患の治療として造血幹細胞移植が行われている。このとき、骨髄移植か臍帯血移植で、造血幹細胞を採取している。骨髄移植ではドナーの負担が大きく、臍帯血移植では臍帯血の量により移植できる患者が限定される。そのため、造血幹細胞移植には、まだ解決すべき課題が多い。
【0005】
これに対し、最近注目されている再生医療は、生体内のありとあらゆる組織や器官へ分化することができる幹細胞を利用して、必要とする細胞・組織を得るという医療技術である。すなわち、幹細胞に刺激を加えて、幹細胞を分化誘導し、目的とする細胞、組織、器官を作成し、最終的には失われた組織や器官を再生させる医療技術である。
【0006】
このような幹細胞は種々存在することが知られており、生体のほとんどの臓器や組織中に存在している。とりわけ、造血幹細胞や神経幹細胞など様々の幹細胞の中で、どの種類の組織にでも分化することができ、増殖能力も高いES細胞(Embryonic Stem Cell:胚性幹細胞)と呼ばれている細胞は、万能細胞として、パーキンソン病、心筋梗塞、脊椎損傷、白血病、糖尿病、肝臓病など様々な病気の治療への応用が期待されている。
【0007】
しかし、ES細胞は、ヒトでは受精後5〜7日程度、マウスでは3〜4日程度経過した初期胚(受精卵)から作られる細胞であるため倫理的な問題があり、再生医療での実用化には幾多の高いハードルがある。
【0008】
このES細胞にかわり最近注目されている幹細胞として、脂肪吸引などの処置で大量に採取可能な脂肪幹細胞、骨髄の中にある間葉系幹細胞などがある。これらの細胞は、骨、軟骨、脂肪、心臓、神経、肝臓などの細胞に誘導できるとされ、再生医療の担い手として注目を浴びている。
【0009】
この幹細胞が利用できれば、生体外、又は生体内で目的の細胞に分化誘導し、その後、患者の患部に移植することで治療が可能となる。
【0010】
さらに、この幹細胞を効率よく活性化させ、増殖させてさらに分化させることが可能になれば、再生医療の効率が高められる。具体的には、再生医療に必要な特定の細胞、組織、臓器の作製が可能になったり、造血幹細胞を活性化させて、骨髄移植の成績を改善したり、骨芽細胞を活性化させることにより骨折後の骨皮質の再構成を促進することも可能になる。
【0011】
そのため、再生医療の分野では、幹細胞をいかに患者の負荷を少なくして採取するか、採取した幹細胞をいかに増殖させるかに着目して、研究開発がなされている。
【0012】
例えば、特許文献1には、ヒトの羊膜上皮細胞層中に骨芽細胞へ分化する細胞が存在すること、また、胎盤から羊膜を分離し細胞を生体外で培養することにより、骨芽細胞へ分化誘導できることが開示されている。
【0013】
また、特許文献2には、ヒトの脂肪片からコラゲナーゼ処理により脂肪片中に存在する細胞外マトリクスを消化し細胞群にした後、遠心分離により成熟脂肪細胞の集団を分離し、さらに初代培養することで骨芽細胞へ分化誘導する繊維芽細胞の分離法が、開示されている。
【0014】
しかし、組織に対して低侵襲であって、簡便に幹細胞を活性化したり、さらに増殖したりして安全かつ効率よく分化させることが、患者・医師の双方から強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2005−124460号公報
【特許文献2】特開2004−129549号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、ヒト、非ヒト動物、植物など生物や、そこから摘出した組織若しくはその細胞、又は微生物に対して、極めて低侵襲であり、それらの幹細胞を効率よく活性化させ、増殖させることができ、さらに分化させたりそれらについて促進させたりすることができる簡易な幹細胞活性化装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載の幹細胞活性化装置は、近赤外線出射源からの出射光線の内の1400〜1500nmの波長を吸収、反射又は散乱させてその他の1100〜1400nmと1500〜1800nmとの近赤外線を透過させるフィルタが、前記近赤外線出射源と前記近赤外線で照射される幹細胞分化すべき対象組織及び/又はそれの細胞との経路途中に、配置されていることを特徴とする。
【0018】
請求項2に記載の幹細胞活性化装置は、請求項1に記載されたもので、前記フィルタが、水層を有していることを特徴とする。
【0019】
請求項3に記載の幹細胞活性化装置は、請求項1に記載されたもので、前記近赤外線の波長域が、1000〜1800nmであることを特徴とする。
【0020】
請求項4に記載の幹細胞活性化装置は、請求項1に記載されたもので、前記近赤外線出射源が、前記出射光線であるレーザー光を出射するレーザーダイオード、又は前記出射光線を出射する発光ダイオード、タングステンランプ、ハロゲンランプ、キセノンランプ、カーボンヒータ若しくはセラミックスヒータであることを特徴とする。
【0021】
請求項5に記載の幹細胞活性化装置は、請求項1に記載されたもので、前記近赤外線出射源が、前記出射光線をパルス出射させる発振回路若しくは連続出射させる出射回路、その出射光線の単回ショット若しくは複数回ショットを出射させるタイマー、その出射の開始と停止とをさせるスイッチ回路、及び/又は前記近赤外線出射源の出力を増幅させる増幅回路に、接続されていることを特徴とする。
【0022】
請求項6に記載の幹細胞活性化装置は、請求項1に記載されたもので、前記近赤外線出射源と前記フィルタとの対を、一対又は複数対、有することを特徴とする。
【0023】
請求項7に記載の幹細胞活性化装置は、請求項6に記載されたもので、前記近赤外線出射源と前記フィルタとの対が、単数又は複数のハンドピースの各先端部に取付けられていることを特徴とする
【0024】
請求項8に記載の幹細胞活性化装置は、請求項7に記載されたもので、前記経路途中で前記フィルタの先方に、前記対象へ近接あるいは接触するサファイアガラス冷却窓が、前記ハンドピースの表面に露出して取付けられていることを特徴とする。
【0025】
請求項9に記載の幹細胞活性化装置は、請求項1に記載されたもので、前記対象組織及び/又はそれの細胞が、ヒト、非ヒト動物、及び植物から選ばれる何れかの生物の組織及び/又はそれの細胞であることを特徴とする。
【0026】
前記の目的を達成するためになされた請求項10に記載の幹細胞活性化方法は、近赤外線出射源からの出射光線の内の1400〜1500nmの波長を吸収、反射又は散乱させてその他の1100〜1400nmと1500〜1800nmとの近赤外線を透過させるフィルタが、前記近赤外線出射源と前記近赤外線で照射される幹細胞分化すべき、ヒト、非ヒト動物若しくは植物から摘出した対象組織及び/又はそれの細胞との経路途中に、配置し、前記フィルタを介して前記近赤外線を前記対象組織及び/又はそれの細胞へ照射することを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明の幹細胞活性化装置は、ヒト、非ヒト動物、植物など生物や、そこから摘出した組織若しくはその細胞、又は微生物に対して、極めて低侵襲であり、再生医療に必要なそれらの幹細胞を効率よく活性化させ、さらに増殖させ、必要に応じて併用される他の方法の有無に関わらず又それに影響を受けることなく、また効率よく簡便に分化させたりそれらを促進させたりすることができる簡易なものである。
【0028】
この幹細胞活性化装置によれば、冷却による温度調節、正常細胞損傷を惹起し易い波長のフィルタ調整によって正常細胞の損傷を最小限に防ぐことが可能で、さらに幹細胞の周辺に存在する分化した余計な細胞をアポトーシス様細胞死させるので、幹細胞だけを選択的に、非常に効率よく、活性化させ、増殖させて、さらに分化させたりそれらを促進させたりすることができる。
【0029】
この幹細胞活性化装置は、簡易な構造であって持ち運び自在な小型のものであり、煩雑な操作を経ずに幹細胞を効率よく活性化させ、増殖させて、さらに分化させたりそれらを促進させたりすることができるものである。
【0030】
近赤外線は、遠赤外線に比べ波長が短く、エネルギーが高いため、概して、培養液、組織、生体においてそれらの深層に到達し難い。さらに、近赤外線を培養液等に、直接照射すると、液表層の水分子に吸収され、培養液を容易く過度の温度上昇、乃至は沸騰させてしまう。また、生体においては、皮膚表層で吸収されて熱傷などの有害事象を生じさせ易い。
【0031】
それにも係わらず、この幹細胞活性化装置によれば、そのような問題を生じない。特に、ハンドピースの先端にサファイアガラス冷却窓を設けることによって、培養液、組織、生体などの表層を直接冷却することができるので、高出力で照射しても、過度の温度上昇、熱感、疼痛、熱傷、正常細胞損傷などの有害事象を最小限に抑えることができる。さらに培養液、組織、生体などの表層を冷却することで、その表層での水分子の分子運動を抑制し近赤外線の吸収を最小限に抑えて、その表層の温度を過度に上昇させることなく、所望の波長の近赤外線を深層に効率よく到達させることができる。
【0032】
この幹細胞活性化装置によれば、過度の温度上昇を生じる可能性が低いため、貴重な生体外、又は生体内の幹細胞を損傷してしまう可能性が、極めて低い。また、生体においても、有害事象を生じる可能性が低いため、臨床現場の患者にとって身体的負担が軽減される。
【0033】
さらに、この幹細胞活性化装置を用いた幹細胞活性化方法によれば、特殊な設備や施設を必要とせず簡易に、幹細胞を活性化させ、増殖させて、さらに分化させたりそれらを促進させたりして、再生医療材料の提供や、再生医療の治療に用いることができるため、医療費削減に資する。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明を適用する幹細胞活性化装置の全容の概要を示す図である。
【図2】本発明を適用する別な幹細胞活性化装置の一部の概要を示す図である。
【図3】本発明を適用する別な幹細胞活性化装置の一部の概要を示す図である。
【図4】本発明を適用する別な幹細胞活性化装置中のハンドピースを示す斜視図である。
【図5】本発明を適用する幹細胞活性化装置を用いて健常ラット背部に近赤外線を照射したときの骨髄内の組織像を示す図である。
【図6】本発明を適用する幹細胞活性化装置を用いて健常ラット背部に近赤外線を照射したときの骨髄内の各測定時点における骨髄細胞数、脂肪細胞面積、CD34陽性幹細胞数を示す図である。
【図7】400〜約3000nmの波長と、本発明を適用する幹細胞活性化装置を用いたときの放射照度、及びメラニン、ヘモグロビン、水の吸収係数との相関を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明を実施するための好ましい形態の例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
【0036】
本発明の幹細胞活性化装置1について、実施の一形態を示す図1を参照しながら説明する。幹細胞活性化装置1は、所定の近赤外線のみを選択的に、ヒト、非ヒト動物、植物などの生物やそこから摘出した組織若しくはその細胞、又は微生物などの対象細胞・対象組織・対象個体に到達させるためのものである。
【0037】
この幹細胞活性化装置1は、近赤外線出射源15であるAlGaAs(アルミニウム・ガリウム・ヒ素)系やGaAs系のレーザーダイオードと、そこから出射する近赤外線を含む出射光線であるレーザー光の出射方向に、1400〜1500nmの波長及び1800nmを超える波長を吸収してその範囲の波長の透過を低減させる第一のフィルタ16a、及び1000nm未満の波長、好ましくは1100nm未満の波長を遮蔽してその範囲の波長のみを透過させる第二のフィルタ16bとを、有している。レーザー光の出射方向でフィルタ16bの先方に、レンズ17と、生体2へ接触する近赤外線透過性のサファイアガラス冷却窓18とが、配置されている。レーザーダイオード15に隣接しつつ対峙している第一のフィルタ16aと、サファイアガラス冷却窓18とに、夫々、クーラー19a・19bが取付けられている。
【0038】
第一のフィルタ16aは、水層を有するものであって、例えば石英やガラス等のセルに水が充填されたものであり、その水に1400〜1500nmの波長と1800nmを超える波長好ましくは1700nmを超える波長とが吸収されることによって、その波長の透過を低減させるものである。その水層は、蒸留水、イオン交換水、水道水であってもよく、無機塩や有機塩のような電解質、糖のような非電解質例えば生理食塩水やリンゲル液、メタノールやエタノールのようなモノアルコール、エチレングリコールのようなポリオールである添加物の単数又は複数を溶解した水溶液であってもよい。そのレーザー光が通過するフィルタ16a中の水層の厚さが厚過ぎると、レーザー光20を照射したときに対象細胞、組織での生理作用、効果が小さくなってしまい、一方、その厚さが薄過ぎると、レーザー光20を照射したとき、対象細胞、組織に届く前にレーザー光20が吸収されて、過熱され、過度の温度上昇や生体では火傷を負ったり熱感・疼痛を感じたりしてしまう。その厚さは、近赤外線出射源の出力強度にもよるが、0.5mm〜2.0mm程度であることが好ましい。
【0039】
第二のフィルタ16bは、例えば1100nm未満の波長をガラス中に分散した光吸収物質により吸収し、一方、1100nm以上の波長を対象細胞、組織へ透過させるものである。フィルタ16bは、例えば市販されている近赤外線フィルタであってもよく、それと紫外線フィルタとを組合わせた複合フィルタであってもよい。近赤外線フィルタは、より具体的には、誘電体膜コーティングフィルタ、光学ガラスフィルタ、樹脂製フィルタが挙げられる。誘電体膜コーティングフィルタは、屈折率の異なる金属酸化物や金属フッ化物を交互に複数層積層したものであり、透明薄膜による光の干渉を利用して1100nm未満の近赤外線波長領域の光を選択的に遮蔽するもので、例えば蒸着TiOのような高屈折率層と蒸着SiOのような低屈折率層との相互積層膜のような誘電体多層膜がガラス基板のような透明基板に付された誘電体多層膜コーティングフィルタが挙げられる。光学ガラスフィルタは、主成分PとCuOとに0.5%以下のVや金属フッ化物を含有するCuO−弗燐酸塩系ガラス、樹脂製フィルタは、ジイモニウム系色素のような近赤外線吸収色素を50%以下含有する樹脂フィルムが挙げられる。1100nm未満の波長を遮断するものであれば、遮断波長の異なる複数の紫外線遮蔽フィルタ・赤外線遮蔽フィルタや、フィルタ赤外線透過フィルタ・コールドフィルタを組合せて用いてもよい。照射される近赤外線の波長域が1000〜1800nmであることが好ましく、1000〜1700nm又は1100〜1800nmであるとなお一層好ましい。
【0040】
作業者が持つハンドピース30のハウジング内に、順に並んで配置されたレーザーダイオード15、フィルタ16a・16b、及びレンズ17と、それに沿って配置されたクーラー19a・19bとが、内蔵されている。そのハンドピース30の先端表面にサファイアガラス冷却窓18が取付けられて、対象細胞、組織と接触できるように、露出している。
【0041】
クーラー19a・19bは、水冷クーラー、空冷クーラー、整流器若しくはサイリスタ変換器を用いた熱交換冷却器、熱電変換素子のようなものであり、第一のフィルタ16aやサファイアガラス冷却窓18に蓄積した熱を放出するものである。
【0042】
レーザー光をパルス出射させるために発振回路11が、変調回路13に接続され、さらに接続コードを介してハンドピース30内のレーザーダイオード15に、接続されている。レーザー光を所定時間続けて出射させるタイマー12と、その出射を単回又は複数回繰り返して出射させるスイッチ回路14とが、変調回路13に接続されている。また、ハンドピース30内のクーラー19a・19bに、クーラー制御回路21が接続されている。これら回路11・13・14・21やタイマー12が、幹細胞活性化装置1の制御器本体40のハウジング内に、内蔵されている。
【0043】
レーザーダイオード15の背面側に近赤外線反射板(不図示)が設けられていてもよい。レーザーダイオード15に代えて、AlGaAs系やGaAs系の発光ダイオードを用いてもよい。
【0044】
幹細胞活性化装置1は、以下のようにして使用される。
【0045】
1回の照射治療毎に、発振回路11からの発振をタイマー12により、変調回路13で例えば0.5〜100ミリ秒のパルス幅で0.5〜100ミリ秒間隔の近赤外線のパルス出射となるように変調し、及び/又はスイッチ回路14で1ショット当り0.1〜10秒間連続の単回ショット又は2〜20回の複数回ショットとなるように変調し、それに応じて、増幅回路(不図示)を介して、所望の5〜65J/cmの出射出力となるような電圧を、レーザーダイオード15に印加する。この照射は、1回照射のみ、あるいは、毎日あるいは一定期間の間隔をおいての複数回照射も可能である。
【0046】
すると、フラッシュランプとなるレーザーダイオード15からは、広範な波長の近赤外線を含むレーザー光がパルス出射されて、出射される。不必要な波長域のものはフィルタ16a・16bで低減又は遮蔽される。即ち、その近赤外線は第一のフィルタ16aに至り、フィルタ16a内の水層に、1400〜1500nmの波長が一部分吸収される結果その波長の透過が低減され、また1800nmを超える波長が殆んど吸収される結果その波長の透過が遮断される。このとき第一のフィルタ16aは、クーラー制御回路21からの指示信号に従って駆動するクーラー19aによって冷却される結果、近赤外線の吸収によって水温上昇する第一のフィルタ16a内の水層も同時に冷却される。さらにレーザー光は、第二のフィルタ16bに至り、1100nm未満の波長が殆んど吸収される結果その波長の透過が殆んど遮断される。レーザー光は必要に応じてレンズ17で集束され、サファイアガラス冷却窓18を経て、照射すべき所望の波長を有する近赤外線20となって、外界へ出射される。
【0047】
ハンドピース30先端のサファイアガラス冷却窓18を、ヒト、非ヒト動物、植物などの生物やそこから摘出した組織若しくはその細胞、又は微生物などの対象細胞・対象組織例えばそれらが培養されている培養液、対象個体へ向けて、接触、または可能な限り近づける。すると、近赤外線20は、培養液、あるいは生体個体の皮膚の表皮・真皮を経て、対象細胞、組織へ到達する。このとき、近赤外線20により、表層が加熱されるが、サファイアガラス冷却窓18が近接していることにより、表層の熱が、熱伝導率の高い冷却窓18のサファイアへ伝導する。サファイアガラス冷却窓18は、クーラー制御回路21からの指示信号に従って駆動するクーラー19bによって冷却される結果、過度の温度上昇、熱感、火傷、疼痛などの有害事象を生じないように、常に表層を冷却している。
【0048】
近赤外線20は、この冷却窓18により、過度の温度上昇、熱感、火傷、疼痛などの有害事象を生じることなく、さらに表面で吸収されることなく安全に、対象細胞、組織に到達し、幹細胞を活性化させ、増殖させてさらに分化促進させる。生体の健常組織においては、この近赤外線20がタンパクなどの熱変性を生じさせることがなく、豊富な血流で過度の温度上昇から保護されている。一方、周辺の幹細胞以外の増殖期の細胞は、近赤外線20に対する感受性が高いため、近赤外線20のエネルギーがより周辺の幹細胞以外の増殖期の細胞に吸収される。その結果、周辺の幹細胞以外の増殖期の細胞の自然死を誘導し、幹細胞を活性化させ、増殖させることができ、さらに分化させたりそれらを促進させたりすることもできる。
【0049】
図2に、幹細胞活性化装置1の別な態様を示す。近赤外線出射源15は、1100〜1800nmの近赤外線を包含する赤外線であれば紫外線や可視光までの波長域を出射するものであってもよいので、図2に示すように、前記のレーザーダイオードに代えて、近赤外線を出射するランプ、例えばタングステンをフィラメントにした白色電球であるタングステンランプ、ハロゲンを封入しておりタングステン線条を有する電球であるハロゲンランプ、キセノンガスを封入した放電灯であるキセノンランプであってもよい。近赤外線中の1400〜1500nmの波長を吸収する第一のフィルタ16aは、石英やガラスのような透明無機素材製、又はエポキシ樹脂やシリコーン樹脂のような透明樹脂製のセルの内空23に水を通過させるものであってもよい。フィルタ16a・16bの順が、逆であってもよい。
【0050】
図2の幹細胞活性化装置1は以下のように動作する。フラッシュランプとなるタングステンランプ15から出射し又は反射板22で反射した広範な波長の出射光線が、パルス出射される。その光線が第一のフィルタ16aに至り、その一部がフィルタ16aのセルの内空23の水に吸収されて、1400〜1500nmの波長の透過が低減され、1800nmを超える波長の透過が遮断される。クーラー制御回路21(図1参照)の指示信号に従ってポンプ(不図示)が駆動して内空23の水が循環し、フィルタ16aが冷却される。さらに光線は、第二のフィルタ16bに至り、1100nm未満の波長の透過が殆んど遮断される。光線は、適宜レンズ17で集束され、サファイアガラス冷却窓18を経て、照射すべき所望の波長を有する近赤外線20となって、対象細胞、組織へ出射される。
【0051】
図3に、幹細胞活性化装置1の別な態様を示す。図3に示すように、近赤外線出射源15は、前記のレーザーダイオードに代えて、近赤外線を含む熱線を出射するヒータ、例えば炭素繊維を発熱源とするカーボンヒータ、絶縁セラミックスを加熱して熱放射源としたり又は半導体セラミックスを発熱源としたりするセラミックヒータであってもよい。近赤外線中の1400〜1500nmの波長を吸収する第一のフィルタ16aは、これら棒状のヒータを挿入している石英製又はガラス製の透明内管とそれらを挿入している石英、ガラス、又はエポキシ樹脂やシリコーン樹脂のような樹脂製の外管とからなる二重管24、その内管・外管の間の内空23を流れる水で、形成されているものであってもよい。ヒータ15は、熱線を連続出射させるために、発振回路や変調回路を有していなくてもよく、それに代えて増幅回路を有していてもよく、近赤外線20の出射方向に、近赤外線20をパスル出射できるようにシャッター(不図示)が設けられていてもよい。
【0052】
図3の幹細胞活性化装置1は以下のように動作する。タイマー12又はスイッチ回路14(図1参照)により増幅回路(不図示)を介して、所望の出射出力となるような電圧を、ヒータ15に印加する。ヒータ15から出射した熱線が、その周りを取り囲んでいる第一のフィルタ16aに至り、その一部がフィルタ16aの二重管24の間の内空23の水に吸収されて、1400〜1500nmの波長の透過が低減され、1800nmを超える波長の透過が遮断される。クーラー制御回路21(図1参照)の指示信号に従ってポンプ(不図示)が駆動して内空23の水が循環し、フィルタ16aと共にヒータ15が冷却される。フィルタ16aを透過した熱線は、直接に又は反射板22で反射されて第二のフィルタ16bに至り、1100nm未満の波長の透過が殆んど遮断される。熱線は、適宜レンズ17で集束され、サファイアガラス冷却窓18を経て、照射すべき所望の波長を有する近赤外線20となって、対象細胞、組織へ照射される。
【0053】
図4に、幹細胞活性化装置1のハンドピース30の一態様を示す。図4に示すように、ハンドピース30のハウジング31内に、第一の管状フィルタ16a(図2参照)が内蔵されている。そのフィルタ16aの中に近赤外線出射源15が挿入されている。フィルタ16と近赤外線出射源15との間を、水が循環している。ハウジング31に、照射のオンオフを制御するスイッチ32が設けられ、スイッチ回路14(図1参照)に接続されていてもよい。スイッチ32をオンモードにすると、近赤外線出射源15からのレーザー光が出射されサファイアガラス冷却窓18を経て、近赤外線20が照射される。オンオフ制御は、制御器本体40側で行われてもよい。
【0054】
近赤外線出射源とフィルタ16aとの対が、一対設けられている例を、図4に示したが、複数のハンドピース30に夫々一対ずつ設けられていてもよく、単数又は複数のハンドピース30に夫々複数対ずつ設けられていてもよい。
【0055】
このような幹細胞活性化装置として、例えば近赤外線治療器Titan(キュテラ社製:商品名)を用いてもよい。
【0056】
幹細胞活性化装置1は、ラットの骨髄幹細胞に用いた例を示したが、ヒト、又は非ヒト動物、植物など生物の細胞、組織やそれらの培養液に用いてもよく、直接それらの個体に用いてもよく、また微生物に用いてもよい。
【0057】
これらの幹細胞活性化装置1によれば、対象細胞、組織へ照射する近赤外線20の波長を1000〜1800nm、好ましくは1000〜1700nm又は1100〜1800nmに限定することができる。
【0058】
赤外線、とりわけ通常の2500nm以下の波長の近赤外線は、波動特性と粒子特性との両方を示す電磁波であり、水、ヘモグロビン、又はミオグロビンに強く吸収されるので、照射されて皮膚を透過すると、皮膚表面の汗、真皮中の水分、ヘモグロビン、又は肉様膜中のミオグロビンを含む皮下組織、及び骨皮質に吸収され、それらへ影響を与えつつ、脂肪細胞により拡散される。生体へこのような近赤外線の照射を行うと、発汗して皮膚表面の水分を増やし、血管を拡張して、コラーゲン、エラスチン、及び水結合タンパクの発現を誘発し、真皮中の水分量を増加させ、これにより、更なる近赤外線による損傷から皮下組織を保護する。また、近赤外線に繰り返し曝されると、皮膚、筋肉の菲薄化、及び癌細胞の殺細胞作用を非熱的に誘発する。
【0059】
しかし、この幹細胞活性化装置1によって、接触冷却と同時に特定波長で近赤外線照射を行うと、幹細胞を活性化させ、増殖させることができ、さらに分化させたりそれらを促進させたりすることもできる。具体的には、近赤外線が、骨芽細胞及び造血幹細胞を刺激し、その結果、骨髄細胞を再生させ、また骨皮質質量を増加させ骨髄細胞を増殖させるのである。この特定波長による幹細胞の分化促進効果の詳細は、必ずしも明らかではないが、この特定波長とする必然性は、以下のように推察される。
【0060】
1100nm未満、特に1000nm未満の波長のものは、波長が短く、エネルギーが高いため、培養液、生体において深層に到達し難い。さらに、近赤外線を直接照射すると、表層の水分子に吸収され、培養液を容易に過度の温度上昇、あるいは沸騰させてしまう。また、生体においては、皮膚表層で吸収されて熱傷などの有害事象を生じさせ易い。これらの有害事象を防ぐため、1100nm未満、特に1000nm未満の波長のもの照射されないようにしてある。また、これらの波長は、生体においては、皮膚表層のメラニンに極めて高率に吸収される所為で、メラニンを大量に有する有色人種の皮膚や、白色人種と言えども色素沈着、乳輪、乳頭、陰部などの有色部を有する皮膚へ照射すると強い疼痛や熱傷などの有害事象を併発することから、照射されないようにしてある。
【0061】
1800nmを超える波長のものは、表層の水分子に吸収され、培養液を容易に過度の温度上昇、あるいは沸騰させてしまい、また、生体中の表皮よりも深部の組織まで到達させることができたとしても、そのエネルギー量が幹細胞活性化・増殖には不充分なものであるから、照射されないようにしてある。
【0062】
一方、1400〜1500nmの波長の近赤外線は、培養液表層の水分子、生体中のヘモグロビンやミオグロビンと、水とに、極めて高率で吸収されてしまうものである。その所為でその波長の近赤外線は、培養液を容易に過度の温度上昇、あるいは沸騰させてしまい、また、生体中のヘモグロビンの多い部位、例えば赤みのある皮膚部位、炎症部位、粘膜部位に、照射すると、それらの部位で特に吸収されるため、熱傷などの有害事象を惹き起こす。また、その波長の近赤外線を何処かの皮膚に、照射すると、そこの真皮の水分に高率に吸収されるため、強い疼痛を惹き起こす。そこで、その波長の近赤外線は、照射されないようにしてある。このように、近赤外線は、水、ヘモグロビンの多い部位ではその部位で高率に吸収されてしまうため、培養液深層、生体の深部組織に到達させることが困難であったが、この幹細胞活性化装置1により、充分量の特定の近赤外線を、深部であっても確実に所望の対象細胞・組織へ安全に到達させることができる。
【0063】
以上のように、幹細胞活性化装置1は、1400〜1500nmの波長の近赤外線を特殊フィルタでカットできるように設計されている。そのため、幹細胞活性化装置1によれば、この培養液中の細胞、組織、生体のヘモグロビンやメラニンの多い部位にもその近赤外線の照射が可能となり、有害事象を減少させること、さらに深層、深部組織へ充分量の近赤外線を到達させて、それらの幹細胞を活性化させ、増殖させることができ、さらに分化させたりそれらを促進させたりすることも、可能である。
【実施例】
【0064】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。以下に、本発明を適用する幹細胞活性化装置を用いた実施例について説明する。
【0065】
幹細胞活性化装置で、in vivoの細胞に近赤外線を照射したときの組織変化について、測定、評価した。具体的方法は、以下の通りである。
【0066】
(実施例1)
先ず、以下に、本発明を完成するに至った医学的研究結果を詳細に説明する。
皮膚を透過して真皮、皮下組織を加熱し得るほど極めて透過性・吸収性の高い近赤外線が、真皮のみならず、皮膚より深部の組織である骨、骨髄など血管成分の多い組織を損傷する可能性について検討した。
【0067】
近赤外線照射には、真皮のコラーゲン産生を促進させて、しわ・たるみを引き締める治療、若返り医療に用いられる前記の近赤外線治療器を、幹細胞活性化装置として使用した。この治療器は、広帯域の近赤外線光源をフィルタリングした特定波長の近赤外線の照射が可能なものであり、水分によく吸収される1100〜1800nmの波長の近赤外線を、1400〜1500nmの波長を吸収・反射又は散乱されるフィルタに通してから、接触冷却のためのサファイアガラス製冷却窓から、照射するものである。このフィルタリング後の特定波長の近赤外線は、水分やヘモグロビンに強く吸収される波長を含まないため、組織深部まで近赤外線エネルギーを安全に到達させることができるように調整されたものである。サファイアガラス製冷却窓を20℃に調節しておき、表層に対して照射の直前、照射中、及び照射直後に渡る冷却を行って、過剰な表層加熱を防止した。
【0068】
この幹細胞活性化装置による照射スポットは、10mm×30mmの範囲である。照射1ショット当たり4〜10秒間隔の連続照射パルスによるエネルギー照射により、フルエンス範囲が5〜65J/cmまでのエネルギーを、所望の対象組織や細胞へ到達させることができる。
【0069】
被検体として、体重360g〜440gのオスのウィスターラット(Rattus norvegicus albinus)35匹を用いて、室温24度(±1.5度)に設定した環境下、12時間の明暗サイクルのもと、水とラット用食餌とを自発的に摂取できる環境で行った。
【0070】
先ず組織学的研究のために、背部を剃毛した無痛下のラットを均等に7群に分けた。うち5群に対して、前記特定波長の近赤外線照射を行った。近赤外線の照射出力を40J/cmの強度とし、照射回数を3回とした。その照射間隔は、1週間とした。
【0071】
この幹細胞活性化装置を用いて照射した近赤外線照射量は、8.75時間程度の日光浴を行った場合と同等量の太陽熱放射中の近赤外線に曝された量に相当するものである。
【0072】
それらのラットの背部に近赤外線を照射したのち、7日間(1週間)後、30日間(1ヶ月間)後、60日間(2ヶ月間)後、90日間(3ヶ月間)後、180日間(6ヶ月間)後に、麻酔下で、棘突起を含めつつ皮膚・皮下組織を採取した。採取した組織検体を、採取直後に中性緩衝ホルマリン20%で固定し、パラフィン包埋処理を行い、厚さ3〜4μmの標本を作製した。
【0073】
検体の染色は、細胞核を青紫色に染め、細胞質、結合組織、赤血球などを赤色に染めるヘマトキシリン・エオジン染色(以下HE染色)、及び幹細胞を茶色に染める抗CD34抗体による免疫組織化学的染色により行った。
【0074】
なお、近赤外線非照射のラット2群をコントロール群とし、実験開始時と6ヵ月後に、照射群と同様に、棘突起を含めつつ皮膚・皮下組織を採取して、標本を作製した。
【0075】
図5は、近赤外線非照射と照射の有無と、組織採取時期が異なるラットの棘突起内の骨髄の光学顕微鏡写真である。
【0076】
図5(A)は、近赤外線非照射のコントロール群の実験開始時のラットの棘突起内の骨髄を、抗CD34抗体免疫染色した結果を示す写真である。棘突起の骨皮質に囲まれた内部は、紫色に染まっている骨髄細胞が占め、わずかに茶色に染まった幹細胞が認められる。
【0077】
図5(B)は、最終照射後7日間経過したラットの棘突起内の骨髄を、抗CD34抗体免疫染色した結果を示す写真である。この写真から明らかなように、紫色に染まっている骨髄細胞が減少し、白い空泡に見える脂肪が誘導され、増加している。また、骨皮質内側に沿って茶色に染まった幹細胞の増加が認められる。
【0078】
図5(C)は、最終照射後30日間経過したラットの棘突起内の骨髄を、抗CD34抗体免疫染色した結果を示す写真である。7日間経過後と同様に、紫色に染まっている骨髄細胞が減少し、白い空泡に見える脂肪が誘導され、増加している。また、骨皮質内側に沿って茶色に染まった幹細胞の増加が認められる。
【0079】
図5(D)は、最終照射後90日間経過したラットの棘突起内の骨髄を、抗CD34抗体免疫染色した結果を示す写真である。骨芽細胞が活性化され、骨皮質が厚くなり、切片作成時に骨髄細胞が損傷され、抗CD34抗体免疫染色では骨髄細胞数が測定できなかったために、連続切片のHE染色で骨髄細胞数を測定した。依然として、紫色に染まっている骨髄細胞が減少し、白い空泡に見える脂肪が増加し、骨皮質内側に沿って茶色に染まった幹細胞が増加している。
【0080】
図5(E)は、最終照射後180日間経過したラットの棘突起内の骨髄を、抗CD34抗体免疫染色した結果を示す写真である。90日間経過後と同様に、骨芽細胞が活性化され、骨皮質が厚くなり、切片作成時に骨髄細胞が損傷され、抗CD34抗体免疫染色では骨髄細胞数が測定できなかったために、連続切片のHE染色で骨髄細胞数を測定した。依然として、紫色に染まっている骨髄細胞が減少し、白い空泡に見える脂肪が増加し、骨皮質内側に沿って茶色に染まった幹細胞が増加している。
【0081】
図5(F)は、近赤外線非照射のコントロール群の180日間経過したラットの棘突起内の骨髄を、抗CD34抗体免疫染色した結果を示す写真である。実験開始時のコントロール群と同様に、棘突起の骨皮質に囲まれた内部は、紫色に染まっている骨髄細胞が占め、わずかに茶色に染まった幹細胞が認められる。
【0082】
また、採取した試料について、ヘマトキシリン・エオシン染色、及び抗CD34抗体を用いた免疫組織化学的染色により、CD34陽性幹細胞、及び造血幹細胞を測定して、評価した。また、トランスフェラーゼ媒介dUTPニック末端標識法(TUNEL)を用いて、アポトーシスを評価した。
【0083】
さらに、棘突起の上部に位置する皮下脂肪細胞、骨髄脂肪細胞、皮質骨、造血性骨髄細胞(HBMCs)、CD34陽性幹細胞(CD34−PSCs)を、評価した。評価は、デジタル写真を用いて撮影しその画像データを取り込んだ後、セクション毎に同面積の5視野で定量化し、平均値を算出して最終的な数値を得るというものである。各視野は、株式会社キーエンス社製の顕微鏡BIOREVO BZ-9000を用いて撮影した。撮影した画像データは、アドビシステムズ社製のAdobe Photoshopを用いて画像処理した。各測定時点における夫々の群の統計学的有意性は、マン・ホイットニーのU検定によるものである。P<0.05を「有意差有り」とした。
【0084】
図6は、本発明を適用する幹細胞活性化装置を用いて健常ラット背部に近赤外線を照射したときの骨髄内の各測定時点において、それらのデータの内、骨髄細胞数、脂肪細胞面積、CD34陽性幹細胞数を示す図である。
【0085】
図5,6から明らかな通り、非照射の実験開始時コントロール群及び180日間経過後コントロール群に比べて、近赤外線照射により、骨髄細胞数は減少しており、アポトーシス様細胞死による骨髄への非熱的損傷が認められた。しかし、そのような損傷は、近赤外線に対する生体防御システムにより最小限に抑えられている。この生体防御システムは、近赤外線照射によって、皮質骨質量を、肉様膜の筋膜上のCD34陽性細胞、及び骨皮質の内表面に存在するCD34陽性幹細胞(CD34−PSCs)の発現により増加させたり、またその結果として、皮下脂肪細胞数や骨髄脂肪細胞数を増加させたりする。真皮の肥厚は、皮下組織層及び骨髄細胞を、近赤外線による損傷から保護する働きがあった。
【0086】
また、図5,6から明らかな通り、近赤外線照射により、非照射の実験開始時コントロール群及び180日間経過後コントロール群に比べて、脂肪細胞面積、CD34陽性幹細胞数が増加することがわかった。
【0087】
即ち、この生体防御システムでは、近赤外線照射によって、皮下脂肪細胞数や骨髄脂肪細胞数、骨髄中のCD34陽性幹細胞数を増加させたり、また皮質骨質量を増加させたりする。さらにこの影響はラットにおいても180日間と極めて長期にわたって維持されることが示唆された。とくに、CD34陽性幹細胞数においては、180日間経過時まで増加したままで、活性化されたと考えられる。
【0088】
また、肉様膜の筋膜上に存在する皮下脂肪細胞は、近赤外線照射後7日経過後に急激に誘導され、徐々に減少したものの、照射しなかったコントロール群の初日及び180日経過後に比べて、近赤外線照照射後7日、30日、90日及び180日経過後にも、有意な増加が認められたままであった(何れもP<0.05)。なお、皮下脂肪細胞は、照射しなかったコントロール群では初日と180日経過後とに有意差が認められなかった。
【0089】
さらに、皮質骨質量は180日間、着実に増加していた。コントロール初日と照射後7日経過後との間(P=0.8340)、コントロール初日と照射後30日経過後との間(P=0.3472)に、ラットの皮質骨質量は、夫々有意差は特に認められなかった。しかし、コントロール初日と、照射後90日及び180日経過後との間に、ラットの皮質骨質量は、有意な増加が認められた(P<0.05)。なお、コントロール群初日と180日経過後との間(P=0.7540)に、ラットの皮質骨質量は、夫々有意差が特に認められなかった。
【0090】
また、図6から明らかな通り、近赤外線照射群の造血性骨髄細胞は、照射後7日後に急速に減少し、照射後30日経過後から180日経過後までに、徐々に増加した。近赤外線非照射のコンロトール群の初日又は180日経過後に対し、照射後7日、30日、90日、及び180日経過後のラットの造血性骨髄細胞に、有意な減少が認められた(P<0.05)。
【0091】
また、図6から明らかな通り、骨髄脂肪細胞は、照射後7日経過後に急激に誘導されて増加し、そののち、徐々に減少してはいるが、非照射のコントロールの初日又は180日経過後に対し、照射後7日、30日、90日、及び180日経過後のラットの骨髄脂肪細胞に、有意な増加が認められた(P<0.05)。
【0092】
また、肉様膜の筋膜上に存在するCD34陽性細胞は、照射後7日経過後に急激に増加し、そののち、徐々に減少したように観察される。
【0093】
また、図6から明らかな通り、骨髄中のCD34陽性幹細胞(CD34−PSCs)は、照射7日経過後に急激に増加し、そののち、照射後180日経過時まで、増加し続けた。非照射のコントロール群の初日又は180日経過時に対し、照射後7日、30日、90日、及び180日経過後のラットのCD34陽性幹細胞に、有意な増加が認められた(P<0.05)。CD34陽性幹細胞は、骨皮質の内表面に最も多く観察された。
【0094】
また、TUNEL染色法により骨髄を調べたところ、非照射のコントロール群の初日及び照射後60日経過後にTUNEL染色は陰性だったのに対し、照射後7日及び30日経過後にTUNEL染色は陽性であった。TUNELはDNA断片化を同定し、またアポトーシス又は壊死の何れかに対して陽性となる。照射後7日及び30日経過後の組織における、繊維芽細胞および/又はリンパ細胞の炎症と過形成を含む壊死とを示す所見は見当たらなかった。
【0095】
近赤外線は、アポトーシス様細胞死を誘発する。活発に増殖中の細胞は、赤色及び近赤外色に対する感受性が増大している。増殖癌細胞がT2強調核磁気共鳴診断装置(MRI)で水分が強調されて観察されるのと同様に、この増殖癌細胞も充分な水分量を含むため、近赤外線感受性が高い。従って、近赤外線照射は、増殖細胞に損傷を与えるようであり、それはアポトーシス様細胞死が観察されたような骨髄細胞数の有意な減少からも、明らかである。また、近赤外線照射により、骨髄細胞は一旦は減少したが、その後に増加したことから、骨髄細胞への損傷は可逆的であると考えられる。
【0096】
このような特定波長の近赤外線が、ラットの棘突起中の骨髄の深さにまで到達するのはラットの皮膚が薄く(1000〜1300μm)と棘突起が体表面近くに存在するためと推察される。
【0097】
これらの結果から明らかなように、この特定波長の近赤外線照射は、肉様膜の筋膜上に存在する皮下脂肪細胞、及び皮下脂肪細胞近隣の脂肪由来幹細胞を活性化させる。
【0098】
脂肪由来幹細胞は、間葉幹細胞由来の骨髄に比べて、高濃度でCD34を発現する。CD34+ヒト脂肪由来幹細胞は、CD34−ヒト脂肪由来幹細胞に比べ、より高い増殖能を有している。このことから、近赤外線はCD34+脂肪由来幹細胞を活性化したり刺激したりする結果、肉様膜の筋膜上に存在する皮下脂肪細胞の増加を引き起こすものと推察される。顕微鏡観察すると、脂肪組織は大きい散乱体を有している。液相の油分は透過し易いが、固相の油分は、相当に散乱し易い。長期的に誘導された皮下脂肪細胞は、下層の肉様膜のような組織を近赤外線による損傷から保護しているようである。
【0099】
近赤外線照射は、特に骨皮質の内表面にあるCD34陽性幹細胞(CD34−PSCs)を活性化し、皮質骨質量を徐々に増大させ、また骨髄脂肪細胞を急激に誘導する。CD34は、初期の造血細胞において高濃度となる幹細胞活性化段階でのマーカーである。骨の内表面に存する骨芽細胞から形成される造血幹細胞の増殖と分化を調整する生態的な微環境で、造血成長因子が産生される。骨芽細胞数の増加は、造血幹細胞数及び骨皮質質量の増加に比例する。近赤外線の散乱は骨髄脂肪細胞により増加し、また近赤外線の吸収は高い骨密度により増加していた。また、急激に誘発された骨髄脂肪細胞及び徐々に増加した骨皮質は、近赤外線から骨髄細胞を保護することが可能である。
【0100】
これらの結果は、この幹細胞活性化装置は、この近赤外線照射により幹細胞を効率よく活性化させ、増殖させてさらに分化促進させることができることを示している。また、温度調節によって正常細胞の損傷を最小限に防ぐことも可能で、さらに幹細胞の周辺に存在する分化した細胞をアポトーシス様細胞死させるので、幹細胞だけを選択的に、非常に効率よく、活性化させ、増殖させてさらに分化促進させることができることが明らかである。近赤外線照射は、表層の組織及び骨髄細胞に損傷を与えたが、脂肪細胞及び骨皮質質量を増加させる幹細胞を活性化させるという特長がある。
【0101】
これらの結果からも明らかなように、この幹細胞活性化装置によれば、深部の組織構造への近赤外線の到達が可能であり、幹細胞の分化促進が可能となる。
【0102】
図7に、400〜約3000nmの波長と、本発明を適用する実施例の幹細胞活性化装置を用いたときの放射照度、及びメラニン、ヘモグロビン、水の吸収係数との相関を示す。図7から明らかなように、幹細胞活性化装置から出射される近赤外線は、特に1000〜1800nmの波長域で放射照度が高いが、その内、1400〜1500nmの波長域では放射照度が特に低いので、前記のように、ヘモグロビンやメラニンの多い部位にもその近赤外線の照射が可能となっている。
【0103】
この幹細胞活性化装置によりラットの幹細胞を活性化させ、増殖させてさらに分化促進させる例を示したが、それと同様に、他の哺乳動物のみならず各種動物でも、植物でも同様の結果を示すことができ、また、培養液中で幹細胞を活性化させ、増殖させることができ、さらに分化させたりそれらを促進させたりすることもでき、またそれからシート状培養皮膚や培養臓器へ誘導することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明の幹細胞活性化装置、及びそれを用いた幹細胞活性化方法により、ヒト、非ヒト動物、植物などの生物や、そこから摘出した組織若しくはその細胞、又は微生物に用いて幹細胞を活性化させ、増殖させることができ、さらに分化させたりそれらを促進させたりすることもできる。分化した幹細胞は、再生医療の原材料として、疾病による摘出手術、外傷による損傷部位などの復元に、使用される。
【符号の説明】
【0105】
1は幹細胞活性化装置、2は生体、3は対象組織又は細胞、11は発振回路、12はタイマー、13は変調回路、14はスイッチ回路、15は近赤外線出射源、16a・16bはフィルタ、17はレンズ、18はサファイアガラス冷却窓、19a・19bはクーラー、20は近赤外線、21はクーラー制御回路、22は反射板、23は内空、24は二重管、30はハンドピース、31はハウジング、32はスイッチである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
近赤外線出射源からの出射光線の内の1400〜1500nmの波長を吸収、反射又は散乱させてその他の1100〜1400nmと1500〜1800nmとの近赤外線を透過させるフィルタが、前記近赤外線出射源と前記近赤外線で照射されて幹細胞分化すべき対象組織及び/又はそれの細胞、又は微生物との経路途中に、配置されていることを特徴とする幹細胞活性化装置。
【請求項2】
前記フィルタが、水層を有していることを特徴とする請求項1に記載の幹細胞活性化装置。
【請求項3】
前記近赤外線の波長域が、1000〜1800nmであることを特徴とする請求項1に記載の幹細胞活性化装置。
【請求項4】
前記近赤外線出射源が、前記出射光線であるレーザー光を出射するレーザーダイオード、又は前記出射光線を出射する発光ダイオード、タングステンランプ、ハロゲンランプ、キセノンランプ、カーボンヒータ若しくはセラミックスヒータであることを特徴とする請求項1に記載の幹細胞活性化装置。
【請求項5】
前記近赤外線出射源が、前記出射光線をパルス出射させる発振回路若しくは連続出射させる出射回路、その出射光線の単回ショット若しくは複数回ショットを出射させるタイマー、その出射の開始と停止とをさせるスイッチ回路、及び/又は前記近赤外線出射源の出力を増幅させる増幅回路に、接続されていることを特徴とする請求項1に記載の幹細胞活性化装置。
【請求項6】
前記近赤外線出射源と前記フィルタとの対を、一対又は複数対、有することを特徴とする請求項1に記載の幹細胞活性化装置。
【請求項7】
前記近赤外線出射源と前記フィルタとの対が、単数又は複数のハンドピースの各先端部に取付けられていることを特徴とする請求項6に記載の幹細胞活性化装置。
【請求項8】
前記経路途中で前記フィルタの先方に、前記対象へ近接あるいは接触するサファイアガラス冷却窓が、前記ハンドピースの表面に露出して取付けられていることを特徴とする請求項7に記載の幹細胞活性化装置。
【請求項9】
前記対象組織及び/又はそれの細胞が、ヒト、非ヒト動物、及び植物から選ばれる何れかの生物の組織及び/又はそれの細胞であることを特徴とする請求項1に記載の幹細胞活性化装置。
【請求項10】
近赤外線出射源からの出射光線の内の1400〜1500nmの波長を吸収、反射又は散乱させてその他の1100〜1400nmと1500〜1800nmとの近赤外線を透過させるフィルタが、前記近赤外線出射源と前記近赤外線で照射される幹細胞分化すべき、ヒト、非ヒト動物若しくは植物から摘出した対象組織及び/又はそれの細胞との経路途中に、配置し、前記フィルタを介して前記近赤外線を前記対象組織及び/又はそれの細胞へ照射することを特徴とする幹細胞活性化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−100599(P2012−100599A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−253069(P2010−253069)
【出願日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【出願人】(507256016)
【Fターム(参考)】