説明

広帯域波形信号を利用する高分解能イオン分離

【課題】不所望のイオンから所望のイオンを分離するようにさらに調整され、かつ従来印加されていた分離波形信号と同じくらいの電力を必要としないイオン分離波形信号を供給する方法および装置を提供する。
【解決手段】イオン・トラッピング・ボリューム内において所望のイオンが、イオン・トラッピング・ボリューム内に保持されるべき所望のイオンと、イオン・トラッピング・ボリュームから放出されるべき不所望のイオンと、を含むイオン・トラッピング・ボリューム内の複数のイオンに、イオン分離信号を印加することにより、所望のイオンが分離される。イオン分離信号は、周波数範囲にわたる複数の信号成分を含んでいる。複数の信号成分は、所望のイオンの永年周波数に近接する周波数を有する第1の成分と、第1の成分の周波数に隣接する周波数を有する隣接成分と、を含んでいる。第1の成分は、隣接成分の振幅よりも大きい振幅を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、イオン分離波形信号、およびボリューム(空間)内に存在する他のイオンから選択された質量対電荷比または選択された質量対電荷比の範囲のイオンを分離するためにイオンを含むボリュームにイオン分離波形信号を適用することに関する。また、本発明は、イオン分離信号を利用することができるイオン分離のための方法、システム、および装置に関する。イオン分離信号は、例えば、質量分析に関連した動作と共に使用してもよい。
【背景技術】
【0002】
イオン蓄積装置は、イオンの運動の制御が要求される多くの異なる用途で使用されてきた。特に、イオン蓄積装置は、質量分析(MS)システムにおける質量分析装置またはソータとして利用されてきた。イオン蓄積装置は、イオン・トラップを含んでおり、このイオン・トラップで、広範囲の異なった質量対電荷(m/z)比を含む選択されたイオンが導入または形成され、所望の期間の間蓄積され、解離または他の処理をされてもよい。また、放出されたイオンを除去もしくは検出するために、または付加的な研究もしくは処理のためにイオン・トラップで保持することを要求される他のイオンを分離するために、イオン・トラップから選択的にイオンを放出してもよい。設計に応じて、イオン・トラップは、電場および/または磁場によって達成されてもよい。本開示に関する限り、様々な種類のイオン蓄積装置、およびイオン蓄積装置を使用する様々な種類のMSシステムの典型的な設計および動作は、一般に知られており、本開示において詳細に説明する必要はない。
【0003】
電場に基づくイオン・トラップを提供するイオン蓄積装置の動作では、無線周波数(RF)信号が、RFトラッピング場を生成するためにイオン蓄積装置の電極構造に印加される。RFトラッピング場は、イオン・トラッピング・ボリューム、すなわち電極構造の内部間隙内の領域の2次元または3次元に沿ってイオンの運動を制限する。また、補助RF励起場を生成するために、主RFトラッピング信号と組み合わせて、補助RF信号が電極構造に印加されてもよい。補助RF場を、他の目的でも特に、除去または検出するためにイオン・トラッピング・ボリュームからイオンを放出するために利用してもよい。特に、補助RF場は、イオン・トラップから不要なイオンを放出して、それによって、イオン・トラップ内の選択された質量または選択された質量範囲の所望のイオンを分離するために利用してもよい。所望のイオンを分離するために、広帯域波形を有する補助RF信号から励起場を生成することにより、異なったm/z比の範囲のすべての不所望のイオンをイオン蓄積装置から同時に放出することが可能である。さらに、広帯域波形信号は、その周波数スペクトル内にノッチを有してもよい。動作パラメータは、所望のイオンの永年周波数が、ノッチの帯域幅(ノッチ・バンド)の中にあるように設定されてもよい。ノッチ・バンドは、この永年周波数に対応する周波数を有する信号成分を含んでいない。したがって、ノッチ広帯域波形信号は、所望のイオンの質量よりも大きいおよび小さい質量の両方を有する不所望のイオンを放出するために利用してもよく、他方、所望のイオンは、この広帯域信号の影響を受けずに、放出された不所望のイオンから分離されてトラップ内に残っている。
【0004】
異なるm/z比の2つのイオンのイオン運動は、2つのイオンの特性または永年(固有)周波数が互いに近接しているために、緊密に結合されるおそれがある。2つの異なったイオンの永年周波数のこの近接性は、イオンを分離するためにノッチ広帯域波形信号がイオン蓄積装置に印加される場合に問題が多い。例えば、イオン蓄積装置内にトラップされた複数のイオンについて検討する。イオンは、m/z比がMである所望のイオンと、m/z比がM+1である不所望のイオンと、m/z比がM+i、式中、i>1である他のイオンとを含んでいる。ノッチ放出波形信号が、イオン蓄積装置に印加されて、Mイオンの永年周波数はノッチ周波数バンド幅(ノッチ・バンド)内にあり、M+1イオンの永年周波数はノッチ・バンドの外にあるが、ノッチ・バンドの縁端部かまたはノッチ・バンドの縁端部近傍にあり、他のM+iイオンの各永年周波数は、M+1イオンよりもノッチ・バンドからさらに遠く離れているようにしてもよい。M+1イオンを放出するためには、M+iイオンよりさらに多くの電力が必要とされる。従来、この要件は、M+1イオンを効果的に放出でき、したがって、MイオンからM+1イオンを分離できるくらい高い平均電力で完全合成波形信号を印加することにより対処されていた。しかしながら、これは、また、より遠く離れたM+iイオンを放出するために高電力が使用されることを意味する。残念ながら、この高電力は、ノッチの実効帯域幅を減少させ、したがって、質量分解能を低下させる傾向がある。さらに、M+1イオンを効果的に放出するために必要とされた高電力は、所望のMイオンからより遠く離れた質量を有する他の不所望の(M+i)イオンを放出するために同様に必要とされることはない。
【特許文献1】米国特許第5,300,772号明細書
【特許文献2】米国特許第5,198,665号明細書
【特許文献3】米国特許第5,886,346号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記に照らして、不所望のイオンから所望のイオンを分離するようにさらに調整され、かつ従来印加されていた分離波形信号と同じくらいの電力を必要としないイオン分離波形信号を供給することは有利となる。これらの改良された分離波形信号は、高電力が必要とされる場合にのみ、すなわち、所望のイオンのm/z比に近接するm/z比のイオンを共鳴的に放出する際に使用するための、分離されるべき所望のイオンに対応する永年周波数の周波数、または近接する周波数であって、所望のイオンのm/z比からより遠く離れたm/z比を有する不所望のイオンと関連する周波数ではない周波数においてのみ、高電力を供給するであろう。このように、不所望のイオンから所望のイオンを効率的に分離できるとともに、質量分解能を改良し、または少なくとも低下させることなく、かつ従来必要とされるよりも少ない平均電力でイオン分離信号を印加することができる。
【0006】
上述の問題の全部または一部、および/または、当業者により観察されたかもしれない他の問題に対処するために、本開示は、後述する実施態様で一例として記載するように、イオンを分離するための方法、システム、装置、および/またはデバイスを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一実施態様に基づいて、イオン・トラッピング・ボリューム内の所望のイオンを分離する方法を提供する。イオン分離信号が、イオン・トラッピング・ボリューム内に保持されるべき所望のイオンと、イオン・トラッピング・ボリュームから放出されるべき不所望のイオンと、を含む、イオン・トラッピング・ボリューム内の複数のイオンに印加される。イオン分離信号は、周波数範囲にわたる複数の信号成分を含んでいる。複数の信号成分は、所望のイオンの永年周波数に近接する周波数を有する第1の成分と、第1の成分の周波数に隣接する周波数を有する隣接成分と、を含んでいる。第1の成分は、隣接成分の振幅よりも約1.1ないし6の範囲における係数だけ大きい振幅を有している。
【0008】
他の実施態様によれば、イオン分離信号は、周波数範囲にわたる複数の信号成分を含んでいる。周波数範囲は、低周波数側の周波数バンドと高周波数側の周波数バンドと、低周波数側の周波数バンドと高周波数側の周波数バンドを分離するノッチ・バンドと、を含んでいる。複数の信号成分は、第1の成分と、隣接成分と、を含んでいる。第1の成分は、所望のイオンの永年周波数に近接し、ノッチ・バンドの縁端部においてノッチ・バンドの外にある第1の周波数を有している。隣接成分は、第1の周波数と同じ周波数バンド内にあり、同じ周波数バンド内の他の信号成分と比較して第1の周波数に隣接している隣接周波数を有している。第1の周波数は、隣接成分の振幅よりも大きい振幅を有している。低周波数側の周波数バンドまたは高周波数側の周波数バンドは、第1の成分を含んでもよい。
【0009】
他の実施態様によれば、第1の周波数は、低周波数側の周波数バンド内にあり、かつノッチ・バンドの第1の縁端部にある。複数の信号成分は、さらに、第2の成分と、最も近い成分とを含んでいる。第2の成分は、所望のイオンの永年周波数に近接し、ノッチ・バンドの第2の縁端部においてノッチ・バンドの外にある第2の周波数を有している。最も近い成分は、高周波数側の周波数バンド内にあり、高周波数側の周波数バンド内の他の信号成分と比較して第2の周波数に隣接している、最も近い周波数を有している。第2の周波数は、最も近い成分の振幅よりも大きい振幅を有している。
【0010】
他の実施態様に基づいて、内部の所望のイオンを分離する装置を提供する。装置は、内部を有する電極配置を含んでいる。装置は、さらに、電極構造にイオン分離信号を印加する手段を含んでおり、内部に保持されるべき所望のイオンと、内部から放出されるべき不所望のイオンと、を含む、内部の複数のイオンにRF励起場を付与する。イオン分離信号は、周波数範囲にわたる複数の信号成分を含んでいる。複数の信号成分は、所望のイオンの永年周波数に近接する周波数を有する第1の成分と、他の信号成分と比較して第1の成分の周波数に隣接する周波数を有する隣接成分と、を含んでいる。第1の成分は、隣接成分の振幅よりも約1.1ないし6の範囲における係数だけ大きい振幅を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
「質量対電荷」という用語は、m/z、m/e、もしくはm/q、または電荷数が1の値を有しているときは、多くの場合単に「質量」と表現されることが多い。したがって、本開示の目的に対しては、「m/z比」および「質量」のような用語は、同義に扱われ、特に断りのない限り、交換可能に使用される。
本明細書で用いられるように、「所望のイオン」という用語は、イオン蓄積装置により設けられたボリューム(空間)内のような所与の間隙内で、異なった質量の他のイオンから分離されるように選択された所与の質量のイオンを示す。所望のイオンを解離する目的は制限されない。いくつかの応用では、所望のイオンは、例えば、タンデムMS(MS/MSまたはMSn)分析の一部として、後に続く所望のイオンのより小さいイオンへの解離を容易にするために分離されてもよい。他の応用では、所望のイオンは、反応、イオン−分子相互作用、気相イオン化学、または所望のイオンに関連する可能性があるその種の他の研究を容易にするために分離されてもよい。これらの応用の多くで、所望のイオンは、文字どおり「親」イオンまたは「前駆」イオンと呼ばれてきた。
【0012】
本明細書で用いられるように、「不所望の」イオン、「不要な」イオン、または「排除される」イオンという用語は、多くの場合所望のイオンを分離するプロセスの一部として、イオン蓄積装置により設けられたボリューム内のような所与の間隙から取り除かれるように、または放出されるように選択された所与の質量のイオンを示す。行われる実験に応じて、放出された不所望のイオンは、破棄されてもよく、または検出されてもよい。しかしながら、より一般には、不所望のイオンを放出する目的は制限されない。
【0013】
一般に、「連通(連絡,通信)する」という用語(例えば、第1の構成要素が、第2の構成要素「と連通(連絡,通信)する」、または第2の構成要素「連通(連絡,通信)状態である」)は、本明細書において2つ以上の構成要素(または素子、特徴など)の間の構造的、機能的、機械的、電気的、光学的、磁気的、イオン的、または流体的な関係を示すために使用される。したがって、1つの構成要素が第2の構成要素に連通しているといわれているという事実は、付加的な構成要素が、第1の構成要素と第2の構成要素との間に存在するかもしれない、および/または、第1の構成要素と第2の構成要素とに動作可能に関連または係合したりする可能性を排除するものではない。
【0014】
一般に、本明細書に開示した発明の主題は、イオン分離波形信号の生成および印加に関する。イオン分離波形信号は、電極構造の対向電極の間に含まれる間隙内にイオンを分離する電場を生成するために、任意の好適な電極構造に印加されてもよい。このように、イオン分離波形信号は、イオン・トラッピング場も印加されたイオン蓄積装置に印加されてもよい。イオン分離波形信号は、質量分析処理手順の一部として印加されてもよい。このように、イオン分離波形信号が印加されるイオン蓄積装置は、好適な質量分析システムと共に作動されてもよい。しかしながら、本開示に記載のイオン分離波形信号の様々な応用は、これらの種類の処理手順、装置、およびシステムに限定されない。イオン分離波形信号の実施例、装置および方法におけるその実施態様は、図1〜図10を参照して、さらに詳細に後述される。
【0015】
上述したように、イオン蓄積装置は、様々な異なったm/z比の範囲を有するイオンの運動を制限して、これらのイオンが所望の期間の間安定してトラップされかつ保存されるようにするために使用されてもよい。イオン蓄積装置の実施例は、後述され、図1に示されている。使用時には、RFトラッピング信号が、イオン蓄積装置の電極構造に印加されて、電極構造の電極の内向き面で規定された内部間隙内にRFトラッピング場を生成してもよい。典型的ではあるが、しかし非制限的な実施態様では、電極構造は、後述するように3つの主電極を有する四重極イオン・トラップとして構成されている。結果として生じる四重極RFトラッピング場は、様々な異なったm/z比の範囲を有するイオンをトラップする。最初は、RFトラッピング場およびイオン蓄積装置のパラメータに応じて、イオン蓄積装置内に存在するm/z比がトラッピング範囲(RFトラッピング場の影響を受ける範囲)の外にあるイオンは、トラッピング場により束縛することができないため、イオン蓄積装置から除去され、それによって、残存イオンがトラッピング場内に保存されたままになる。トラップされたまま残存しているイオンは、1つ以上の選択されたm/z比を有する所望のイオンと、他のm/z比を有する不所望のイオンと、を含んでいてもよい。
【0016】
特定の実験には、選択されたm/z比または他の比のイオン(所望のイオン)がさらなる研究または処理手順のためにイオン蓄積装置内に保持されること、および他のm/z比を有する残存する不所望のイオンがイオン蓄積装置から除去されることが必要である。これを達成するために、所望のイオンを不所望のイオンから分離する技術を実施してもよい。例えば、付加的な補助RF分離信号が、電極構造に印加されて、電極構造の内部間隙内にRF励起場(またはRF分離場)を生成してもよい。通常、補助RF信号は、電極構造の1対の対向電極に印加されて、これらの2つの対向電極の間の内部間隙内に周期的な補助RF双極子場を生成する。補助RF信号は、2つの対向電極が位置する軸に沿った共鳴励起により、トラッピング場から選択されたm/z値の不所望のイオンを放出する。共鳴励起の構造および共鳴励起を介してイオンを放出する様々な技術は公知であるため、本開示において詳細に説明する必要はない。ここで、この共鳴条件で、不所望のイオンがトラッピング場により付与される復元力に打ち勝つのに十分な電力を補助RF信号を供給すると仮定すると、不所望のイオンの長期(固有)周波数が補助RF信号の周波数に等しいか、または近接しているとき、不所望のイオンが放出されるということだけが分かるであろう。他方、所望のイオンの永年周波数は、所望のイオンが励起場で共鳴しないようになされている。その結果、所望のイオンはイオン・トラップ内にトラップされたまま残り、他方、不所望のイオンは放出される。
【0017】
イオン分離に使用される補助RF信号は、広帯域周波数波形信号であってもよい。この広帯域波形信号は、イオン・トラップから、不所望のイオンの質量範囲を同時に共鳴的に放出するのに有効である励起場を生成するために利用されてもよい。広帯域波形信号は、放出される様々な不所望のイオンの永年周波数に対応する周波数成分信号(すなわち、「周波数成分」、「成分信号」、または特定の周波数の「信号成分」)を含む周波数ドメイン(領域)にまたがっている。広帯域波形信号は、低周波数側の周波数バンドと高周波数側の周波数バンドとの間に介在するノッチ・バンドを含んでもよい。このようなノッチ波形信号は、所望のイオンの質量よりも大きいおよび小さい質量を有する不所望のイオンを放出するために利用されてもよい。上述したように、先行技術においてイオン分離に使用される広帯域波形信号は、非効率的な分離および低い質量分解能を示している。
【0018】
本明細書で開示した方法および装置は、必要とされる場合にのみ、すなわち、分離されるべき所望のイオンの質量に最も近い質量を有する不所望のイオンを共鳴的に放出するのに利用される周波数成分においてのみ、高電力を供給するように特に調整されたイオン分離波形信号を供給することにより、先行技術のイオン分離技術に付随するこのような問題に対処する。ある実施態様では、イオン分離波形信号は、様々な周波数を含む広帯域波形信号である。所望のイオンの永年周波数の値は、広帯域波形信号の縁端部のうちの1つに近接している信号成分の周波数の値に近接していてもよいが、この永年周波数は、広帯域波形信号がまたがっている周波数範囲内には存在しない。これらの実施態様では、より大きい電力は、広帯域波形信号の縁端部に位置する周波数を有する1つ以上の信号成分においてのみ供給される。広帯域波形信号のこの縁端部は、分離されるべき所望のイオンの永年周波数に隣接している。他の実施態様では、イオン分離波形信号は、ノッチ付き広帯域周波数波形信号である。このような実施態様では、より大きい電力は、ノッチ・バンドの一方または両方の縁端部に位置する周波数を有する1つ以上の信号成分においてのみ印加される。所望のイオンの永年周波数の値は、このノッチ・バンドに含まれる、すなわち、ノッチ・バンドの縁端部の間にある。
【0019】
本明細書で開示する分離波形信号では、より大きい電力は、合成波形信号の1つ以上の選択された周波数成分の振幅を増加させることにより供給されている。したがって、広帯域信号の縁端部における、または(縁端部の隣、近接または隣接した)(つまりノッチ広帯域信号の場合では、信号のノッチ・バンドの縁端部における)周波数を有する信号成分の振幅は、ノッチ・バンドからより遠く離れた周波数を有する信号成分の振幅よりも大きい。ある実施態様では、選択された信号成分の相対的に大きな振幅は、信号成分の振幅と重み係数とを掛け合わせることなどにより振幅に重み付けすることにより、生成される。これらの原理に基づいて生成された調整イオン分離波形信号の実施例が後述されており、図2〜図6に示したイオン分離波形信号を含んでいる。
【0020】
本開示に記載の種類の波形を有するイオン分離信号が印加されるとき、先行技術のイオン分離信号と比較して、全体のイオン分離信号の平均電力を低減することができ、ノッチ波形信号の場合では、ノッチ・バンドの適切な有効幅を保持することができる。実際に、本開示に記載のイオン分離信号は、(1)大部分のまたはすべての所望のイオン、すなわち、イオン・トラッピング・ボリューム内にトラップされ、その後、分離するためにイオン・トラッピング・ボリューム内で保持することを目的とした大部分のまたはすべてのイオンは、イオン分離信号の印加の結果、実際にはトラップされたまま残っており、(2)大部分のまたはすべての不所望のイオン、すなわち、ノッチ・ウィンドウまたは広帯域縁端部のすぐ外側に位置する永年周波数を有する大部分のまたはすべてのイオンとともに、広帯域内に位置する永年周波数を有する他のすべてのイオンは、実際に放出されることを確実にする。さらに、本開示に記載のイオン分離信号は、質量分解能を高めるとともに、全体の電力がより少なくなる。
【0021】
図1は、本開示に記載の分離波形信号が適用できる動作環境の一形態の実施例として、質量分析(MS)装置つまりシステム100の一実施態様を示している。MS装置100は、任意の好適な種類のイオン蓄積装置105および関連する回路を含んでいてもよい。図1に具体的に示した実施例では、イオン蓄積装置105は、四重極イオン・トラップであるため、イオン・トラップ110を規定する四重極電極構造を含んでいる。図1に断面図で示されているように、イオン・トラップ110は、2組の対向する対の表面が内方に向かって互いに向かい合うように配置された4つの双曲線形の導電性表面で形成されており、それによって、イオン・トラッピング・ボリューム、つまり領域を含むのに適したイオン・トラップ110の中央の内部間隙112を画定している。図1から、イオン・トラップ110は、上部電極122および対向する下部電極124と、2つの対向する側部電極126および128と、を含んでいる。
【0022】
図1に示したイオン・トラップ110の構成は、3次元または2次元のどちらでもよい。すなわち、一実施態様では、上部電極122は上方エンド・キャップ電極であってもよく、下部電極124は下方エンド・キャップ電極であってもよく、側部電極126および128は、物理的に分離した電極である代わりに、連続したリング電極の一部であってもよい。イオン・トラップ110の内部間隙112の幾何学的中心は、点130で示されている。他の実施態様では、上部電極122は細長い上方電極であってもよく、下部電極124は細長い下方電極であってもよく、側部電極126および128は細長い側部電極であってもよい。伸張は、2次元イオン・トラップの中央の縦軸に沿った方向に行われる。図1から、中央の縦軸は、図面の紙面方向に向かっており、点130で表されている。したがって、2次元型のイオン・トラップ110の内部間隙112もまた縦軸130に沿って細長い。便宜上、図1に示したイオン・トラップ110は、2次元(つまり線形)構成もまた適用可能であるという了解の下で、主として3次元構成(リングおよびエンド・キャップ配置)に即し説明する。
【0023】
MS装置100は、イオン・トラップ110の内部間隙112内にサンプル・イオンを供給するまたは導入するイオン化装置140を含んでいてもよい。現在の状況では、「供給する」および「導入する」という用語は、内部(イン・トラップ)イオン化技術または外部イオン化技術の使用を含むことを意図している。様々な種類の内部および外部イオン化技術は、当業者に公知であるため、本開示において詳細に説明する必要はない。図1に示したイオン化装置140は、サンプル材料をイオン化して、その後、結果として得られるイオンの流れをイオン・トラップ110の中に導く外部イオン化インタフェースであってもよい。他の実施態様では、サンプル分子の流れはイオン・トラップ110の中に導かれ、装置140はエネルギーのビームをイオン・トラップ110の中に導いて、サンプル分子をイオン化する。
【0024】
また、MS装置100は、様々な機能を実行して、MS装置100の様々な構成要素を制御する任意の好適な電子制御装置もしくはシステム(または電子制御装置)144を含んでいてもよい。一般に、図1の電子制御装置144は、MS装置100用の電子つまり計算機動作システムの簡略化した模式図である。このような場合、電子制御装置144は、以下の用語が当技術分野で理解される意味において、コンピュータ、マイクロコンピュータ、マイクロプロセッサ、マイクロコントローラ、アナログ回路などを含んでもよく、またはその一部であってもよい。電子制御装置144は、2つ以上の処理構成要素で表され、または実施されてもよい。例えば、電子制御装置144は、具体的機能または専用機能を実施する他の1つ以上の処理構成要素と組み合わせて、コンピュータのような主制御構成要素を含んでもよい。電子制御装置144は、例えば、電圧源、信号発生器、発振器、周波数合成器などを制御して、波形パラメータおよび合成、周波数混合、クロッキングおよびタイミング、位相ロッキングなどを必要に応じて実施し、本開示に記載のイオン分離波形信号を、他の目的に使用される信号とともに印加してもよい。電子制御装置144は、ハードウェア属性とソフトウェア属性との両方を有してもよい。電子制御装置144は、本開示に記載の1つ以上のアルゴリズム、方法、もしくはプロセス、またはこのようなアルゴリズム、方法、もしくはプロセスの一部、またはサブルーチンを実行するコンピュータ読み込み可能媒体、または信号保持媒体内に具体化された命令を実行処理するように構成されていてもよい。命令は任意の好適なコードで記述されていてもよく、その一実施例はCである。電子制御装置144は、MS装置100の利用者からコマンドおよびデータを受信する入力インタフェースと、読み出し/表示手段(図示せず)と通信する出力インタフェースと、を含んでもよい。
【0025】
MS装置100は、様々なイオン制御機能を実行するために、必要に応じて1つ以上の電圧源を含んでもよい。例として、1つ以上の電圧源が、イオン・トラップ110内にイオンを閉じ込めて保存する主要な、つまり基本的RFトラッピング場を作り出すとともに、トラッピング場と協働する1つ以上の補助RF場を発生させて、イオンを分離することと、イオンの解離または断片化を促進することと、検出または除去するためにイオンを放出することと、気相イオン化学を促進することと、を含む共鳴励起に基づく、つまり共鳴励起により増強されるタスクを実行するために使用されてもよい。
【0026】
したがって、図1で与えられた実施例では、MS装置100は、例えば、イオン・トラップ110のリング電極つまり電極対126,128に電気的に接続された主RF波形信号発生器148を含んでいる。主RF波形信号発生器148は、イオン・トラップ110にイオン・トラッピング信号を印加して、イオン・トラップ110の中に四重極RFトラッピング場を発生させるために利用されてもよい。電子制御装置144は、必要に応じて、イオン・トラッピング信号の振幅、周波数、および位相とともに、イオン・トラッピング信号の印加のタイミングを制御するために主RF波形信号発生器148と通信してもよい。
【0027】
また、図1で与えられた実施例では、MS装置100は、例えば、イオン・トラップ110の上部および下部電極122および124に電気的に接続された1つ以上の補助RF波形信号発生器152を含んでおり、この対向する対をなす電極122と電極124との間に双極子励起場を発生させる。ある実施態様では、補助RF波形信号発生器152は、広帯域マルチ周波数波形信号発生器である。本実施例では、補助RF波形信号発生器152は、変圧器156を介してイオン・トラップ110に結合されているが、補助RF波形信号発生器152は、任意の好適な手段を介してイオン・トラップ110と通信してもよい。実行している機能に応じて、補助RF波形信号発生器152により印加される電圧信号は、単一の固定周波数信号であってもよく、または後述する分離波形信号の場合では、異なった周波数の離散信号成分の集合(すなわち、異なった周波数成分信号の集合)を含んでもよい。電子制御装置144は、補助RF波形信号発生器152と通信して、振幅、周波数、周波数間隔、タイミングなどの補助RF信号の様々な動作パラメータを制御してもよい。
【0028】
イオン分離に加えて、双極子または単極のRF励起場が、例えば、分離したイオンに関連する反応を促進する、タンデムMS処理手順を実行する、イオンの質量選択的放出を可能にするなどの、他の目的に使用されてもよいことが理解されるであろう。イオン分離と一致しないこのようなタスクに対して、同じ補助RF波形信号発生器152が、異なったタスクのために利用されてもよい。別な方法では、付加的な補助RF信号発生器(図示せず)が、イオン蓄積装置105に結合されてもよいことが理解されるであろう。
【0029】
当業者により理解されるように、他の補助波形信号と同様に本開示に記載のイオン分離波形信号は、波形パラメータを計算し、ランダム・アクセス・メモリ(RAM)にロードされ、その後、デジタル/アナログ変換器(DAC)にクロック・アウトされる内容を有するデータ・ファイルを生成するソフトウェア・プログラムを実行処理するために、例えば、電子制御装置144を利用して生成してもよい。ソフトウェアは、所与のMS実験用に最適化された後述するイオン分離信号を構成するために使用してもよい。ソフトウェアは、任意の好適な有線または無線手段を用いて電子制御装置144に転送され、またはロードされてもよい。本開示の目的に対しては、ソフトウェアは、図1に模式的に示した電子制御装置144の中に常駐していると考えてもよい。
【0030】
MS装置100を作動させる実施例として、内部または外部イオン化技術を実行することにより、異なるm/z値のイオンが、イオン・トラップ110内に供給され、または導入される。主RF波形信号発生器148は、すべてのイオンまたはm/z値のトラップ可能範囲のイオンをトラップするために、イオン・トラップ110に四重極トラッピング場を印加するように作動する。トラッピング場が作用している間、イオン・トラップ110内のサンプル材料のイオン化の間もしくは後に、またはイオン・トラップ110へのイオンの導入の間もしくは後に、補助RF波形信号発生器152は、イオン・トラップ110内の選択された質量または質量範囲の所望のイオンを分離するために作動する。分離ステップを実行するために、補助RF波形信号発生器152は、後述するイオン分離波形信号のいずれかに基づくRF信号を印加する。イオン分離波形信号は、トラッピング場と共同して、すべての不所望のイオンをイオン・トラップ110から共鳴的に放出させる励起場を発生させる。その後、分離されたイオンに、解離、反応などの任意の適切な処理が行われてもよい。分離、またはさらなる処理の後に、イオン・トラップ110内に残っているイオンは、固定単一周波数双極子励起場および選択されたスキャニング計画の使用を介して、例えば、共鳴放出のような当業者に既知の任意の好適な放出技術を用いてイオン・トラップ110から放出してもよい。放出されたイオンは、意図した方向(例えば、印加された励起場双極子の軸)に沿って、イオン・トラップ110に対して外部または内部のどちらに配置されてもよい好適なイオン検出器166へ移動する。
【0031】
イオン検出器166により生成された出力信号は、MS装置100により処理された分析物サンプルから有益な質量スペクトルを得るために、必要に応じて任意の好適な手段で処理してもよい。あくまでほんの一例として、図1は、増幅器170と、信号出力保存・合計回路174と、入出力(I/O)プロセス制御器178と、を含む、電子制御装置144の制御の下に作動する様々な検出後の処理機能または回路を示している。一般に、データを収集して処理し、信号を調整し、スペクトル情報を表示する構成要素および技術は、当業者に公知であるため、さらに詳細に説明する必要はない。
【0032】
上述し、図1に示したイオン蓄積装置105のようなイオン蓄積装置の動作では、不所望のイオンからの所望のイオンの分離は、波形信号の1つ以上の周波数成分信号の振幅が、後述するように増大されまたは重み付けされるように調整されたイオン分離波形信号を印加することにより、最適化され、または改良されてもよい。実施例として、図1に模式的に示した補助RF波形信号発生器152のような好適な補助RF波形信号発生手段および任意の関連する回路は、イオン分離波形信号を生成して、印加するために利用してもよい。補助RF波形信号発生器152は、行う実験に適した波形を有するイオン分離信号を生成するために、図1に模式的に示した電子制御装置144のような、任意の好適な電子またはコンピュータ制御手段で制御してもよい。イオン分離波形信号を生成するために使用される様々なハードウェア、ファームウェア、および/またはソフトウェア構成要素は、上述し、図1に示したMS装置100のような質量分析システムの一部として作動してもよい。
【0033】
本開示に基づいて生成されたイオン分離波形信号の実施例が、ここで、図2〜図6に関連して説明される。図2〜図6は、周波数ドメイン(領域)のイオン分離波形信号の軌跡である。図2〜図6の各々において、横軸は、合成波形信号の個々の信号成分(周波数成分信号)のそれぞれの周波数値のFj1を、HzまたはkHzのどちらかで表しており、縦軸は、規格化されたスケール上の周波数成分のそれぞれの振幅の絶対値|vlj1|を表している。イオン分離波形信号の以下の説明では、類似の参照符号は、波形信号の類似の特徴を示している。
【0034】
図2は、本明細書に開示した原理に基づいて生成されたイオン分離信号200の一実施例を示している。この実施態様では、イオン分離信号200は、ノッチ広帯域波形信号である。イオン分離信号200は、一般に、低周波数側の周波数バンド204と、高周波数側の周波数バンド208と、低周波数側の周波数バンド204と高周波数側の周波数バンド208とを分離する(つまり、当該上方および下方のバンドの間に介在する)ノッチ・バンド212と、を含んでいる。イオン分離信号200は、離散信号成分(周波数成分信号または周波数成分)の集合または混合から生成されてもよく、各信号成分は、特定の周波数値および振幅値を特徴とする。信号成分のパラメータは、所与の実施態様では、信号成分のうちの少なくともいくつかは、イオン・トラップ内に存在している異なるm/z比のすべての不所望のイオンを放出することが必要な永年周波数に対応する(すなわち、当該永年周波数と一致する、または、に近接している)ように選択されている。さらに、イオン分離信号200に含まれる周波数ドメインは、イオン・トラップ内に存在しているすべてのイオンが対応するm/z比を含むくらい広く、その結果、イオン分離信号200は、イオン分離信号200の印加時にイオン・トラップ内に存在するすべてのイオンを放出することができる。ノッチ・バンド212は、第1つまり低周波数側のノッチ・バンド縁端部216と、第2つまり高周波数側のノッチ・バンド縁端部220との間の周波数ウィンドウにまたがっている。ノッチ・バンド212は、低周波数側の周波数バンド204および高周波数側の周波数バンド208と比較して幅が狭くてもよい。所与の実施態様では、イオン・トラップ内での分離が必要な所望のイオンのm/z比に対応する永年周波数は、ノッチ・バンド212の中にある必要があり、その結果、適切な動作条件下では、イオン分離波形信号200は、所望のイオンを共鳴的に励起せず、イオン・トラップから放出させることはない。必要に応じて、ノッチ・バンド212は、様々な異なったm/z比の範囲の複数の所望のイオンを分離できるくらい広くてもよい。
【0035】
引き続き図2を参照すると、イオン分離信号200は、ほぼ第1のノッチ・バンド縁端部216に位置する(すなわち、当該縁端部とほぼ一致する、または、ほぼ近くにある)第1の信号成分224と、ほぼ第2のノッチ・バンド縁端部220に位置する第2の信号成分228と、を含んでいる。言い換えれば、第1の成分224は、第1のノッチ・バンド縁端部216の(すなわち、当該第1のノッチ・バンド縁端部における、または、近くの)第1の周波数を有しており、第2の成分228は、第2のノッチ・バンド縁端部220の(すなわち、当該第2のノッチ・バンド縁端部における、または、近くの)第2の周波数を有している。低周波数側の周波数バンド204は、大略的に、イオン分離信号200の最低周波数成分信号232から第1の成分224までの範囲にわたっている。高周波数側の周波数バンド208は、大略的に、第2の成分228からイオン分離信号200の最高周波数成分信号236までの範囲にわたっている。第1の成分224の周波数および第2の成分228の周波数は、m/z値に関して、通常、数m/z単位(原子質量単位amu、またはダルトンDa)の範囲内で所望のイオンに近接しているイオンの永年周波数にほぼ対応している(すなわち、当該永年周波数に等しい、または、近接している)。典型的な実施態様では、第1の成分224の周波数は、所望のイオンのm/z比に最も近いが、所望のイオンのm/z比よりも大きいm/z比を有するイオンの永年周波数にほぼ対応しており、第2の成分228の周波数は、所望のイオンのm/z比に最も近いが、所望のイオンのm/z比よりも小さいm/z比を有するイオンの永年周波数にほぼ対応している。所望のイオンMに対して、所望のイオンに最も近い(直近の、または、隣接する)イオンは、所望のイオンから1Da離れていてもよい(M+/−1イオン)。しかしながら、より一般的には、これらの近接する不所望のイオンは、所望のイオンから1Da以上離れていてもよい(M+/−jイオン、式中、j=1,2,3, ...、または、より典型的にはj=1,2,もしくは3)。
【0036】
図2のイオン分離信号200では、ノッチ・バンド縁端部216および220に隣接する信号成分(第1の成分224および第2の成分228など)のうちの1つ以上の振幅は、重み付けされている(増大されている)。これらの縁端部に位置する成分は重み付けされており、その結果、イオン分離ステップにおけるイオン分離信号200の印加中に、イオン・トラップ内に分離されたまま残ることになる所望のイオンMに対してm/z比が最も近いイオン(M+/−j)を放出するためには、より多くの電力が使用可能である。このように、例えば、第1の成分224および第2の成分228を含むすべての周波数成分に対して、等振幅が任意に割り当てられている先行技術の波形信号と比較すると適切な有効ノッチ・バンド幅および良好な質量分解能を保持しながら、全体の分離信号200の平均電力を低減することができる。この例では、重み付けされた周波数成分は、少なくとも、第1の成分224と、第2の成分228と、を含んでいる。上述したように、重み付けされた振幅は、不所望のイオンが所望のイオンのm/z比に近接したm/z比を有する場合にだけ必要とされる。一般に、所望のイオンと不所望のイオンとの間のm/z比の差が小さいほど、重み係数は大きくなければならない。具体的な一実施例として、トラッピング場の駆動周波数が約780kHz、かつ所望のイオンのq値(イオン・トラップと関連する公知のマチウ・パラメータ)が約0.75であるとき、約1〜2Daを含む重み付けされた振幅は、イオン分離信号200が所望のイオンを、最も近い不所望のイオンから効果的に分離することを確保するために十分である。
【0037】
図2から明らかなように、重み付けのために選択された周波数成分の重み付けされた振幅は、これらの選択された周波数成分がこのような重み付けをせずに有すると考えられる振幅よりも大きい。ある実施態様では、重み付けされた周波数成分の振幅は、同じ周波数バンド内に位置する1つ以上の隣接、つまり最も近い周波数成分の振幅よりも少なくとも大きい。例えば、第1の成分224の振幅は、隣接、つまり最も近い信号成分240の振幅よりも大きくてもよく、第2の成分228の振幅は、隣接、つまり最も近い信号成分244の振幅よりも大きくてもよい。
【0038】
他の実施態様では、重み付けされた振幅は、イオン分離信号200の周波数成分の残部(すなわち、重み付けされていない周波数成分)の振幅よりも大きく、すなわち、少なくとも、第1のノッチ・バンド縁端部216における1つ以上の成分の重み付けされた振幅は、低周波数側の周波数バンド204の周波数成分の残部よりも大きく、第2のノッチ・バンド縁端部220における1つ以上の成分の重み付けされた振幅は、高周波数側の周波数バンド208の周波数成分の残部よりも大きい。ある実施態様では、重み付けされた周波数成分以外の周波数成分の振幅(すなわち、重み付けされていない周波数成分)は、互いに等しいか、または実質的に等しい。他の実施態様では、重み付けされていない周波数成分の振幅は、すべてが互いに等しいわけではない。どちらの場合でも、重み付けされていない周波数成分の振幅のすべては、重み付けされた周波数成分の振幅よりも著しく小さく、その理由は、上述したように、最も近い不所望のイオン(M+/−j)に比較して、所望のイオンから、より遠く離れたm/z比を有する不所望のイオンを放出するためには、それほど多くの電力を必要としないためである。これらの実施態様では、重み付けされた振幅の増大された大きさは、周波数成分の残部の平均振幅に比較して、より大きく特徴付けられてもよい。つまり、言及している特定の重み付けされた周波数成分と同じ周波数バンド204または208内の周波数成分の残部の平均振幅に比較して、少なくとも大きい。
【0039】
ある実施態様では、重み付けされた振幅の増大された大きさは、イオン分離信号200の重み付けされていない振幅よりも、1よりも大きい係数(例えば、1.1)だけ大きい。他の実施態様では、増大された大きさは、約2以上の係数だけ大きい。他の実施態様では、増大された大きさは、約1(例えば、1.1)ないし6の範囲の係数だけ大きい。他の実施態様では、増大された大きさは、約2ないし3.5の範囲の係数だけ大きい。
【0040】
図3は、本明細書に開示した原理に基づいて生成されたノッチ広帯域イオン分離波形信号300の他の実施例を示している。図3のイオン分離信号300は、図2のイオン分離信号200と同様であり、主な相違点は、図3のノッチ・バンド縁端部316または320のうちの一方だけの周波数を有する信号成分、つまり信号成分集合が、重み付けされていることである。第1のノッチ・バンド縁端部316は、より大きい電力を供給するように重み付けされて、所望のイオンに隣接しかつ所望のイオンの高質量側の不所望のイオンを放出してもよい。または図3に示されているように、第2のノッチ・バンド縁端部320が、より大きい電力を供給するように重み付けされて、所望のイオンに隣接しかつ所望のイオンの低質量側の不所望のイオンを放出してもよい。図3に示したイオン分離信号300の他の信号成分のそれぞれの振幅、または平均振幅に対して、このノッチ信号300の第1のノッチ・バンド縁端部316または第2のノッチ・バンド縁端部320における信号成分の振幅は、図2に示したイオン分離信号200に関連して上述した範囲のうち、1つの係数だけ増大してもよい。
【0041】
図4は、本明細書に開示した原理に基づいて生成されたノッチ広帯域イオン分離波形信号400の他の実施例を示している。図4のイオン分離信号400では、単に第1の成分424または第2の成分428のように単一成分が重み付けされる代わりに、ノッチ・バンド縁端部416および420の一方または両方に近接した周波数を有する信号成分の群つまり集合が重み付けされる。図4に示した具体的な実施例では、第2のノッチ・バンド縁端部420に近接した成分集合448だけが重み付けされており、この成分集合448は第2の成分428を含んでいる。この成分集合448の成分に加えられた各重み付けは、まったく同じでもよく、または、これらの成分のうちの1つ以上に加えられた重み付けは、成分集合448の他の重み付けされた成分に加えられた重み付けと異なっていてもよい。q、m/z比、周波数の間隔、および他の係数などの係数に応じて、複数の重み付けされた周波数成分信号の成分集合448が、単一のm/z比(例えば、M+/−1)の不所望のイオン、または複数のm/z比(例えば、M+/−1、M+/−2、M+/−3)の不所望のイオンを放出するために利用されてもよい。単一質量イオンを放出する場合、(機械的または電気的不完全性のような)機器関連の条件、イオン・トラップ内のイオン数、空間電荷効果などのために、複数の重み付けされた周波数成分信号の印加が有用である可能性がある。このような条件により、所与の質量のイオンを放出することを要求される実際の永年周波数が、そのイオンに対して予測または計算された永年周波数から逸脱する可能性がある。図4に示したイオン分離信号400の他の信号成分の大きさまたは平均の大きさに比較して、このイオン分離信号400内の重み付けのために選択された信号成分の大きさは、図2に示したイオン分離信号200に関連して上述した範囲のうちの1つの中の係数だけ増大されてもよい。
【0042】
図5は、本明細書に開示した原理に基づいて生成されたノッチ広帯域イオン分離波形信号500の他の実施例を示している。図5のイオン分離信号500は、図4のイオン分離信号400と同様であり、主な相違点は、ノッチ・バンド縁端部516および520の一方または両方に近接した重み付けされる一連の複数の周波数成分信号が、その成分集合内でそれぞれ異なった重み付けをされていることである。すなわち、成分集合の重み付けされる周波数成分のうちの少なくとも1つが、同じ成分集合の他の周波数成分とは異なった係数で重み付けされている。図5に示した具体的な実施例では、第2のノッチ・バンド縁端部520に近接した周波数成分の集合548だけが重み付けされており、この成分集合548は第2の成分528を含んでいる。両方のノッチ・バンド縁端部516および520が重み付けされる実施態様では、第1のノッチ・バンド縁端部516で重み付けされる周波数成分は、第2のノッチ・バンド縁端部520で重み付けされる周波数成分と異なった重み付けをされてもよい。すなわち、第1のノッチ・バンド縁端部516で重み付けされる周波数成分のうちの少なくとも1つは、第2のノッチ・バンド縁端部520で重み付けされる周波数成分のうちの少なくとも1つとは異なった係数で重み付けされてもよい。図5に示したイオン分離信号500の他の周波数成分の大きさまたは平均の大きさに比較して、このイオン分離信号500内の重み付けのために選択された周波数成分の大きさは、図2に示したイオン分離信号200に関連して上述した範囲のうちの1つの中の係数だけ増大されてもよい。
【0043】
図2〜図5に例示した信号200,300,400および500を含む上述したイオン分離信号では、選択された振幅の重み付けは、任意の好適な手段で達成されてもよい。例えば、ある実施態様では、重み付けは、重み付けされるべき周波数成分を選択して、これらの選択された周波数成分の振幅と所望の重み係数とを掛け合わせることにより達成される。したがって、ある実施態様では、重み係数の値は、1よりも大きくてもよい(例えば、1.1)。他の実施態様では、重み係数の値は、約2以上でもよい。他の実施態様では、重み係数の値は、約1(例えば、1.1)ないし6の範囲でもよい。他の実施態様では、重み係数の値は、約2ないし3.5の範囲でもよい。
【0044】
他の実施態様では、イオン分離信号の周波数スペクトルは、単一の合成波形信号の代わりに、2つ以上の信号を用いて生成される。これらの他の実施態様では、重み付けは、重み付けされていないノッチ広帯域波形信号を印加して、また、重み付けのために選択された周波数を有する1つ以上の付加信号を、同時に、または順番に印加することにより達成される。選択された周波数におけるこれらの信号の振幅は、ノッチ広帯域信号の成分信号の振幅、またはノッチ波形信号の周波数バンドの平均振幅よりも、上述した範囲のうちの1つに含まれる適切な係数だけ大きい。これらの他の実施態様では、結果として得られる組み合わされた分離信号は、図2〜図5に示した信号200,300,400もしくは500のうちの1つ、または上述したそれらの変形と同様であってもよい。
【0045】
図6は、本明細書に開示した原理に基づいて生成されたノッチ広帯域イオン分離波形信号600の他の実施例を示している。このイオン分離信号600では、第1のノッチ・バンド縁端部616および/または第2のノッチ・バンド縁端部620における1つ以上の周波数成分の振幅は、図2〜図5に示したイオン分離信号200,300,400もしくは500のうちの1つ、または上述したそれらの変形と同様の方法で重み付けされる。さらに、このイオン分離信号600では、低周波数側の周波数バンド604および/または高周波数側の周波数バンド608内の重み付けされていない周波数成分の各振幅は、すべてが互いに等しいわけではなく、その代わりに異なっている。しかしながら、重み付けされていない周波数成分の各振幅のおのおのは、重み付けされた周波数成分の振幅よりも著しく小さい。これは、上述した他の分離信号の場合と同様に、重み付けされていない周波数成分は、所望のイオンに最も近いイオンのm/z比から、より離れたm/z比を有するイオンの永年周波数を一致させるために利用され、イオン・トラップ内の所望のイオンを分離する目的で、これらのより離れたイオンをイオン・トラップから放出するためには、それほど多くの電力を必要としないためである。
【0046】
図6に具体的に示した実施例では、低周波数側の周波数バンド604内の周波数成分の振幅は、特定の実験で有用となる線形つまり単調な関係に基づいて変化する。さらに具体的に述べると、低周波数側の周波数バンド604内の周波数成分の振幅は、これらの周波数成分によって共鳴的に励起されるイオンのm/z値に反比例するように倍率をかけられている。言い換えれば、低周波数側の周波数バンド604内の周波数成分に対して、Am/Zは、1/(m/z)に比例している。不所望のイオンのm/z値に反比例する振幅を供給する技術の実施例のより詳細な説明は、本開示の譲受人に共に譲渡された上記特許文献1において提供されている。上記特許文献1に記載されているように、iのm/z値からnのm/z値までの範囲のイオンに対して、これらのイオンを放出するために利用される周波数成分の倍率をかけられた振幅は、以下の関係式により決定される。

【0047】
式中、1.5≧x≧0.5である。この種類の関係式は、所望のイオンよりも大きいm/z比を有するイオンを放出するために、特にバックグラウンドの環境大気ガスに由来するイオンを放出するために、非常に有用であることがわかる。したがって、図6に示した実施例では、m/z比との反比例関係に基づく重み付けは、低周波数側の周波数バンド604に加えられ、イオンの永年周波数は、それらのm/z比に対してほぼ反比例関係にあることが理解される。
【0048】
一例として図2〜図6に示したものを含む、本明細書に開示した改良された分離信号の基礎を形成するノッチ広帯域波形信号は、任意の好適な手段で生成してもよい。一実施例として、ノッチ広帯域信号は、図1に示した補助RF波形信号発生器152のような好適な信号発生器で生成され、周波数成分信号の選択されたスペクトルを通過させるために帯域通過フィルタを介して処理され、その後、ノッチ・バンドを生成して、所望のイオンの永年周波数に対応するいかなる周波数成分信号をも実際に除去するために、帯域阻止フィルタを介して処理してもよい。また、ノッチ広帯域信号は、同時に、または順番に印加される2つの非重複広帯域信号から生成してもよい。振幅が増大されるべき(つまり重み付けされるべき)周波数成分信号と、増大される(または重み付けされる)振幅の値との選択は、補助RF波形信号発生器152を制御するプロセスの一部としてコンピュータ・データ・ファイルにより指示されてもよい。
【0049】
また、本明細書で説明した関連する実施態様のいずれかに基づくノッチ広帯域波形信号は、2つ以上のノッチ・バンドを含んでもよいことが理解されるであろう。このような場合には、マルチ・ノッチ広帯域波形信号は、最低の周波数バンドおよび最高の周波数バンドに加えて、不所望のイオンを放出するために利用できる1つ以上の中間周波数バンドを含んでいるであろう。マルチ・ノッチ広帯域波形信号は、2つ以上の異なった質量範囲にある所望のイオンを分離するために有用である。
【0050】
本開示に基づく他の実施態様では、イオン分離波形信号は、広帯域信号であるが、ノッチ・バンドを含んでいない。所望のイオンと関連する永年周波数に最も近い1つ以上の周波数成分ではあるが、所望のイオンの低質量側だけまたは高質量側だけが、本開示に記載されているように重み付けされる。言い換えれば、上述した実施態様のようにノッチ広帯域波形信号を印加する代わりに、分離に使用される広帯域信号は、事実上、所望のイオンの永年周波数の片側にある低周波数側の周波数バンドまたは高周波数側の周波数バンドだけを含んでいる。このような実施態様では、広帯域信号は、M+jイオンと所望のイオンのm/z値よりも大きいm/z値を有する他の不所望のイオンとを放出するように、またはM−jイオンと所望のイオンのm/z値よりも小さいm/z値を有する他の不所望のイオンとを放出するように、作動する。したがって、このイオン分離信号は、他のすべての不所望のイオンを放出する他の技術と共に使用されてもよい。
【0051】
実施例として、本開示の譲受人に共に譲渡された上記特許文献2では、所望のイオンの完全な分離が、2つのステップを実施することにより達成されている。第1のステップでは、M−1以下のm/z比を有するイオンが、スキャニングおよび共鳴励起の組み合わせにより既知の方法で順次放出される。例えば、補助AC電圧がイオン・トラップの1対の対向電極に固定周波数で印加されてもよい。補助AC電圧が印加されている間、RFトラッピング場の基本的電圧の振幅には、より小さい大きさから、より大きい大きさへ傾斜がつき、それによって、連続したm/z比のイオンの永年周波数が補助AC信号の固定周波数に一致するとき、イオンを放出させる。第2のステップでは、M+1以上のm/z比を有するイオンが、より大きい質量のイオンを共鳴的に放出する必要がある周波数成分を含んでいる広帯域波形信号の印加により放出される。この広帯域信号の構成に応じて、RFトラッピング場の基本的電圧の大きさは、一定に保持されてもよく、または広帯域信号の印加の間、低く押さえられてもよい。本実施態様に基づいて、上記特許文献2に記載されているような2ステップ・プロセスは、第2のステップにおいて、選択されて重み付けされた周波数成分を含んでいる広帯域信号を使用することにより、すなわち、上述されているように所望のイオンと関連する永年周波数に最も近い周波数成分のうちの1つ以上に重み付けすることにより、改良されてもよい。今説明した具体的な実施例では、M+1イオンを放出するために使用される周波数成分、つまりM+jイオンを放出するために使用される周波数成分の群は、広帯域信号の他の周波数成分に対して重み付けされている。
【0052】
一般に、一例として図2〜図6に示したものを含む、上述したイオン分離信号は、当業者に既知の任意の好適なデジタルまたはアナログ手段で生成されてもよい。周波数ドメイン内の隣接する周波数成分信号間の間隔は、すべてが互いに等しくてもよく、または等しくなくてもよい。実際には、イオン・トラップ内のイオンの永年周波数分布は、通常、不均一であることがわかる。したがって、各周波数成分信号は、正確な基準質量イオンに対応しないおそれがある。さらに、デジタル分解能(すなわち、周波数間隔の大きさ)に応じて、特定の周波数範囲内の全周波数成分信号の個数は変化してもよい。最後に、行われる実験、印加されるイオン分離信号の波形の種類、トラップされたイオンの質量範囲または構成、または他の因子に応じて、イオン分離信号の印加中に、駆動電圧の振幅のようなトラッピング場の動作パラメータをスキャンすることが望ましい可能性がある。
【0053】
本明細書に開示した改良されたイオン分離信号を使用するときのイオン蓄積装置の性能における向上は、図7〜図9に示した質量スペクトルを比較することにより明らかである。図7〜図9は、3次元の四重極イオン・トラップ質量分析計を使用することにより分析されたサンプル材料から得られた質量スペクトルを示しており、これは、図1に関連して上述されている。図7〜図9の各々では、横軸は、質量分析計で検出されたイオンのm/z比を表しており、縦軸は、検出されたイオンの相対存在量(例えば、イオン・カウントまたはイオン・フラックス強度)を表している。分離が求められているイオンは、m/z比が1222である。
【0054】
図7は、イオン分離信号を印加せずに実行した質量分析から得られた質量スペクトルを示している。多数のM+1イオン(この場合、m/z=1223)が、所望のMイオン(この場合、m/z=1222)と共に存在していることがわかる。図8は、先行技術のノッチ広帯域波形信号を印加した後に実行した質量分析から得られた質量スペクトルを示している。所望のMイオンは、他のすべての不所望のイオンと同様にM+1イオンからよりよく分離されているが、分離プロセスの結果、所望のMイオンのほぼ半分が失われていることがわかる。すなわち、容認できない個数のMイオンが、不所望のイオンと共に放出されたことになり、したがって、質量分解能が低いと考えられる。最後に、図9は、図2または図3に示したノッチ広帯域波形信号と同様に生成されたノッチ広帯域波形信号を印加した後に実行した質量分析から得られた質量スペクトルを示している。図9では、所望のMイオンが、M+1イオンおよび他のすべての不所望のイオンから効果的に分離されているだけでなく、所望のMイオンのすべてまたは少なくとも大部分が、意図した通りイオン・トラップ内にうまく保持されている。すなわち、本開示で記載されているようにイオン分離信号を印加した結果、不所望のM+1イオンのすべてまたは少なくとも大部分、および他のすべての不所望のイオンが放出され、他方、まったくないか、少なくともわずかの所望のMイオンが放出されている。
【0055】
図10は、選択された質量、選択された質量範囲、またはイオン・トラップつまり蓄積装置の内部のようなボリューム内の選択された質量範囲の1つ以上の所望のイオンを分離する方法の実施例を示している。一実施態様では、ブロック1040で、本開示に記載の実施態様のいずれかに基づくイオン分離信号が、イオン蓄積装置に印加される。他の実施態様では、ブロック1030で、イオン分離信号が生成され、ブロック1040で、生成されたイオン分離信号がイオン蓄積装置に印加される。他の実施態様では、ブロック1020で、イオンがイオン蓄積装置内にトラップされ、ブロック1040で、イオン分離信号がイオン蓄積装置に印加される。イオンは、イオン蓄積装置に適したイオン・トラッピング信号を印加することによりトラップされて、イオンの運動がイオン蓄積装置内のイオン・トラッピング・ボリュームに制約されるようにしてもよい。他の実施態様では、ブロック1010で、イオンが、外部または内部のイオン化手段でイオン蓄積装置内に導入されまたは形成されるなどにより、イオン蓄積装置内に供給される。
【0056】
他の実施態様に基づいて、内部を有している電極配置を含む装置が提供される。装置は、内部を画定するイオン・トラップつまり蓄積装置を含んでもよい。装置は、さらに、本開示に記載の実施態様のいずれかに基づくイオン分離信号を印加する手段を含んでもよい。一般に、装置は、図10に関連して上述した方法のいずれかを含む、本開示に記載の方法のいずれかを実施する手段を含んでもよい。ある実施態様では、装置は、例えば、上述し、図1に示した質量分析計または質量分析システムのような分析機器と共に、またはその一部として作動してもよい。
【0057】
本開示に記載のイオン分離信号、方法、および装置は、一般的に上述され、例として図1に示されているようなMSシステムで実施されてもよいことが理解されるであろう。しかしながら、本発明の主題は、図1に示した具体的なMS装置100または図1に示した回路の具体的な配置に限定されない。さらに、本発明の主題は、MSに基づく応用に限定されない。
【0058】
また、本開示に記載の発明の主題は、フーリエ変換イオン・サイクロトロン共鳴(FT−ICR)に基づいて作動するイオン・トラップに対する応用となってもよく、このイオン・トラップは、イオンをトラップするために磁場を使用し、かつトラップ(つまりイオン・サイクロトロン・セル)からイオンを放出するために電場を使用する。また、発明の主題は、上記特許文献3に記載されているような静電トラップに対する応用となってもよい。これらのイオン・トラッピングおよび質量分析技術を実施する装置および方法は、当業者に公知であるため、本明細書でさらに詳細に説明する必要はない。
【0059】
また、本開示に記載の発明の主題は、タンデムMS(MS/MS)用途および複数のMS(MSn)用途に関連して応用してもよいことが理解されるであろう。例えば、所望のm/z範囲のイオンをトラップして、「親」イオンつまり「前駆」イオンとして分離して、分離したイオンと衝突する好適なバックグラウンド・ガス(例えば、ヘリウム)を用いる公知の手段で衝突誘起解離(CID)にかけてもよい。その後、結果として得られる「娘」イオン、「断片」イオン、または「生成」イオンを質量分析することができ、イオンを連続して生成するためにプロセスを繰り返してもよい。一般に、MS/MSおよびMSn用途は、当業者に公知であるため、本明細書でさらに詳細に説明する必要はない。
【0060】
また、本開示に記載の実施態様で印加された周期的電圧は、正弦波形信号に限定されないことが理解されるであろう。一般に、本明細書で教示した原理は、三角(のこぎり歯)波、矩形波などの種類の周期的波形信号に適用されてもよい。
本発明の範囲を逸脱することなく、本発明の様々な態様または細部を変更できることがさらに理解されるであろう。さらに、上述の説明は、あくまで例示に過ぎず、限定を目的とするものではなく、本発明は、特許請求の範囲により規定される。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本開示に記載のイオン分離波形信号が適用できる動作環境の一実施例として、3次元または2次元のイオン蓄積装置の断面、ならびに関連する構成要素および回路を示す模式図である。
【図2】本開示に基づいて生成されたイオン分離信号の実施例の周波数ドメインのプロットである。
【図3】本開示に基づいて生成されたイオン分離信号の他の実施例の周波数ドメインのプロットである。
【図4】本開示に基づいて生成されたイオン分離信号の他の実施例の周波数ドメインのプロットである。
【図5】本開示に基づいて生成されたイオン分離信号の他の実施例の周波数ドメインのプロットである。
【図6】本開示に基づいて生成されたイオン分離信号の他の実施例の周波数ドメインのプロットである。
【図7】イオン分離信号を印加していない質量分析サンプルの質量スペクトルを示している。
【図8】先行技術のノッチ広帯域イオン分離信号を印加した後の図7の質量分析サンプルの質量スペクトルを示している。
【図9】本開示に記載の種類のイオン分離信号を印加した後の図7の質量分析サンプルの質量スペクトルを示している。
【図10】本開示に記載のイオン分離信号を実施する実施例を示すフロー図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン・トラッピング・ボリューム内の所望のイオンを分離する方法であって、
イオン・トラッピング・ボリューム内の複数のイオンに、イオン分離信号を印加するステップを含み、前記複数のイオンは、前記イオン・トラッピング・ボリューム内に保持されるべき所望のイオンと、前記イオン・トラッピング・ボリュームから放出されるべき不所望のイオンと、を含み、
前記イオン分離信号は、周波数範囲にわたる複数の信号成分を含み、前記周波数範囲は、低周波数側の周波数バンドと、高周波数側の周波数バンドと、前記低周波数側の周波数バンドと前記高周波数側の周波数バンドとを分離するノッチ・バンドと、を含み、
前記複数の信号成分は、前記所望のイオンの永年周波数に近接し、前記ノッチ・バンドの縁端部において前記ノッチ・バンドの外にある第1の周波数を有する第1の信号成分と、前記第1の周波数と同じ周波数バンド内にあり、かつ前記同じ周波数バンド内の他の信号成分と比較して前記第1の周波数に隣接している隣接周波数を有する隣接信号成分と、を含み、
前記第1の信号成分は、前記隣接成分の振幅よりも大きい振幅を有する方法。
【請求項2】
前記複数のイオンが、複数の不所望のイオンを含み、前記複数の不所望のイオンは、他の前記不所望のイオンと比較して前記所望のイオンのm/z比に最も近いm/z比を有する第1の不所望のイオンを含み、前記第1の成分の前記周波数は、前記第1の不所望のイオンの永年周波数に少なくともほぼ等しい、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記所望のイオンのm/z比よりも小さいm/z比を有する不所望のイオンを前記イオン・トラッピング・ボリュームから放出するために、前記イオン・トラッピング・ボリュームに固定周波数励起信号を印加しながら、前記イオン・トラッピング・ボリュームに印加されているトラッピング場をスキャンするステップを含み、
前記イオン分離信号の印加は、前記所望のイオンのm/z比よりも大きいm/z比を有する不所望のイオンを、前記イオン・トラッピング・ボリュームから放出する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記第1の成分の振幅が、前記第1の成分と同じ周波数バンド内の他の信号成分の平均振幅よりも大きい、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記第1の成分の振幅が、前記隣接成分の振幅よりも約1.1ないし6の範囲にある係数だけ大きい、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記第1の周波数が、前記低周波数側の周波数バンド内にある、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記第1の周波数が、前記高周波数側の周波数バンド内にある、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記複数の信号成分が、互いに同じ周波数バンド内にあり、かつ前記ノッチ・バンドの一方側にある、周波数の第1の集合を有する信号成分の第1の集合を含み、周波数の前記第1の集合は、前記同じ周波数バンドの他の信号成分の周波数と比較して前記所望のイオンの前記永年周波数に最も近く、信号成分の前記第1の集合は前記第1の成分を含み、前記隣接周波数が、周波数の前記第1の集合のうちの少なくとも1つに隣接しており、前記第1の集合の信号成分の各々は、前記隣接成分の振幅よりも大きい振幅を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記第1の周波数が、前記低周波数側の周波数バンド内にあり、かつ前記ノッチ・バンドの第1の縁端部にあり、
前記複数の信号成分が、前記所望のイオンの前記永年周波数に近接し、前記ノッチ・バンドの第2の縁端部において前記ノッチ・バンドの外にあり、かつ前記高周波数側の周波数バンド内にある、第2の周波数を有する第2の信号成分と、前記高周波数側の周波数バンド内にあり、かつ前記高周波数側の周波数バンド内の他の信号成分と比較して前記第2の周波数に隣接している、最も近い周波数を有する最も近い信号成分と、をさらに含み、
前記第2の信号成分は、前記最も近い信号成分の振幅よりも大きい振幅を有する、
請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記第1の成分および前記第2の成分の各振幅が同じである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記第1の成分および前記第2の成分の各振幅が異なっている、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
前記複数の信号成分が、前記低周波数側の周波数バンド内にあり、かつ前記低周波数側の周波数バンドの他の信号成分と比較して前記ノッチ・バンドに最も近い、周波数の第1の集合を有する信号成分の第1の集合を含み、信号成分の前記第1の集合は前記第1の成分を含み、前記隣接周波数が、周波数の前記第1の集合のうちの少なくとも1つに隣接しており、前記第1の集合の信号成分の各々は、前記隣接成分の振幅よりも大きい振幅を有しており、
前記複数の信号成分が、前記高周波数側の周波数バンド内にあり、かつ前記高周波数側の周波数バンドの他の信号成分と比較して前記ノッチ・バンドに最も近い、周波数の第2の集合を有する信号成分の第2の集合をさらに含み、信号成分の前記第2の集合は前記第2の成分を含み、前記最も近い周波数が、周波数の前記第2の集合のうちの少なくとも1つに隣接しており、前記第2の集合の信号成分の各々は、前記最も近い成分の振幅よりも大きい振幅を有する、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
内部の所望のイオンを分離する装置であって、
前記内部を有する電極配置と、
前記内部に保持されるべき所望のイオンと前記内部から放出されるべき不所望のイオンとを含む、前記内部の複数のイオンにRF励起場を付与するために、前記電極構造にイオン分離信号を印加する手段と、を含み、
前記イオン分離信号は、周波数範囲にわたる複数の信号成分を含み、前記複数の信号成分は、前記所望のイオンの永年周波数に近接する周波数を有する第1の信号成分と、他の信号成分と比較して前記第1の信号成分の周波数に隣接する周波数を有する隣接信号成分と、を含み、
前記第1の信号成分は、前記隣接信号成分の振幅よりも約1.1ないし6の範囲における係数だけ大きい振幅を有する装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公表番号】特表2009−510691(P2009−510691A)
【公表日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−533400(P2008−533400)
【出願日】平成18年9月12日(2006.9.12)
【国際出願番号】PCT/US2006/035510
【国際公開番号】WO2007/040924
【国際公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【出願人】(599060928)バリアン・インコーポレイテッド (81)
【Fターム(参考)】